とある魔術の禁書目録ハロウィンSS   作:高木カズマ

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ハロウィンまでに全部は間に合わないので半分投下します。
時系列ガン無視、自己満足、下手くそな文章
上記の物に耐えられる人だけどうぞ


前篇

日が沈み暗闇に包まれた街を楽しげな音楽が彩る。

とあるツンツン頭の少年は日が沈んだ街並みを、ケータイ電話を方耳に当てつつ走り続けていた。

季節は夏を過ぎ、いよいよ秋から冬へ変わろうとしているらしく少年が荒々しく吐き出す息も白く色づいている。

もう夜も八時になると言うのに街灯はいっこうに仕事を始める気配が無い。

それだけじゃない。街灯どころか街からは電気を用いた灯りのほとんどが消え、変わりにカボチャ型のランタンが優しい光で街を包み込んでいた。

 

「はぁ、はぁはぁ。くそっ! 魔術師ってやつらは何でこうも簡単に学園都市に侵入してくるんだよ! だいたいこの街は最先端科学でセキリュティはバッチリのはずじゃなかったっけ!?」

『にゃー。今さら何を言ってるんだぜぃーカミやん、魔術師相手にそんなこと言ったって通用しないのはもう分かり切ってると思うんだけどにゃー』

 

八つ当たり気味にケータイに怒鳴りちらすツンツン頭の少年――上条当麻はさっきからにゃーにゃーやかましい電話相手、シスコン軍曹こと土御門元春の言葉に思いっきり舌打ちした。

別に彼の意味不明な猫語が頭にくるわけでは無いのだが、思わず舌打ちしてしまう程度には厄介な事態が進行していた。

 

『そんな事よりカミやん、時間がないんだぜい。さすがに街の外に脱出されると面倒だからにゃー。さっさとこのクソッタレなお仕事済ませて禁書目録にお菓子の一つでも上げに行ったた方がいいんじゃないのかにゃー?』

「あぁ、分かってる。土御門、核はこっちで何とかする、魔術師の方はお前にまかせたぞ!」

『了解だぜい。カミやんも無理だけはするなよ』

 

通話が切れたケータイをポケットにねじ込んで上条は走るペースをさらに上げる。

このままでは学園都市の子供達が危ない。

 

リミットは焦る上条をよそに確実に迫っている。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

そもそもどうしてこうなったのか、その話からしよう。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

学生寮のドアを開けた瞬間、獣に襲われた。

 

「とうまとうまーッ! 『トリック・ア・トリート』! お菓子をくれないとイタズラしちゃうんだよガブガブ」

「う、うぎゃぁぁぁぁぁぁあああああ!? 待って、ちょっと待ってくださいインデックスさん。どうしていきなり俺の頭に噛み付いちゃってるんですかアナタは! これは別にお菓子じゃ無いし、イタズラするにしても上条さんに与えられた時間的猶予が少なすぎじゃないですか!?」

「とうま、私はもうこれ以上は待てないんだよ。だいたい何でとうまだけいっつも帰ってくるのがこんなに遅いの? とうまのくらすめいとの人達はもうとっくに帰ってきていると言うのに、早く私もあの夢とお菓子の世界へダイブしたいかも」

 

上条は帰宅後早々自分の頭にへばりついてきた食欲怪獣を何とか引きはがそうと奮闘する。

食欲怪獣改めインデックスの胸元では、本能的に恐怖を感じているのか三毛猫のスフィンクスが小刻みに震えていた。

その目が上条に『お前も毎度毎度大変やなー』と語りかけている気がしてならなかった。

 

「いや、これはちょっと小萌先生に運悪く捕まって補習の……って、いてててて、痛いって噛み付くなぁぁぁああああ」

 

上条はヤケクソ気味に叫ぶとインデックスの小柄な体をヒョイと持ち上げ適当に部屋のベッドへ放り投げた。

ぽすん、と何事もなくベッドへ着地したインデックスは何かを決意したような強い光の灯った目で上条を見つめると口を開いた。

「とうま、わた

「却下」

「とうま! 私はまだ何も言ってないんだよ」

「だぁー、却下ったら却下なの。いいですかインデックスさん、いっつもいっつも言ってますけどね上条さん家の家計は基本火の車状態なんです! アナタみたいな腹ぺこシスターのお腹を満足させるだけのハロウィンパーティー用お菓子なんて買える訳が無いんです。だいたいテメェ、朝はあれだけハロウィンの何たるかを語ってたじゃねぇかよ! ケルトだのソウルケーキだのあんなお菓子を貰うだけのイベントはハロウィンじゃ無いだの散々言ってたのはどこ行ったんじゃこらぁー!」

 

上条の魂の叫びに対してインデックスはこちらにも言い分はあると言いたげに腰に手を当て胸を張った。

インデックスの大きな態度とは裏腹に、彼女の慎ましやかな胸は控えめな自己主張をしていた。

なぜか得意げな顔でインデックスは言う。

 

「む、とうまそれとこれとは関係無いんだよ。私は宗教的観点から見た日本のハロウィンを認めていないだけであってお菓子を貰う素晴らしいイベントとしては最上級の評価を与えていたりするんだよ」

「な、なんて都合のいいシスターなんだ!? ……だが、悪いなインデックス、今回ばかりは俺の勝ちのようだな」

「?」

 

対する上条も余裕を崩さなかった。

その勝利を確信したかのような態度に思わずといった調子で眼前のシスターは上条の顔色を恐る恐る伺おうとしている。

ふふふふふ、と黒い笑みを湛えた少年は自信満々に一つの事実をインデックスへと突き付ける。

コレは宣戦布告でも挑戦状でも無い、単なる勝利宣言だ。

その一言を口に出す。

 

「そもそも、学園都市にハロウィンなる行事は存在しないのだ! よってありもしないパーティー用のお菓子を買うのはもちろんの事、トリック・ア・トリートなんて言ってもお菓子を貰える可能性は零なんですの事よインデックスさん!!」

 

そう、そもそもだ。日本という国家の宗教色は薄い。

自国の文化である節分や七五三と言った宗教行事の本当の意味を理解していない人間が割とザルにいるこの国ではそういった宗教行事はただの楽しいイベントになってしまう事が多い。

クリスマスなんかが良い例だ、ましてやハロウィンなんて言う益々理解度の低いマイナーな行事はこの国では大した話題にすらならないのだ。

今日び、ハロウィンの時期に仮装している一団なんて見たことが無いし、お菓子をおねだりしたこともされた事も無い、という人間の方が多いいに決まっている。

そしてここは科学の街、学園都市。

一切のオカルトが排除されたこの街ではハロウィンなんて物は益々なかった事にされているのだ。

変化なんて、せいぜい店先にハロウィン限定のお菓子がいくつか並ぶくらいだろう。

これだって企業側の利益を出す為の戦略であって、それ以上の意味は無かったりする。

 

