機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷   作:スペースデブリ

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久しい風と、騒がしさ

 

 船の格納庫。帰還した黒いザクの脚部から火花が散り、煙が立ちのぼる中──コックピットハッチが開き、黒いパイロットスーツ姿のフブキが現れる。彼は静かに立ち上がると、装着していたヘルメットを外し、腰に抱えた。

 

「……今回も少し無茶をさせた。整備は念入りに頼む」

 

 そう言って整備員のひとりに視線を向け、手にしていたストロー付きの冷たい飲料を一口すする。整備員は頷くと、すぐさま仲間に合図を送り、ザクの各部に作業員たちが張り付いていく。

 

 機体には細かな焦げや、マシンガンが掠めた弾痕。そして、機体下部には新たなスラスター焼けの痕が残っていた。

 

 間もなくして、ロイドとモスク・ハン博士が足早に近づいてくる。

 

「素晴らしい、まさに圧巻だったぞ、フブキ君!」

 

 モスク博士が満面の笑みを浮かべて声をかけた。フブキは表情を変えず、博士の前で足を止めた。

 

「……良い感じです、博士。追従性の改善は見事。まるで自分の四肢で戦っているような感覚でした」

 

「ほう……それはそれは。初期調整でこれなら上出来だ!」

 

 博士は満足そうに頷きながら、ザクの腹部に視線を向けた。だが、フブキは続ける。

 

「──ただ、限界が見えづらいのも、また事実です。タイムラグが消えた分、“機体に無理をさせている”という自覚が遅れる。無意識のうちに“超えて”しまう。……次は機体がもたないかもしれません」

 

 その言葉に、モスクは一瞬黙り込んだあと、ふむ、と短く唸った。

 

「確かにそれは……あるな。機械は悲鳴をあげているが、動けてしまう。お前さんのような“感覚で動く”パイロットほど危ういのかもしれん」

 

 ロイドもそのやりとりを横で聞いていたが、すっと言葉を挟んだ。

 

「重要な指摘です。次回以降の調整課題に加えておきましょう。フブキさんが“限界を超える”前に、機体側が予兆を検知できるように」

 

 フブキは、ストローの音が鳴るまで飲みきったパックを無言で屑入れに投げ入れた。

 

「機体は応えてくれている、だが実際は俺が振り回してるだけかもしれない……うるさくて警告音切っちゃうし……」

 

 軽口とも、本音ともとれるその言葉に、ロイドもモスクも苦笑するしかなかった。

 ザクは、整備員たちによって再び沈黙へと戻っていく。

 

 それを背にして、フブキは静かに通路の奥へと歩き始めた。戦闘は終わっても、個人の戦いは終わらない──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 格納庫の喧騒が静まり、夜が深くなる。誰もいない一室に、わずかなランプの光と、電子端末の画面だけが煌々と光っていた。

 

 部屋の奥、背をソファに預けて端末に向かう男──ロイド。モニターには暗号化された通信回線が接続されており、通信の向こうからは渋く低い声が響いてくる。

 

「……例のデータ、受け取っていただけましたかな?」

 

 ロイドの問いに、通信の男はゆっくりと、まるで感嘆するかのように応じた。

 

『……これほどの戦闘データ……。シミュレーターなどでは決して得られらいでしょう。一体どういった経路で手に入れたものなのですかな?』

 

 ロイドは小さく笑った。だがその声には、どこか皮肉げな響きが含まれていた。

 

「──色々と“ある”のです。詮索は無用に願いたい。……さて、一先ずこれで“取引は成立”ということでよろしいですかな?」

 

 モニターの向こうの男は一拍置き、静かに言った。

 

『ええ。これだけのデータであれば、"ムラサメ研"の者たちも満足するでしょう』

 

 その名が出た瞬間──ロイドは明確に、口元に嘲りを浮かべた。

 

「……"洗脳"、"遺伝子改造"、"クローニング"、"人身売買"……命を弄び、人工的なニュータイプを産み落とす……。彼が聞いたら、なんと言うか……」

 

