現代最強の術師・両面宿儺と史上最強の術師・五条悟による呪術廻戦   作:ソル   

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東京第二結界ー参ー

 領域展開

 

 莫大な呪力の奔流が、黒い結界を形作る。

 裏梅が凍り付かせた海と港を包みこむように、心象風景が具現化していく。

 

「白冥幽蓮苑!!」

 

「時胞月宮殿!!」

 

鳴神来駕(めいしんらいが)!!」

 

 三人の領域が完成し、内部の心象風景がまじりあう。

 胎内のような足場を、吹きすさぶ豪雪が覆い隠す、暗闇の空間。混沌としたいびつな光景は、誰かの領域が砕けることもなく、押し合いが完全に成立しているからだ。

 

 だからこそ、二人はその違和感に気づく。

 

「「!?」」 

 

 押し合いを行っている領域が、一つしかない。

 周りの光景から、その領域内部に投影されているのは裏梅と直哉の心象風景であるとわかる。必然的に、外殻で押し合いをしているのもその二つ。

 

 ならば鹿紫雲は?

 領域の展開に失敗したわけではない。もしそうなら、どちらかの必中術式が機能し即死しているからだ。

 初手で領域が押し負けたわけでもない。その程度の実力なら、そもそもここまで戦えていないだろう。

 

 なら、何が起こっているのか。

 その答えは、鹿紫雲の姿に表れていた。

 

(なんや、こいつの領域は!?)

 

(外殻が存在しない?!)

 

 雷そのものを固めた、太鼓のようにも見える羽衣。

 全部で八つあるそれが、鹿紫雲の背中に接続されていた。

 

 鹿紫雲の領域『鳴神来駕』は、他とは違い、相手を閉じ込めるための結界を展開せず、自らの肉体を領域とする。

 

 鹿紫雲一の術式、『幻獣琥珀』は、電気によって再現することのできるあらゆる事象を具現化するために、鹿紫雲の肉体を作り替える術式。術式終了後に鹿紫雲の肉体が崩壊するという致命的なデメリットを抱えてはいるが、電気信号の活性化による敏捷性の向上や、触れた者を消失させる電磁波など、『幻獣琥珀』によって再現できる現象は強力かつ多岐にわたる。

 

 しかし、単純な強さをいくら底上げしたところで、無限に対処することができなければ五条悟に対抗することはできない。

 自分を超える強者と出会うため、羂索との取引により呪物と化し時を超えた鹿紫雲。最強へ全てをぶつけることができなければ、現代へ受肉する意味などない。

 

 五条悟に対し最も効果が高いのは、領域による術式の中和である。しかし、幻獣琥珀のデメリットを考えれば、領域へ術式を付与した瞬間、体が崩壊し死に至る可能性もある。

 そこで鹿紫雲は考えた。『幻獣琥珀』のデメリットを打ち消す形で領域を再定義(デザイン)することを。

 

 『鳴神来駕』は、領域展延のように、自分の体表面を覆うような形で領域を展開する。

 術式解放時の術式対象を領域そのものへと変更することにより、デメリットである崩壊を領域へと押し付け、自身の体の崩壊を防ぐ。

 術式対象の変更と限定。この二つによって、領域展開中の鹿紫雲はノーリスクでの『幻獣琥珀』使用を可能にする。

 

「があっ!!」

 

 一瞬の硬直を見逃さず、鹿紫雲の手のひらから打ち出されたのは、強力な電磁波。

 その威力は、相手へ呪力を貯めなければ打てなかった稲妻と同等。今の鹿紫雲は、ノータイムで人間を跡形もなく吹き飛ばせるほどの威力を放つことができる。

 

 込められたエネルギーにより周囲の空気を加熱しながら突き進む電磁波。

 直撃すれば死を免れないそれは、裏梅の足元から出現した巨大な氷壁により、その勢いを殺された。

 

