現代最強の術師・両面宿儺と史上最強の術師・五条悟による呪術廻戦 作:ソル
「禪院甚爾!! すごいね、これは考えていなかった」
漏瑚の視界に映る光景。
自分の手から離れた混沌に、夏油は目を輝かせていた。
「呪力0のフィジカルギフテッドと禪院家が誇る最強の式神かあ、タイマンなら流石に魔虚羅が勝つだろう」
魔虚羅を倒すための準備が整っているならともかく、完全に予定外の遭遇戦。
装備も作戦もない状態で殺し切れるほど最強の式神は甘くない。
夏油にとっても漏瑚を失うのはかなりの痛手。
漏瑚を夏油の手元に戻して儀式が終了するかは不明瞭な以上、戦闘以外の選択肢はないと言える。
何より、ここで好奇心を優先しないのであれば、千年もの間永らえてなどいない。
「折角の機会だ、リモートでも参加しないと勿体無い」
◆
一方の魔虚羅は、自立した思考により調伏儀式を完遂しようと動き出す。立ち塞がる障害を始末することが、その目的への最短距離であると。
目などないはずのその顔が、確かに甚爾へ向けられた。
儀に乱入した邪魔者を排除すべく、『適応』の対象が追加されていく。
対する甚爾は、魔虚羅の狙いが自身に定まったことを本能で悟る。
まったく意図していなかった遭遇戦。真正面からやり合う前に、奪い取った飛天の性能を確かめる必要がある。
甚爾は地を蹴り、魔虚羅の射程から逃れるように大きく空中へと跳躍した。
飛天の能力は空の面を支配すること。元より自力で空気を面として捉え、足場にできるフィジカルギフテッドとの相性は悪いようにも思える。
だが。
(こいつはいい)
何も持たないより、明らかに空中移動の速度があがっている。
そもそも空の面とは、空気中の温度や密度の差によって生まれるもの。
面自体を認識できても、それは不規則で瞬時に変化するため、動くコースは限定されてしまう。
飛天の能力によってそれを制御することにより、数段自由に動き回ることが可能になった。
さらに、面を足場として固定することで、踏み込みによる速度が上昇する。
固定した空が撓むほどの脚力で、甚爾の体が射出された。最高速度は直毘人に及ばずとも、瞬間的な初速は甚爾に分がある。
一足飛びで魔虚羅の死角へと入り込み、その脳天に向けて游雲を全力で振り下ろそうとした、まさにその瞬間。
横合いから、甚爾の体ごと魔虚羅を焼き尽くさんばかりの猛烈な炎弾が強襲した。たまらず攻撃を中断し、空の面を蹴って身を翻す。
「危ねえなこの野郎」
当然だが、敵の敵は味方というわけではない。
魔虚羅を倒すという目的が一致していたとしても、共闘するかどうかは別の話だ。
火礫蟲に自分を抱えさせ、空中から魔虚羅を狙う漏瑚。
その手から機関銃のように連射される炎弾の一つ一つが、直撃すれば明確なダメージになりうる。
だが、それは魔虚羅には一撃も当たることはない。
魔虚羅が避けているわけではなく、元から動きを制限するような形で撃たれている。
(随分と消極的な動き方だな。魔虚羅の情報があるのか……?)
