機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
男は静かに歩を進め、コックピットの傍らで足を止める。そして、まるで未来を語るような口ぶりで、続けた。
「これからの時代、パイロットが操縦桿を握ることは、徐々に過去の遺物になっていくでしょう」
その言葉に、フブキは眉一つ動かさず、ただ黙して耳を傾けていた。
「パイロットは“考えるだけ”でいいのです。操縦は“伝達”──意識による直接制御こそが、新時代の思想です」
彼は、指先でコックピットのフレームを軽く叩いた。中にいるフブキへと、響かせるように。
「搭乗者の思考を、そのまま機体が反映する。動きたいと願えば動き、撃ちたいと願えば引き金は引かれる。さらに──搭乗者の“意識の外側”、つまり“無意識”の判断領域は、機体に搭載される予定のOSが即時に解析し、補完的に処理を行うのです」
「かつて“赤いガンダム”にも搭載されたサイコミュ。あの機体においては、主に攻撃制御に用いられていましたが、あなたの機体システムはそれに留まりません。
機体の挙動そのもの──姿勢制御、推進制御、果てはビームの偏向に至るまで、搭乗者の“思考”がそのまま機体運用に反映される設計となっています」
“考えるだけで動く機体”それは、人の手を離れ、意志と機械が融合する“新たな存在”の予兆だった。
「フブキさん、その機体の動力は、エネルギーではなく“あなたの意志”です。“鬼神”とまで呼ばれたあなたのその脳が──最も高精度な兵器制御システムとなるのですよ」
格納庫の静寂に、男の言葉が低く響いた。
「……だから俺でなくてはならなかった、というわけか」
フブキは静かに呟きながら、身体をリニアシートに預けた。背中に伝わる剛性のある感触に、かつての機体とは違う“違和感"を感じた。
右手を伸ばし、操縦桿部位に指先を這わせる。「手で操る」ための装置ではない。“意志を伝える”ための装置──技術者ならば一度は思う、「自分の思った通りに動いてくれる機械」を。
フブキの指が微かに震えた。男はその姿を見ながら、淡々と告げる。
「まだまだ先は長いです。このコックピット内にてシミュレーターを起動すれば、擬似的なデータの取得が可能です。あなたには、本日よりそれを開始していただきます」
「……そうか」
フブキは短く、それだけを返したが──あの光景が、また脳裏に蘇る。
ソロモン。真紅に染まる月面基地。頭に響いた、女の──誰かも分からない“声”。身体が引き裂かれるようなあの感覚。そして、突如として起きた“赤い光”の奔流──
(……もしもあれが原因でソロモンが消えたのなら、やはりサイコミュは危険なものだ……そうだろ……)
気づけば、右手は静かに拳を握っていた。沈黙のままコックピットを出ると、待っていた女の作業員がフブキにスーツケースを差し出した。
無駄な言葉もなく、男が言葉を添える。
「あなた専用のパイロットスーツです。現状では、スーツ内部にGを軽減する制御装置が組み込まれているのみですが……」
少し間を置き、意味ありげに続ける。
「……今後、使用感や要望があれば、随時改良が可能です。いつでも仰ってください」
フブキはスーツケースを手に取り、視線を一度だけ男に向ける。だが、何も言わずにそのまま視線を外し、ゆっくりと歩き出し、フブキは格納庫を後にした。
通されたのは、地下フロアの一角にある“技術観測チーム”の区画。一歩足を踏み入れると、コンソールの光とデータ音が細く響く、実務本位の空間だった。
「新規配属者です。技術観測担当の方々、ご挨拶をお願いします」
同伴していた案内役の女性がそう告げると、室内に一瞬、空気の揺らぎが走った。
その中で、一人の男が、椅子から立ち上がった。グレーの作業服に袖を通した、30代後半ほどの人物。技術主任補佐という肩書きを持つ彼は、フブキを一目見るなり、少し驚いたように目を見開いた。
「ああ……アルジェント大尉……ですね。ようこそ、技術班へ」
言いながらも、どこか視線を合わせられずにいる。彼の名は「カイ・レズナー」かつて連邦軍の後方支援部隊で軽キャノンを扱っていた元兵士だった。
(まさか……ここで再び会うことになるとはな)
フブキは簡潔に礼を返すと、室内を見渡しただけで特に言葉を足さず、そっと自室に向かった。
カイは、彼の背中を見送りながら、心の中で当時の記憶を掘り起こしていた。
(──忘れられるものか)
──
