祈りの名を、いつか呪いが覆うとしても   作:名もなきうちは

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足りないところは後々推敲しながらプラスしていくつもりです。
どうかご容赦下さい。


キミの輝きを、濁らせないために

 

 四日目を迎えた見滝原の朝は、どこか澄んでいて静かだった。遠くから漂うパンの焼ける匂いと、制服の足音が淡く日常を彩っている。

 

 そんな穏やかな街の中で、虎杖悠仁はひとり、置き去りにされたような気分を抱えていた。

 

 道の向こうを、仲の良さそうな三人組が通り過ぎる。男子二人に女子一人。

その何気ない光景に、虎杖の意識は自然と、自分の世界へと引き戻される。

 

(伏黒、釘崎……心配してるだろうな。まずは生活の手段を確保しなきゃ。それから、元の世界へ帰る方法も……でも、それってどうすれば?)

 

 並行世界の壁を越える方法なんて、現実的には考えられない。

 偶然に巻き込まれて飛ばされたとして、それを人為的に再現する手段なんてあるはずがない。

 

(まったく……どっかのSFじゃあるまいし)

 

 苦笑しながら、虎杖はベンチに腰を下ろし、ポケットから黒い結晶を取り出す。

 

 魔女を倒すことで手に入る“グリーフシード”。この世界の魔法少女たちにとって、命を繋ぐために必要不可欠なものだ。共闘関係を結ぶ際に何度も聞かされた。手のひらの中の小さな結晶を見つめながら、虎杖は小さくつぶやいた。

 

「今日も……そろそろ来る頃かな」

 

 その直後、制服姿の少女が通りを歩いてくるのが見えた。

 巴マミ。その肩には、白いマスコットのような小動物——きゅうべえが乗っている。

 

「おはよう、虎杖さん。早いのね」

 

「おはよ。ちょっと早く来すぎたかも」

 

 軽い挨拶を交わし、虎杖はポケットからグリーフシードを差し出す。

 

「はい、今日の分。ちゃんと使ってくれよ」

 

「……ありがとう。本当に助かるわ」

 

 マミはそれを丁寧に受け取り、ふと真剣な表情を見せた。

 

「でも、虎杖さん。これはただのアイテムじゃないの。魔法少女にとっては、命に関わる大事なものなのよ」

 

「分かってる。何度も聞いたよ、それ」

 

 虎杖の視線が、マミの手元にある金色の宝石——ソウルジェムに向けられる。

 前に見たときは気づけなかったが、今はそこから発せられる異質な気配をはっきりと感じていた。

 

「前にも話したけれど、ソウルジェムには魔力が蓄えられているの。戦えば穢れが溜まって、やがて魔力の流れが悪くなる。放っておけば体にも影響が出てくるわ」

 

「……願いを叶えた代償、ってことか」

 

 マミは静かに頷く。

 

「願いを叶えた代償として……魔法少女は戦うの。自分や誰かを守るために、ね。だから……」

 

「気にしなくていい。これは——俺の我儘だ」

 

 虎杖はマミの言葉を遮る。

 

 きゅうべえがどんな願いも叶えると聞いたとき、虎杖はただ、胡散臭いと思っていた。けれど、実際にマミが命をかけて戦っていた姿を見てしまえば、それが現実だと信じざるを得ない。

 

(もし、駆け出しの頃の俺が魔女と戦えば……間違いなく死んでた)

 

 誰かを守るために、自分を削る生き方——それはかつての自分と同じだった。

 

(……でもマミさんは違う。この子は……)

 

 思いを馳せる。手を差し伸べてくれた五条。共に戦った東堂と伏黒。

そして、”兄”と名乗って命を賭けてくれた脹相。

 

 一人ではなかった。それが、虎杖を支えてきた。

 

 だからこそ——

 

「マミさんはすごいと思う。俺から見たら、呪霊……じゃなくて”魔女”や”使い魔”を一人で倒すなんて、信じられねぇよ。だから、マジで思ってんだ。少しでも力になれたらって」

 

 その率直な言葉に、マミは一瞬目を見開き——そして、微かに視線を逸らした。

 

「……そう。ありがとう」

 

 その言葉には、照れ隠しのような温かみがあった。

 

 マミは静かに、グリーフシードをソウルジェムに添える。

 黄金の宝石の奥で、黒く濁った魔力が吸い取られていく。使い終わったグリーフシードは、深い闇色へと変わっていた。

 