魔虚羅相手に様子見の攻撃は悪手でしかない。一撃でも炎があたれば、それに対する適応が始まり、数分も経たずにその耐性を獲得するだろう。
漏瑚はそれを知っているかのように、わざと魔虚羅を外して撃っている。
甚爾にとっても邪魔であることには違いないが、魔虚羅の注意が分散しているだけマシだ。
(無理やり共闘の形にしちまえばいい)
魔虚羅のデータを取り終わったのか、漏瑚が攻勢へと転ずる。
頭から無数に排出されていくのは、裏梅相手にも使用した火礫蟲。
その数は数十匹。
一匹だけでも相応の破壊力を持つ式神が、一斉に魔虚羅へと殺到する。
危険を感じ取ったのか、漏瑚から距離を取ろうと動き出す魔虚羅。
「させねえよ!」
それを防いだのは、強化された五感により、式神の性質を読み取った甚爾だった。
飛天によって周囲に壁を張ることで、魔虚羅の逃げ道を断つ。
上に空いた穴から侵入する火礫蟲。そのすべてが侵入した瞬間、その穴をも完全に塞ぐ。
今回は鳴き声による攻撃を行わない。その分を爆発力に回すことで、一匹の火力を上げている。
音が消えたかのような爆音。
数十匹の火礫蟲が生み出した爆発は、密閉空間に閉じ込められた魔虚羅へと余すことなくその威力を叩き込んでいた。
身体中に大穴を開け、白い肌が焼け焦げた魔虚羅の姿が見える。
だが、魔虚羅はいまだに活動をやめない。
ガコン。
音を立て、方陣が回る。
甚爾が作り出した空間が切り裂かれ、爆煙が完全に散る。
そこにあったのは、喰らった傷を完全に修復した魔虚羅の姿。
だが、歴戦の術師殺しがその隙を見逃すはずもない。
適応と再生のために魔虚羅の動きが止まった、ほんの一瞬。爆煙を裂き、すでに至近距離にまで肉薄していた甚爾が、手にした特級呪具『游雲』を大きく振りかぶっていた。
宿儺との戦闘時のような逃げ腰の扱いではない。加速を乗せ、全力で相手を叩き潰すための攻撃。
半端な真希が扱っても、花御にダメージを与えることができる力の塊。それを、完全なフィジカルギフテッドが全力で振り回すとどうなるか。
脳天をかち割る軌道で放たれた游雲が魔虚羅を捉える。カメラで撮影されていたのなら、その先端が音の壁を越える瞬間がはっきりと記録されていただろう。
その威力は、打撃などという生易しいものではない。直撃した頭部を完全に消滅させ、そのまま胴体を股下まで叩き割るに至った。
人間どころか、呪霊だとしても確実に致命傷と言える損傷。
だが。
「頭潰されたら死んどけよ!」
頭部を完全に破壊したにも関わらず、方陣の回転は止まらない。
魔虚羅の最も恐ろしい能力は、適応の力そのものよりも適応までの時間を耐え抜く死にづらさにある。少しでも適応が済んだ攻撃であれば、それによって肉片ほどに分割されようが再生を続けることができる。
一撃で肉体全てを完全に消し飛ばさなければ、魔虚羅が活動を停止することはない。
ガコン。
音を立て、方陣が回る。
「ちぃっ!!」
再び振るわれる游雲。先の一撃ほどではないが、特級呪霊にも痛打になるであろう威力。
だが、それへの適応は済んでいる。
動かない。
確かに当たったはずの游雲が、時間を止められたかのように完全に停止した。
(手応えがねえ)
防御されたのでも耐えられたのでもない。空気を殴ったかのような不気味な感触。
甚爾の思考に一瞬の空白が生まれた。そこを狙い撃つように、反撃の剣が振るわれる。直撃を避けるために身を捩ったことで剣は当たらなかったが、魔虚羅の拳が腹部に掠った。
「が……!?」
その瞬間、甚爾の体が背後へ吹き飛ぶ。
魔虚羅が適応によって得たのは、打撃に対する完全な耐性。
攻撃によって受けた衝撃を吸収、その威力をそのまま本人へと送り返した。
