機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷   作:スペースデブリ

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向こう側の夢

 

 

 

 

 

 

「……改めて聞かせてください。あの黒いガンダムについて」

 

 シャリアの問いに、フブキは眉をひそめる。

 

「言っただろう? あれは企業から強奪した機体だ。仕様なんて知らないし、わからないのも当然だ」

 

「フブキさん」

 シャリアは微笑みを浮かべ、身を乗り出すように言った。

「貴方はあの機体で“クランバトル”に参戦していましたよね? ──たしか、"グールズ"というクランでしたか」

 

「……!」

 

 フブキの瞳が一瞬だけ鋭く揺れる。

 その反応に、シャリアは愉快そうに目を細めた。

 

「よく覚えていますよ。一時期は熱烈なファンが生まれるほどでしたから。……勿論、私もその1人です」

 

「……曲がりなりにも、ジオンの中佐が違法賭博……。いいのか、それで」

 

 フブキの皮肉に、シャリアは肩をすくめ、楽しげに笑う。

 

「ふふ。私以外にもやっている人間なんて、ごまんといますよ」

 その笑みには、軍人としての堅さではなく、ひとりの“観客”としての人間味が漂っていた。

 

 フブキは黙り込み、グラスの中身を揺らす。

 赤黒い液体が照明にきらめき、フブキに複雑な感情を抱かせる。

 

「……黒いガンダムは、今や伝説になっています。未来を見ているかのような動き、“黒き死神”──そう呼ぶ者もいた。……黒いガンダム……あれはやはり、“向こう側”のものなのですか?」

 

「……向こう側?」

 

 フブキの眉がわずかに動く。

 その響きは、過去にも耳にしたことがあった。

 

「……シュウジも同じことを言っていたな。一体それはなんなんだ? 向こう側ってのは」

 

 シャリアはまっすぐにフブキを見据え、静かに答えた。

 

「向こう側──それは、こことは違う場所。我々の住んでいる宇宙とは“別の宇宙”」

 

「……別の宇宙……」

 

 あまりにも荒唐無稽だが、シャリアの口ぶりには冗談めいた色はない。真面目に話している。だがスケールが大きい。

 

「あの黒いガンダムも、恐らくはそうなのではないでしょうか?」

 

 短い沈黙。

 フブキは息を吐き、視線を逸らす。

 

「……だが、あの機体は──元は連邦が所有していた。戦争が終わった後に、アナハイムに渡った……としか知らない」

 

「……アナハイムが」

 

「……ああ」

 フブキはグラスを傾け、赤い液体を一口だけ飲む。

「奴らが手に入れ、隠し……そして俺の手に回ってきた。今俺が言えるのはそれくらいだ」

 

 シャリアは黙って聞いていた。

 だが、その瞳にはなお、確信めいた光が宿っていた。

 

「──では、シャロンの薔薇については?」

 

「シャロンの薔薇……」

 

 フブキが繰り返すと、シャリアは静かに口を開いた。

 

「……かつて、シスルナ空域で発見された異常なオブジェクト。一年戦争の途中にソロモンの光と共に消失し、現在でも行方不明なんです」

 

 フブキは腕を組み、じっと聞いていた。

 

「そして……」

 シャリアの声は低くなる。

「そのシャロンの薔薇こそが、“向こう側”からやってきたものだと、私は考えています」

 

 シャリアはフブキにシャロンの薔薇について詳しく話した。建造されているはずのないモビルアーマー。機体自身が時間凍結しており干渉できない。故に解析も進まなかったことを。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……」

 フブキの口元がわずかに歪む。

「建造中止になったはずで、本来二つと存在しないアルファ・サイコミュを搭載していたモビルアーマー……“向こう側”からやってきた異常なオブジェクト……」

 

「はい」

 シャリアは頷き、グラスの赤を一口含んだ。

 

「私は……あの黒いガンダムも同じだと感じているのです」

 その目は揺らぎなくフブキを捉えている。

「あの機体に使われている技術は、我々の宇宙では到底あり得ないもの。いわば“オーパーツ”」

 

 フブキは黙したまま視線を落とした。

 彼自身、操縦していた時の“異質さ”を否定できない。

 

「なにより、黒いガンダムが向こう側の物だと、そう確信したのは──」

 シャリアは声を潜めた。

 

「……ガンダム・クァックスなのです」

 

「……? どういう意味だ?」

 

「ガンダム・クァックス。もとい──ジークアクス」

 シャリアの口調は重かった。

「あの機体には、特殊なサイコミュが搭載されています」

 

「たしか……オメガだったか」

 

「はい。オメガ・サイコミュ」

 シャリアは静かに頷く。

「ですが、これは表向きの名称に過ぎません」

 

 フブキの瞳が細められる。

 

「……本来の名前は、別にあるのです」

 

 シャリアは深く息を吸い込み、まるで禁忌を告げるかのように、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「──エンディミオン・ユニット」

 シャリアの声が重く響く。

「向こう側からやってきた"オーパーツ"を使って作られたサイコミュ」

 

