現代最強の術師・両面宿儺と史上最強の術師・五条悟による呪術廻戦   作:ソル  

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じゅじゅさんぽ的な番外編です


幕間

《呼称》

 

 禪院家との交渉が終わり、伏黒恵は高専卒業までの猶予を手に入れた。

 まだ小学生ではあるが、彼は裏梅とともに宿儺に連れられ、呪霊の討伐任務に同行する機会が増えていた。

 

「宿儺様、今のはどうでしょうか」

 

「悪くはない。だが、範囲が少し広すぎるな。あの程度の呪霊なら、身体性能もそこまで高くはない。相手が避けられない距離を測り、呪力の消耗を抑えるのが最善だ」

 

「なるほど……」

 

 神妙な顔で頷く裏梅。

 そんな彼女を横目で見ていた伏黒には、一つ気になっていることがあった。

 

「結構前から気になってたんだけど、なんで宿儺さんには様づけなんだ?」

 

「え?」

 

 ここまでの付き合いで、裏梅が宿儺に対して単なる尊敬以上の感情を抱いていることはわかっている。

 だが、それにしても様づけなのは過剰にも思える。少なくとも、伏黒の周りに誰かを様付けで呼ぶ人間はいないのもあり、違和感自体は前から感じていた。

 

「別におかしなことでもないだろう?」

 

 五条家という古い家で常識を学んだ宿儺は、目上の人間を様付けで呼ぶことなど珍しくはないのだと認識していた。

 もっとも、本人は様付けどころか敬語すらまともに使ったことはないのだが。

 

 では、一般家庭出身の裏梅はなぜそんな呼び方をしていたのかというと。

 

「ね、姉さんが尊敬する師匠に対しては様付けするものだと」

 

「お前それたぶん騙されてるぞ……」

 

「姉さん……!」

 

 汐梨に妹をだましたつもりはなかった。漫画やアニメの影響でそういうものだと思っていただけで。

 もっとも恥をかかされたことに変わりはないので、次に会ったときに姉妹喧嘩が起こったのは言うまでもない。

 

 その後、呼び方を変えようとはしたものの、幼少期の刷り込みというのは恐ろしい。

 あれから十年近く経ち、高校生に成長してもなお、咄嗟の時や内心では「宿儺様」という呼称が出てしまうとか。

 

 

 

《交渉》 

 

 

「お前が両面宿儺か。直接会うのは初めてだな」

 

(こいつが禪院家当主か)

 

 宿儺の眼前で胡坐をかき、徳利を傾ける老人。

 逆立った白髪と、左右に大きく跳ね上がった独特な形の口髭。この男こそ、現禪院家当主、禪院直毘人だった。

 

「禪院家の問題に首を突っ込んできたのはどういうつもりだ?」

 

「死人の遺言ぐらいは聞いてやろうと思っただけだ」

 

「遺言? そうか、甚爾を殺ったのはお前だったか」

 

 張り詰めた空気が漂う中、廊下を走る荒い足音が静寂を破る。

 勢いよく襖が開かれ、肩で息をする伏黒が姿を現した。

 

「す、宿儺さん……! すみません、ちょっと来てください!」

 

「……何事だ」

 

「あの、裏梅とそっちの人が……揉めて、戦闘になりかけてて……!」

 

 伏黒の悲痛な訴えに、宿儺が眉をひそめる。

 直毘人は状況を瞬時に察したのか、あるいは最初から予想していたのか、愉快そうに喉を鳴らした。

 

「いいぞ、行ってやれ」

 

「……悪いな」

 

 伏黒と共に部屋を出ていく宿儺。

 遠ざかる足音が聞こえなくなると、客間に再び重たい静寂が戻った。

 

「さて、本人がいなくなったところで聞いておくが……奴に情でも湧いたか?」

 

 直毘人が、値踏みするような視線を覚へと投げた。

 

 彼らは御三家の当主として、十年を超える付き合いがある。

 その直毘人からみても、覚がこんなメリットのない交渉をする理由が、他に思いつかなかった。

 

「……かなり助けられてはいるんでね。多少の無茶は聞いてやるさ」

 

 次世代まで残りそうだった負債を完済するどころか、多少の余裕までできそうなほど稼いでもらっているのだ。

 片目をえぐられた苦い記憶もあるが、もう十年以上も前のこと。言葉もしゃべれない子供の頃から付き合いがあるのだから、多少は情もわく。

 

