【完結】3年後に世界が滅ぶと知ったエイシンフラッシュとトレーナー   作:ポンタ4

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4.Wir sind eins:私たちは1つ

「筋肉痛ですな」

「筋肉痛、ですか」

「えぇ、軽いもので特に杖やリハビリは必要としませんがね。ただ暫く激しい運動は控えた方がよいでしょう。」

 

 

ダービーを終えた後に告げられた一言、その一言は今後のスケジュールを左右するものだった。

 

ダービーを走り終え、そしてウイニングライブ、それらを終えてエイシンフラッシュと控え室で合流した。

その時に彼女から脚に違和感を感じるとのことで、そのまま病院に向かうことに。

その医者から告げられた症状は筋肉痛、である。

 

筋肉痛

 

ただその単語を聞いただけでは人間からすると休めばすぐに治るものではないか?と考える人も多い。

しかし、ウマ娘は違う。

彼女達の脚の筋肉負荷は人の何倍以上もあり、しっかりと疲労を取り、ケアをしなければ最悪走れなくなることもある。

元々その疲労に強いウマ娘もいるため、全てのウマ娘に共通する事例ではないものの、決して不思議ではない。

 

2人で頭を下げて診察室から出ていく。

脳裏に過ぎる一つの事例。

 

―――――――――菊花賞辞退

 

彼女のスケジュールに入っていたもの。

これを諦める、という選択肢が出てきている。

 

病院から出てはバスを待つ。

レースが終わった後に簡単な報告をする必要があるため、エイシンフラッシュは寮に帰るために学園へ2人で向かっている。

2人で学園への帰り道、その表情は暗く、2人の間に会話は無かった。

横に並んで席に座り、エイシンフラッシュは窓側、トレーナーは通路側。

他の乗客は少なく、ほぼ貸し切り状態であった。

 

無言の空間、それに耐えきれず、携帯を取り出してSNSを眺める。

今日の話題はダービーで持ちきりである。

 

”エイシンフラッシュがかっこよかった!”

 

”ライブのエイシンフラッシュがめちゃくちゃ可愛かった”

 

”俺、フラッシュの推しになっちゃうよ~”

 

そんな和やかな呟き、それを見ては小さく口角が緩んでしまう。

彼女が勝てて良かった、まずはそれを喜ぶべきだろう。

スクロールを続け、そしてとある呟きが目に入る。

 

 

”でもエイシンフラッシュが勝ったの正直、内枠だからじゃない?”

 

 

 

ずきん、と胸のあたりが傷んだ

 

 

 

”ダービーってほら、昔からよく言われてるよ。一番運の良いウマ娘が勝つって。”

 

 

ずきん

 

 

”これで菊花賞が勝てなかったら結局運だけってことな気がするなぁ…”

 

 

ずきん

 

ずくずく、と胸のあたりが痛み続ける。

違う、彼女は運ではない、実力で勝った。

 

その呟きを否定するように何度も何度も胸の中で反芻する。

 

違う、違う、違う、と

 

彼女の強さを証明するにはどうすればいいのか。

 

簡単なことだ

 

菊花賞で勝利する。

 

彼女の脚をケアをして、そして菊花賞までに仕上げていく。

俺は彼女が強いことを認めさせる。

彼女の走りは誰にも敵わないことを。

 

 

「次は――――トレセン学園前、トレセン学園前」

 

 

バスのアナウンス、それに視線をあげては停止ボタンを押す。

ピンポーン、という機械音。

その機械音でさえ嫌な雑音に聞こえてしまう。

彼女を、エイシンフラッシュを貶され、冷静ではなくなっているのだろうか。

 

バスが止まり、彼女と一緒に降りていく。

一緒に学園の校門前まで歩けば彼女の方へ振り向いていく。

 

「フラッシュ」

「はい…?」

 

彼女が不思議そうに首を傾げていく。

 

「君は――――菊花賞で走って勝ちたいか?」

「……できることであれば、そうです」

「分かった。とりあえず今日はこのまま解散しよう、明日にまたトレーナー室で」

「はい、分かりました。それでは―――今日はありがとうございました」

 

彼女が礼儀正しく頭を下げて挨拶をするのを見ては、軽く手を挙げて挨拶し返す。

彼女に背中を向けて、そして校門をくぐっていく。

 

既に俺の答えは決まっていた

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

「菊花賞を走ろう、フラッシュ」

「スケジュール通り、ですね」

 

トレーナーさんから聞いた言葉は少し意外な言葉だった。

てっきり、菊花賞は止めて脚の療養に努めるものだと思っていましたが、私の意思を尊重してくれたようです。

 

「それでだな、どのみち足のケアをしながら、そして脚に負荷がかからないようなトレーニングをしようと思うんだ」

「なるほど、とすると…プールトレーニングですね」

「あぁ、そうだ。それに夏合宿もある。夏合宿中は他のトレーニングをしたかったけど、海で出来るトレーニングもあるから夏はそれに集中しようか」

「わかりました」

 

私は頷いて答えていく。

彼はしっかりと考えてくれている。

プールトレーニングでは脚に負荷もかからず、そして脚以外の筋肉や運動不足を防げる。

流石はトレーナーさんです。

 

ダービーを終えて2週間、プールトレーニングを行ったあとには脚のマッサージを行っていく毎日。

時折走ってもいいのでは?と思ってしまう事もありますが、彼が考えてくれたことを無下にするわけにはいきません。

 

秋に行われる菊花賞に向けての療養、そしてそのトレーニング。

この練習量で果たして大丈夫なのだろうか?そう考えてしまうこともありますが、私はトレーナーさんを信頼しています。

日本ダービー。

私はあのレースに特別な思いを寄せていました。

そして日本ダービーを勝たせてくれたトレーナーさん。

きっと彼は菊花賞に向けて色々と考えてくれているはず。

 

そんなことを考えながら今日もトレーニング後には脚のマッサージをしていきます。

太ももをゆっくりと指に力を加えて指圧し、時折撫でるようにしては血行を促します。

彼が保健室で呼んでいた本、そしてトレーナーとしての知識、それらを教えて貰い、毎日実践です。

 

