機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
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「ん? マチュ、参考書か何か買ったのか?」
フブキがふとアマテの鞄に視線を落とす。手元を指差す先には、見慣れない紙袋が突っ込まれていた。
「へ? なにそれ……」
首を傾げて鞄の中を覗き込むアマテ。そして次の瞬間──
「……あっ」
その表情に、思い出し始めた記憶が浮かび上がる。駅の改札、逃げる少女、そして──
(あの時……ぶつかった……あの女!)
「……もしかして、あの子の荷物……」
「ぶつかった子のか。マチュ、貸してみろ」
フブキは静かに手を差し出す。紙袋を受け取ると、丁寧かつ迅速に封を解き、中身を確認する。そして中から取り出された”それ”を見た瞬間──
「……っ」
フブキは眉をひそめ、低く息を吐いた。
「ど、どうしたの……? なにかヤバい物だった?」
不安げに覗き込むアマテに対し、フブキは紙袋の中身をそっとテーブルの上に置く。重い沈黙が流れた。
「ヤバいどころの話じゃないさ」
フブキは視線をロイドに向ける。
「ロイド。お前も見覚えがあるだろ?」
ロイドが手に取り、まじまじと眺める。そして、静かに息を呑んだ。
「……流通しているとは聞いていましたが……」
「なにこれ……? なんかの機械?」
アマテが戸惑いながらも口を挟む。フブキは険しい表情のまま、言葉を紡いだ。
「インストーラーデバイス……モビルスーツの戦闘コンピュータだ。しかも型が古い。民間で手に入ることはまずない」
「え、それって……」
「──正規の軍用デバイスじゃない。密売か、裏ルート経由の違法流通品ってことだ」
「っ……!」
アマテの表情から、無邪気さがすうっと引いていく。彼女の手に渡っていたものが、どれほど危険な物だったか──ようやく理解し始めた。
──
しくじった……! しくじったッ!
よりによって、今日に限ってこの服しかなかったなんて!
あの時、あの軍警の人にも言われたじゃないか──「その服装はやめた方がいい」って。
あの忠告、ちゃんと守ってやってきたのに! たった一度のミスでこれだ。
(行けると思った……いや、思い込みだった……)
確かに、荷物は一時的にあの学生に預けてしまったけど──問題ない。
中身さえ見られていなければ、ただの紙袋だ。
仮に見られたとしても、あの“デバイス”が何なのか、一般人には分かりようがない。
──そう思いたい。そう、思いたかった。
(けど……)
発信機を付けておいたのは正解だった。
けれど、それを追跡してたどり着いた先が──
「警備会社」だなんて、聞いてないッ!
荷物の痕跡は、確かにそこにある。
でも、よりによって軍警と近い所に回収されてるなんて──
取り返すなんて無理だ。敵地に踏み込むようなものだ。
あんな場所、下手をすれば即逮捕……それ以前に、難民である私は撃たれてもおかしくない。建物の中なら、難民が1人いなくなった所で誰も気に留めやしない……
(それに……)
あの時ぶつかった、あの学生──
あの子、ただの学生じゃなかったの?
まさか、あの制服姿のまま「警備会社の人間」だったなんて……
迂闊だった。浅はかすぎた。
何もかもが、ツイてない──
(……どうする? どうすればいい?)
……あれ? 反応が──動いてる……?
GPSの発信がわずかに移動を始めた瞬間、私は息を呑んだ。
建物の中で停止していた光点が、じわじわと出口の方向へと動き出している。
──まさか。出てくる……?
それは僥倖だった。
もし車に乗られてしまえば、もう追跡は不可能だ。だが、徒歩で出てくるなら話は別だ──!
(……行こう。この千載一遇のチャンスを逃す手はない)
私はすぐさま建物の影に身を潜め、慎重に身を屈めた。
そして、見えた──警備会社のエントランスから出てくる二つの影。
ひとりは黒いコートを羽織った長身の男。
その隣には、あの学生の姿。
──あの子だ。間違いない。
二人は何やら談笑しているようで、警戒心など欠片も見えない。
おそらく、荷物のことなど露ほども気づいていないのだろう。
男は手ぶらだった。ということは──
「……荷物は、まだあの子が持ってる」
胸が高鳴る。まだ、間に合う。
私は壁越しに、慎重に尾行の態勢を整えながら視線を送った。
二人はゆっくりと歩いていく──親子か? あるいは兄妹か?
