機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
「ユニカムって、何?」
アマテの素朴な疑問に、ナブたちは一瞬顔を見合わせる。だがその隣では、ケーンがすでにノート端末を叩いて調べている。
しかし、その喧騒の外にいるように、フブキはただ一人、ぽつりと口を開いた。
「──撃墜王……」
低く、感情を抑えたその声に、場の空気が一瞬だけ静まる。
タイミングを計ったかのように、ケーンが画面を見て目を見開き、勢いよく言葉を放った。
「ま、魔女って100キル越えの元連邦軍のスーパー・ユニカムじゃんか!」
その声に、アマテが信じられないというように、目の前の人物──穏やかな顔立ちのシイコを見つめる。
「……この人が? エースパイロット? ……マジ、見えない」
「ミエン! ミエン!」
当の本人──シイコは、肩をすくめて柔らかく微笑んだ。
「ふふ……よく言われるわ」
彼女のその笑顔が逆に、何よりの証明のようでもあった。驚いているアマテ達に呆れたようにアンキーが言葉を継ぐ。
「……今は、結婚してパルダに住んでるって。子どももいるんだろ?」
それに応えるように、シイコが落ち着いた口調で話し出す。
「ええ。やっと、少し手が離せるようになったの。旦那の実家もあって、暮らしは落ち着いてるわ」
穏やかな語り口に、場の空気がほのかに和らぐ。しかし、アンキーはその言葉にどこか引っかかりを覚え、思わず零した。
「……何しに来た」
少しの沈黙。だがその空白は、不気味なほどに重く、湿っていた。
「………………ガンダムか」
唇の端が、まるで何かを思い出すかのように歪みながら、シイコは静かに笑う。
「ソロモンで堕ちたって聞いて……それならもういいかって、吹っ切れたつもりだったけどね。──でも、今になってまた現れるなんてね。本物でしょ? アレ。ジャンク屋さんなら何か知ってるんじゃないかなって思って、来たの」
アンキーは彼女の言葉に、わずかに目を見開いた。
「っ……アンタ、まさか……!」
だがその先を言う暇もなく、シイコがゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、燃え尽きてもなおも立ち昇る、狂気と執念の残り火が宿っていた。
「──戦争に負けても、私は負けてない。“赤いガンダム”は、私が倒すのよ」
その声は囁くようでいて、呪詛のように重く、確かな意志を持っていた。
アンキーは喉の奥で息を詰まらせ、言葉を失う。目の前の女が何を考えているのか、その“何か”だけは、はっきりと伝わってきていた。
“本気だ”──と。しかし、シイコは唇に笑みを浮かべながら続けた。
「それに──“撃墜王”だの、“ユニカム”だの、そんな風に持て囃されていたけど……私よりも遥かに腕があった人が、他にいたじゃない」
アンキーが苦い顔をする。
「……シイコ、それはただの噂話だよ。ジオンと連邦、両方が都合良く作ったプロパガンダってやつさ」
「……違うわ」
シイコの声が、ピシャリと空気を切り裂いた。
「私は目の前で見たもの」
彼女の瞳に宿るのは、過去の戦場の残像。コックピット越しに見た、ザクが爆発する瞬間。船が轟沈して、大きなカケラとなり、機体に当たる金属の悲鳴。黒い光。
「たった一人で、MAVすらつけずに、戦場を蹂躙した人間を。ねえ? そうでしょ? “鬼神”さん?」
そう言って、シイコはフブキの方へ、真っ直ぐと視線を向けた。
フブキは何も言わない。ただ、無言のままシイコの視線を受け止めていた。その表情には、肯定でも否定でもない、無音の圧が滲んでいた。
その名が出た瞬間、ジェジーは目を見開いた。
「“鬼神”……って……まさか……」
声が震えていた。一方で、ケーンは早速パソコンを叩き始めていた。
カタカタと音を立てながら、出てきた情報に驚愕しながら画面を覗き込んでいる。
「“鬼神”──元連邦軍、初期のモビルスーツ実戦配備におけるテストパイロット……非公式記録多数、搭乗機体不明、所属部隊不明……」
「……ほとんど内容分からないじゃないか。なんだよこれ、ほんとに信頼性のあるソースなのか?」
殆どが詳細不明。
そんな情報に、ナブは呆れたようにいうが、シイコは当然だと言い放った。
「彼の情報は殆どが抹消されたからね。──でもね、都市伝説でも、気の狂った兵士の妄言でもない。私は、彼をこの目で見たの。ジオンのモビルスーツを薙ぎ倒し、黒い機体が戦場を切り裂いていった。その姿を」
彼女の喉が一度詰まり、楽しげに笑う。
「……まるで、死神だったわ」
その場に、誰も言葉を挟む者はいなかった。ただ、フブキだけが変わらぬ無言のまま、静かにシイコを見ていた。