そんな毎日を過ごしていると、すぐに夏合宿が始まりました。

 

 

**

 

 

学園からバスで移動をした後、学園指定の水着に着替えては海に集合することになりました。

 

「おまたせいたしました、トレーナーさん」

「そんなに待ってないよ。皆海で最初遊ぼうとしているけど大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。それで本日のトレーニングについて教えていただけますでしょうか?」

「……そうだな、今日のトレーニングは―――」

 

そんな会話をしながら本日のトレーニング。

脚に負荷をかけるわけにはいかない、しかし脚を慣らさなければその切れ味は腐っていくばかり。

今日のトレーニングは裸足で砂の上を軽く走るだけとなりました。

普段の芝とは違う足裏に伝わる感触。

軽いランニングとはいえ、足が取られるため、しっかりと前に踏み出していきます。

 

ちらり、とトレーナーさんの方に視線を移す。

真夏だというのに長ズボン、そして半袖の白いシャツ。

クールビズ、というやつでしょうか。

それでも時折暑そうに手をぱたぱた、と団扇代わりにして体を冷やそうとしているのが見えます。

 

そしてその服装より気になるのが彼の眼の下に薄黒くできているクマ。

トレーナーの仕事は大変だと聞いてはいますが、日本ダービー前ではあのようなクマはできていませんでした。

私の為に色々と寝る間を惜しんで考えてくれたりするのは嬉しいです。

でも、それで倒れてしまったら元も子もありません。

 

そんな心配を悟られないようにトレーニングに励んでいきます。

日が傾きかけ、トレーナーさんから「今日はおしまいにしよう」と声をかけられ、足を止める。

彼の方に向かっていけば、正面に立ち

 

「本日もありがとうございました」

「お疲れ様、しっかりとケアはするんだぞ」

「勿論です、それでは…また明日」

「あぁ、また明日。朝食食べて1時間後に集合だ」

 

トレーナーさんからの言葉にうなずき、そしてそのまま別れていく。

他のウマ娘も皆練習を終え始めてまだまばらではありますが、合宿所に帰ろうという人も見えます。

私も着替えて夜ご飯を頂きにいきましょう。

 

 

**

 

 

「ねぇねぇ、フラッシュさん。この近くで夏祭りがあるって知ってる?」

「夏祭り…ですか」

 

同室のスマートファルコンさんに話しかけられる。

どうやらこの合宿所の近くで毎年夏祭りが行われるようです。

そしてその夏祭りはこの合宿所に来ているウマ娘達にとっても憩いの場となっている、とのこと。

ここの合宿所はかなり古びているので、羽を伸ばせる場所を欲するのは分からなくはないです。

 

「それでねそれでね、そこで花火もやるんだ~☆。フラッシュさん、どう?興味湧いた?」

「えぇ、日本のお祭りにはあまり参加したことがないので…ありがとうございます、ファルコンさん」

「ううん、気にしないで。最近フラッシュさん、す~ごく頑張ってるんだもん。たまにはご褒美がないとね☆」

 

ファルコンさんからの気遣い、彼女は普段テンションが高く、私とは正反対な性格。

でも、その性格に助けられたことは何度もあり、そしてその陽気な性格から想像できない面倒見の良さ。

朝起きた時によく髪が跳ねてしまいますが、その時にいつも彼女に整えてもらっています。

きっとこの提案も彼女なりの気遣いなのでしょう。

 

夏祭り、日本では伝統的なお祭りの1つであり、着物、という服を着て屋台が出ていたり、踊ったりする、というのを聞いたことがあります。

とはいえ実際に見たことがないのも事実。

本当は去年行きたかったのですが、あの時は地球が滅ぶという話で持ちきりになっており、そういったお祭りごとは殆どしていませんでした。

 

ふと、この時私は思いつきました。

 

トレーナーさんも頑張っています。

なら、トレーナーさんと私のBelohnung(ご褒美)、それらを合わせてあの人を誘ってみましょう。

きっと喜んでくれるはずです。

2人でお祭り、彼にも浴衣を着てもらいましょうか。

いえ、甚平、というもっとラフなスタイルがあるとお聞きしました。

もしかしたらそちらの方がお似合いなのかもしれません。

 

――――いけませんね、トレーナーさんが行けるかどうかも聞けていないのに勝手に決めてしまうのは良くないことです。

 

明日の練習終わりに聞いてみましょうか。

 

 

**

 

 

「夏祭り?」

「はい、そうです。一緒にいきませんか?」

「いや、俺は大丈夫だよ。やることがあるからさ。」

 

次の日のトレーニングが終わり、彼に提案をする。

彼に提案をしたら思ってもいない答えが返ってきました。

基本的にどこかへ出かけたりする際は私とトレーナーさんの2人で出かけることが多いです。

しかし、夏祭りの予定を断られるとは思ってもいませんでした。

 

「そう…ですか。その…予定についてお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「フラッシュのトレーニングとか色々だよ」

「私のですか…?」

 

トレーナーさんから言われる言葉。

少しだけ自分の尻尾が揺れているのを感じます。

 

トレーナーさんは笑顔を浮かべていますが、その笑顔には力が無く、どこか疲れているように見えました。

きっと彼は菊花賞に向けて色々と準備をしているのでしょう。

その心意気は嬉しい、そう思います。

 

しかし、このままではいつか倒れてしまうのも事実です。

 

「トレーナーさん、お疲れではないですか?」

「えっ?いや…そんなことないよ」

「嘘を言わないでください。目の下のクマや声の感じからして明らかに無理をしているのは分かります。そのままでは―――」

 

 

「大丈夫、だから」

「……っ、分かりました」

 

 

拒絶、それを感じ取ってしまう。

今までの彼とは違う態度、日本ダービーに勝ち、そしてそれからトレーナーさんはより無茶をするようになっている。

本当は無理矢理にでも連れ出したいのですが、それは逆効果になってしまいそうです。

 

