【完結】3年後に世界が滅ぶと知ったエイシンフラッシュとトレーナー 作:ポンタ4
夏合宿、去年と同じあの例の合宿所へ足を運んでいく。
携帯の電波は全て遮断され、絶海の孤島というわけではないがそれに近い。
前哨戦として春は新潟大賞典を走り、1着。
春はファン投票により宝塚記念を走ったものの、結果は3着。
彼女の閃光の末脚にはより磨きがかかっていたもののシニアのG1初戦は苦い思い出となってしまった。
シニア級、今年最後のレースばかりであり、今までレースから離れていたウマ娘も参加表明を行い、今年はより苛烈となっている。
一時代を築いた黄金世代の参戦、三冠ウマ娘、そして既に現在クラシックで覇道を貫きつつあるもの。
そんな思いが渦巻いていくなか、俺とフラッシュは最後の夏合宿へ足を運んでいた。
砂浜に足を踏み入れるだけで太陽の暑さが全身を燃やすように照らしており、首や額から汗が出てくるのを感じてしまう。
「今日は…一段と暑いな」
「そうですね…」
既に海に入りはしゃいでいるウマ娘もいるが、やはり多くはその暑さに項垂れてしまっている者も多い。
これはまずは暑さに慣れる所からスタートだろう。
「とりあえず、水着に着替えてきてくれ。トレーニング内容をまた教えるよ」
「わかりました」
そう告げると彼女は更衣室へと向かい、俺はこの暑さにやられないように木陰へ足を運んでいく。
自分の持ってきたタオルで首元の汗を拭いていく。
「熱中症にだけは気を付けないとな…」
まるで自分に言い聞かせるようにしてフラッシュが着替えてくるのを待つ。
この夏合宿には多くのウマ娘達が参加している。
とはいえ、実際のところ劣悪な環境でもあるため、嫌がる子もいるがここでの経験は必ず力になるだろう。
「お待たせしました、トレーナーさん」
「よし…早速始めようかフラッシュ」
フラッシュはセパレート型のスクール水着を着て此方へ歩いてくる。
今日のトレーニング内容は主にスピードとパワーを鍛えるもの。
クラシックで来た際は脚が筋肉痛で負荷をかけれず、正直なところ夏合宿の意味はあったのか?と言われると微妙なところだが今回は違う。
彼女は宝塚記念を得て脚の使い方をだいぶ会得している。
彼女の脚における違和感は無くなっており、筋肉痛についても現在は起きていない。
今回の目標レースは天皇賞・秋。
そしてウマ娘達による最後のラストラン、有馬記念。
これを目指している。
天皇賞・秋、まずこれを必ず勝利する。
何故このレースに対して力を入れるのか、それはフラッシュの両親が見に来るからである。
彼女の三年間における集大成、彼女の両親が時間を作ってくれたため、彼女はより張り切っている。
彼女は両親に誇り高い姿を見せたいと思い、そして何より俺自身も彼女を両親の前で勝たせたいと考えている。
昔の俺ならまた一人で無茶をしていたが、今は彼女とレースプランを考え、トレーニング内容も併せて考えることもある。
そのため、以前よりも体調は良くなり、フラッシュからも「顔色が良くなりましたね」と少し誇らしげにしていた。
とはいえ、彼女の両親が来るのはジュニア級であるデビュー戦以来であるため、みっともない姿は見せられない。
というわけで今日のトレーニング内容を彼女と肩を合わせて話していく。
紙にまとめられた天皇賞・秋のコースやそのレース傾向。
また、今のフラッシュに足りていないものがまとめられたものである。
フラッシュと話し合い、そしてそのトレーニング内容を煮詰め、2人で議論をし、その内容を構築していく。
俺はトレーナーとしての視点、彼女は競技者としての視点。
ウマ娘の視点は自分は持ち合わせていないため、フラッシュからレース中にことを聞けるのは思わぬ収穫だった。
2人で議論を終えれば、まずは砂浜で脚を慣らすために軽いジョギングをさせる。
いきなり負荷の高い練習をすればケガの恐れがある。
最初の1週間は慣らしの練習。
