【完結】3年後に世界が滅ぶと知ったエイシンフラッシュとトレーナー   作:ポンタ4

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7.Dir gewidmet :貴方へ捧げる

【さぁ、今年最後の秋のG1前線。まずは振り返ってみましょう!】

 

 

控え室に備え付けられているテレビ。

そこから流れる今年の振り返り。

 

季節は秋、既に夏の暑さは消え去り、残暑すらも残らず、秋風が気持ちよく感じられる季節になりました。

私は既に勝負服に着替え、そしてレースに呼ばれるのを待っています。

今日、この日は私にとって最も特別な日となるでしょう。

私の両親が少ない時間を作ってくださり、そしてレースを見に来てくれています。

 

だからこそ、このために備えてきました。

夏合宿はあの夏祭り後により力を入れて、鍛えてきました。

夏合宿から帰ってからは芝に慣れるためのトレーニング。

芝と砂ではまた感覚が違うため、それを慣らし、そしてまずは前哨戦である毎日王冠へ向けた練習を行っていきました。

 

毎日王冠では無事に1着。

夏合宿の成果が出ているのか、いつもより足が軽く、そして自分の今の調整で勝てるという自信もつきました。

 

故に、今日のこのレースは負けられません。

両親の前で誇り高いウマ娘としての姿を必ず見せます。

 

テレビ番組でレポーターが興奮した様子で話していくのが見えます。

どうやら既に3冠を取ったクラシックウマ娘がいるそうです。

 

もし有馬記念に出ることがあれば強敵になることは間違いないでしょう。

ですがまずは目の前のレースに集中をしていかなければ。

 

ピロン

 

私の携帯から通知の音が鳴る。

携帯をバッグから取り出し、その通知は私のお母さんからのメッセージでした。

 

【日本の熱気は凄いですね、なんとか会場に着きました。今日は応援していますよ】

【ありがとう、お母さん。私、頑張るから】

 

そうメッセージを返信し、そしてトレーナーさんの方へ視線を移す。

 

「トレーナーさん」

「どうした?」

「今日は…両親と共に見守ってくださいますか?必ず、三人を見つけますので」

「勿論だよ。」

 

トレーナーさんは頷いてくれ、私はまたメッセージでお母さんに送信していく。

 

【お母さん、トレーナーさんが其方に向かうので一緒に見守ってくれませんか?】

【構いませんよ、では集合場所を決めませんとね…】

 

そんなやりとりをしているとドアの向こうから次の出走の呼び出し。

このドアの向こう、それを超えれば向かう先はウマ娘にとって戦いの場所。

 

体が震えている。

恐怖?

いえ、違います。

これは…武者震いというものでしょう。

 

シニア級でレースを走り、G1の舞台では勝てず、前哨戦だけ勝っているウマ娘、そういう前評判となっていました。

私は誰になんと言われようと構いません。

シニアの相手の面々はとてつもなく強い相手ばかり。

ですが逃げません。

あの日、トレーナーさんと共に支え合うと誓った日から――――

 

私の覚悟は既に決まっています。

 

 

2人で控え室から出ていき、そして私はパドックへ、トレーナーさんは観覧席へと向かいます。

お互いの歩みが反対方向に向いて2歩、3歩と歩いた後に、

 

「フラッシュ」

 

と背後からトレーナーさんの声。

そして彼が少し小走りで近づいていきます。

近づいてくる彼に私は首を傾げて不思議そうにして

 

「どうされました?」

 

と。

そんな私の不思議な様子をよそに

 

「フラッシュ、手を出してくれるか?」

「…はい、構いませんが?」

 

私はトレーナーさんの真意が分からずに相変わらず不思議そうな表情。

私は彼に右手を差し出していきます。

そうすると彼は差し出されていない左手を掴み、私の両手が彼の両手に包まれていきます。

私は目を見開いては驚き、そのまま動かずにまるで石のように硬くなってしまいました。

 