「……これで、もう使えないわね。きゅうべえ、お願い」

 

「きゅっぷい。回収するよ」

 

 マミの肩からぴょんと跳ねたきゅうべえの背が開いた。

 背の中に、グリーフシードが飲み込まれていく。

 

「マジで食ってんのな。てか…背中からかよ」

 

「心外だね、虎杖悠仁。これは“食べてる”んじゃなくて、“回収”してるだけさ」

 

 その平然とした返答に、虎杖は肩の力を抜き、わずかに笑った。

 

——だが、その目が再びソウルジェムへと向けられたとき、笑みは自然と消えていく。

 

 金色の輝きの奥で揺れる光は、ただの魔力とは違っていた。そこに宿っている何かが、虎杖の直感を強く刺激していた。

 

(……これ、まさか)

 

 彼の脳裏に蘇るのは、魂に触れた記憶。真人との殺し合い。両面宿儺との命を懸けたあの一瞬。

 

(喫茶店とかで見た時は焦ってて気づけなかったけど……今こうして落ち着いて見ると……)

 

 これはただのエネルギーなんかじゃない。

——まるで、“魂そのもの”がそこに封じられているようだった。

 

 虎杖はその感覚に戸惑いながらも、言葉にはしなかった。

 

 この世界には、この世界なりの理がある。

 マミも、まどかも、さやかも、その理の中で生きている。

 

 今はまだ、その理を乱すべきではない——そう判断していた。

 

 そして、もう一つ。

 彼の視線は、きゅうべえへと向けられる。

 

(……きゅうべえ、このこと黙ってんのか……? いや、まさかな)

 

 まだ確信には遠い。だが、小さな疑念が、虎杖の胸に静かに根を張りはじめていた。

 

「ところで……虎杖さん」

 

 マミの声で、ふと現実に戻される虎杖。

 

「戸籍もない、住所も不定……。本当に一人で大丈夫、なの?」

 

「……え、ああ、うん。取り敢えず、手当たり次第バイトの面接、受けまくってんだけど、まだ平気だとは言えん、かも」

 

 虎杖は頬を掻いて、憂鬱そうに空を見上げる。

 

 ——このままでは、日常生活すらままならないのでは。

 

 虎杖悠仁の懸念はまず、そこだった。

 

 今の彼には身元を証明する手段が全くない。

 つまり、社会的信用ゼロ。

 

 全ての経歴が紙切れと化したことで、虎杖の生活は激変したのだ。

 一級術師として高給だった豊かな生活から、真逆のホームレスへ転落。

 

 食うにも困る、貧困生活。

 

 それでも、と。無論、対策は講じた。

 

 しかし、その全ては空回りだった。

 

 呪術師の拠り所とも言える高専がないことは既に確認済みだ。マミを頼りに電話を借りて、呪術高専の番号に連絡をしてもらったが、そこは学校ですらなかった。

 

 また、虎杖が以前通っていた中学すら、名称が微妙に違う上、卒業した人間に”虎杖悠仁”なるものは存在しないと突き返され、不審者扱いとして電話を置かれる始末。

 

 これでは、いくら自身が”呪術師です”と名乗ったとて、誰にも相手にされないどころか、詐欺師扱いが関の山である。

 

(やべぇな、まさか……こんなことになる、なんて)

 

 仕事すら見つからない危機感に追われながら、異世界の見慣れない土地で彷徨い、何もかもが手探りの状態。

 

 それが、この世界における虎杖悠仁の現状だった。

 

 まさに、マミの心配は妥当と言えた。魔女を倒すどころではない。

 

 しかし、虎杖の声色に存外悲観はなかった。

 

「でもさ、案外何とかなりそう。身元不詳でも雇ってくれそうなとこ、見つけたし。明日、面接したらすぐ仕事だって。まあ、なんとかなる、と思う」

 

 マミの目が丸くなる。まるで、見てはいけないものを見てしまったかのような反応だ。

 

 静寂。

 

「……あの。困ったことがあったら言って」

 

 虎杖悠仁。彼のサバイバル生活はまだ始まったばかりだった。

 




マミ「呪術師は魔女の居場所が分かるって言うけど…どうして?」
虎杖「なんていうか……悪い空気っつーか、気配みたいな?」

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