囚人ラスボスTSエルフ   作:ゴンの助

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第11話

「……啓発?」

 

 

 彼女がなぜここに? 

 いや、だめだ、話を聞いてはいけない。

 そうだ、ワールズさん。ワールズさんがいれば彼女にも対抗できるはずだ。

 

 

 実力差は痛感している。下手に武力で抗おうとするのが一番ダメな選択肢だ。

 何か、外に異変を伝えられる方法があれば……

 

 

「その本についてだ。女神について書かれている黒の本」

「……」

「警戒されているな。別に不幸になる話ではない。それよりかは──世界のための話だ」

 

 

 世界のため? 女神様についての話? 

 

 

 彼女と目が合う。その翠色の瞳は、静かな湖面のようで、底が見えない。

 

 

 そうすると、彼女は自信満々に声を張っていった。

 

 

「その本は、薄汚れた女神の真実が書かれた本だ」

 

 

 ──ドンッ!! 

 

 

 思わず壁をたたく。鈍い衝撃が拳に走り、部屋の空気が震えた。

 

 

「何のつもりだい? そうも女神様を侮辱する言葉を口にして」

「事実だ。お前はあれに騙されている。それを伝えに来た。それだけだ」

「……何をもって! 僕は女神様を信仰している!」

 

 

 不愉快だ。まずなんで僕にそれを伝えようと思うんだろう? 

 

 

 そんな風に考える僕に対し、彼女は真顔でこちらを見ていた。その表情からは、何の感情も読み取れない。それが逆に、僕の心をかき乱した。

 

 

「どれほどの言葉をもってしても、おそらくらちは明かないだろう。ただ、ひとつだけ言えることは、お前はこの先女神を信じた自分を後悔する。取り返しのつかない代償とともに、な」

「具体性がなさすぎる。そもそもなぜ僕にそんな話を?」

 

 

 彼女はしばらく沈黙を保った。

 そして、一言、言った。

 

 

「もう誰も、女神のせいで悲しんでほしくないからだ」

 

 

 その声色はとても真摯で、切実だった。まるで、心の底からの叫びのように、僕の鼓膜を震わせた。

 

 

「女神の悪逆を止め、女神による悲劇をこの世から消す。それが私の目的だ。そしてそれが、私が悠久の時をタルタロスで生きた理由でもある」

「なんだって……?」

 

 

 ふと、いつか考えていた思考が脳裏をよぎる。

 

 

 ──ラスティン・セワルーグの目は目的を持っている人の目だ、と。

 

 

 前までの僕だったら間違いなく彼女のことを否定していた。

 そもそも耳を貸すことすらしなかった。

 

 

 こうも彼女の言葉に耳を傾けてしまうのは、やはりワールズさんから彼女について話を聞いていたからだろうか? 

 

 

 それでも。それでも、僕は女神さまを信じる理由がある。

 

 

「君は知っているのかい? 女神様の加護が褪せた土地を。草木も生えない、死の大地。それが邪神によって引き起こされている。だからこそ、僕が女神様の使徒として邪神を排除し、世界を救わなければならない」

「ああ、それか──」

 

 

 空になったティーカップを退屈そうに持ち上げた彼女は、にべもなく言った。

 

 

「それ、女神のせいだぞ」

「聞くに堪えない妄言だね。どうしてそんなことを言える根拠が?」

「根拠か。それについては、お前が手に取ったその黒の本を読めばいい。そこには真実がある」

「ただの文字の羅列を鵜吞みにしろと?」

「それはお前が判断すればしろ」

「はは、イラつく態度だ」

「私もお前の盲目ぶりに目が当てられないさ」

 

 

 なんて、なんて言いようだ。

 

 

 まるで、女神様が悪かのような、そんな言いよう。

 

 

 ……

 

 