「で、でもさっきてれびでハロウィンイベント特集とかやってたもん」

 

納得のいかない様子のインデックスは上条の勢いに押されながらも反撃の糸口をなんとか見つけて希望を見いだそうとする。

だが、上条の余裕は崩れない。

 

「インデックスさんや、残念だけどそれは街の外の話だ」

「じゃあ私も外に行く!」

「ふざけんな! そんな馬鹿げた理由で学園都市から外出許可が降りる訳無いだろ! 上条さんは一介の高校生なのであって、エセ神父やにゃーにゃー陰陽師じゃ無いんだから、そんなにポンポンポンポンとゲートは越えられません!」

 

やーだやーだ行きたい行きたい、と駄々っ子力全開でベッドの上を転がるインデックスと、今日こそ腹ぺこシスターの暴虐には屈しませんという姿勢の上条。

上条が今日の戦いは持久戦になりそうだ、と息を吐いたその時だった。

第三者の声が二人の戦いに割り込みをかけた。

 

「ハロウィンのイベントなら学園都市でもやっているみたいだぞ」

 

その声はやけに下の方から聞こえてきた。

どういことかと言うと音源が異常に低いのだ。

もし全く事情を知らない人間がこの声を聞いていたら、小人の存在を疑うかも知れない。もしくは空耳だと切り捨てるだろう。

だが、それもあながち間違いでは無いかも知れないが。

 

「あれ、オティヌスお前いつの間に起きたんだ?」

「フン、たった今だ。お前等がやかましいせいでおちおち寝てもいられない」

 

上条の足元に身長わずか一五センチメートル程度の少女が佇んでいた。

 

魔神オティヌス。

魔界の神では無く魔術を極めた結果、神の領域にまで踏み込んだ者。

かつて幾億となくこの世界を創り替え、幾億となく上条当麻を絶望の淵へ叩き込んだ者、その成れの果て。

かつて世界中を敵に回した彼女が、敵対するオッレルスと右方のフィアンマという魔術師に対魔神用の術式『妖精化』を打ち込まれた結果がこの姿だった。

まあ、正確には話はもう少し複雑なのだが、それはまた別のお話なので割愛させて頂く。

 

気をつけていないとうっかりふみつぶして兼ねないサイズの少女は身軽な身のこなしでベッドを登っていく。

──ちなみにこの間三毛猫がやけにキラキラと目を輝かせてオティヌスの事を凝視していたことはオティヌスに教えてやるべきだろうか?

オティヌスはあっという間にベッドを登りきり、その上で偉そうに両の腰に手を当てるとやけに尊大な口調でこう言った。

 

「だから禁書目録、そんなに騒ぐ必要は無いと言っているんだ。ほら、お前もだ。アレを見てみろ」

 

そう言ってオティヌスが指差した先では、つけっぱなしになっていた上条家のテレビが夕方のニュース番組を垂れ流していた。

何やらハロウィン特集なる物をやっているらしい。

テレビでお馴染みの巨乳美人キャスターさんがマイクを片手にレポートの最中のようだ。

様々な仮装をした小学校低学年ぐらいの子供達がとても楽しそうにはしゃいでいる姿が画面に映されていた。

よく見ると仮装はしてないものの、ちゃっかりお菓子はゲットしている小学校高学年くらいの男子や中学生も少し混じっていた。

巨乳美人キャスターさんが子供達に負けないような笑顔を放とうと必死なのが、見ていて面白かった。

 

『えー、ここ学園都市第一三学区では国内最大規模のハロウィンイベントが開催されており、子供達の楽しそうな笑顔で溢れています。なお、本会場では学園都市限定のお菓子を激安で買えるコーナーや、ハロウィンにちなんだプレイヤー参加型3Dゲームなどなど様々な──』

 

「……☆☆☆」

「待ってインデックス、怖いから無言で目をキラキラ輝かせるのは止めて!」

「とうま、わたしはもう決めたんだよ。わたしは今日お菓子の王様に──お菓子王になるかも!」

「清貧を掲げるシスターのセリフとは思えないっ!?」

「ふむ、いいんじゃないか。せっかく近場でやっているんだ、二人で行ってくればいい、その方が静かになって私的にも睡眠が取りやすくて助かるしな」

「オティヌスに関してはもう完全に自分の都合だし、ニヤニヤ笑って楽しんでるだけだし!」

「行こうよとうま行くしかないよとうま行かなきゃだめだよとうま絶対行くからねとうま今すぐ行くよとうま!!!!」

 

勝手にヒートアップしているインデックスをよそに上条は少し冷静な感想を口に出した。

 

「えー、っていうかいくら幼児体型で青髪ピアスに男の子と間違えられるという伝説を持つインデックスでもあの小学生の群に混じるのはさすがに無理があるんじゃな

 

直後少年の声が大絶叫に変わった事は言うまでもない。

 

「自業自得だ馬鹿者め」

誰にも聞こえない声でオティヌスはそう呟いた。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

そんな訳でハロウィンなのだった。

 

「ふんふふん、ふんふふん、ふんふんふーん♪」

「あのー、インデックスさん。お願いだからわたくし上条当麻のお財布が空っぽにならない範囲でお願いします」

「はぁ、何で私がこんな目に……」

 

結局インデックスの逆鱗に触れてしまった上条はその怒りを抑える為にハロウィンのイベント会場に行かざるおえなくなってしまった。

やけにテンションの高いインデックスと、その巻き添えを喰らった二人はそれぞれ三者三様の反応を見せていた。

ハロウィンイベントを開催している第一三学区は幼稚園や小学校が密集した学区だ。

故に学園都市の中でもトップクラスの治安の良さを誇り、警備員(アンチスキル)の他にも様々な警備の為の人員が割かれているという徹底ぶり。

上条の学生寮がある第七学区から繁華街の第十五学区を間に挟んだ二個隣りの学区なのでバスで会場付近まで移動したのだが。

 

「だぁーーーーー」

 

全体的に人が多い、というかさすが第一三学区だけあって見渡す限り小さな子供しかいない。

 

「なんなんだ、この肌に突き刺さる圧倒的なアウェー感は……、これが若さの差という奴なのか」

 

仙人高校生上条当麻がどこかまぶしい物を見るような目で辺りを見回す中インデックスは平常運転だった。

 

「とうまとうま! 見て見てあんなところにお菓子の家があるんだよ! あっ、あっちにはチョコレートの泉がっ! ……これはもう現世に現れたユートピアなんだよ」

 

インデックスはこの何とも言えぬアウェー感は気にならない――きっと幼児体型だからに違いない――らしく、さっきから学園都市のホログラム映像で実現されたファンタジー極まりない光景にいちいち大歓声を上げている。

