機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷   作:スペースデブリ

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ガンダムの声

 

 

 

「え、ええっ!? な、何で貴方が──!」

 

 驚愕に目を見開くニャアンに対し、フブキは少しだけ苦笑を浮かべる。

 

「ジャンク屋で会って以来だな。元気か? ニャアンちゃん」

 

「……あ、ああ……まあ……」

 

 微妙な空気が流れる中、アマテはスマホを見ながら首を傾げる。

 

「そういえば──シュウジの所までどうやって行こう。昨日と同じ場所でいいのかな……」

 

「ん? どういう意味だ?」

 

「まあ、とにかく! ついてきて、フブさん!」

 

 そう言ってアマテは、まるでいつもの通学路のように軽やかに歩き出す。フブキはちらりとニャアンの方を見やるが、特に言葉を交わさず、そのままあとを追う。

 

 しばらく歩くと、川沿いの橋の下に辿り着く。

 

 その壁面に描かれた、光の渦のようなアート。赤、白、緑……柔らかくも力強い色彩がコンクリートの上で生きていた。

 

「これは……」

 

 フブキが歩みを止める。視線は、かつて自身がコロニーの外壁で見たあの「キラキラ」に釘付けだった。

 

「──コロニーの外壁に描かれていたのと、同じだ」

 

 アマテが横で誇らしげに頷く。

 

「綺麗だよね」

 

「……これも、その“シュウジ”って奴が?」

 

「うん。初めて会ったときも、スプレーで描いてた」

 

 そう言ってアマテは、すぐそばの地面を指差す。

 

「──こっちこっち! フブさん、これ開けて!」

 

 そこにあったのは、使用されなくなった古いマンホール。薄くサビが浮いているが、封鎖はされていないようだ。

 

 フブキは溜息をひとつ吐く。

 

「……まったく。女の子をこんな場所に案内するのか……」

 

 そんな愚痴を口にしながらも、フブキは膝をつき、手馴れた様子でマンホールの縁を掴んで持ち上げる。

 

 ガゴッ……と重たい音を立てて、闇へと続く穴が開かれる。

 

 下からはほのかに鉄と湿気の混じった匂い。そして、闇が広がっていた。

 

「行こっか、フブさん」

 

 アマテの目は、なぜか楽しげに輝いていた。

 

 

 

 ──

 

 

 

 下水の通路を抜け、アマテたちは昨日と同じ、厚く重たい金属の扉の前に辿り着いた。

 

「お〜い! シュウジ〜!」

 

 アマテが呼びかけながら扉の取っ手に手をかけ、力を込める。

 

「ふっ、重っ……!」

 

 ギギギ……という鈍い音を響かせながらも、扉はびくともしない。アマテの小さな体ではどうにもならず、すぐ後ろからフブキが無言で手を添える。

 

「どいてろ」

 

 重厚な扉が地面をこするようにゆっくりと開かれ、昨日と同じ光景が目の前に現れた。

 

 静寂の空間。薄暗い照明。空気はひんやりと冷たく、埃っぽい。部屋の中心には、まるで礼拝する者のように膝をつき、頭を垂れている「赤いガンダム」が沈黙を保っていた。

 

「っ……赤いガンダム……」

 

 フブキはその姿を見つめながら、小さく息を呑んだ。

 

「あれ……? シュウジ〜?」

 

 アマテがきょろきょろと辺りを見渡す。しかし、少年の姿はどこにもない。

 

「マチュ? 一応聞くが、本当にここなんだよな?」

 

「う、うん。昨日もここに案内されたから……」

 

「……仕方がない。入れ違いになってもアレだから、ここで待たせてもらおう」

 

 フブキは赤いガンダムに一瞥を送りながら、壁際へと歩み寄った。そしてくるりと振り返って、アマテとニャアンに言った。

 

「……マチュ、手伝ってくれ。ニャアンちゃん、お腹空いてるかい?」

 

「えっ……?」

 

 ニャアンは不意を突かれたように目をぱちぱちさせる。

 

「その“シュウジ”とやらが現れるまでに、飯を作っておこうと思ってな」

 

 そう言って、フブキは携帯型の調理ユニットを取り出し、床に置いた。

 

「え、ええ!? そんなの持ち歩いてるの!?」

 

「持ってると色々と便利だぞ? マチュ、そのシュウジって子は何が食べられないとかは言ってたか?」

 