その後は負荷を上げてフラッシュの瞬発力を上げ、そして誰も追いつけないほどの末脚を鍛える。
勿論、その末脚を出すための力やスタミナの練習も怠らない。
彼女と俺が一緒に作り出した完璧に近い夏合宿のトレーニング。
今年は一味違うんだ、そんな誰に言うわけでもない言葉を胸の中で誓うように告げた。
**
夏合宿が始まり、1月程経った頃、どうやらこの近くで夏祭りが行われると聞いた。
この夏祭りは去年の祭りと同じであるが、最後の夏祭りという事でかなりの金額をかけているらしい。
そのためいつも以上の盛り上がりを見せることだろう、とのことだった。
合宿場に来ては平日は練習、土日は合宿場では特に何かできるわけではないため、外に彼女とお出かけをすることもあった。
とはいえ慣れない環境下に置かれているため、少し疲れも出てきているのは分かる。
俺はこの夏祭りで彼女の息抜きをしようと思った。
ただ、これは息抜きなのではなく、去年フラッシュから誘われたのを断った贖罪としての面も備えている。
本日もフラッシュと砂浜でトレーニング。
彼女とのトレーニングに付き合い、一旦休憩。
息を少し切らしながら近づいてきた彼女に俺は
「フラッシュ。この近くで夏祭りがあるって聞いたか?」
「えぇ、お聞きいたしましたよ。」
「…もしよかったら俺と行かないか?」
「………本当ですか?行きたいですっ」
彼女が俺からの誘いに尻尾をぱたぱた、と揺らして嬉しそうに目元を細めて承諾してくれる。
となると、やはり浴衣だろう。
去年は彼女に写真で見せてもらった。
今年はどんな浴衣にするのだろうか、なんて考えては一人笑みが零れてしまう。
「笑って…どうされました?」
「いや…ごめんよ。ただ君の浴衣姿が少し楽しみで…想像してたらな。気持ち悪くてごめん」
「ふふっ、それでしたら私もトレーナーさんの浴衣は楽しみですよ」
「お互い様か。じゃあ当日までのお楽しみってことで」
「はい、楽しみにしていますね、トレーナーさん」
そんな会話をしながらまたトレーニングを始めていく。
夏祭りが楽しみなのは本心ではあるが、トレーニングとはまた別である。
それはそれとしてしっかりと気を引き締めていこう。
**
夏祭り当日。
俺は少し集合時間から遅くなってしまった。
神社の境内前にある鳥居、そこで集合しようとフラッシュと決めていたのだが、思っていたより着物の着付けに時間がかかってしまった。
既にLANEに謝罪と遅れることのメッセージを入れており、彼女は気にしないで欲しいとの返答。
とはいえ集合時間から既に10分ほど過ぎているため、時間を過ぎれば過ぎるほどより焦ってしまう。
自分の周りにも友人や恋人、家族連れが多く、例年以上の賑わいを見せている。
こんな中でフラッシュを見つけられるだろうか。
そう思いながら歩いていると、歩行者信号が赤になってしまう。
この歩行者信号の向こうが夏祭りの場所であるため、早く、早く青になれ、と心で唱えていく。
その願いが通じたのか、はたまた願いすぎて時間が過ぎただけなのか分からないが、俺が感じた時間より早く信号は青になった。
周囲の人に迷惑にならないように少し足早にフラッシュの元へと駆けつけていく。
境内へ近づけば他の少しずつではあるが人波は少なくなり、直接夏祭り会場へ向かうのではなく、写真を撮るもの、集合しているものに別れていく。
次第に目の前の視界が人ではなく、風景が見えるようになってきた。
そして大きな鳥居、ここに彼女が待っている。
自分の左腕に付けた腕時計を確認する。
既に集合時間から20分過ぎている。
あぁ、これは彼女に怒られてしまうな、なんて思いながら視線を正面に向けた。
鳥居の赤い柱部分、フラッシュはそこで一人で待っていた。
彼女の横顔、それは整っており、待ち人が来ないか心配そうにしてはどこか儚げに見えてしまう。
風で揺れる彼女の黒い艶やかな髪。
フラッシュは自分の前髪を少し触っては整えるようにして、待ち人を探すようにして視線を揺らす。