どうやらホログラム映像を本物と間違えているようだが、本人が楽しそうなので放っておく事にした。

言っておくが決して説明がめんどくさい訳では無いのだ。

それからもインデックスはおいしそうな匂いを醸し出す屋台や出店(全てハロウィン仕様にデコレーション済み)に突っ込んでいったりと、この空間を満喫しているようだった。

……帰りまで上条の財布がもつかは微妙なところではあるが。

そんな楽しげな空間の中、さっきからやけにむすっとしている人物が一人。

 

「なぁ、オティヌス。お前もそんなところで遠い目をしていないでせっかくなんだからもっと楽しんだらどうだ?」

 

対して話しかけられた元神様はというと、

 

「ふざけるな、何で魔神である私がこんな目に遭わなければならないのだ」

 

ペットと一緒だと入れないお店があるから、なんて身も蓋も無い理由でインデックスから預けられ、臨時的に上条の腕に抱かれた三毛猫に首根っこを咥えられる形で強制連行させられているオティヌスはむっすとした表情のままそう言うとぷいっと上条から視線を逸らしてしまった。

上条は眠いから行きたくないと言い張るオティヌスを連れてくる為に三毛猫の力を借りたのだが、当然のごとくお気に召さなかったらしい。

 

「いや、あれはお前が最後まで行かないだのなんだの駄々こねるからでしょうが。せっかく行くなら皆で行った方がイイに決まってるだろ」

「だからと言ってこの毛の塊に私を咥えさせる必要はあったのか」

「だってああでもしないと付いてこなかっただろ? それに何かこの光景見てると和むんだよな~。あ、これ食うか、ほら妖精さん用に小さく砕いたクッキーのカケラ」

「小さくなった私をお前が馬鹿にしているのは良く分かった。あとで色々と話があるぞ理解者」

 

上条一行は現在インデックスの希望どうりハロウィンゲームミュージアムなる建物へ向かっている。

なんでもハロウィンを題材にしたプレイヤー参加型3Dゲームを中心に扱っている今回のイベントの目玉的施設らしく、その上高得点をたたき出した参加者には豪華お菓子が貰えるという特典付きらしい。

ゲームもやりたくてお菓子も食べたいインデックスにはもってこいの場所なのだ。

 

そんな訳で一行はときおり屋台などの出店でお菓子やらなにやらを食べつつ学園都市らしからぬファンタジーな街並みを進んでいたのだが……。

 

不意に、様々なライトアップで照らされていた第十三学区が暗闇に包まれた。

ビルや家、街を照らす街灯にハロウィン用に施されていた電飾、ホログラム映像、とにかく灯りというもの全てが消失した。

突然暗闇に投げ出された人々は軽いパニック状態になったらしく、中には泣き出してしまう子供もいた。

 

「何だ、急に明かりが消えたがそういう演出か?」

「いや、それにしちゃイルミネーションだのホログラムだのまで消えるのはおかしい。単純に停電か何かだろ。おい、インデックス、オティヌス、明かりが復旧するまであんまり離れるなよ、この暗闇じゃ一瞬で迷子になるからな」

「私はどこかへ行こうにもこの毛むくじゃらが離してくれんから心配はいらんさ。……ところで人間、禁書目録がさっそくいないみたいなんだが気づいているか?」

「な、言ってるそばから迷子だと!? 押すな押すなのノリやってるんじゃ無いんだぞ!」

「……はぁ。馬鹿なこと言ってないで早く探したらどうだ。やつに渡した二千円程度の小遣いじゃ消えてなくなるのは一瞬だぞ。一文無しの腹ぺこシスターが無秩序に屋台に突撃しまくった結果、全ての損害を負うのはお前なんだからな」

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

学園都市第一位の怪物は物体の持つ『向き(ベクトル)』を操る最強の能力者だ。

アルビノのような白髪に赤い瞳、その手で触れただけで人間を爆散させることができるこの怪物に自分から近づきたいと思う人間はなかなかいないだろう。

まして話かけるなんて論外だ、わずかでも彼の機嫌を損なえば待っているのは赤い血の海なのだから。

そんな、かつてこの街の暗部に君臨していた白い怪物が今陥っているこの現状を、かつての彼を知る人間が目の当たりにしたら『何かの間違いだ』と自分の目を疑うだろう。

いや、もしかしたら殺されると理解しながらも堪え切れずに腹を抱えて笑い転げるかもしれない。

 

「ねーねーおにいちゃん。何でかみのけがこんなに真っ白なのー?」

「おはだスベスベー。女の子みたいー」

「おめめが赤いのはどーして? これも『かそうごっこ』なの?」

「…………」

「わー、あなたってばすっかり人気者ねってミサカはミサカは子供達に囲まれて、まるでどこかの遊園地のマスコットキャラクターみたいになっているあなたを見て正直な感想を述べてみたり」

「ぷっ、ぷふふ……ふははははっはっははははあーっはっはははは!! ないないない、無いってこれは、親御さんいくら何でもおもしろすぎィ! ミ、ミサカお腹痛いっっ!」

「うざってェ……」

 

ウンザリというかゲンナリとした様子でそう呟いた学園都市最強の能力者、一方通行(アクセラレータ)

彼は今最終信号(ラストオーダー)の強い希望によって第一三学区にいるのだが、今現在一方通行(アクセラレータ)の周りには、ハロウィンイベントにやってきている幼稚園児から小学校低学年くらいの子供たちが集まっていて、なんとも愉快な状況になっていた。

具体的には興味津々な顔をした子供達に真っ白い髪の毛をびょんびょんされたり、ほっぺたをペタペタ撫で回されたり、後ろから抱きつかれたり口の中に指を突っ込まれたりと様々である。

集まっている、というより蟻に(たか)られているダンゴムシみたいな惨状になっている。

とりあえず、爆笑しながら一方通行の惨状をケータイで激写しまくっている右腕ギプスのアオザイ少女番外個体(ミサカワースト)は後でキッチリ絞める(物理)として、今の状況から何とか脱出しなければ、と一方通行(アクセラレータ)は大きく溜め息をついた。

 

「……おいオマエら、鬱陶しいからいい加減離れろ。っつうかよォ、オマエらの保護者はどこいったんだァ? まさかこんな小せェガキ共になンのお守りも無しって事はねェだろうよォ」

 

それなりに凄みをきかせてみたつもりだったのだが、子供たちの一方通行(アクセラレータ)を使った遊びはなかなか終わる気配がない。

その代わりに一方通行(アクセラレータ)に群がっていた女の子の一人が彼の質問に答えた。

 

「ほごしゃ……? あっ、えっとね大柴センセイならさっきあそこのお菓子屋さんに入っていったよ」

 