(……いや、そんな風には見えない。血の繋がりがあるようには到底思えないけど……)
だがそんな感傷に浸る暇はなかった。
彼らはそのまま角を曲がり、裏通りのほうへと姿を消していったのだ。
──まずい。
入り組んだ路地に入られてしまえば、GPSだけでは動線が追えなくなる。
高層ビルの干渉で誤差も出る。狭い通路では見失う可能性もある。
(急がなきゃ……!)
私は音を立てぬよう、足音を殺しながら角を曲がった。
「まさか──こんなに早く捕まえられるとは思わなかったよ」
──
不意に響いた男の声に、少女はその場で動きを止めた。
目の前に立っていたのは黒いコートの男。そして、隣にはぶつかった学生──アマテ。
「──その服は目立つから、やめた方がいいと忠告したはずなんだが。ニャアンちゃん」
「……あ、ああ……ぐ、軍警の……」
狼狽する姿に、アマテは思わず語気を荒げた。
「間違いない、フブさん。コイツ。私とぶつかった人。アンタさぁ、私の鞄に非合法のヤバいもの入れて何のつもり? テロリストなの?」
「ち、ちがう! テロリストじゃないっ……!」
「落ち着け、マチュ」
フブキは軽く手をあげてアマテを制した。
「運び屋なんだろう? ……はぁ。俺たちじゃなかったら、今頃どうなってたか分からんぞ」
「そ、その……デバイス、返してください……早く持っていかないと……」
「…なに? 指定場所への置き渡しじゃないのか……まさか対面か?」
フブキの眉がわずかに寄る。
「き、今日中に受け取り希望って言われてるから……」
「……どうして今時の子は危機感が足りないんだ……」
フブキは疲れたように額を押さえた。
そのとき、アマテが一歩前に出た。
スマホを取り出し、画面のヒビを見せつけながら淡々と言い放つ。
「あんまり気が乗らないんだけど……しょうがない。スマホ、これ弁償してもらわないといけないし──」
「……え?」
「だから。私たちも一緒に行くって言ってんの」
きょとんとしたニャアンに、アマテは一歩詰め寄る。
「とにかく一人じゃ危なっかしくて見てられないっての。責任、とってもらうんだからね」
「……で、でも……その、貴方はそれでいいんですか?」
ニャアンが恐る恐る尋ねると、フブキはため息をつき、静かに頷いた。
「乗りかかった船だからな……行こう。護衛のプロがついてると思えば、少しは気が楽だろ」
──
3人は、荒れ果てた外縁区域──難民が多く身を寄せるスラムへと足を踏み入れていた。
雑多な市場と、剥き出しの鋼材とプラスチックの仮設住居が連なる通り。辺りには獣と人間の中間のような空気が漂い、空は薄曇りに覆われている。
──少し歩くたびに、無言で見つめてくる子供たちの視線が背中に刺さった。
「……あんた、なんでそんな格好してるの?」
アマテが歩きながら唐突に問いかける。
「……たまたまだよ。普段は違う。クリーニング出してて、これしかなかっただけ」
少し気まずそうに、ニャアンはつぶやく。
「ちゃんと忠告は守ってたってことか」
後ろからフブキが皮肉のように呟くと、アマテはムッとしたようにそっぽを向いた。
「……ふーん……」
だがその空気も、直後に立ち止まったニャアンによってかき消される。
「──ここ」
彼女が指さしたのは、錆にまみれた鉄扉。蝶番が片方壊れかけており、開けるたびに耳障りな金属音が響きそうなほどだ。
「……本当にここ?」
アマテが確認する。
「……う、うん」
「……いかにも“そういう場所”って感じだな」
フブキが一瞥をくれながら呟く。
「じゃあ、さっさと渡して帰ろ!」
アマテが扉の横に取り付けられた古びたインターホンを押すと、数秒の沈黙の後、ニャアンはインターホンに向かって
「……コ、コンニチハオイソギデスカ」
明らかに棒読みの、カタコトを喋った。
「……なんだそれ」
「なにそれ……」
フブキとアマテがほぼ同時に呆れた声を上げた。ニャアンは顔を赤くしながら、耳まで真っ赤に染める。
「……合言葉……なんだよ、一応……っ」
ピッ──ガチャン。
そんな間の抜けたやり取りの後、錆びた扉がゆっくりと音を立てて開く。
中からは人の気配もなく、ほの暗く、埃の匂いが漂ってくる。
「……セキュリティのくせに、合言葉がそれってのもどうかと思うがな」
フブキはそう呟きつつ、先に足を踏み入れる。アマテは横目でニャアンを睨みつつ、後に続く。