あの時、自分は軽キャノンの操縦席で、震える手で操縦桿を握り締めていた。だが砲身は焼け、左腕の装甲も砕け、逃げることすら許されない状況だった。味方の支援も頼れない。
三機のザクが、確実にこちらを仕留めに来ていた。まさに絶体絶命、──その時だった。
突如、黒い閃光が視界を裂いた。それは、真横から吹き飛ぶように飛び込んできた01ガンダムだった。
「なっ──!」
次の瞬間、ザクのコックピット装甲が、真正面から切り裂かれた。ビームサーベルが、ためらいもなく機体の胸を貫き、パイロットごと沈黙させた。続く機体にはビームライフルの一撃が叩き込まれ、装甲の隙間を射抜かれたザクは爆散した。最後の一機は即座にスラスターで離脱を図ったが──黒い機体は、それを“許さなかった”。
まるで迷いも、情けもないように──ただ殺すために動いていた。
そして何より恐ろしかったのは、それが「偶然そこを通っただけだった」という事実だった。こちらを助けようとしたのではない。ただ“敵がいたから、殺した”。
背中のスラスターを強く輝かせ、無言のまま敵陣に突っ込んでいったその姿──
(味方からも恐れられ、"人ではない"とまで言われたのがよく分かる)
フブキ・アルジェント。赤い彗星と唯一刃を交え、生還した“黒いガンダム”のパイロット。
──
しかし今、ここにいるのは、年も自分よりずっと若い、ただの"青年"。
視線を合わせてられず、目を逸らしてしまう。あの時、背中で見たあの機体の挙動──迷いのない突進、そして敵MSの動きの“先”を読んでいるかのような攻防。
(赤い彗星と互角に渡り合い、多くの敵を屠ったあの戦い方は……)
常人の、いや、訓練されたエースの技術ですら説明がつかない。それはまるで、"未来"を見ていたかのような動きだった。
(……ニュータイプ……)
そうでも思わなければ、あの戦場を、あの一瞬を、説明できなかった。否、理解したくなかったのかもしれない。
だから、いま彼と目を合わせられない。若すぎるその横顔に、あの時の“死線”を重ねてしまいそうでだから──
──
支給された居住ブロックは、殺風景な白い壁に囲まれたそこそこな大きさのほどの仮設個室だった。
ベッドと机、備え付けの収納ロッカー、簡易キッチンがある。人1人、ここで楽に生活できる。
カチャリとドアを閉め、荷物を傍に置くと、彼は無言のままベッドの端に腰を下ろした。服の襟元を緩め、静かに息をつく。
そして、俯いたまま──小さく、疲れたように目を閉じた。
(……もう、二度とモビルスーツには乗ることはないと思っていた)
拳をゆっくりと握る。ソロモンでの出来事。あのキラキラと光り、心地が良いような、気持ちが悪いような空間──女の声。そして、自分の操縦する機体が、確かに“人を殺していた”こと。
そのすべてが、つい昨日の事のようで、しかし今も指の先に染みついていた。
(……それなのに)
今日、再び"モビルスーツ"に乗った。あの時と同じく、何故か満たされた空間にいた。
(──また、俺は戻ってきた)
選択肢がなかったわけでもない。“乗らない”と思っていたのに、それでも──
(……俺は、また……)
その事実が、何よりも重かった。言葉にはならない自己嫌悪が、喉の奥でかすかに脈打っていた。
ふと、スーツケースに目をやる。中には自分専用だというパイロットスーツが収まっていた。新品の香り、それが嫌に鼻につく。
(……嫌気がさす)
フブキは小さく、吐き捨てるように心の中で呟いた。静寂だけが、部屋を満たしていた。
──
格納庫下部、サブシミュレーションルーム。技術観測班のスタッフたちが、数台のモニターを囲むように立ち、息を飲むように画面を見つめていた。
「また更新だ。数値、跳ね上がったぞ」
思わず漏れた若手技術員の声。彼の前のモニターには、MSの模擬戦行動記録と、それに紐づく負荷・反応指数が絶えず書き換えられていた。
「……ええと、待って……ブースト倍率“1.8”、追尾角限界超過、リアクション系統オーバーフロー……っ!」
「OS、またエラー吐いたぞ!」
「フブキさん! 応答を! っ音声通知をミュート、完全に遮断してる!?」
一瞬、場の空気が張り詰めた。画面の中──仮想空間に再現されたデブリ帯を、試験機を模したMSが暴れるように飛び抜けていく。その動きはあまりに常識外れだった。
(あれは、シミュレーター上だから成立している。実機なら、とっくに空中分解してもおかしくないんだぞ……!)
