機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
医務室の扉が電子音と共に開く。扉からは花を持ち、シワひとつないスーツに身を包んだロイドが顔を覗かせた。
「ん? おやおや、先客でしたか」
アマテが顔を上げる。
「ロイドさん……」
「どうも、アマテさん。お早い到着で。ふむ……フブキさんはまだ眠っているようですね」
「……うん。ねえ、フブキさんって、いつもこんなに静かなの?」
「ええ。訓練の後には時折、本を顔に乗せたままうたた寝していることもあります。……それはそれは静かで。ふふ、最初に見た時はスタッフが「死んでる!?」って叫んで大事になったりもしましたね」
アマテは思わず小さく笑った。
「……普段とは、全然違うんですね」
ロイドが花束をフブキの隣に置いて、椅子に座りながら聞き返した。
「おや、“普段とは”?」
「フブキさんは……なんていうか……感情の起伏が少ないけど、優しいんです。私にいろいろ教えてくれたし……」
その言葉に、ロイドは柔らかい笑みを浮かべた。
「……それは、おそらく“貴女だから”でしょうね」
「……え?」
アマテが不思議そうに首を傾げると、ロイドは窓の外をちらりと見た。静かなコロニーの光が、その眼鏡に映っている。
「彼は、一年戦争を経験しています。ちょうど、貴女くらいの歳に」
「……!」
「人が“子ども”から“大人”に変わるには、いくつかの段階があります。けれど、彼の場合は、その過程が欠けていた。本来なら守られるはずの歳で、人を殺し、生き残る術を身につけてしまった」
ロイドの声は穏やかだが、その言葉には重さがあった。
「私から見てフブキさんは、“感情が薄い”というより、“感情に蓋をしている”ように見えます。……きっと自分を、許していない。自分の手が血に染まっていることを、罪だと理解しているから」
アマテは何も言えず、俯いた。
その時、病床のフブキが小さく寝返りを打った。目はまだ閉じたまま。だが、眉間にはわずかな緊張が走っている。
ロイドはその様子に気づくと、そっとアマテに視線を戻した。
「……貴女は、彼にとって“光”なのです。多くの者が彼を“兵士”、"道具"としてしか見ない中で、貴女は違う。彼が人間であることを、まだ信じてくれている」
「……そんなの、当たり前だよ」
アマテの言葉に、ロイドは再び微笑む。
「ええ。その“当たり前”が、どれだけ救いになるか。彼にとって、あなたがどれだけ大きな存在であるか。……それは、きっと彼自身も、気づいていないでしょうがね」
アマテは小さく息を吸い、再びフブキの方を見た。
静かに眠る青年の顔に、そっと手を伸ばすことはできなかった。
けれど——その胸の内にある想いは、確かに育ちつつあった。
そんなアマテを優しく見ていたが、ふと思い出したかのようにロイドは懐中の腕時計にちらりと目を落とした。
「……おっと、もうこんな時間ですか。名残惜しいですが、あとは若者に任せましょう。それでは、失礼」
軽く頭を下げて、静かに扉を開けて出て行こうとする。
アマテはその背を目で追いながら、そっとフブキの手に自分の手を重ねた。温もりはまだ確かに、そこにあった。
(……早く起きてよね)
そう心の中で呟いたその瞬間──
「──あ、そうそう」
唐突に扉が再び開く音。驚いて顔を上げると、出て行ったはずのロイドが、ひょこっと顔だけを覗かせていた。
「ここ、患者の容態を確認するための“監視カメラ”がありますので、羽目を外さないよう気をつけてくださいねぇ〜。……ふふ」
わずかに目尻を下げ、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべると、そのまま本当に立ち去っていった。
「〜〜〜っ!」
アマテは、見る見るうちに頬が真っ赤になる。耳まで熱を持ったようで、思わず俯く。
だが──それでも、彼女の手は離れなかった。
むしろその手は、ほんの少しだけ、フブキの手を包むように握り直されていた。
⸻
ロイドは静かに廊下を歩きながら、胸元から携帯端末を取り出す。操作は慣れた手つきで、着信音も鳴らさず、回線はすぐに繋がった。
「……私です。ザクのデータログの解析は、どうなりましたか?」
耳に当てた受話口の向こうから、やや緊張を含んだ声が返る。
《間違いありません、ロイドさん。あれは──「赤いガンダム」です》
歩を止めたロイドは、静かに目を細めた。
「やはり、そうですか……。ソロモンで消息を絶って、はや五年。あの“赤い彗星”が、帰ってくるとはね」
《ビットも確認されています。軍警では“指名手配”の準備を進めています。……それに、ジオンも動き始めたようです》
「流石。耳が早いことで。ま、当然ですね。ジオンにとって、赤いガンダムと彼は“英雄”ですからね」
わずかに鼻で笑うと、ロイドは歩を再開する。
