機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
ジークアクスとガンダムが激しくぶつかり合う中、アマテには、聞いたことのない旋律が流れ込んでいた。
──ラ……ラ……
“心”に響いてくるような、不思議な歌。ビームサーベルを交差させ、攻撃を受け止める手が震える。
「──え? な、なに? この声……!?」
パチパチッとノイズが走った直後、ハロが急に叫ぶ。
「ッ! マチュ! メヲハナスナ!」
アマテの目に、一瞬だけガンダムの中にいるシイコの姿が浮かび上がる。
その瞳から、涙が一筋、零れていた。
──
大型モニターでクランバトルを監視していたシャリアたちも、その異変をはっきりと感じ取っていた。
「な、なんですか、この音……?」
コモリは眉をしかめ、両耳を手で押さえながら呟く。それは、“音”でありながら”音”ではない。頭の中に直接飛び込んでくるような、共鳴。
「これ……“ララ音”じゃないですか!?」
そう叫んだのは、エグザベ。シャリアは額に指を当てながら思い出したように、かつての戦場の記憶を口にする。
「ソロモン──大佐の時と同じだ……!」
だが、状況はさらに異常さを増していた。オペレーターのセファが叫ぶ。
「まっ、待ってください!! イズマコロニー内で──ミノフスキー粒子の相反転現象を確認!! これっ……ゼクノヴァです!!」
その言葉に、艦内が凍りつく。ソロモンの災厄が起きる兆候。
「ゼクノヴァだと!? しかもコロニー内でか!? バカな!! 赤いガンダムはコロニーの外なんだぞ!!」
ラシットが絶叫するが、シャリアは静かに命令を下す。
「……セファ伍長、すぐにイズマコロニー内での発生元を特定してください。コワル中尉、ガンダム・クァックスのサイコミュ反応を観測し続けてください。赤いガンダムのサイコミュも反応している可能性もあります」
「「了解です/しました!」」
シャリアの視線の先、モニターには紅く染まったツインアイの白いガンダムと、それを止めようとするジークアクス、そして赤いガンダムの姿があった。
──
ゼネラル・リソースの格納庫内で、タナトスの整備スタッフが驚愕の声を上げた。
「な、なんだこれ!」
「ん? どうしましたか?」
ロイドが整備端末の前に歩み寄ると、スタッフは震える指でモニターを指差した。
「ロイドさん! タナトスが……!」
映像を切り替えると、タナトスは整備中の為、装甲パネルを展開し、コックピットを開放していた。しかしその機体全身は、淡く緑色の光に包まれている。
「な、何なんだこれは……?」
ロイドの顔が強張る。
「──すぐにデータ収集を開始してください! 念のため、現場作業員は全員退避! 格納庫は閉鎖します!」
「り、了解しました!」
スタッフたちは慌ただしく作業に入る。しかし、ロイドはモニターを見つめたまま立ち尽くしていた。
(タナトス──ガンダムに……何が起きている?)
光は強く、恐怖を感じるわけではなく、むしろやさしく、どこか安心するように感じさせるものだった。
(これは……ミノフスキー粒子の励起現象か? いや、それとも……サイコミュが反応している?)
恐怖ではない、胸の奥が、じんわりと温かくなるような──安らぎ。
(……気味が悪いな)
ロイドは小さく息をつくと、タブレットを手に取った。
「やはり追加装備が原因なのか……? それとも何かに引っ張らられているのか……?」
──
ジークアクスのコックピット内に、透明な声が微かに響いていた。
……ラ……ラ……
(……歌)
アマテは思わず眉をひそめた。どこからか流れてくる、女の歌声のような何か。しかし、通信ではない。音というより、頭の中に直接響いてくる感覚だった。
(気のせい……じゃない。この歌……誰なの……?)
そして、一瞬だけ脳裏に浮かんだ。白いガンダム。その中で、黒い靄に包まれたシイコの姿。
「……っ!! シイコさん!!」
思わず叫ぶ。確かに見えた。意識を喰われるように虚ろな瞳、そして黒い何かに囚われたようなその姿が。
《わ……たしは……殺すのよ……ニュー……タイプを……》
ノイズ混じりの音声が返ってきた。シイコの声。それはどこか壊れかけの、感情の奥底を無理やり搾り出したような音だった。
「違うっ!! 違うよ!! シイコさん!!」
アマテは、コックピット内で身を乗り出すようにして呼びかける。
「それは……やっちゃダメなことなの!! 聞こえてるなら、やめて!!」
──だが。
《……お願い……邪……魔……しないでっ……》
かすれた声が返ってくる。震え、迷い、そして恐怖。それでも彼女は止まらない。
ジークアクスのセンサーが警告を告げる。白いガンダムが再び、赤いガンダムへとアンカーを放ち、円を描くように高速で旋回しながら攻撃を仕掛ける。
「っ……僕は死なないっ……! ガンダムが、そう言っている!!」
赤いガンダム──シュウジも必死に応戦していた。しかし、白い機体の機動はあまりにも異常だった。
(なんで……!? なんでこんな動きに……シイコさんは耐えられるの!?)