 言葉を切り、ロイドは視線を伏せた。そして、小さく首を振る。

 

「……まあ、それは良いとして。例の“品”は、いつ頃こちらに届く予定ですかな?」

 

 通信の男は、静かに答えた。

 

『……連邦が敗戦したことで、我々の“活動圏”は大きく削られました。……だが、今回の件は特別です。このデータは、それに見合う価値がある。

 早急に対処しましょう』

 

「それは心強い」

 

 ロイドの声は淡々としていたが、その目には確かな光が宿っていた。

 

「……これで、ようやく“本腰”を入れられる」

 

 通信の最後に、男はこう言い残した。

 

『我々も同じです。連邦にも頑張ってもらわなければ我々の利益が出ませんから』

 

 通信が切れた。ロイドは、無音になった画面をしばらく見つめた後、端末の電源を落とし、立ち上がる。

 

 窓の外には、静かに広がる星の海。そしてロイドの瞳の奥には、彼が見据える“未来”があった。

 

 

 

 

 

 

 サイド6・イズマコロニーの入港管制。比較的落ち着いた空気の漂うその管制室内で、警戒音もなく緩やかに業務が進んでいた。

 

 だが、今しがた届いた巨大な輸送コンテナにより、その静けさは破られる。

 

「……えーと……」

 

 デスクの上に広げられた搬入書類に目を通しながら、管制官の眉がぴくりと跳ねた。

 

「ん? グラナダ発……ジオニック社のMS? ちょっと……これはどういうことですか?」

 

 不審げに顔を上げると、対応していた作業員風の男が肩をすくめて応じる。

 

「あぁ、その件か。軍警に納品予定のモンらしいぜ。俺たちは運んで来ただけだから詳しいことは知らねえけどよ。グラナダ発ってんなら……まあ、そういうことだろ?」

 

「勘弁してくれよ、ついこの間もザクを配備したばっかりじゃないか……」

 

 管制官は深々と溜息をついた。視線を窓の外、搬入口に並んだ長大なコンテナへと移す。

 

「最近じゃ、ジャンク屋がザクでトラブル起こしてばっかりなのに……」

 

 男はあっけらかんとした口調で続けた。

 

「だからじゃねぇの? ただのモビルワーカーとザク一機程度じゃあ、ジャンク屋の暴れザクに太刀打ちできねぇ。……だったら、こっちも数を持たなきゃってことだろ? 俺らの税金で買われたと思うと腹立つけど、まあ現場の事情ってやつさ」

 

 管制官は肩をすくめた。

 

「……“軍警”の仕事も楽じゃないってことですかね……」

 

 そう言いながら、視線の先──到着したばかりの大型コンテナへとカメラをズームさせた。

 鉄の扉の隙間から、漠然と映る影。確かにモビルスーツのようだが、暗くてよく見えない。管制官はコロニー侵入許可を出して輸送コンテナを通した。

 コンテナ内のモビルスーツ。それは、ザクとは明らかに違う──ヒト型兵器の中でも、赤い彗星の象徴として知られた“あの形”

 

 ──ガンダムタイプ。

 

 管制官も含め、彼らはまだ知らない。この機体が、再び世界を“揺るがす”ことになることを。そして、暗礁宙域での"摩擦キャンセル技術(マグネットコーティング)"を搭載したMSの初実戦は、極めて有意義な戦闘データをもたらした。

 

 ザクという旧式機に施された技術が、戦場において明らかな“結果”を示したのだ。──だが運悪く、ジオン軍の哨戒艦にその現場を見られてしまったのだ。

 

「どの国にも属さない黒いザク」それは、ただの色や形式では済まされない意味を持っていた。

 

 映像に収められたその姿は、外観上は旧式機だか、その動き方、戦い方などが、改修された軍用の体を成していた。

 以降、ジオン軍内部での緊張が高まり、暗礁宙域での実機試験が困難となり、ロイドたち開発サイドも慎重な姿勢を取らざるを得なかった。

 ──宇宙世紀、0083。

 結果として、暗礁宙域での実機によるデータ取得は中止。以降はシミュレーター上での収集に限定されることとなった。

 