あばら骨が何本か折れた。 内臓を痛めたのか口から血が噴き出る。
それ以上に問題なのは、既に魔虚羅を殺しきる手段を喪失していること。
打撃が効かない以上生身での攻撃に意味はなく、先の一撃で死なないとなると飛天は火力不足。
詰みだ。
「……ハッ」
自嘲気味の笑いが漏れる。
(何もかも捨ててきた人間が、死んだ後だけ格好付けようとしてもうまくいくわけねえか。……畜生)
◆
魔虚羅が優勢に戦闘を進める中、術師達は未だにその場から離脱することができずにいた。
甚爾が入ってきた穴はすでにふさがってしまっている。
怪物じみた肉体とはいえ、呪具を所持していない甚爾でも壊せる檻が、一級の攻撃にここまで耐えられるというのはさすがにおかしい。
(外からは入れるが中から出るのは至難……領域の結界に近いのか)
日下部が打開策を見出そうと思考を巡らせていた、まさにその時。
不自然にうねっていた床の樹木が、突如として意思を持った大蛇のように牙を剥いた。
「ぐ!?」
虎杖の体を無数の枝が刺し貫く。
致命傷になる場所ではない。手足や主要臓器を避け、動きを完全に封じるための攻撃。
倒れ伏す虎杖が、飲み込まれるように下へと消えた。
「虎杖!」
「後だ! 今はここから出ることを優先――」
日下部の言葉を止めたのは、魔虚羅の召喚時と同等、いやそれ以上の重圧。
樹のドームが上部から崩壊していく。
術者が展開をやめたわけではない。それ以上に強い術で上書きされているだけだ。
天井が吹き飛び露わになった上空には、今日一番の出力で呪力を集中させる漏瑚の姿があった。
極の番 『隕』
漏瑚の奥義とも言えるそれは、周囲の物体を巻き込み生成する、巨大な隕石の質量攻撃。
花御と陀艮の作り出した樹海降誕を丸ごと材料にすることで、その威力と範囲をさらに強大なものとする。
「……冗談じゃねえぞ」
壁が壊れ、逃げ場は出来た。だが退避など間に合うはずもない。
周りの地形が丸ごと吹き飛ぶのが容易に想像出来る大質量。仮に直撃を避けられても、その余波だけで全員が死ぬ。
術師達を襲う絶望が、今まさに振り下ろされようとしていた。
◆
渋谷本線 B5F
「……弟が危ない」
◆
そこは、樹海降誕の中に作られた小さい空間。
出血多量で気を失った虎杖の中で、五条悟は考える。
(アイツ多分面倒になったな)
この場面で虎杖だけを戦場から離す理由は呪霊やただの呪詛師にはない。
必然的に、これは自分と縛りを結んだ羂索の意思であると五条は看破していた。
甚爾が吹き飛ばされた時点で、羂索はその戦闘に対する興味を失いつつあった。自分の予想を上回らないものをいつまでも眺めていられるほど、彼は気が長くない。
それゆえの極の番。
これで死ななければ自分で殺しに行くだろう。羂索の領域であれば魔虚羅を打倒することは可能だ。
どちらにせよ、渋谷にいた人間のほとんどは死ぬだろうが。
(……うーん、これは仕方ないか。変わるよ、悠仁)
一人の最強が動き出す。
瞬間移動しか思えないような速度で、五条が上空へと飛び出す。
数秒後に渋谷のすべてを圧殺していただろう『隕』は、百分の一にも満たない大きさの男に完全に停止させられていた。
「これ壊したら不味いか。なら……」
どのように術式を操作すれば、そんなことができるのか。
破壊したのでも消し去ったのでもない。五条がそっと押した『隕』が、重力が逆転したかのように、空へ向かって飛んでいく。
「さて」
周囲を見渡すその眼に映ったのは、先程魔虚羅と戦っていた男が、今まさにとどめを刺されようとしている場面。
空を蹴り、甚爾と魔虚羅の間にふっと湧き出るように割り込んだ五条が、片手でその巨大な剣を軽々と受け止める。不可侵の障壁によって、刃は五条の掌に触れることすらできていない。