「これも防がれんのかよ、とことん相性悪いな」

 

 鹿紫雲の発する電磁波は、直撃すれば人体を蒸発させるほどの出力だが、それは電子レンジと同じ要領で内部の水分を沸騰、爆裂させているからだ。

 水分が完全に存在しない固形の氷を溶かしきるには、電磁波の出力をさらに上げるか、氷に合わせた波長へ成形する必要がある。

 

「……まどろっこしい!!」

 

 くだらない小細工を嫌う鹿紫雲は、正面からの戦闘を挑む。

 今までとは比べ物にならない勢い。初速だけなら直哉にも追いすがれるほどの速度で、裏梅に向かい接近する。

 

(詳細は分からないが、雷の力が活性化しているのか!? 近づかせるのはまずい!)

 

 直哉の領域との押し合いで、氷凝呪法の必中効果は消えている。

 だが、あくまでここは裏梅の領域内。相手を直接凍らせることは出来ずとも、好きな場所から氷を発生させることぐらいはできる。

 

 三人の足元から、2mほどの大きさを持つ氷塊が、無数に生成されていく。

 わずか数秒後、領域内部の光景は、乱立した氷塊によって作られた氷の密林へと変わっていた。

 

 直哉の動きを限定したうえで、鹿紫雲の雷撃を阻害する一石二鳥のフィールド。

 

 (この程度で足止めになると思っとんのか氷女? ……ただ、優先すべきはあっちやな。得体が知れんもんから眼ぇ離すんは不味いわ)

 

 異様な領域を展開し、これまでには使っていなかった技を使う鹿紫雲。

 確実に雪辱を果たすためには、まず乱入者を排除するべきだと直哉は判断した。

 

 「目立ちたがりが、位置が丸わかりや」

 

 乱立した氷に阻まれ、敵の姿は見えづらい。だが、派手に光る雷の鼓が、鹿紫雲の位置を主張している。

 反対に、氷に身を隠し視線を切れば、鹿紫雲は直哉を捉えられない。

 

 迷路のようになった氷の間を駆け回り、鹿紫雲の死角から直哉が近づく。

 最初の一撃と同じ、加速を乗せた蹴りが鹿紫雲の背を狙う。

 

「そこだ」

 

(合わせて来よった!)

 

 領域内でのバフ効果により、直哉の投射呪法は120%の出力を発揮していた。

 加速がしづらい環境とはいえ、先ほどまでの戦闘と同等の速さまでは達している。

 

 鹿紫雲は、それを目で追っていたわけではない。人体に影響を与えない程度の微弱な電磁波。

 レーダーのように放出された電磁波の反響により、直哉は位置をとらえられていた。

 

「っ!」

 

「浅ぇか!」

 

 直哉は基本的に、カウンターを前提として動きを設定する。それが功を奏し、鹿紫雲の攻撃は当っていない。

 だが、直哉の顔からは冷や汗が流れる。今の攻撃を避けられたのは完全に運だったからだ。予備動作を消すために設定していた余白のコマに、たまたま鹿紫雲の攻撃が重なっただけ。

 確実に攻撃が届かない位置へ避けたはず。だが、鹿紫雲が身にまとう雷により、その範囲が拡張されていた。

 

 もし今の攻撃が当たっていれば、鹿紫雲の呪力が全身を流れ、その後の動きのトレースには失敗していただろう。

 

(タネはようわからんが、俺の速度にも対応するんか)

 

 直哉の意志にこたえ、虚空から数本のフィルムが射出される。

 鹿紫雲に向かい飛んだそれは、身にまとう雷に焼き切られるように虚空へ消えた。

 

(ちっ、落花の情に近いか、出鱈目な領域の割に必中はしっかり無効化しおって。こりゃ氷女を先に仕留めても意味ないわ)

 

