機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
赤いガンダムの向こうに──誰かが立っている。
キラキラとした黄色い光の中、シイコはその姿をじっと見つめていた。
「ねぇ? 赤いガンダムのパイロットさん……」
静かに、まるで風に紛れるように語りかける。
「貴方は──何を望むの? その心に……何を思うの?」
シイコの声に、少年のようなまっすぐな瞳が応える。シュウジは、シイコをしっかりと見据えて言った。
「僕は……僕の願いは一つだけ。それ以外は──何もいらないんだ」
短く、迷いのない言葉。その言葉に、シイコは小さく、けれどどこか切なげに微笑んだ。
「……それが、貴方の望みなのね……」
光が優しく包み込むように揺れる。
ふと、遠くから懐かしい声が届いた。
──ようやく終わったか? シイコ。
「……っ!」
シイコは目を見開く。──聞こえるはずのない声。でも、ずっと……聞きたかった声。
──長かったな。あの子達に、感謝しなきゃな。
「……ど、どうして……」
──何泣いてんだよ。ふっ……相変わらず仏頂面だなぁ、シイコ。
その声は、失われたはずの、愛した人の声だった。
涙が頬を伝う。仏頂面どころか、ぐしゃぐしゃに崩れた顔で、シイコはその胸の奥から、絞り出すように言葉を吐き出した。
「わたし……っ貴方に会いたかった……っ、貴方と……一緒に、生きたかったっ……!」
声は震え、嗚咽まじりにこぼれ落ちる。あふれる涙は止まらない。
それでも──
……俺は幸せ者だね。こんな美人のマヴに、そう思われてるなんてよ。
冗談めかしたような優しい声。それでも彼の目は、涙を堪えるシイコと同じように、どこまでも優しかった。
「「──それでも……っ」」
二人の声が、重なる。
「私は……っ貴方と、行けない……! 私には……坊やがいるから……っ!」
ボロボロと涙がこぼれる。視界は滲み、光が滲み、彼の顔も、もうぼんやりとしか見えない。
それでも──彼は、柔らかく微笑んでいた。そして、そっと両腕で、シイコを包み込む。
「それでいいんだよ、シイコ。それが──お前の選んだ道なんだろ?」
「……っ」
「待つさ。いつか……虹の彼方に、お前が来るのを待ってるさ。気長に──な?」
その声に、その温もりに、その存在に、シイコはただ、泣いた。
愛して、愛された人と、ようやく言葉を交わし、別れを告げられた。
そして、歩き出す覚悟を持てた。
帰る時だ。残酷だけど、美しい現実へ。待っているあの子のために──
──
クランバトルの翌日。
CRSとの死闘を経て、アマテとフブキは静かな朝を迎えていた。
そして──
目的地は、CRSの機体が搬送されたという警備会社「ドミトリー」。
敵だったシイコが、今は治療と隔離のため、そこで保護されているという。
「ここで良いんだよね?」
アマテが不安げに施設の前で振り返ると、フブキは頷いた。
「ああ。CRSの機体に施されていた技術には覚えがある。──ここで間違いないはずだ」
二人は、白い外壁に囲まれたドミトリーの自動ドアをくぐった。
内部は落ち着いた色調でまとめられ、警備会社とは思えないほど清潔かつ整然としている。
受付カウンターに近づこうとしたその時だった。逆に受付の女性が先に声をかけてきた。
「──フブキ・アルジェント様ですね? モスク博士から伺っております。
この先をまっすぐ行ってください。博士がお待ちです」
「……俺が来ることは、知っていたらしい」
フブキは少し口元を引き結ぶ。
「ロイドさんかな?」
「さぁな」
少しだけ笑って、フブキはアマテの背を押す。
「──行こう、マチュ」
緊張と期待を胸に、二人は無言のまま、廊下を進んでいく。
静まり返った廊下を進むと、警備服を着た一人の男が、重厚な扉の前で立っていた。
「受付に案内されたんだが──」
