祈りの名を、いつか呪いが覆うとしても   作:名もなきうちは

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葛藤の末書いた。

芥見先生が考える虎杖ならどうするんだろうか?

こんな重たい判断させるなんて違うような気もする。
ただ、魔法少女になろうという決意も否定しない気がするし……哲学みたいになってきた……。



真実がたとえ、残酷でも

 

 宵闇が病院の屋上を静かに包んでいた。街の光は遠く、白く冷たい星の瞬きだけが、薄暗い空に滲んでいる。

 

 周囲を囲む柵と壁。ひんやりとしたコンクリートの感触。人工的な空間に吹き込む夜風が、制服の裾をわずかに揺らしていた。

 

——この孤独な舞台に、四人は立っていた。

 

 虎杖悠仁は、鹿目まどかと美樹さやかを正面に見据え、少し離れた場所で、暁美ほむらが無言で壁にもたれかかっている。

 

 虎杖は静かに一歩前に出た。深呼吸。夜気を肺に満たし、心を整える。

 

「……いろいろあって疲れてるとこ、悪い。けど——」

 

 振り上げた拳を握りしめ、虎杖は頭を下げた。

 

「この話は、どうしても今、しなきゃならない」

 

 顔を上げた虎杖の表情に、ためらいはなかった。まっすぐな眼差しが、まどかとさやかを、正面から射抜いている。

 

 しばしの沈黙。

 冷たい空気の中で、彼は静かに続けた。

 

「きっと、これから話すことは——残酷だ」

 

 短い。だが、その一言だけで、二人の顔に緊張が走った。虎杖は言葉を選びながら、丁寧に、慎重に紡いでいく。

 

「……もう一度だけ言う。魔法少女になるってのは、魂をソウルジェムに変えられて体とは切り離される。……それが、現実だ」

 

 まどかが小さく肩を震わせ、さやかはきつく唇を噛みしめた。

 

 虎杖の声には、怒りや憎しみはない。ただ、真実を受け止めた者にしか出せない、静かな痛みがあった。

 

「……だけど、それだけじゃない」

 

 彼は拳をぐっと握りしめる。

 

「ソウルジェムには、疲労だけじゃない負の感情が溜まってくる。絶望とか、後悔とか、恨みとか……」

 

 さやかが息を呑み、まどかも胸元で手を握りしめる。虎杖は静かに言った。

 

「それが限界まで溜まったら——」

 

 虎杖は言いにくそうに、ふと視線を落とした。まどかとさやかは固唾を飲み、言葉を待っていた。

 

 虎杖は決意したように再び前を見据えると、重く告げる。

 

「——魔法少女は、死ぬ。自分が倒すはずだった“魔女”に、変わる」

 

 言葉で、大気が重く落ちた瞬間だった。

 さやかは呼吸困難になったように胸を抑えながら、一歩一歩と後ずさる。

 

「そ、そんな……マミさんと転校生がいつか……魔女になるって、こと?」

 

 虎杖はまどかとさやかを順に見た。二人の顔は、色を失い、必死に何かを飲み込もうとしている。

 

——一拍、置く。

 

 虎杖は、拳をそっと解くと、静かに告げた。

 

「……選んでくれ。ちゃんと、自分で」

 

 自分の生き方を。自分の未来を。

 誰のものでもない、“自分自身の意志”で。

 

 さやかは胸元でぎゅっと手を握りしめ、顔を伏せた。

 

 震える声が、空気を切り裂く。

 

「……本当に……それ、全部……本当なの?」

 

 絞り出すような問いだった。まどかもまた、虎杖を越えて、ほむらへと視線を向ける。

 

 虎杖は、答えない。ただ、静かに——無言でほむらへ目を向けた。

 

 暁美ほむらは、少しだけ目を細め、重く頷いた。

 

「ええ。虎杖悠仁の言葉は紛れもない真実よ」

 

 冷たい夜気の中、はっきりと告げる声。

 

「——ただし。私の立場は、虎杖悠仁とは違う」

 

 ほむらは壁に背を預けるのを辞めて、まどかとさやかとの距離を詰める。

 