「……うーん、お腹空いたとしか……」

 

「……とりあえず消化によくて温かいものだな」

 

 フブキは器用に手を動かしながら、インスタント食材と非常食を組み合わせた即席スープの準備を始める。

 

 跪くガンダムの沈黙と、湯気の立つ鍋の音、薄暗く埃っぽい地下空間に、ガスの音と、水が鍋に落ちる優しい音が重なる。

 

「ニャアンちゃん、包丁は使えるかい?」

 

「え、は、い」

 

 戸惑いながらも、ニャアンはフブキに手渡されたまな板と包丁を受け取る。フブキは軽く頷き、袋から取り出した野菜のひとつを差し出した。

 

「……じゃあ、これを細かく切っておいてくれ。マチュ、水はちゃんと測れよ」

 

「分かってるって〜あ、やば入れすぎた……

 

 アマテはやや不満げにしながらも、小型の給水バッグとメジャーカップを手に取る。その間、ニャアンは包丁を手に、ぎこちなく野菜に刃を当てていた。

 

 しかし──その動きは、どこか不安定で危なっかしい。

 

「ニャアンちゃん、「猫の手」って分かるかい?」

 

「猫の手……?」

 

 フブキはニャアンの左手をそっと取ると、指先を軽く内側に曲げて見せた。

 

「猫の手っていうのはな、こうやって……そう、指先を丸める。指の第一関節で食材を押さえて、第二関節を包丁の背に当てる感覚。こうすれば、包丁が滑っても指を切らずに済む」

 

「……へぇ……」

 

 ニャアンは真剣な眼差しでフブキの所作を見つめ、その手を真似ながら、再び包丁を握る。

 

 トン……トン……トン……

 

 先ほどまでのおぼつかなさは消え、細かく正確なリズムがまな板に響き始める。

 

「へぇ〜意外。フブさんって料理するんだ」

 

 アマテがジト目を向けながら、ニヤリと口元を緩める。

 

「最初からできてたわけじゃない。昔は殆ど栄養ブロックとかゼリーで済ませてたよ」

 

「ええ……私も食べたことあるけど、あれ、美味しくないじゃん……」

 

 アマテは露骨に顔をしかめてみせる。

 

「まあ、お世辞にも美味しいとは言えないな。でも、当時はそれで十分だったんだ」

 

 フブキの手が一瞬止まる。

 

「でも──」

 

「でも?」

 

 アマテが首をかしげる。しばし言葉を選ぶように黙ったフブキは、苦笑して首を振る。

 

「……いや、何でもない。さ、ニャアンちゃん、もうそれぐらいでいいだろう。これに入れてくれ」

 

 ニャアンが丁寧に切った野菜を、小さな携帯鍋に入れる。フブキが火をつけると、かすかに香るスープの匂いが、冷えた地下に漂い始めた。

 すると扉の軋む音とともに、缶のぶつかる金属音がガチャガチャと室内に反響する。

 その音に、アマテとフブキ、ニャアンの三人は一斉に扉の方を振り返った。

 

「──あ、マチュ。ん? 何だろう……いい匂い」

 

 シュウジがスプレー缶の詰まったボロボロのカバンを肩から下げ、鼻をすんすんと鳴らしながら、まるで嗅覚に引き寄せられるようにフラフラと歩いてくる。

 

 フブキが立ち上がり、少年の前に出た。

 

「君がシュウジ君か。昨日はアマテが世話になった」

 

 シュウジは一歩立ち止まり、フブキをじっと見つめてから、首を少し傾けた。

 

「貴方は……?」

 

「俺は……フブキだ」

 

 するとシュウジの表情が僅かに変わる。目を細めると、どこか夢を見ているような声で呟いた。

 

「フブキ……フブキ……フブキさんは──“向こう側”、見えた?」

 

「……? 何のことだ?」

 

 フブキは一瞬きょとんとするが、その表情を読み取るかのように、シュウジはふっと微笑んだ。

 

 その刹那──

 

 ぐぅぅぅ……

 

 不意に鳴ったお腹の音が場の空気を砕くように響いた。

 

「……お腹減ったぁ……」

 

「昨日は悪かったな。お腹空いてるのにアマテが放ってて……」

 

「ちょっとフブさん! それ、まるで私が悪いみたいな言い方じゃん!」

 

「……いや、実際悪いだろ……」

 

「う……っ」

 