フブキがそう声をかけると、男は顔を上げて一礼する。
「アルジェント様ですね? 少々お待ちを」
男はインカムに指を当て、低く連絡を入れた。
「博士、アルジェント様がいらっしゃいました」
数秒の間──そして明るい声が返ってくる。
『ああ! 入ってくれ!』
男は一歩引いて、扉のパネルを操作する。
「どうぞ」
「……ああ」
フブキとアマテは顔を見合わせ、扉の向こうへと進む。
中に入ると、そこは簡素なオフィスというより、研究と整備の現場が融合したような空間だった。
何人もの作業員が資料やタブレット端末を片手に忙しなく動いている。
中央のデスクで、多数のホログラムと紙資料を前にしていた男が、こちらに気づくやいなや、手を高く挙げて笑顔を見せた。
「アルジェント君! 久しぶりだな!」
「博士もお元気そうで何よりです。実は……」
「──ああ、要件は分かっているさ。魔女の容体だろう?」
博士は立ち上がると、背後のスタッフに資料を押し付けながら言った。
「来たまえ。すまんが、あとは任せる」
「了解です、博士」
手短に指示を飛ばした博士は、フブキたちに振り返る。
「こっちだ。アルジェント君」
モスクはカツカツと軽快な足取りで廊下を進みながら、ちらりと横目でフブキの隣にいるアマテへ視線を向けた。
「ん? そのお嬢さんはどなたかな?」
「……あ、えっと……」
言葉に詰まるアマテに代わって、フブキがすぐに答える。
「彼女は俺の連れです。シイコさんが怪我を負う前に知り合っていて」
「ほう、魔女にこんな少女の知り合いがいるとはな……まぁいい」
モスクはひとつ頷き、話を本題に戻す。
「スガイ君の容体だが──あまり芳しくない。モビルスーツでの戦闘以降、目を覚ましていない状態が続いている」
その言葉にアマテの表情が曇る。フブキも一瞬、視線を伏せた。
「博士、その……モビルスーツに関してですが」
「うむ、君が言いたいことは分かる。あの“ガンダム”についてだろう。……ん、ここだ。入りたまえ」
モスクは立ち止まり、医務室のような無機質な扉を開ける。
中は静かだった。人工的な明かりが差す中──ベッドに横たわるシイコ・スガイの姿があった。
彼女は包帯に包まれ、酸素マスクを装着し、点滴とモニターに繋がれていた。かすかに動く胸が、かろうじて彼女が生きていることを物語っている。
アマテは思わず一歩、足を踏み入れながら、呟く。
「……シイコ、さん……」
フブキも、無言のままその姿を見つめ、拳を静かに握った。モスクは、少しだけ声を低くして言う。
「生きてはいる。しかし……彼女の精神は、まだ囚われているのかもしれん。まるで、心だけが別の場所に残されてしまったように、な」
「まだ囚われている? どういう意味です?」
フブキの問いに、モスク博士は一瞬言葉を探すように黙った。しかし、
「……EXAM……」
ぽつりと、マチュが口にする。
「マチュ……?」
驚いたように彼女を見るフブキ。しかしそれより早く、博士の低い声が響いた。
「……お嬢さん、それをどこで知ったんだ? ……まぁいい。そうだ、昨日のガンダム──あれはアナハイムから実験データ収集用として提供されたものだったのだ。そこに私の技術を投入し、スガイ君の望みであった“赤いガンダム”を倒す手助けをした」
「アナハイム……実験用のガンダム……」
「うむ。しかしな、戦闘中に我々も知らないOSが起動したのだ。なんとか遠隔で解析して強制停止を試みたが、機体側が拒絶してな……」
フブキは静かに眉を寄せる。
「解析して分かったことは一つ──“EXAM”という特殊なOSが組み込まれていたということだけだった」
「博士は、ご存じなかったのですか?」
アマテが問いかけると、モスクは静かに首を横に振る。
「言っただろう? 我々も知らなかったのだ。あの機体に、そんな危険なシステムが積まれていたなどとはな……だが、それも言い訳にしかならん。……彼女に機体を与え、戦場に立たせた責任は私にある」
