機動戦士Gundam GQuuuuuuX 自由の奴隷 作:スペースデブリ
フブキは、深く息を吐いた。そして次の瞬間、全スラスターを一気に噴かす。宇宙を震わせる爆光が、機体を前方へと押し出した。真っ直ぐ、強引なまでに一直線に──敵へ向かって。
キケロガのコクピット内、シャリアは警報音と共に異常な数値を目にしていた。
「……なんだ?」
接近する熱源。それは通常のモビルスーツとは桁違いの加速を示していた。目を凝らす。視界に映るのは、光の尾を引く一つの影。
(速すぎる……!)
即座に有線砲塔を振り向かせ、ビームを連射する。右から、左から、上から、下から。空間を網目状に埋める砲撃。だが──当たらない。
影は、まるで網の目を縫うように進んでくる。いや、それだけではない。シャリアは最大望遠に切り替えた。画面に映った敵影を見た瞬間──思わず息を呑んだ。
「た……大佐? いや……」
思わず、そう声が漏れた。そこにいたのは、ただ高速で突っ込んでくるだけの機体ではなかった。破片──戦場に漂うデブリを、機体の脚部で蹴り飛ばしながら、勢いを殺さず軌道を変え、さらにスラスターを吹かして加速する。
蹴る。加速する。再び蹴る。空間を跳躍するようにして、最短距離でこちらへ迫ってきていた。それは、シャリアがよく知る光景だった。
赤い彗星──シャア・アズナブルがザクで示した、あの異常なまでの加速と突撃戦術。通常のモビルスーツの三倍の速度差。機体の限界性能を超えて動かすための、究極の技量。
(……っ…少年?)
眼前に迫る影──それはシャアではない。だが、間違いなく“こちら側”に立つ存在だった。
キラキラと眩い空間で、一機のモビルスーツの内部が透けていく。そこには1人の少年。黒く美しく光る中、赤黒い殺意を纏わせながらこちらに来るその姿。
「っ…やはり……君は」
言葉を呑み込みながらも、シャリアの手は止まらなかった。迎撃砲火を続ける。だがそれすらも、あの黒い機体の進撃を止められはしない。
(っ!止まってくれ! 我々は、対話が足りていない!)
──
機体の警告システムが、繰り返し制御限界を告げている。その機体内部に鳴り響く警告音が、フブキの耳を苛立たせた。
(…っ…うるさい……)
警告は正しい。この加速は、本来なら即座に緊急制動をかけなければ機体構造に深刻な負荷を与える。だが──そんなことはどうでもよかった。スラスターを緩める気はさらさらない。
「……あと少し、だろうが……」
デブリを蹴り、スラスターを吹かし、またデブリを蹴る。その繰り返しで、モビルスーツは爆速の軌道を維持しながら、なおも敵へ迫る。
距離は確実に詰まっている。あの忌々しい全方位の砲撃も、徐々に間合いを見誤り始めている。
(このまま……接近してすれば…)
フブキはわずかに機体の進行方向を調整した。
ビームライフルを引き起こし、敵が“いる”はずの空間へ向かって引き金を引いた。放たれた粒子ビームが、虚空を焼き裂く。
もちろん、当たるはずがない。それは、狙い澄ましたものでも、命中を狙ったものでもない。ただ、進行方向にいるであろう敵機の動きを、一瞬でも乱すために、邪魔な攻撃をやめさせるために。
さらに推進を上げる。機体が軋み、コックピットも震えだし、機体警報が怒号のように鳴り響く。それでも──スラスターを吹かし続けた。
あと少し、あと少しで届くと距離を詰め、今まさに敵へと迫ろうとしたその瞬間だった。視界の隅で、異様な光が瞬いた。
「……っ!?」
フブキは即座に視線を向けた。そこには、ソロモン──かつてのジオンの拠点であり、今まさに月面へと落とされようとしていた小惑星基地が、赤く光り輝き出していた。
(な……んだ、あれは……?)