 

そんなお互いにすれ違いを感じたまま、夏祭りの当日。

私はスマートファルコンさんと一緒に夏祭りへ行くことになりました。

2人で近くのお店で浴衣のレンタルをし、屋台を見て回りました。

スマートファルコンさんは白色を基調としたものに薄桃色の花模様、私は黒色を基調として白色の花模様の浴衣。

合宿に来ていた他のウマ娘たちとお話をし、少し食べ歩きをしては、盆踊りに参加。

地球最後の日が近づいているというのにそんなことを忘れてしまうほど周りの方は楽しそうに騒いでおり、そんな光景に私の頬も緩んでしまいます。

 

 

―――トレーナーさんと来れたら

 

 

そんなことをふと考えてしまいました。

彼は今何をしているのだろう、まだ仕事をしているのだろうか、それとも休憩をしているのか、はたまた仮眠しているのか。

スマートファルコンさんと一緒に撮ったツーショットの写真、それを彼に見せようとLANEを開き、そしてその写真を送信。

 

”浴衣を初めて着ました。どうですか?”

 

とメッセージも併せて送信。

 

彼からの返信が来るかと待ってはいますが、5分待っても既読はつきませんでした。

浴衣が似合っていたかの感想を聞きたかったのですが…仕方ないですね。

携帯をしまい、そしてスマートファルコンさんと夏祭りの最後の催しもの、花火。

目の前に広がる色とりどりの花を咲かせ、それは楽しく、そしてとても綺麗でした。

 

トレーナーさんが居たら、なんてことをまた考えてしまいます。

いけないですね、最近はトレーナーさんと出かけることが殆どであり、一緒でないときは無意識に彼といたらどうしようか、そう思案してしまうことが多くなりました。

それだけ私にとって、トレーナーさんという存在が大きくなってきているのだと感じてしまいました。

 

 

**

 

 

夏祭りから帰ってきて、そして夏合宿も順調に完了……いえ、順調というのは少し嘘になります。

あの夏祭りを誘った日から彼と少しだけ距離が出来たように思えます。

トレーニングを終えた後の反省会や、トレーナー室での談笑をすることはありますが、どこか少し壁のようなものが感じていました。

 

菊花賞の日程が近づけば近づくほどにトレーナーさんの机の上に空になったエナジードリンクが増えていっています。

彼に休むように言っても、手伝いが必要か聞いてもいつも返事は”気にしないで”、”大丈夫”というものでした。

明らかに無理をしているトレーナーさん。

私のために頑張ってくれ、無理をしてくれるのは嬉しいと言えば嬉しいですが、正直なところ複雑です。

毎週のように彼とお出かけをしていましたが、それも少なくなっています。

 

 

菊花賞まで残り1か月、既に脚の筋肉痛についてはかなり良くなっており、トレーニングについても問題なく行えるようになっています。

現在は長距離を走るためのスタミナの使い方やそのレース理論をトレーナーさんから教えて貰っています。

トレーニングの際は彼も一緒に付いてきてくれ、トレーニング後の相談なども乗ってくれています。

ですが、時折電話などで話そうと思うとまだ仕事中だったり、たまたま仮眠していた、というときもあります。

 

彼の無茶具合はオーバーワークであり、このままでは倒れてしまうかもしれない。

それに…彼に何故急にここまで無茶をするのかを聞いても、答えてはくれません。

 

理由を探ろうと思い、シンボリルドルフさんに聞いても”分からない”とのことでした。

そんな中、彼に味見と称して私の作ったお菓子を食べてもらい、その感想を聞いたり、大したことのない談笑をして少しでも休憩できるような時間を作ってきました。

それに…糖分は脳のエネルギーにも繋がります。

 

トレーナーさんに休憩してほしい、と告げても彼は応えてはくれませんでした。

ならば私にできることは彼へこういう形でお手伝いをすることだけ。

 

レースメニューについても時折、私から提案をし、少しでも負担を減らそうと工夫もしていきました。

トレーナーさんが話してくれるまで、私は寄り添いましょう。

きっと話せない、話したくない理由が今はあるはず。

なら、その負担を減らし、心の余裕を増やして彼から告げられるのを待ちましょう。

 

 

**

 

 

そんな日々を過ごしているとあっという間に菊花賞を迎えました。

14番、大外ですがスタミナのトレーニングをしていたため、特に大きな心配はしていません。

控え室、二冠がかかっているこのレースで私は緊張をしていました。

 

「大丈夫か?フラッシュ」

「はい、トレーナーさんは?」

「……俺はちょっと緊張しているかも」

 

トレーナーさんは力ない笑みで私に微笑んで答えてくださりました。

 

「…申し訳ございません、私も本当は…Spannung、緊張しています」

「はは、なんだ同じだったか」

 

私の強がりに彼は今度は優しそうな微笑みで答えてくれる。

緊張している、二冠がかかっているためでしょうか。

 

自分の胸元に両手を近づけていき、そして

 

「toi,toi,toi……」

 

と唱えていく。

おまじない、これを唱えると自然と肩の力が抜けていきます。

準備はしっかりと行ってきました。

脚の筋肉痛については今はもう気になりません。

スケジュール通りに行い、そして多少のアクシデントがあったものの順調に進んでいます。

 

自分の中で燃え滾る闘志のようなもの。

クラシック二冠。

これに勝てば私は少しでも誇り高いウマ娘に、そして誇りあるお父さんとお母さんの…娘になれるでしょう。

 

次のレースの時間、その時間になればトレーナーさんへ視線を移して

 

「パドックへ行ってきます、応援しててください、トレーナーさん」

「あぁ、応援しているよ」

 

2人で控室から出ていき、私はパドックへ向かう。

 

「フラッシュ」

 

背後から彼の声。

 

「頑張って」

 

彼が片手をあげては握りこぶしを作って軽いファイトポーズで応援。

 

「はいっ…!」

 

既に心に宿っていた闘志は、更に、己の体を燃やすほど燃え滾っていた。

 

 