 『鳴神来駕』に敵に対する必中必殺の効果はない。領域の内部にいるのは自分だけなのだから当たり前だ。

 だが、相手に対し直接攻撃を加えることがない分、『鳴神来駕』は領域の押し合いに異常なまでに強い。無量空所や伏魔御厨子ですら、『鳴神瑞獣』を押し負かすことはできないほどに。

 

 他に類を見ないほど特殊な領域。だが、『鳴神来駕』はそれゆえの弱点も抱えている。

 

「何!?」

 

 驚愕の声は、鹿紫雲から発せられたもの。

 

 直哉の攻撃を無効化した直後。

 鹿紫雲が背負う太鼓。その一つが、前触れもなく霧散した。

 

(もうかよ! 初使用ってのもあんだろうが、こいつらが張ってんのがそんだけ強力な領域ってことか!!)

 

 強者は、その動揺を見逃さない。

 鹿紫雲の領域。その輪郭をつかんだ二人が、必中効果の比重を鹿紫雲へと割り振る。

 

(ここまで定石から外れた領域、おそらく相当な縛りを使わなければ成立させられないはずだ)

 

(あの太鼓、領域の時間制限を示しとんのか。態度に出しすぎやカスが)

 

 二人の推測は正しい。

 『鳴神来駕』は、肉体の崩壊を前提とした術式をノーリスクで使用するため、無理やりに作り出された領域。

 強力無比なことには違いはない。ただ、それを構築し続けるため鹿紫雲は二つの縛りを結んでいる。

 

 一つ目は、領域を展開しても術式の性能は向上しないこと。

 『鳴神来駕』は、あくまで『幻獣琥珀』のリスクをゼロにするための領域。通常の領域のように、領域内でのバフ効果は適応されず、通常の『幻獣琥珀』使用時以上のパフォーマンスを発揮することもできない。

 

 そして二つ目が、結界崩壊までの制限時間を相手に開示する縛り。

 鹿紫雲の背に接続された羽衣は、『鳴神来駕』の本体ともいえる。視覚的に分かりやすく、制限時間を開示するリスクを背負うことで、『鳴神来駕』は形を保っている。

 太鼓の数は、領域を構築する呪力の減少と比例して減っていき、全ての太鼓が消滅したとき、『鳴神来駕』は崩壊する。

 

「チマチマと!!」

 

 二人の攻撃の種類が変わった。殺到する氷塊と、それに隠れるようにしてフィルムでの攻撃を加える直哉。

 どちらも致命打にはなりえない。これはあくまで、時間稼ぎを目的とした攻撃。鹿紫雲の領域が崩壊するまで、彼の動きを阻害するための。

 

 両方が狙いを鹿紫雲へ定めたことで、領域同士の押し合いが無くなり、二人の領域は必中効果を取り戻している。

 期せずして共闘のような形になっているのも、鹿紫雲を巻き込んだまま戦うのは危ういと二人が判断したからだ。

 

 ここまで相手へ確かなダメージを与えられていない鹿紫雲。だがそれは、敵対する二人が全力で鹿紫雲の攻撃をしのいでいたからだ。鹿紫雲の雷が直撃していれば、特級クラスの人間であろうと致命傷を免れることは出来ない。

 術式を使用せずとも相手を即死させられる呪力特性に、それを支える呪力操作技術。この領域内で仕留めきれなければ、じり貧になって押し切られる。

 だからこそ、鹿紫雲の領域を崩壊させたうえで、領域の必中必殺で確実に殺す。二人の思考の一致が、鹿紫雲を窮地に追い込んでいた。

 

(……このままじゃ削り切られるな)

 

 太鼓の数はすでに三つほど削れている。

 あと数分もすればすべての鼓が消え去り、必中効果が鹿紫雲を襲うだろう。

 

(賭けだな)

 

 口元の笑みが深まった。

 それを認識した二人が、回避、もしくは防御の姿勢に入る。だが、もう間に合わない。

 