「じゃあ、じゃあ、邪神はどうなんだい! どうしてそれには手を貸す!?」

「彼がこの世界本来の神だからだ。女神が豊穣の神だった彼を追いやり、封印したからこそ、この世界は徐々に土地が枯れかけていく」

「笑わせないでくれ。君はタルタロスから出てきたばかりだろ? ここら辺に枯れた土地なんてないはずだ」

「ああ、この目ではまだ知らないな」

「じゃあなぜそんなことを言える!」

 

 

 分かり合えない。

 根底が違う。

 信じているものが違う。

 

 

「だが──」

 

 

 透き通った彼女の目を見た。その瞳の奥には、揺るぎない確信と、そしてどこか深い哀しみが宿っているように見えた。

 

 

「知っている。これからの世界の、これからの悲劇を」

「何を……」

 

 

 所詮、牢に入れられ狂った人間の戯言。

 そのはずだ。きっとそのはずなのに、なんでそんなにも僕を見る? 

 

 

 まるで、僕が間違っているみたいだ。

 

 

 勇者として選ばれた重荷。女神様を崇拝し過ごした日々。すべてが積み重なって今の僕がある。

 それをやすやすと否定し、笑う彼女を認めようとは思えない。

 

 

 ワールズさんも言っていたはずだ。彼女はすでに狂人だと。

 

 

 それに、わからない。国を滅ぼすなんてことをした彼女が、悲劇を止めたい? 

 

 

「この世界で一番の悲劇の元凶が、笑わせるね」

「……? ……ああ、そういえば、そうだったな」

 

 

 彼女は、まるで、忘れていた、とでも言わんばかりに、そういった。その言葉には、自嘲も、あるいは開き直りも感じられない。ただ、事実を再確認したかのような、奇妙な淡々とした響きがあった。

 

 

 だめだ。彼女は巨悪だ。滅さなければならない悪だ。

 

 

 無慈悲に命を奪われる人の気持ちを知らないのか? 

 

 

 それをさも忘れていたかのように? 

 

 

 もし、もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 たとえ、人生をかけたとしても届かない相手だとしても、僕ならば必ず復讐を誓う。

 

 

 だからこそ、まず、僕は彼女を殺さなければならない。

 

 

 彼女の女神様への言葉の精査なんて、そのあとにすればいいこと。

 

 

 会話はこれ以上する価値がない。

 

 

 だから、僕が今すべき最適解は──ワールズさんを呼ぶことだ。

 

 

「ワール──」

 

 

 言葉の途中で、僕は何か深い闇へと落ちていった。視界がぐにゃりと歪み、意識が急速に遠のいていく。まるで、魂が肉体から引き剥がされるような、強烈な不快感。

 

 

 何かが、僕の精神の奥深くに侵入してくる……! 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 沈黙と闇が支配する空間で、女神はいらだっていた。

 

 

 せっかく手間暇かけて信仰心を育てた駒が、ひょっこりと現れたエルフにそそのかされそうになっていたからだ。

 

 

 しかも、その駒は自分の力ではそいつに勝てないときた。

 

 

 駒の愚鈍さに歯噛みしながら、干渉するリスクと、すぐに排除するメリットを天秤にかけ、女神は排除へと動いた。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 勇者くんへの直接の言葉はそれほど響かない。

 

 

 なぜなら証拠がないからだ。

 

 

 証拠がないことを延々と語っても、そんなもの水掛け論に等しい。

 

 

 ──だから、揺るぎない証拠を作る。

 

 

 それが今回の接触の目的だ。

 

 

 しかし賭けでもある。

 

 

 もし当てが外れれば、俺はその水掛け論をし続けなければいけなくなるからだ。

 

 

 ではその賭けとは? 

 

 

 まず、前提として勇者くんが第二章にて女神討伐を決心したのはミーファが女神が悪であると主張した末に、『女神の力』で殺されたことに起因する。

 

 

 じゃあ、その『女神の力』とは? 

