機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
「まったく、禁止信号を出していたくせに……こうも簡単に入港を許すとはな」
「キシリア様の名前の強さですね……」
「というか、中佐はどこに行った!」
「分かりません……何か、調べたいことがあると……」
「まったく! シャリア中佐は指揮官の立場でありながら、フラフラしすぎだろ!……あぁ、胃薬が……」
ソドンの外壁ぎりぎり、軍警のザクが装甲を擦りそうなほどの距離まで接近していた。
視界の端で、そのモノアイがじりじりとこちらを睨む。
「近すぎません? 一応、あれでも武装してるんですよね?」
「威嚇してるつもりなんだ。放っておけ。……それより、何かわかったか?」
上層階のオペレーターが、手元の端末を操作しながら応える。
天井の大型スクリーンに、地球の地図が浮かび上がった。
「中佐が言っていた “アマラカマラ商会”──極東の島国で登記されている企業です。……ペーパーカンパニーではなさそうですが……」
ラシットの眉がわずかに動く。
「……臭うな。その近くには、連邦の特殊研究施設があったはずだ」
そのラシットの発言に、同じくオペレーターのセファがマイクを手で覆い、小声で囁いた。
「……確か、人体実験してるところですよね?」
「それをやらせてる連邦軍情報局の連中って、毒ガスまで使うようなヤバい輩だし……」
ラシットは重く息を吐き、椅子の背にもたれながら項垂れる。
「はぁ……まあ、赤いガンダムやジークアクスは目立つからな……。地球にまで噂が届いたって、不思議じゃない」
その疲れ切った横顔を見ながら、コモリやベノワが視線を交わし、さらに声を潜めた。
「コモリ少尉……中佐は、どこでこんな情報を仕入れたんです?」
「さぁ……。あの人、何でもかんでも内緒ですからね……」
──
ゼネラル・リソースの整備区画。
フブキは壁にもたれながら、タブレットの画面を無意識にスクロールさせていた。視線は画面を通り抜け、どこか遠くを見ている。
そんな姿を見かけたロイドが、片手に書類を持ったまま歩み寄る。
「どうしましたか? フブキさん」
「……ん? ああ……ちょっとな」
「……ああ、アマテさん絡みですか」
「…………なんで分かる」
「フブキさんとは思った以上に長い付き合いですから。分かりますよ。それに──あなたは少し、分かりやすすぎる」
「はぁ……」
ロイドは小さく笑みをこぼし、書類を脇に抱え直した。
「ふむ。そんな気分が沈んでいる貴方に、いい話をひとつ」
フブキが怪訝そうに視線を上げると、ロイドはわざと間を置いて告げる。
「──タナトスの改修が、終わりました」
「──!そうか。思ったより時間がかかったな」
「はい。一つしかない物を正確に複製するというのに時間がかかりました。しかもオーパーツであるが故に、どれが正解なのかも分かりませんし。──実際に見ていただいたほうが早いでしょう」
ロイドはそう言って、フブキを格納庫へと促した。格納庫へと歩きながら、ロイドが何気なく尋ねる。
「そういえば、なぜアマテさんのことで渋い顔をしていらしたんですか?」
「……年頃の女の子の感性というのは、一時的な物だと、俺は思っている。だからこそ、アマテにはこの先多くの可能性があると思う」
「そこに自分がいることは間違いであると?」
「……ああ」
ロイドは少し目を細める。
「ふっ。まるで父親ですね」
「父親? 俺がか」
「自分の娘の未来を思う。私にはそんな風に見えてしまいますね」
「はっ。俺が父親などと。奪うことしかしてこなかった俺が、命を育めるわけがない」
その言葉に、ロイドは何も返さず、ただ前を向いて歩く。
二人はやがて、タナトスが眠る格納庫の前にたどり着いた。
「……これは……」
格納庫の奥、照明に照らされて鎮座する黒き巨影。
タナトスは外見上、改修前とほとんど変わらない。
しかし、その横には黒曜石のような艶を持つ板状の物体が、幾つも整然と並べられていた。
「タナトス自身には、ほとんど手をつけていないのか?」
フブキが視線を向けた先で、ロイドが小さく首を振る。
「バックパックや一部のシステム面は改修しました。しかし──目玉は何と言っても、タナトス専用のサイコミュ制御ビットです」