トレーナーさんが両手を強く、強く包み込んで数秒。

その数秒はとても長く感じて、そして彼に包まれた手のぬくもりが伝わってきます。

そして包みこまれた私の両手を彼がゆっくりと開放していきます。

 

「ええっと…トレーナーさん、これは…?」

「俺がフラッシュに頑張って欲しいって想いと楽しんで欲しいって想いと…まぁ色々な思いを詰め込んだ応援。君が無事に帰ってくるっていうおまじないも込めて、ね」

「…っ!」

 

私の頬が熱くなるのを感じ、そして両手で自分の口元を隠してしまう。

彼はそんな私の様子を見ては少し照れくさそうに微笑んでは、

 

「俺の想い…伝わったかな?」

 

と告げます。

こんなことをされては伝わらないはずがありません。

 

「…凄く、凄く伝わりました」

「よかった、それじゃ…また後でな、フラッシュ」

「はい、また後ほどお会いしましょう」

 

そう告げると彼は軽く手を振って私に背を向け、私の両親の元へと向かってしまいました。

その様子を見届けた私は、自分の心臓に手元を置く。

 

どくん、どくん

 

自分の心臓の鼓動音が良く聞こえる。

彼の想い、その思いを携えて私は走る。

 

これほどまでに幸せなウマ娘は――――私だけと思うのは傲慢でしょうか。

 

 

 

■□■□

 

 

フラッシュに俺の想いを託し、そして観覧席へと向かう。

フラッシュの両親はどうやら観覧席の最前列にいるとのことだが、最後の天皇賞・秋ということで人の入りも多い。

その人波を掻き分けながら彼女の両親を探していく。

 

人波のなかで一組の日本人離れした顔立ちの人物を見つける。

2年前に見たあの顔立ち、今でも覚えている。

あれが彼女の両親だ。

 

その二人に近づいていき、もしまた話すことになってもいいように拙いドイツ語で話しかける。

 

「エ…Entschul…digung (すみま…せん)

「…Bist du der Flash?(貴方はフラッシュの)

 

しまった、早速分からない。

彼女の父親が返してくれるが実際に流暢なドイツ語では上手く聞き取れないし、聞き取れてもそもそも理解ができない。

多分フラッシュのトレーナーですか?という意味で聞いているのだろう…。

 

Ja(はい)。すみません、少し勉強したのですが、あまり…」

「いえ…大丈夫です。言葉、覚えてくれるの、嬉しい」

 

ほっ、と胸を撫で下ろす。

俺はフラッシュの父親の隣に並び、その奥には彼女の母親。

其方に視線を向けると母親はにこり、と笑みを浮かべて挨拶をしてくれる。

俺も頭を下げて会釈をする。

 

「日本の…雰囲気はどうですか?」

 

出来る限り、この2人に難しくなく、そして分かりそうな日本語で話しかけていく。

 

「…そう…ですね、凄く、熱い、です」

「ドイツでも…?」

「…ドイツも、これくらい…いえ、これ以上です」

 

なるほど、ドイツでもウマ娘のレースはかなり盛んだと聞いたことがあるが、これ以上の熱気ならば一度は生で見に行きたかった。

そんな会話をしていると、途端に周りから大きな歓声が上がる。

パドックに視線を向けると、そこには今日出走するウマ娘達が入ってきており、各々手を振ったりして観客へアピールするものや、何度も深呼吸を繰り返すものもいた。

そこには勿論、黒鹿毛の髪色と尻尾をした彼女、エイシンフラッシュもいた。

彼女の枠番は12番、少し外側であるがそれも今回のレースの運び方には既に織り込み済みである。

 

相手にはセントライト記念を勝ち上がったフェノーメノ、NHKマイルを勝ち上がったカレンシャドウヒル、香港のG1を勝ったレクトルシップ、そして前回の

相手にとって不足はない。

 

パドックでウマ娘達が各々アピールをした後に、そのままゲートへ向かっていく。

 