「ふはは。大変そうだな、いろいろ勝手に背負い込んで」

 

「そっちは気楽そうでうらやましいなクソ」

 

 必要のない荷物を背負い込み、苦しんでいる人間を肴にして酒を飲む直毘人と、それに対して青筋を立てる覚。

 

 御三家の当主同士にしては、二人の仲は悪くない。

 過去に当主同士が殺し合った、などの両者の仲を険悪にするような出来事も起きていないため、今の禪院家と五条家は商売敵程度でとどまっている。

 

 直毘人からすれば、五条家自体はさっさと潰れてもらったほうが禪院家の持てる権力も大きくなる。

 五条家を潰そうとしている覚は、ビジネスパートナーにも近かった。

 

「いいだろう。伏黒恵を禪院家に迎え入れるのは高専卒業後。それまでの期間、家の呪具についても一部は貸し出してやる」

 

 ここまでは禪院家の差し出す譲歩案。

 ここからは、その対価として五条家が差し出すもの。

 

「事前に提示した金額に加えて、伏黒恵が高専卒業までに任務で稼いだ額の一部を、禪院家に帰属させること」

 

「ま、妥当なところか」

 

 ある程度は予想できていた条件に、覚が安堵の息を漏らしたのもつかの間、畳みかけるようにして直毘人がもう一つの条件を突き付ける。

 

「それと、お前が使っている特級呪具をよこせ」

 

「……マジ?」

 

「どう考えても俺が持っていたほうが強いだろう?」

 

「いやまあそうだけど……ハァ、しかたないか」

 

 覚が腰からとりだした包みを、畳の上に置く。

 ゴトリ、という重い音が、五条覚の術師としての終わりの音のように響いた。

 

「これで術師は廃業かあ。完全に他人任せになるのはどうも落ち着かねえな」

 

「六眼の後遺症だったか? 不便だな、そっちの相伝は」

 

 15年近く前、宿儺との戦闘で、覚は六眼を用いて無下限呪術をその身に下ろした。

 一瞬、そして一部とはいえ、史上最強の力を思うまま振るうことができた全能感は、覚にとっては記憶でもある。

 

 だが、本来使う資格がないものを無理に使った後遺症は、覚の呪力に大きな影響を残している。

 自分の呪力へのピントが合わなくなった、とでもいうのだろうか。その身と脳に刻まれた、原子レベルの呪力操作の記憶が、呪力操作の邪魔をする。

 実質的に術式なしで一級術師に上り詰めた技術は、今は見る影もない。

 

 比較的呪力操作の必要ない呪具を使ってここまで何とか現役を保っていたものの、その呪具を渡してしまえば今度こそまともに戦うのは無理だろう。

 

「お前の目標も遠のくな。稼ぎ頭がいなくなっては、隠居生活の資金も貯まらんだろう」

 

「まあ、その分は宿儺に働いてもらうさ。教師になってもあいつなら年収数千万ぐらいはいけるだろうし」

 

「教師? 初耳だが、意外な進路だな」

 

「あ、やべ」

 

 しまったと言わんばかりに口元を押さえる。

 まだ公にしていない情報だったが、緊張の糸が切れたせいか、つい口を滑らせてしまったようだ。

 

「……まあ、忘れてくれ。とにかく、交渉は成立だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《団欒》

 

「ただいま」

 

「お帰り、裏梅。汐里はもう来てるよ」

 

 玄関を開けると、出汁のいい香りと共に母親の出迎えがあった。

 ひと月に一回程度、裏梅は実家へ帰省する。

 一級術師として多忙な日々を送る裏梅だが、定期的に家族に顔を見せることだけは欠かしていない。

 

 リビングに入ると、そこにはすでに食卓についている父親と、姉の汐梨の姿があった。

 

「あ、裏梅! お疲れ様ー」

 

「姉さん。……また痩せたんじゃないか?」

 

「え、そう? ラッキー! やっぱり現場走り回ると違うねえ」

 

 ケラケラと笑う姉を見て、裏梅は小さく息を吐く。

 食卓には湯気を上げる鍋料理。家族4人、久しぶりの団欒が始まる。

 

「この前、休みに釘崎と買い物に行ったんだ。あいつは服を見る目が肥えているから、参考になる」

 

「あら、裏梅が友達とお買い物なんて。お母さん嬉しいわ」

 

