お金持ちのアリーチェ  ──没落し婚約破棄され都を追われた成金娘が猫と一緒に成り上がる話──   作:5es

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黒猫のアーテルとテルミナリアのエリス

 

「エルダ、向こうの方、何かあるかな」

 

 巨大な白い縦棒の浮いている方向を指して聞く。

 

「んーと、一応道があって、東の方に出れるはずだけどあまり使われてないよ。

 みんな北の町から街道に出るから、狩人の人がたまに通るくらい」

 

「……他には?」

 

「他に?特に何も無かったと思うけど。大昔にはあのあたりにも町があったらしいけど、もうだいぶ先まで行かないとあっちに村はないよ」

 

「ふうん……そうなんだね」

 

 

 どうやらあれは自分以外には見えていないらしい。妙な声はもう聞こえてこないが、山裾の方を向けば冗談みたいなばかでかい矢印が嫌でも目に入った。

 

(まあ、行ってみるしか無いか……)

 

 

 

 宿まで戻る道すがら、先程の出来事を反芻して考えていた。

 

 あの声に、とりあえず敵意のような物は感じられなかった。

 何らかの罠の可能性も考えた。だが、ただの暴漢や強盗がこのような真似をするとも思えない。

 ウォルトゥナの債権者達の回し者であっても、今の守る者の居ないアリーチェをどうこうしたいなら、無頼の輩の二、三人でも連れてきて、強引に拐かしてしまえばいいのだ。遠回しな事をする必要はない。

 

 意図はさっぱりわからないが、こんな謎の芸当ができる相手だ。何事か確かめに行く意味はあると思えた。

 

 声は助けが必要だとか言っていたはず。行くのなら、手遅れになったり無駄に機嫌を損ねたりする事のないよう、早い方がいいだろう。

 

 

「ちょっと出かける用事が出来たの。申し訳ないのだけど、準備が必要だから手伝いを頼める?」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 村を出て半日ほど、山道をたどり、矢印の指す場所のほど近くまで来ることができた。

 先に夜を明かすことも想定していたが、この分なら日が暮れる前に目的地に着くだろう。

 

 道を外れ、馬を降りて徒歩で手綱を引き、疎らな林の中を分け入っていく。

 馬の背中に新たにくくりつけた荷はかなり嵩張るものだったが、どうにか無事に運べそうだ。

 

 

《早いじゃないか。そのまま、まっすぐだよ》

 

 

 またあの声が聞こえてきた。先に進むと木々が途切れ、野原に出る。

 所々に朽ちた石壁や礎石だったらしい四角く削られた石が見られ、昔の建築の跡を伺わせる。

 

 空の矢印は、現地に近づくにつれ、見やすさを配慮したのか視界に収まる程度に縮んでいる。

 そして今、野原の外れの小山を指し示して、スッと消えた。

 

 

「来たよ、どこに居るの!」

 

 小山の麓に着いたが、あたりに人影はなく、気配も感じられない。

 

 

 馬を降りて見回していると、な~~、と動物の鳴き声のような声が聞こえた。

 

 そして次の瞬間、唐突に眼の前の小山がかき消え、覆いを取り去ったかのように建物があらわれた。

 

 

 塀に囲まれた、飾り気のない石造りの屋敷だ。辺りの遺構に比べ、建材の風化やツタの侵食も見られず、不自然に小綺麗な外観をしている。

 アリーチェの眼の前は塀が途切れ、門扉のない入口になっていて、中まで見通せる。

 

 そしてその開かれたままの入口の中央に、一匹の黒猫がちょこんと座っていた。

 

 

「ようこそ、テルミナリアへ。早々に招待に応じてくれてありがとう。僕は管理人代理のアーテル、歓迎するよ」

 

 猫がしゃべった。

 

 

 アリーチェは、眼の前の光景が様変わりしていく時点から硬直していた。

 そして気を取り直すと、猫の方に近づいていき、しゃがみ込み視線を合わせるようにして声をかけた。

 