パドックへ出ると大きな歓声。

ダービーウマ娘としての期待や重圧感、それを肌に感じる。

見渡す限りの沢山の人。

皐月賞を1着で駆け抜けたウマ娘は今回は出走しておらず、自然とダービーを取った私に一斉に注がれる視線。

ごくり、と自分の生唾を飲み込む音が嫌に聞こえてしまいます。

 

「ふぅ…」

 

少しだけ息を吐いていく。

トレーナーさんだけではなく、大勢の人の期待。

これがG1を取ったことによる重圧。

この重圧を跳ね除けることで、真の強く、そして誇りあるウマ娘になれる、そう思いました。

 

パドックでお披露目が終わると出走する私を含めたウマ娘達はゲートへ。

周りにいるウマ娘達からは既に”勝つ”という意思が漏れ出ており、それを私も影響されそうになってしまいます。

ですが、ここで影響されすぎてはいけません。

かかってしまえば、私の末脚は衰えてしまう。

 

ゲートに入り、正面の広々としたターフ。

このスタートまでの時間が一番心臓の鼓動が早くなるのを、そしてその鼓動音がよく聞こえます。

 

どくん、どくん

 

いつもより早い鼓動。

全てのウマ娘がゲートインをし、そして走るポーズを取る。

 

Ich werde das Ding gewinnen(勝ってみせます)

 

自分に言い聞かせるように呟き

 

そしてゲートが開いた

 

 

 

***

 

 

 

「お疲れ様、フラッシュ」

「ありがとうございます、トレーナーさん」

 

 

結果は5着。

なんとか入着は致しましたが、不甲斐ない結果でした。

最後の直線、その200mで初めて自分の脚が貯めているだけと感じました。

その後に貯めている力をすべて出しましたが、結果は届かず。

周りの熱気に当てられないように冷静になるように努めていましたが…これでは冷静ではなくただの臆病です。

 

こんな不甲斐ない走りでは誇り高いウマ娘とは呼べないでしょう。

そして、また感じる脚への違和感。

これをトレーナーさんに告げればまたスケジュールを変える必要が出てきてしまいます。

今回のこの違和感は最後の200mで無理に上げたのが原因でしょう。

そんなことを分析していると、

 

「脚、大丈夫か?最後の方…無茶しているように見えたけど」

 

あぁ、気づかれてしまっています。

きっと彼に嘘を吐いてもバレてしまうのは最早明白でしょう。

私は顔を少し伏せては

 

「申し訳ありません…また違和感が…」

「気にしないでくれ。その…またスケジュールについては相談でとりあえず病院に行こう」

 

私の脚。

この脚を使いこなせるのはいつになるのだろうか。

 

 

病院にたどり着き、診断をして貰えばやはり前回と同じ筋肉痛でした。

トレーニングのせい、というより先ほど私が分析したのと同じレースが原因。

多少の無理をしても軽い筋肉痛で終わるのがむしろ幸運と考えるべきでしょう。

 

診察室から出てそしてバスに乗ってトレセン学園へ戻る途中、今日もこのバスの中は空いていました。

いえ、一言で表すのであれば完全な貸し切り状態です。

トレーナーさんが通路側、私は窓側に座っています。

バスの揺れに体を任せ、そして外を眺めていると彼から

 

「ごめん」

 

と聞こえてきました。

 

「どうして謝るのですか…?トレーナーさんは何も悪くないのに…」

「俺がもっとレースを分析できていたら、レースについて詳しかったら君を勝たせられた」

「それを言ってしまえば私もです。私も今日のレースで最後の直線で早く脚を使えば――――」

「でも、それはたらればの話だ…勝てないんだったら意味は…!」

 

彼ははっ、とした表情を上げたのち、すぐに視線を下げてしまいました。

”勝てないのであれば”

彼が放った言葉、今までは3年間を駆け抜ける、というのを大事にしていました。

勿論、それは勝たなくていい、という意味ではありません。

大きなレース、G1で勝利をする、それはもちろん大事なことです。

しかし、勝つことだけにこだわっているわけではありません。

 

誇り高いウマ娘

 

勝てなくてもそれに相応しい走りを、両親に恥ずべきではないウマ娘に。

 

その後、トレーナーさんと私の間に会話はなく、気が付けばトレセン学園へと付いていました。

2人でバスから降り、この間のダービーよりもっと重い雰囲気。

 

「フラッシュ…明日また色々話そう。一旦は解散で。脚、無理しないようにな」

「はい、ありがとうございます。それでは…また明日」

 

トレーナーさんへ背を向けて私は寮へと帰っていく。

夕方の秋風、その風の冷たさは涼しいのではなく、まるであまりにも早い冬の訪れを感じる木枯らしに感じました。

 

 

 

***

 

 

 

「今年のレースはこれで終わりにしよう」

「…分かりました」

 

脚の筋肉痛、その休養に当て、そして再発をしないように今年のレースは終了と告げられました。

つまり、私のクラシックはここで終わり、最初で最後のシニアに全てがかかっています。

また今年はより休養に当てる、とのことでトレーニングについても軽いものとなっています。

毎日脚のケアと上半身における体幹トレーニング、それらをこなしていきます。

私が自分の脚を使いこなせず、そのせいでスケジュールに狂いが生じ始めています。

自分への不甲斐なさ、そしてなによりトレーナーさんに迷惑をかけてしまっている。

 

彼は私を導いてくれると言ってくださりました。

そしてそれは事実導いてくださり、クラシック三冠に挑戦させて下さりました。

 

 

この負傷は私の至りなさです。

 

 

 

12月、冬の寒さがより厳しく感じられる頃、クリスマスが近づいてきました。

ドイツにいたころはクリスマスは盛大に祝うので有名であり、家族一家で過ごすのが私の日常でした。

日本に来て2回目の、留学してから家族のいないクリスマス。

 

去年は留学をして、環境の変化に慣れたりなどで忙しく、クリスマスを満喫していませんでした。

ある意味、初めて日本のクリスマスを堪能するのが今日ということになります。

 

