機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
キケロガのメガ粒子砲が、白い閃光を描いて走る。
照射された光線は、エグザベのギャンを掠め、空間を焦がした。
熱で装甲が溶け、計器が悲鳴を上げる。
(ぐっ……攻撃の気配が読めない! 気付いた時にはやられている……これが──“オールレンジ攻撃”かっ!!)
冷や汗が頬を伝う。
視界の端を、キケロガから放たれた無数のビームが過ぎていく。
「流石です、エグザベ少尉」
「中佐ッ!!」
通信越しに届いた声。
冷静で、どこか悲しみを孕んだ響きだった。
(くそっ……援護を頼みたいが……!)
味方機は、あの黒いガンダム──タナトスに釘付けだ。
青い残光を引きながら、ギャンの部隊をひとつ、またひとつと無力化していく。
⸻
「キケロガが……近衛のギャン部隊と交戦しています!」
セファの報告に、ブリッジがざわめく。
誰もが理解できなかった。
味方であるはずのシャリア・ブル中佐が、キシリアの近衛と戦っているなど。
「なんで中佐が……!」
「イオマグヌッソ管制との通信、現在も回復しません!」
「ええいっ! いったい中佐はどっちの味方なんだ!?」
ラシットが怒声を上げる。
「タナトスもギャンと交戦している! ……シムス大尉! 貴様は知っているのか!」
一瞬の沈黙。
その沈黙の中で、シムスはゆっくりと口を開いた。
「……中佐は、キシリア様を排除しようとしているのです。来るべき──“ニュータイプの時代”のために」
その言葉に、艦橋は凍りついた。
“ニュータイプの時代”──それは、ジオンにおいても夢の理想とされてきた未来。
キシリア自身がその象徴であるはずだった。
「……キシリア様を……排除だと? だが、中佐はあの方の直轄だぞ……!」
コモリには理解できなかった。ニュータイプ時代の為に他者を殺すことも厭わない。そんな考えが。そして同時に思う、これがタナトスのパイロットであるフブキ。アマテ……マチュならどうするだろうかと。少なくとも、誰かを犠牲にする道なんて選ばない。
「シムス大尉、──"本物"のニュータイプはそんな事はしないよ」
──
「……ここ、で……良いんだよね……」
ニャアンは、シャロンの薔薇が格納されている
イオマグヌッソ中枢へと続く通路を、ジフレドで慎重に進んでいく。
壁は薄暗く、ライトマーカーだけがまるで呼吸しているように瞬いている。
そんな光に照らされる通路は、どこか不気味さがある。
(……この先に薔薇がある……)
キシリアから渡された封書を思い出す。そこには簡潔な命令文が記されていた。
──
ニャアンの中には不安が募る。キシリアが言ったことが喉に引っかかっているのだ。共にお風呂に入り、上がった後に香水を渡された。良い匂いだとその時は思ったが、キシリアは言ったのだ。
「まもなく世界から失われる」と。
その声は優しかったが、同時にひどく冷たかった。
香水の匂いはたしかに良い匂いだった。だが、その言葉を発したキシリアからは、嫌な匂いがしたのだ。
(……シュウちゃん。あなたは“キラキラ”の向こう側に消えた……。あの光を、もう一度起こせば……きっと……戻ってきてくれる……)
ニャアンの手が震える。頭に乗っているコンチをそっとなでると、コントロールレバーを握り直す。
──ジフレドのスラスターが微かに光り、やがて辿り着いたのは巨大な球状ドームの内部だった。
中心には──固定された一機のモビルアーマーが鎮座している。
それは機械でありながら、有機的な曲線を持ち、表面を流れる無数の光がキラキラと輝いていた。
「……これが……シャロンの薔薇……?」
ニャアンの呼吸が止まる。
その瞬間、静寂を破る怒声が響いた。
《下がれ、モビルスーツ! 許可なく砲撃システムに近づくな!!》
「砲撃……システム? どういう──」
──バチッ。
ジフレドの内部が瞬時に暗転する。各モニターの光が消え、次の瞬間、中央モニターに赤い文字が浮かび上がった。
──KAPPA PSYCOMMU ACTIVE──
同時に、全ての操縦桿が硬直。完全にロックされる。何も受け付けず、動かない。
「なっ……なに!? っ動かない……!? ど、どうして……!! なんで!」
