機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
シャウ!
宇宙空間に静かに浮かぶコロニーの外壁。その曲面の一角、工業用メンテナンスフレームの影に、三機のモビルスーツが静かに身を潜めていた。
そのうちの一機は、濃い紅を帯びた異質な機体だった。装甲のエッジは無駄なく研がれ、頭部アンテナの鋭さが、ただの量産機ではないことを示していた。
赤い機体の隣には、緑色の標準型ザクが二機。通信も発されず、バーニアの微調整すら最小限。彼らは、音なき潜入者として、完璧に沈黙していた。
コロニーはゆっくりと自転し、やがてその外壁に取り付いた彼らの機体に薄い陽光が差し込む。その光を反射する赤き装甲が、一瞬だけ禍々しく煌めいた。
彼らが狙うのは、コロニー内部──連邦が極秘に開発を進める、新型艦と新型MSの偵察、及び破壊。それはただの奇襲ではない。連邦の心臓部に直接刃を突き立てる、歴史的な「強奪」の幕開けだった。
三機のモビルスーツは、コロニー外壁に設けられた非常用メンテナンスハッチの前へと静かに移動した。
表面には多層式の赤外線センサーと小型ロック機構が備えられていたが、彼らの手は迷いなく動いていた。
深紅の機体が軽く手を上げ、隣のザクへと合図を送る。緑の量産型モビルスーツが前へ出ると、手慣れた動作でハッチ周辺の機構を解析し、物理ロックを慎重に解除していく。
小さな機械音。わずかな隙間から、ゆっくりと扉が開き始める。内部へ通じるエアロックが現れ、そこには人工の光が仄かに灯っていた。
扉が完全に開くと、三機はひとつの塊となって静かに中へ滑り込む。その動作に、一切の急ぎも音もなかった。
外壁の扉が自動で閉じ、空間が密閉される。わずかに空気が循環し、内部の気圧が安定したことを確認すると、次いで内側の扉が開く。
赤い機体が先頭を取り、残る二機が背後に続く。完全な無言の連携。訓練された動作。戦場における一分の隙すら許さぬ、精密な潜入作戦が静かに始まっていた。
彼らの眼前には、人工の地平が広がる。連邦が密かに築いている"何か"──その正体を、いままさにこの手で暴こうとしていた。
内部エアロックを通過した三機のモビルスーツは、広大な居住区の天井裏にあたる区画へと辿り着いていた。
通常、民間の目に触れることのない上層構造。その下には、連邦の極秘施設が存在していると推測されていた。
深紅の機体が、無言のまま停止する。続いて、コックピットから通信回線が開かれる。
「スレンダー、君はここに残れ」
シャアの静かな声に、待機していた緑のザクが即座に応答する。
《ハッ! 少佐!》
スレンダー機が後退し、ハッチ付近で周囲の監視と撤退経路の確保に入る。
残る2機──シャアとデニムのザクが、開口された格子状の床の隙間から静かに身を落とす。降下用のサポートケーブルがゆるやかに展開され、シャアが再び短く命じる。
「デニム、降下中も通信ケーブルの距離を保てよ?」
《分かっております、少佐》
ケーブルを通じて確保されるのは、視界ではなく指揮系統。ミノフスキー粒子の影響を想定すれば、近距離の有線通信こそが生命線だった。
やがて、デニムの機体から測定結果が報告される。
《……大気中にミノフスキー粒子が撒かれています。少佐の予想通り、こいつはただの僻地のサイドではなさそうですな》
シャアは無言のまま、降下速度を微調整し、コロニー内部の地面へと静かに着地する。続いてデニム機も慎重に降り立ち、二機は並ぶように構えを取った。
静寂のコロニー内。ここにはやはり"何か"がある──その確信が、シャアの仮面の奥で、確かな輪郭を描いていた。
ザクのコックピットハッチが開き、デニムが身を乗り出す。外気圧と温度は安定しており、空気も整備されている。だが、その静けさには違和感があった。
彼は腰から双眼鏡を引き出し、遠くを見渡す。視線の先には、コロニー内部の右上にあたるブロック──人工の山と区画された施設群が見える。
「……どうやら、軍施設は右上のブロックのようです」
静かに呟いた声は、通信ケーブルを通じてシャアにも届いていた。
「……出勤時間のはずですが……車が一台、基地に入っただけです」
デニムの声には、戸惑いと警戒が入り混じっていた。本来であれば、朝のこの時間帯には複数の車両や人員の往来があって然るべきだった。だが、道路は閑散としており、基地の門はほとんど動いていない。
