機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
「見えたかい? マチュ。この時の彼女の絶望が引き金となり、ララァに反応したエルメスのサイコミュが、もう一つ別の宇宙を作ってしまった」
「ラ……ララァが……」
かろうじて口から出た言葉が震える。胸の奥で、少しずつ深い水の底に沈んでいく感覚。目の前でシャアが死んだあの瞬間、その喪失によってララァの心は臨界に達し、サイコミュが共振。その現実を否定する世界を作る。──そう聞かされれば、納得できてしまう。
アマテは先程の記憶を見て、思ってしまったのだ。自分も同じ立場ならば、同じ事をしただろうと。
自分にとって愛してやまないフブキが、目の前で殺されたりなどしたら──正気を保っていられる自信がない。それこそ、ジークアクスの"オメガ・サイコミュ"を使って、ララァと同じようにその現実を否定する世界を作るかもしれないと。
そんなアマテを尻目に、シュウジは表情を全く変えずにキラキラとした空間で特徴的な青い髪を靡かせながら佇んでいる。
「ララァが作った別の宇宙……それは、シャアが殺されることのない世界。彼女の願った別の宇宙。でも──どの宇宙でも、シャアは白いガンダムに殺されてしまう。その度に彼女は深く傷つき、その絶望は宇宙を歪め、崩壊させてしまう。そんな繰り返しの果てに……ようやく辿り着いたのがこの世界線だ」
「この世界って……」
「シャアがガンダムに乗る世界だ。この世界なら、シャアはガンダムに殺されずに生きられる。結果として、ララァはシャアと出会わないし、出会えない。だが、それも彼女が望んだことだ」
アマテはシュウジの言葉を理解しつつも、胸のどこかで引っかかりを覚える。
本当にそれが、ララァ自身の望みなのか──。
「でも……でもそれは……!」
「いま、シャア自身がこの世界を否定しようとしている。彼が彼女を否定すれば、ララァは深く傷つき、この宇宙は崩壊するだろう。向こう側の世界を巻き込んで。だから、彼女が目覚める前に──この宇宙を終わらせる」
「だめ……! だめだよ……シュウジ……! ララァが好きなんでしょ? 傷つくからって……悲しいことが多すぎるからって……」
シュウジは悲しげな表情のまま、落ち着いた声で続ける。
「マチュなら分かるはずだ。大切な人が傷つき続けるのは、僕には地獄に等しいんだ。僕と彼女を救うことができるのは、真空崩壊だけ。だから、この宇宙を“なかったこと”にする。彼女が見た『かもしれない夢』に戻す」
「シュウジ……」
「それでも彼女は、また別の宇宙を作るだろう。今度こそ、愛するシャアを守るために。僕は……これまで数え切れないほど、この手で彼女を殺してきた。これ以上、彼女が傷つかないように──僕は彼女の心を守りたいんだ」
──
「その白いモビルスーツに乗っているのはシュウジだな! 子供同士が何を話している!」
シャアは赤いガンダムのコックピットで回線を開き、鋭く叫ぶ。同時に、紫色のジオン艦からの一斉射がセンサーを真っ赤に染めた。警告音と共にビームが装甲を撫でる。
「ちぃ! キシリア閣下……! ザビ家はどこまでも私の邪魔をする! ……ん? キケロガ……シャリア・ブルか!」
チベ後方に大型モビルアーマー。青いスラスターの尾が伸び、一直線にチベに向かっていく。
「大佐……。ん……? なんだ……あれは……?」
その姿が視界に入った瞬間、シャリアの全身に冷汗が走る。説明のしようがない圧迫感。まるでソロモンの時に相対したフブキの時のような「嫌な気配」。資料で見た、赤いガンダムとなる前の配色。白、青、赤、そして連邦十字を模った盾に、特徴的な二本角。
「白い……ガンダムだと!?」
(なんだ……!? この言い知れぬ恐怖は…… 私はいつかどこかで、あのモビルスーツに討たれたことがあるのか……? しかし今は……っ!)