「私たちの、Schatziは、勝てますか?」

 

Schatzi、これは確か宝物、という意味だったはずだ。

 

「…えぇ、gewinnen(勝ちますよ)

 

そう告げるとフラッシュの父親は此方に視線を向ける。

そして俺にふっ、と少し瞳を細めては優しそうな視線、その視線はどこか凛としたものではあるが、フラッシュと似た優しい物であった。

 

「トレーナーさんが、そういうなら、私たちは信じます」

 

信じる、彼女の両親からそう言われてしまうと自分の掌に力が入る。

ふぅ、と自分を落ち着かせるようにレース場を見据える。

既にゲートにはウマ娘達が入り始めていた。

 

 

 

□■□■

 

 

 

12番のゲート、そこに入っていくと後ろの入り口はかちゃん、と音を立てて閉められる。

遠くから聞こえる歓声。

G1の舞台、シニア最初のG1は入着をしましたが、勝てませんでした。

その時に私に芽生えた感情。

 

”勝ちたい”という感情。

 

この感情が芽生えるとともに、私は勝利と共にもう一つの感情が芽生えました。

 

”走るのが楽しい”という感情。

 

今の私にはこの2つの感情が胸の中で渦巻いています。

 

全てのゲートが閉じる音が聞こえました。

出走までもう少し。

走りたい、早くこのゲートを開けてほしい。

そう胸の中で呟き、そして―――――

 

 

その瞬間が来ました。

 

 

 

ガタンッ!と大きな音を立てて、目の前の壁がなくなり、一斉に走り出す。

全てのウマ娘達が走り、私もそれに続くようにして中団に入っていく。

 

【さぁ!始まりました!各ウマ娘一斉にスタート!】

 

自分の呼吸の音が良く聞こえる。

最内側、12番からかなり良い位置を取ることができました。

しかし、一番前のウマ娘はかなり飛ばしており、全員焦っているのが分かります。

 

私も出遅れないように、しかし掛からず、しっかりと力を脚に貯めていく。

 

【二番手はカレンシャドウヒル!1番手とは4馬身以上離れています!かなり長めのレース展開となっております!】

 

少しだけ私の右に視線を動かす。

隣にはトーセンジョーダンさん。

前回のこの天皇賞・秋で栄光を掴んでいる。

時折ジョーダンさんとは並走したり、お話して過ごすこともあり仲は良いですが…今は勝負の場。

 

中団はある程度固まっており、特に先頭のウマ娘は現在大逃げ状態。

あの子についていけば潰れてしまうのは確実、あのハイペースではきっともたないでしょう。

 

【早い早い!1000mは57秒3のハイペースとなっています!】

 

私の後ろにはレクトルシップさん、その先にはフェノーメノさん、全員が大逃げしている先頭のウマ娘を無理には追いかけず、少しだけペースが変わるのを感じ、私もスタミナの温存をしていく。

自分の芝を蹴る音、そして呼吸音。

心臓の鼓動、それが良く感じられる。

他のウマ娘達も近くにいるもその呼吸音は聞こえない。

 

自分の走りに集中できているのが感じられる。

ゾーン、という状態はまさにこのことを指すのでしょう。

トレーナーさんと組んだこのレースの展開、ここまでの早いペースになるのは少し想定外でしたが問題ありません。

 

【さぁ、大ケヤキを超えてウマ娘達も上がってきた!】

 

最終コーナーを回り、自分の目の前に1つの線が浮かび上がる。

 

――――――――今、この瞬間っ!

 

右足を前に踏み出した瞬間、今まで溜めていた力を一気に放出し、芝を蹴り上げる。

蹴り上げた芝は抉れ、宙に舞い、私は更に前へ前へと力を込めて走り出す。

最内側で見えたこの一本の道筋、それが途切れてしまわないようにひたすらに走り出していく。

 

【内から!エイシンフラッシュが上がってくる!ダービーウマ娘、エイシンフラッシュ!しかし、一番先頭にはまだ距離がある!】

 

中団から抜け、目の前には残り1つ。

既に正面のウマ娘の脚がバテ始めているのが分かります。

4、3、2…少しずつ距離が迫ってくる。

 

―――――違う、これは一番前のウマ娘との距離が縮まっているだけではないっ…!