目を疑った。基地全体が、まるで巨大な光源となったかのように、鮮やかな赤色の光に染まり始めている。
その光は、爆発光ではない。物理的な爆風でもない。もっと、根源的なもの──ソロモンを塗り替えるかのような、異様な“力”の波。
赤い輝きが、周囲の空間へと広がり始めていた。広がる、広がる、広がる──ソロモンが飲み込まれそうになる。
(まずい……!)
直感が叫ぶよりも早く
「っ──!」
頭に、また光が走った。今まで感じたものとは桁違いの、鋭く重たい衝撃。それは単なる光ではなかった。
意識を押し流すような、音でもない、熱でもない、奇妙な波が、頭蓋を内側から叩き壊すかのように襲いかかってくる。
(……なんだこれ……!)
頭の奥が、無理やり抉られるような感覚。次の瞬間、耳の奥──いや、脳そのものに直接、何かが流れ込んできた。
ラ──ラ──
女の声。歌のようなもの。優しくも、無慈悲に。温かくも、凍えるように。絶え間なく、フブキの精神を侵してくる旋律。
「やめろ……やめてくれ…っ!!」
ヘルメットの中で叫びながら、フブキは咄嗟にバイザーを跳ね上げた。空気に晒された顔面が、冷気に晒される。だが、それでも止まらない。
両手で頭を抱え、無理やり思考を押し潰すように身体を縮こませた。スラスターは暴れ、機体のバランスは崩れかける。
それでも、止まらなかった。
(何なんだこれ……!)
あの赤い光。女の歌。痛みと共に目の前に広がった光が瞬く空間。「気持ちが悪い」心底そう思った。──そして目の前が真っ暗になった。
──
ソロモンが、赤く輝き始めた。視界いっぱいに広がるその異様な光景に、シャリアの心が激しく揺れた。
(──大佐! まだ、ソロモン内部なのですか!?)
歯噛みしながら、シャリアはキケロガの無線回線を開き、シャアへ向けた。
「シャリア・ブルです! 応答願います! 大佐、聞こえますか!?
シャア大佐──応答を!」
返答はなく、ソロモンの赤い輝きは、なおも増していた。宇宙に散った赤い波紋が、まるで全てを呑み込もうとしている。
シャリアは、コクピットで苦悶するように頭を押さえた。頭の奥に、女の歌声のようなものが響き渡る。甘く、優しく、しかし同時に、意識を引き裂くような旋律。
(……くっ、何なのだこれは……!)
歯を食いしばりながら、なおも通信機に手を伸ばす。
「大佐……大佐!」
雑音混じりの回線の向こうから、途切れ途切れに声が届いた。
《……何者……だ、お前……!?》
《……向こ…側か…来たという…か!?》
(なんだ? 誰と話しているのだ、大佐……? 向こう側とは何だ……?)
頭の奥を抉るような違和感を押さえ込みながら、シャリアは叫んだ。
「大佐! 早く脱出を! ソロモンはもう墜ちます!!」
ノイズの向こう、聞こえたのは、彼がこれまで一度も聞いたことのないシャアの声だった。
《……なん……いう…とだ……時が見える……》
「っ……! 大佐ァっ!……!」
──時が見える。それが、シャア大佐から受信した、最後の通信だった。
ソロモン内部にて、突如として発生した異常現象。後に「ゼクノヴァ」と名付けられ、シャア大佐が搭乗していた赤いガンダムに搭載された、サイコミュの暴走事故によって、シャア大佐は赤いガンダム諸共行方不明となる。──大佐と同じ動きをして見せた黒いガンダムも、ゼクノヴァの混乱に乗じて反応がロスト。
ルナツーとソロモンの双方を失った地球連邦政府は、戦争継続は不可能と判断し、ジオン公国に休戦を申し入れた。
時に、宇宙世紀0080年──1月3日。一年に及んだジオン独立戦争は、地球連邦軍の完全撤退という形で、終結を迎えた。
戦争は終わったが、大佐はソロモンの輝きと共に消えたままだ。以来、私はロストした赤いガンダムを追い続けている。
──あの時、貴方は何を見たのですか、シャア大佐。大佐を乗せたまま、どこへ消えたのですか? "赤いガンダム"
──
宇宙世紀 0081年。サイド6 イズマコロニー。