「聞いての通り、魔法少女には果てしない戦いの運命が待っている。そして、その末に待つのは絶望。もしも、二人が契約を望むなら、私は容赦しない」

 

 それは、彼女なりの最大限の警告だった。制服の裾が風に揺れる。

 

——そして。

 

 虎杖は、無言で、深く頷いた。

 

 言葉はいらなかった。その頷きだけで、全てが現実であることが、二人に伝わった。

 

 さやかの肩が、わずかに震えた。まどかは、ぎゅっとスカートの裾を掴む。

 

 信じた希望が、いつかは絶望へと変遷する。夢想していた理想は酷薄な現実を前に、音を立てて崩れ落ちていく。

 

 けれど——それでも彼女たちは、立っていた。

 

 虎杖は、小さく息を吐き出した。

 

「……急がないでくれ。焦らなくていい」

 

 言葉は、穏やかで、けれど芯があった。

 

「普通に考えれば、契約なんてするべきじゃない。でも……全部知った上で、それでも進みたいって思ったら——その時は、俺も一緒に支える」

 

 その声には、決意と覚悟が宿っていた。

 

 隣で、ほむらが静かに目を伏せた。

 

 夜風が、屋上を渡る。虎杖はふと、声を落とした。

 

「……それから」

 

 振り返ることなく、二人に言った。

 

「マミさんには、まだこの事を言わないでほしい」

 

 まどかとさやかが驚いた顔で彼を見た。

 

 虎杖は、真剣な眼差しで二人を見据えていた。

 

「今のマミさんは……体も心もボロボロだ。……魔法少女って”存在”の危うさまで知ったら、きっと、立ち直れなくなる」

 

 静かな声音だった。

 けれど、その言葉の一つ一つは、重かった。

 

 巴マミの高き理想が、孤独な彼女を支えてきた誇りが、今度はマミ自身を苦しめるだろうから。

 

「だから……今は、黙っててくれ」

 

 まどかも、さやかも、苦しげに、それでも確かに頷いた。

 

 虎杖は、彼女たちを見つめたまま続けた。

 

「……でも、いずれは、必ず伝えなきゃならない」

 

 苦しい沈黙の中、彼は静かに言った。

 

「そのときは——マミさんの隣に、二人がいてやって欲しい」

 

 まどかが、潤んだ瞳でうなずく。さやかも、ぎゅっと唇を噛みしめながら、力強く頷いた。

 

「——マミさんには、魔法少女に近い二人の存在が絶対に必要なんだ」

 

 どん底の絶望の淵で、伏黒たちが虎杖の傍に居てくれたように。

 

 マミにも分かり合える友が必ず必要になる。

 でなければ、彼女を待つのはきっと——。

 

 夜風に、制服が静かに揺れる。

 

 誰かを支えるということ。

 

 誰かを救うということ。

 

 それは、軽い言葉ではない。

 虎杖悠仁は、心から、それを理解していた。

 

———

 

 夜の病院屋上。星明かりに白く浮かび上がるコンクリートの床。まどかとさやかの姿はもうない。

 

 この空間には、虎杖悠仁と暁美ほむら——ただ二人だけが残されていた。暁美ほむらから二人きりで話したいとの打診があったからだ。

 

 虎杖は、深く夜空を仰いだあと、静かに口を開く。

 

「……まどかたちには、自分で決めてほしいんだ」

 

 低く、だが真っ直ぐな声。

 それは誰かに押し付けるためのものではなかった。 

 

 “自分自身の未来を、自分で掴んでほしい”——そう願う、彼の真摯な思いだった。

 

 だが——。ほむらの表情は、微かに曇る。

 

「……やはり、そう考えるのね。貴方は無責任よ」

 

 冷たい声色。けれど、それは怒りではない。

 諦めと、深い悲哀を帯びた声音だった。

 

 ほむらは、ゆっくりと歩み出た。

 風が、彼女の黒髪を揺らす。

 

「監視して分かったわ」

 

 淡々と、だが確かに。その声には、揺るぎない事実を伝える重みがあった。

 

「貴方は“強い”」

 

 揺れた長髪が風で流れて靡く。

 雲に隠れていた月光が冷たい顔貌を照らし出していく。

 