 

【外からフェノーメノ!フェノーメノが上がってくる!】

 

気づけば既に私が一番前。

既に自分の視界には誰もいない。

聞こえるのは背後から追い上げてくる芝を蹴り上げる脚音。

 

負けないっ――――

 

この勝利を両親に、トレーナーさんに――――!

 

【フェノーメノ!エイシンフラッシュ!フェノーメノ近づく!エイシンフラッシュに迫る!】

 

 

私の閃光はここで終わらせない!

 

 

【エイシンフラッシュ!エイシンフラッシュがこの府中で!ついにG1にて再び輝きました!】

 

 

ゴール版の前を通った後にゆっくりと少しずつスピードを緩めていく。

 

勝った。

勝った、勝った、勝った!

 

私が…勝った!

 

はぁっ…はぁっ、と息を切らし、心臓の鼓動が早く、大量の酸素を体が欲しているのがわかります。

しかし、その心臓の鼓動音や自分の呼吸音より聞こえる、観客席からの大歓声。

地面が揺れるほどの大きな歓声が上がっている。

 

ゆっくり、芝の感触を脚に感じながら、観客席へ近づいていく。

お父さん、お母さん、トレーナーさんは…?

観客席を見渡しても人が多く見つからない。

 

疲れによる少しふらついた足取り、額に汗が垂れ、それが芝に落ちるのも気にせずに視線を動かし続ける。

レースを終え、脳のドーパミンが切れては視界が少し狭くなるように周りが暗くなる。

3人を必ず見つけるといったのにこれでは世話がな――――

 

 

「フラーーーーーーッシュ!!」

 

 

一際大きく聞こえた私を呼ぶ声。

その声は大歓声の中でもとても、とても良く聞こえる。

其方に視線を向けると片腕を大きく上げて此方に手を振るトレーナーさんの姿。

そして彼の横にいる私の両親。

両親も控えめに腕を上げて、私に手を振ってくれていました。

 

ふふっ、少し子供みたいにはしゃいでいる彼の姿を見ていると疲れが飛んでいってしまいそうになります。

 

彼はいつもこうやって私が迷い、そして見えない袋小路に陥った時に助けてくれました。

ジュニア級の出会い、あれがなければ私はあそこで終わっていた。

あの出会いが会ったから、私はここまで来れました。

 

私が貴方の人生を変えたと思っていますが…それは私もそうなんですよ。

 

私は右膝を芝の上につかせ、そして片足を曲げて軽く座り込む。

左手を自分の胸元へも持っていき、そして右手は水平に伸ばしていく。

自分の頭を少し下げ、敬礼。

 

このG1レース、私を産み、そして育ててくださったLiebe Eltern(最愛なる両親へ)

そして、私をここまで導いてくださったAn meine Geliebte(最愛の貴方へ)

 

 

この勝利を貴方たちへ捧げます

 

 

***

 

 

「凄かったぞ、フラッシュ!」

「トレーナーさんっ…!」

 

私が控え室へ戻る最中に、同じく帰ってきたトレーナーさんと出会います。

彼の背後には両親が立っており、私は既に興奮状態。

 

「PaPa、MaMa…!」

「はは、そうやって呼んでくれるのは久しぶりだね」

「あっ…」

 

昔小さいころに両親を呼んでいた言葉。

それをお父さんに言われてしまうと少し恥ずかしくて頬を赤らめてしまいます。

 

トレーナーさんは少し離れて、私たち家族の時間を大事にしてくれていました。

 