フブキは、入国審査場の長い列の中にいた。行き交う人々のざわめき。機械的に響くアナウンス。手続きを待つ者たちの、疲弊した表情。
列は遅々として進まなかった。原因は明らかだった。この場に並ぶ多くは、戦争で居場所を失った者たち──所謂「難民」と呼ばれる人々だ。
ボロボロの衣服、怯えた目、握りしめられた手荷物の中身は、おそらく彼らの全財産なのだろう。
その中には、幼い子供の姿もあった。母親らしき女性に抱かれたまま、声も出さずにこちらを見ている。──フブキは、その視線を感じながらも、すぐに目を逸らした。
(……あんな幼い子供まで……分かってはいたが…)
じっと見つめることは、彼らにとって無言の暴力にすらなる。それをわかっていたから、視線を落として足元の冷たい床だけを見つめる。列は遅く、いまだに動く気配すらない。しかし、フブキは焦ることもなく、淡々と立ち尽くすだけだった。急ぐ理由も、焦る理由も──今のフブキには、もうないのだから。
ポケットに差し込んだ手の中で、かすかに握りしめた小さな認証チップだけが、今自分がこの世界に存在していることを証明する、唯一のものだった。
戦争は、終わった。だがその影響はこうして今もなお、世界の至るところに転がっている。
フブキは、その残骸の中を、ただひとり歩いている。そんな感覚を覚えながら、静かに列を進んだ。
ある程度時間が経ち、無事に審査を終えたフブキは、手荷物を肩に担ぎ、改めてコロニー内部へと歩を進めた。
ゆっくりと顔を上げた先の、目の前に広がる光景。船の補給で入港した際に何度も見ていたから見慣れているはずだった。それなのに──懐かしく、そして、やはり違和感を覚えた。
イズマコロニー。直径6.4キロメートル。自転によって人工的な重力を生み出している独立型コロニー。
この巨大な円筒形の内部は、まるで一本の大地を湾曲させたような作りになっている。空を仰げば、遠く向こう側にも"地面"があった。
太陽光リフレクターが、均一に光を降り注ぎ、人工の昼が、何事もないかのように続いていた。
このコロニーは、約113.5秒で一回転している。生み出されるのは、地球とほぼ同じ1Gの擬似重力。
理論としては知っていたし、艦の擬似重力を何度も経験してきた。それでも、今目の前に広がるこの景色は、妙に遠い世界に見えた。
(……今日からここで過ごすのか)
戦争を駆け抜けた末、ようやく辿り着いた場所。だが、何もかもが、どこか自分の知るものとは違っている気がした。
あの赤い光の後、赤いガンダムが──赤い彗星は消えたらしいが、結局どうなったのか──どうでもよかった
今の彼には、何もない。目的も、希望も。戦い続けた末に、ようやく手に入れたものは──ただ、空っぽな自分だけだった。
戦争が始まる前と、終わった後。人々の足取り、漂う空気、建物。すべてが、確かに変わっていた。
どれほど立ち尽くしていても、空っぽな自分が満たされるわけではない。フブキは、重い足を動かし始めた。
とりあえず、住む場所を決めなければならない。荷物と呼べるものは少し大きなカバンひとつだけ。だが、資金の心配はなかった。
軍を退役した際、それなりの額の退職金が支給されている。正直言って使い道のない金だ。それに──手を血で染めた結果得た金など、あまり使いたくはなかったが…
だが今は、最低限の生活を確保するために使うしかない。辺りを見回し、通りがかりの男に声をかけた。
「すみません。役所は、どちらでしょうか」
男は一瞥をくれると、気怠そうに顎で方向を示した。
「あっちさ。中央ブロックの第四区。鉄橋を渡った先にある建物だ」
ぶっきらぼうな案内だったが、悪意はなかった。それだけ、この街の人々も、疲れ切っているのだろう。フブキは軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
短く礼を述べると、案内された方向へと歩き出す。
中央ブロック、第四区。鉄橋を渡り、坂を下った先に、コロニー行政局──簡易的な役所が建っていた。