 そんな背景の中、フブキは今日も仮設棟の模擬デバイスへと身を預けていた。

 

 全天周囲モニターに浮かぶ戦術画面。そこに映る敵機の群れを、冷徹に、効率的に“処理”する。

 

 ──データは、積み上がっている。軽い警告音と共に、シミュレーターがセッション終了を告げる。ハッチが開き、緩やかに光が差し込んだ。

 

 フブキは無言でヘルメットを脱ぎ、シートから立ち上がる。額に浮かんだ汗を拭うと、そこへ見慣れた人物が姿を現した。

 

「お疲れ様です、フブキさん」

 

 ロイドが、穏やかな笑みで近づいてきた。フブキは軽く首を傾げる。

 

「どうした? 何か問題か?」

 

 その問いに対し、ロイドはいつものように丁寧かつ愉快そうな口調で応じた。

 

「いえいえ、とんでもない。ただ、我が社に、興味深い依頼が寄せられましてね」

 

「依頼?」

 

「ええ。そしてその内容から考えても、貴方が適任だと判断しました。一部、私の方で話を通させていただきましたが……まずは直接、貴方に確認をと思いまして」

 

 フブキは肩に掛けたタオルをひとつ持ち直すと、静かにロイドを見た。

 

「はぁ……で? 今度は何をさせようと?」

 

 その眼差しは、かつて“戦場で数多の命を刈った”あの鬼神のものではなく、今この瞬間も、悩み、迷いながら“ただ生きている一人の青年”のものだった。

 

 ロイドは、ふと話題を変えるように切り出した。

 

「軍警にもザクが正式に配備されたことをご存じでしょうか?」

 

 フブキは軽く頷いた。

 

「ああ。民間業者やジャンク屋が、ザクで騒ぎを起こしてるからって話だな。それで市民からの反対運動も起きてた。民間へのモビルスーツ払い下げ反対ってな」

 

「ええ。まさにその通りです」

 

 ロイドは苦笑しながら言葉を継いだ。

 

「とはいえ、それでも軍警側での戦力増強は急務とされており、同時に“MSを扱える人材”の確保と育成も喫緊の課題となりました。そこで我々にお鉢が回ってきた、というわけです」

 

 フブキはすぐに察した。

 

「……なるほど。つまり俺に軍警のパイロットを教育しろと?」

 

「“育成”という言葉も、決して間違ってはいません。ただ、彼らに必要なのは、最低限の運用能力と、実戦的なマブが可能となるための指針だそうです。手取り足取り教える必要はありませんよ。

 むしろ、フブキさんのような“本物”が、その場に立っているだけで効果はあると、先方も理解しています」

 

 フブキは一瞬黙し、そして問う。

 

「……開発のほうはどうする? 俺が抜けるとなると、データ収集は誰がやる? 新たに候補を引っ張ってくるのか?」

 

 その問いに、ロイドは微笑んで即答した。

 

「いいえ。フブキさんの代わりなんて、どこを探してもいませんよ。それに、収集すべき戦闘データは、既にほぼ全て取得済みです。今はむしろ、“調整と最適化”の段階に移っています」

 

「なら……俺は必要ないと?」

 

「とんでもない」 

 

 ロイドは、軽く肩を竦めながら言った。

 

「貴方にしかできない役割が、これからも存在します。ですが、今はひとまずは肩の力を抜いていただいても構いません。

 久方ぶりのサイド6──、イズマコロニーです。良い空気を吸い、見渡す景色を愉しむのも悪くないかと」

 

 そう言ってロイドは、まるで悪戯を企む子供のような笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 久方ぶりにイズマ・コロニーへと戻ってきたフブキだったが、特にこれといった“行き先”はなかった。

 

 新たな任務に備えての“休暇”──名目上はそうだが、本人にとってはただの「空白の時間」でしかない。

 

(せっかくの休みだし。どこか適当に時間を潰すか)

 

