機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
「ではせっかくですから──ソロモン戦を生き残った者同士、親交を深めましょう」
シャリアはそう言って立ち上がると、部屋の隅にある備え付けのワインセラーを開いた。
静かな機械音とともに扉が開き、赤みを帯びた瓶を一本取り出す。
埃一つないボトルをテーブルに置き、二つのグラスに深紅の液体を注ぐと、フブキの前へ差し出した。
「どうぞ」
フブキは軽く眉を上げ、グラスを手に取る。
「……ワイン、ね」
「おや、お嫌いでしたか?」
「飲めないことはない。だが──これまで触れる機会がなかった。多少の無作法は許してもらおう」
「構いませんよ」
フブキはグラスをわずかに傾け、香りを確かめてから一口だけ含んだ。
豊潤な果実香が舌に広がり、ほんのりとした渋みが余韻を残す。
「……ボルドーの……左岸か」
シャリアの瞳が驚きに見開かれる。
「! 分かりますか?」
「まったくの素人ってわけじゃない。……よく戦火を逃れて残っていたものだな」
シャリアは薄く笑みを浮かべ、グラスを軽く回す。
「これは、大佐に初めて入れていただいたワインなんです」
「大佐……シャアか」
フブキは低く呟き、ふと過去を思い出すように視線を落とした。
そして、ぽつりと口を開く。
「シュウジは言っていた。“赤いガンダムを、シャアから譲り受けた”ってな」
「!」
シャリアの手が一瞬止まる。
その表情に、わずかな緊張が走った。
「それは……本当ですか?」
「ああ」
フブキはグラスをテーブルに置き、静かに頷いた。
「だが、シャアがどこにいるのかは知らない。やつは機体を捨てて、どこかへ消えたんだろう」
「……」
「俺も疑問なんだ」
フブキは顎に手を当て、シャリアを見据える。
「なぜ奴はガンダムを捨てた?それだけじゃない、奴はシャア・アズナブルとしての軍籍すらも消した。それはなぜだ?そこまでする理由は? ──目立つと色々と面倒だった……目立ちたくない理由があった。そう考えるのが自然だろう。」
シャリアはしばし沈黙したまま、深紅の液体を一口だけ含む。
ワインの香りが揺らめく中、彼は低く言葉を紡いだ。
「……大佐は、常に何手も先を見ています。彼の行動に“偶然”はない」
フブキはその言葉を聞きながら、視線をテーブルの端に落とす。
微かに握った拳が、無意識に震えているのに気づいた。
「……つまり、シャアは意図的にあのガンダムを手放したと?」
「おそらく」
シャリアは頷き、グラスを置いた。
「そして、それを譲った相手──シュウジ・イトウもまた、大佐に認められた人物だったのでしょう。……君も気づいているでしょう?」
「……ああ。シュウジはシャアのスケープゴートにされたのか…?──話が逸れたな……で? それだけじゃないだろう?」
「……貴方をこの席に呼んだのは、一つのお願いのためです」
シャリアはグラスを置き、柔らかな微笑みを消すと、真剣な表情に変わった。
部屋の暖色の灯りが揺れ、彼の瞳に複雑な影を落とす。
フブキはグラスを軽く回しながら、低く問い返した。
「……お願い、ね。で、俺に何をさせたい?」
シャリアは短く息を吐き、言葉を選ぶように口を開いた。
「私は──ギレン総帥とキシリア閣下、お二人を排除したいのです」
一瞬、空気が重くなった。
フブキは眉を寄せ、ゆっくりとグラスをテーブルに置く。
「……つまり俺に、アンタらの身内争いに介入しろと?」
シャリアは微動だにせず、まっすぐフブキを見つめている。
「お二人が消えた後は、ジオンの正式な後継者──アルテイシア様がジオンの指揮を取る計画です」
フブキは驚きに目を細めた。
「アルテイシア?…セイラさんか……!」
わずかな沈黙ののち、低い声で続ける。
「……あの人は了承したのか? それとも、無理矢理担ぎ上げてるのか?」
シャリアは首を振り、目を伏せた。
「アルテイシア様は……一つの条件を私に言ってきました」
そこでシャリアは口をつぐみ、わずかに視線を落とす。
フブキは腕を組み、続きを促すように静かに言った。
「……条件?」
──
「……分かりました。その話を受けましょう」
美しい金色の長い髪を揺らしながら、アルテイシアは静かに頷いた。
だが、すぐに柔らかな声で言葉を重ねる。
「ですが、一つ条件があります」
「……何なりと」
アルテイシアは視線を落とし、両手を組んだ。
その声は震えていたが、言葉には揺るぎがなかった。