「フラッシュ、君はよくやったね。誇りある娘だよ。」

「お父さん…」

「勿論、フラッシュ自身は私たちの宝物だよ。それは過去も今も、そしてこれからも変わらない。けれど、君は己の道を全うした。今はフラッシュ、私は一人の人間として君に敬意を払うよ」

 

「フラッシュ、私は見にこれてよかったです!本当に…貴方は素晴らしい子…素敵でした。まさに、Super、toll、klasse、ですね!」

「お母さん…うんっ…うんっ…」

 

私は少し感極まり泣きそうになってしまう。

その涙が見られてしまわないように、目元を左手で擦り、そして両親を見据えます。

 

「忙しい中、来てくれてありがとう。お父さん、お母さん…私は…2人の娘として産まれてとても幸せです。」

「フラッシュ…」

 

お父さんの少し驚いた顔、こんな顔を見るのは久しぶりです。

 

「だから…ありがとう、と言わせてください。日本に留学させてくれて、私は色々なことが経験できました。これ以上ないほどの思い出を、沢山…沢山この日本で作れました」

「それは私たちもよ、フラッシュ」

 

お母さんが歩み寄り、そっと抱きしめてくれる。

この温もり、久しぶりの感覚です。

 

「私たちの方こそ、産まれてきてくれてありがとう、フラッシュ。お父さんも私も貴方のことを誇りに思います」

「お母さんっ…」

「私もだよ、フラッシュ」

「お父さんっ…」

 

両親に抱き寄せられ、自分の体が包まれていく。

胸の中が二人の愛情によって暖かくなる。

 

 

2人の娘として産まれて、私は幸せです。

 

 

**

 

 

 

「ただいま戻りました、トレーナーさん」

「おかえり、フラッシュ。もう大丈夫か?」

「はい、お気遣いありがとうございます」

 

控え室に戻り、トレーナーさんに話しかける。

彼は椅子に座って私を待っていたようで、部屋に入ってきた私を見かけると立ち上がって此方へ来てくださりました。

 

「その…両親は今から東京観光をしてホテルへ帰るそうです。その、我儘なのですが、今から夜の外出届をだして間に合うでしょうか?」

「間に合わせるよ、絶対に」

「ありがとうございますっ!」

 

トレーナーさんが微笑んで私の我儘を聞いてくださります。

私は彼に甘えてばかりですね。

 

「トレーナーさん、ありがとうございます」

「いきなりお礼ってどうしたんだ?」

 

私は彼に頭を下げてお礼を告げると少し困惑した様子を見せています。

直ぐに頭を上げ、彼を見据えながら

 

「私がここまで来れたのはトレーナーさんのおかげです。もし、貴方が私のトレーナーになっていなければ今頃私はここにはいませんでした」

「それを言うなら俺もだよ。君の走りに魅せられて、トレーナーを辞めずにここまで来れたんだ」

「では…お互い様、ということで…?」

「…まぁ、そうなる…のか?」

 

彼は少し考えるように腕を組んでいき、そして2人で噴き出すように笑ってしまいます。

 

「ははっ、フラッシュ…おめでとう。本当に君は誇り高いウマ娘だよ」

「はい、ありがとうございます、トレーナーさん」

 

彼の賞賛の言葉、その言葉はとても私にとって嬉しく、私の胸の中に刻まれました。

 

 

**

 

 

夜、ウィニングライブを終えてトレーナーさんに外出届を出して頂きなんとか受理されました。

私は両親と一緒に東京の中を観光していきます。

私自身、東京について深く知っているわけではないですが、有名な所を一緒に回っていきました。

スカイツリーの展望台に入って、家族三人で写真を撮影し、街並みの観光や食事をしていきました。

 

お父さんはそこで珍しくお酒をかなり飲んでしまい、かなり酔っぱらっていました。

とはいえ、酔っ払ったとしても暴れたりするのではなく、寝てしまうので手はかかりません。

2人で、それぞれ肩を貸してそのままホテルへお父さんを連れていきます。

普段からもっと重い物を持ってトレーニングをすることもあるのでこれくらいは何ともありません。

 