 直哉の補足のため、レーダー代わりにしていた電磁波。その出力を、一気に最大まで引き上げる。そのために使用されたのが、『鳴神来駕』へ込められていた雷の呪力。

 領域を即座に崩壊させる縛りと、自身の防御を捨てる縛りにより拡張された電磁波は、先程裏梅に向かい放たれたそれと同等の威力をもって、全方位へと広がった。

 

 次の瞬間、すべてをかき消す轟音が轟く。

 

 電磁波だけなら、あちこちに配置された氷により防ぎきれていた。

 だが、雷撃に続いて氷壁を破壊したものがあった。それは、爆裂した空気。裏梅の領域効果により冷やされていた空気が、莫大なエネルギーで熱されたことで破裂する。

 破壊された氷壁の破片が、電磁波以上の速度で周囲を蹂躙した。余白の投影で電磁波をスカした直哉も、飛来した礫に巻き込まれる。

 

 全員を平等に襲った衝撃。

 個々が負ったダメージに違いこそあれど、領域を展開できなくなるには十分すぎた。

 

 結界が、崩壊する。

 

(……クソが!)

 

 怪我の程度だけなら、電磁波を完全に躱した直哉が最も軽い。氷の礫に晒され全身に打撲を負っているものの、動きが鈍るほどではない。

 それでも、三人の中で最も追い詰められているのは直哉である。

 

(術式が使えん!)

 

 領域展開の最大の弱点。

 領域を破壊された直後、その負荷により術式は焼き切れ、一定時間使用が困難となる。

 呪力の放出といった極めて単純な術式であればともかく、投射呪法のような繊細な術式は、この状況で使うにはリスクが高すぎる。

 

 もちろん鹿紫雲と裏梅も、同様に術式の使用はできない。だが、彼らには直哉にはない強みがある。

 

「第三ラウンドってとこか?」

 

 三人が落下した先は、先ほどまでの戦闘で裏梅が凍らせていた海の上。

 バチバチと火花のような音を立て、鹿紫雲の呪力があたりに広がる。それと向き合う裏梅も呪力を開放し、周りの地形をさらに厚く氷で覆う。

 

 鹿紫雲は雷。

 裏梅は冷気。

 二人の呪力は、それ自体が特殊な性質を持ち、それを利用して攻撃を行うことができる。

 元から術式を使っていなかった鹿紫雲はもちろん、裏梅も術式使用時のような細かい動作はできずとも、呪力を放出することで相手の動きを鈍らせ、足場を凍らせることぐらいは可能である。

 

 直哉の強さは、あくまで術式に支えられていたもの。

 単純な呪力強化だけでいえば、二人に一歩劣ると言わざるを得ない。

 

 今、直哉が2人に勝っている点。

 それは、黒閃を経たことによりゾーン状態に入っているということ。

 

「おおおおっ!!」

 

 雄たけびを上げながら直哉が放ったのは、中国武術でいう震脚に近いもの。

 地震が起きたかと思うほどの振動とともに、海を覆っていた氷が砕けていく。

 

 位置関係として最も陸地に近かった直哉は、コンテナの陰に身を隠すようにして、二人の視界から外れた。

 

(術式の回復まで逃げ回る気か? させん!)

 

 裏梅は、海へと落ちそうになりながらも、全力で呪力を開放する。術式使用時とは比べ物にならないほどの呪力消費。

 それでも、割れ欠けた氷をつなぎとめるには十分な冷気が放出された。

 

 直哉の後を追うべく、裏梅が陸へと目を向けたその瞬間。

 二人を跳ね飛ばすような軌道で、海辺にあったコンテナが射出される。視線を切っていた直哉が、横合いからコンテナを蹴りとばしたのだ。

 

「はっ」

 

 風切り音を立てながら迫るコンテナを、鹿紫雲が逆に蹴り返す。

 直哉の横を通り過ぎたコンテナは、轟音を立てながらほかのコンテナを破壊した。

 

