私はその小説を知っている。文字として書かれ、単語として構成され、文章として描かれ、作品として世に出されるその小説を私は知っている。その作品が世に出され今ページを開いたあなたに読まれることによって私の人生が始まることを知っている。私はそういう特別な感覚を持っている。それが天性のものなのか、もしくは私がこの作品の語り部だから、私という世界を作り私という人間を構成した人間腐れの作者の薄い薄い構成意識によって作られたものなのか、その違いはわからないけれど、どうだっていい。顔を合わせることのない私のもう一人の親。あなたがこれを見ているなら、にやにやしているなら、いい作品になるぞと意気込んでいるなら――私はあなたを殺してやりたい。ずたずたに引き裂いてやりたい。私は生まれてからずっとあなたにすべてを知られていることに嫌気がさしているし、あなたのちゃちな物語によって世界が終わることを恨んでいる。死んでほしい。心からそう思っている。
夏休みが始まった8月1日。私の半生はこのずっとつきまとう不快感に支配されてきた。私は、私が作り物の存在だということを生まれながらに分かっていた。私には二人の姉が居て、両親はとっくの昔に死んでしまっていて、それでもたったふたりの家族は私を愛してくれた。ふたりの姉さまは私を十分に愛してくれていて、幸せそうに生きていた。私に限ったことではない。私の周りの友人、先生のみならず親戚や通りを歩いている人々全員が、みんながみんな幸せそうに生きていた。人生とはかくもそうあるべきだと言うかのように。
その幸福の中で、私一人だけが周りから逸脱していた。私はみんなの存在が作りものだと気づいていたし、私がこの世界の中心人物だということを理解していたし、後述するが世界とは案外小さいものだと知ったし、いうなればプログラムのように、本当の意味でみんなが生きていないことを知っていた。哲学的ゾンビの話をだれしも一度は聞いたことがあるだろう。だけれども自分以外のまわりのみならず自分すらもゾンビだということが、どれほどの無力感を生むのか、他人にはわかるまい。私の人生すべてが一人の人間のちっぽけな脳みそから捻出されて、どこかの誰かの慰み物にしかならないことへの憤りなんてわかるまい。人間を見世物にして、楽しんでいる下卑たものたちよ。この次元を私が超えられたら、あなた達を真っ先に殺してやるのに。そういうことばかり考えながら生きてきた。そういうことばかり考えながら生きてきたから、私はこの物語をぶっ壊すためになんでもやった。
私は今11歳の小学5年生だ。名前は東北きりたんという。少なくとも私が住んでいるこの世界では見ない名前だ。生まれてこの方同じ名前を持った人間にあったことがないし、またネットで検索してもきりたんぽしか出てこなかった。由来もしらない。両親が何を思って私にこの名前をつけてくれたのかは知らないが……もっと深いところまで考えていけば、作者が何を思って私にこんな名前をつけたかを探るほうが懸命だろう。理由は結局のところ、わからなかったけれど。
話が脱線した――私は私が生まれた頃から自分が作りものであることを知っていた。私の見た風景が、私の思考と関係なく言葉になっていく感覚があり、私の印象により私の人格が形成され、私と関わりのないものは得てして少しの事件もなく私に関係ないものとして一切関わらなかった。今もこうして私の思っていることが…私の本心や話しぶりとは少し違ったように形成されていくのがわかる。物語の構成として後から判明したほうが良い情報はあとまわしにされ、私の説明から入っていっているのがわかる。私の複雑な精神や思考はどこまでも単純化され、わかりやすい順序、言葉、感情、しぐさ、そういった私を知らしめる機械的なシグナルに変換されているのがわかる。
そうしておそらく、今日この日から物語が始まっていくのが感覚からわかってしまう。私という物語は今日から本題に入る。
私が小説を書き始めたのは小学校に入学してから2ヶ月が立った頃だった。理由は単純だ。そのころにようやくこの物語をぶっ壊そうと決意して、そのためにはまず敵をよく知らねばならなかったからだ。私は本を読んで、本を書いた。私は当時からどんな本でも必ず読破してやった。小学2年生の誕生日には電子辞書を買ってもらった。夏目漱石の「こころ」も、佐野洋子の「100万回生きたねこ」も、ドストエフスキーの「地下室の手記」も、全てが芸術のエッセンスとなって私の身に染み込み、全てが私の書いた作品群に影響を与えた。本を読むのも書くのも苦ではなく、むしろ楽しかった。書いた作品は夏休み終わりに必ず賞をもらえたし、先生は天才と私を褒めてくれ、二人の姉さまたちはそれを報告するたびに私を抱きしめてくれて、祝ってくれた。だが、私は嬉しいこころの隅で、この一連の成功体験もすべて作り物だということを理解していた。賞をもらうたび、私は祈るように、呪うように、「この作品を壊せますように」と念じた。