「久しぶりね、フブキくん。ホワイトベースで会った時以来かしら」
シイコは懐かしむような声で言った。
フブキは少しだけ眉を動かしたが、それ以上の表情は見せず、淡々と返す。
「……俺には、あなたと知り合いだったという記憶はありません」
「それはそうでしょ」
シイコは微笑む。だがその微笑には、どこか寂しさと執着が滲んでいた。
「私が一方的に知っていただけだったもの」
一歩、シイコが近づく。フブキは動かない。
「それに、当時のあなたは今とは違った。そう……まるで“機械”のようだったわ」
かすかに視線が揺れる。シイコの瞳には、忘れがたい記憶が刻まれていた。
「何度か模擬戦をやったけれど、私がどれだけ手を尽くしても……あなたに勝てた試しは一度もなかった」
淡々と語られる言葉。その中には、敗北の悔しさと、憧れのような熱が同居していた。
「あなたは、寡黙だっわね。返事もろくにしなかったし、感情なんて見せなかった。でも、モビルスーツに乗ったときだけは──」
シイコの言葉が止まる。空気が一瞬、張りつめたような沈黙。
「──“生きている”みたいだったわね」
フブキは、そんな彼女の言葉を静かに受け止めていた。
口を開こうとはしない。ただ、沈黙だけが返ってくる。
だがその沈黙こそが、過去を肯定しているようにも見えた。
フブキはしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「……シイコさん」
その声は、まるで遠くの風のように静かで、どこか哀しみを孕んでいた。
「戦争は終わりました。もう……戦うことはない。あなたには、帰る場所があるでしょう」
だが、その穏やかな言葉に、シイコはあっさりと笑って返した。
「そう?」
唇が歪む。目元には、皮肉と冷笑の色が浮かんでいる。
「でも──あなたも戦場を忘れていない」
フブキの眉がわずかに動く。
「だからあの"黒いガンダム"に乗っているんでしょう?」
言葉の刃が突き刺さるようだった。
「……」
フブキは何も言わない。だが否定もしなかった。
「楽しそうだったじゃない」
シイコの声は愉快そうに、しかしどこか狂気じみていた。
「クランバトル、だったかしら? 今じゃあ、白い機体や、赤いガンダムまで現れる。まるで、また戦争が始まるみたいね」
少し首を傾げ、シイコは紅い唇を歪める。
「ねぇ、もしかして……貴方に引かれて“赤い彗星”も帰ってきたのかしらね?」
静寂が場を支配する。アンキーもジェジーも、言葉を挟めずにいた。
「ふふ……長居しすぎたわね」
不意に、シイコがふっと息を抜くように言った。さっきまでの執着めいた空気が、急にふわりとほどけていく。
「今日はもうお暇するわ」
彼女は踵を返しながら、テーブルの上に置かれた紙袋を指差す。
「──あ、アンキー。それ、お土産だから。従業員の皆さんと、好きに食べて」
「……あ、ああ……」
アンキーは困惑したようにその紙袋を見下ろしながら曖昧に頷く。どこか、まだシイコの熱が場に残っているようだった。
すると、小さな声が聞こえた。
「あ、あの……私が送ります」
ぽつりと名乗り出たのは、アマテだった。彼女は、まだ俯いたまま動かないフブキを横目に見つめ、そして黙ってシイコの後を追うように歩き出した。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
シイコは肩をすくめ、アマテと共に店を後にした。その背中からは、どこか寂しさのようなものが滲んでいた。
──扉が閉まる音が響く。
しんと静まり返るカネバンの一角で、ナブはぽつりと呟いた。
「……“鬼神”、だって……まさか、な」
誰もがフブキに視線を向ける。ジェジーは目を丸くし、ケーンはパソコンを閉じて、無言のまま息をついた。
「地球連邦も、ジオンも……両方から恐れられた、って……」
ジェジーが震える声で言った。その目には信じられないという色があった。
「冗談じゃねぇ……コイツが……?」
だが、本人は何も答えない。フブキはただ黙って、俯いたまま、拳をゆるく握りしめていた。
アンキーは腕を組み、静かに口を開いた。
「……シイコの最初のマヴは、赤いガンダムに堕とされたんだ」
誰も口を挟まないまま、彼女は続ける。
「“魔女”とまで恐れられた彼女でも……マヴだけは助けられなかった。機体がやられて、パイロットも……燃え尽きたってさ」
重苦しい空気が漂う中、ジェジーがふてぶてしい声で口を開いた。
「はっ……男がらみかよ。なんだよ、敵討ち? 戦場のラブストーリーか?」
茶化すような口ぶりに、ナブが低く呟く。
「……敵討ち、か」
だが、その横でケーンが眉をしかめながら異論を唱える。
「そういうのって……終戦協定でチャラになったんじゃないんすか?
