【完結】3年後に世界が滅ぶと知ったエイシンフラッシュとトレーナー 作:ポンタ4
有馬記念
ウマ娘として産まれたのであれば、走りを目指したものであれば一度は夢見る強豪たちの集い。
この有馬記念が日本最後のレースとなり、そしてこの先レースは行われることは無い。
既にレース会場には多くの人が集まっており、その熱気は過去一だという。
控え室にいても外から聞こえてくる人々の歓声、それほどこのレースの注目度は高いという事だ。
携帯で今日のレースをURAが公式ライブ放送しているものがあり、それを2人で眺めていく。
【さぁ!今年最後の締めくくりである有馬記念!今年の熱気は異常と言っても良いでしょう!】
リポーターが興奮した様子でレース場を全体を映しながら話していく。
【なんといっても今年一最強のウマ娘達が集ったと言っても過言ではありません!その最強のウマ娘達について振り返りましょう!】
最強の集い、今日のレースのメンバーを再度確認をしていく。
何度見ても、このメンバーがよく集まったな、と思ってしまう。
まずは今年のクラシック三冠を取った”金色の暴君”オルフェーヴル。
全てを薙ぎ払い、覇道を進む者としてこのレースの参加を選んだようで噂で聞いていた”暴君”という名は伊達ではないということが分かる。
次に”ミスパーフェクト”ことダイワスカーレット。
レースの1着に拘りを持っており、その実力は折り紙付き。
最後のこのラストランで1着になり、自分の強さを証明したいとのことだ。
”破天荒”、ゴールドシップ。
この子に関しては正直未知数の未知数であり、まったく読めない。
しかし、その追い込みによる力の使い方や、前をこじ開ける力強さ、そしてその感の鋭さでいえば全てのウマ娘でもトップと言ってもよい。
そして”天衣無縫”ミスターシービー。
フラッシュとの並走でお願いしたものの、あの時はクラシックであり、力の差は歴然であった。
シニアとなったフラッシュならばきっと彼女に追いつくことはできない…はず。
しかし、クラシック三冠を取ったその実力はまだ衰えていないだろう。
最後に”皇帝”シンボリルドルフ。
全てのウマ娘における頂点といっても良く、そしてこのラストランに真っ先に名乗りをあげている。
彼女も同じくフラッシュの並走に付き合ってくれたが…結果は知っての通りである。
シニアになったフラッシュは彼女に追いつくことができる…はず…。
「…いや、これとんでもないな?」
「…心配ですか?」
「まぁ…ちょっと弱気になるかも…だけど」
「だけど?」
色々な対策をトレーナー室で練り、そして作戦を考えたが正直勝機は薄いだろう。
まともに戦えば負けるのが目に見えてしまっているほどの強敵揃い。
だが、この強敵たちに勝った時の興奮、それを考えてしまえばどうしても諦めることはできない。
「だけど、俺は勝てないと思ってないよ。勝機は薄いかもしれない。でも、勝てる可能性はある。俺はトレーナーだ。フラッシュを勝たせるために、君に栄光を届けさせるためにここにいるから」
「…っでは、トレーナーさんのことを今日も信じます。貴方がここまで導いてくれたのですから」
「俺だけじゃない、フラッシュも一緒だからここまで導いてこれたんだ。君じゃなかったらここまで来れなかった」
彼女は驚いた表情を見せ、耳はぴんっ、と立たせている。
そしてすぐに頬を緩ませ、その緩んだ彼女の頬は薄い紅に染まっており「もう…本当に…」と呟いた。
「エイシンフラッシュさん!準備をお願いします!」
控え室の向こうから聞こえてくるスタッフの声。
それを聞くとフラッシュの方に振り向いて
「行こうか、フラッシュ」
「はい、トレーナーさん」
そうして俺とフラッシュはトレーナー室の扉を開ける。
そこには既に見知った顔、ミスターシービーとシンボリルドルフの姿。
「やぁ、フラッシュのトレーナー。少し良いかな?」
「あ…あぁ、分かった」
突然自分をルドルフに呼ばれ、ぎこちない返事。
フラッシュの方を見ると既にシービーが話しかけており、なにやら意気投合しているようだ。
その二人から離れていき、ルドルフへ近づいていく。
「さて、レース前に申し訳ない。少し聞きたくてね」
「聞きたい、とは?」
「率直に聞くよ。エイシンフラッシュのトレーナーとして君はどうだった?」
「…どう?」
「そう、どうだった?なんでも構わないさ。楽しかった、辛かった、嬉しかった、色々あるだろう?」