「……っ! キシリア様! お覚悟!!」
シャリアはメガ粒子砲を、キシリアが乗るチベに照準し引き金を引く。黄色い粒子がチベに向かっていく──が、艦は舵を切り、紙一重で回避する。
「流石マリガンですね……! 私の攻撃を読むとは」
撃ち逃したチベは、回避行動と共に進路上にいた参列していたサイド6の艦隊へ砲撃。護衛艦が次々と炎を上げて沈む。
しかし、その爆炎の中に、バズーカを構えた赤いガンダムが姿を現す。
次の瞬間、赤いガンダムのバズーカが火を噴き、弾頭がチベの艦橋を直撃。艦は他のジオン艦やサイド艦の砲撃を受け、沈黙した。
「これで……ジオンを率いるザビ家は潰えた」
かつての友、マリガン。今となっては懐かしい。
一年戦争時、共にソドンに乗り、同じ食事を共にした仲だ。だからこそ、残念でならない。彼は最初から最後まで、自らが仕える主人であるキシリアと共にいた。素晴らしき忠義だった。
シャリアはヘルメットの庇に指を当て、短く敬礼。推力を上げ、赤いガンダムへ機体を向ける。
赤いガンダムは、イオマグヌッソから現れた白いガンダムと、ジークアクス、ジフレドのマヴが交錯する戦場を静かに観察していた。
ようやく見つけたシャアは、赤いガンダムに乗っている。やはり薔薇の少女に再び接触するために現れたのだろう。──であれば、問わねばならない。
「大佐、やはりシャロンの薔薇の少女が目的でしたか」
「うむ。この世界で私は、彼女の意思によって守られているらしい。しかし、そのような歪な世界にニュータイプの時代が来るとも思えない。──故に、万能の存在と言える彼女をこの世界から排除する。人類をより良き時代に“導く”のは、それからのことだ」
(ああ……大佐……やはり貴方は……)
シャリアの脳裏に、兵の前で粛清を口にした赤い制服の男の姿がよぎる。忘れようとしても消えない光景だ。
「そうですか──そうでしょうねっ!」
キケロガの機体フレームがスライドし、装甲のロックが順に外れる。モビルアーマー形態から人型へ。関節が固定角で収まると同時に、全てのメガ粒子砲を赤いガンダムに向け、容赦なく撃ち放った。
「ん!?」
センサーが一斉に赤く染まり、反射でスラスターを噴く。赤いガンダムは身を捻って光束の束をやり過ごした。装甲の縁を熱が撫でる。
「シャリア・ブル! 貴様!」
「くっ! すでにザビ家なきあとのジオンには! アルテイシア様を擁立する準備が整っております!」
「なっ! アルテイシアだと!」
キケロガの砲門が次々と火を噴き、連射の間隔が詰まる。だが赤いガンダムは姿勢を小刻みに切り替え、最短距離で死角へ滑り込む。動きは全盛期そのもの、完全な不意打ちであったにも関わらず……やはり赤い彗星の渾名は伊達ではない。シャリアは青いスラスターの光を輝かせている赤いガンダムを見据えながら、叫ぶ。
「大佐……! 私には分かるのです! 貴方がジオンを率いるのは危険だ! いつかキシリア様と同じように、地球に住む人類の粛清にたどり着く! 貴方に再び会って、理解した! 貴方の纏う虚無が! そう言っている!」
「ほう! シャリア・ブル! 人の心を覗きすぎるのは良くないと教えたはずだが! 貴様! まるで未来でも見てきたかのような言い様だな! ──っ! なんだ!?」
突如として赤いガンダムのコックピット内に警報が鳴り響く。シャアは赤いガンダムを最短で回避させ、撃たれたビームライフルをやり過ごす。
「──ニュータイプは、時に未来を知ることもできる。貴様も自身がガンダムに乗る未来を見たからこそ今があるだろう! シャア!」
赤いガンダムとキケロガの戦闘に、タナトスを駆るフブキが参戦する。白い機影が割り込み、三角関係の射線が一気に複雑化する。
「ちぃ! ゼロヒトガンダムのパイロットか! その機体はなんなのだ! それも薔薇の少女がこちら側に持ってきたものなのか!」
「答える必要はない!」
黒かった装甲が白くなり、薄く緑の光を纏いながら現れた様変わりしたタナトスを見て、シャリアは困惑する。
「フブキくん! その機体は……! それにマチュ君は!」
「2人なら大丈夫だ! あの2人なら、シュウジを止められる! それより今は……っ!」
フブキはビームライフルを赤いガンダムへ連射。シャアはデブリを使って、“ヒラリ”と外す。
「シャア! 貴様はいつもそうだ! 人々は貴様に導いてもらうほど愚かではない!」
「よく言う! 連邦に飼い殺され、戦争の犬となっていた貴様に私の理想が分かるものか!」
「シャアァ!」
「アムロォ! ──な、なんだ……? アムロだと?」
──
「絶対にやらせない!」
「くっ! 邪魔をしないでくれ! マチュ!」
ジークアクスと白いガンダムが火花を散らす。両機のビームサーベルが噛み合い、圧力で刃が歪む。押し返し、何度も何度も火花を散らす。そんな鍔迫り合いの最中──横合いから光条が裂け、二人の間を貫いた。
「やめて! 白いモビルスーツに乗ってるの、シュウちゃんでしょ!? マチュ! なんでシュウちゃんと戦ってるの!?」
「ニャアン、私はシュウジを止めたい。力を貸して──!」
「で、でも……わからないよ! なんでマチュがシュウちゃんと!」
「ニャアンならどうする? 大切な人を傷つけたくない……守りたいから、殺す?」
「なんのこと……何を言ってるの? マチュ……」