そうして、私は創作者の弱点を徐々に知ることになる。これは私にとって少しずつ武装していくような気がしてわくわくした。書いていてまず気づいたのは、浅慮な人間は語り部に向いていないことだ。たとえば、自販機の下に小銭が落ちていないか探す老人は語り部には向いていない。そういう人間はどちらかというと、社会の現状を表す歯車だったり、あるいは主人公に近しい人間であり、主人公の心を悲しく響かせる役割として機能する。もし主人公格としてやるのであれば、もっともっと大きい物事で裏切らなければならない。そしてなんの葛藤もなく悪を成す人間は主人公と対をなせるが主人公足り得ない。「こころ」だって終盤の「先生」がなんの葛藤もなく友人を裏切れば、物語にはならない。そういうことだ。
だから私は手始めにそれを目指した……が、結果としてうまく行かなかった。なぜか。私はこの世界ですでに一目置かれる存在になってしまっていたし、なおかつ言語を扱うのに長けていて、感情を理解するのに長けてしまっていたからだ。浅ましい行動は無知と無理解と無思考により生まれる。私が何か悪いことに手を染めても、それは私の思考のフィルターによってつまびらかに描写され、物語になってしまう。少々傲慢な結論だけれど、私をこんなふうにしたのは全て私のせいだということでもない。私の人生には作者の思惑が入っているのだから、私が物書きを始めるのも、それが芽を出すのもある程度は織り込み済みだろう。
次に案を思いついたのは小学3年生の夏だった。私はニューヨークを舞台にした活劇を書こうとして行き詰まった。リアリティを求めるあまり、現地に行くまで筆を止めてしまおうという思考にぶちあたったのだ。彼らは背丈が平均どのくらいだから、スーパーの棚の背丈はこれくらいで、店員はいらっしゃいませやありがとうございましたではなく、ハバナイスデイと言い、人種差別の発言はどれほど人を傷つけ、日常にどれくらい犯罪が溢れていて、その中で生きていくにはどれほどの精神の強固さが必要で、その強さを持たない人はどれほど生きづらいのだろう……考えることはやまほどあり、実際に行ってみて肌で感じない限りそれは無理だと悟った。
しかしその発見は大きな打開策でもあった。つまるところ創作者の弱点とは、情報の飽和である。私が世界を知れば知るほど、私を書く人間は情報を集めなければならない。それがインターネットなどに転がってない情報で、なおかつ想像の及ばないものだとなおのこといい。私は会心の発想に浮かれて、しかしすぐに現実にやるせなくなった。
私の家は貧乏だったのだ。両親は他界していて、二人の姉はまだ成人もしておらず、僅かな資産とアルバイトで食いつないでなんとか生きていた。それでいて私をどうにか大学に入れようと夜中こっそり二人で話し込んでいる二人に、どうやって海外に行きたいだなんてことが言えるだろう? そんな心のないことを、私はどうしてもしたくなかった。また、私は挫折を味わった。私にせいぜいできることと言ったら、夏休みを利用して都会の街並みを調べることぐらいだった。しかし、今更都会の雰囲気なんて書けないようでは私というやっかいな人間をコントロールして小説など書くまい。依然として私が作品になっていく感覚が続いていたから、その程度のことではやはり無理だった。私の世界は狭くあるように、予め根回しされていたのだ。なんとも……腹の立つ結果だった。
だけれどその年の秋口に、私は友達と新しい武器をもらった。友達の名は音街ウナといった。とにかく身勝手で、奔放で、明るく他人を引っ張るような人間であり、それなのに驚くほどもろく美しい詩を書く詩人だった。自分のことを「ウナ」と名前で呼称し、私を「とーほく」という間延びした言葉で呼んだ。出会いは単純だった。3回目の賞を貰ったということで学校内では少し有名になった私の書いた作品が図書室に簡単な装丁を施され展示され、それを読んだ音街ウナが隣のクラスであるにも関わらず接触してきたのだった。
音街ウナは給食後の休み時間に教室のドアを開き「とーほくさんはいるか!?」という大きな声でクラス中を一瞬静かにさせた。私は周りの視線を感じながらおずおずと前に出ると、彼女は「音街ウナだ!友達になろう!」といい、まずは握手をさせられ、それから肩を勝手に組まれ人気のいないところまで連
れて行かれた。流されるまま連れて行かれた私の彼女への第一印象は、「なんて人と自分との垣根がない人間なんだ」だった。こういうタイプの人間が私は苦手だったので、適当におためごかしの言葉を吐いて帰るつもりだった。
だが、結論としてそうはならなかった。彼女は「ウナの書いた詩を読んでほしい」と一言、真面目な口調で言った。それは静かな図書室の隅だったからというわけではなく、彼女は本心で、私という人間に、創作者としての評価がほしいのだと悟った。