女の子が指差した先には凄い人だかりのできた菓子屋があった。この様子だと大柴先生とか言う元凶を探すのも難しそうだ。

彼または彼女がなるべく早く帰ってくる事を願うしかない。

 

 

「チッ、ガキ共ほったらかして自分は買いものかよ、いいご身分だ」

 

こんな面倒な事になるなら風船なんて取ってやるんじゃ無かった、と一方通行(アクセラレータ)は少しばかり自分の取った行動を後悔していた。

あれは今にして思えば必要性のない行動だった、人の命に関わる問題ならともかく子供の手から離れてしまった風船をわざわざ能力を使って取ってやるなんて、少し前の一方通行(アクセラレータ)から考えるとありえない行為だ。

らしくない事をした自覚はある。

だが、このらしくないことの積み重ねこそが一方通行(アクセラレータ)のような人間にとっては重要だという事も理解していた。

このむず痒い違和感に慣れる事こそが光の道を生きる上では大切な事であり、また一方通行(アクセラレータ)にとっては『安易ではない道』の一つなのだ。

 

「うぅ、あなたが皆の人気者になっちゃったせいで遊びに行けないよー、ってミサカはミサカは少しばかりいじけてみたり……。か、勘違いしなでよね、別にミサカは見知らぬ子供たちにあなたを取られて嫉妬してる訳じゃ無いんだからねっ! ってミサカはミサカはツンデレ風に注釈を加えておく」

「チッ、こっちのガキも面倒臭せェ……」

「この写真学園都市のSNSに乗っけたら凄い反応来ると思うんだけど。ぶぷっ、ミサカ今日一緒に来て大正解☆」

「オマエに関しては後で絞め殺す事は決定事項なンだが、それが遺言って事でいいンだな?」

 

イラついた口調の一方通行に対して番外個体(ミサカワースト)はニヤニヤ笑いを止めもせずに返事を返す。

 

「にゃっはー、どうせ遺言を残すんならもっとあなたを社会的に抹殺できるようなとっておきの遺書を残してやるぜ。第一位に身体の隅々まで凌辱されました、とか。第一位は小っちゃければ何でもオッケーなロリコン変態野郎です、とか。あること無いことごっちゃ混ぜで」

「……どうやら本当にぶっ殺されたいらしいな、オマエ」

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

結局子供達の保護者である大柴が来たのはそれから一〇分程が経過してからだった。

いかにも菓子類の好きそうなふくよかな初老の女性は一方通行(アクセラレータ)に対しても人当たりのいい笑顔を崩さず、謝罪と感謝の言葉を述べてきた。

 

「すみませんねぇ、うちの児童(こどもたち)が迷惑をかけたみたいで。ちゃんとお店の外でお行儀よく待ってるよう言ったのに、まるで言うことを聞かないんだからこの子たちは……。その上遊んでもらっちゃったみたいで本当にありがとうございます」

 

こうも丁寧に頭を下げられると、対応に困る。

忠告ついでに文句の一つでも言ってやろうと――何なら能力を使って少し脅してやろうと――思っていた一方通行(アクセラレータ)だが、こうなると流石に黙らざるおえない。

どうやら大柴は子供達全員分のお菓子を買う為に店に入っていたらしく、両手いっぱいに菓子の袋を抱えている。

大柴が来たとたんに子供たちの群れから解放された一方通行(アクセラレータ)は杖を突いて立ち上がり、ズボンについた砂を一通りはらった。

一応忠告だけはすることにした。

 

「あァ、それなら別に問題はねェよ、クソガキの相手すンのは慣れてンだ。ただガキ共を放っておくのはあんまし関心しねェな、人間誰もが善人とは限ンねェンだ、何かの偶然だとかちょっとした判断のミスで悲劇を招くことだってあるンだからよォ」

 

だいたいこのガキ共にしたって警戒心が薄すぎンだよ、と一方通行(アクセラレータ)は疲れたように言った。たかが風船を取ってやっただけで見も知らぬ他人にあそこまで懐くなんて異常だ。あんな調子では、不審者どもの格好の餌食でしかない。

 

「えぇ、分かりました、肝に銘じておきます。ようするに世間はあなたのような方ばかりでは無い、ということですね」

「アホか、ンな事言ってねぇだろうがァ」

 

ニコニコと何も分かってない笑顔を向ける大柴に一方通行(アクセラレータ)は呆れたように吐き捨てた。

 

「ほら、みなさん。遊んでくれたお兄ちゃんにちゃんとお礼をと言いなさい」

「「「おにいちゃんありがとーーーっ!!」」」

 

手を振りながら遠ざかる彼らに一方通行(アクセラレータ)は手を振りかえさなかった。

それこそ彼のキャラではない。

 

「ところで親御さん、感動の別れの最中悪いんだけどさ」

 

それまで一方通行(アクセラレータ)の様子をニヤニヤしたまま眺めているだけだった番外個体(ミサカワースト)が唐突に口を開いた。

割とどうでもいいので適当な返事を返す。

 

「なンだ、ついに遺書の内容が決まったのか?」

「いやいや、そっちではなく。気づいてないみたいだから教えてあげるけどさ、愛しの最終信号(ラストオーダー)が勝手に一人で探検に出かけちゃったみたいだけどほっといてもいいの?」

「……おい、オマエいつから気づいてた」

「いやー、あなたがあのガキンチョ共に絡まれてる間に『ミサカはミサカは暇だから探検隊になることをご所望なのだー、そして言うがはやいが実行してみる』とか言い出したと思ったらいつの間にかどっか行っちゃってたんだよねー、テヘッ、ミサカうっかり☆」

 

てへぺろ☆ とお茶目に舌を出す番外個体(ミサカワースト)

イラッときた一方通行は無言で番外個体(ミサカワースト)に近づき左腕をがしっと掴んだ。

 

「いやぁん、こんな公衆の面前で、ダ・イ・タ・ン」

 

押しよられた番外個体(ミサカワースト)が変なしなを作っているが無視してそのまま左腕をグイっと捻った。

 

「おい、なンならこっちの腕もギプスにしてやってもいいンだぜ」

「いやー、ハロウィンのちょっとしたイタズラな訳じゃん、イタズラ。トリック・ア・トリートってやつ? まあミサカのレベルになるとお菓子貰う前にイタズラするんだけど」

 

依然懲りていないのか人を小馬鹿にするような態度をとる番外個体。

どうやら仕置きが足りないらしいので、さらに角度を加え関節を締め上げにかかる。

 

「へいへーい、これが噂のDVってやつですかい? あっ、 それともそういうプレイをミサカにご所望してる? イイ趣味してんな優等生ッ! 」

「……」

「イタタタタタタタタッ! ギブギブギブ! 分かりやしたよ親御さん、ミサカが悪かったって。ちょっとした出来心って奴? 反省してますだからお願いだから手離して折れちゃう!!」