少し…胸の中がぽっかりと空いてしまっているのを感じます。

これがホームシックというものなのでしょうか。

 

家族に連絡しようにもこのシーズンは忙しいため電話で話すことは難しいでしょう。

 

ふと、何故かこの時にトレーナーさんの顔が浮かびました。

そうです、そういえばトレーナーさんは最近…いえかなり前から根を詰めていました。

そして私のために色々とトレーニングを考えて頂き、そしてここまで導いてくれています。

それならば、彼へのお礼を兼ねて小さなクリスマスパーティーでも…とここまで考えてはふと重要なこと。

 

彼の予定は空いているのでしょうか。

またトレーナーさんの予定を聞かずに勝手に予定に組み込もうとしてしまいました。

 

良くない癖ですね。

週末のお出かけでいつも彼と出かけることを組み込む、そして今まで断られなかったことに彼に甘えていたことに気づいてしまいます。

 

クリスマスまで残り1週間、数多くのG1レースは終え、そして残りは有馬記念。

一年が過ぎるというのはあまりにも早すぎます。

 

”トレーナーさん、クリスマスご予定はありますか?”

 

LANEで彼に送信をする。

少し直接的過ぎましたでしょうか。

彼からの返信を待つこと10分後、返信されたメッセージには

 

”ごめん、その日仕事だから”

 

というもの。

いくら何でも働きすぎです。

 

”では…当日少しだけお電話することはよいでしょうか?”

”それなら大丈夫。何時ぐらい?”

”少々遅いですが…午後8時はどうでしょうか”

 

既読が付き、3分後に

 

”いいよ”

 

と帰ってきました。

クリスマスパーティーとはいきませんが、少しでもこうやって彼と過ごせる時間が私にとって楽しいもの。

とはいえ、あまり話すこともできないでしょう。

何を話すのか考えなければ折角頂いた時間を無駄にしてしまいます。

そんなことを考えながら、今日もベッドで眠りました。

 

 

**

 

 

クリスマス当日、今日はトレセン学園はお休みであり、そしてトレーニングもありませんでした。

お昼ごろに街に一人で黒のワンピースに白色の上着、私のお気に入りの私服を着て散策です。

日本の冬は寒い、とは聞いていましたが、ドイツ程ではないと思っていました。

しかし、意外と寒くこの格好は少し失敗だったかもしれません。

 

両手を擦り合わせ、そしてその掌に「はぁー…」と息を吐いて暖めていく。

 

日本のクリスマスもドイツに負けず劣らずで装飾が多く、見ていてとても楽しい物でした。

町中に飾られるクリスマスリース、そして光によるイルミネーション、クリスマスツリー。

サンタの恰好をして宣伝をしている人もいて、町はクリスマス一色。

 

町中を歩いていると男性と女性のペアで歩いている人ばかり。

むしろ一人で歩いているのは私だけなのでは?と思ってしまうほどです。

 

本日行く予定であったカフェ。

そこに一人で奥の席に案内され窓側に座る。

店内は暖房が効いており暖かく、そして店内は外の景色と同様にクリスマスの装飾で一色でした。

ここのSachertorte(ザッハトルテ)は私のちょっとしたお気に入り。

飲み物はたまには違うものにしましょう、と思い、メニューを開くとそこには”クリスマスケーキ”と描かれたもの。

 

本日だけのメニューと記載されており、チーズケーキのタルトでその上には苺とラズベリーのソースがかかったもの。

これは予定外でした。

其方を注文しようか悩んでしまい、ふと思い出す。

 

そうだ、トレーナーさんと2人で別の物を注文して分け合えばいいのではないか、と。

 

しかし、視線を自分の正面に向けてもそこには誰もいません。

あぁ、そうでした、彼は今お仕事中でしたね。

 

少し悩んだ後に注文したのはザッハトルテ。

いつもは彼と出かけ、そして予定外の出来事が起こればそれをトレーナーさんと楽しむ。

 

 

―――――あれ……一人で出かけるのはこんなにもつまらなく、寂しいものだったでしょうか。

 

 

 

**

 

 

 

カフェで一人で食事を終えたのちに寮に戻ってくる。

今日のおでかけは…なんというか楽しい、と一言で言えるものではありませんでした。

寮ではクリスマスの食事が振る舞われ、そして自室へ。

ファルコンさんはゲリラクリスマスライブを行っているため今は一人です。

 

 

午後8時、携帯を手に取りトレーナーさんに電話をかけます。

 

プルルル…、プルルル…

 

3コール、4コール

 

彼は出ませんでした。

そのまま待っていると留守番電話へ繋がる音声案内。

すこし待ってからまたかけてみましょう。

そう思い5分後にかけても同じでした。

 

 

――――もしかして何かあったのでしょうか

 

 

そう心配になり、居ても立っても居られず、既に着替えたパジャマの上から上着を羽織り寮の外へ出ていきます。

寮の門限は22時、そこまでに戻れば大丈夫です。

 

駆け足で学園へと向かい、まだ空いている校門を通っていく。

パジャマの上から上着を羽織っているだけなので少し寒いですが、走っている内に暖かくなってきました。

既に空は満点の星空、そして月が夜道を照らしてくれています。

 

外からトレーナー室を見るとまだ明かりはついているのが見えました。

それを見ては校舎の中へ。

既に殆どの生徒はおらず、他のトレーナーの方々も既にクリスマスという事で誰もいません。

唯一明かりがついているその室内の扉の前。

その扉の前で一度息を吐いた後に扉に手をかけてがらら、と音を立てながらゆっくりと開けていく。

 

 

部屋の中ではトレーナーさんがソファーの上で横になり、そして目の所を腕で覆い隠すようにして横になっていました。

扉を閉めて彼に近づいていくと、すー、すー、と一定間隔で呼吸をしていました。

 

 

――――よかった

 

 

