機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
「っ! これでもダメか!」
エグザベはランスの先端からビームを放ち、キケロガを狙う。だがシャリアは寸前で身を翻し、蒼い光跡を残して避けきった。
二機は交差し、閃光が散る。
交錯のたびにオールレンジ攻撃とそれを迎撃する光が走り、戦場は光の網で覆われていく。
「キシリア様はニュータイプの未来を考えておられる! 貴方だって分かっているはずだ!」
「そのために地球に住む人々を滅ぼしても構わないと?」
「そんなこと、できるわけがないっ!」
「だが——このイオマグヌッソなら、できるかもしれないのです。そしてキシリア様なら、躊躇うことなくそれを行うでしょう」
エグザベは何も言い返せなかった。キシリアは、自身が卒業したスクールの創立者であり、ジオンのためにニュータイプという新たな人の形、人の革新を実現するために力を尽くしてきた人物。しかし──
「くっ……っ!」
──ラ──ラ──
シャリアはモニターに映るキラキラとした光を見据えながら、冷静にスロットルを押し込んだ。キケロガの両腕が開き、展開されていた粒子砲の砲門が格納される。
「っ……始まりましたか」
その声音には、どこか諦観にも似た静けさがあった。
エグザベの乗るギャンは、機体制御がわずかに乱れるほどの光量に包まれていた。
宇宙そのものが“呼吸”しているかのように、キラキラとした粒子が満ちていく。
「これって……ミノフスキー粒子が光って見えてるのか?」
「“向こう側”から流れ込んでくるミノフスキー粒子と反応したエネルギーが、我々の認知機能では認知できない。故に、我々の目には“光”として認識されている」
「向こう側……?」
「ニュータイプなら、見たことがある光景でしょう。死と生が曖昧になっている世界。宇宙の記憶と意識が混ざり合う領域──ゼクノヴァによって生まれるこの空間では、人の認識能力は極限まで拡張される」
シャリアはキラキラとした空間で上を睨むと、小さくつぶやく。
「っ! ……見つけました」
「なに……? っ! キシリア様……! そういうことか……!」
エグザベは歯を食いしばる。
「中佐! 貴方の思い通りにはさせないっ!!」
次の瞬間、ギャンのビームランスが煌めき、キケロガの装甲をかすめる。
「──くぅっ! サイド6で命を救ってくれたことには礼を言っておきます! しかし!!」
エグザベの白いギャンが吠える。
ランスのビームが走り、シャリアのキケロガをかすめる。
しかしキケロガは、まるで操縦者の意思を先読みするかのように身を翻し、流れるような回避を見せた。
「……できれば、貴方のようなニュータイプを殺したくはないのですが……っ!」
「うぉおおおお!!!」
閃光が宇宙を切り裂く。
互いの機体が回転しながら、交差、反転、再加速。
それはもはや戦闘というより、意思のぶつかり合いだった。
互いの思考が、感情が、直接刃となって相手を突き刺す、 ニュータイプの戦い。
──
「イオマグヌッソで反応あり!」
オシロの声が艦橋に響いた。ソドンのモニターが真紅に染まり、アラートが点滅する。
「チッ! 今度はなんだ! もう2度目の発射が可能なのか!?」
ラシット艦長の声が荒ぶる。
だが、その緊迫の中で、ただ一人──コモリだけが穏やかな声で否定した。
「……違います。これ、本物のゼクノヴァが始まるんです」
「本物の……? 少尉、お前は何を言って──」
彼女はオペレーター席を回り込み、セファのコンソールを覗き込む。
そこに映っていたのは、ゼクノヴァを観測している波形。ミノフスキー粒子の反応。
「このミノフスキー粒子の反応を見れば明らかです」
コモリは静かに言葉を継ぐ。
「ゼクノヴァは、別宇宙との境界が破れ、エネルギーが交換される現象。これまで観測された「ソロモン」、「ア・バオア・クー」、そして「サイド6」──いずれもこちら側のエネルギーが向こうへ流出する形でした。
ですが、今回は逆です。“向こう側のエネルギー”が、こちらに流れ込んでいる」
艦橋にいた全員が息を呑む。ラシットの眉がひくりと動く。