時折、私の名前を夢の中で呼んでは変なむず痒さを感じてしまいました。

ホテルの部屋にたどり着き、お父さんをベッドへ寝かせていけばお母さんが

 

「ふふっ、お父さん、本当に嬉しかったのね」

「えっ?」

「普段お父さんはお酒を沢山飲まないでしょう?」

「はい、沢山飲むとお菓子の味が分からなくなると聞いていたので…」

「そうなの。でもね、すごく嬉しいことがあるとこうやってたくさん飲むのよ。フラッシュが日本ダービーに勝った時もそうだったわね」

 

またむず痒さ。

両親については私はまだまだ知らないことが多そうだと感じてしまいました。

でも、そんな秘密がお父さんにあっただなんて、少し得をした気分でもあります。

 

「フラッシュ、此方にいらっしゃい」

「…お母さん?どうしたの?」

 

私のお母さんはホテルの大きな窓際に備えられた、柔らかい1人専用のソファーに座り、その対面に座るように指示をします。

私は何をするのかわからないものの、その指示に従い、対面に座っていきます。

 

「フラッシュ、今から大事なお話をするわね」

「はい」

「ドイツに帰国するつもりはない?」

「帰国…」

 

ドイツへ帰国、つまりこれは私が日本でウマ娘として走るのをやめるという決断が迫られているのでしょう。

 

「日本からドイツへの便が今空いているのが11月後半しかないの。12月からは全て埋まっていて…世界の終わりが近いからその分飛行機も少なくなってね…」

「つまり…そこが最後…?」

「そうね。フラッシュはどうしたい?」

 

今まで目を逸らして生きていた事実をここで叩きつけられる。

そうでした、来年の2~3月あたりで地球が滅ぶ。

あまりにも慣れてしまっていた感覚とその異常さ。

自分の意識が足元に落ちていく。

 

ドイツへ帰らなければ、きっと家族と最後の時を過ごすことはできないでしょう。

ですが、今から帰ることになれば最後のラストラン、有馬記念に出ることは叶いません。

それにトレーナーさんと過ごすこともなくなるでしょう。

 

私がもしトレーナーさんと一緒にドイツへ帰れば、彼とそして家族と最後の時を過ごすことができる。

しかし、帰ってしまえばラストラン、有馬記念に走ることは不可能になるでしょう。

 

では、その逆。帰らなければどうでしょうか。

有馬記念に出ることも、勿論トレーナーさんと一緒に過ごすこともできる。

しかし、家族と最後の時を過ごすことはできません。

 

ぐるぐる、と渦巻く思考。

どうすれば…というときに彼の言葉がふと過ぎる

 

”君の走りに魅せられてしまった”

 

その言葉、私の走りは人を魅了する力を持っている。

そしてその走りの楽しさを教えてくれたのはトレーナーさんでした。

トレーナーさんが居なければ私は誇り高いウマ娘になるために走るだけの機械になり、そしてその機械はロクな結果も残せず、ただ後悔を抱えたまま死んでいくことでしょう。

 

ですが、全て。

全て彼のおかげで私は走るのが楽しいと思え、そして勝負に勝ちたい、1着になりたいと思えるようになりました。

トレーナーさんが私の走るという行為に…色を与えてくれました。

 

彼が抱えた時、私は彼を支えました。

私が抱えた時、彼は私を支えてくれました。

 

Wir sind eins

私たちは一つ、一心同体。

 

であれば私とトレーナーさんの望みは一つ――――

 

「ごめんなさい、お母さん」

 

私は椅子から立ち上がり、お母さんに頭を下げていく。

視線は床を向いており、そして顔を上げることができずにぽつりぽつりと言葉を紡いでいきます。

 

「私は…有馬記念を走りたい。きっとこの最後の有馬記念は今まで以上の激闘になるでしょう…でもっ……でも私は走りたい。走って、勝ちたい………ごめんなさい。親不孝もので………ごめんなさい…」