まるで、すでに"何か"が始まっているかのような、異様な沈黙。あるいは──連邦がこの侵入を"予期していた"かのような雰囲気さえあった。
シャアの機体はその場で動かず、黙して佇んでいた。その仮面の奥では、すでにいくつかの可能性が組み上がっていたに違いない。
不自然な静けさ。過剰に静かな基地。そして、たった一台の車両。基地の様子を観察し終えたデニムが双眼鏡を下ろしたその時、シャアの声が冷ややかに響いた。
《やはりな。追跡していた船の入港に合わせて、民間人は避難しているのだろう》
その声には、確信があった。情報の空白を埋めるように、点と点が線で繋がっていく。
デニムが身を乗り出す。
「ということは……」
《連邦軍のV作戦をキャッチしたとみるのが正しいな》
静かだが明瞭なその一言に、デニムは小さく笑った。
「ふっ、置いてきたジーンが悔しがりますな」
任務には選ばれず、後方待機を命じられた部下の顔が脳裏をよぎる。しかし次の瞬間、シャアは仮面の奥からさらに鋭く告げた。
《ポートへ入った木馬型の新造戦艦に運び込まれる前に破壊するぞ》
即断即決。その言葉に、デニムの顔が引き締まる。
「しかし! 我々は偵察が任務と……!」
《私が、みすみす手柄を逃すような男と思うか?》
その静かな圧力に、デニムは言葉を失った。反論の余地など初めからなかった。ただ、命令が“戦場”へと変わったことだけが、確かに伝わった。
新造艦の搭載が完了する前に。敵がその"新たな力"を手にする前に。
すべてを叩き潰す──それが、赤い彗星だった。
──"いつも通り"。今の彼にとってそれは、この狭いブースに座り、操縦桿を握る時間を指していた。
薄暗い照明に包まれたシミュレーターブース。フブキが乗っているのは、彼自身の機体──01ガンダムの実機を模した、コックピット形式の訓練筐体だ。
操縦桿の感触、視界に映るモニター、ディスプレイの軌道表示に至るまで、すべてが実戦を前提に設計された空間。彼にはその機体を“自分の体”のように使いこなすことが求められていた。
仮想戦場の中、敵性目標が出現するたびに、照準が重なり、即座に破壊されていく。速さ。精度。フブキの操作は、すでに感情の余地すら排除した、軍の望む"結果"だけを生み出す動作だった。
ほんの少し前までは違った。レイと整備課題に頭を抱え、カエデが肩をすくめて笑った日々。いつも通りの、“穏やかな訓練生活”。
だが今では「どう殺すか」を計算することが、"日常"になっていた。そして、その"日常"を裂くように、艦内通信が響き渡った。
《警告!! コロニー内にて非常事態が発生。総員戦闘配置! 指定行動に移行せよ! 現在、サイド7内にて敵性戦力の活動を確認。現地連邦軍との通信は断絶、繰り返す! サイド7にて──》
フブキの操作がぴたりと止まる。訓練中の警報ではない。これは、"実戦"の警告だ。
「……ジオン」
短く呟き、彼はヘルメットを取り上げる。訓練は終了した。ガンダムに乗る者として、今彼が行くべき場所は──"戦場"だった。
警報が艦内を走り抜け、次の瞬間、わずかに足元が浮いた。
《戦闘配置発令、艦内重力制御、戦術モードへ移行!》
アナウンスと共に、人工重力が切り替えられ、擬似的な地面がふっと消える。一瞬の無重力。だがフブキの動作には迷いがなかった。ブースから身を離し、手すりを掴んで一気に通路を蹴る。足音はなく、ただ軌道通りに移動し、次の通路を滑るように進む。目的地はMS格納庫。
艦内の空気が、変わっていた。誰もが何かを察し、声を抑え、動きを早めている。
格納庫のゲートが開くと、そこには整備員たちが忙しなく走り回る姿があった。ツールが飛び、呼吸が乱れ、命令を乗せた怒号が飛ぶ。そんな中で、白髪まじりの作業帽を被った年長の整備員が、目ざとくフブキの姿を見つける。
「来たか! アルジェント!」
手を高く上げ、少し笑ってみせたその男に、フブキは無駄なく問いかけた。
「いけますか?」
「もちろんだ。お前の機体は常に最優先で整えてある」
即答だった。言葉には無駄がなかった。信頼と、確信。それだけがそこにあった。フブキは一度だけ頷くと、視線を正面へ戻した。
整備員の合図を受け、格納庫の床がゆっくりと開く。01ガンダムが、出撃待機位置に向けて昇降リフトでせり上がる。
フブキは無言のまま機体の側面に取り付き、ハッチを開いてコックピットへ滑り込んだ。手順はすべて身体に染みついている。コンソールが起動し、パネルが表示展開されていく。警告灯の確認、エネルギー伝導率、冷却系統のチェック──すべてが黙々と、寸分の狂いなく進んでいく。