「私の兄、キャスバル・レム・ダイクン……いえ、シャア・アズナブルを抹殺しなさい」
シャリアは息を呑み、言葉を失った。
「た、大佐が……貴女様の兄君……!? し、しかし! ならば何故……!」
アルテイシアはゆっくりと顔を上げる。
その瞳は、悲しみと怒りとを混ぜた複雑な色をしていた。
「兄は──コンペイトウで、グラナダの人たちを見殺しにしようとしたのですよ。私も戦いましたが、敵わなかった」
声は震えていたが、吐き出される言葉は鋭く冷たい。
「兄は……鬼です。そんな人間が国の上に立てば、一年戦争の再現。いえ……それ以上に、多くの人々が犠牲になるかもしれません」
「アルテイシア様……」
「いいですか、シャリア・ブル」
アルテイシアはまっすぐに彼を見据えた。
「これが──私が“父の名を冠する国”の上に立つ唯一の条件です。──それでも……貴方は私を支持できますか?」
シャリアは、答えられなかった。
喉に詰まる重みが、言葉を押し潰していた。
⸻
「……それが、アルテイシア様から課された条件です」
フブキはしばらく言葉を失い、ゆっくりと息を吐いた。
そして、冷ややかな視線をシャリアに向ける。
「……なるほどな。セイラさんらしいな……」
「……ええ」
フブキはグラスを手に取り、深紅の液体を口に含む。
わずかに渋みを感じながら、吐き捨てるように言った。
「アンタら、相変わらず面倒なことばっかりだな」
シャリアは薄く微笑むが、その瞳は一切笑っていなかった。
「……いいだろう。手を貸してやる」
フブキは一息置き、静かに言った。
その言葉は、重く、そして覚悟を帯びていた。
シャリアの目がわずかに見開かれる。
「だが、俺からも一つ、条件だ」
「……なんでしょう?」
シャリアの表情が引き締まる。
フブキは目を伏せ、一度だけ息を吐いてから口を開いた。
「──すべてが終わったら、アマテのことを頼みたい」
その名が出た瞬間、シャリアの目にわずかな戸惑いが走る。
だが彼はすぐに冷静を取り戻し、慎重に言葉を選ぶ。
「……それは、君がすべきことなのでは?」
フブキは首を横に振った。
その瞳には、どこか遠くを見るような諦念が浮かんでいる。
「アンタが言ったろ。俺は……お尋ね者だ。一緒にはいられない」
一拍置いて、皮肉気に笑う。
「幸いなことに、世間じゃ“俺がアマテを無理やり戦闘に巻き込んだ”ってことになってる。だから、それを利用する」
シャリアはしばし沈黙したまま、グラスの底に残るワインを見つめた。
やがて、ゆっくりと頷く。
「……分かりました。いいでしょう。私が責任を持って、彼女を保護します」
フブキは目を細め、軽く頷いた。
言葉にはしなかったが、その胸中にあった一つの懸念が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
「……さて、話の続きをしようか」
フブキは体を起こし、ソファの背から離れる。
「この艦──今どこへ向かってる?」
シャリアは即座に答えた。
「今は、ジークアクスを追って地球へ向かっています。あと数時間もあれば、大気圏へ突入する予定です」
フブキは窓の外に視線を向けた。
そこには黒々とした宇宙が広がり、遠くに青白く輝く地球が浮かんでいる。
「……地球か……久しぶりだな」
その言葉に、シャリアは何も言わなかった。
ただ、同じように窓の外を見つめていた。
やがて、艦内スピーカーから淡々としたアナウンスが響く。
《重力圏への接近を確認。全艦、大気圏突入準備! ノーマルスーツ着用! 第一段階へ移行──》
──
車のタイヤが、舗装路を静かに滑る。
ガラスの向こうには、宇宙と暗さと街の光が遠ざかっていく。
「モビルスーツの操縦を、どこで?」
エグザベは前方を見据えたまま、穏やかに問いかけた。
助手席に座るニャアンは、小さく息を吐きながらコンチを抱き直す。
その声は静かで、感情を押し殺していた。
「……サイド2から逃げる時、たまたま目の前にあった」
言葉は淡々としていたが、その奥にあるものは決して軽くはなかった。
「……すまん、つらい話を聞いたな……。それで……奨学金をあてに?」
ニャアンは首を横に振った。
「まさか。勉強なんて、興味ないし」
わずかに口元が緩んだその表情には、どこか居心地の悪さがにじんでいる。
だがエグザベは、それを否定せず、ただ頷いた。
「……永住権カードには学士号が必要だからな、分かるよ。……根無草はつらい」
ニャアンの視線が静かに動く。
