神殿地下にある居住区の一角、会議室。
石造りの壁にはめ込まれた数本のたいまつだけが光源であり、その頼りない光が中央の大きな木製テーブルと、そこに広げられた古びた地図、そして集った俺たち三人の顔をぼんやりと照らしていた。
パチパチ、とたいまつがはぜる音だけが響く。
壁に映る不安定な影が、まるで意思を持っているかのように揺らめいていた。その影の動きをぼんやりと眺めていると、タルタロスでの永い時間を思い出す。
あの光の届かぬ場所で、壁に映る自分の影だけを相手に、動物の形を作ったりして虚しい暇つぶしをしていた日々。指先が、無意識に当時の動きをなぞりそうになる。
「さて」
ヴェインの声が響いた。
ほっぺを少しつまんで上の空だった意識を現在に引き戻す。
テーブルの中央に置かれた聖王国の地図に視線を落とした。
「俺たちは邪神様が再臨なさるために、必要な聖遺物を集めるわけだが、今やほぼ全ての聖遺物を聖王国が掌握している」
「ボクのせいで〜〜〜すっ! ごめんちゃい☆」
「いや、先駆者のお前のおかげで邪神様復活に近づいたのだ。卑下することはない」
「わぁ、急にイケメン……♡」
ん゛ん……
「じゃーやる気も出たところで、やっちゃいますか! どこに聖遺物があるかチェック☆」
そう言ってサムズアップした邪ちゃんは包帯で隠れた
眉間にしわが寄り、やがて彼女の口から断片的なイメージが紡がれる。
「ん──……お城の……なんか、陰気な人たちいっぱいいる感じ。文章書いてるかな? あんまりわかんないや……でもたぶん、魔術師?」
聖遺物のある場所の光景が、邪眼を通して見えているらしい。
それで、城があって魔術師がいるということは──
「聖王国ア・モルフェ魔術学院。そこだな」
ヴェインがそういった。さすがは聖王国近衛騎士の家系だ。国のことなら大体知っているのか。
「おー、わかった? ならいいや」
邪ちゃんはふう、と額の汗をぬぐった。
「ん……っとね。あと、その学院? 以外にも聖遺物を保管してるっぽいなー聖王国は! というわけで、オカワリやっちゃうよ!」
その後も、邪ちゃんの断片的なイメージとヴェインの知識による特定が続いた。
聖王国の地図上には、聖遺物の在り処を示す×印が次々と書き込まれていく。
森林奥深くの古砦、王都の大聖堂地下、そして先ほど特定されたア・モルフェ魔術学院。
これらの中から俺が行かなければならないのは魔術学院だ。
理由は単純。それが今後のストーリー展開の布石となるからだ。
正直、今のまま進めば俺がいるだけでストーリー展開の大筋は大して変わらない。
まず勇者くんの女神への深い信仰心にひびを入れなければならない。
そのために重要になってくるのが魔術学院だ。
あそこには聖遺物が保管されている通り邪神関係……女神にとって都合の悪い『真実』の断片が多く眠っている。
そこに女神のその邪悪さの一端を示唆する古文書がある。女神が歴史の中で何を隠蔽し、何を歪めてきたか、その痕跡。
仲間集めの後、勇者くんたちは『魔法使い』の母校である学院に戻る。そして、ストーリー上女神の邪悪さの伏線として勇者くんがその本をちらっと読むのだ。
まあその時は意味を理解せずただ記憶の片隅に片付けられるだけだったが、俺がそこに事前に『毒』を仕込んでおけば、あるいは俺が懇切丁寧に中身について解説してやれば話は変わってくる。
俺がやろうとしていることはストーリー第二章の大幅スキップ。そうなると当然、第二章で勇者くんが得て、最終的に女神にも届いた強さには至らない。
ゆえに、ヴェインたちが女神抹殺に加わってもらうのは必須だ。
だから俺がラスボスとして勇者と教団の共通の敵になることで──双方の憎悪を一身に受け止め、彼らを女神へと導く道標となる。
──ズキン。
鈍い頭痛が響いた。
思わず顔を顰める。なんだ、間違いない。それで間違いないはずだ。
大丈夫だ。身体にボロは無い。魔法も問題ない。監獄で鍛えたおかげで魔法の精度も収容前より上昇している。
もうここまで来たんだ。あとは妄執のまま走り続けるのみ。
突如として頭を抱え、動かない俺に邪ちゃんが不審な目を向けている。ヴェインも僅かに眉を寄せた。
いい。その目でいい。
俺は所詮お前らを裏切る。
険しい顔のまま、俺はヴェインへ顔を向けた。
「ヴェイン。魔術学院は私に行かせろ」
「理由は?」
「これはおそらくだが──私の使う魔法と、お前たちの使う魔法はそもそも体系が違う。そうだろう? 私の魔法が現代の魔法使いと異なるのならば、やつらの裏をかける。なぜなら全くの未知の魔法だからだ。なら、私の魔法は奴らの魔法のジョーカーになりえる」
ヴェインは俺の言葉を吟味するようにじっくり考えこんだ後、頷いた。
「理解した。学院はお前に任せる。そうだな。それに、魔術学院の魔法使いにお前の『古代魔法』は確かに裏をかく有効な技となるだろう。魔法使いの対処は魔法使いに任せよう」
笑わせてくれる。お前も魔法使いだろう? ヴェイン。
★
「弟子、だと……?」
彼はその端正な顔をしかめた。深い翠色の瞳が、値踏みするように僕を射抜く。
「俺を誰だと思ってる?」
……
……
……なんか語りそうな雰囲気を醸し出してるけど、続かないな?