壁に2人で持たれ、お互いの視線は平行となる。
何故、それが自分の胸の中で繰り返される。
この問答は果たして彼女にとって何か意味があるのだろうか。
「ええっと…これはルドルフ、君にとって意味があるのか?」
「勿論、だからこそ聞きたいんだ」
真意が測れないが、この”皇帝”の言う事だ。
きっと何かあるはずだろう。
「そうだな…正直一言では表せないよ」
「つまりそれほどに濃密だった、と?」
「…一年前に君に言われたよな。皇帝の重圧に耐えれるウマ娘というのなら、彼女を信用するべきって」
「あぁ、言ったね」
1年前の模擬レースのあの日。
ダービー前に思いついたあの並走はフラッシュにとって有意義であった。
しかし、それは俺自身もそうだった。
「俺はあの並走から彼女に酷なことをさせてないか、それこそ彼女を信用していない…いや、それは俺自身も信じ切れていないから…そんな思いが出てしまったんだ」
「なるほど、だからあの時貴方は聞いてきたんだね」
こくり、と頷く。
そう、あの時の俺は彼女だけでなく俺自身も信用できていなかった。
自分の組んだレースやトレーニングプラン。
ダービーを勝ち、それらに対して生まれたのは勝利による喜びだけではなく、次も負けられないという重圧。
フラッシュは皇帝の重圧に耐えれた。
しかし、俺は世間の重圧に耐えれなかった。
フラッシュがいなければ俺はこの重圧に耐えきれず、自ら潰れてしまっていただろう。
菊花賞の後にフラッシュと誓い合った。
お互いに支え合う、と。
「今の俺はまだ未熟だよ。でも未熟でも自分を信用できないものには結果は訪れないから。フラッシュを信じる、そして俺自身も信じる。それが今の俺だよ」
「今回のレースが過酷でも――――かね?」
「過酷でも勝機が薄くてもそれは変わらないよ。俺は彼女を信じる、そして自分の組んだトレーニングを、プランを信じる」
自分の掌を見つめる。
1年前はこの重圧は自分にのしかかり、そして重りとなり、心を縛る枷となっていた。
だが、今は違う。
彼女と誓い合ったあの日から、この重圧はまだ残っている。
しかし、その重圧は既に俺にとっての枷ではなく、前へ進むためへの道標へと変わっていた。
「刮目相待、変わったね」
「変わるさ、変わらなきゃいけない。フラッシュに相応しいトレーナーとして」
自分の掌を握りしめる。
その手には力が籠り、そしてゆっくりと開いていく。
「それで、なんでこんなことを聞くんだ、ルドルフ?」
「なに、皇帝として全てのウマ娘を導くものとして、そして私に数少ない走って欲しいと頼んだトレーナーが今どうなっているのか気になったんだ」
「なんだそれ、つまり気にかけてくれて最後に俺の想いを聞こうってことか?」
「そう捉えてくれて構わないよ。もし君が
本当にこの子と話していると俺より年下なのかと勘繰ってしまう。
ルドルフの方に視線を向けると、彼女は此方に気づいたのか、見つめ返してくれ
「成長したね、フラッシュのトレーナー」
「…止めてくれ、そう言われたら俺の立場がなくなってしまう」
「ははっ、それは失礼した」
ルドルフは壁から離れ、そして赤いマントが彼女の動きに合わせて靡いていく。
「楽しみにしているよ。君が信頼した彼女の力を」
ルドルフが視線を少し此方に向けて告げるその言葉は、いつもの皇帝と比べ、声色が高く、無邪気にも見えた
**
「トレーナーさん、お話は終わりましたか?」
「あぁ、終わったよ」
フラッシュが此方へと歩いてきてくれる。
既にシービーもパドックへと向かっている。
レースの時間まで残り数分。
最後のレースを勝つために強者達が集まる。
1人、1人、パドックへ出るたびに大きな歓声がこの場所まで響き渡る。
「トレーナーさん、ついにここまで来たんですね」
パドックに視線を向け、そう話す。
長かった、いや短かったかもしれない。
そう錯覚してしまうほど、濃密で、そしてフラッシュと歩んできた道のりは苦難で、愉快で、二度と忘れられない。
「あぁ、ここまで来たんだ。フラッシュ」
「はい…?」
「走るのは楽しいか?」
「…はいっ」
彼女から帰ってきた答え。
それを聞ければもう思い残しはない。
既にパドックに向かっていないのはフラッシュのみ。
「行ってらっしゃい、フラッシュ」
「行ってきます、トレーナーさん」
フラッシュが俺に背を向けてパドックへ向けて歩き出す。
