機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
認めたくなかった。
理解したくなかった。
私がフブさんの“初めて”になれると思っていた。
──シュウジが提案してくれた案に、フブさんは協力してくれた。
昔、ガンダムと似た機体に乗っていたから、赤いガンダムも乗れるだろうと。
シュウジのため、私のために、フブさんは赤いガンダムに乗ってくれた。
シイコさんは言っていた。
「フブキ君は、誰一人としてマヴを付けたことがなかった」と。
だから私が、初めてのマヴになるはずだった。
なのに……それなのに──
「……あれ? アマテちゃん。どうしたの? こんな時間に……」
ゼネラル・リソース社の受付で、スタッフが声をかけてくる。
「ちょっとフブさんに用があって! 何処にいますか?」
受付の女性は、相変わらずのやりとりに柔らかく微笑む。
「ふふ、相変わらずフブキさんが大好きなのね? ちょっと待ってね。今調べるから」
「大丈夫ですよ! フブさんのいるところは分かりますから!」
──いつも通り振る舞え。受付さんには悪いけど、今はもう構っていられない。
受付の女性はくすりと笑って、「ふふ。分かったわ。じゃあロイドさんには伝えておくからね?」と、優しく送り出してくれた。
「はい!」
アマテはそのまま、早足で社内へと向かう。
何となくわかる。あの人はいつもの場所にはいない。私が来ることを知っている。ならばフブさんが待っていてくれる場所は──
「マチュ……あの電話は何なんだ……? 何があった?」
ほらね。私の想像通り。フブさんは私の考えてることを理解してくれる。でも、正直ここじゃ誰かに見られるし聞かれる。それは嫌だ。
「フブさん、フブさんって普段、どこで寝泊まりしてるの?」
「……? 本当に大丈夫か? なぜいきなりそんな──」
「ここに毎日出勤してるって感じじゃないよね? ここに住み込みなの?」
「……まあ、そうだな。一応借りてる部屋もあるが、ほとんど帰っていない」
予想通りだったけど、へぇ……自分の家もあったんだ。調べておくべきだったな。
「そうなんだ。じゃあさ、フブさん。今からフブさんの部屋行こうよ。そこで話そ? ここじゃ誰かと会うかもしれないでしょ?」
「……いいだろう。俺も聞きたいことがあるからな」
フブキと一緒にロッカー室から廊下へと出る。
歩く間、会話はない。でも何となくフブさんの考えていることは伝わってきた。不信感、いや──私に対する不安。様子がおかしいと感じているんだろうね。朴念仁だなぁ。相変わらず。
「ここが俺の部屋だ。言っておくが、何もないぞ? ほとんど寝る場所ってだけだからな」
フブキはドアを開けて明かりをつける。入った瞬間、まず感じるのはその質素さ。
テーブルとベッド、服をしまうクローゼットだけ。小さな簡易キッチンもあるけど、ほとんど使った形跡がない。
……本当に必要最低限だけ。これが“フブキ・アルジェント”の部屋なんだ。何色にも染まってない。透明な色。だからいいんだけど──
「マチュ、今日のクランバトルは何故出なかった? 何があった?」
「出るつもりだったよ? でもカネバンに行く途中で軍警に捕まっちゃってさ」
「軍警に……職質か?」
「そうじゃないかな。でも、ニャアンしかされなかったんだよ」
「……はぁ」
ああ。やっぱり分かっちゃうんだね。やっぱりフブさんは凄いなぁ。私がちょっと話しただけで何があったのか理解したんだ。
「そう。フブさんの想像通りだよ。ニャアンが難民ってだけで職質されたの。それで──」
「……お前が手を出してしまったと?」
──ああ──ヤバい。お腹の奥が疼く。でもダメ。抑えなきゃ。
「そう。ムカついちゃって……それで色々あってさ。間に合わなかったの」
「それでどうにか間に合わせる為にニャアンが乗った……か。成程な……」
「まあでも良かったよ。クラバに勝って。違約金もないし、なによりあと一勝らしいから?」
「ニャアンちゃんはどうだったんだ? かなり激しい攻撃を喰らっていた……」
──は?