吹き抜け構造の古びた空間を抜け、階段を登ると、目の前には錆びた鉄扉が無造作に開け放たれていた。
ニャアンはその扉の前で立ち止まり、怯えるように扉の隙間から顔だけを覗かせる。
「ご、ごめんくださ〜い……」
声はか細く、不安と躊躇が滲んでいた。
数秒の沈黙──
すると、扉の奥の薄暗い通路の先から、ぬっと一つの手が伸びてくる。無言のまま、手の甲を見せた状態で「こっちに来い」と言わんばかりのジェスチャー。
それを見て、フブキは僅かに眉をひそめた。アマテも警戒心を露わにしながら、ニャアンの背後にぴたりと付く。
「──行こう。入ってこいってことなんだろう」
フブキが低く呟くと、3人はゆっくりと鉄扉をくぐり抜け、手が出ていた通路の先へと足を進めた。
部屋に入るや否や、眼鏡をかけた男が、ニャアンに向かって怒鳴った。
「冗談じゃねーぞ! こっちまで巻き添え喰らうところだっただろうが!」
その言葉に同調するように、黒いジャケット姿の男が冷ややかに言葉を添える。
「アンキー、こいつです。駅で軍警に追われてたっていうのは」
「ったく、この木偶の坊が! 運び屋やってんのに、サツにマークされてんじゃねぇよ!」
声を荒らげるメガネの男に、アマテの表情が徐々に険しくなる。
「……だって今日中に受け取り希望だったんでしょ? 多少のリスクは理解してんじゃないの?」
アマテの冷静な反論に、今度は金髪の少年が呆れたように口を挟む。
「いや、先払いしてるんだから当然でしょ? もし見つかって、デバイスが届かなかったらどうすんの? 金だけ無くなるって話だよ?」
少し険悪な雰囲気になりつつも、ニャアンは少し震える手で鞄の中からデバイスを取り出し、そっと差し出した。
「あ、あの……こ、これ」
それを見たメガネの男は目を輝かせ、声を弾ませながらデバイスを奪い取るように掴んだ。
「よっしゃ! コイツさえありゃバトルできる!!」
彼はそのまま無造作に椅子へ滑り込み、手慣れた様子でパソコンに接続し、素早くコードを叩き始める。
背中は興奮に震え、もうニャアンのことなど頭になかった。
その様子を黙って見ていた一人の女がいた。室内で白いハロを膝に乗せ、撫でながら佇んでいた女である。
彼女は目を細め、鋭い視線をニャアンたち三人に向けた。
「……アンタら、友達ってわけじゃないね? そっちの制服、偽物だろ。それに──」
彼女の視線がフブキに移る。
「軍警の人間もいるなんてね」
「は?」
「え?」
「マジ?」
その言葉に、空気が変わった。
パソコン端末の手が止まり、ジャケットの男が咄嗟に後ろを振り返る。3人の視線がニャアンへと集まる。
「……て、てめぇ! 運び屋! 軍警の人間連れてくるとか、何考えてんだよ!!」
怒鳴り声とともに、女は腰の後ろに手を伸ばす。部屋には緊張が一気に張り詰める。
「アンキー! 今すぐコイツを始末するべきだ!!」
男の言葉に、金髪の少年も顔をこわばらせて距離を取り始める。
部屋の空気が張りつめる中、アマテは激しい怒りを滲ませて前に出た。
その表情は普段見せることのない、まるで獣のような鋭さを帯びていた。
「──ふざけてんの?」
静かに、だが確かに怒気を孕んだ声。
「物は受け取っておきながら、フブさんに手、出そうとしてるの?」
空間が凍る。男の手が止まり、女も眉を寄せた。
だがフブキは、静かにアマテの頭へと手を伸ばし、優しく撫でた。
「……落ち着け、アマテ」
その声音は驚くほど穏やかで、どこか諦観すら滲んでいた。
「俺はもう軍警じゃない。今となっては何の関係もない。この二人は……まだ子供だからな。付き添いだ」
そう続けながら、フブキはゆっくりと身を引き、両手を広げるようにした。
「気になるなら──身体検査でも……」
そこまで言いかけて、ふと言葉が止まった。
フブキの目が地面へと向く。何かを聴くように、じっと一点を見つめていた。
「……フブさん?」
アマテが訝しげにその様子を覗き込む。するとフブキは、ほとんど囁くように、小さく呟いた。
「──何だ? 」
その瞬間、部屋の奥にいた金髪の少年が反応する。
「こ、これ! モビルスーツだ!! 下から来るよッ!!」
叫ぶなり、勢いよく扉を開け放ち、廊下を駆けて外へと飛び出していった。
周囲が騒然となる中、部屋の蛍光灯が一瞬揺れる。
コンクリートの床の奥から、低いうなり音のようなものが響き始めた。