機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷   作:スペースデブリ

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死の天使、墓荒らし達

 

 

 通路の突き当たりで、ロイドは足を止めた。手元の端末を操作すると、機械的な重低音が格納庫全体に響き渡り、正面の巨大な自動扉が左右にゆっくりと開いていく。

 

「──ここです」

 

 静かにそう言うと、ロイドは闇の中へ一歩を踏み出した。フブキも無言でその背を追う。

 

 だが、その先に広がっていたのは、まるで世界から切り離されたかのような完全な暗黒だった。光はひとつとして存在せず、先ほどまでの通路の照明が背後からわずかに差し込んでいるだけだった。やがてその扉も背後で閉じられ、音もなく、二人は静寂と闇に包まれる。

 

 次の瞬間、眩い白色光が格納庫全体を貫いた。強烈な照明がいっせいに点灯し、眠りから目覚めるかのように格納庫の空間が明るみに晒される。

 

 フブキは思わず腕を上げて目を覆った。だが、その腕越しに見えた影が、彼の意識を瞬時に釘付けにした。

 

 そこに、立っていたのは、全身を黒と灰色の装甲に包まれたモビルスーツ。無骨でありながら、威厳を宿し、まるで空間そのものを支配するかのように、静かに、だが圧倒的な存在感をもって佇んでいた。

 

「……これは……」

 

 フブキが声を漏らすと、ロイドが静かに答える。

 

「ええ。これがオブジェクトを改修し、再開発した機体──"タナトス"です」

 

 ロイドは機体に目をやりながら、感情を抑えた調子で語り始めた。

 

「──赤いガンダム。MAV戦術を確立したジオンの象徴。後の技術革新の礎を築いた機体……私は技術者として深い敬意を抱いています」

 

 そして、ロイドの声に鋭さが宿る。

 

「しかし同時に、それを打ち破るのもまた──“ガンダム”であると、私は思いました」

 

 フブキは目の前の機体から視線を逸らさずにいた。

 

「連邦にとっては“悪夢”。ジオンにとっては“希望”。私は考えました──貴方が乗る機体なら“ガンダム”しかないと」

 

 フブキは言葉を発することなく、ただその姿を見上げ続けていた。黒き装甲はまるで光そのものを拒絶するかのように鈍く沈み、装甲表面のラインは見る角度によって違う表情を見せていた。

 

 そして──不意に、胸の奥が疼いた。

 どこかで、見たことがあるような……

 

 そんな既視感が、思考の底から浮かび上がってくる。だがそれは明確な記憶ではなく、何か忘れたままにしていた夢の断片のように曖昧で、だが確かに脳裏に焼きついていた。

 

 ──そうだ。

 

 思い出す。あの機体に似ているのだ。この無機質だが、それでいて少し異質な佇まい。それは、かつて自らが搭乗したガンダム。

 

 01ガンダム。

 

 間違いなく、彼が戦場で最も長く共に在った“相棒”だった。そして今、目の前に立つ黒いモビルスーツは、その影をどこかに宿していた。

 

「近くでご覧になりますか?」

 

 ロイドが振り返り、どこか愉悦を帯びた笑みを浮かべながらそう言った。

 

 そう促されるまでもなく、フブキは無言で歩を進めた。黒灰に彩られた巨体へと近づくごとに、その異様さが一層際立っていく。

 

「どうぞ」

 

 ロイドが手で示したのとほぼ同時に、タナトスの胸部装甲が機械音と共にスライドし、コックピットハッチが静かに開いた。中からは仄かに青白い光が漏れている。

 

 フブキは一度だけその内部に目を凝らし、ゆっくりと昇降ステップに足をかけた。

 

 コックピット内に腰を下ろすと、まず視界に飛び込んできたのは、まったく見慣れぬ操縦系だった。中央には球状のアームレイカー式操縦桿が左右に伸びており、従来のスティックやトリガー系統とは根本的に構造が異なっている。サブディスプレイ、そして中央のメインパネルには初期化中のインターフェースが流れていた。

 

「それでは……パイロットとしての初期登録を行いましょう」

 

 ロイドの声が、外から冷静に響く。だがその声の奥には、抑えきれない熱を孕んでいた。

 

 ロイドが一歩下がると、同時にハッチが無音で閉じ、コックピットが密閉される。辺りは一瞬暗転し、直後にメインディスプレイが明るく点灯した。

 

 そこには、人体図のようなホログラムと、その下部に表示される名前——「FUBUKI ARGENT」

 

 続けて、センサーの光がコックピット内を走る。緑色のスキャンラインが、頭から足先まで、フブキの全身をなぞるように通過していった。

 

(これは……生体認証か)

 

 思考を巡らせる間もなく、スキャンが完了し、ディスプレイには「COMPLETE」の文字が浮かび上がる。

 