通信がノイズに掻き消され、視界は真っ黒に染まる。ジフレドのクアッドアイが、ゆっくりと赤色に変わった。
──
アマテは長い通路を抜け、目の前に広がる球状の空間へとジークアクスを降下させた。
そこには──まるで大樹のように、無数のケーブルに絡みつかれた“シャロンの薔薇”。その装甲はゆっくりと鼓動を打つように、淡く輝いている。
「シャロンの薔薇……ララァ……ん?」
だが、シャロンの薔薇に取り付けられていた装置に、紫を基調としたモビルスーツがいた。ジークアクスと同系統のフレーム。顔からは無数のケーブルが伸び、装置と繋がっている。どこか“歪んだ”存在感を放っている。
「……あいつっ……! あいつが撃ったのかっ!」
アマテは操縦桿を引き、ジークアクスを静かに降下させるが、紫の機体がこちらに顔を向けた瞬間──
「っ!? あぶっ!」
閃光。ビームライフルが放たれ、ジークアクスの装甲をかすめる。
「ちぃっ……!」
次の瞬間、紫の機体の頭部からタナトスのように2機のビットが展開され、ジークアクスへ向かってビームを発射する。
「ビット……! オールレンジ攻撃っ!? フブさんと訓練しててよかったっ……なっ!」
アマテは機体を翻しながら、敵ビットの攻撃を読み取る。金色の光跡が円を描くように迫り、ジークアクスの周囲を囲い込む。
「っ! 速い……でも、避けられるっ!」
一瞬の隙を突き、ビームライフルを抜き放つ。だが、紫の機体に撃とうとしてもビットが邪魔をする。
「くっそ……! 邪魔だなぁ! でも──!」
アマテの脳裏に、ソドンでの訓練中に聞いたシャリア・ブル──“ヒゲマン”の声が蘇る。
⸻
『良いですか? マチュ君。ビットによるオールレンジ攻撃は、どれほど予測不能に見えても、それを動かしているのは人の意思です。有限の武器、有限の攻撃回数。その組み合わせにすぎません。それを操るニュータイプも、所詮人なのだから』
『でもさ? フブさんのビットって、避けづらくない? ヒゲマンの機体みたいにケーブルで繋がってるわけじゃないし』
『ええ。彼のビットの運用方法は大佐に似ています。ビットはあくまで“補助”。メインの攻撃は、自分自身。だからこそ、厄介なんです』
『ビットをどうにかしないと足止めされちゃうからなぁ……なんかいい方法ないの? ヒゲマン』
『ふむ……あるといえばあるのですが、少し現実的ではありませんね』
『なになに?』
『ビットが“来る場所”を先に撃つんです。予測攻撃ですね』
『…………真面目に言ってんの?』
⸻
「っ! おりゃあああっ!!」
アマテは狙いを外したように見せかけ、ビームライフルを虚空へと投げ放った。
しかし──その瞬間、ビットは投げ放たれたライフルにまるで“吸い寄せられる”ように軌道を変え、小さなボディにライフルがぶつかる。
ビットは壁に激突し、沈黙。
「一機目っ!」
(できたよ……! フブさん、ヒゲマンっ!)
ジークアクスが加速する。
スラスター光が尾を引き、紫の機体へ一直線に突っ込む。
腰のビームサーベルを抜き放ち、勢いのままに振りかざした。
「うぉりゃあああああっ!!」
紫の機体も反応。
同じくビームサーベルを展開し、閃光と衝撃が交差する。バチバチと空間を焼く音がコックピットに響く。
モニターが閃光で白く染まる中──
《マ、マチュ!? ジークアクスに乗ってるの……マチュなの!?》
「えっ……!? この声……ニャアン!?」
接触回線のノイズ越しに、確かに聞こえた。
紫の機体から聞こえてきた声は、サイド6、イズマコロニーでシュウジと共に行方が分からなくなっていたニャアンの声。
「ニャアン!? なんで……なんでニャアンがっ! ……っなんで何も言わずにいなくなった! なんで……ジオンのパイロットになんかになって、戦争してんだよ!」
アマテの声が震える。ジークアクスの腕が押され、青白い火花が散る。
紫の機体──ジフレドのコックピットの中で、ニャアンは苦しげに唇を噛みしめる。
「私だって……わかんないよっ!」
ニャアンの叫びがコックピットを震わせた。涙交じりの声がノイズに混じって届く。
「シュウちゃんが……“キラキラ”に消えていって……! 止めようとしたけど、止められなかったのっ!!