AMBAC制御では限界を超えている。Gによる負荷も──常人なら意識を失っている。
(……フブさんみたいな、特殊な……パイロットスーツ? それとも……)
だが、答えは見えていた。──黒いモヤ。あのとき一瞬だけ繋がった時に見えた、謎の存在。
(あれが……シイコさんを縛ってる。あれさえなんとかできれば……!)
アマテの心に、小さな光が灯る。
(そうだ……フブキさんが前に言ってた。全方位を"知覚"するようにって──!)
その瞬間、また歌声が響いた。
……ラ……ラ……
今度は明確に、「声」ではない何かが、空間に広がった。
(こ……れ……!)
頭の奥、意識の最深部に──緑の光が差し込んでくる。
──
「ここ……あのキラキラ……」
アマテは、ジークアクスのコックピットにいたはずの自分が、いつの間にか緑色の光がきらめく空間に立っていることに気づいた。ノーマルスーツではなく、ハイバリーの制服を着ていた。
(これは……何で制服? ……あの歌に引き込まれた?)
ふと、背後から声がかけられる。
「……何故、邪魔をする?」
「……えっ?」
アマテが振り向くと、そこには──フブキ・アルジェントの姿があった。
だが、どこかおかしい。
「フブ……さん?」
確かに顔も声も彼そのものだ。けれど、その雰囲気はあまりに冷たい。感情が抜け落ちたように無機質で、まるで”それらしく”作られた模造品のよう。
──それに、着ているのは黒いノーマルスーツではない。旧連邦軍のノーマルスーツ。資料で見た、戦時中のものにそっくりだった。
「もう一度聞く。何故、邪魔をする」
その目は、何も映していないように虚ろで、それでいてアマテを射抜くような圧を持っていた。
アマテは一歩後ろに下がる。
「……貴方、誰なの? なんで……フブさんの姿をしてるの?」
するとその存在は、ゆっくりと歩み寄りながら、低い声で答える。
「フブキ……そうだな。お前から見れば“フブキ・アルジェント”の姿だろう」
「……?」
「俺は、シイコ・スガイの復讐心によって起動された「EXAM」の制御システム自身。俺の目的はただ一つ。かつての“彼”が──『感じ、思い、望んだ』ように、ニュータイプを殲滅することだ。
俺はそのために生まれ、そのために存在している。故にシイコ・スガイとも、相性が良かった」
無機質なその言葉に、アマテは強く首を振った。
「違うっ……! フブさんは、そんなこと思わない!! 誰かを殺すために、戦ってたわけじゃない!!」
“フブキ”の姿をしたその影は、まったく動じない。むしろ冷ややかに続ける。
「……何故、そう言い切れる。アマテ・ユズリハ。この姿の意味をよく考えろ。お前は、本当の彼を知っているのか?」
アマテの目が揺らぐ。
「彼はお前と同じ歳に、人を殺し──そして、殺された。大切な仲間を奪われ、自分自身もまた、誰かにとっての“大切”を奪った。その記憶、感情が解析され、EXAMに蓄積、俺は形成された。
俺は“彼”の影。ニュータイプを殺すために造られた、フブキ・アルジェントの”可能性の一つ”だ」
「それはっ……!」
言葉が詰まる。アマテは、日常の中でフブキの過去に触れてきた。それが平坦な道ではなかったことも、喪失を抱えてきたことも、知っている。
でも──
「……それでも……フブさんは、“歩き続けて”きた……! 自分の罪や後悔を背負って、それでも誰かのために前に進んでた! 私……知ってるもん!!」
影が目を細めた。
「感情で否定しても、事実は変わらない。俺は、赤いガンダム──ニュータイプを殲滅する。
そのために、シイコ・スガイを傀儡として利用し、この空間に存在している。彼女の憎しみと願い、それが俺を強くする。いずれ、お前も──“必要な犠牲”として排除することになる」
その瞬間、空間が暗転し、周囲を黒い手が覆い始めた。
「やめて……っ!」
アマテの叫びが響く。だけど、黒い手は構わず迫ってくる。
「私は……私は、誰も犠牲にしたくない! シイコさんも、シュウジも、フブさんも……!」