トレーナーさんに何かがあったわけではない事を知り、ほっと胸を撫でおろします。

ふと、視線は彼のいつも座っている机。

其方に視線を移すとそこにはまたエナジードリンクの空き缶、そして開きっぱなしになっているパソコン。

更にはレースの資料やトレーニング内容をまとめたA4の用紙が散らばっていました。

その資料たちを一つにまとめて揃えているときにふと入ったパソコンの画面。

パソコンはロック画面になっておらず、誰でも見れるようになっていました。

不用心ですね、なんて心の中で唱えてはキーボードに手を伸ばしロック画面にしようとするとその画面には私についてまとめられた資料でした。

 

私の強みや弱み、それらがまとめられるのを見ると少しだけ気恥ずかしさが勝ってしまいます。

本当は良くありませんが、少しだけ、本当に少しだけ見てしまいたいという欲に逆らえず、マウスホイールを操作して下へとスクロール。

私の適正距離、適正なレースの運び方、作戦方法、ほとんどレースについてまとめられています。

一番最後の備考欄、そこにある文言に私の視線は奪われてしまう。

 

 

”エイシンフラッシュは運だけのウマ娘ではない、俺の不甲斐なさが原因だ”

 

 

そう書かれていました。

運だけのウマ娘、そして不甲斐なさ。

………トレーナーさんが無理をしていたのはこれが原因なのでしょう。

 

私が負けているのはトレーナーさんのせいだと、彼は一人で抱え込んでしまっている。

 

「そんなことありませんよ…」

 

彼に聞こえないように小さく呟く。

トレーナーさんが抱え込むのであれば私も一緒に抱えましょう。

彼一人で抱え込むのは――――それは余りにも残酷なのですから。

 

彼へと近づいていき、起こさないようにゆっくりと頭を上げ、そしてその先ほど頭があった部分に座ります。

そして、自分の太腿に彼の頭を乗せる。

所謂膝枕、というものです。

ソファーに頭を乗せるより、此方の方がきっと彼も良い夢を見れるでしょう。

いつも頑張っている彼へのご褒美です。

 

 

寝ているトレーナーさんの表情は肌が白く、体調が悪そうに見えました。

そして少しだけどこか苦しそうにしています。

 

私はその苦しそうな表情を和らげるように彼の頭に手を伸ばしていき、

 

「よしよし…トレーナーさん…私は知っていますよ」

 

と小さく、彼に語り掛けるように告げながら頭を撫でていきます。

そうした後にトレーナーさんの表情は少し和らいだように見えました。

その表情を見て私も自然と笑みが零れてしまいます。

 

 

「もし…トレーナーさんが起きたらこの状況をどう思うのでしょうね」

 

 

びっくりするのでしょうか、それとも何事無さそうに受け入れるのでしょうか、照れてそのまま動かなくなるのでしょうか。

それらを思案すると思わず笑顔が零れてしまいます。

 

――――彼のことを考えていると胸の中が暖かくなる

 

…ここ最近、何かをするのもトレーナーさんのことを考えてしまう。

お出かけするのも、何かをするのも、”もし彼が”なんていうvielleicht(もしかしたら)を無意識に思ってしまう。

 

それもそうです、出かけるのも何をするのもトレーナーさんが一緒なのが当たり前でしたから。

 

――――いえ、違います。

 

ただ一緒にいるから、で考えたりしません。

ですが常に彼と一緒に出掛けたら、彼と一緒にしたら、彼と一緒に――――

 

ずっとずっとそうでした。

 

 

 

 

 

 

 

あぁ――――――私はトレーナーさんのことが好きなんですね

 

 

 

 

 

 

 

自分で気づく答え。

それが分かればまた胸のあたりがぽかぽかと暖かくなっていく。

そして気づいてしまったが故の己の感情が押さえれなくなってしまう。

 

「好きです…トレーナーさん。好きです…」

 

はしたない女と思われてしまうでしょうか、未熟と思われてしまうでしょうか。

でもこの思いは今はまだそっと胸の中にしまっておきます。

もし、彼に今伝えてしまえばそれは重りとなり、枷に変わって彼を縛り付けてしまう。

想いを伝えることはトレーナーさんとの関係を変えてしまう。

だから少しずつ、彼に好いていることを伝えていきましょう。

 

もしかしたら気づかれないかもしれません。

もしかしたら地球最後の日までこの想いを抱えたまま私は死ぬかもしれません。

もしかしたら…振られてしまうかもしれません。

 

この想いを伝えるのは…きっとまだまだ先でしょう。

ですが来るべきとき、私の想いをトレーナーさんに伝えましょう。

 

 

だって

 

 

 

 

彼が好きなのだから

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「んんっ…あれ…フラッシュ…?」

「おはようございます、トレーナーさん。今は午後9時30分ですよ」

「えっ!?」

 

トレーナーさんは驚いた顔起き上がり、そして壁時計に視線を移します。

その後、頭を下げては少し項垂れた様子を見せた後に、私の方に振り向き

 

「ええっと…フラッシュ…?なんでここに……?」

「20時からお電話する予定でしたよ。お忘れでした?」

「……あっ!…………ごめん…」

 

もし彼に私と同じようにウマ耳があれば項垂れているのが見えるほど申し訳なさそうにしています。

私は少しだけ微笑んだのちに

 

「気にしないでください、トレーナーさん」

 

と彼を気遣います。

それでも彼は視線を伏せており、その様子は母親に怒られた小さな子供のようになっています。

トレーナーさんにとって、私と一度組んだ予定を破るのは初めてのこと。

それだけ彼にとって大事にしていたのでしょう。

 

「来てくれて嬉しいよ…でも、もう門限だし…フラッシュは帰らないと、な?」

「帰るならトレーナーさんも一緒ですよ?」

「俺はまだ仕事があるから…」

 

「こんなに体調を悪くしているのに…ですか?」

「さっき寝たからもう大丈夫だよ!」

 

彼は両手を上に挙げてファイトポーズ、どうみても空元気にしか見えませんでした。

 

「私との予定を忘れていたほど疲れて寝ていたのに…?」

「うっ………」

 