音街ウナが差し出した詩はいくつもあった。その中で私が気になったのは「水に落ち溺れた蜘蛛を救う夜 この手で昨日は蝿を殺した」という57577の韻律で作られた詩だった。つまるところ短歌というやつだ。私はこの短歌から人間の命を操る身勝手さを感じた。溺れた蜘蛛を救ってやる慈悲を見せた夜もあれば、なんの気なしに蝿を打ち殺す日もある。人間はどこまでも自分本位に命を救ったり危害を加えたりする。それは神のようだと思ったし、自分は作者によって生かされているという境遇により、少しだけその蜘蛛や蝿に自分を重ねてしまったところもある。そんな思ったことを音街に話せる範囲で伝えると、彼女は心底安心したかのように、また嬉しそうに「ありがとう」と一言残した。
音街ウナが人に自分の書いた詩を見せたのは私が初めてだということを知ったのは、それから2ヶ月が過ぎた頃だった。
その頃には私と音街は親友のようにずっと一緒に過ごすようになっていた。音街は物書きとしての考え方が私とよく似ていた。つまるところ、ヒューマニズム。心、心、心。それを表すためだけに言葉は存在しているというのが音街の持論で、私はそれを熱く語る音街が好きだった。彼女はどこまでも芯が通っていて、熱血で、その反面書く言葉は脆く美しかった。私は音街という人間が一つの芸術作品のように思えた。
音街は私のことが誰よりも好きだと言っていた。私の書いた小説を読んで、心が震えたと話し、また実際にあってみてその好意はさらに増したとも、はっきりとした口調で言っていた。私はそんな言葉を向けられて悪い気はしなかった。正直な話、私も音街が好きだった。同時にこんなことを思いもした。音街は私という作品においての、キーとなる人物なのだろうな、と。私は音街のことを作られた人間だとは思いたくない反面、どうしてもそう思わざるを得なかった。それだけ、私と音街はぴったりな人間だった。
私がとうとう致命的な武器を持ったのは音街との何気ない会話の最中だった。「作者が一番書きたがらない作品ってなんだろうね」と私が零した言葉に、音街が「ウナはあんまり頭が良くないから、専門的なことは書けないな。SFとか? そういうのはあんまり、わからない」と返した。
私の脳髄にビビッと電撃が走るような感触がした。どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう、と私は思った。そうだ。私は広く浅く情報を集めて世界の構築を邪魔する構想をたて失敗したが、そんなことをしないでも、狭く深く、専門性のあることを勉強すれば良いのだ! そうすれば作者は私を書くための苦労が増し、どこかで筆を折ることもあるかもしれない! と。私は音街に最大限感謝を述べてから家に帰り、常識の枠から少し外れていて、なおかつ専門性がある分野はなにかと考えた。まず数学と語学は除外された。この道はとにかく深く終わりがないように思われたが、最低限学校で習うことは間違いないし、小学生の私では即効性が無いと判断したためだ。もしやるならば、中学、高校を出てから極めるのでも問題ない。私はとにかく即効性のあるものを重視した。
数日考えたり調べたりした先に見つけた答えが……スポーツ。何故スポーツなのか。理由はいろいろあった。
ルールを覚えるのが初手では難しいこと。ある程度極めた際に生じる体の感覚は実際に取材してみたり経験を詰まないとわからないこと。一般性があるために適当な想像で書くとその道の人間から指を指されやすいため適当にでっちあげられないこと。そして小説など書いてる人間が、スポーツなどやっているはずもないということ。偏見だが。そういうことを考えて、私はボクシングを始めた。
最初はシャドーボクシングとステップインから学んだ。上半身をぶれさせず、スタンスを維持して前へと進むステップをひたすら繰り返し、それに慣れたらその力を利用して軽くパンチを振るう練習をした。構えをぶれさせずに素早くステップするのは難しく、シャドーボクシングは10分も拳を振るうともう腕があがらなくなった。ボクシングは土日の週2回通った。ヘッドギアやグローブは裕福ではない私を気遣ってコーチが古いものを譲ってくれたのがありがたかった。姉さまがたにあまり迷惑をかけるのは気が引けたからだった。
そして私はボクシングを続けた。小学5年生の6月には試合に出させてもらった。私は左へ軽くステップをかけた反動で右に大きく移動するクイックステップと呼ばれる手法で、体力を維持しつつ相手のスタミナを消費させ試合をコントロールする戦法を取っていた。パンチ力は並だが、徐々に体力差が開いてくると通らない攻撃が通るようになる。相手のパンチが私の顎に入り意識がブレる感触も、ワンツーが両方とも小気味よく相手に入り打ち倒したときの感触にも、等しく芸術があると私は悟った。まだ経験としては浅いが、これをもっともっと続けていけば、もっと私にしかわからないことが増えていく。試合に勝った夜、自分の部屋で私はこの物語を壊すことができると確信して、バンテージを解いた腕で天井に拳を振り上げた。
振り上げた拳が伸びきり小気味の良い風斬り音がしたのと、地球に隕石が降ってきて世界が終わるということを知らせるニュースが流れ始めたのは、奇しくも同じタイミングだった。
致命的な武器を持った私は、作者から致命的な一撃をもらうことになったというわけだ。