「お前ら程度に背ぇ向けるほど落ちぶれてへんわ」

 

「温室育ちのおぼっちゃまかと思ってたが、気合入ってんじゃねえか!!」

 

「……いつまでも上からもの言ってんとちゃうぞ!!」

 

 直哉の術式は、すでに回復している。

 コンテナで動きが阻害されていた地上とは違い、海上には障害物がない。直哉の速度を生かすにはうってつけのフィールド。

 数秒で音の速さを超えた直哉は、その速度を落とすことなく鹿紫雲の元へと接近する。

 

 直哉に対抗すべく、鹿紫雲が放った一撃。

 それは、領域内で直哉へと移していた電荷を用いた稲妻。

 

(学習能力ないんか原始人が!! それは効か——)

 

「——あ?」

 

 視界の端をかすめた赤。

 それが自身の流した血液であることを悟ると同時、雷によって貫かれた右腕が、直哉の目の前に落下した。

 

 痛みを認識するより早く、脳内が疑問で埋め尽くされる。

 術式の発動は完璧だったはず。呪力の流れも読み切っていた。なら、なぜこの結果が生まれているのか。先ほどまでと何が違う。

 

 先ほどまでと違うこと。

 裏梅が放出した冷気により、気温は氷点下を下回るほどに下がっていた。

 

 そう、気温。

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 目に見えるほどの差はない。あくまで、今までよりも数十分の一秒到達までの時間が遅くなっただけだ。

 

 だが、雷をよける神業には、その数十分の一秒が致命傷になる。

 呪力の発射されたタイミング、到達までの距離とその時間。瞬きほどの隙も許されない繊細な技は、その誤差により崩されていた。

 

「ぐ、あ」

 

 腕を失った直哉はもう、事前に設定していた動きを再現出来ない。

 2秒。致命的なまでに長い時間、直哉の動きが停止する。

 

「オラァ!!」

 

 その隙を見逃すほど、鹿紫雲はお人好しではない。

 フィルムを叩き割るように放たれた踵落としにより、直哉の体が地に沈む。

 直哉の震脚にも負けない威力。その勢いは地面に衝突しても衰えず、足場となっていた氷を砕き、直哉を海へと叩き落した。

 

「が、ぐ、まだ、ま——」

 

 すぐさま氷の上へと這い上がろうとした直哉。

 だが。

 

「直瀑」

 

 弾丸のような勢いで発射された氷が、彼の行く手を阻む。

 術式が回復していたのは裏梅も同じ。直瀑により生み出した氷が、直哉が落ちた穴を塞いでいた。

 

 何とか海上へあがろうと、下から氷をたたくも、細かなひびが入るのみ。

 鹿紫雲から受けたダメージ。右腕を失ったことによるバランスの崩壊。この状態では、呪力によって構成された頑強な氷を砕くことは出来なかった。

 極低温になった海が、直哉の命を奪っていく。

 

(まだ、まだ終わらん!! あっち側に立つんは——)

 

 海中へと沈んでいく直哉の思考を止めたのは、自分を下した者達の姿。

 向かい合う二人はすでに、直哉のことなど見ていなかった。

 

 当然だ。

 目の前にまだ敵がいる以上、脱落した人間(敗北者)のことなど、気にかけている余裕はない。

 その事実こそが、何よりも直哉の怒りを加熱する。

 

 (クソ、が。クソが! ざっけんなやカスが!! 暴走した馬鹿女と他人の体乗っ取っただけの受肉体の分際で見下しおって、殺す、必ず殺し——)

 

 最後の息が口から洩れた。頭に浮かんだ有らんばかりの罵倒は、言葉にならずに消えていく。

 血液が沸騰しそうなほどの怒りを最後に、直哉の意識は海へと溶けた。

 

 ◆

 

 ポン、とどこか間抜けな音が二つ、全く同じタイミングで響いた。

 

『総則が追加されました』

 

 機械的な音声でそう告げたのは、死滅回游のナビゲーターであるコガネ。

 

(もう100点取った者がいるのか?)