 そう思いながら、コロニーの街をあてもなく歩いた。人通りの多い商業ブロックを避け、適当に歩き、途中の屋台でたい焼きを買うと、それを片手に歩みを進めた。

 

 焼き立ての生地が、思った以上に熱い。フブキは軽く息を吹きかけながら、慎重に一口齧る。

 

 香ばしい皮の中から甘いあんこが溢れた瞬間、彼はほんのわずかに、目を細めた。

 

(……うま)

 

 気がつけば、かつて訪れたあの公園に辿り着いていた。

 

(──懐かしいような。ほんの少し離れただけだったんだがな)

 

 風が吹き抜ける、静かな丘の上の公園。木々は少なく、遊具もないため、今も昔も人影はほとんどない。

 

 ベンチに腰を下ろし、買ったたい焼きをもう一口齧る。

 

(……相変わらず風が通るな。こんな辺鄙な場所じゃ、今も子供すら来やしないか)

 

 そう思いつつ、背凭れに体重を預けた。ここ最近は、ロイドの元でのテストパイロット業務に加え、偽装商船という名の試験母艦に詰めっぱなしだった。

 

 コックピットに篭り、戦い、シミュレーターでデータ収集、また戦う──そんな繰り返しの中で、「風」を感じる時間などとうに忘れていた。

 

(……こういうのも、悪くないか)

 

 言葉にすることもなく、ただ、胸の内にそう呟いた。たい焼きの温もりと、コロニーの風──それは、フブキにとって「かつての日常」を思い出させるものだった。そんな中、風の音に紛れるように、柔らかな声が背後から届いた。

 

「フブキさ……ん……」

 

 一瞬、誰かと聞き返す前に、彼はその声に心当たりを覚えていた。振り返ると、そこにいたのは──

 

 少し背が伸びたように見える少女。どこか凛とした印象を帯び始めたその顔立ちには、まだ幼さが残る。

 

 アマテ・ユズリハ──“マチュ”だった。

 

 彼女は一歩、また一歩とゆっくり近づいてきて、微かに俯きながら呟いた。

 

「もう……会えないかと思ったよ」

 

 フブキはたい焼きの包みを静かにたたみながら、目を細めた。

 

「仕事が変わっただけだ。二度と会えないってわけじゃないだろう」

 

 その言葉に、アマテはほんの少しだけ顔を上げた。

 

「……仕事」

 

 ベンチの隣にちょこんと腰を下ろすと、遠慮がちな目でフブキの横顔を見ながら尋ねた。

 

「フブキさん、今……どんな仕事してるの?」

 

 風が吹く。沈黙が、その風の中に溶け込む。

 

 フブキは目を伏せるようにして一呼吸置くと、短く答えた。

 

「……モビルスーツのパイロットだ」

 

 その言葉に、アマテは思わず瞳を見開いた。

 

「えっ、じゃあ……あの、工事現場とかでザク動かしてるの?」

 

 その言葉に、フブキはわずかに苦笑を浮かべた。

 

(まさか戦場で、とは……さすがに言えないか)

 

「……ああ。工事現場もそうだし、コロニー内の作業でも乗ったりする。まあ、そんなところだ」

 

 なるべく自然に、嘘を混ぜながらと考えながらも、それがアマテに向けた最大限の優しさだった。

 

 隣の少女は、安心したように頷くと、小さく笑って空を仰いだ。その横顔を、フブキは静かに見つめていた。

 

「いいなぁ……」

 

 アマテがそうぽつりと呟いた。フブキはたい焼きの包みを膝に置き、横目で彼女を見る。

 

「そんなにいいもんじゃないさ。大変なことの方が……ずっと多い」

 

 それでも、アマテは諦めのない瞳でフブキを見つめていた。

 

「でも……モビルスーツで宇宙を好きに移動できるんでしょ? あちこちに行けて、知らない世界が見られて……ねえ、フブキさん」

 

 その瞳の奥には、純粋な憧れが宿っていた。そして、言葉を選ばずにこう問うた。

 

 ──空って、"自由"ですか?




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