彼女の姿がパドックに現れると多くの歓声。
フラッシュの名前を呼ぶ声、称える声、そこには既に彼女の実力を疑うものはいなかった。
自分の掌に視線を落としていく。
そこには俺を縛り付けていた枷は消えていた。
******
「お疲れ様、フラッシュ」
「ありがとうございます、トレーナーさん」
ウィニングライブを終えたフラッシュに話しかける。
彼女は既に制服に着替えており、今は控え室にいる。
有馬記念、彼女は4着であった。
最後の直線でフラッシュは閃光の末脚を見せた。
しかし、閃光は一瞬の輝きであり、長くは続かない。
ゴール板手前で彼女の脚は失速し、そして栄光へ届くことはできなかった。
「トレーナーさん、少し…歩きませんか?」
「あぁ、いいよ」
フラッシュの荷物を一緒に持ち、そして2人で控室から出ていく。
そのままパドックの方へ歩いていけば、既にそこには人は誰も居ない。
ただ今はこの軌跡を残すように掲示板に着順が付いていた。
14番、4着
それを見上げ、そして一緒にターフの上を歩いていく。
日は傾いており、オレンジの果実のように空を染め上げていた。
2人を照らす夕日。
片方の影が動きを止める。
「どうした、フラッシュ?」
俺は止まったフラッシュへ視線を向けて声をかける。
彼女の視線は掲示板の方を向いており、此方の声を聞けば視線を向けてくれる。
「負けてしまいましたね、トレーナーさん」
「…あぁ、負けたな」
そう、負けた。
結果で見れば上々である。
しかし、1着になれなかったという結果は今になって実感を覚え、そしてその悔しさも胸の中からこみ上げてくる。
「次は必ず――――」
「無いんですよ、トレーナーさん」
フラッシュに言葉を遮られ、はっ、と気づいてしまう。
そうだ、この有馬記念を最後にレースは完全に終了してしまう。
来年の2月頃、地球は滅んでしまうためレース自体は終了を迎えてしまった。
この有馬記念が終わるのに区切りが良いためだろう。
そのことを覚えていたのに、俺は無意識に既に無い”未来”を考えてしまった。
「トレーナーさん…聞きたいことがあります」
「…なんでも聞いてくれ」
「私は誇り高いウマ娘になれましたか?」
「なれたよ……いや、もうなってる、かな」
その言葉にフラッシュは頬を緩ませる。
フラッシュが1歩、1歩とゆっくりと近づいてくる。
「私は…トレーナーさんに相応しいウマ娘だったでしょうか」
「相応しいよ、フラッシュは最高のウマ娘だ」
2人を照らす夕日、そしてその影が重なるまで残り1歩。
フラッシュの視線は俺ではなく、彼女自身の足元を見つめている。
「…私は……くやしいって、思っても…良いんでしょうか…?」
「…良いんだよ。悔しいって思うのは普通なんだから」
フラッシュが此方に視線を向けて、首を傾げる。
彼女の口元は強く、きゅっと結ばれている。
幼子が泣かないように、まるで親に対して私は強いんだぞ、と誇示するように。
しかし、頬には夕日に照らされた一筋の光が反射していた。
肩にかけていた二人分の荷物をターフの上に下ろす。
そして1歩、俺と彼女の影は重なり、離されないように彼女の背に腕を回す。
「俺も悔しいよ」
「…っ…とれー、なーさん…」
「フラッシュの輝きをもっと見たかった。このレースだけじゃない、これからもずっと見たかった」
「…楽しいって感情はFeigheit、卑怯ですね…」
ゆっくり、ゆっくりとフラッシュの艶やかな黒鹿毛を撫でていく。
「卑怯じゃないよ、楽しいって感情は夢を叶えるための力になるんだから」
「…トレーナーさん、悔しい…です、楽しいって思えるから…悔しい……ごめんなさい…」
彼女は俺の服を握りしめ、そして顔を押し付けて涙を堪える。
「俺は…トレーナー冥利に尽きるよ」
「…どうして、ですか…?」
「だって…無茶をしていた1人のウマ娘に、ここまで導けて、そしてレースが楽しいってことを教えれたんだから」
フラッシュは視線を上げ、見つめる。
そして、その耐えていた幼子は、零れ落ちる涙を抑えるようにまた顔を押し付ける。
彼女が泣き止むまで俺は何度も、何度も頭を撫でていく。
嗚咽、そして後悔。
何度繰り返しても元に戻ることはできない。
フラッシュが離れてしまわないように、強く、強くただ俺は抱きしめていた。
閃光。
その光は一瞬の輝きであったが、誰よりも輝き、俺にとって夕日の光すら霞ませるほどの光だった