 フブキの表情が強張る。

 

「それと……黒いガンダム……タナトスと、何の関係がある?」

 

「……似ているのです」

 

 シャリアはグラスを指先で転がしながら、ゆっくりと告げた。

 

「エンディミオン・ユニットに使われている素材と、黒いガンダムに使われている解析不能な複合素材。二つの組成パターンが、異様に近しい」

 

「……解析不能……ね」

 

 フブキは低く呟き、眉間に皺を寄せる。

 あの機体を駆った時に感じた違和感が、言葉の形を取り始めていた。

 

「ええ。現存するいかなる冶金技術、ナノ加工技術でも説明できない構造。我々の持つ技術全てを使っても再現することはできない代物」

 

 シャリアは視線をフブキへと戻す。

 その眼差しは、半ば告解を迫るように鋭かった。

 

「フブキさん──あなたも、操縦していて気づいたでしょう? 

 “あの黒いガンダムには、こちらの宇宙の理屈では説明できない何かがある”と」

 

 フブキは言葉を失った。

 記憶の奥底から、あの戦いの感覚が甦る。

 ──操縦桿を握って反射的に従うように動いた黒い機体。

 

「……つまり、お前はこう言いたいわけだ。あのタナトスも向こう側のオブジェクトであると──」

 

 シャリアは頷いた。

 

「可能性は高いです。エンディミオン・ユニットのオーパーツと同じくね」

 

 室内に沈黙が落ちる。

 だが、その沈黙は決して安らぎではなく、

 むしろ“異物がこの宇宙に存在するという重さ”を刻み込むものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

「……カバスの館……なんなんだろ、ここ」

 

 ベッドは大きすぎて落ち着かず、小間使いの少女たちは年端もいかない子ばかり。

 アマテは胸の奥にざらついた違和感を抱えていた。

 

(スペースノイドは棄民で……地球に残っている人たちは裕福な生活を送ってるって聞いてたのに……)

 

 

 ──町には物乞いしてる子もいる──

 

(やっぱり、そう単純じゃないんだ……ん?)

 

 ベランダから見えた、褐色の肌をした美しい女性。

 彼女が話に出ていた“お姉様”なのだろうか──そう思うと、お礼を言わねばという気持ちがこみ上げてくる。

 

 意を決して部屋を出る。

 通路は薄暗く、香が焚かれているのか、どこか甘く酔わせるような匂いが漂っていた。

 

(……なんか……気持ち悪い)

 

 そっと足音を殺して進む。

 だが近づいた扉の向こうから声が洩れてきた。

 

「──今日の恋人さん、ちょっと激しかったわね」

「変ね。普段はあんなじゃないんだけど」

 

 アマテの足が止まる。

 背筋を冷たいものが走った。

 

「……っ」

 

 気づかれないよう通り過ぎようとしたその時──

 ガチャリ、と扉が開き、艶やかな衣を纏った女が姿を現した。

 その姿は露わで、アマテは思わず目を逸らした。

 

「あら……誰?」

 女はアマテを見て、意味ありげに微笑む。

 

「ああ……お姉様の客人ね。……こんなところでウロウロしてると──男に指名されちゃうわよ?」

 

 その言葉にアマテの心臓が跳ねた。

 

「……っ! し、失礼します……」

 

 足早にその場を離れる。

 背後から聞こえる艶笑が耳に残る。

 

(冗談じゃない! 私を好きにしていいのは……一人だけ)

 

 胸に浮かぶのは、フブキの姿だった。

 それを振り払うように、アマテは小走りで通路を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 扉を開けると、外には銃を構えた二人の男が立っていた。

 アマテはその視線を避けるように、彼らの背後をすり抜け、外へ歩き出す。

 

「……ん? なあ、おい。あの嬢ちゃんって……」

「……ああ、ララァの客って話だ」

「ララァの? あの人、アッチもいけるのか?」

「さあな……でも、小間使いからも信頼されてるみたいだし、案外喰ってるのかもな」

「……まじかよ。イメージ下がるなぁ」

 

 背後に残るひそひそ声を無視し、アマテは夕暮れの庭を歩いていく。

 虫の声。木々を揺らす風の音。

(……地球って、こんなにいろんな音がするんだ……)

 

 ふと足を止める。

 視線の先──小高い丘の上、一本の木に吊されたブランコに、女性が座っていた。

 

 その姿は、ベランダから見た人影。

 どこか神秘的な気配を纏う、褐色の肌の女性。

 

 彼女は空を見上げ、静かに言った。

 

「──ヒマラヤ山脈を越えて飛ぶ渡り鳥がいるわ」

 

「鳥……?」

 

 顔を上げる。

 夕陽に向かって、整然と列を組んで飛ぶ鳥たち。

 大空を切り裂くその影は、コロニー生まれのアマテには少し幻想的に映る。

 

「鳥が山脈を越えるなんて、昔は誰も想像していなかった。人が宇宙で暮らすことを、誰も想像していなかったように」

 

 女性は小さく笑った。

 アマテは思わず歩み寄り、深く頭を下げる。

 

「あ、あの……ありがとうございます。助けていただいて」

 

 ──その瞬間、既視感に襲われた。

 

(あれ……? 私、この人を知ってる……?)