 

このままでは本当に両腕が使い物にならなくなってしまうので仕方なく一方通行(アクセラレータ)番外個体(ミサカワースト)の左腕を解放してやった。

結構本気の涙目で番外個体(ミサカワースト)は文句を言ってきた。

 

「本当にあなたって小さい子以外には容赦がないのね、この変態!」

「あァ? オマエが人の仕事を無駄に増やすよォな事したからだろォが。自分が説教される意味も説明しねェと分からねェタイプの馬鹿か。それとも何か、この俺に頭なでなでイイ子イイ子でもしてほしいってェのかぁ?」

「うーん。ミサカ的には最終信号(ラストオーダー)の目の前でそれをやられる事に意味があると思うんだけどー、あ、でも考え方によってはあなたに対する極限の羞恥プレイよね、それ」

「オマエの頭ン中は俺に対する嫌がらせの事しかねェのかよ」 

 

呆れたように脱力しかけた一方通行(アクセラレータ)の視界が不意に断絶した。

 

「あァ? なンだァ停電か?」

「おいおいこんな真っ暗闇にしちゃって大丈夫なのかよ。ったく、こーゆうのがあると呆れて物も言えないよね運営側に文句言ってやろーぜモンスターペアレントの旦那」 

「その割には随分テンションあがってるみてェだが」

「え、いやいや別に。何コレ万引きし放題じゃんとかミサカの独壇場じゃんとか思ってねーけど」

「食べカス一つでもパクってみろ、その場でオマエを愉快な人間風スイーツに変えてやるからな」

 

しばらくすると非常電源に切り替わったらしく、何とか周囲を確認できるだけの明るさが戻った。

同時に停電の情報とそのお詫び、対策についてのアナウンスが流れ始める。

よく見ると街灯などはまだ消えたままの物もあるようだが、ハロウィンの飾り付け用のカボチャのランタンなどは軒並み復活していた。

その光景を見て何か違和感を感じたらしい番外個体(ミサカワースト)が口を開いた。

 

「でもこれって少しおかしいと思わない?」

「あァ? 何が」

「さっきの停電。このカボチャのランタンそもそも電池で動くヤツだぜ、街灯だとかイルミネーションだとかが消えるのはまだ分かるけどただの停電で電池式の物まで止まるのかにゃーって」

「つまり、さっきの停電は故意的な物だって言いてェのか?」

「具体的に言うと『闇』の匂いを感じないかねって話だ」

 

楽しそうにニヤニヤ笑いながらそう言う番外個体(ミサカワースト)一方通行(アクセラレータ)は質問する。

 

「そりゃ、オマエの願望か?」

「んー、否定はできないかな。ミサカ物騒な方が肌にあうし」

「その価値観から抜け出すのが重要なんじゃねェのかよ。ヤツらの予想の範疇に出るンだろ?」

「言ったでしょ否定はできないだけだって。実際さっきの停電はおかしいって話をしてるの。そういうあなたこそ目つきが変わってるけど?」

「……」

 

番外個体(ミサカワースト)の言うとおりだ。一方通行(アクセラレータ)はすでに違和感に気が付いている。

それは確かに『闇』の匂いだったが、一方通行(アクセラレータ)が慣れ親しんだソレとは少し毛色が違っていた。

そう、この感じは……。

 

「チッ、……そォいう事かよ。クソッたれ」

 

一方通行(アクセラレータ)は頭を掻き毟り、天を仰ぐと、

 

「おい、オマエならミサカネットワークを利用してあのガキの居場所掴む事くらいできンだろ。さっさとあのガキ連れて黄泉川ンとこ帰れ」

「えー、ミサカまだアレやってなーい。ヅラつけた教頭のハゲ頭目掛けて生卵投げつけるイタズラ」

「馬鹿言ってねェでさっさと行け、そんなにやりたかったらあのガキの安全確保してから戻ってくりゃいい」

「……ミサカあんまりにも理不尽な要求に色んなところがゾクゾクしちゃう☆」

「無駄話は終わりだっつってンだろォが」

「へいへーい。了解しましたよー、ところで親御さんは何すんの?」

 

一方通行(アクセラレータ)は本当に面倒臭げに頭を搔くと、

 

「あァ、掃除だよ掃除。ただのゴミ掃除だ」

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

『魔術』というものの存在を一方通行(アクセラレータ)は知っている。

彼自身に直接それを扱う技術がある訳では無いが、これまでの経験の中で『科学だけでは証明することのできない異能の力』という物とぶつかる機会がいくつかあった。

第三次世界大戦や、ハワイ諸島での闘争がいい例だ。

そして当時は分からなかったが『グループ』の一員である海原光貴(うなばらみつき)に近づいた際に感じた胸の上にバスケットボールを置かれているような、ゆっくりとした圧力、指先の震え、これらは魔術師と対峙した時特有の反応だ。

 

ならば、今彼が感じている違和感とは、

 

(……間違いねェ。何が目的かは知らねェが、本来いるべきじゃねェクソ野郎が紛れ込んでやがる)

 

視界が悪い。

それも当然か、と一方通行(アクセラレータ)は舌打ちをする。

ある程度復旧したとは言え、主な光源はオモチャのようなカボチャのランタンなのだ。

五メートルより先はほとんど見えないレベルだ。

それなら、

 

(見えねェなら何も無理に見ようとする必要はねェ)

 

一方通行(アクセラレータ)はあらゆる『向き(ベクトル)』を操る能力者──そう思われがちだが彼の能力の本質はそこでは無い。

この世のありとあらゆる現象を観測、逆算、解析すること──『粒子加速装置』という名前にこそ彼の本質は存在する。

一方通行(アクセラレータ)は首もとのチョーカー型電極に手を伸ばす。

スイッチが切り替わり、制限時間付きの最強が爆誕する。 

一五分の制限時間?