「……ビット? あの板状の物か?」
「はい。タナトスと同じく、一基のみ回収され、それをもとに可能な限り複製しました」
ロイドは並べられた板を見やりながら、淡々と説明を続ける。
「恐らくですが、あのビットは単なる攻撃兵器ではありません。タナトス本体とリンクし、機体の姿勢制御を担っていた可能性があります」
フブキは眉をひそめた。
兵器でありながら制御装置──そんな構造は、現行の技術体系ではほとんど見られない。
ましてや、それが“オーパーツ”であるタナトスの部品であれば尚更なのだ。
──
「はあ……ここ、だよな?」
ゲーツは、カラスが飛び交う荒廃した街並みの中に立っていた。
風化したコンクリート、崩れ落ちた壁面、そして大きく抉れた弾痕が残る廃ビル。
その四階、ひび割れた外壁に取り付けられた看板には、かすれた文字で「アマラカマラ商会」と書かれていた。
軍上層部の一部が作り上げた、外向けの名目だけの商社。だがその実態は、独立した小規模特殊部隊。表向きの業務は存在せず、動くのは全て軍の意向による。
ゲーツは重い扉を押し開け、中へ足を踏み入れる。
埃の匂いが鼻を突く室内。その窓際には、背を向け外を眺めている巨漢の男が一人。
「ただいま着任しました! ゲーツ・キャパ中尉です!」
ゲーツは直立し、姿勢を正して敬礼する。
男はズボンのポケットに片手を突っ込んだまま外を眺めて動かない。
「ああ……長旅ご苦労だった、中尉。任務内容は聞いているな?」
「はっ。しかしながら、ジオンの船がいるのは想定外であります。──バスク・オム少佐」
ゲーツのその言葉に、バスクは振り返り、ゴーグル越しの視線がゲーツを刺す。
「わかっている。あれはシャリア・ブルの特殊部隊だ。赤い彗星の行方を追っていると聞いていたが……まったく間が悪い」
「ジオン最強のニュータイプという噂です」
「その“ニュータイプ”とやらを倒すために、貴様ら強化人間を育てたのだ。ここは役に立ってもらうぞ。──それに、キシリアが月を離れるのは5年ぶりだ。これほどの好機は二度とない」
「確かな情報でありますか? ジオンの罠という可能性は?」
バスクは低く笑う。ゲーツはそんなバスクに少し嫌な感じがしながらも集中した。
「安心しろ。ジオン内部に潜入している情報局員からの報告だ。──ジオンの中にも、ザビ家を快く思わぬ連中がいる。
それより懸念すべきは、“鬼神”がいるかもしれないということだ」
バスクは苦虫を潰したような顔をしながら、ギリギリと拳から音を鳴らしている。
「き、“鬼神”でありますか? しかし、それは我々連邦が流した噂であったと、報告書には……」
「ああ、“公式”の記録ではコンペイトウ作戦後に除隊扱いだ。だが、サイド6で目撃されたという情報がある。黒いザクと、01ガンダムを思わせるガンダムもどき……奴は最後までコンペイトウ作戦への参加を拒み続けていたからな。連邦への恨みを持っていても不思議はない」
バスクの声がさらに低くなる。
「“もしも”のことがあってはならん。……貴様があの子供を上手く使えれば、鬼神が現れても対処できるだろう。──歴史に名を残せよ、ゲーツ・キャパ中尉」
「はっ!」
ゲーツはバスクに敬礼を返し、そのまま部屋を後にした。
外の冷たい風が頬をかすめる。そして──
──
イズマに建つ、あるホテル。
その一室で、ゲーツは双眼鏡を構え、宙に浮かぶ艦影を捉えていた。
「あれが……ソドン。……ペガサスか」
ジオン風情が、連邦の船を我が物顔で使いこなしている光景に、舌打ちが漏れる。
「チッ……」
ゲーツは双眼鏡をベッドに投げ置き、隣室へと足を運んだ。
「ドゥー、入るぞ?」
扉を開けると、そこには──
裸同然の少女が、トランクの中身を部屋中にぶちまけ、ノーマルスーツに似た黒いスーツへと腕を通している姿。
「……ドゥー、今からサイコスーツを着てどうする? 作戦は明日のクランバトルだろう」
床に散らばった衣類や器具を拾い上げながら、ゲーツは呆れた声を上げる。
「それに、こんなに散らかして……まったく」
少女はガラス窓に映る自分をじっと見つめ、くるりと回った。
「ああ〜……早く“本当の体”に戻りたい」
「本当の体? じゃあ今、窓に映ってるその体は何なんだ? ……はぁ。ドゥー、片付け手伝え」
「……心臓」