 ジークアクスに乗って、シュウジとクランバトルに参加した時。

 キラキラと煌めく光の中に見えた幻影。そして、誰のものかわからない夢の中で見た横顔──

 

 女性はアマテに視線を向け、低く囁いた。

 

「貴女は何故ここに来たの? ここに"薔薇"はないわ」

 

「え……? あっ! いえ……私が探しているのは……その、薔薇を探している“男の子”で……地球で会うはずだったんですけど……」

 

 女性はふっと微笑み、ブランコを揺らした。

 

「男の子……うふふ。羨ましいわ」

 

「……あの、館の女の子達が言ってました……貴女は“夢で未来が見える”って……」

 

 女性の表情に、翳りが差す。

 

「わからないわ。私が見るのは──“向こう側”の夢」

 

 夕暮れの風が強く吹き抜け、ブランコがきしんだ。

 アマテは背筋に冷たいものを感じながら、その言葉を反芻した。

 

(……“向こう側”……?)

 

 

「──“向こう側”の私は、恋をしているわ」

 女性の声は柔らかく、しかしどこか震えていた。

 

「……商売じゃない、本物の恋よ。とても若いジオンの将校さんがこの館を訪ねてきて……私を見初めるの」

 

 彼女の言葉と同時に、アマテの目の前に世界が弾ける。

 一瞬で──“キラキラ”とした空間に包まれていた。

 

「その人は……私を身請けして、ここから連れ出してくれるの。

 そこから、私の本当の人生が始まるのよ。

 宇宙へ連れて行ってもらった私は、彼のために戦い、彼のためなら死んでも構わないとさえ思うのよ」

 

「……宇宙へ行きたいんですか?」

 

 アマテの問いに、ゆっくりと頷いた。

 

「宇宙へ行けば……私はきっと自由になれる。……何でもできるようになるわ」

 

 けれど、その横顔には悲しみがにじんでいた。

「自由」という言葉を口にしているのに、どうしてこれほど切なげなのだろう。

 

「……でも彼は……連邦軍の“白いモビルスーツ”と戦って命を落とすの。そして……ジオンは戦争に負ける」

 

「白い……モビルスーツ……」

 

 アマテの胸がざわめいた。

 どこかで、その姿を夢に見たことがある。

 

 ──白いモビルスーツと、赤いモビルスーツ。

 二機が武器も持たず、ただ拳と拳でぶつかり合っていた幻影を。

 

「……その白いモビルスーツ……悪い奴なんですか?」

 

 問いかけに、女性はくすりと笑う。

 

「うふふ……違うわ。白いモビルスーツの“彼”も純粋なの。

 私は……どちらの彼も好きになる。その“彼”と“向こう側”の私は……共に愛し合い、愛しい子を授かったことさえあるの」

 

 言葉の重みが、現実感と幻想の境界を曖昧にする。

 

「……白いモビルスーツの彼も、赤い士官服の彼も──二人とも、私には大切な人」

 

 女性の目が遠くを見つめる。

 その奥には、無数の“巡り会い”が宿っていた。

 

「でも……それで終わらないの。私は夢の中で、何度も何度も……赤い士官服の彼と出会う。何度も、何度も……巡り会う。だけど──」

 

 ブランコの鎖が風に鳴る。

 

「いつも“白いモビルスーツ”が彼を殺してしまう。……私は、大切な人を……守ることができないのよ」

 

 悲しげに語ったその瞬間、視界がぱん、と弾ける。

 耳元に飛び込んできたのは──犬の吠える声。

 

「はっ!」

 

 思わず肩を震わせたアマテが気づくと、あたりは真っ暗だった。

 夜気の中、ただひとつのライトがこちらを照らし出す。

 

 その光の後ろには、凶暴そうな犬を引き連れた男が立っていた。

 犬は牙を剥き、低く唸り声をあげている。

 

「……おい、時間だぞ! ララァ!」

 男が吐き捨てるように叫んだ。

「今夜の恋人さんが来る。客人も、館へ戻れ」

 

 アマテは声を失う。

 さっきまで広がっていた“キラキラ”も、渡り鳥の空も、すべて霧散していた。

 

 ララァは小さくため息をつき、視線を落とした。

「……全部、夢の話よ……」

 

「……あ、貴女は……」

 

 女性は顔を上げる。

 その瞳にはまだ、先ほど語った“向こう側”の残光が宿っていた。

 

「……ララァ・スン」

 

「ラ……ラァ……」

 

 アマテは息を呑み、その名を繰り返す。

 ジークアクスの幻影の中で、夢の断片の中で、何度も響いたような名前。

 

 ──ララァ・スン。

 

 




もうなんだかんだ50話以上。今年ももう3ヶ月。早いですなぁ。
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