 その瞬間、通信回線が自動で開いた。

 

《これで登録は終了です。これでもうコイツは貴方の機体です。貴方が軍警で仕事をしている時には、すでにある程度の調整は済ませています。これからはクランバトルでの実戦になりますね》

 

 スピーカー越しに聞こえるロイドの声は、どこか興奮を押し殺しきれていない。だが、その熱を真正面から受けたフブキは、微かに眉をひそめていた。

 

(……悪いが、そういう熱量にはついていけん)

 

 声には出さなかったが、冷静な視線でディスプレイを見つめながら、フブキはひとつ、深く息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 イズマコロニー外周宙域──

 無数のデブリが漂う戦場、《クランバトル》指定エリア。

 

 漆黒のガンダムがゆっくりと前進し、その横にツートーンカラーのゲルググが並ぶ。コクピットの中で、通信越しの女の声が低く響いた。

 

《今回もアンタが一人で突貫するんだろ?》

 

 フブキは薄く微笑んだ。

 

「……その方が都合がいいからな」

 

《まあ、アタシとしては楽できて助かるけどね》

 

 シニカルな女の言葉に、フブキはさらに軽く返した。

 

「フッ、巷じゃお前のことを、後方に控えるだけの"お飾り”だと言われてるようだがな」

 

 通信機の向こうで、息を呑む気配がした。

 

《……誰だい? そんなこと言った奴は》

 

 フブキは笑みを深め、曖昧にかわす。

 

「さあな。──ッ、来たぞ」

 

 遠方のセンサーが赤色に明滅し、敵機の接近を告げた。

 

《……傍観してるつもりだったんだけどね。そんなこと言われちゃアタシのプライドが許さないよ。悪いけど今回は譲りな、ジャック》

 

 彼女の声音は鋭くなっていた。フブキは口元を歪め、静かに応える。

 

「……いいだろう。今回は援護に回らせてもらう。久しぶりに女帝の腕を見せてもらおうか、ジェーン」

 

 次の瞬間、黒いガンダム──タナトスは瞬時に急制動をかけ、姿勢を安定させながら、ビームライフルを静かに構える。

 

 その横を、ツートンのゲルググが爆発的な加速で駆け抜けていった。増加されたスラスターの炎が尾を引き、一直線に敵機へと迫る。

 

 テレビやスマートフォンを通じて、膨大な数の視聴者が固唾を飲んで二機の動きを見守っていた。

 

 ──クラン名、「GHOULS(グールズ)

 

 その名はクランバトル界隈で既に有名になっており、突如として現れ、無敗を誇る「黒いガンダム」と、元ジオンの女パイロット、「女帝」がコンビを組んだことは、視聴者たちに熱狂と興奮を与えていた。

 

『ジェーンが出るぞ!』

『は? ガンダムが援護に回る? マ?』

『女帝殿のゲルググかわゆす』

『ジョンさんの素顔見せて♡』

『黒いガンダム……素晴らしいMAVですね』

 

 視聴者たちは歓声を上げながら、自分の賭け金を握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 少し、時は遡る。

 イズマコロニーの外縁部、難民が多く流れ込むスラム地帯。

 その一角、埃っぽい通りの片隅に、フブキは立っていた。

 

 黒のパーカーのフードを深く被り、顔下半分をマスクで覆っている。

 一見して目立たぬ姿。だが、その背筋はまっすぐに伸び、目だけが周囲の動きを鋭く捉えていた。

 

(……ここで待っていればいいのか)

 

 手にした古びた紙片には、雑なスケッチと簡素な文章──

「○○の近くで待て。迎えに行く」

 ──それだけだった。

 連絡用のコードもなく、時間の指定もない。無造作に書きなぐられたようなその案内に、彼は不審げに眉をひそめる。

 

(……ロイドの指示だが、本当に来るのか?)

 

 時間だけが無意味に過ぎていくように思えた、そのとき。

 

「お前が……傭兵の“ジョン・ドウ”か?」

 

 鋭い声が耳を打つ。

 

 振り向けば、雑踏を掻き分けて一人の男が近づいてくる。

 油で汚れた作業服に、首元には金属製のIDタグ。粗暴な印象を漂わせてはいたが、佇まいは普通ではない。

 

(ようやく来たか)

 

「……ああ。俺が“ジャック”だ」

 

 淡々と返すフブキに、男は鼻で笑うように言った。

 

「ジャック……なるほど、ジョン・ドウの愛称ってわけか。まあ、どうでもいいさ」

 

 男は振り返り、軽く顎をしゃくる。

 

「ついて来い。ボスに会わせる。“グールズ”の拠点はここから少し離れた場所だからな」

 

 そう告げて、男は迷いなく裏路地へと歩き出す。

 