俺はただ呆然とその美しい光景に立ち尽くしていた。
フラッシュが此方の姿を見つけると体を正面に向けて、顔の近くで手を振っている。
それが俺だという事が分かれば、はっ、と意識を取り戻して彼女へ近づいていく。
彼女の浴衣は白を基調とし、そして彼女の瞳の色と同じ薄青色の朝顔が装飾されていた。
去年とは対照的な色合いの浴衣であり、それも良く似合っていた。
周囲の人やウマ娘たちも着物であるが、彼女の美しさとは比較ができない。
俺はまた彼女に一目惚れをしてしまった。
「トレーナーさん。遅刻ですよ」
「あ…あぁ、ごめん…」
「…?どうされたのですか?」
俺が歯切れの悪い受け答えをすると彼女は心配そうに見つめてくる。
普段見ない彼女の装いのせいか、はたまた俺が浮かれすぎているせいなのか、彼女の仕草、声、全てに魅了されている。
その魅了にかかってないように取り繕うと首を横に振って
「なんでもないよ。フラッシュの浴衣、凄く似合ってるね」
「ありがとうございます、トレーナーさんも良くお似合いですよ」
「はは、ありがとう」
彼女から褒められては少し気恥ずかしくなってしまう。
そしてまた俺はその気恥ずかしさが無いように
「行こうか、フラッシュ」
「はい、トレーナーさん」
2人で鳥居をくぐり、夏祭り会場へ足を運んだ。
夏祭り会場は既に多くの人とウマ娘がいて、中央では盆踊りが始まっている。
屋台以外にも何かの催しなのだろうか、ステージがありそこで子供や若い青年たちが代わり替わりステージに上って何かをしている。
こういった夏祭りに来るのは久しぶりである。
去年は彼女の誘いを断ってしまい、トレーナーになる前は勉強で忙しかった。
来るのは果たして何年前になるだろうか。
「トレーナーさんは普段こういった日本のイベントは来られますか?」
「うーん…最近はあんまり。昔は友達と行くこともあったけど…トレーナーになってからは殆どない…かな」
「とすると…私と来るのが久しぶり、ということでしょうか?」
「そうなるね」
フラッシュの問いに返答すると彼女は少し嬉しそうに頬を緩ませながら「そうなんですね」と一人呟くのが聞こえた。
「そうだ、夏祭りでしたいことはあるか?」
「したいこと…そうですね、型抜きや金魚すくい…色々してみたいですね」
「よしっ!なら…早速行こうか、フラッシュ」
フラッシュに手を伸ばし、その伸びた手を見ると首を傾げている彼女。
「人が多いし、はぐれたら危ないからさ。ほら、手出して」
「…っ、わかりました」
フラッシュは少しだけ瞳を大きく開いた後に、おずおずと片手を出してくる。
その手を俺は握りしめ、彼女を離さないようにしっかりと握りしめていく。
フラッシュ自身も握り返してくれ、お互いに離れることのない一本のロープへ変わっていく。
2人で横に並んで歩きながら、彼女のしたいことができる屋台へ。
握りしめた彼女の手は夏の暑さより、暖かく感じられた。
**
2人で夏祭りを楽しむ。
型抜き。
彼女が渡されたものは少し難しめなもので、俺が渡されたものはジグザクばかりのもの。
俺は失敗してしまったが、フラッシュは細かく削り、そしてやり遂げては誇らしげに自慢していて可愛かった。
射的。
俺が取った景品は小さいお菓子であり、フラッシュは計算をして欲張ってぬいぐるみを狙うも取れず。
少し悔しそうにしていたがその悔しそうな表情は年相応の彼女の幼さが見えて微笑ましかった。
盆踊り。
夏祭りの中心で色々な人を巻き込んでは大所帯になり、皆で踊っていく。
俺もフラッシュを誘ってその輪の中に入っていき、見よう見まねで踊る彼女の姿。
不器用ではあるもその踊る姿に目を奪われていた。
夏祭りの食事。
焼きそばやたこ焼きを食べて2人で腹ごしらえ。
フラッシュがりんご飴を食べたいとのことで注文をし、木の棒を刺したその飴を今舐めている。
「ふむ…これでしたら作れそうですね。ただ少々食べにくいのでカットしたリンゴに飴を垂らすのが作るときは良いでしょうね」