ハッ、と一方通行(アクセラレータ)は鼻で笑った。

そんな物、目の前の勘違い野郎を一〇〇回殺してもお釣りがくるレベルだ。

 

「出てこいよ陰険野郎、そこにいンのは分かってンだ。こそこそこそこそみっともねェ、虫けらだってもォちょい潔く踏みつぶされるぞ」

 

暗闇から返事は無い。

その代わりに目に見えない人魂(、、、、、、、、)のような形をした攻撃が一方通行(アクセラレータ)の顔面目掛けて飛来する。

だが、一方通行(アクセラレータ)はあえてその不可視の攻撃を『反射』する事なく、首を振って避ける。

もちろん後ろに人がいない事も確認済みだ。

 

『……!』

 

一方通行(アクセラレータ)の前方で息をのむような気配があった。

 

「これで分かったか。俺にその手の小細工は通用しねェ。言っとくがァオマエ、丸見えだぞ」

 

一方通行(アクセラレータ)は通常の人間では感知することのできない低周波音や放射線も感知、観測することができる。

これも同じこと。

大気の流れ、座標による温度差、音、それら全てを空間丸ごと掌握する怪物に『姿を消す』程度の小細工は通用しない。

見える見えないは関係無い。

一方通行(アクセラレータ)の目には見えないはずの敵の姿がしっかりと映っていた。

 

『これはこれは……、学園都市第一位の一方通行(アクセラレータ)でしたか。どおりで感知された訳だ、アナタがいると分かっていれば人払い系の魔術を使用したのに』

 

どこかノイズがかった声と共に一方通行(アクセラレータ)の前の空間がぐにゃりと歪み、さっきまで何も無かった場所に人影が現れた。

そう、人影。

顔どころか、肌や衣服の区別すらつかない黒い人の形をした影だ。

声はその人影が直接喋っている訳ではなく、人影を介してこちらに話かけている別の人間がいるように思える。

 

「オマエ、本体じゃねェな」

『ええ。私みたいな名もない平凡な魔術師が登場したところで何も面白くないでしょうし』

「何が目的だ」

『素直に喋れば見逃してもらえますか?』

「本気で言ってンなら、笑い話にもなンねェぞ」

『でしょうね。そもそもアナタのような方に交渉を持ち掛けようとする事自体が間違いですし』

「ならやる事は一つだ」

『ええ、同感です』

 

ダンッ、という銃声のような爆発音があった。

それが地面を蹴った時の音だと一体誰が思気づくだろうか。

 

言葉が途切れた直後、一方通行(アクセラレータ)は足元の『向き(ベクトル)』を操作し弾丸のような速度で黒い影の元へと突っ込んでいった。

以前全く未知の魔術を解析し、独学で扱った事もある一方通行(アクセラレータ)だが、魔術を完璧に反射できるとは考えていない。

そもそも彼はまだ魔術について知らない事が多すぎるのだ。

一〇〇パーセントの精度の迎撃は不可能だ。

だが、関係無い。

相手に、あのムカつく天使野郎レベルの出力が無いのならごり押しでどうとでもなる。

全てを破壊するこの悪魔の手で少し触って爆散させてやればいいだけの話。

一方通行(アクセラレータ)は何の躊躇いも無く黒い影の懐へと潜り込む。

 

「とりあえず弾けとけェッ! ゴキブリ野郎ッッ!!」

 

振り下ろされた右手は、まるで水に濡れた和紙を引き裂くかのように黒い影を破壊した。

 

「……ッ!?」

 

そう、何の手応えもなかった。

 

一方通行(アクセラレータ)の一撃でバラバラに霧散してしまった黒い影は、しばらくそこらを漂っていたが、やがて少しずつ一カ所に集まると元の形に戻りはじめた。

再生しつつある人影から微かな笑い声が聞こえてきた。

 

「チッ、破壊しても再生するタイプだと、ふざけやがって。」

『いやいや、ふざけてなんかいませんよ。アナタのような強力な戦力を有する学園都市への侵攻を計画した時点で、絶対に勝てない相手に当たる事は分かっていましたから。どうやっても勝てないなら、こちらも負けてもいいような準備をするだけなので』

「確かにその黒い影をぶっ壊すのは難しいかもしンねェが、だからって勝算がねェって訳じゃねェンだぞ?」

『いや、先ほども申し上げたとおりですよ。言ったでしょ、やる事は一つだって。アナタと相対して敗北する以外に道は無いでしょう? 無駄な挑戦はしない主義なんですよ。勝算がない訳じゃない? むしろアナタには勝算しかない。でもだからこそアナタは私までたどり着けない』

「どォいう意味だ」

 

一方通行(アクセラレータ)の問いに答える声は無く、代わりに完璧に再生した黒い人影が一方通行(アクセラレータ)へと突っ込んで行く。

無謀な特攻だ、と一方通行(アクセラレータ一)は切り捨てた。

『反射』の壁がある限り、いくら魔術といえども彼の体にダメージを与えられる人間などそうはいない。

一方通行(アクセラレータ)は特に何もしなかった。

彼の身体に触れた瞬間、黒い人影の方が勝手に弾けて消えた。

先ほどのように再生する素振りも見せずに、黒い人影の欠片達は次々とその場で消えていった。

 

(再生しない……。なンだ? 奴の魔術は失敗したのか)

 

『こういう意味ですよ』

「あァ?」

 

言ってる事の意味が分からない、と言いたげな一方通行(アクセラレータ)に 声の主は親切に解説までしてくれた。

『確かにここで透明化の核を失うのは多少の痛手ですが、それよりも恐ろしいのはこれ以上アナタにヒントを与えてしまう事だ。アナタにはわずかな手がかりから解析してこちらまでたどり着ける能力がある。そういう能力者だという事は調べてあります』

「何が言いてェ」

『言ったでしょう、アナタには勝算しかないと。アナタは最強の能力者だ、魔術師でもアナタに勝てるような人材はそう多くはない。だから私みたいな雑魚と戦えばアナタは絶対に勝ってしまう。だからこそアナタは私にたどり着けない! なぜなら私への手掛かりをアナタは全てその手で壊してしまうから! アナタの戦いはここで終わりですよ、一方通行(アクセラレータ)。とりあえずの勝利に喜び、蚊帳の外で全てが終わるのを眺めているといい!!』

「テメェッ!!」

 

一方通行(アクセラレータ)は叫ぶと同時に、消えかけている最後の影の欠片へと手を伸ばす 。

だが、彼が触れた瞬間、その欠片は跡形も無く虚空に消えてしまった。

もうノイズのかかった声も聞こえない。

手掛かりは一方通行(アクセラレータ)の手の中から零れ落ちてしまった。

 

一方通行(アクセラレータ)は本当に何の手掛かりも掴む事ができなかった。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆

 

 

インデックス捜索隊の結成が最優先事項なのだッ!