「俺が不甲斐ないせいで彼女に負担を割いてしまった……」
──黙って
「俺がもっと上手く立ち回れていたら……」
──黙ってよ──アイツがろくに動けもしないのにジークアクスに乗ったからでしょ? 何でフブさんが気に病むのよ。
「……さあ。ニャアンは楽しそうだったよ──特に怪我もしてなかったし」
「そうか……それなら良かった」
──ああ。もうダメだ。もう無理。
「マチュ?」
……
「どうしt──」
私はベッドに腰掛けているフブさんをそっと押し倒す。
そのまま馬乗りになると、フブさんは驚いたように私を見上げた。
「マ、マチュ?」
「──フブさん。私ね? もう無理」
「な、にを?」
「シイコさんがね? コレだと思った人は逃がさないようにって言ってたの。フブさんのマヴ、私が最初になりたかった」
「それは……」
「フブさんのマヴは取られちゃったけど、フブさんの“初めて”は私が貰う。
私の初めてもフブさんにあげる。フブさんになら、あげられる。……違うな。フブさんにしかあげたくない」
「なにを……言っているんだ……」
「? ──わからない? ここまで言ってるのに?
ちょっと朴念仁すぎるよ? ──でも良いよ。そんなフブキさんも私は好き」
私は、シュルシュルと制服のネクタイを解いてボタンを外していくが……
ああ……しまったな。今日は可愛い下着じゃないや。ちょっと残念。折角買い物でフブさんに選んでもらったやつがあったのに。
「ま、まて! マチュ! まってく──」
「うるさい口だなぁ──んっ」
私はフブさんの口を塞いだ。もう止まらないよ。止まれないの。
本当は私もこんな筈じゃなかった。でももう無理なの。
このままじゃ、いつかフブさんが取られちゃう。
そうなる前に、私が貰うの。
「……ぷぁっ……ま、まて……アマテ……」
「かわいい……顔、真っ赤になっちゃって……んっ」
──キスの味はレモン味、なんて聞いたことがあるけれど、
フブさんとのキスは、それよりもずっと甘い。
それでいて優しくて、気づけば頭がぼうっとして、体が熱くなる。
フブさんの唇の感触。
口の中でふわりと広がる、ふたりだけの、どこか懐かしいような甘さ。
私とフブさんの唾液が混ざり合って、息をするのも忘れてしまいそうになる。
今まで食べたどんなスイーツだって、この甘さには敵わない。
私だけが知っている、この味。私だけの、フブさん──
もっと、もっと──欲しくなってしまう。
離れたくない。誰にも渡したくない。
唇を離した瞬間、フブさんの息がかすかに震えていた。
私の胸の奥も、どくどくと鳴っている。
「……フブキ、好き」
小さな声で、でも、確かな思いを込めて呟いた。
──
──どうして、こうなったのだろう。
俺はどこで間違えたのか。
隣では、生まれたままの姿のアマテが静かに息をして、穏やかな寝顔を浮かべている。
昨夜、彼女に迫られ、拒むこともできず、そのまま流されてしまった。
俺は最低だ。まだ子供だろうに……無責任にも程がある。
これから、どう接していけば良いのか。
ただの後悔や罪悪感だけじゃない、何とも言えない気持ちが胸の奥に渦巻いていた。
──薄々、勘づいてはいた。
アマテが俺に向ける眼差しに、何か特別なものがあると。だけど、思春期の女の子だ。
これからの人生、世界には広い可能性があって、俺よりも相応しい奴が、いつか現れると、そう思っていた。
アマテは、まだ子供だ。
だからこそ、広い世界を見て、もっと多くのものに触れてほしかった。
「特別」なんてものは、世界にはいくらでもあるのだと、いずれ彼女自身が気づくだろうと──
なのに、俺は……
昨夜、彼女を受け入れてしまった。
どんな顔をして、これから彼女と向き合えばいいのだろう。
(……俺は、何をやっているんだ……)
血に濡れた俺なんかが、彼女のそばにいていいわけがないのに──
「フブキの全てを…っ……私、肯定する…っ…フブキの全部っ、わたッしは愛す……っ! フブキが私にくれたように…っ」
昨夜俺の上で乱れ、涙まじりにそう叫んだアマテ。
俺は、その言葉に無意識にすがってしまった。弱さを曝け出して、ただ甘えてしまった。
──久しぶりだ。
俺が、こんなふうに誰かに肩入れしたり、誰かを求めてしまったりするのは。
どうでもよかったはずなのに。
他人のことも、自分自身のことも、何もかも。
でも、今は違うと思う。
──お前のせいだぞ、アマテ。
隣で静かに眠る彼女の髪を、そっと撫でながら、