 ふてくされたようにアマテが頬を膨らませる中、シュウジはフッと笑い、

 

「気にしないで……そういうのも、“いい”と、ガンダムが言っている」

 

「ガンダムが……?」

 

 フブキは一瞬眉を潜めたが、問いただすような言葉は飲み込んだ。代わりに、軽く息をついて言う。

 

「……何だかよく分からんが、まあいい。とりあえず食おう。三人とも、ちゃんと手を洗えよ? 特にシュウジ君、君はな」

 

 そう言いながらフブキは地下室を見渡す。

 

「──てか、ここ、水が出るところはあるのか?」

 

 すると、シュウジが無言のまま一歩進み、赤いガンダムの足元付近の壁を軽く叩く。するとその部分がスライドし、小さな洗面台と給水タンクが現れた。

 

「すごいな……こんな機能が地下に……?」

 

「うん、コンチと一緒に工事した」

 

「……あのちっこいの、なんでもありだな……」

 

 こうして、シュウジはガンダムの影で手を洗い、アマテとニャアンも続いた。

 一見奇妙な地下空間に、三人と一機、そして2体の小さなロボットが揃って──遅めの昼食が始まろうとしていた。

 

 フブキはハロとコンチのデバッグログを読み流しながらも、ちらちらと視線を子供たちに向けていた。アマテは口を火傷しそうになりながらスープを啜り、シュウジは黙々と野菜を噛み締め、ニャアンは少しお行儀が悪いが楽しそうに頬張っている。

 

 ──その光景が、ふと昔の記憶を呼び起こした。

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 

「ねえ、アルジェントくん、それ何食べてるの?」

 

 淡く透き通るような声が、休憩所に響いた。

 フブキは、隅の椅子に座って端末をいじりながら、銀色のパックに入ったゼリーと固形の栄養ブロックをゆっくりと食べていた。

 

「……これはゼリーとブロックだ。これさえ食べてれば必要な栄養素も確保できる。食うか?」

 

「わ、わたしは良いかな……」

 

「誰が食うか!! それくそマズいって評判のやつじゃん! なあ、アルジェント! 今からでも学食行こうぜ!」

 

 弾けるように飛び込んできたのは、活発な少年──レイ・ファルラントだ。

 

「味はどうでも良い。補給さえできれば、それで……」

 

「良くないよ!」

 

 声を上げたのは、彼の向かいに座っていた少女──カエデ・セレスタ。

 

「美味しいものを食べるっていうのは、大事なことなんだよ?」

 

「……別に、どうでもいい」

 

 そう答えたその瞬間、レイが力強く立ち上がる。

 

「つべこべ文句言うな! 行くぞ!」

 

「お、おい──」

 

「セレスタ! 片方持ってくれ!」

 

「OK!」

 

「なっ、ま、待て! やめろ! 離せ──!」

 

 ……二人がかりで椅子ごと引きずられた記憶。その時食べた……いや食べさせられた学食の香り、談笑、今まで感じたことのなかった──温もり。

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 フブキは一歩だけ距離を置き、膝の上でコンチのメンテをしながら、もう片方の手でハロの表面をゆっくり撫でていた。

 

 ──しばらくの沈黙ののち、ハロが不意にくるりと身体を揺らし、電子音混じりの声を発した。

 

「ナイテイルノカ? フブキ」

 

 その問いかけに、フブキの指がぴたりと止まる。だが、声の届く範囲には子供たちはいない。アマテはニャアンと、シュウジの小さく分けたスープをどっちが多いかで小競り合いしていた。誰もこちらを見ていない。

 

「……泣いてないさ」

 

 声にしてみると、その言葉には確かに震えはなかった。だが心のどこかでは、否定しきれない何かが広がっていた。

 

 フブキの瞳には、かつての自分を引っ張ってくれた仲間の姿が蘇る。

 

 ゼリーと栄養ブロックだけで済ませようとしていた学生時代の自分。無理やり学食へ連れて行こうとする、ひたすら真っ直ぐな級友、レイ。いつも笑っていた、明るくて、おせっかいな女の子──カエデ。

 

 あの頃、自分がどれほど無感情で、無関心だったか。それでも、彼らが勝手に寄り添ってきてくれた。言葉と行動で。

 

 そして今、似たように手のかかる子供たちが目の前にいる。

 

 ──放っておけるわけがない。

 