「フラッシュはお菓子のことになると変わるよな」
「…ある意味職業病なのでしょうね」
彼女は少し恥ずかしそうに頬を赤らめていく。
そうして彼女がリンゴ飴にかじりついては屋台を歩き回る。
「トレーナーさん、そろそろ花火の時間ですよ」
「もうそんな時間か、早いな…」
既に夏祭りで色々楽しんでは1時間と30分経っている。
花火がはじまるまで残り10分を過ぎようとしている。
楽しい時間が過ぎ去っていくのは早いものだ。
「私、良い所を知っているんです」
「いい所?」
「はい、此方ですよ」
フラッシュに手を引かれ、その目的の場所へと向かっていく。
神社から少し離れた場所で、既に他のグループがその花火を見るために場所を取っていた。
2人で歩いて、たまたま空いていた観覧場所。
そこに2人で座って、花火が始まるまで軽い雑談。
彼女は時折、リンゴ飴に噛り付いては口を動かして食べていく。
そうして時間が過ぎていくと、大きな音と光。
花火が打ちあがるとともに周囲の人たちも視線は其方へ向いていく。
おぉ、と歓声が上がり、中には”たまやー”と大声で叫ぶ者もいた。
花火は赤、白、黄色と色とりどりに咲きほこり、最後の人生の花火にしては贅沢すぎるほど綺麗だった。
「綺麗だな、フラッシュ」
「Schön…綺麗ですね、トレーナーさん」
そんなことを呟いては彼女も返してくれる。
フラッシュと最後の花火をこうやって一緒に見れることができて良かった。
俺はきっとこの光景を忘れることはないだろう。
ふと、視線をフラッシュの方へ向けると、既にフラッシュは俺の方を向いていた。
彼女と視線が合ってしまう。
視線が合っては無言の空白の時間。
お互いに見つめ合ったまま、花火はひたすらに咲きほこっていく。
時間にして数秒。
しかし、その数秒は永遠のように長く感じてしまった。
そしてその空白の時間が解かれたように俺と彼女、一緒に照れ笑いをしてしまう。
彼女の表情は花火に照らされ、そしてその赤くなった頬はリンゴ飴より赤かった。
フラッシュのその表情が今日見た花火の中で一番綺麗だった
□■□■
夏祭り
去年はファルコンさんと一緒に来た夏祭りは楽しく、そして刺激的でした。
日本に来てから初めての夏祭りは花火に屋台、今年と同じように過ごしました。
しかし、今年は一緒に過ごす相手は違います。
同室のファルコンさんとではなく、私を支えてくださるトレーナーさんと一緒に巡ることになりました。
彼と屋台を巡るというのはとても楽しく、そして…とても幸せでした。
彼と食べた屋台のご飯。焼きそばやたこ焼きといった日本の屋台料理に、リンゴ飴といったお菓子も食べました。
型抜きや射的といった夏祭り定番のゲーム。
型抜きは私に合っていたのでしょう、上手くできたのはとても嬉しかった。
そして花火、彼と見た花火はとても綺麗でした。
いえ……嘘です。
花火なんて見えていませんでした。
私は最初からトレーナーさんを見ていました。
花火で照らされる彼の表情、花火を無邪気な子供のように目を花火より輝かせて見ています。
「綺麗だな、フラッシュ」
「Schön…綺麗ですね、トレーナーさん」
ごめんなさい、私は花火を見ていません。
花火ではなく、トレーナーさんを見ています。
今日はトレーナーさんに手を繋いでもらいました。
はぐれないように、という名目でしたが、私にとって彼からして貰えるというのはとても幸せなことです。
願わくば
とても我儘な願いですが、花火ではなく
私を見てください。トレーナーさん
その願いが通じたのか、彼が此方を向いてくれました。
願いが叶い、少し驚いてしまう私。
トレーナーさんも固まり、そして数秒後にその時間が解けたように2人で笑ってしまいます。
彼の笑う顔、無邪気な顔、真剣な顔、それら全てが愛おしく思えてしまう。
なんて私は単純なんでしょうか。
願わくば、彼へこの想いが伝わって欲しい。
好きです、トレーナーさん