彼の腕は下がっていき、またしゅん、と項垂れてしまいます。

その彼の様子に噴き出すように私は笑ってしまい、トレーナーさんは此方を見て不服そうに見つめてきています。

 

さて、いつもの楽しい会話はここでお終い。

先ほどの楽しい笑みから1つ息を吐いて、

 

「トレーナーさん」

「…どうした?」

 

トレーナーさんが私の雰囲気を察してくださり、此方を見据えてくださります。

 

「…申し訳ありません、勝手にパソコンの中身を見てしまいました」

「――――――その様子だと最後のやつも見たんだな?」

「……はい」

 

もうトレーナーさんのことを無理をさせない。

私がもっと彼の心に踏み込めば、彼はここまで自分を痛めつけなかった。

だから…もう言い訳をして逃げません

 

「教えてください、ずっと…ずっと日本ダービーを勝ったあの日からトレーナーさんはおかしいです」

「おかしくなんかない、俺は――――」

「嘘、ですよね?」

 

トレーナーさんは唇をきゅっ、と強く結んでしまい、まるでそれ以上会話を続けたくなさそうに閉ざしてしまう。

 

 

 

「私を信用してください。貴方が一目惚れした、私を」

 

 

 

ずるいかもしれない、でも、彼の本心が聞きたい。

何を抱えているのか、何故無理をしているのか、彼が抱えているもの全てを。

 

「………日本ダービーの格言を知ってるか?フラッシュ」

「格言…ですか?」

「もっとも運の良いウマ娘が勝つ、というんだ」

 

もっとも運の良いウマ娘が勝利を掴む。

聞いたことがあります。

昔のレースでは今以上に多くのウマ娘が走ることがあったため、勝利をするためにはまず内枠に入ることが大事、というものです。

 

「凄い小さくて、そしてくだらない話だよ」

「構いません」

「……分かった」

 

 

 

彼は視線を此方へ向けてゆっくりと口を開き、

 

「フラッシュ、君が勝った日本ダービーは内枠。つまりその運の良いウマ娘が勝つ条件をまさに満たしていたんだ。世間からは勿論賞賛も多かった、だけど少なからずこうやって言う人もいたんだ」

 

 

”運だけのウマ娘”

 

 

「だから俺は…悔しかった。君の走りを否定されたように感じて…。だから菊花賞を勝たせたかった。今思えば菊花賞は避けて、他の方法も取ることはできたのに…俺はクラシック三冠に固執してしまった」

 

トレーナーさんの話す言葉は弱々しく、そして彼の視線は常に広げた自分の掌を眺めていました。

 

「笑えるだろう。君と3年間駆け抜けたい、そう言ったのに…導くといったのに実際はできていなかった」

 

そんなことはありません。

 

「君を勝たせたいと思っていたのに…どこかで(おご)っていたんだろう」

 

違います。

 

「俺は……最初の担当である君を使って、自分のエゴを満たしたいだけだったん―――」

「違いますっ!」

 

大きな声を張り上げてしまう。

自分の中で渦巻いているもやもやとした気持ち、それを吐き出すように私は――――

 

「それを言うなら私もです。トレーナーさんを利用して自分の理想を目指そうとしていました」

「ウマ娘にとってそれは普通だろう?誰だって勝ちたい、強くなりたい、理想の自分を目指したいはずだ」

 

 

「それならば、トレーナーさんにも同じことが言えるはずです」

 

一瞬だけ彼の瞳が大きく開かれる。

そう、トレーナーとウマ娘、この関係は一心同体。

お互いに理想を目指し、そしてお互いを利用する。

でも、それでいいのです。

 

私は貴方を利用します、誇り高いウマ娘になるために

貴方は私を利用してください、トレーナーとしての名声、栄誉のために

 

「それに…もし私が運だけのウマ娘ならばここまで勝てていません。トレーナーさんが導いてくださったから…ここまで来れたんです。もし、貴方が導いて下さらなかったら、私はここまで来れませんでした」

 

もし、貴方が私のトレーナーにならなかったら、自分自身を無茶なスケジュールで破壊していたでしょう。

 

もし、貴方が導いて下さらなかったら、私は誇り高いウマ娘に近づくことはできなかったでしょう。

 

もし、貴方が一目惚れをしなかったら、私のウマ娘としての人生は終わりを迎えたでしょう。

 

私は彼に感謝を抱いています。

トレーナーさんがいたから、今の私がいる。

 

彼がソファーを力強く握りしめていく。

先ほどよりも唇を強く噛みしめていく。

私は彼に少しだけ近づいてお互いの距離を縮めていきます。

 

「トレーナーさん、だから私を信用してください。利用してください。全て抱え込まないで、私に話してください。」

「…それを言われたら…俺は君に…甘えてしまうかもしれない」

「私はもうたくさんトレーナーさんに甘えています。だからたまには甘やかさせてください。」

 

トレーナーさんが抱え込むなら、私は彼を支えましょう。

 

「俺は…君を勝たせられないかもしれない」

「なら、勝てて、そして誇り高いウマ娘になれるように一緒に考えましょう?」

 

トレーナーさんが辛いなら、私は彼を癒しましょう。

 

「俺は…間違いを犯すかもしれない…」

「なら、お互いに導き合いませんか?私の道が外れたらトレーナーさんが、トレーナーさんの道が外れたら私が導きます。」

「そう…か…」

 

トレーナーさんの唇が震える、ゆっくり、開くも声にならない声。

 

「ごめ…っ、ほん、とうに…」

「大丈夫ですよ、トレーナーさん」

 

彼が抱えていたものが全てゆっくりと涙となり、嗚咽となってあふれ出していく。

私は隣からそっと彼を抱き寄せ、ゆっくりと頭を撫でていく。

何度も何度も彼は小さな声で懺悔するように「ごめん」という単語をひたすらに繰り返していきます。

 

 

あぁ、彼は優しすぎるのですね。

自分に嫌悪を覚え、そして、他人の目を気にしてしまう。

そしてそれを他人に悟られないように必死に取り繕ってしまう。

 

