機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷   作:スペースデブリ

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「Jhon_Doe_388」さん「N-N-N」さん「バナサイ」さん
誤字報告ありがとうございました!


生きるということ

 

 

「ぐッ──あ、あァ……ッ!」

 

 シーマの呻きがコックピットに響く。身体が、焼けるように痺れていた。

 全身の神経が悲鳴を上げ、呼吸は乱れ、視界が揺れる。

 

《ハハハハ! 楽なもんだぜ!! 女一人堕とすなんざよォ!!》

 

 下劣な声がオープンチャンネルに乗って響いた。痛みで霞む意識の中で、シーマはふと考えていた。

 

 ──ああ、これが“罰”か。

 あの時、命令に背けなかったこと。あの時、コロニーで死んでいった人々に、自分は何もできなかったこと。

 その罰を、今この場で受けるのかもしれない──

 

(もう……このまま……)

 

 意識が途切れかけた瞬間、“それ”は現れた。

 

 まばゆい光の残滓とともに、ドムの両腕が爆ぜ飛ぶ。

 

《な、なんだァ!!?》

 

 ──黒い機影。

 

 デブリの隙間を縫うように、一閃して駆け抜ける影。

 

《黒いやつかッ!? バカな、はっ速すぎるッ!!》

 

 声が混乱を帯びる。ジャックの駆る黒いガンダム「タナトス」が、怒りと冷徹をその機体に纏いながら突撃していた。

 

《おい!! なにしてる!! 援護はどうしたァッ!!》

 

 ──その時、視界の端で光が瞬く。

 

 デブリの裏に隠れていたMAVのザクが、超至近距離から撃ち抜かれて爆発する。

 

《お、おい……ふざけんな……! な、何で死んでやがる……役立たずがァ!!》

 

 ドムのパイロットの声が、もはや恐慌と錯乱に満ちていた。

 

 だが、タナトスは応えない。

 ただ無言で──殺気すら乗せて、デブリを蹴って軌道を変え、ドムに向かって跳ぶ。

 

《くるなッ……来るなァッ!!》

 

 スラスターを全開にして機体を回転。その勢いのまま、タナトスの脚部がドムの胸部装甲に鋭く突き刺さるような蹴りを見舞う。

 その反動でドムの姿勢が崩れた瞬間、タナトスは腕を振るい、ビームライフルを構える。

 

 構えた銃口は一点の迷いもなく、ドムの機体中央へと照準を定め──

 

《下衆が──死ね》

 

 紫電一閃。直撃を受けたドムの機体が内側から光を吹き上げ、爆散する。

 

 爆風の衝撃がデブリ帯全体に広がる中、

 黒の機体は反動で一回転しながらも、ぴたりと静止した。

 

 爆炎が散り、宇宙は再び静寂に包まれていた。

 シーマのゲルググは、コックピットを焦がすような熱と、絶え間ない警告音を撒き散らしながら、かろうじてその場に留まっていた。

 

 朦朧とした意識の中、シーマの瞳はただひとつの機体を捉えていた。

 

 ──黒いガンダム。

 

 それは、確かに“過去”に見た姿だった。

 

 まだクラン設立する以前──海賊を生業として生きていた日々。

 商船を襲った宙域で遭遇した、黒いザク。

 

「……あの時の、蹴り……」

 

 胸を抉るような衝撃。機体を貫いた、全く理解できない動き。

 仲間たちは一瞬で叩きのめされた。

 

 “一機にして艦隊を脅かした怪物”

 

 それが、今この目の前にいる。赤い瞳を僅かに光らせながら、無言で敵を討ち果たした──

 

「そうかい……アンタが……アンタが、あの時の──」

 

 その言葉を胸の内で呟いた瞬間、黒い機体の背後、宇宙に紅い閃光弾が咲いた。

 

 ──クランバトル終了の合図。

 

 静寂の中に打ち上がるその光を最後に、シーマの意識は音もなく、ふっと闇に落ちていった。

 

 コックピットの中、彼女の呼吸は浅く、だが、安堵と共に眠るように。

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 タナトスのコックピット内。モニターには、依然応答のないシーマのゲルググの機影が映る。

 