俺は小さく、心の中でそう呟いた。
──
コモリは目の前の人物をシャリアと一緒に敬礼で迎えていた。キケロガの整備主任兼、管理担当者である──
「シムス・アル・バハロフ大尉。着任しました」
「ごくろう、大尉」
敬礼を交わした後も、シムスはどこか責めるような目でシャリアを見つめる。その鋭い視線の先で、静かな圧が交差していた。
「キケロガは……公式にサイコミュを搭載した誰もが知る"禁止条約兵器"なんですよ? 本来なら基地を離れたという噂だけでも大事になります。私が整備主任、管理していなければここまでスムーズにソドンに搬入することはできませんでしたよ?」
「面倒をかけて申し訳ない」
シャリアの落ち着いた一言に、コモリは半歩前に出る。
疑念と興味が入り混じった声で問いかけた。
「そこまでして危ない橋を渡る必要あります?」
シムスは沈黙し、視線でシャリアに意志を託す。
シャリアは頷き、静かに応える。
「……構いません」
「はぁ……三日後、このサイド6、イズマコロニーで会合が開かれます。まだ総帥府でさえ知らされていない非公式な会合よ。相手はワンナヴァルの元首席議長で、現在はサイド6の大統領のペルガミノで──」
「こちらからはキシリア閣下が出席される」
その一言で、コモリは目を見開く。
「キ、キシリア様!?」
シムスはシャリアの言葉を引き取る。
「キケロガを用意したのはその護衛もかねてでしょう? ここの治安部隊……確か軍警でしたっけ? 彼らはあてにならないし」
(……なんで今、こんな重要な会合が?)
コモリは内心で戸惑いを隠せない。しかし、その心を見透かしたようにシャリアが語りかける。
「金の話です。サイド6は中立コロニーで平和ではありますが、他に何もない」
(…………どちらかと言えばギレン総帥寄りと言われているサイド6。だけどジオニックやアナハイムにも並ぶ造船企業連合"ワンナヴァル"が、キシリア様に付くとなれば、戦局は大きく動く。
この人、赤いガンダムの調査だけじゃなかったんだ……? ん? じゃあなんでそんな重要な話がシャリア中佐にまで?)
思考が絡まるコモリの横で、二人はもうワインの話を始めている。
(……この二人、できてんの? なんでそんな重要な話のあとで、ワインなんかの話ができるのよ……)
呆れと警戒が入り混じるコモリだった。
その場の空気はどこか不思議と、温かいものだった。
──
ニャアンは手元の餃子の皮に餡を乗せて、少しずつ包みながらぽつりぽつりと独り言を続ける。
「初めてのキラキラで、すごく嬉しかったはずなのに……あんなの、本当のマヴじゃない……」
ふと腕を床に立て、膝立ちをしている赤いガンダムを見上げる。あのとき、フブキの声が必死に響いていたのを思い出す。
『ニャアン! 聞こえてるなら返事をしろ! 落ち着くんだ! ニャアン!!』
餃子の包み方がぎこちなくなって、思わず溜め息が漏れる。
「……わたし、お兄ちゃんに、すごく酷いことしたかもしれない……」
手伝いに来ていたコンチも、小さな電子音でピポピポと慰めるように鳴く。その姿を見て、ニャアンは少し微笑みを浮かべる。
「うん……そうなんだけどさ……。昔からテンパるとワケワカになっちゃうんだもん……」
ひとつ、またひとつと餃子を並べていく。その指先には、どこか迷いと後悔が滲んでいた。しかし、
──スンスン
ニャアンは、突然のシュウジの行動に目を丸くしたまま固まる。
「うわぁっ! ……スンスンしないでよっ、もぉ!」
思わず赤くなった頬を隠すように手を上げるが、シュウジは真剣な目でまっすぐ彼女を見ていた。
「ありのままでいい」
「……ぁえ?」
「面白いのは大好きだ。と、ガンダムが言っている」
ニャアンは言葉に詰まる。自分のことを肯定されたことに、どう反応すればいいのかわからない。
「ちがうっ……ホントのわたしは、あんなじゃないし……あんな風に暴れるなんて……」
そう言いながらも、シュウジのまっすぐな視線から目をそらすことができない。
「どっちのニャアンも好きだ」
「……っえ?」
またもやド直球の言葉に、ニャアンは困惑してうつむいてしまう。
でも、ほんの少し、心の奥で何かがふっと軽くなった気がした。
「……と、ガンダムが言っている」
シュウジは最後に、いつものように不思議そうな顔でそう付け加える。
ニャアンは、恥ずかしさと少しの嬉しさが入り混じった気持ちで、俯いたまま餃子を包み続けた。