「……教養のないやつらよ」
やがて、諦めたように彼は天を仰いだ。
「──俺の名前は、ワールズ」
彼は改めて、そう名乗った。その声には、揺るぎない自負が滲んでいた。
しかし、僕もミーファも、その名前に聞き覚えがない。顔を見合わせる。
ワールズと名乗ったエルフの彼は唖然とした顔をした。
「……なに? ま、さか……この俺の名を、知らぬと……?」
彼は心底意外だというように眉をひそめた。
「どんな辺境だ、ここは……。この俺を知らないものがいるなど。……いや」
彼は何かを必死に考えようとするように顎に手を当て、ぶつぶつと呟き、やがて一つの結論に至ったように、力なく頷いた。
「……そうか。俺が想定していたより、……途方もない時が、流れたというわけか……」
「待って。エルフが絶滅したのはもう何百年も前の話。文献にあったエルフの寿命は200年。あなたは、何?」
「エルフが、滅んだ、と?」
ワールズは鼻で笑った。
「は、相変わらず人の子はかわいい嘘をつく」
まずい。話がまったく噛み合わない。彼の中では、エルフが滅んだという事実すら存在しないらしい。
なんなら彼目線で僕たちが虚言癖の変な人になってしまっている気がする。
なにか、なにか打開策は……
「……ふむ。それでは俺の所属していた国のつても、これでは期待できぬか。それこそ俺の名が風化してしまうほどには時が流れたとなれば、な」
「自己肯定感えぐい」
とはいえ、彼が尋常ならざる存在であることは間違いない。圧倒的な実力。おそらくは、歴史に名を残した偉人か、それに準ずる何か。
彼に教えを受ければきっと彼女──『滅国』に対抗できるほどの力が手に入るはずだ。……そうなれば、女神さまの役にも立てる。
この荒廃しつつある世界の中、唯一希望をもたらしてくださる光の女神さま。
きっと、お役に立って見せます。
それこそが、僕に聖剣を授けてくれた理由なのですよね。
ああ。
「……急に祈りだしたが」
「ん。発作」
──せいぜい自分がなぜ女神に選ばれたのか考えるべきだな。
不意に、『滅国』の言葉が脳裏をよぎった。
いや。明確だ。この力を、女神さまのために、世界のために使うためだ。そして、邪神教団を潰すためだ。
そのためにも、やはり、彼に師匠になってもらう必要がある。
僕は再びワールズさんに向き直り、深く頭を下げた。
「ワールズさん。お願いします。僕には成し遂げなければならないことがあります。僕を弟子にしてください」
彼は眼をすっと細めた。
「すまんな、人の子。俺にはしなければならないことがある。人を探しているのだ」
「そう、ですか……」
「人探しの道中で、ついでにお前たちに稽古をつけてやることもできなくはないが……おまえにも目標があるのだろう?」
「はい」
「互いに異なる道だ。だが、運命とはどこで交わるかはわからない。再びおまえたちと交わることもあるだろう。それまで、せいぜい生き延びるがいい」
──人の命は短いからな。
はっはと彼は笑った。
そっか……。仕方ない。彼の言う通り、またいつか会える日を信じよう。
……それにしても、なんで彼は昨日僕が『滅国』と戦ったところにいたのだろうか?
「──待って!」
同じく考え込んでいたミーファが、突如、鋭い声を発した。
「あなた。あなたの、探してる人は?」
「ちとくどいな、人の子。しかしまあ……どうせお前たちには分かるまいが、俺は、セワルーグを探している。ラスティン・セワルーグ。……俺と同じ、エルフの女だ」
ラスティン・セワルーグ……?
その名前には聞き覚えがある。
……そうだ、教科書で見た。歴史上最悪の犯罪者。一国を一夜にして滅ぼし、永劫の罰を受けた大罪人。
『滅国』のラスティン・セワルーグ。
「……奇遇ですね」
彼の翠の目を見つめる。
彼女は教団のフードをかぶっていた。僕たちの目的は、教団を打ち倒すこと。
なら、必然的に彼女と再び相対することも目的の一つだ。
「僕たちも、彼女を探しています」