「……ジェーン。応答しろ」

 

 フブキは接触回線を再度繋ぎ、語りかける。

 

「クランバトルは終わった。帰投するぞ。もうすぐ軍警がこのエリアに入る。動けるなら、すぐに離脱してくれ……ジェーン」

 

 沈黙。画面越しのゲルググは、ただ漂っている。微かに焦げついた装甲、そして反応のない機体。

 

「はぁ……致し方ない」

 

 わずかに吐息を漏らし、フブキは操縦桿を動かす。

 タナトスは静かに接近し、ゲルググの上半身部をしっかりと掴み込む。

 

「グールズ管制、こちらジャック。ジェーンは行動不能、通信も途絶している。誘導を頼む。……姫さんを、持って帰る」

 

 通信先の回線から、驚きと安堵の声が返る。

 

《……分かった! 誘導ルートを送る! 感謝する、ジャック》

 

「……まったく、世話のかかる姫様だ」

 

 淡々と、しかしどこか呆れにも似た優しさが混じるその一言。

 タナトスはゲルググを確保したまま姿勢制御スラスターを吹かし、母艦への帰還ルートを辿っていく。

 

 静かな宇宙に、黒く大きい背だけが頼もしく映っていた。

 

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 ……? 何だい、ここは……

 

 柔らかな緑の光が、揺らめきながら空間を包んでいる。

 まるで水中にでもいるかのような浮遊感。体は軽く、痛みも重さも感じられない。

 

 だが、すぐに異変に気づく。

 

「っ……! なんで、アタシ……こんな服を……」

 

 シーマは自分の身にまとった衣服を見下ろす。

 

 それは──かつて彼女が身に纏っていた、ジオン軍将校の制服だった。

 それも、まだ“誇り”という言葉を信じていた頃の、鮮やかな階級章のついたままのそれ。

 

「な……んで、これが……!」

 

 思わず呟くと、ふと空間の奥に気配を感じた。光に溶けるようにして、ひとりの人影が立っている。

 

 ノーマルスーツ姿。小柄だ。……子供か? よく見ると、そのスーツは地球連邦軍の標準支給品。バイザーに阻まれ、顔はよく見えない。

 

「誰だい……アンタ……」

 

 その問いに返事はない。だがその視線は、じっと彼女を見ているようだった。問い詰めるようでも、責めるようでもない。

 ただ、知ろうとしているような……

 

「ここは……どこなんだい……なあ、アンタは──」

 

 その瞬間。視界が、真っ白に染まる。

 

 ──っ! 

 

 シーマは息を吸い込むようにして目を覚ました。

 そこは、自室。グールズの居住区。自分のベッドの上。

 

 薄暗い天井が、じわじわと視界に馴染んでいく。

 

「……アタシ……寝てたのかい……」

 

 眠ること。それはシーマ・ガラハウにとって、なによりの苦痛だった。

 

 目を閉じれば──思い出す。

 あの時のこと。血反吐を吐きながら、自分を睨みつけた者たちの顔。苦痛に歪んだ表情。絶望に満ちた目。罵声と涙、死の匂い。

 ──地獄の光景。

 

 だが、それでも彼女は眠っていた。

 珍しく、悪夢も見なかった。──いや、何か別の夢を見ていた気もする。だが、思い出せない。

 

「……起きたようだな」

 

 不意に耳に届いた男の声。低く、乾いた調子。

 振り向けば、ノーマルスーツ姿の男が壁にもたれ、腕を組んでいた。

 

「……アンタ……なんでここに……」

 

「クランバトルが終わっても、アンタが何の反応も示さなかったからな。俺が連れ帰ってなきゃ、あのまま軍警に捕まってたぞ」

 

 シーマの脳裏に、直前の光景がよみがえる。──黒い機体が回転し、ドムに回し蹴りを叩き込んだ瞬間。

 そして、静かに銃口を向けて引き金を引いた男の姿。

 

「……アンタが、“黒いザク”のパイロットだったんだね」

 

「──なんのことだ」

 

「惚けなくていい。あんな動き、他には見たことがない。なにより──あの蹴りを喰らった本人が言ってるんだ、間違いないよ」

 