 

しばらくすると停電の情報とそのお詫び、対策についてのアナウンスが流れた。

明かりの方も非常用電源に切り替わったらしく、何とか安全を確保できるレベルの明るさは戻ってきた。

 

という訳で上条はオティヌスと共に本格的に迷子捜索を始めたのだったが……。

 

「はぁー、不幸だぁ……。何で迷子と停電がこうも被るんだよチクショウ、全然見つからねぇ、人が多いいのに加えて停電のせいでまともに周りが見えない! 非常用電源もっと仕事しろよ!」

「おい、人間。あんまり頭をふらふら揺らすな、私が落ちたらどうする。……というか、尻のあたりがお前の髪の毛でクチクして座り心地が悪い、いっそのこと私が髪の毛を伐採してやろうか」

「髪の毛引っこ抜こうとするのやめてオティちゃん、ハゲちゃう」

「……オティちゃんと呼ぶなと何回言えば分かるんだお前は! 分かるようになるまで髪の毛を抜き続けてやろうか?」

「ごめんなさい許してもうしません」

 

ただでさえ上条の頭皮は常日頃からインデックスという脅威にさらされているのだ。

これ以上頭皮に刺激を与えては将来がアデランスなんて事になりかねないのだ。

 

「……にしても高い所から捜索する作戦は失敗みたいだなー」

「肝心のお前の背丈がこの程度ではな、……お前という奴は全くもって使えん奴だ」

「えー、そんな事言って~オティヌス結構ノリノリだったじゃん」

「どこがだ馬鹿者」

「オティヌスさんやい、上条さんの頭の上で鼻歌歌ってたのがバレてないとでも思ったんですか?」

「......っ!!? ど、どうやらお前は頭と鼓膜の調子が良くないらしいな、都合のいいことに私はこのサイズだ。耳の穴から鼓膜張り替えるついでにその緩みきった頭のネジも締め直してやろう!」

「おもしろ人体探検隊っ!? て、照れ隠しにしては色々とバイオレンスすぎる!! 顔真っ赤にして言うようなセリフじゃぶぎゃっう!!」

 

耳ではなく目潰しキックが飛んできた。

色々と危険な実績を持つ元魔神さまがおっしゃられると割と洒落にならないのだ。

 

「もういい! こうなったら二手に分かれて探すぞ」 

 

よほど恥ずかしかったのか、かなり強引に軌道修正をしようとするオティヌス。

思わず笑ってしまいそうになる上条だったが、ここでその事に突っ込むほど彼は鬼ではない。

オティヌスに話を合わせる。

 

「二手ってお前、そのサイズで俺と分かれたら良くて迷子が増えるだけだと思うんですが? 最悪妖精せんべいが出来ちゃいますよ」

「フン、確かに私一人ではそうなるだろうな。だからその毛むくじゃらの力を借りるんだ」

 

なぜかどこぞの魔術結社のボスのような嗜虐的な笑みを浮かべるオティヌス。

よく考えてみれば金髪ドS説明好き上司という、キャラが若干被ってない事もないのだった。

ん? そういえばイギリス王室にもそんなボンテージ風王女さまがいたような気もするぞ、と上条はこの世の恐ろしいドS女性率の高さに一人戦慄した。

 

「スフィンクスをか? あれ、お前ってコイツの事嫌ってなかったっけ?」

「私が獣ごときに対抗心を燃やす訳がないだろ。この猫には私の騎馬になる権利を与えてやると言ってるんだよ」

 

どうやら三毛猫の背中に乗って街中を走り回りインデックスを捜索する気らしい。

 

「ええっとね、オティヌス。その計画には何というか、どうしようもなく高い壁が立ちはだかっている気がするんですが……。普段の光景を見てるだけに」

 

上条家の三毛猫は小さくなったオティヌスの事を『目の前で喋って動く愉快なオモチャ』として見ている節がある。

種族の壁を越えた意志疎通が可能だったとして、オティヌスの言うことを三毛猫が素直に聞き入れるとはどうしても思えない。

毛玉がわりにころころと足の裏で転がされるのがオチではないだろうか。

上条の不安をよそにオティヌスは自信満々に話を続ける。

 

「魔神たる私があの程度の生物を従う事ができないとでも思っているのか? あんなヤツ既に攻略済みだ。......実は最近ようやく私の言うことを聞くようになってな、この私と毛むくじゃらの間に築かれた主従関係をお前にも見せてやる」

 

何やら嬉しそうな顔のオティヌス。その表情を見るにどうやら本当にスフィンクスが言うことを聞いてくれた事があったらしい。

仲良くなるのはいいことだし、三毛猫の背中に跨がり街を駆けるオティヌスの図は見てみたい事もある。

せっかくなので上条はオティヌスの作戦に乗っかることにした。

 

「分かったよ。オティヌスがそこまで言うならやってみるか」

 

上条はそう言うと、頭の上に乗っかっているオティヌスと抱きかかえた三毛猫を、それぞれ別々に地面に降ろしてやった。

 

「おい、毛むくじゃら!」

 

オティヌスの声に三毛猫が反応して振り返り、じっと金髪碧眼の少女の顔を見つめる。

アイコンタクトを取っているのだ。

二人の気持ちは徐々にリンクし、猫と人間(?)の壁を超越する。

種族の壁を薙払い、築き上げたその高い信頼関係で奇跡のコラボを今果たす!!

 

「私を乗せろ! 毛むくじゃら!」

 

みゃー、と三毛猫が一声鳴き、オティヌスが乗りやすいよう腰を落とす。

 

オティヌスは十分な助走をとりつつ、高らかに叫びながら指示を出す。

 

「いいか、標的はお前のご主人禁書目録! 猫科の鼻を見せてやれ、捜索開始だッ!」

 

素晴らしい助走、三毛猫の背中についた片手を軸に、三毛猫に飛び乗ろうとするオティヌス、上条が感心と驚きの歓声をあげ──ようとしたが、突如三毛猫のお尻が絶好球を迎えたバッターのバットの如くスイングされた。

ちょうど飛び乗ろうとしていたオティヌスをすくい上げるような形で、だ。

 

「へにゃっ!?」

 

という悲鳴とも擬音とも分からぬ声と共に宙に投げ出されたオティヌスを上条が屈んで何とかキャッチした。

上条とフルフル震えるオティヌスの視線が合い、両者無言のまま時間が止まったかのような気まずさに包まれる。

ちなみに全ての元凶たる三毛猫は呑気に前脚をペロペロしながら顔の掃除をはじめていた。

 

「……」

「……ど、どんまい」

 

情けまでかけられオティヌスは色々耐えきれなくなったのか、プチトマトみたいに小さな顔をプチトマトみたいに真っ赤にさせると、全力で何かを叫びはじめる。

 

「ち、違うぞ! 今のは違うからな! あ、あの。あれだよ、そういう芸を覚えさせたんだ!」

 

混乱しているのか割と訳の分からぬ言い訳をし始める魔神に、上条は生暖かい優しい視線を送る。

 

視線を手の中のオティヌスに集中させていた上条は、だからこそ気が付かなかった。

 

ぼすっ、と背中の辺りに何か柔らかい物と衝突した感覚を感じた。

もちろん上条は止まったままなのでぶつかってきたのは相手なのだが、こんな所でしゃがんでる自分も悪いと思い謝ろうと後ろを振り返った。

 