デブリを“足場”にして跳び、重力の概念すら嘲笑うかのように斜め上へと滑空し、急制動で反転。
更にそこから再加速、0.3秒でベクトルを切り替え、射撃・回避・接近の一連動作を同時処理するなど、明らかに人間の限界を超えている。
「こんな動きをされちゃいくらなんでも……! スーツにG緩和機能があっても、現実でやれば失神どころじゃ済まないぞ……!」
「あんな動きをしていて何で平気なんだよ……ほら、心拍も体温も安定してる」
それは、異常だった。カメラ越しに映し出されたフブキの顔には、疲労の色も、焦燥も、何ひとつなかった。
むしろ──
「“無”だなぁ……本人からすれば、作業みたいなもんなのかもな」
カイ・レズナーが、低く呟いた。
「……やっぱり、あの時のままだ」
管制ユニットのモニターに赤いエラーマーカーが点滅し始める。“補助OS、応答遅延:36.9%”“姿勢制御サブ系統、同期逸脱”
警告アラームが鳴るや否や、即座にフブキは操作パネルを撫でるように指でスライド。
「うるさい……」
呟き一つで、補助OSの制御介入を切り、手動に切り替える。シミュレーターは悲鳴を上げていた。
機体の再現限界を超え、反応が後追いで処理され、エンジンユニットは加熱を想定し警告する。それでも彼は、手を止めない。
それが、最も"合理的"であるとでもいうように。
──そう、本来はOSがサポートし、パイロットの“思考の外”を補完するはずだった。だが今は逆だ。パイロットの意志が先行しすぎて、機体とOSが置き去りにされている。
「……これが……"鬼神"」
別のスタッフが、ぽつりと零した。異常な静けさの中で、再びエラーログが上がった。誰もがそれを見ながら、画面越しの静かすぎる“暴力”を黙って見つめていた。
警告アラームの点滅とともに、「EMERGENCY STOP」の赤文字がスクリーンに躍った。
直後、機体のハッチが自動的に展開される。内部の照明が落ち、仮想戦闘空間の投影が掻き消えた。
フブキは、シートに身を預けたまま数秒だけ沈黙していたが、やがてゆっくりとヘルメットを外し、膝の上に置いた。
「……シミュレーターは変わらないな」
ぼそりと呟きながら、小さく息を吐く。シュミレーターの中で暴れた余韻は、もう彼の中には残っていなかった。
その時──機体の正面、ガラスの向こうから乾いた拍手の音が響いた。
「いや、素晴らしい。実に素晴らしいですよ、フブキさん」
例の男──"ロイド・マクシミリアン"が、ガラス越しに笑みを浮かべていた。スーツ姿のまま、まるで優雅な舞台を観劇した後のように両手をゆっくりと叩いていた。
「やはり、あなたに頼んで正解でした。期待を上回る成果です」
彼の口調は丁寧だった。だが、その“褒め言葉”は妙に空虚で、どこか含みがあった。
「──そして、同時に……残念でもあります」
ロイドの目が、ガラス越しのフブキを見据えた。
「我々が急造したこのシミュレーターでは、あなたにとって"意味"がなかったようですね。このままでは、得られるのは“非現実的"で扱いきれないデータばかりだ」
「しかしながらあの戦いぶり。とてもブランクがあるとは思えません」
フブキはそれを聞きながらも、特に表情を変えず立ち上がり、ヘルメットを片手にハッチから降りる。
「……そうか」
それだけを返す。興味も関心も、評価にすら応じない無機質な声音だった。が、その態度にこそ、ロイドは一層満足げに笑みを深めていた。
「……やはり…か」
ロイドの小さな呟きは、マイクには乗らなかった。
「あ、そういえば」
とてもいいことを思い出したとでも言いたげな声で、ロイドが唐突に口を開いた。
「フブキさん。嬉しいご報告が一つあります」
フブキが小さく眉を動かす。ロイドはその反応すら愉しむように笑みを深め、続けた。
「どうやら、ジオンでは新型のMSが量産配備され始めたようです。詳細は不明ですが、既存のザクとはまったく違う──別物といって差し支えない高性能機とのこと。まあ十中八九、ガンダムの量産型でしょう」
話しながら、ロイドはゆっくりと指を組む。
「それに伴い、旧型のザクは順次“処分対象”になっています。これにより、軍内部では、処分、解体するにも金がかかる。ならば──いっそ“売却”してしまえば良い。と、いう意見が出ています。……実に合理的な判断です」
「実際、既にいくつかのコロニーでは民間事業者へザクの払い下げが始まっています。もちろん武装は撤去され、インストーラーデバイス、戦闘コンピューターも外されたもの。ただの“大型の作業機械”として再登録されているようですね」
「軍は資金を得られ、民間はモビルワーカーよりも遥かに高出力な労働力を手に入れる。まさに──Win-Winというやつです」
そう言いながら、ロイドの笑みはさらに深くなる。
「我々としても、いつまでもあなたをシミュレーターの中で燻らせておくわけにはいきません。そこで──フブキさん、あなたに"ザク"を一機ご用意する予定です。今後は、宇宙での活動になりますね」
そう締めくくるその笑顔には、底知れぬ“愉悦”と“実験者の眼差し”が同居していた。フブキは短く鼻で笑い、皮肉気に言葉を返す。
「……用意がいいことで」
ロイドは何も言わず、肩をすくめただけだった