 しばしの沈黙。やがて、ジャックは短く息を吐いた。

 

「……はぁ……で、どうする? 契約は解除か?」

 

 シーマはゆっくりと身体を起こし、かつてのような笑みも皮肉も浮かべず、ただ静かに答えた。

 

「……私は、アンタに言ったね。「同じ穴の狢」だって……」

 

「否定はしない。……ジェーンの言うとおりだ」

 

「違う──アンタよりも、私の方が、ずっと罪が重い。……知ってるはずさ、コロニー落としを……」

 

 ジャックは黙して動かず、その視線だけが彼女に注がれていた。

 

「私は──命令でコロニーの鎮圧に向かった。“睡眠ガス”だと信じてた。住民たちは、外に待機している味方の艦に避難させるんだって……」

 

 声が震える。

 

「でも違った。あれは毒ガスだった。……信じてたんだよ、あの時の自分は……」

 

 目の前に広がった光景が蘇る。泣き叫ぶ子供。崩れ落ちる老人。泡を吹き、もがく親子。血が、涙が、嘔吐が、叫びが、床に混じっていた。

 

「──地獄だった。あの地獄を、あれを作ったのは、間違いなくアタシだ。私のせいで、コロニーの人が死んだ。地球の人間だって殺した。……私は、大罪人だよ」

 

 シーマの声には、笑いも、憎しみもなかった。ただ、自分自身への吐露だけがあった。

 

「アンタなんかとは比べ物にならないほどの……どうしようもない畜生さ」

 

 沈黙が訪れる。時計の針の音だけが、室内に静かに響いていた。

 

「……そうか。──それで?」

 

 ジャックは、壁にもたれていた腕をほどき、ゆっくりとシーマへと歩み寄る。

 

「──満足か」

 

 その言葉に、シーマは反応できなかった。

 

「そうして誰かに、罪を聞いて欲しかったか? 御涙頂戴で「私は悪くない」と言い訳して、「お前は悪くない」と慰めてほしかったか? それで満足か?」

 

 低く、重く、突き刺すような声。

 シーマは何も言えない。ただ俯き、拳を握りしめることしかできなかった。

 

 ──元ジオン。元海賊。そして今はクランバトルに参加する違法クラン。

「どの立場を取っても、救いなんてあるわけがない」と、そう思った。

 

「満足したのなら立て」

 

 ジャックの声音が一変した。怒気を含んだ鋭さが部屋の空気を切り裂く。

 

「歯を食いしばって前を向け。お前がそこで「後悔」したところで、死んだ人間は戻ってこない。地獄を語れば天国に行けるとでも? 後悔すれば、犠牲者が救われるとでも思ってるのか──甘ったれるな!!」

 

 拳が、すぐ横の壁に叩きつけられた。乾いた音が、部屋全体に響く。

 

 常に冷静沈着。クランバトルでは氷のような沈黙を貫いてきたジャックが、初めて激情を剥き出しにした。

 

 シーマの身体がびくりと震える。

 

「……ッ!」

 

「お前はこの先、何度も思い出すだろう。忘れようとしても、忘れられるものじゃない。

 夢に見て、苦しんで、犯した罪に潰されそうになるだろう。……だが、自ら死ぬことは許されない」

 

 ジャックはシーマを睨み据え、言い放つ。

 

「お前は、死んだ者たちの分まで生きるんだ。その苦しみを背負って、もがいて、あがいて、それでも生きるんだ」

 

「──立て、シーマ・ガラハウ」

 

 彼からの声は怒声ではなかった。叱咤であり、祈りだった。

 

「誇りある生き方を取り戻したいのなら、見たくない現実を見ろ。深い傷を負う覚悟で、前に進め。生きるというのは──戦うというは──そういうことだ」

 

 言葉が魂を抉る。胸の奥に刺さる。シーマの心臓が、強く脈打った。

 

「愚痴なら──あの世で言えばいい」

 

 それは、断罪ではなかった。罪を負った者だけが持つ、再起への言葉だった。

 

「……起きたばかりなのにすまなかった。俺はもう行くぞ。外にいるお前の部下には話を通しておく」

 