「わ、悪い。こんな所にいたら邪魔だよな──って、??」

 

上条にぶつかってきたのは六歳くらいの男の子だった。

ここは第一三学区、小学生の多さは学園都市一だ。だから別に上条が六歳くらいの男の子とぶつかってしまう事だって、そんなに不思議な事ではない。

ないはずなのだが、

 

何かが、決定的に。おかしかった。

 

「おい、大丈夫……か?」

 

そう上条が思わず声をかけてしまうくらいには、男の子の様子はおかしかった。

顔に生気はなく、上の方を見上げる瞳の焦点もふらふらしていて、ろくに合っていない。

ポカンとした様子で口を開け、そのまま表情が固定されてしまっている様に見える。

上条はまるでゾンビのような不気味さを少年から感じた。

 

(これは……超能力、いや魔術か? どっちにしても普通の状態じゃ無いぞ)

 

上条は己の右手を見る。

幻想殺し。

それが異能の力なら触れただけで全ての異能を打ち消せる右手。

この男の子の異常な状態の原因が超能力にあるにしろ魔術にあるにしろ、異能が関わっているなら一発で打ち消せるはずだ。

そう考えた上条は右手を男の子に向けて伸ばし──

 

「おい、人間。やめておけ」

 

──オティヌスの声がそれを遮った。

 

「何でだよ、オティヌス。どっからどう見てもこの子の様子は普通じゃ無い、魔術か超能力が関わってるってんなら、俺の右手で──」

「やるだけ意味が無いからやめておけと言っているんだ」

 

「は?」

 

上条は意味が分からなかった。

もしかして、これは魔術も超能力も関わっていない現象だとでも言うのだろうか。もしかしたらやっかいな病気で今すぐ救急車を呼ぶべきなのかもしれない、と上条はオティヌスの言葉から合理的な推測を巡らそうとする。

だが、オティヌスは真剣そのものの顔で上条にこう告げた。

 

「確かに、その子供からは微量だが魔力の残滓を──魔術の使われた痕跡を感じる」

「だ、だったら──」

「話を最後まで聞け、……いいか人間、落ち着いて聞けよ。その子供の機能はもう停止している。魔術による結果が出てしまっているんだ。お前の右手は魔術の炎は打ち消せるが、その炎で受けた火傷まで打ち消せるのか?」

 

視界が、ぐにゃりと歪んだ気がした。

 

今オティヌスが言ったことを上条はすんなりと受け入れることができなかった。 

そんなことできるはずが無い。

だって、つまりそれは。

上条の背中に気持ちの悪い寒気が走る。

 

「どういう意味だよ、オティヌス」

「何度も言わせるな、その子供はもうお前の右手では間に合わないと言っている。……どうやら魔術的方法で魂を抜かれてしまっているようだな。まだ心臓は動いているが、それだけだ。喋る事はおろか、物を考える機能すら残っていない。精神は完全に死んでいる。いわゆる廃人というヤツだ」

「そ、んな……。それじゃあこの子は助からないっていうのかよ、この先一生このままだっていうのかよ!?」

 

吠える上条に周囲の視線が集中した。

何事かと子供達が興味深そうにこちらを見ている。

 

「落ち着けと言っているだろ。お前の右手では間に合わないと言っただけだ、まだ全てが終わった訳じゃ無い」

 

オティヌスの言葉に上条は一度安堵したように息を吐いた。

 

「なら、どうすればいいんだ? 魂を抜かれてるって言ってたけど、それを取り返せばいいのか?」

 

オティヌスは上条の質問に、金髪の髪の毛を手の中でクルクルと弄びながら、やや煮え切らない態度で答える。

 

「まあ基本的な方針はそうなるな、魔力の残滓からケルト系の匂いがするんだが、何分手掛かりが少なすぎて具体的な術式も目的も分からない。大まかな予想はついているが、敵を叩くにしても、子供を助けるにしても、もっと分かりやすい手掛かりを探したほうが良さそうだ」

「そうか、ならさっそく──」

 

上条の言葉をまたもオティヌスが遮る。

 

「人間、私の予想が正しければ、これからこの学区に幽霊のようなエネルギー体が何体も現れるはずだ。お前はそれを探せ、見つけたらその右手で破壊しろ」

 

お前は、を強調したオティヌスに上条は質問する。

 

「わ、分かった。でもお前はどうする気だ、オティヌス」 

「私は少し調べたい事がある」

「なら、俺も一緒に行く。さっきも言ったけどお前一人で行動するのは色々無理がある、お前がいてくれた方が俺も魔術に対処しやすいしな。それにきっとインデックスだって異変に気が付くはずだ、このまま合流しよう」 

「ダメだ、見つけた側からその右手で術式を壊されなんかしたらひとたまりも無い。私も終わり次第お前に合流する。だからお前はお前にできる事をしろ、分かったな」

 

オティヌスは有無を言わせぬ調子でそう言うと、三毛猫に再び跨がった。

今度は三毛猫も何かを感じたのかオティヌスの指示に素直に従う。

 

三毛猫とオティヌスはそのまま人混みの中へ消えていってしまった。

 

一人になってしまった上条は、魔術によって壊されてしまった男の子を抱きかかえる。

このまま放っておいたら危なっかしくてしょうがない。

警備員の詰め所に預けるくらいしか今はしてやれる事が無い事に上条は歯噛みした。

 

上条当麻は不幸な少年だ。

道を歩けば溝にはまって財布を落とすし、何の脈略もなく少年野球のホームランボールが頭に的中する。

不幸にも着替えを目撃してガブガブされたり、折角買った弁当を地面にぶちまけたりもした。

変な事件に巻き込まれる事だって日常茶飯事だし、数え切れない程の数死にかけた。

世界の終りだって見てきた。

 

でも、こんな酷い話があるか。

 

何の抵抗もできず、自分が終わってしまった事にも気が付かないまま、その短い人生に幕を下ろす。

 

そんな終わり方が許されていい訳が無い。

 

絶対にこんなところで幼い命を終わらせる訳にはいかない。

そんな訳の分からない『不幸』で人の命が簡単に奪われてたまるか。

 

「ふざけやがって、どこの誰が一体何の目的でこんな事をしてるのかは知らない。けど、」

 

上条は確かめるように右の拳を強く強く握りしめる。

 

「こんな小さい子供を巻き込まなけりゃ達成もできないくっだらねー目的なんて、全部この手でぶち殺してやる!!」

 

まだ、影も形も掴めぬ魔術師相手に、上条当麻はそう告げる。

理不尽に苦しめられる人を助ける為に、少年は立ち上がる。

 

時刻は七時四五分。

ハロウィンの夜空は妖しげな暗雲に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




駄文にお付き合いくださりありがとうございました。
続きも書きます。たぶん……。

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