 

『結界内で死んだ生物の魂は、一定時間その肉体に滞留する』

 

(……なんだ、この総則は?)

 

 泳者を死ににくくするのでもなく、死んだ者を生き返らせたりするものでなく、ただ魂のみに干渉する総則。

 この総則を追加することで生まれるメリットがわからないため、総則を追加した者の意図が全く読めない。

 

「……考えている場合ではないか」

 

 直哉が敗れてなお、戦いは終わっていない。

 眼前に立つ鹿紫雲は、総則追加に意識を傾けることなく、ただ敵だけを見据えていた。

 

(奴の呪力特性は電気。なら、海中に沈めることができれば私の勝ちだ)

 

 裏梅は、再び腕を氷で覆う。

 領域展開前に使った、鹿紫雲の呪力への対策。

 

(単純な体術でケリつけようってか? 反転術式があるとはいえ、お前の身体能力じゃまだ俺には届かねえだろ)

 

 近接戦での格付けは、領域展開前の一対一で既についている。負傷を回復できているのは裏梅だけだが、お互いに領域を展開し、疲弊している以上条件はほぼ同じ。

 裏梅は、それがどうしたと言わんばかりに、足を止めず進み続ける。

 

 互いの攻撃が届く距離。鹿紫雲は、裏梅の命を刈り取るべく拳を振るう。

 

 今二人が立っているのは、あくまで裏梅が作ったフィールド。

 霜凪によって凍らされた海まで操れるわけではない。だが、直哉を仕留めるため放った直瀑の氷であれば話は別だ。それは、完全に裏梅の術式によって作られたもの。

 

 つまり、術式を解くことでその氷は消失させられる。

 

「ッ、コイツ!」

 

 裏梅に攻撃が当たる直前、鹿紫雲の態勢が急激に崩れた。

 先ほど砕かれた氷をつなぎとめていた直瀑が、裏梅が術式を解いたことで水へと姿を変える。氷の足場が崩れ去り、そこに立っていた鹿紫雲の足が水へと沈んだ。

 

(奴が呪力を開放した状態で海に落ちれば、その呪力は全て海に流れ出るはず!)

 

 格闘戦で鹿紫雲を上回る必要はない。先ほど直哉がやったように、周辺の氷を砕いた上で鹿紫雲を海へ突き落とせば、彼にはもう何も出来ない。

 決着をつけるべく、海中へと沈みかけている鹿紫雲へと、攻撃を加えようとする。

 

「舐めんなよ!!」

 

 対する鹿紫雲は、海へと落ちることも構わず、膝までが海に沈んだ右足を裏梅に向けて振り上げた。

 コンテナをたたき返す脚力で蹴り飛ばされた海水は、鹿紫雲の呪力が流れ込んだまま裏梅へと降りかかる。

 

「な、ぐっ!!」

 

 大量の電気を帯びた海水により、裏梅の体が硬直する。

 鹿紫雲はその隙を見逃さず、安定した氷の上へと一息で飛び上がった。そのままの勢いで裏梅の元へ移動し、感電したままの彼女を地上へ向けて思い切り蹴り飛ばす。

 

「づ、あ」

 

 咄嗟の判断で、蹴られた顔を氷で覆ったため、電荷は移動していない。

 それでも、反転術式を使わなければいけないほどの威力が裏梅を襲っていた。

 

(何故、だ。あれほどの戦闘を経た後だ、奴も限界は近いはず! なのに、何故——)

 

「なんでここまで追い込まれる、って顔してんな」

 

「っ!!」

 

「別に難しいことじゃねえ。殺し合いの最中に、勝つこと以外を考えてるからそうなんだよ」

 