「……友達というか、同級生だが」

 

 少し照れくさそうに鍋をつつく裏梅に、母親が微笑ましそうな視線を送る。高校生らしい生活を送れていることに安堵しているようだ。

 

 一方で、父親の視線は向かいの姉に向けられた。

 

「汐梨はどうだ?仕事には慣れたか?」

 

「うん! 研修期間も終わりそうだし、そろそろ一人で術師の人たちのサポートも任せてもらえそう!」

 

 裏梅の姉である汐梨も、術師ではないが呪霊が見える程度の呪力はある。

 少しでも妹や術師たちを助けられるよう、地元の高校を卒業後は補助監督として働いていた。

 

「もう少ししたら裏梅と一緒の任務に行ったりもできるかもねー。ふふっ、楽しみ」

 

「そうか、元気でやってるみたいでよかった」

 

 娘が危険な仕事についていることに思わないことがないわけではない。

 それでも、楽しそうな顔をしている二人を見ていると、間違っているわけではないと思える。

 

「あ、裏梅。明日はクッキー焼こうと思ってるから、帰るときに先生にも持って行ってくれない?」

 

 宿儺は、娘の先生というだけでなく、氷見家全員にとっての命の恩人でもある。

 こうして折に触れて差し入れをするのは、ささやかな恒例行事になりつつあった。

 

「ああ。ただ、私にも手伝わせてくれ」

 

 

 数日後。

 高専に戻った裏梅の手には、実家から持たされたタッパーがあった。

 

「おい裏梅、それはなんだ?」

 

「クッキーです。母が、先生にと。良ければどうぞ」

 

「ほう。……悪くないな」

 

 宿儺が一口食べ、ニヤリと笑うのを見て、裏梅は小さくガッツポーズをした。

 

 

 

 

 

 

《紫煙》

 

 12月24日、百鬼夜行終結後。

 

「こっちの患者は終わったか、硝子」

 

「ああ、重症患者は全員治した。そっちは……ん?」

 

 家入は自分の耳を疑う。

 今宿儺は、自分を名前で呼んでいなかったか?

 

「……気持ち悪ー。何だよ急に」

 

 家入の指摘に対し、宿儺は返り血のついた着物を煩わしそうに払いながら、短く答える。

 

「色々と、決着がついたんでな」

 

「……そっか」

 

 その一言で、家入は全てを察した。

 決着。それはつまり、かつての級友であり、最悪の呪詛師となってしまった夏油傑の最期を意味している。

 

「あいつの体はどうした?」

 

「総監部が回収していった。何か起きる前に検死して焼却すると」

 

「……はっ、仕事が早いことで」

 

 家入はタバコを取り出しながら、鼻で笑う。

 

(こっちに気を使った? ……いや、ないな。総監部の連中がそんな殊勝な真似しないだろ)

 

 違和感はないわけではないが、それを追求することはできない。

 権力は向こうが上、強引ではあるが一応筋も通っている。

 

 そもそも、顔見知りの死体などそんなに見たいものでもない。

 ただ最後に顔を見ることができなかったのが、少し悔しいだけで。

 

「……宿儺」

 

「あ?」

 

「ちゃんと、話はできたのか?」

 

 家入が聞きたかったのは、その一点だけだった。

 殺し合うことになった結末を変えられなかったとしても、最後の瞬間に、呪術師と呪詛師ではなく、ただの旧友に戻れたのかどうか。

 

「……ああ」

 

「そりゃよかった」

 

 宿儺の短い肯定に、家入は小さく息を吐く。

 彼女は胸ポケットから箱を取り出すと、三本のタバコを抜き出した。

 一本を自分の口に咥え、もう一本を宿儺に差し出し、火をつけるよう目で促す。

 

 宿儺は無言で指先に小さな火を灯し、家入のタバコと、自分の手にあるタバコに火を点ける。

 

 そして、最後の一本。

 家入はそれに火をつけると、誰もいない自分の隣、パイプ椅子の端にそっと置いた。

 煙が三筋、救護所の天井へと昇っていく。

 

 学生の頃を思い出す、懐かしい匂い。

 あの時吸っていたものと変わらない銘柄のタバコは、青かった日々の記憶を数分だけ鮮明に思い起こさせる。

 

 その香りは、灰と共に静かに消えていった。




次回から渋谷事変です
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