その姿を、下から見上げるようにして見つめていた整備員の一人、この艦の中で最も古株の男が、そっと作業の手を止めた。
(……最初は、こんなんじゃなかった……)
無愛想で、言葉も少なくて、感情の読めない仏頂面のガキと思った。でも、慣れてくりゃ──なんて事ない、ただの子供だった。
船の特製カレーをがっついて「うまいです」って小さく呟いたり、休憩中にグラビア雑誌見せたら、顔を真っ赤にして慌ててた。そういうとこが、妙に可愛げあったんだ
今ではもう、あの時の表情は見られない。あの時の反応も、恥じらいも──まるで、全部脱ぎ捨ててしまったように。
(……何があったのかは、知らねぇよ。でも、フブキが"あんなふうになっちまった"のは──戦争のせいだ。──俺たち大人が、そうさせちまった)
彼の背が、機体の奥にすっと吸い込まれていく。まるで、このまま二度と戻ってこないかのように。
帽子の縁を指でつまみ、目を細めながら、整備員はぽつりと吐いた。
「……守ってやれなくて、悪かった……。生きて帰ってこい、フブキ。お前はまだ、産まれたばかりなんだからよ……」
それは、誰にも届かない小さな言葉だった。だがその視線だけは、出撃準備を終えようとしている"少年"の背中に、しっかりと向けられていた。
カタパルトリフトが最終位置で停止し、出撃前の最終装備作業が始まった。複数の作業員がMSの両側へ散開し、手際よく機体に取り付け装備を施していく。
《バズーカ弾薬よし! 右手に持たせるぞ! リフト降下、位置合わせろ!》
アームに吊られた長大なバズーカがゆっくりと降ろされ、01ガンダムの右手が静かに動いてそれを受け取る。カチャリという音と共にグリップが収まり、指が自動的にロックをかける。
《右兵装、保持完了! フィード正常! 問題なし!》
続いて、左側では別の整備員がシールドユニットを運び、前腕に沿ってマウントポイントへ滑り込ませる。外装の回転ロックが締結され、内部センサーが装備を認識した。
《シールド接続! パネル圧反応良好!》
コクピット内のモニターに、兵装状態が順にメーターが埋まった状態へと変わっていく。フブキは淡々とそれを見つめ、必要最低限の言葉を返す。
「兵装確認。問題なし」
支援アームが引き下がり、接続ポイントが一つずつ解除されていく。照明が点滅を始め、格納庫から出撃甲板への全解除信号が灯る。
《アルジェント少尉、出撃クリアランス発行。射出座標確認、全項目グリーン! 発進どうぞ!》
フブキは、短く、深く息を吐いた。それは、心を整えるでも、戦意を高めるでもない。ただ、"いつもの動作"としての、空気の排出。
「……了解。01ガンダム、出る」
カタパルトが走る。01ガンダムは右手にバズーカ、左腕にシールドを構えたまま、宇宙へと滑り出した。
宇宙は静かだった。レーダーには未だ反応はない。だが、ここは連邦の機雷原。下手に速度は出せない。敵が反撃の準備を整えるまでに片付ける。しかし──
(……なんだ? ──ッ殺気!)
体が、わずかにざわつく。それは、訓練でも経験でもない、"感覚"による警告だった。次の瞬間、身体よりも先に、右手が動いた。バーニアが横へ吹き、機体が空間を滑るように回避行動を取る。
直後──淡く鋭い光が、フブキのいた空間を貫いた。
(ビーム兵器……!)
その精度と速度に、機体のシステムが一瞬だけ警告を上げる。反射的に射線の方向へモニターを向ける。そこに映ったのは、異様なシルエットだった。
白を基調に、赤と青が縁取るカラーリング。そして、額には鋭く伸びたV字アンテナ。その姿を見た瞬間、コンソールが機体を捉え表示を切り替わる。
(……RX-78-02)
一瞬、時間が止まったような感覚。だがすぐに、フブキの内心は冷たく締め直された。
(連邦の新型……が、こちらを撃ってきたということは──)
それはもう、“味方ではない”という意味だ。
(敵の手に落ちたのなら、迷う理由はない)
バズーカを構え、シールドを掲げる。スロットルを全開にし、視界の中の“それ”へと一気に加速する。
「……堕とす。それだけだ」
口にした言葉は、任務でもなく、憎悪でもなく──ただ、そこに"戦うべきもの"があるという事実を確認するだけのものだった。
敵機はライフルを構え、再び放ってきた。視界が、光と熱で染まる。戦闘が始まった。
「見せてもらうぞ、ジオンのパイロットの実力というものを──」