《どうしますか? フブキさんも軍警での仕事で負傷したみたいですし、ガンダムも調整が済んでいません……》
数秒の沈黙の後、ロイドは低く、しかし確固たる意志を込めて命じた。
「……致し方ありません。赤いガンダムが帰ってきた以上は。……試験用OSを破棄。戦闘用プログラムを起動しておいてください。フブキさんが目を覚ましたら、即座に実機試験を行います」
《了解しました。フブキさんは?》
「彼なら問題ありません。彼女が付いていますから」
《彼女? ここ最近フブキさんがよく連絡とってるって言う子ですよね?》
「ええ。彼女ならフブキさんを繋ぎ止めてくれるかもしれませんから。私もそちらに戻ります」
《了解です》
通信が切れる。ロイドは携帯端末をしまい、傍らのガラス張りの窓に歩み寄った。視線の先には、遠くに広がるコロニーの外壁と、なお滲む太陽光。
その景色を見つめながら、ひとりごちる。
「……“赤いガンダム”が、このタイミングで現れるとは。これも運命のように思えますね。──赤い彗星、シャア・アズナブル」
⸻
──暗い。
視界は闇に沈み、音もなく、ただ虚無が満ちていた。
(……ここはどこだ。俺は、どうなった……シャアは……ガンダムは……)
自問に答える者はない。いや──ひとり、いた。
『──よう』
その声に、フブキは眉ひとつ動かすだけだった。
「……またお前か」
『何度でも会うだろうさ。……戦争で何も感じなくなるまで殺し続けたお前だからな。
人として破綻していると自覚しているか? そんな人間はさっさとくたばった方が……世界のためだと思わないか?』
沈黙。フブキは何も返さない。
『だんまり……か。戦争のさなか、命乞いをする敵のコックピットを何の躊躇いもなく焼いたときのように。
何も言わない。何も感じない。……そうやってお前は、“人であること”を捨ててきた』
「……」
『だが、“赤い彗星”は戻ってきた。あのソロモンの光の中から。
──お前はどうだ? 過去を忘れられず、地に這いずり、泥水を啜りながら、それでもまだ生きている』
「……何が言いたい」
『お前はまだ囚われている……戦場に。──いっときの、まるで人間のような生活を楽しんでいたようだが……あれが本当に“お前の望んだもの”だったのか?』
「……」
『アマテ、だったか。あの子供が心配か? ──くだらない。あれもいずれ、お前という人間を知れば、失望して去っていくんだぞ……』
「……それで、いい」
『“それでいい”──本当に、そう思ってるのか?』
声は冷たく、しかし底知れぬ怒りを秘めていた。
『これまで数え切れないほどの道があった。だがそれを選ばず、戦いの日々に身を投じた。それなのに心のどこかで「助けて欲しい」と願ったな? それは……傲慢だ。お前だけ助かろうなんざ虫が良すぎるだろ。
……アマテにはアマテの人生がある。そこに“お前”がいることが、彼女の未来を曇らせるだけだと──わかっているだろうに』
フブキは目を閉じ、深く息を吐いた。絞り出した声は震えている。
「……わかってるさ」
──目を背けるな。お前の居場所は、戦場だけだろ。
⸻
──引きずり込まれるように沈んだ闇の底から、ふと浮上する感覚。
視界の端から徐々に光が差し込み、それはやがて一面を覆うほどの眩しさとなった。思わず手で遮ると、その掌にぬくもりを感じる。
──温かい。
光に目を細めながら、静かに瞼を開けると、そこは見慣れた無機質な天井だった。
ゼネラルリソースの医務室。定期的なデータ収集後に通される場所だ。ここにいるということは──俺は、生きている。
右側に視線を移す。
そこにあるべきはずのない存在があった。
──アマテ
彼女は俺の手を両手で包み込むように握ったまま、ベッドに身を預けて眠っている。その顔はどこか疲れたようで、しかし静かで穏やかだった。
(……どうして、お前が……)
壁掛けの時計に目をやる。既に門限は大幅に過ぎている。学生がこんな時間まで外出していいはずがない。
フブキはそっと上体を起こす。だが、その動きにアマテの手が反応した。
ぎゅ、と強く。夢の中で何かにすがるように、その手は俺の手を放そうとしなかった。
「……」
呼びかけようとして、やめた。
彼女がここにいる理由はわからない。夢を見ていた俺を、こうして待っていてくれたのだろう。
少し戸惑いながらも、俺は彼女の手をそっと握り返した。
──この温かさを、忘れないために。
──
翌日。
軍警での任務をすべて終えたフブキは、ロイドのもと──モビルスーツ開発という本来の職務へと復帰することになった。だが、その“旅立ち”は想像していたよりもずっと騒がしく、そして、温かかった。
「マジで行っちゃうんですか!? 俺、寂しいっすよ〜!」
「ほんとほんと。傭兵なんかやめて、いっそ軍警に来ればいいのに」
若手の整備員たちは、冗談交じりに引き止めようとする。その言葉にフブキは、苦笑しながら首を横に振った。