不器用なのでしょう。

抱え込めば、それをどうすればいいか分からなくなってしまう。

 

そんな彼でさえ愛おしいと思ってしまうのは私自身と重ねてしまうところがあるからでしょうか。

少しだけ自嘲気味に鼻で小さく笑ってしまいます。

 

そうして私は彼が泣き止むまで、彼の頭を撫で続けました。

 

 

 

**

 

 

 

「その…すまない、こんな姿を見せてしまって」

「気にしないでください、落ち着きましたか?」

 

あれから15分後、トレーナーさんはひとしきり泣いた後に目元を赤く腫らしていました。

彼は視線を私の胸元、ちょうど彼を慰めていたところを見ていると

 

「…その…それ洗って返すよ、今度…」

 

と申し訳なさそうに頭を下げて告げました。

 

「ふふ、本当に大丈夫ですよ」

「でも…汚くないか?」

「いえ、トレーナーさんが想いを打ち明けてくださった涙ですから、汚くないですよ」

「そ、そうか……」

 

彼は頬を少し赤らめては視線を横に逸らしてしまいます。

こうやってトレーナーさんと話していると意外と子供っぽい所もあるんですね。

可愛い、なんて思ってしまいました。

 

時刻は午後10時を過ぎています。

トレーナーさんとお話をしているとやはりすぐに時が過ぎてしまいますね。

私が時計を見たのに気づけば、彼も其方に視線を向けていきます。

 

「あー…門限…過ぎちゃったな…」

「そうですね、怒られてしまいます」

「…凄い悪い事言っていいか?」

 

私は少し首を傾げて見つめていきます。

珍しいですね。

 

「えぇ…大丈夫ですよ…?」

「…もう少し君と話したい」

 

トレーナーさんから思いがけない言葉。

 

「ふふ、いいですよ。もう少しだけ、ですからね」

「ありがとう、フラッシュ」

 

彼の表情は明るくなり、そして嬉しそうにしていました。

その表情は子供が願いを叶えてもらったような無邪気な表情でした。

そして、すぐにその子供の表情はいつもの大人の表情へと変わっていきます。

 

「フラッシュ、ありがとう。俺は君に何度救われたんだろうな」

 

何度、私はそんなに沢山救った覚えはありませんよ、トレーナーさん。

 

「だから…俺は君をこれから…沢山支えるよ」

 

ありがとうございます、トレーナーさん

 

「そして……不躾だけど…俺を支えてほしい。お互いに支え合って、シニア級を君と駆け抜けたい」

「…っ、はい、はいっ…私も…トレーナーさんと駆け抜けたいです」

「…よかった…断られたらどうしようかと…」

「断りませんよ…、トレーナーさんのお願いなのですから。これからは一心同体、ですね」

 

貴方の頼み事であれば私は受け入れましょう、そのために予定を空けるのもやぶさかではありません。

 

「では…私も…1つお願いをしてもよろしいでしょうか?」

「どんと来てくれ」

「それでは…また一緒に沢山お出かけをしませんか?忙しそうにされて、少なくなっていたので…」

「……あぁ、お安い御用だよ」

 

トレーナーさんとのお出かけ、デート、お散歩、食事、それらがまた休日に多くできる、それだけで私は嬉しくなってしまいます。

ぱたぱた、と自分の尻尾が無意識に左右に揺れているのを感じます。

トレーナーさんがその動きに気づいては「ははっ」と笑っては私は少し頬が赤くなってしまいました。

 

 

―――――でも、今日は日本で体験した特別なクリスマスになりました。

 

 

 

■□■□■

 

 

 

 

「………今思い出すと俺って結構酷いやつだし、未熟だなって思うよ。」

「ふふ、でも可愛かったですよ」

「揶揄うのは止めてくれ…」

 

2人で写真を見ながら話していく。

このことは俺にとってあまり話したい物語ではなく、そして恥ずかしい過去である。

手に持っている写真はその帰り道、携帯でインカメにして2人でのツーショット。

この前までの写真とは違い、お互いの肩は触れ合うほどに近く、そして緊張気味の俺の表情。

フラッシュが写真として残したいと言っていたが、俺は拒否をしていたが、そのまま勢いに押されて撮ってしまった写真である。

今でもこのことを思い出すと穴に入りたいと思ってしまう。

 

このときだろうか、彼女を意識し始めたのは。

彼女のことは一目惚れをしていた。

だがそれはあくまで彼女の走りに対してだと思っていたが、どうやら走りだけではなかったのはこの時だろうか。

 

時刻は14時。

窓の方にふと視線を向ける。

太陽が空高く輝いており、そして真っ青な空。

雲1つない、青い青い空である。

 

昼間になり少しだけ太陽による暖かさも出てきただろうか。

リモコンを操作して暖房の温度を下げていく。

 

「このあとは…シニア…ですね」

「あぁ…最後の年だ」

 

リモコンを置き、俺はその”クラシック”と書かれたファイルをまた対面のソファーに置いていく。

そして”シニア”と書かれたファイル、それを手に取り、ソファーに座って開いていく。

 

フラッシュは座りなおすのと同時により近づき、お互いの肩が触れ合っていく。

彼女の方に視線を向けると首を傾げ、まるで何かあったかのように不思議そうにしている。

 

俺も少しだけ座りなおすようにして彼女に近づいていき、触れ合う、のではなく、肩や腕が当たるほどまで密着した。

 

「くっつきすぎですよ、トレーナーさん」

「フラッシュがして欲しそうだったから…ダメか?」

「…っ、いえ…嬉しいです」

 

彼女が頬を赤らめ、少しだけ視線を下に向けてしまう。

可愛い、なんて思ってしまう。

そんなことを考えてしまった自分にも少しだけ照れくささを隠すように唇を少しだけ噛んでしまう。

さすがに大胆すぎたな、なんて思ってしまう。

 

彼女とより仲を深めたシニア

 

そして天皇賞・秋

 

最後のラストラン、有馬記念

 

 

これは最初で最後の――――彼女が誇り高いウマ娘へ目指した道

 

 

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