「……なあハロ、もし俺に何かあったら──あいつらを手助けしてやってくれよ」

 

 ハロは少しだけ沈黙したあと、ゆっくり回転しながら答えた。

 

「……マカセロ! マカセロ!」

 

 フブキはそれに、静かに微笑むだけだった。自分はもう“あの頃”には戻れないが、彼らの未来に手を添えることはできる。

 それが、自分にできる「償い」なのかもしれないと、思いながら。

 

 ──子供たちの笑い声が、静かな地下室の天井に反響していた。

 

 

 

 ──

 

 

 

 

「お腹いっぱい……」

 

「うん。美味しかった」

 

 ニャアンは倒れ込み、シュウジもお腹を抑え、満足そうな顔で呟く。

 

 マチュは片付けをしながら、ハロとコンチを弄っているフブキの姿をちらりと見て問いかけた。

 

「フブさんは食べなくて良かったの?」

 

「俺は良いんだよ。それよりマチュ、シュウジ君にちゃんとお金返せよ」

 

 フブキが無造作に言うと、アマテは「あっ」と声を上げ、思い出したようにバッグの中を探りはじめる。

 

「あ、そうだ! シュウジ、昨日ごめんね。これ、クラバの賞金」

 

 彼女は丸めた紙幣の束を差し出した。

 

「うん。ありがとう」

 

 シュウジは素直にそれを受け取り、深く頭を下げた。

 そのやり取りを見ていたニャアンが、不思議そうに二人を見つめながら口を開く。

 

「何か欲しい物とかあるの? 結構、大金だけど……」

 

 すると、コンチがピポピポと電子音を鳴らしながら手を上げ、背中から紙をプリントアウトする。

 ニャアンが受け取ってそれに目を通すと、そこには中古のスペースグライダーの型番リストが並んでいた。

 

「……中古のスペースグライダー? 地球に行きたいの?」

 

 ニャアンは眉をひそめ、疑問を口にする。

 アマテはフブキの隣に腰を下ろし、少し遠い目をしながら呟く。

 

「地球? 私も行きたいなぁ〜地球……」

 

「地球なんて、それこそ1000ハイトもあればシャトル便で余裕じゃないの?」

 

 ニャアンは素朴な疑問を口にしたが、シュウジは静かに赤いガンダムを見上げながら、小さく呟いた。

 

「ガンダムが……行きたいと言っている……」

 

 その言葉にニャアンはさらに混乱したように首を傾げ、視線をシュウジから赤いガンダムに移した。

 

「……ガンダムと一緒に行きたいの?」

 

 シュウジは静かに頷き、その目は真剣に赤いガンダムを見つめ続けていた。

 

 そのやりとりを横で見ていたフブキは、小さく息を吐きながら、膝に頭を乗せて寝そべるアマテの頭を優しく撫でながら口を開いた。

 

「ガンダムと一緒に地球に行く、か……。モビルスーツを地球に持ち込むとなると、通常のシャトル便では無理だろうな。貨物便でも、赤いガンダムは軍警が指名手配している機体だ。すぐに足がつく」

 

 アマテは目を閉じてフブキの手の感触を楽しみながら、ぼんやりと呟いた。

 

「それじゃあ、どうすればいいの?」

 

 フブキは少し考え込むような表情を見せ、ため息を混ぜつつ言った。

 

「裏ルートを使うとしても、1000ハイトじゃ到底足りないだろうな……。それに、商人に依頼するのはリスクが大きすぎる」

 

 それを聞いたアマテは目をぱちりと開け、視線を上げてフブキの表情を見つめた。

 

「じゃあ、やっぱりクランバトルで稼ぐしかないってこと?」

 

 フブキは苦笑しながらアマテの髪をくしゃりと撫でた。

 

「……仕方ないな。だが、やるなら俺も協力するぞ。子供だけじゃ危なっかしい」

 

 アマテは顔を輝かせて飛び起きた。

 

「ホントに!? やったぁ! フブさんがいれば絶対勝てる!」

 

 シュウジとニャアンも、その言葉を聞いて嬉しそうな表情を浮かべた。フブキは微かに笑みを浮かべながら、再び赤いガンダムを見上げた。

 

「しかしまぁ、地球か……。随分と壮大な目標を掲げたものだな……」

 

 そう言いながらも、フブキの胸中にはなぜか懐かしい感情が沸き起こっていた。

 

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