 

自分のエゴを優先してしまう私自身に嫌気がさしてしまう。

でも、この走りたいという感情、あのレース場で勝ちたいという欲求は本物であり、私は私自身に嘘を付けませんでした。

胸が締め付けられ、苦しくなる。

少しずつ肺の中の酸素が少なくなり、口元が強く結ばれてしまう。

目元が熱くなる。

 

両親は…私を誇り高い娘だと言ってくださりました。

ごめんなさい、親不孝もので…。

何度も何度も小さな声で顔を上げれず、お母さんに謝り続ける。

 

「フラッシュ」

 

突然抱きしめられ、私はお母さんの胸の中に顔を押し付けられてしまう。

 

「おかあ…さん?」

「フラッシュ、よく聞いて。フラッシュは親不孝ではないわ」

「でも…私は…」

「もし親不孝ならこんなに頑張ってくれないもの。フラッシュは…私とお父さんのために日本で沢山頑張ったのよね?」

「…うん…」

 

誇り高いウマ娘に、両親に恥じない娘に

 

「私とお父さんは嬉しかったわ、ダービーで勝った話を聞けて。そして今日のレースも。時々メッセージで近況をお話してくれて、そして貴方の出ているレースを見て、本当に頑張っているのは知っているわ」

「うんっ……」

「だから、親不孝だなんて言わないで。親不孝なら今日みたいに一緒に観光すらしてくれないと思うわよ?フラッシュは私たちの宝物。その宝物が頑張りたい、こうしたいって思うなら私たちはそれを応援するわ」

「うん……っ…」

 

涙が止まらず、私はお母さんの胸元に顔を押し付けていきます。

瞳から流れ出ていく、暖かなもの。

それが一度流れ出てしまえば、止めることはできません。

今まで零れないように耐えていたダムが一度決壊し、その溢れたものはただひたすらに溢れ続け、流れていく。

 

「ありが…とう…お母さん…っ…ごめん、なさい…」

「謝らないで、フラッシュ。私は嬉しいの。フラッシュがこんなに走りを好きになってくれて、一人のウマ娘としてこんなに嬉しいことはないのよ」

「うんっ…うんっ…」

 

声を堪えながらただひたすらに涙を流し続けてしまいます。

その間、お母さんはただ優しく頭を撫でてくれていました。

 

 

**

 

 

「落ち着いた?」

「はい…みっともないところを見せてごめんなさい…」

「気にしなくていいのよ、それに親にはもっと甘えていいのよ?」

「これ以上は…恥ずかしいので…」

「ふふっ」

 

お互いに一人用のソファーに座り、私の尻尾は忙しなく動き、そして耳も少し垂れてしまっている。

こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。

そう思うとまた頬が熱くなるのを感じてしまう。

お母さんにはまだ敵わないなぁ、なんて心の中で思ってしまいました。

 

「じゃあ、フラッシュ。私とお父さんはドイツで応援しているから、頑張ってね」

「はい…頑張りますっ!」

 

ぐっ、と自分の手を胸元で強く握りしめていく。

決めたからには後悔をしたくない。

最後のレース、このレースで自分の力を全て出し切り、そして悔いなく終わりましょう。

お母さんがその様子を見て優しく微笑んだ後に、今度は両手を顔の近くで合わせては

 

「…じゃあ、お母さん、として家族としてのお話はここでお終い。次は…淑女としてお話ししましょうか、フラッシュ」

 

その声色はどこか上機嫌でした。

 

「ええっと…?どういう…?」

「もうっ、決まってるじゃない。フラッシュのトレーナーさんよ。」

「えっ…!?」

「その反応図星ね?ふふっ、ほらほら教えなさい」

「ひ、秘密です…!」

 

まさかのこの後の話し合いが恋愛話になるだなんて思いませんでした。

お母さんは先ほどとは違い無邪気な笑顔を見せながら、私の恋愛事情を聞こうとしています。

 