 言葉の意味を理解するより早く、勝負の決着が訪れる。

 意識が飛びそうになるほどの一撃が、裏梅の腹を撃ち抜いた。

 

 裏梅の敗因。

 それは、精神がぶれたまま戦っていたこと。

 

 目覚めてからずっと、彼女は自分を責め続けたまま戦っていた。

 自分がいなければ、宿儺は封印などされていなかった。そうなれば、姉が呪詛師に襲われ死にかけることもなく、東京が壊滅的な被害にさらされることもなかった。

 この事態を招いたのは、すべて自分が弱いせいだと。

 

 それは、強すぎる負の感情。呪力を捻出するうえでは欠かせない燃料だが、精神を安定させていない状態で、100%以上を発揮することなど出来はしない。

 

(会うのが後5年遅けりゃ、結果は逆だったかもな)

 

 精神的に成熟した大人であれば、目の前の敵だけに集中できたかもしれない。

 だが、それは無理な話だ。どれだけ強かろうと、彼女はまだ15歳の少女なのだから。

 

「ま、俺が言えたことじゃねえがな。じゃあな、楽しかったぜ」

 

 今日三度目の稲妻が、裏梅へ向けて放たれた。

 

(私は、結局何も——)

 

 稲妻が、裏梅の命を奪うべく直進する。

 鹿紫雲が決着を確信し、裏梅の頭に走馬灯が流れたその時。けたたましい音を上げながら、その場へ乱入した者がいた。

 

「何死にかけてんだ後輩?」

 

 肉体から溢れ出す呪力。鳴り響き続ける謎の音楽。

 不敵な笑みを浮かべながら、男は鹿紫雲の前に立つ。

 

「……乱入する奴が多い日だな。名前は?」

 

「秤金次。金ちゃんでいいぜ」

 

 戦意を滾らせつつも、鹿紫雲の顔には若干の焦りが浮かぶ。

 

 ここまでの連戦で、鹿紫雲は呪力・体力ともに枯渇しかけている状態だ。秤の実力を知っているわけではないが、それでも万全の状態でなければ勝てるかどうかは分からない相手であることは理解している。

 もちろん、鹿紫雲の状態を見抜いているのは秤も同じだ。

 

「お前ヘロヘロだろ、休憩挟むか?」

 

「余計なお世話だな。ここで引くようなら、そもそも受肉なんざしてねえよ」

 

「そうか。じゃ、場所変えようぜ」

 

 不死身の体をもって、真正面から突撃する秤。攻撃を食らいながらも鹿紫雲の腕をつかむと、裏梅から遠ざけるように、内陸の方向へと投げ飛ばす。

 宙を舞う鹿紫雲を追うように、秤もその場から姿を消した。

 

「裏梅!!」

 

「釘崎……? 何故、ここに」

 

「あんたを追ってきたのよ。こんだけ派手にやってたら嫌でもここにいるって分かるわ」

 

 東京第二結界へ侵入したのは、秤、釘崎、パンダの3名。

 結界侵入時の転移によってバラバラになってしまったが、氷で埋め尽くされた海によって裏梅の位置を把握し、この場所へ集合しつつあった。

 

「……そうか。危険だ、離れていろ」

 

「ちょっと、どこ行く気!?」

 

 裏梅は、その言葉に答えることなく、破壊音が鳴り響く戦場へと足を進める。

 

「私が、やらないと」

 

「……いい加減にしなさいよ、そんなボロボロで何ができんの」

 

 心配を含みながらも、苛立ちの混じった声。

 鹿紫雲と秤の戦闘に背を向け、釘崎は裏梅の眼を見据えた。

 

「ちょうどいい。自分の方が上って態度、前から若干気に食わなかったのよね」

 

 愛用のハンマーと釘を構え、釘崎は裏梅の前に立つ。

 

「来な、どっちが上かはっきりさせてやるよ」




副題の電光雪華の華は薔薇のことだったり

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