「……っ! 何が……出てくるっていうんだ……?」
艦外カメラに映っているイオマグヌッソ。大きな口のように見える砲口を開いて静止しているが、その施設自体が緑の光に包まれている。
不思議な歌声と共に星々の輝きが滲み、宇宙空間が波打つ。
まるで“空間そのもの”が脈動しているようだった。
──
光の粒が舞う。
重力のない“キラキラ”の空間は、まるで時間そのものが止まったようだった。
無限に広がる輝きの中、対峙する二人の影──シュウジとシャア・アズナブル。
アマテはその少し離れた場所で、二人を見上げていた。
「……僕はただ、彼女に傷ついてほしくないだけなんだ」
水の中で揺蕩うように、シュウジは光の中で佇む。シャアも仮面を外した姿で、シュウジに背を見せたまま佇んでいる。
そんな中でも、シュウジの声は穏やかだった。
しかしその奥には、消えない焦燥と痛みが滲んでいる。
その「彼女」が誰を指すのか、アマテにはわかっていた。
──ララァ。
彼の言葉に共感しながらも、シャアは首を横に振る。
「それは、私とて同じだ。だが……薔薇の少女が、世界を歪め続けているのなら──それは正さねばならない」
たとえ自分を守る為とはいえ、世界を歪めてしまっては自分の夢を実現できなくなる。非情な言い方をすれば、誰かもわからない少女はシャアにとっては邪魔でしかないのだ。
アマテは息を呑む。光に照らされた横顔は、夢で見た“赤い彗星”とは違う。
夢の中のシャアは、人間らしい優しさがあり、人の可能性を信じていた。
「世界を、正す……?」
シュウジの唇が震える。
「違う……貴方が否定したんだ……彼女が望んだ世界を……だから僕は──」
「君は彼女に囚われているだけだ。それに、彼女がこの世界にいることで、ゼクノヴァが起きてしまう。ならば、向こう側に送り返す、消滅させることが最善なのだ。シュウジ」
シュウジは拳を握りしめる。
「それも全部、貴方を守るためなのに」
──その言葉に、シャアの表情が一瞬だけ揺れた。だが、彼は静かに目を閉じ、低く呟く。
「……だからこそだ」
アマテの頬を、光が撫でていく。
二人の男が交わす言葉は、まるで過去と未来の対話のように響いていた。
守るための行動と、正すための決意。
……どこかで見たことがあるような……そう、白いモビルスーツと赤いモビルスーツで戦っていた2人のような
「まっ……」
アマテはシュウジとシャアの会話に意を唱えようとした。しかし……
「──ララァはシャア、貴様を守るために世界すらも作った。そしてその結末を変えることができず、傷つきながら今も眠り続けている」
「──それも、もう終わる。僕が、終わらせる」
黒のパイロットスーツを身に纏った。フブキがそう言葉を発すると、同調するようにシュウジは静かに話し始める。
「フブさん……? 何を言ってるの?」
フブキの声に呼応するように、空間の色がゆっくりと反転していく。
“キラキラ”と光っていた粒子が、今度は“静かに沈む光”となって彼らの周囲を包む。
そんなフブキやシュウジを見つめながら、シャアが声を荒げる。
「っ! 貴様らは何者なのだ!」
その問いに、シュウジは短く息を吸い、静かに口を開く。
「僕は……“向こう側”からやってきた。彼女が作ったこの世界を、終わらせるために」
「俺は、彼女の理想を守る。その為に生まれてきたんだから」
2人の言葉が響いた瞬間、アマテの胸が締め付けられた。
喉の奥が痛い。呼吸が浅くなる。
「終わらせる……? その為に生まれてきたって……シュウジ! フブさん! 2人が何を言ってるのかわからないよ!」
──
「な、なんだ!? イオマグヌッソ内部のゼクノヴァ反応──さらに強くなっています!」
オシロの声がブリッジに響き、セファの前のモニターには真紅の波形が何重にも重なっていた。
「これも……キシリア様の作戦の一部なんでしょうか?」
セファは顔をしかめて首を傾げる。だが即座に自分でその可能性を否定するように、もう一度モニターを覗き込んだ。
ラシットは前に身を乗り出し、イオマグヌッソに艦外カメラを拡大させる。イオマグヌッソは外殻を包むように、“内側から滲み出す”光が広がっていた。