もう一度“キラキラ”を起こせば──また会えるって、信じたの! だからこの機体に乗ったのに……! 言うこと、聞かなくなるし……しょうがないじゃん……!!!」
「……ニャアン……?」
アマテは息を呑む。その声に、心からの苦しみが滲んでいた。
(……シュウジは、一人で地球に行ったんじゃない? ……“キラキラ”起こせば会えるって……)
アマテの脳裏に、先ほどのイオマグヌッソの赤い閃光が蘇る。
惑星が光に包まれ、そして“消えた”あの瞬間。そして、サイド6で巨大なクレーターの横にいたジークアクスを。
「まさか……シュウジの為に、あれを起こしたの……!?」
「違うっ! 私がやったんじゃない! ジフレドが勝手に! 機体が勝手に動いたの……!」
「だからって!」
紫色のモビルスーツ──ジフレドのクアッドアイが赤く輝く。同時に、ジフレドの頭部から緑色の光がこぼれ出す。
アマテの全身に鳥肌が立つ。
(な、なに!? この感覚……!)
「マチュ! ララァヲスクエ!」
「っ! ごめんニャアン!」
(ララァを救えば……少なくともイオマグヌッソは使えなくなる。今はそれが優先……だよね)
ジークアクスは反転し、ジフレドを背負い投げする。金属音と共にジフレドが宙を舞い、姿勢を崩した。だがすぐに、二撃目としてシールドが投げ放たれる。
体勢を崩したばかりのジフレドに直撃。ジフレドはスラスターを噴かしながらも、制御を失って沈む。
アマテは胸の鼓動を押さえながら、視線を足元のパネルに落とす。
オメガ・サイコミュのデバイスが、脈動のように淡く光っていた。
──その時が来たら、オメガ・サイコミュのリミッターデバイスを破壊してください──
「マチュ! マヨウナ!」
「っ!」
アマテの瞳に、シャリアから託された拳銃が映る。
震える手でホルスターから取り出し、銃口をデバイスに向けた。
「……お願い、ジークアクス。私に力を貸して」
引き金を絞る。
──パァンッ!!
乾いた銃声がコックピットに響く。
弾丸はデバイスを撃ち抜き、瞬間、緑色の光が爆ぜた。
──OMEGA PSYCOMMU OVERDRIVE ACTIVE──
──
──全ては、サイド6が始まりだった。
アマテを助けたい──そう思った瞬間、頭に光が走った。
その時頭の中に流れ込んで見えたのは、息を呑むほどの美しい光。
人の心が光となった、温かな光。
それからソドンで短いながらも過ごした時間。その間にも夢を見た。とても夢とは思えないような夢を。
そしてその時に理解した。自分の役割、自分がなすべきことを。
"地球"という小さな星を包み込む、優しい光。多くのものがその光を目撃し、人々には"可能性"という名の選択肢が残った。
だが、数多ある世界で、その中には確かに“苦しむ声”があった。
──ララァの声だ。
何度も、何度も、何度も……彼女はガンダムに殺される。
幾度も世界を作り直しても、幾度も方法を変えても、必ず同じ結末に行き着く。
けれど、だからこそ分かる。
彼女が望み、ようやく辿り着いたこの世界は、愛したシャアが生きていて、他者の意思を尊重できる“理想”の世界だということを。
──俺に与えられた役割は、その理想を守ること。
本来、存在し得なかった命。どの世界でも、向こう側でも、あり得なかったこと。…それでも。
この世界を守る。それが結果的にもララァを、アマテを救うことにもつながる。
俺はその為に生まれた。その為に──"ガンダム"に乗ったのだから。