洞窟を抜けた先は地下帝国だった。
あまりにも広大な地下のスペースに煌々とランタンの光が輝く街がある。
レンガ造りの四角い建物が立ち並び、その間を魔鉱式トロッコの線路が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
「チャイドドリンは相変わらず眠らねえ街だな……」
「せや。懐かしいやろ?ここはいつでも夜の街や」
「な、なんて騒がしいの……」
そこらじゅうで工事やらハンマーで製鉄してる音がするからな。
せまっ苦しくて茶色で、灯の光とオイルの匂いがいつもする。
このごちゃごちゃした街が私は好きなんだよ。
「ほんでどうする?積もる話もあんだろお互い」
「せやな。とりあえず王城でみんなあつめて宴やな。それまで大人しゅうできる?」
「努力はするよ」
「たのむで~」
そこのところは魔族バレ前から信用ねえんだ。
ほらロックンローラーってそういうものじゃん。
「ほんじゃまあ、乾杯!」
「おう、乾杯!」
王城の宴の間。だだっ広い絨毯の上にごちそうと酒樽が無数に並ぶ。
ドワーフばっか五十人くらい。こっちの使節団は二十人程度だ。
目ぇ離せねえだろ魔族のおのぼりさんとか。
「やー、まあ。今日の本題は見ての通りや。イブキが帰ってきたで。魔族を下してな」
「いやっほう!やっぱおめえさんは最高だぜイブキ!」
「それで……おめえがそいつらを何とかできるってことでいいんじゃよな?」
ひげジジイとチビ女共がビール飲みながらゲラゲラ笑っていやがる。
気持ちのいいやつらだ。
「とりあえず、脳いじって半分人間にしたよ。脳を。それから魔族にも美味い酒とか味がわかる料理とかも教え込んだ。だからまあ、今のこいつらには欲と罪悪感があるんだわ」
ドワーフ共はしばらく考えてたけど笑ってうなずいてた。ちょっと引いてる。
「つまりそりゃあ……人並みに殺しは嫌だし、飯や酒があるから命も惜しくなったっちゅうことか?」
「そうだよ。私がそうした。南部の半分くらいはな」
「半分か……う~む」
ドワーフ共が難しい顔になる。
ここで話を聞いていたマーニーがぱんぱんと手を打った。
「まあそんでやな!とりあえずイブキはあのアホな戦争は参加する気ないんやろ?」
「ないよ。戦争辞めたい。少なくとも私の国は今この時点をもってボイコットだ」
これはもう私の国にも伝えてあるし、イシュトアン様との通信で合意がとれてる。
あとはどこまで統制できるかだけどな~。難しいよな。
「そう……できればいいんじゃがのぉ……」
「うむ……のう」
「まあわかるよ?魔族は嘘つきだからな。信じちゃいけねえ」
みんなうなずく。まあそういう生き物だったからね。
「そのうえで本気で戦争やめたいですって言っても、はいそうですかとは行かねえだろ。いっぱい死んでんだから」
異論はないみたいだな。
辞めたいのはいい。だけど大事なのはそこにどう筋道を立てるかだ。
「ほんで策はあるんやろ?」
「あるよ。ミスラの『契約』を使う。これで国民全員戦争できなくなる。なるけどさあ……まったく反撃できません、ってのも絶対あとで面倒になるよな」
「せやね」
「てなわけで、とりあえず『停戦十年』にしとこう。それでお互いの国民がもめて殺したり事件起こしたら、まず裁判で実際やったかどうかをまず明らかにして、被害者の国に引き渡す……くらいにしとこうよ。そのうえで賠償金としてお土産いろいろ持ってきたからとりあえずそれで勘弁してくんないかな……」
ここでマーニーが一口の酒を飲んでカンッとジョッキを地面に置いた。
「うちはええと思う。『国王特権』を使うわ。とりあえず停戦だけでも受け入れんか?」
「お嬢!『特権』まで……いや、イブキはいいんじゃ。まあ信じよう。じゃがのう……」
「うむ……」
『国王特権』ってのはアレだ。ガチの一生に一度のお願いみたいなやつだ。
でもまーごねるよな。わかる。
「とりあえず私の国としては戦争は勝手に『停戦』する。魔王国と戦いてえなら勝手に通り抜けていい。なんなら道も整備するし飯くらい用意するわ。つうか作物育てておくから勝手に食ってくれ。私たちにはいらねえし」
それと、と私も酒を飲んでジョッキを置いた。
「あとどっちみちいきなり仲よくしろつってもこっちもあんたらも無理だろ。だから『鎖国』だ。我が国との交易と外交はダイカザドだけにするし、それも使節団だけにする。一般国民同士での貿易はしねえ。絶対もめるだろ」
「せやな。いきなりお互い水に流すのは無理やろ」
ドワーフたちがうなずいた。なんとか納得してくれたらしい……
「ならばまあ、とりあえずは停戦と鎖国十年。お互い密入国者は勝手に裁く。それでよかろう」
「うむ!そうじゃ!お嬢が特権を使うまでもねえ!決まりじゃ決まり!」
「おお!」
「然り然り!」
「……納得してくれてよかったよ。ミスラ。そういうわけでいい感じに書面たのむわ」
つまんなそうに唐揚げに『魔族にはおいしい粉』をかけまくってもそもそ食べてたミスラが顔を上げる。
ドワーフ料理はほかの人間界料理と比較するとおいしいけど、魔族にとってベストな味ではないんだよな……
油がこってりしてるのはいいんだけど、魔力の味が薄く感じるんだわ。
「へ?あ、ああはいはい。鎖国と停戦十年。一般国民は入国禁止で、犯罪者は相手の国で勝手に裁く。魔王国に攻め入る場合は勝手に素通りしていい。その場合はお互い国民同士は会わない。それでいいわね?」
「いや、まだあるで?停戦をもしやめるってなった場合や。お互い事前に『宣戦布告』をする。もちろん、それを避けるためにお互い外交努力もする。以上やね」
マーニーはいいやつだよ……万が一を考えて私の側に有利になる条項を入れてくれてる。魔族相手にフェアにやってくれるのは私の顔を立ててだろうなあ……
「いいのかよ!?」
「ええんやで。お互いのためや」
「悪いな
ミスラが契約用紙を『錬金』して書面を印刷していく。
10秒もせずに見事な契約書が出来上がった。
「それじゃサインしよっか。よーく確かめといて。あとこれ破ったらそいつはその場から動けねえし、けっこうきつめの魔力徴収があるからな」
「便利やな。そもそも約束を破れへん魔法か。全員回し読みしぃ。うちはこの書面でええと思うわ」
ドワーフたちが頭を突き合わせて契約書を読む。法律に詳しそうな奴も穴がないかしっかり確認したらしい。
「はいよ。書いたで」
「おう、これで契約成立な。まあよろしく頼むよ
「せやな!とにかく停戦合意や!難しいことは後にしよ!飲め飲め!」
「おー!呑もう呑もう!」
まあそこからは久々に健全に痛飲したし、ドワーフにウケる歌を歌いまくったね……
ドワーフの宴は長えんだ。ミスラたちは早々にぶっ倒れて寝てた。
この『契約』はこれから数百年語り継がれる歴史的な快挙だったが、実際は実にあっさりとしたものだった。