お互い様、ってやつでしょ。戦争は終わったって……」
その言葉に、アンキーが肩をすくめ、静かに言った。
「……そんなお利口さんばかりじゃないってことさ」
ふと視線をフブキに向ける。俯いたまま、何も言わないその男に向かって、淡々と。
「……そうだろ? “鬼神”」
全員がフブキに目を向ける。だが彼は、答えない。沈黙の中、やがて彼は、絞り出すように呟いた。
「…………彼女は……囚われているだけなんだ」
その声は静かで、しかしどこか切ない響きを帯びていた。
「過去に……戦いに」
その言葉が意味するものが何なのか。誰も明確には分からなかった。けれど、そこに込められた重さだけは、全員が確かに感じ取っていた。
──
街の灯りが滲み始める黄昏の中、アマテはシイコのすぐ後ろを静かに歩いていた。
すれ違う人々は、家族連れだった。笑い声を上げる子ども。手を引く母親。隣を歩く父親。それを一瞥しながら、アマテはぽつりと問いかけた。
「……お子さんが居るのに……なんでですか……?」
シイコは立ち止まりはしなかった。ただ、少しだけ横目でアマテを見て、ゆっくりと答えた。
「……坊やは可愛いわよ。目が合うだけで、幸せを感じるし、心が温かくなる。旦那もね、とても優しいの」
それでも、と前を向いたまま呟く。
「でもね──何かを手に入れるために、何かを諦めなきゃいけないなんて……そんなの、理不尽じゃない?」
アマテは思わずシイコの横顔を見つめる。
「──望むもの全てを手にすることができたら、どんなに幸せかって……そう思うこと、ない?」
その声には、確かに母のような優しさがあった。けれど、同時に胸の奥から滲み出すような、熱く粘るような「執着」もあった。
アマテはそれを肌で感じた。
「ニュータイプとかいう“選ばれた人たち”なら……それができるのかしら?」
その言葉を聞いた瞬間──アマテの脳裏に、あの記憶がよみがえる。
初めてジークアクスに乗った日。目の前に広がった、ある“記憶”。二人の人物。お互に一つの星を想いながら、故に拒絶し、そして……戦っていた。
望むものがすべて手に入れられる──
「……違う、ニュータイプは……そんなに都合のいいものなんかじゃない……」
ぽつりと、アマテは呟いた。しかしその声を聞いても、シイコは何も言わずただ歩き続ける。
そして改札に着くと、ふと笑うように言った。
「ねぇ、可愛いバイトさん」
その呼び方が妙に親しげで、少しだけ皮肉めいていて。アマテはぎくりと心を揺らされた。
「──“赤いガンダム”のパイロットって、どんな人?」
その一言が落ちた瞬間。アマテの鼓動が、ひとつ跳ねた。
(……気づいてたんだ……最初から……)
この人は──私が「シュウジのマヴ」だと、わかっていて接していたんだ。
そう、確信してしまった。
夕焼けの光が、二人の背を赤く染めていた。その空の色がまるで、血のように鮮やかで、どこまでも遠く見えた。
「バイトさん」
シイコがふと、軽い調子で口を開いた。
「貴方、フブキくんのことが──好きなのかしら?」
「……えっ? え!? あっ、いや、その、えっと!」
アマテは顔を真っ赤にして手を振った。目を泳がせ、どうにか否定しようとする。
「うふふふ」
シイコはおかしそうに笑う。
さっきまであれほど張り詰めた空気を纏っていたとは思えないほど、その笑みは柔らかく、どこか愉快げだった。
「若いっていいわねぇ。そんなに必死になっちゃって」
アマテは口をパクパクさせるしかなかった。その姿を見ながら、シイコはふっと表情を緩め、しかしその声には次第に重さが戻っていく。
「……でもね、悪いことは言わないわ」
足を止め、背を向けたまま。夕暮れの中で、静かに言葉を落とす。
「彼は、やめておきなさい」
「……えっ……?」
アマテの声は小さく、戸惑いに満ちていた。
「彼の居場所は、“戦場”だけよ。あなたのような、優しい子には似合わない」
そう告げた声は、どこか哀しみを帯びていた。
「彼は……“鬼神”であり、“死神”だもの」
ゆっくりと振り返るシイコ。その目には、遠い記憶を追うような色が浮かんでいた。
「──昔、彼のことが好きだって言っていた子がいたの。優しくて、強くて、一途な女の子。でも、その子も──結局は、死んだ」
アマテの喉が詰まる。
「彼は“火種”であり、“影”なのよ。戦場という名の“光”がある限り、彼はその影として──生涯、戦いに身を投じる運命なの。──光がある限り、影は消えない」
その言葉は、まるで呪いのように胸に重くのしかかる。アマテは何も言い返せなかった。ただ、胸の奥で何かが軋む音を感じていた。
フブキの顔が、脳裏に浮かぶ。無口だけど、確かに優しくて、だけど時々悪戯して浮かべる悪い顔、……どこか遠くを見るような哀しげな瞳。
あの人は本当に、影なのだろうか? 自分の中の疑問に、アマテはまだ答えを出せずにいた。