アマテの胸の奥から、何かが弾けるように光が広がった。それは、先ほどまでの黒い光とは違う──淡い青白い光。優しさと怒り、悲しみと願いが混ざった、純粋な「想いの光」。
そして彼女は、正面から“影”を見据える。
「私が知ってる“フブさん”は──そんなものじゃない!! だから私は、あなたに奪われたシイコさんを、絶対に取り戻す!!」
叫んだアマテの背後から、誰かの手がそっと肩に触れた。
──そうさ。人の可能性は、そんなもんだって乗り越えられる。
復讐心に囚われて周りが見えなくなってしまうのなら、誰かが頬を叩いてやればいい。背中を蹴ってやればいい。
そうして、手を取り合って──互いを尊重しながら生きていける。
それが、“ニュータイプ”ってものだ。
その声は、優しさと強さを兼ね備えていた。
「あなたは……」
──マチュ、君ならできる。
「まっ……!」
アマテが言う前に、彼の姿は光に包まれていく。
次の瞬間、目の前に広がるのは、再びあのキラキラとした温かな空間だった。
「マチュ!」
聞こえた声に振り返ると、そこにはシュウジがいた。
いつもの少し着崩した姿で、ゆっくりとアマテのもとに歩み寄ってくる。
「シュウジ……!」
アマテは駆け寄り、胸の内にある決意をそのままぶつける。
「シイコさんは、こんなこと望んでない! 助けるのを手伝って!」
シュウジは、アマテの気迫に一瞬だけ目を伏せ、ぽつりと呟いた。
「……でも、彼女はもう戻ってこれないかもしれない。僕たちのどちらかが犠牲になる可能性もある。いや……きっと、そうなる」
けれど──
「違うよ」
その言葉に、アマテは力強く割り込むように否定した。
「誰も犠牲にならない。絶対に、誰も失わせない。シイコさんを必ず取り戻す。そのために……“ガンダム”を倒す。彼女を苦しめている“EXAM”を──壊す!!」
その瞬間、空間にまばゆい光が広がった。二人の心が、願いが、決意が共鳴する。
「分かった……一緒にやるよ」
シュウジが手を差し出す。アマテは力強く頷き、その手を取った。
⸻
「うぉりゃああああああ!!」
怒声と共に、アマテのビームサーベルが白いガンダムの斬撃を弾き飛ばす。次の瞬間、赤いガンダム──シュウジが加勢に入った。
「マチュ!」
「シュウジ!」
呼応するように、アマテは自身のビームライフルを投擲。シュウジは空中でそれを受け取り、躊躇なく引き金を引く。
ビームが閃光となって迸り、ガンダムの左腕を撃ち抜く。
金属が焼け焦げ、関節から火花が散る。白いガンダムは腕を失ったまま、それでも動きを止めない。
「今!」
アマテは加速する。噴射音を背に、ビームサーベルを握りしめて肉薄。
──もう迷わない。シイコさんを、この手で取り戻すために──!
「はあああああああっ!!」
アマテの咆哮と共に、ビームサーベルが白いガンダムを斬り裂く──!
応戦するように手を伸ばしたガンダムだったが、右腕は鮮やかに斬り落とされ、すでに失われていた左腕と共に、両腕を失って沈む。
(……さっきより、動きが鈍い……! もしかして、シイコさんが──戻ってきてる!?)
しかし、白いガンダムはなおも抵抗を続ける。胸部のバルカン砲が火を噴き、アマテのジークアクスを牽制するように弾丸を浴びせてきた。
──だが、その姿は明らかに“異質”だった。
ガンダムの装甲表面を、黒いモヤのようなものが包んでいる。とくに、頭部に異様なほど集中している。
「……頭部っ! あそこから……嫌な気配がするっ!」
「マチュ! マヨウナ! イケ!!」
「これでぇ!! おしまいぃぃ!!」
アマテは叫ぶようにスロットルを開き、ジークアクスの機体が一気に加速。右腕のビームサーベルが、輝きを放ちながら振り下ろされる──
一閃。
白いガンダムの頭部が、赤黒い閃光を撒き散らしながら吹き飛んだ。直後、黒いモヤが空間に悲鳴のようなノイズを残しつつ、霧散していく。
機体は制御を失い、ゆっくりと沈黙する。
まるで、呪縛が解けたかのように