「……私は何も聞いていないぞ……っコモリ少尉! お前は何か感じるか? 少尉には我々に見えないものも見えるのだろう?」
「……っ」
呼ばれたコモリは一度だけ目を閉じた。頭の奥で、別の場面がフラッシュバックする。
──以前、フブキと話した時のことだ。
──
『ねぇ、貴方って連邦最強のニュータイプだったんでしょ?』
コモリはブリーフィングルームの隅で、タブレットを胸に抱えたままそう切り出した。わざわざ人払いをしたわけでもない。けれど、この艦の今の空気の中で、こんな質問を真正面からできるのは彼女くらいだ。
『……いきなり話かけて来たと思ったら、何の話だ……』
フブキは壁にもたれたまま視線だけを動かす。肩の力は抜け、だが眼光だけは鋭い。戦場を知っている者の目だ。
『謎に包まれた赤いガンダムの兄弟機、ゼロヒトガンダム。そのパイロットは連邦のニュータイプ。ジオン本国じゃ、もっぱらの噂よ』
コモリは指で空中に機体シルエットを描くようにしながら言う。あの頃、士官学校で「連邦にもこんな化け物がいたらしい」と出回った黒塗りの報告書。シャアが持ち帰ったデータの断片。そこに映っていた動きと、いま目の前の男が乗る黒いガンダムのそれが、どうしても頭の中で重なってしまう。
『……ただの噂だろ?』
とぼけたように言うが、否定の温度が薄い。決定的な証拠を持っているわけではないが「当たらずとも遠からず」という気配だけはある。
『貴方が乗ってた機体、黒いガンダム。それに動き方、全部データに残ってたゼロヒトガンダムの動きにそっくりなのよ。貴方なんでしょ? 連邦の鬼神って』
『……』
そこだけは、彼はすぐに言葉を返さなかった。呼吸が一瞬だけ深くなる。コモリは「図星か」と思う。けれど、彼の表情には優越も誇りもなく、あるのはただ「面倒だな」という諦めに似た色だった。
『貴方がニュータイプなのだとしたら、聞きたいのよ。……どうしてまた戦場に戻ってくるようなことを?』
コモリはそこから一歩だけ踏み込む。“なぜまた殺し合いの場所に戻るのか”。
それはニュータイプというより、一兵士としての疑問だった。
『……どういう意味だ』
彼は眉をわずかに寄せる。問いの奥に「お前はそれを聞いてどうする」と続けたそうな目。
『私は一年戦争では、事務と医療くらいしか経験してないし、前線なんて資料とかでしか見たことがない。
フラナガン・スクールでも、エグザベ君みたいにニュータイプとしての才能に恵まれてるわけでもない』
コモリは自分の胸をコンと指で叩く。“私は普通だ”という確認。“けど、普通だからこそ見えるものもある”という抵抗。
『……』
『私は死にたくない。でも、貴方のような才能もない。私には見えないものが、貴方や中佐、エグザベ君には見えるはず』
『……コモリ・ハーコート少尉』
鋭く、圧のある声。それまで薄く笑っていたフブキの目が、軍人のそれに戻る。
コモリは反射的に背を伸ばしてしまう。叱責ではないとわかっていても、階級と“本物の戦場”の圧が声に宿っていた。
『ニュータイプは、そんな都合のいいものじゃない』
短く、切り捨てるように。「ニュータイプは特別」「選ばれた新人類」そういった、後方にいる者ほど抱きがちな幻想を、一刀で断つ調子。
『俺は戦争中に何度か考えたことがある。「ニュータイプは愚かな人類を減らす為に生まれた」のではと』
『それは……』
思わずコモリの肩がビクッと揺れる。“ニュータイプ=人類の進化”という希望的な図式ではなく、“ニュータイプ=淘汰のための感覚”という冷たい仮説。
戦場でしか出てこない発想だ。
コモリの脳裏には、上官であるシャリアや、赤い士官服のあの男──そしてこの艦に乗り込んできた黒いガンダムのパイロット、フブキ自身の戦いぶりが浮かぶ。
敵を圧倒的な力で制圧し、戦局をひっくり返す存在。
それを“神話”として語る者もいるが、もしそれが本当に「愚かな人類を減らすため」だとしたら──
フブキの言うことも、一理あった。
『コモリ少尉。ニュータイプは都合のいいものじゃないんだ。一方的な理想は、相手を追い詰めることにもなりかねない』
『……っ』
フブキはそこで一拍置き、少しだけ声を柔らかくした。説教というより、「前にそういう奴を見たことがある」という口ぶりだった。