 そう言い残して、ジャックは部屋のドアを開けて出て行った。

 音もなく閉じられた扉を、シーマはただ見つめていた。

 

 静寂。

 どこかで機械の低い駆動音が聞こえる。それすらも遠く感じるほど、部屋は静かだった。

 

 パタ……タ……

 

 布地を濡らす微かな音。耳に届いたその音に、シーマは違和感を覚える。

 視線を落とすと、白いシーツの上に小さな染みが一つ、また一つ──淡く、静かに広がっていた。

 

「……え?」

 

 手を頬に当てる。指先に、温かい感触が伝わる。

 

「……泣いてる……のは、私……?」

 

 それはまるで、自分の体が他人のようで。

 涙という存在を、初めて触れたかのような戸惑いがあった。

 

 止めようと、濡れた目元を手の甲で乱暴に擦る。

 

「なん……でっ……」

 

 けれど、止まらない。

 こらえようとすればするほど、涙は勝手に溢れてくる。

 体の奥から突き上げるように込み上げてくる、どうしようもないものがあった。

 

 その胸の内に、あの男の言葉が蘇る。

 

 ──歯を食いしばって前を向け、もがいて、あがいて、それでも生きるんだ。立て、シーマ・ガラハウ

 

 無骨で、冷たくて、不器用で──けれど、真っ直ぐだった。

 

「……酷いっ……酷い男だよ……アンタは……っ」

 

 声に出すと、堰を切ったように嗚咽が漏れる。

 

 己を罵り、悔い、悔やみ続けてきた女にとって、

 誰かに真っ正面から「生きろ」と叱咤されることが、どれだけ救いであり、どれだけ痛みだったか。

 

 涙は、止まらなかった。

 けれどそれは──ただの悲しみではなく、救いと共に流れ出る、赦しへの第一滴だった。

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 ゼネラル・リソース、帰還後の更衣室。

 シャワーを浴びたばかりのフブキは、濡れた髪もそのままに、無言でベンチに座り込んでいた。

 

 床にポタポタと落ちる水音が、静寂のなかで淡々と響く。

 思考は、先程の出来事へと引き戻されていた。

 

 ──私は大罪人なんだよ……

 

 その声が、耳から離れない。

 酷く脆く、痛々しく、誰にも届かない心から放たれた言葉だった。

 

「……同情なんかしない。同情なんか……」

 

 唇が、勝手に動いているような感覚。

 だがその声には、自分への言い訳のようなものが含まれていた。

 

 そんな時、背後から、ふわりと温もりが包み込む。

 

「フブさん! おかえりっ!」

 

 いつもの笑顔。無邪気でまっすぐな声。

 アマテ──マチュが、何のためらいもなく、濡れた背中に飛びついてきた。

 

「マチュ……」

 

 フブキがその名を呟いた途端、アマテの表情がふと曇る。

 

「スン……また、この匂いッ……」

 

 小さく鼻をひくつかせ、彼女はフブキの首元に顔をうずめたまま、その瞳に静かな陰を落とす。

 そして、なにかを感じ取ったように、問いかけようとする。

 

 だが。

 

 その声が発せられる前に、フブキの腕がそっと動いた。

 水の滴る身体で向き直り、今度はフブキの方からアマテを、抱きしめた。

 

「んっ? えっ!! えっ!?」

 

 突然のことに戸惑いながら、アマテはきょとんと目を丸くする。

 だが、フブキは何も言わない。

 ただ、静かに、しかし強く、アマテをその胸に抱き寄せた。

 

「……すまん。暫く……こうさせてくれ」

 

 その言葉は、アマテに対して、無意識に漏れた本音だった。

 

「……なにか、あったの……?」

 

 アマテの問いに、フブキは答えなかった。

 ただ、目を閉じ、まるで何かを押し込めるように、抱きしめ続ける。

 

(何があったの? ……何がフブさんをこんなにも苦しめてるの……?)

 

 アマテはそう思いながら、自分の手をそっと彼の頭に置いた。

 

 それは、フブキがしてくれた、あの優しい仕草。その仕草を、今度は自分の手で、返すように。

 

「大丈夫だよ……私はフブさんの隣にいるから」

 

 




 
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