「な、なんで分かったの…?そもそも…」

「バレンタインの贈り物とか普段のメッセージでトレーナーさんの話が多い時点で気づいているわよ。お父さんも気づいているわよ?」

「うっ…それは…」

 

確かにそう言われてしまえば気づかない方が難しいでしょう。

家族だから包み隠さず、色々と相談することもしていたので…それはそれとしてさっきの真剣な話のあとにされても変に困ってしまいます…。

 

「お母さん…話さないと…ダメ?」

「うん、ダメ。親孝行のフラッシュの話を聞かせて?」

「そ、それはずるいですよ…っ!」

 

お母さんがそんな風に楽しく話していると私も釣られて笑ってしまいます。

 

「お父さんも聞きたいな、彼の事」

「お父さん!?」

 

ベッドの方からむくりと起き上がって、此方に視線を向けているお父さんの姿。

どうやら酔いが少し収まったようで、そのまま起き上がり、ベットの端に座って私を見つめます。

 

「ほら、トレーナーさんのこと、私たち両親に教えてくれないか?」

「は、恥ずかしいです…」

「ははっ、これはべた惚れだな」

「ふふっ、そうですね」

 

両親が少し揶揄うように話してきて私の頬はまた熱くなる。

ここまで揶揄わると少しだけ何故か負けたくないという感情が出てしまい、私はソファーから立ち上がって

 

 

「じゃあ…お話しますっ!私の素敵なトレーナーさんのお話をっ!」

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「えっ、じゃあそこで全部話したの…?」

「…はい」

「だからなのか…フラッシュのお父さんがやけに陽気に接してきたのは…」

「その節は…本当にすみませんでした…」

 

15時、日が少し傾き始めては彼女から聞いた初めての事情。

トレーナー室で2人でソファーに並んで座りながら、彼女の両親とフラッシュ、そして俺が空港で撮った写真を眺める。

 

この天皇賞・秋の二日後にフラッシュの両親が帰るとのことで、フラッシュと一緒に見送りにいった。

その時に彼女の父親からドイツ語で色々と捲し立てられ、殆ど何を言っているのか分からず、しかも話している最中はずっと両手を握られては滅茶苦茶見られたのである。

俺はそれに愛想笑いしかできず、フラッシュに翻訳をお願いしても適当に誤魔化されていた。

 

「ついでで聞くけど…あの時にフラッシュのお父さんはなんて言ってたの…?」

「…聞きます?」

 

なんでそんなに意味深な風に聞くのか、少し怖いのもあるが好奇心が勝ってしまい頷いていく。

 

「………簡単にまとめますとフラッシュのことを生涯よろしくお願いします、ですね」

「…………うん、ありがとう」

 

頬が熱い。

聞いてよかったかもしれないが、まさかそこまでのことだとは思わなかった。

いや、やけに笑顔が凄く、そして謎の圧も感じていたが、確かにそれならば腹落ちした。

 

少しだけ唇を尖らせ、その恥ずかしさを誤魔化すようにしているとフラッシュは顔を覗き込んできて

 

「照れてます?」

「…照れないと思ったか?」

 

と顔を少し逸らしては彼女に告げる。

んんっ、と少しだけ喉を鳴らし、気を取り直していく。

そんな姿を見せてしまえば、より彼女はふふっ、と嬉しそうに笑っている。

こうやって揶揄われても可愛いと思ってしまうのは俺がフラッシュに惚れすぎているせいだろう。

 

手に持っていた写真をファイルに戻し、そして取り出すはフラッシュが勝負服を着て、俺がその隣に並んだ写真。

この写真は彼女が勝負服を着た最後の写真であり、そしてウマ娘として、トレーナーとして向かう最後のラストラン。

 

 

有馬記念。

 

 

全ての強敵が揃い、そして彼女の最後の戦い。

 

 

これは彼女の最後の閃光の軌跡

 

 

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