キラキラとした空間に、ふたりの姿だけが浮かぶ。着ているのはサイド6での最後の服装のまま。アマテは一歩踏み出し、真正面から問う。
「ララァはこんな事望んでない。だから……私はシュウジを止める」
「ララァ……シャロンの薔薇の……? でも……私じゃ……」
「ううん……。ニャアン、私たちならシュウジを止められる。ジークアクスとジフレド、私たちのガンダムなら止められる。お願い! 手伝って!」
「……っうん!」
ニャアンが涙をこらえて頷く。その瞬間、光景はふっと消え、現実の操縦席に戻る。ニャアンの足元──サイコミュデバイスが淡い緑に灯り、起動した。
──KAPPA PSYCOMMU ACTIVE──
デバイスが光ったのと同時に、コックピット側壁がスライドし、ジークアクスと同型の“手”のような操縦桿が左右から伸び出す。
ニャアンは息を整え、恐る恐る両手を添える。ニャアンと同期するようにインジケーターが一段明るくなる。視界中央のリングサイトが収束し、ジフレドのクアッドアイがキラリと光る。
ニャアンは顔を上げ、正面──白いガンダム、シュウジへ視線をまっすぐ向けた。
「行くよ……ガンダム……!」
──
「ジークアクスとジフレドが所属不明の白いモビルスーツと交戦中です!」
セファの報告に合わせ、メインモニターが戦術表示へ切り替わる。青と紫、そして白の光がイオマグヌッソの前で何度も何度も交差し、モニターには映像処理が追いつかない。
「凄っ……あんな動き……本当に人が操っているんですか!?」
「──あれが……ニュータイプ同士の戦い」
ソドンの艦橋に短い沈黙が落ちる。一年戦争の記録でさえ見たことのない反応速度。誰もが喉を鳴らし、手元の操作が止まる。
「……結局、争うことはやめられない。多少、人よりものが見えたところで、撃たれりゃ死んじまうんだ。……だから私はニュータイプなんてものは嫌いなんだ……。誰彼かまわず特別扱いして、全部を背負わされる。そんなあいつらが……」
ラシットが低く吐き、モニターを睨みつける。
その横顔を見ながら、コモリは複雑だった。
ニュータイプによって助かってきた命も、失われた命も知っている。ニュータイプであろうシャリア中佐、そしてフブキ。彼らは普通であれば死んでいるであろう戦場を生き延び、多くの命を奪ってきた。そして、多くの命が、彼らの手からこぼれ落ちてきたのだ。──それでも、彼らは立ち止まり振り返ることはなかった。それぞれの理想のため、それぞれの真実のために。
──
「くっ!」
ガンダムはジフレドとジークアクスの猛攻に防戦する他なく、苦戦を強いられる。白い装甲に焦げ跡が走り、姿勢制御の噴射が短く弾む。
「ニャアン! 援護射撃2秒遅いっ!」
「マチュだって! こっちの位置3秒早い!」
「臨機応変! 合わせてよっ!」
「やってるって!」
ジークアクスが踏み込み、ビームサーベル同士の鍔迫り合い。刃が押し合い、火花が散る。そこへジフレドのビットとビームライフルが重ねて刺さる。ガンダムは盾面を傾けて受けるが、距離を取ろうとしてもアマテの詰めで間合いは開かない。
「もう……時間がない……!」
シュウジが小さく呟く。次の瞬間、白いガンダムの輪郭が発光。視界が白く上書きされ、フレームごとに機体が“膨らむ”。トリコロールの色味は消え、映っているのは巨大な純白の人影だけ。
「な、なにこれ!? 大きくなってるの!?」
「これって、バルーンじゃないの!?」
アマテはビームサーベルで切りかかり、ニャアンはビームライフルで応射する。だが、ビームの光はまるで吸収されるかのように白いガンダムへ吸い込まれ、装甲には傷一つ残らない。
「う、嘘!? 効いてないの!? ぐっ……うう!!」
一瞬、動きの止まったニャアン。白い巨体の手が伸び、ジフレドを鷲掴みにする。そのままジフレドは圧壊。掌の中で爆ぜ、半身が砕けて宇宙に漂った。
「ニャアン!!!」
アマテは叫び、煙の切れ間に逃れる小型影を捉える。ジフレドのコアファイターが離脱──生存を確かめ、安堵が漏れる。
「シュウジィィィイイイ!! うわああああ!!」
アマテはジフレドのビームサーベルを掴み直し、斬りかかる。だが白いガンダムは大きな手で容易く薙ぎ払い、ジークアクスの姿勢が崩れる。
体勢を崩したジークアクスを放って、ガンダムが大きなビームサーベルを、エルメスへ突き刺そうと伸ばす
「……っ! ダメぇええええ!!」
距離が足りない。届かない。ララァが、目の前で──。
その刹那、エルメスの前へ躍り出る影。コアファイターを失い、無人のはずのジフレドが緑色の光を纏い、ボロボロになりながらも白いガンダムのビームサーベルを受け止める。温かい光は刃を食い潰し、ビーム刃は霧散。役目を終えたように、ジフレドは輝きを失い、灰色へと褪せていく。
「ニャ、ニャアン……? じゃ……ないよね?」
アマテは困惑する。ニャアンのコアファイターは離脱したはずだ。では、今目の前で灰色になって崩壊していくジフレドを動かしていたのは"誰"なのかと。
「マチュ……イコウ。ヤツノオモイヲムダニシナイタメニモ」
戦闘が始まってからはほどんど喋らなかったハロは、小さくそう呟くと同時に、アマテには何か温かいものが流れるような感覚があった。
──ララァの気持ちが分かる気がする。今度は逆だったな。
ゆけ、ガンダム