「おい、無視するな。……というか“心臓”ってなんだ? 誰の心臓だ」
「──サイコ・ガンダム」
ゲーツは眉をひそめた。
「……冗談のつもりか? はぁ……まったく、ムラサメ研は普通じゃないな……」
ドゥーは振り返り、少しだけ笑みを浮かべる。
「早くお兄ちゃんとキラキラしたい……」
──
「……」
フブキは自室で寝転がりながら、思考の海に沈んでいた。
先ほど見た、タナトスの姿──あの異様な存在感が、どうしても頭から離れない。
「……なんなんだ……? なぜ、こうも……」
額を押さえる。
胸の奥から、じわじわと重みが広がっていく。
まるで見えない水が全身を覆い、意識を押し沈めていくようだ。
──そして。
息を吸った瞬間、周囲の感覚が一変する。
音も重力も消え失せ、ただ無数の光だけが、漆黒の闇に散りばめられていた。
眼前も、背後も、上下も──限りなく広がる空間。
「……? ここは……宇宙……なのか……?」
だが、そこにある星々はあまりにも近すぎた。
触れられそうなほど鮮明で、まるで生き物のように脈動している。
──ドクン。
耳元で、自分の心臓とは異なる鼓動が響く。
振り返ると、暗闇の中に“それ”があった。
艶やかな黒い装甲。背に広がる板状の影。
タナトスが、まるで生き物のようにこちらを見下ろしていた。
タナトスのコックピットは開いたまま、闇を覗かせていた。
内部は深淵のように暗く、その先に何があるのかは分からない。
それでも──フブキの胸には、なぜか温かな気配が満ちていた。
「……タナトス……」
呼びかけに応えるように、ツインアイが緩やかに緑色の光を帯びる。
まるで、深い眠りからこちらを見据えているような、静かな眼差し。
「……なんだ……なにが言いたいんだ……?」
次の瞬間、声とも思念ともつかない響きが、頭の奥で鳴り渡った。
──作られた命であっても、傷を残す。
“分からない”からと、"悲しいこと"が多すぎるからと、感じる心を止めてしまうことは……してはいけない。
「……なにを……」
思わず口を開いたが、言葉は途中で途切れた。
タナトスの背後に並んでいたビットが、音もなく消える。
直後、視界を満たすような光がフブキを呑み込み、全身を揺さぶった。
──光が収まったとき、そこにあったのは格納庫のような場所で、装甲を剥がされ、内部フレームがむき出しになったタナトスの姿だった。
配線とパイプがむき出しで、まるで生き物の骨格を見せられているかのような生々しさ。
「……これは……」
声を発したつもりだったが、それは空気を震わせず、頭の奥で虚しく反響するだけだった。
『オクトバーさん! 私をラー・カイラムのクルーって信用してくれなかったんですよ!?』
『チェーンがチャーミングすぎるからさ』
『まあ!』
不意に響く、聞き覚えのない会話。
視界が揺れ、体を動かそうにも動かせない中、整備用つなぎを着た女性がフブキに近づいてくる。
彼女は軽い足取りで寄ってきて、自由の聞かないフブキと共にタナトスの中へ入り込む。
──これは……自分の視界ではない。こんな場所は知らない……
『シートの後ろにサイコミュの受信パックがあります』
『この状態でモニターは付くか?』
質問の声は、どこか自分の声に似ている気がした。
現実と幻が入り混じる中、フブキは無意識に問いかける。
……なんなんだ? これは誰の記憶だ? タナトスのなのか……?
『敵の脳波をサイコミュで強化して受信できれば、対応は早くできるからね』
会話の主は、まるで現場のやり取りをそのまま切り取ったように軽やかだった。
もう一人の声がそれに続く。
『その大尉のアイデアがヒントになって、うちの材質開発部が、フレームの内部に同じ性能を持つものを内蔵したんですよ。それで、このフレームにそれを使っています』
フブキは息を呑んだ。
──フレームの内部にサイコミュと同等の機能を持たせる? そんなもの、少なくとも自分の知る技術体系では存在しない。
サイコミュを狭間で実用化したジオンでさえ、作れなかったはずの技術。それをこの機体は当然のように持っている……。
なんなんだ……これは……
思考が渦を巻く。
頭の奥で、ささやき声のように別の自分が呟いた。
『──サイコミュのフレーム……さしずめ、"サイコフレーム"と言ったところか……』