建物は、無機質で機能的。そこに華やかさはなく、ただ、機能性を重視したようなデザインであった。
窓口には、同じように新たな居住地を求める者たちが並んでいた。手続きを終えた者も、これから手続きに臨む者も、どこか共通して、疲れたような空気をまとっている。
フブキは、静かに列の最後尾に並んだ。焦りはない。急ぐ理由もない。ポケットには、必要最低限の認証チップと、しばらく生きていくだけの退職金。それだけあれば、十分だった。何も望まない。何も求めない。
役所の窓口にたどり着くと、フブキは無言で手荷物から認証チップを取り出し、差し出した。職員の男は無愛想に端末を操作しながら問いかける。
「住民申請ですね? それと……住居もお探しで?」
「ええ。空きはありますか?」
端末を覗き込みながら、男は苦い顔をした。
「……まあ、正直なところ、ほとんど埋まっています」
わかっていた。戦争が終わり、居場所を失った者たちが、逃げるように各地のコロニーへ押し寄せている。ここイズマコロニーも例外ではない。スペースノイドたちが、自らの生活を削ってまで、その尻拭いをさせられている。
フブキは小さく息を吐いた。
「金なら、あります。多少高くても構いません」
カバンのポケットに収めたままの退職金。血と汗と──そして命で稼いだ、汚れた報酬。それでも、生きるために使うしかない。
男は、少し驚いた顔をしてから、端末を操作した。
「……なら、こちらを。中央ブロック第三区、治安も悪くない。マンションタイプのワンルームですが、空いています」
「じゃあそれで」
即答した。特に豪華な部屋など、求めていないが、身を横たえるスペースさえあれば、それで十分だった。書類にサインし、指紋認証を済ませると、男は端末から小さなカードキーを発行して差し出した。
「これがルームキーです。詳細な住所と部屋番号は、ここに」
フブキは無言でそれを受け取った。そして、振り返ることなく歩き出した。
住む場所は、ひとまず決まった。ポケットの中には、ルームキーと簡易的な住民登録証。これで、最低限の“存在”は保証されたことになる。だが、問題は──これから、どう生きるかだ。
(仕事か……)
フブキは、歩きながらぼんやりと考えた。とはいえ、急いで決める必要もなかった。今はまだ、退職金がある。
焦る必要はないのだが……それでも、足は自然とあてもなく街を彷徨っていた。
ふと、少し高い位置に小さな公園が見えた。スロープを上がり、人工芝が敷かれたその場所へ足を踏み入れる。きれいに整備されてはいるが、どこか作り物めいた、無機質な雰囲気が漂う。──それでも、風が、心地よく肌を撫でた。
フブキは、思わず立ち止まり、辺りを見渡す。
(……悪くない)
少し迷った後、近くのベンチに腰を下ろした。冷たくもなく、柔らかすぎることもない、計算された硬さのシート。背もたれに体を預けながら、ふと、空を──いや、上を見上げた。
向かい側にも、町並みが広がっている。空に浮かぶもう一つの地面。ビル群。道路。人の流れ。だが、その中心──コロニーの軸付近だけは別だった。
そこは、無重力空間。フワフワと漂うモビルワーカーたちが、作業用のケーブルにぶら下がりながら、ゆっくりと資材を運搬している。あの動きには、重力という制約がない。
(俺……サイド6のコロニーは初めてだったなよな)
今さら思い出した。故郷でもなければ、戻る場所でもない。ただ、新たな漂流先として選んだだけのこの場所。
だが──こうしてベンチに座り上を見上げていると、どこか懐かしいような気もしてくる。何を懐かしんでいるのか、自分でもわからない。けれど、それでも。フブキはしばらく、静かに空を見上げ続けた。
人と街と空と。それらすべてが、まるで“まだ戦争の痛みを知らない世界”のように見えた。そんな幻に、少しだけ心を委ねながら──
彼は、静かに目を閉じた。
「ねえ、おじさん。もしかして……ニートってやつ?」
何者なんだ…シュウジ…