 フブキは一度だけ背後を振り返り、人々の喧騒と、薄汚れたスラムの景色を静かに見やった。

 そして無言のまま、男の背を追って歩き出した。

 

 入り組んだスラムの裏道を抜け、二人はひっそりと佇む一軒の建物の前に辿り着いた。コンクリートが剥き出しの無骨な外観。周囲の喧騒から隔絶されたその場所には、異様な静けさが漂っていた。

 

 男は無言のまま、鉄製の扉に設置されたキーパッドに指を伸ばす。

 数列の暗証番号を手早く打ち込み、低く唸るような電子音とともにロックが解除される。

 ギィ……という軋んだ音が辺りに響き、扉が開いた。

 

 フブキも続く。

 中に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。ひんやりとした冷気。剥き出しの配管と鉄骨、狭い通路。逃げ場などなさそうな圧迫感が支配していた。

 

(何かあったとしても……ここじゃ迂闊に動けないな)

 

 通路の先、再び一つの扉の前で男が立ち止まる。

 彼は無言で扉の横にある覗き穴を覗き込んだ。直後、「ピッ」という高い電子音が鳴り、扉がゆっくりと開く。

 

(網膜認証……か。ジャンク屋のクランにしては随分と手が込んでるな)

 

 先へ進むと、錆びた階段が現れた。男は一段一段を確かめるように下りていく。

 フブキもその背に従いながら、どこか重力が強くなったような感覚を覚えていた。

 上から射し込む外光は消え、代わりに地下へ進むたびに、闇が支配していく。

 

 どれほど下っただろうか。

 やがて、重たい扉をもう一枚通り過ぎた先、空間の奥に白色蛍光灯の光がぼんやりと灯る一角が現れる。そこにはわずかに人の声、金属音、作業の気配があった。

 

 クランの拠点──その地下深く。

 フブキが歩くたび、無数の視線が肌に刺さるようだった。整備員、パイロット、武装警備員……どれも警戒しており、品定めを含んだ色を帯びている。

 

(……面倒なことにならなければいいが)

 

 そんな思考を抱きながら、先導する男の背を追う。やがて一枚の重厚な扉の前で、男が足を止めた。

 

「ここだ。──念のため、身体検査をさせてもらう」

 

 フブキは無言で両手を上げ、身体を男に預けた。

 簡易スキャナが骨格のラインをなぞり、携帯火器や金属反応をチェックする。やがて「クリア」の電子音が鳴った。

 

 男は無言で扉を開き、立ち姿を正すと──敬礼をひとつ。フブキはそのまま、部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 扉が閉まる音が、静かな空間に鈍く響いた。

 

 薄暗い照明に浮かぶのは、一脚のヴィンテージソファに腰掛けた女性の姿。黒革のロングブーツに脚を組み、片手には深紅のワイン。唇には薄く紅を引き、揺れるグラス越しにフブキを見ていた。

 

「アンタが傭兵だね。──よく1人で来たね」

 

「ジョン・ドウ。……ジャックと呼んでくれ」

 

 女はグラスを軽く傾ける。赤い液体が静かに揺れた。

 

「フッ……死体につける名前とはね。皮肉が利いてるじゃないか。アンタとは気が合いそうだよ」

 

 フブキは目を細め、辺りを見渡す。どこかで聞いたような声だが思い出せない。しかし──

 

「……元ジオンか?」

 

 その一言に、女のグラスがぴたりと止まった。

 

「……なぜ、そう思う?」

 

 フブキは視線を少しだけずらす。

 

「そこの壁にかけられてる──あれはジオンのものだろう?」

 

 一拍の沈黙。

 

「なにより──」

 

 フブキは静かに言葉を継いだ。

 

「……アンタからは、血の匂いがする」

 

 女の瞳がわずかに揺れた。だが次の瞬間、肩を竦めて小さく笑った。

 

「……気分が悪いね。けど、このご時世だ。“血の匂い”がしてない人間なんて、どこにいるのさ?」

 

「……」

 

「そういうアンタこそ。ずいぶん濃い死の匂いを漂わせてるよ。……まるで、戦争そのものを引きずってるみたいに」

 

 フブキは言葉を返さなかった。ただその目は逸らさず彼女を見つめていた。

 

 女は立ち上がり、グラスを置く。

 そしてゆっくりと歩を進めた。革のブーツが床を打つ音が静かに響く。

 

「──自己紹介がまだだったね。アタシの名は……そうさね…ジェーン。ジェーンと呼びな。ここのクラン“グールズ”のリーダーさね。アンタを雇うって決めたのも、アタシだよ。……改めて、よろしく、“ジャック”」

 

 右手が差し出される。フブキはその手を一瞥し、ゆっくりと握り返した。

 

「……よろしく頼む。ジェーン」

 




 
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