モスクの言葉には、科学者としての無念と、年長者としての痛切な後悔がにじんでいた。
「……シイコさん……」
マチュが囁くように、シイコの眠る姿を見つめる。
博士は、机の上から一枚の端末を取り上げると、それをフブキへ差し出した。
「解析したデータは、ロイド君に送っておこう。彼も気にしていたようだからな。……帰る時は声を掛けてくれたまえ」
そう言って、モスクは軽く手を上げると、部屋を後にした。
「……マチュ、とりあえず座れ」
フブキがそう声をかけると、アマテは静かに頷き、病室の壁際にある椅子に腰を下ろした。
「うん……」
ベッドに横たわるシイコの姿を見つめながら、アマテの胸には、ある記憶がよみがえる。
──あの時、フブキも似たようにベッドに横たわっていた。
でも、あの時よりも今のシイコの容態はずっと酷い。包帯に覆われ、酸素マスクをつけたまま動かない。表情は穏やかだけど、目を開く気配はない。
「フブさん……シイコさん、大丈夫なのかな……」
小さな声で呟くアマテに、フブキは少し間を置いてから答えた。
「……なんとも言えない」
アマテは膝の上で拳を握り、ぽつりとこぼす。
「……シイコさんがこんなになったの、私のせいだよね……私が、止めようとして……だから……」
その言葉に、フブキは即座に否定した。強く、はっきりと。
「違う。勘違いするな」
彼の声は、静かで、それでもアマテの胸にまっすぐ刺さる。
「お前はこの人を救ったんだ。結果がどうであれ、あのまま進んでいれば……この人は戻れなかった」
アマテは目を伏せる。その頬には、一筋の涙が流れていた。
「……でも、救ったって言われても、これじゃ……」
「それでも──お前がいなければ、ここにこの人はいない。命を取り戻す希望すら、なかったんだよ」
アマテはフブキの背中を見つめながら、静かに唇を噛んだ。
「この人には帰る場所がある。帰りを待ってる人がいる。その場所に帰ることができるのは……マチュ、お前が戦ったからだ」
「……」
「……アマテ、お前は──すごい子だ」
その一言が、アマテの胸に染み込む。頬に伝っていた涙が、一筋こぼれ落ちる。
「っ……」
ゆっくりと、アマテは立ち上がり、ベッドの傍へと歩み寄る。そして、そっとシイコの手を握り、抱きしめるように自分の胸に当てた。
「シイコさん……帰ってきて……お子さんがいるんでしょ……?」
そう呼びかけた瞬間だった。
──ピクリ。
確かに、シイコの指先が震えた。小さく、けれど間違いなく。
「……ぼ……や……?」
「……っシイコさん!? シイコさん!!」
驚きと喜びが入り混じったアマテの声に応えるように、シイコの瞼が微かに開きかける。
「……バ……イトさん……? それ……に……フブキ君……」
そのかすれた声に、アマテは涙をこらえきれなかった。フブキも目を細め、静かに頷く。
「……おかえりなさい、シイコさん」
シイコは少しだけ笑みを浮かべて、かすれた声で答える。
「私……負けたのね……」
フブキは真っ直ぐ彼女を見つめながら、はっきりと答えた。
「ええ、シイコさん。貴方は負けた。マチュと、シュウジに。……もう、本当に終わりです」
その言葉に、アマテは静かにフブキを見上げる。
「フブさん……」
「ふふ……分かってるわ。敗者ですものね」
シイコは、自嘲のように笑ってみせるが、その瞳にはどこか晴れやかな光も宿っていた。
アマテは少し躊躇いながらも、問う。
「シイコさん……これから、どうするんですか……?」
しばらく沈黙が落ちた後、シイコはアマテの名をそっと呼ぶ。
「アマテさん……だったわね。貴方にせっかくもらった命だもの──旦那や坊やのために使うわ」
その言葉には、母としての決意と、戦いから解き放たれた人間としての静かな意志が滲んでいた。フブキもそれを見届けるように、小さく頷いた。