岩戸隠れ哀歌
繁栄は続くと思われた。しかし、歴史に永遠はない。
スターステイツは、理想郷だった。
鬼と人が共に生き、自由と魔法、技術が共存する都市。
だが、人々は忘れていた。
世界は、その理想を受け入れるほど優しくはなかったことを。
鬼への異端視は静かに、しかし確実に広がっていった。
最初はささいなすれ違いから、やがて国家間の摩擦へ。
魔法を持つ者と持たざる者の対立、鬼と人の価値観の違い……。
ゆっくりと、確実に、スターステイツは衰退していった。
五百年くらいかな。よく持ったよ。
私はイシュトアン様やミスラとひそかに連絡を取り合い、各地にシェルターを作った。
ゆっくりと、確実に鬼たちの血をひくものを収容していった。
サブプランとして、次の世代を担う政治家を後押ししたりもした。
……だが、それは結局、逃げだったのかもしれない。
けっきょく、戦争が起きた。
世界はまた炎に包まれた。人々は死んだ。街は焼けた。
だが、それでも案外人々は生き残っていた。
きっと、誰かがまた立ち上がるんだろう。――でも、それはもう、私じゃない。
私はファンの鑑にこう言われたよ。
「あの時!あなたは行ってしまった!あの時もあの時もあの時も!あなたは居なかった!なんで今になって戻ってきたんすか!なんでなんすか!どうしてなんですか!?どうしてもっと早く……!」
泣き崩れるファンの鑑を私はただ抱きしめて『悪かった』と言うしかなかった。
彼らを入れたシェルターが閉まって……世界は核の炎に包まれた。
最悪はそれだけで終わらなかった。シェルターの内部でも最初の百年はよかった。
それから、ぽつぽつと枯れるように外を知ってる世代が死んでいって……
これだけでもつらい。これ以上の最悪はないと信じたかった。
でも、うっすらそうなるだろうな~とは思ってたけど。
シェルターの中でも貧富の差や階級ができて……
そこに音楽で介入したらますますおかしなことになって……
今、一握りの生き残りが脱出をしようとシェルターの中を登ってきている。
歌や声でナビゲートしてるけど……この後のプランも考えてはあるんだけど。
でも、もう。私は立ち上がる力はなかった。
新世界を歩むのはお前たちだ。私じゃないんだよ……
●
焚火の炎が静かに揺れ、星空の下に影を落とす。
私は焚火越しにシェルターの巨大な扉を見る。
『この雨でさえ、この風でさえ、ずっとお前を飾るだろう。胸を張れ、それだけでいい』
私は静かにバラードを弾く。この歌を頼りに生存者が出てくるはずだ。
私は、イシュトアン様を思い出す。
『君が誰よりも高く飛ぶのは、皆が迷わないように。それでも、僕らの残したモノが君についてゆくから』
私は勇者ローランを思い出す。
静かで、穏やかで、ひどく寂しい歌だ。
そりゃそうか。これみんなの遺言つないで作った歌だもん。
弔いの歌だ。すべてが滅んだあとにはふさわしいし……
こうやって歌っていればみんなの事、忘れないだろ。
『雪の朝も、日照りの昼も、花は咲きます。その中に私はいるから。だから泣かないで』
晩年に花魔法にハマってたユノの事を思い出す……もう涙も出ねえよ。
「ここが……?これが、外……?」
「ファナトさん誰かいますよ!」
鈍い金属音とともに扉が開き、中から生存者たちがゆっくりと姿を現した。
疲れ果てた瞳、恐る恐る踏み出す足音。
「イ、イブキさん……!」
その中にファンの鑑の顔を見つけたとき、言葉にならない感情が吹き荒れた。
でも、それでもかろうじて微笑みの形を作り、手を振る。
「よう」
ずいぶん、老けちまったなあ。お前……
よろよろと歩くファンの鑑、ファナトを支えて焚火前の切り株椅子に座らせる。
「……大丈夫か。大丈夫じゃねえな……言い残すことはあるか」
「イブキさん……あんなこと、言ってすいませんでした……」
「いいんだ。私はそれだけの事しでかしちまったからな」
ファンの鑑はすう、と息を吸って力強く声を出した。これが遺言になるだろう。
「こいつらを……お願いします!そんな顔しないでください……あなたは、いつだって俺らの輝く星でした……だから、もう一度だけ……とんで、ください」
「……がんばるよ」
きっと私はママがいつもしてたような困ったような笑顔をしてただろう。
シェルターからファナトが連れ出した若いのがこっちに駆け寄る。
「ファナトさん!こんなところで死なないでください!ファナトさん……!」
兎耳に白茶色の女の子。チビだなー。
「な、なあイブキ様?だっけ?あんた薬の神様なんだろ!?なんとかならないのかよ!」
赤髪の角付き。ガタイいい少年だね。
「……しぬのか?ファナトは」
こっちは金髪の子供。ほんとに子供だ。たぶん男の子かな。
「だってさ、私が頑張れば2,3日は持つと思う。飲む?薬」
ここまで体力なくなってたらもう私でも無理だよ……寿命に近い。
ファナトは体中がボロボロで、力なく首を振った。
「そっか……よくがんばったな。ありがとう。おやすみ」
「み、みんな……イブキ様の、ことを、よくきいて……いきてくれ……すまねえ……」
ファナトの体がぐらりと揺れたので私は支えて地面に寝かせた。
呼吸が弱くなっていく。ああ、ダメだ……瞳孔が開いてきてる……
ここまで来たら医者より坊主呼んだ方がいいやつだ。
そっと手を組ませ、目を閉じさせる。
「……ありがとうな。ファンの鑑……ありがとうな」
私がファナトの頭をなでてやると、ファナトの息が止まり……手が冷たくなっていく。
兎耳の少女と角付きの少年がファナトの体にすがりついて泣き出した。
金髪の子供はぼうっと見ていた。こっちはまだ情緒育ってない感じだね。
「……死んだのか?」
「ああ。死んだよ。コイツの体はもうボロボロで……気力だけで歩いてた」
兎耳の少女が泣きながらこっちを睨む。
「そんな……でも!あなたは!」
「私だってなんでもできてたらこうなってねえよ……治すルートでもまずありったけ薬ぶちこんでそこから体を再建して……本人の生きる精神力がねえと無理だ」
「で、でも……じゃあ俺たちは……」
赤髪の角付きが不安そうに私を見る。
私はやっぱり灰色の笑顔で焚火にかかってた薄い経口栄養食を魔法で出したお椀によそって渡す。
「とりあえず食べな?生きるんだ。生きるためには食べるしかねえんだ。食え」
「……はい」
飢餓状態のやつでも大丈夫なように薄めて作った甘ったるい豆乳ミルクだ。
赤髪の少年が意を決したように食べはじめ、残りの二人もごくごくと飲み下す。
「ううう……こんなに悲しいのにおいしいんですね……」
そこからはしばらくファナトの遺体に縋り付いて二人とも泣いてた。
少年はきょとんとしていた。こいつ思ったより情緒ないな?!
「お別れすんだ?」
「……はい」
「ああ……」
少年少女はうなずいて立ち上がる。
ここまで相当な修羅場を潜り抜けてきたんだろうな。
「じゃあ、君たち停める用の家を用意しといたからさ。今日はとにかく休みなよ」
しゃれた丸太ハウスを作るのは結構大変だった。
でも数百年あったからね。慣れたよ。
その日はとにかく寝室まで案内して寝かしつけて終わった。
けど、これは始まりなのだ。新たな……きっと私の最後になる旅の。