「……防御と救出は戦闘にカウントされないのか。悠仁の性格に感謝だね、最悪消えてたかもしれないし」
虎杖と結んだ『縛り』は、少年院の特級を倒す代わりに、暴れない・戦わないという条件で一分の間体を借りるというもの。
『隕』を止めるまではセーフだと判断していたが、その後魔虚羅の攻撃を止めたのは戦闘行為に当たってもおかしくはなかった。
他者間での縛りを破れば、破った側にはどんな罰が下るのかすら分からない。
もう一方の自分ごと消滅することも覚悟していたが、虎杖悠仁の考え方では「人助け」は戦闘ではなかったらしい。
(とはいえ流石に攻撃したらまずいよな。やるにしても最後の一撃、そこで決めなきゃ意味がない)
なんにせよ一人では無理だ。
魔虚羅を一撃で葬るほどの火力を、全盛の半分の力で出すには大きなタメがいる。
五条は魔虚羅の凶刃を止めていた手を返し、無造作に背後の甚爾の襟首を掴んだ。
次の瞬間、二人の姿が消失する。五条の術式によって、魔虚羅の射程から大きく離れた場所へと瞬間的に移動したのだ。
「生きてるー?」
「……お前、まさか」
「うん? あ、そうそう。五条悟」
雪のような白髪に、青く透き通る六眼という二つの象徴。
何よりその存在感。魔虚羅に勝るとも劣らないそれは、目の前にいる存在が何者かを雄弁に語っていた。
(俺と同じ降霊術……? いや、受肉体か。六眼は片目、それに伝承だと長髪って話だったはずだ)
「あれ、君禪院家? 恵そっくり……って言ってる場合じゃないか、手ぇ貸してくれない?」
「……いいぜ。まあ、そもそも役に立てるかは微妙だが」
飛天、游雲の両呪具は既に適応が済んでおり、魔虚羅への有効打にはなりえない。術式のない甚爾にできることはほぼないといえる。
魔虚羅を打倒するにはあとひとつ、何かが足りていない。
(……何か来る)
最後のピース。未だ残る樹木を染めるように、赤が噴き出す。
もう一人の乱入者。
「弟ォー!! どこだぁー!? お兄ちゃんが来たぞ!!」
「また変なのが……」
「そっちか!? いや違う!」
黒焦げになっている直毘人を抱き起し、そのままもう一度床に寝せたりと奇行を繰り返す脹相。
五条の頭によぎるのは、交流会前の出来事。あの時も、兄弟を名乗る不審者が暴れまわっていた。
だが、六眼がその男の正体を映し出す。
「え、マジで悠仁の兄弟じゃん。……ん? じゃあ葵は何?」
「弟ォー!」
「……まあいいか。おーいお兄ちゃん、君の探してる弟なら、今俺の中で寝てるよ」
ピタリ、と脹相の奇行が止まる。
ゆっくりと振り返ったその視線が、五条へと鋭く向けられた。
「なんだと?」
「どうも。君の弟、虎杖悠仁に受肉してる者です。ちょっと手伝ってほしいんだけど」
飄々と語る五条の言葉に、脹相の顔にギリッと怒りの青筋が浮かぶ。
「なぜ俺がお前に協力しなければならない。さっさと弟の体を――」
「あいつは悠仁の仲間を狙ってるんだ。起きた時死んでたら本気で悲しむよ」
「よし俺は何をすればいい」
変わり身が早いとは言うなかれ。
弟が悲しむ可能性が一パーセントでもあるならば、兄はそれを見過ごさない。
「あの白いのの動きを一瞬止めてくれ。あとはこっちで殺す」
(てか改めてみると何このメンツ、面白)
禪院の直系でありながら、呪力を完全に捨て去った天与呪縛。
最悪の呪詛師によって生まれた、加茂家相伝の術式を持つ呪霊と人間の混血。
五条家の隆盛と衰退、両方の原因となった当主の呪肉体。
確かに御三家に連なりながらも、呪術界ではその存在を認められない者たち。
「多分御三家初の合同任務だね。さあ、やろうか」