「……そういうわけにはいきませんから」
「まぁまぁ、お前ら、その辺にしておけ」
年長の士官が手を振って制した後、フブキに向き直る。
「フブキ君。もし向こうで嫌になったら、すぐに連絡くれよ。歓迎するからな」
「……短い間でしたが、お世話になりました」
「こっちこそ、助かった。お前さんが来てから、皆の目の色が変わったよ。あのアラガですらな」
握手の手を差し出され、フブキはそれをしっかりと握り返した。
──良い人たちだった。
仕事として関わっただけのはずが、別れを惜しむ声がこれほどまでに多いとは思わなかった。
たとえ戦いに明け暮れる自分でも、誰かの記憶に“名残惜しさ”を残せたのだと思うと、ほんの少しだけ、胸が温かくなる。
──
シミュレーターから出たフブキは、汗を軽く拭いながらインターフェースの電源を切った。その時、不意に背後から声がかかる。
「フブキさん、少しお時間をいただけますか?」
振り向けば、ロイドがいつもの飄々とした笑みを浮かべて立っていた。
「なんだ、ロイド」
「軍警での仕事、ご苦労さまでした。あちらで、ジャンク屋たちと多く接点を持たれたと伺いました。いろいろと、見えたものもあったでしょう?」
「…ああ。目立つのは『クランバトル』だな。ジャンク屋連中が仕切っている違法賭博。モビルスーツ同士で戦って勝てば賞金、観客は勝敗に賭けて一喜一憂する……ゲーム感覚だが、内容は極めて危険だ」
「おっしゃる通り。ですが、あれはジャンク屋が構築したにしては驚くほど精緻なシステムです。ローカルながら、規模は着実に拡大している。下手をすれば、既存の民間軍事訓練市場を侵食しかねません」
ロイドは一拍置いて、意図的に声を潜める。
「……そこで、我々も参戦しようかと考えています」
「……何だと?」
フブキの表情が明らかに強張る。
「冗談じゃない。あれは違法賭博だぞ。参戦なんて──」
「無論、ザクは使えません。近辺宙域では、あなたの黒いザクは有名になりすぎた。ジオンに見られてしまった事で余計にね」
「それなら、なおのこと不可能だ。クランバトルは二機一組のMAV戦が基本ルールだ。俺一人ではどうにもならん。それに、一企業が違法戦闘に関わるなんて──」
「ご安心ください。形式としては“クランへの技術協力”という名目になります。先日の軍警派遣と同様のスキームを用意しています。我々はあくまで警備会社ですから」
ロイドは、こともなげに肩をすくめる。
「……もっとも、実態はその契約クランを介した実戦運用試験というわけですが」
フブキは目を細める。これまで何度となく見てきた、ロイドの“狡猾な才覚”が再び動き出したのを感じ取った。
「……お前、本気か?」
「ええ。本気です。これはデータ収集とプロト機体の実戦投入を同時に進める好機です。そしてそれに必要なのは、あなたの腕だけです」
ロイドはまっすぐにフブキの目を見て言った。
「──あなたに、ぜひ見ていただきたいものがありましてね」
ロイドは静かにそう言うと、研究棟の奥へと歩き出した。
フブキは無言でその背中を追いかける。無機質な照明に照らされた廊下を進みながら、ロイドは唐突に語り出す。
「一年戦争末期。ちょうど貴方がソロモンで死線を越えていた頃でしょうか。地球の周回軌道上に、ある"オブジェクト"が突如として現れました」
「……オブジェクト?」
「ええ。連邦軍は即座に回収を実施。調査も行われました。しかし、結果は実に芳しくなかった」
フブキは眉をひそめる。
「何があった?」
「──誰にも分からなかったんですよ。“それ”が、何なのかすら」
ロイドの声が低くなる。
「外見は明らかに“モビルスーツ”でした。しかも、ガンダムに酷似していたと」
「……ガンダム、だと?」
「はい。しかし──“それ”に使われていた外装材、OS、駆動機構、熱管理システム、エネルギー循環構造……その全てが現在の科学技術を遥かに超越していたのです」
フブキは足を止めた。ロイドも立ち止まり、振り返らずに続けた。
「当時の連邦は、“それ”を「
「……それを、お前が?」
ロイドは、ようやくゆっくりと振り返る。そして、微笑んだ。
「ええ。苦労しましたよ」
「なぜそこまで?」
「あなたのおかげです。……貴方がザクで記録した全戦闘ログ。搭乗中の心理パターン、サイコミュに対する試験データ」
ロイドの眼差しは真剣だった。
「それらが全て、“技術資産”として高値で売れたのです。世界の軍需企業が、こぞって欲しがった」
「……」
「つまり、“それ”は貴方の戦いが招いた産物とも言える」
ロイドは、今度こそ正面からフブキを見据えて言い切った。
遅かれ早かれ悲しみだけが広がる世界が来る
それでも
今こそ人は自然に対して、地球に対して贖罪を
それでも
人が信じるのは現象だけ。その本質を学ぼうとしない
それでも