『エグザベが好きなら、しっかり繋ぎ止めろ。それが、ニュータイプをただの人殺しにしないために──お前ができる行動だ』
『な、何言ってんの!?』
コモリは耳まで赤くして立ち上がる。軍服の裾がばさっと揺れる。だがフブキはまるで意に介さない。彼にとっては「事実を言っただけ」だった。
『ん? 好きなんだろ?』
『だ、だれが!?』
『アマテから聞いた。何も言わずにチベで帰って、寂しいと』
『ま、マチュ……ううぅ!!』
──
「分かりません……。ニュータイプは、そんな都合のいいものではないですよ、艦長」
──その短い答えで、コモリは区切った。
それ以上を言葉にすれば、いまこのブリッジにある“均衡”を壊すと直感したからだ。ニュータイプを「平和の切り札」にしたがるのは、いつだって戦場から一歩引いた場所にいる人間だ。だが、実際に“見えて”しまう側にとっては、それはしばしば呪いに近い。今コモリにできること……それは戦争の真っ只中で戦っているエグザベやマチュたちの無事を祈ることだけ。
「キシリア様を亡き者にすれば、さらに混乱が広まってしまう! 今ジオンが崩壊すれば、ニュータイプも道連れとなります!」
真空を震わせるようなエグザベの叫びが、回線越しにほとばしった。
白いギャンは機体をひねり、砲門をこちらに向けたキケロガを追う。だがシャリアの操るキケロガは、質量からすればあり得ない動きで姿勢を変え、回避と反撃を同時にこなす。
「独裁のもとでは、人の革新など起こるはずもない!」
シャリアは即座に撃ち返す。キケロガの腕部ガンから走ったビームが、エグザベのランスを直撃し、先端が弾け飛ぶ。
しかし次の瞬間には、そこにギャン本体の姿はない。
「っ! くっ──!」
“気配”が左から来る──そう感じた瞬間、シャリアは大型モビルアーマーには似つかわしくない急激な回頭を行う。
すぐ後ろを、ビームサーベルを肩越しにかざした白いギャンが掠めていった。
「彼は、そう言っていました!」
「彼……?」
シャリアの言葉に、ほんの一瞬だけ意識がそがれた。
“彼”が誰なのかを探ろうと、思考がそちらへ向かった刹那、エグザベの反応がワンテンポ遅れる。
キケロガの砲口がこちらを向く。
逃げきれない──そう判断したエグザベはギャンの大型シールドを正面に立て、機体を捻らずに真正面から受ける。
直後、白光。爆ぜたメガ粒子が盾の裏側を焼き、シールドは板金ごと粉砕された。
「くっ! ぐわあああああ!」
衝撃でギャンの左腕そのものが弾け飛ぶ。炸裂したシールドの破片が左肩を削り、姿勢制御スラスターが一瞬ブラックアウトする。警告がモニターを埋め、機体がぐらりと傾いた。
──
「なんだ!? 識別不能のモビルスーツ1機を確認! イオマグヌッソ内部から現れました!」
オペレーターであるオシロの声がソドンのブリッジに走る。
同時に、レーダー表示に入り込んできた新しい反応に、セファが目を見開いた。
「モビルスーツ自体にゼクノヴァ反応を検出! ……これ、タナトスと同じ反応……?」
セファはイオマグヌッソ内部から現れた識別不能機の方に、ほぼ意識を全部もっていかれていた。モニターに出ているゼクノヴァ反応の波形を拡大し、コモリと何度もスクロールしては分析を試みる。彼女達の視線はレーダーセンサー画面から外れている。
そのあいだに──メインレーダーの隅で、タナトスの識別信号だけがじわじわと変化していた。
味方機を示す緑の枠が一瞬だけ点滅し、機体名コード欄に微細なノイズが走る。
誰もそこを見ていない。
コンソールの注意アラートも、ゼクノヴァの高感度モードに割り込まれて音を出せない。
「EXF-Σ01F」と表示されていた識別名が、ノイズでかき消される。文字列は崩れ、また組み上がる。
味方判定マーカーは外れたまま、そこにひとつの機体コードだけが静かに乗る。
──RX-93──
それはブリッジの誰の目にも入っていなかった。
セファも、ラシットも、オシロもいまはイオマグヌッソと交戦中の機体群に意識をとられている。
ただコンソールの片隅だけが、場違いな“連邦式の型式番号”を、淡々と表示していた。