 

 

 超能力じみた女神による遠距離攻撃? それだったら女神討伐を決意した勇者くんを同様の手法で殺せばいい。

 

 

 精神支配? それも遠距離攻撃を否定したのと同様の理由で否定できる。

 

 

 だったら、一番有力なのが『女神の使徒を利用した排除』になる。

 

 

 しかし、幼き頃から天才と称され、旅を重ね成長したミーファが不覚をとるか? 

 

 

 可能性は低い。けれど、それは相手がただの人だった場合。

 

 

 ゲームでは語られることはなかったが、『女神の力』でのミーファ抹殺の犯人は──勇者、その人ではないのか? 

 

 

 例えば、己の使徒を操り使えるという力だとしたら。

 

 

 『女神の力』の条件が『女神を深く信じている』とか、そういうものならばその後の描写として『女神の力』で勇者くん本人が干渉されなかったのにも納得がいく。

 

 

 まあグダグダと語ったが、つまり、俺が勇者くんに女神にとって都合の悪い情報を提供することで、その状況の再現ができるのではないかと考えたわけだ。

 

 

 勇者くんがばかばかしいと一蹴した話を、けれど女神が口封じのように干渉することで、勇者くんに疑心を起こさせる。

 

 

 まあ、女神の頭が回るならそんなことはしないと思うが、そこらへんは原作でも己の干渉で破滅した女だ。やってくれるだろう。

 

 

 そして現に俺の前では、何かを叫びかけ、不自然に動きを止めた勇者くんが──ゆっくりと顔を上げた。

 

 

 その瞳には、もはや先程までの理性的な光はなく、ただ虚ろな、それでいて何か得体の知れない意志を宿したような昏い輝きだけがあった。口元が微かに歪み、まるで操り人形のように、ぎこちなく身体を起こす。そして、獣のような低い呻き声と共に、その幽鬼のごとき瞳が、真っ直ぐに俺を捉えた。

 

 

 ああ、女神がバカでよかった。

 

 

 すべてが、すべてが計画通りだ。

 

 

 思わず、笑みが漏れる。

 

 

「かかってこい」

 

「!!!」

 

 

 勇者くんはそのまま突進し、俺に突っかかりそのままガラスを割る。

 

 

 互いに宙を浮きながら、勇者くんへ向けた魔法を放とうと手を向けたところで──

 

 

 ()()()()()

 

 

「なに?」

 

 

 あっけにとられ、肩から先が消えた腕を見る。激痛よりも先に、理解不能な事態への困惑が思考を支配する。鮮血が闇に舞い、鉄錆の匂いが鼻をついた。

 

 

 なんだ? 誰だ? 

 

 

 勇者くんではない。彼の動きではない。もっと洗練された、一撃必殺の剣技。そう、まるで──……。

 

 

 剣戟のもととなった場所を見ると、そこにはフードをかぶった長身の男がいた。

 

 

 勇者くんの連れてきた仲間か? 

 

 

 でもあれは──ゲームに出てきた仲間では、ない? 

 

 

 なにもできず勢いのまま放り出された俺は、重心のおかしくなった体のせいで受け身を取り損ね、着地のときに膝をつく。斬り飛ばされた腕の断面から、絶え間なく血が溢れ出ていた。

 

 

「たまたま外を歩いていたら宙に人がいるから驚いたが……勇者(人の子)、侵入者か?」

 

 

 暗闇で互いに誰だかわからない。

 

 

 けれど、その声を聴いたとき、俺はひどく。ひどく、安堵した。

 

 

 聴きたくてたまらなかったはずなのに、もう声も忘れてしまった、アイツの声のようだと。

 

 

 動悸がひどい。いや、これは腕を斬られたからだ。そう、失血によるものだ。そうに違いない。

 

 

 そうだ、そうなんだ。

 

 

 やめろ、ちょっとでもありえない幻想を期待した俺を正気にかえす。

 

 

 まず、腕を治さなければ。このままこの場にいるのは都合が悪い。

 

 

 俺は暴走した勇者くんから逃げるように、その場から逃げ出した。

 

 

 動悸が、ひどく、激しい。




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