「帰るべき場所も定かではなく、何の報酬もない。それでいながら命を賭けて魔女と戦う。口で言うのは易いけれど、よほどのお人好しでなければ破綻するような生き方」

 

 虎杖が、わずかに目を細める。

 

 ほむらの双眸は、鋭い光を帯びて虎杖を捉えていた。

 

「でも——」

 

 そこで、言葉を一拍だけ切った。

 

 冷たい夜風が吹き抜ける。

 

「“みんな”が、貴方のように強く在れるわけじゃない」

 

 その言葉は、静かだった。

 けれど、鋼鉄のような強さを秘めていた。

 

 虎杖は、眉を寄せた。

 何かを言いかけて——しかし、押しとどめる。

 ほむらは、続けた。

 

「覚悟して選んだつもりでも……現実は、理想を裏切る」

 

 淡々と。けれど、痛みを抑え込むように。

 

「巴マミは、正義を信じたわ。それでも、真実を知れば精神が崩壊するほど脆かった」

 

 ほむらの声に、わずかに震えが混じった。

 

「美樹さやかは、願いを信じた。それでもちっぽけな裏切りに打ち砕かれて、絶望した」

 

 虎杖は拳を握ったまま、じっと聞いていた。

 

 ほむらの声は、さらに静かに、だが深く食い込むように続いた。

 

「——覚悟なんて、希望だけでは保てない。選ばせるということは、あの子たちに“未来を壊す自由”を与えるということよ。それは最早、死を選ばせる事と同義、違うかしら?」

 

 その瞳は、酷薄な現実を知る者の目だった。

 

「選択は救いとは限らない。選択は、時に人を”破滅”させる」

 

 一節の静寂が酷く重たかった。

 

 暁美ほむらの言い分は現実を見据えた、どうしようもない正論だ。

 

 虎杖は拳を強く握り締めたまま、視線を落とした。だが、それでも顔を上げる。静かに。けれど力強く。

 

 虎杖は思い出す。

 

 かつて、虎杖が人を救うために”宿儺の指を取り込む”選択をした。そんな自身の行いを呪ったことがないと言えば、それは嘘だ。

 

 しかし、力を得たことで守れた人がいたのも、紛れもない事実だった。

 

 後悔はあれど、無かったことには出来ない過去。 

 罪を背負うと決めたあの日から、虎杖は戦い続けてきた。

 

「……わかってるよ、暁美さん」

 

 不思議とその声は落ち着いていた。

 

「選ばせることが、必ず正しいとは限らないってことくらい」

 

 虎杖は、そっと目を伏せた。

 

 ——両面宿儺によって、多くの人々が死んだ。

 

 ——自分の無力さによって、助けられなかった人がいた。

 

 様々な”悔い”が脳裏を過ぎる。

 

「……けど、だからこそ思うんだ」

 

 顔を上げる。

 

 まっすぐ、ほむらを見据える。

 

「——選べなかった後悔は、消えねぇ」

 

 低く、苦い声音。

 

「誰かに決められた道を歩くしかなかった後悔は、どれだけ時間が経っても、ずっと残ると思う」

 

 ほむらは、息を飲んだ。

 

 虎杖の瞳に宿る光は、まるで炎だった。消えることのない、誰かを救いたいと願い続ける意志の炎。

 

 だから——

 

「たとえ傷ついたって、間違えたって、自分で選んだ”っていう事実だけが、最後にその人を支える」

 

 その声は、揺るぎなかった。

 

「……信じるよ。二人のこと。選択を。信じた上で、ちゃんと支える。——それが、今の俺に出来ることだから」

 

 東堂が呪術師であれと背中を押してくれた。

 

 伏黒が”俺を助けろ”と言い、己に生きる意味を与えてくれた。

 

 多くの仲間が最後まで、虎杖悠仁という存在を支え、肯定してくれた。だからこそ——。

 

 ——また、沈黙。

 

 夜空に、遠く車の音が小さく響く。

 ほむらは、長い沈黙の末に、ぽつりと言った。

 

「貴方は本当に愚かね」

 

 苦笑とも、呆れともつかない調子だった。それでも、その声音はどこか暖かくて寂しげだった。

 

 虎杖は、瞼を閉じる。

 