後部座席を振り返ると、そこには折りたたまれたジオンの制帽と、数枚の古びた書類が丁寧に重ねられていた。
「……墓参りだよ」
エグザベは短く言った。
「スクールの同期だった。これからって時に──」
ニャアンの瞳が細くなった。
「……女の人?」
「男だけど……なんで?」
助手席でコンチが小さく身じろぎをした。
ニャアンは目を伏せて答える。
「……貴方、エリートみたいだから。引く手も多いんじゃないかって」
エグザベは笑った。だがその笑みにはどこか、影が落ちていた。
「まさか。……そんな暇はないさ」
しばしの沈黙。
車内にはタイヤが地面を撫でる音と、わずかな冷たい風の音だけが残る。
「これからどこに行くんですか?」
ニャアンの問いに、エグザベは軽くハンドルを切りながら答えた。
「グラナダ海軍工廠だよ。そこに──君が乗る予定のモビルスーツがあるから」
「……」
ニャアンは黙って頷くと、窓の外に目を向けた。
広がる月面都市。
無機質な建造物の列、曲面で覆われたドーム群。舗装された道路を滑る車の振動が、足元から微かに伝わってくる。
──月。
ニャアンの視線は、何かを追いかけるように宙を漂った。
百年以上も前──人類が初めてこの灰色の大地に足を踏み入れた日。
その出来事は、かつて人類の誇りであり、夢の象徴だった。
でも今は違う。
この地には学校もあれば、病院もある。
地下には水源があり、ここで生まれた子どもたちは、無重力のプレイゾーンで遊ぶ。
かつての人類が夢見た「月で暮らす」ということは、もはや“夢”ではなくなっていた。
それでも──
(地球に住んでる人たちから見れば、ここはただの“月”なんだろうな……)
空に浮かぶ白い球体。
テレビに映るニュースの背景。
観光ガイドの「一度は行きたい宇宙旅行プラン」。
そんな程度の、遠い存在。
(私たちは……ただの月の人間。名前も顔も知らない地球の誰かにとって、きっとどうでもいい存在)
コンチがニャアンの腕の中で小さく身を丸めた。
その柔らかな重みが、彼女をぎりぎりで現実につなぎ止めている。
──私はどこに行くんだろう。
この先にある工廠も、モビルスーツも、すべては“用意されたもの”だ。
そこに「自分の意思」があるのかは、わからない。
けれど隣でハンドルを握るエグザベは、一度も彼女に命令しなかった。
ニャアンはそっと彼の横顔を見た。
表情には出さないが、確かにそこには「背負ってきた重み」がある。
ニャアンはエグザベに対して、どこか自分と似た匂いを感じていた。
──
「少し高いから気をつけて」
カツン、カツンと静かな格納庫の金属の床をヒールの音が響く。
ニャアンは不安定な足元に注意を払いながら、視線を前へと向けた。
「……これって?」
そこに鎮座していたのは、紫を基調としたモビルスーツ。
鈍く光を反射する装甲はどこか有機的で、生物のような曲面を描いている。
だが、圧倒的な存在感。
「モビルスーツ、「ジフレド」ジークアクスの2号機だ。ジークアクスと同じく、特殊なサイコミュ技術が使われていて──普通の人間には、まともに扱えないそうなんだ」
ニャアンはじっとジフレドを見つめた。
その胸の奥がざわつく。
初めて見たはずの機体なのに、どこか懐かしいような──
(……なんだろう、この感じ……私……このモビルスーツを見たことがあるような……)
「同伴出勤かい? 少尉殿」
ニャアンとエグザベが反射的に振り向く。
そこにはポケットに手を突っ込み、気さくな笑みを浮かべた人物が立っていた。
軽く手を振っている。
「ミゲル! 久しぶりだな!」
エグザベが笑顔を返す。
「ニャアン、同期のミゲルだ。こちらはニャアン。元はサイド2にいた」
「へぇ……」
ミゲルはニャアンを上から下へ、品定めするように視線を滑らせた。
その目に悪意はないが、どこか乾いた印象を残す。
「ふーん……この子が“3人目”というわけか」
「……3人目?」
ニャアンが疑問を含んだ声を漏らすと、エグザベは少しだけ焦ったように口を濁す。
「あっ、いや……」
「ジフレドのパイロット候補だよ。君が3人目。スクール出身じゃなくて、民間からの抜擢なのは意外だったけどね」
「スクールか……」
エグザベが遠い目をする。
「4人でやった送別会が懐かしいよ」
「……4人?」
ニャアンの眉がわずかに動く。
「僕がジークアクスのパイロットに選ばれた時、ミゲルがケーキを焼いて、みんなで祝ってくれたんだ」
エグザベは懐かしむように微笑む。
「もう……同期は2人だけになってしまったけど」