「……よくバカだって言われる」

 

 夜風に乗って、二人の間に柔らかくもぎこちない空気が流れる。拒絶でもなければ、寛容でもない。未だ、二人の間には見えない隔たりがあった。

 

 こうして、二人は違ったままだった。正義の形も、戦い方も、選び方も違う。

 

——それでも、たったひとつ。

 

 誰かを救いたいと願う心だけは、確かに、同じだった。

 

 虎杖は静謐な病院の屋上で、宵闇の天蓋を見上げる。夜空は既に月と星々を煌めかせており、入院患者の知り合いといえど、退院しなければならない時刻が迫っていた。

 

 ほむらも虎杖への問いを辞め、背を向けた時だった。

 

「少し話したいんだけど、まだ時間大丈夫?」

 

 ふと、消えそうな小さな少女の背を見て、思わず虎杖は引き留める。

 

 ほむらは振り返るも既に心在らずといった風だった。細くなった双眸が分かりやすく告げている。

 

「既に話は終わったでしょう? 貴方のやるべき事。私のすべき目標は大きく違えている。話すことはもうない」

 

「……そっかもな。でもさ、今までストーカーみたいに見張ってたんだろ? だったら、ちょっとぐらい付き合えよ」

 

 ほむらはピタリと足を止めた。

 

 わずかに肩が揺れ振り返った顔には、バツの悪そうな色が浮かんでいた。ほむらは観念したように、小さなため息を漏らす。

 

 その仕草は、普段の彼女の冷静無比な態度からは想像もつかない、年相応の少女の姿があった。   

 

 虎杖がほむらを引き留めたのは理由があった。

 ほむらの冷静すぎる語り口が、脳裏でどうも引っかかるのだ。

 

 虎杖にとって、暁美ほむらは神出鬼没で、学生のまどか達と違って出会いは唐突だった。見ず知らずの人間にいつの間にか監視され、大体の経歴を知られていたのだから尚更その印象は強い。

 

 そして、暁美ほむらが何らかの目的で動いているのは、まどか達にも周知の事実。虎杖はそこまでする”ほむらの動機”の根源を知りたくなったのだ。

 

 言葉を慎重に選びながら、それでも抑えきれずに問いかける虎杖。

 

「……聞きたいことがあんだけど」

 

 夜風が髪を揺らす。虎杖は、目を細めた。

 

「なんつーか……」

 

 戸惑いを滲ませながら、それでも率直に言葉を選ぶ。

 

「……暁美さんって、まるで未来を見てきたみたいな言い方するよな」

 

 ほむらは一瞬だけ、表情を動かしかけた。だが、すぐに無表情に戻り、何も答えなかった。

 

——訊いてはいけなかった。

 

 そんな静寂が二人の間に落ちる。

 

 虎杖はそこで詮索を続けるような真似はしなかった。ほむらの纏う冷たさの奥に、誰にも見せない苦しみと絶望が滲んでいることに——彼は、ただ直感で気づいてしまったからだ。

 

 虎杖は、そっと力を抜いて、優しく言葉を重ねる。

 

「……大丈夫か?」

 

 問いは、深く追い詰めるものではなかった。

 ただ、“そこにいるお前”を気にかける、そんな温度の声だった。

 

 ほむらは、はっとして小さく目を伏せた。

 だが、それ以上は何も言わなかった。

 

 ほむらは黙くして、今度こそ去っていく。触れられたくない拒絶の意思が垣間見えたようだった。

 

 虎杖も、今はそれでも良いと判断する。誰もが簡単に話せる過去を持っている訳ではない。

 

 暁美ほむらは既に契約し、願いを叶えた上で絶望を背負っているのだ。きっと、その過去は重く繊細で、容易に踏み入って良い領域ではない。

 

 春先の風は未だ肌寒く、夜風となれば尚冷え込む。階段を降りていく暁美ほむらを見送りながら、虎杖は遂に一人になった。

 

(伏黒とか……東堂だったら、こんな時、どう言うんだろうな……)

 

 元のいた世界の人々に一人思いを馳せる虎杖の背はどこか寂しげだった。




皆の考える虎杖像だったら、どんな判断をすると思いますか?
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