 

「こんにちは、かわいい猫ちゃんね。御主人様はどこかしら?」

 

「僕の主人にあたる人は奥に居るけど、出られる状態じゃないんだ。君への応対も僕が任されている。よろしくね」

 

 

 声は間違いなく眼の前の猫から聞こえてくる。耳元で囁かれていたあの声音と同じものだ。

 人の言葉を話す小動物も、突然現れる屋敷も、アリーチェの常識から考えてありえないと思える物だったが、ひとまず認めるしかない。

 

 

「あなたが私を呼んでいたのね?」

 

「そうだよ」

 

「あなたは……猫でいいの?」

 

「猫そのものの体だから猫でいいけど、一般的な猫とは成り立ちが違うよ。僕らの分類だと精霊の一種だね」

 

 

 精霊、古い伝説や物語に登場する幻想だ。

 動物や小人などの姿をとって人と交流する様子が語られるが、迷信の類とみなされている。

 

 

「主人っていうのは……魔法使い?」

 

「その魔法使いというのが何を指すのか不明瞭だけど、君たちの言うところの魔術に類する技術を利用しているのは確かだ。

 さて、折角来てくれたのにこんな所で立ち話もなんだ、中でゆっくり話さない?」

 

 

 実のところ、呼びかけに従ってみても、ちょっと変わった技を持った山師の1人でも出てくるくらいのものかと思っていた。こんな本当に尋常ならざる物に出くわすのは想定から外れている。

 

 だが、不安に感じる所は無いではないが、この未知の特別な存在を前にした機会に、引き返すのはありえないのではないだろうか。

 

 

「わかった。案内をお願い」

 

「よし、それじゃまず厩だね、こっちだよ」

 

 

 塀の中に入ると、何か周囲の空気が変わったように感じられた。

 言うなれば水面を通り抜けて水中に入ったかのような奇妙な感触があったが、周りを見ても草の刈り込まれた西日に照らされる庭があるだけだ。

 

 

 庭の一角には、ティニアの一般的な屋敷と同じ様式の厩があった。中はしつらえたばかりのように整っていて、馬房の一つに藁が敷かれている。

 

 そしてアリーチェの腰くらいの背の高さの、ずんぐりした丸っこい金属の筒のようなものがいくつか、足もないのに動きまわっていて、胴体についた棒を手の様に動かして、物を運んだり何か工作らしき事をしていた。

 

 

「ああ、それは作業用のロボット……お手伝い用の人形さ。危ないことはない、便利なやつらだよ。

 君が馬を連れてくると思って準備しておいてもらってたんだけど、どうかな」

 

 

 どうかなと言われても、どうにも判断のしようがないのだが。

 とりあえず、これを人形と呼ぶには寸胴でのっぺらぼうでちんちくりんすぎないか、などと思った。

 

 

「ええと……邪魔していいのかしら?」

 

「勿論。彼らは人間を補佐する為の物として設計されているんだ。基本的に作業よりも君の意志を優先して動くようになっているよ。君の馬に対しても同様だ」

 

 

 ネーヴェを引いてきて中に入れる。

 得体の知れない場所に馬を預けるのも気が引けるが、ここで躊躇しても仕方がない。

 害される危険があるとするなら、外に繋いでいてもそれは同じことだ。

 

 

「どう、ネーヴェ?」

 

 

 ネーヴェは尻尾をふり、ブルルルと鼻をならして答えた。肝の座った馬だ。落ち着いていて、ロボットとやらにも特に緊張している様子はない。

 

 

「いいみたい」

 

「よしよし。荷物も下ろしてロボットに持たせればいい、勝手についてきてくれるよ」

 

「鶏はどうするの?」

 

「うん、鶏?」

 

 

 旅の荷物と一緒に木枠の檻が積まれていて、中には二羽の鶏が入っていた。村から出発した時は非常にうるさかったが、今は慣れたのか大人しくしている。

 

 

「あなたがチキンが欲しい、助けて、って言ってたんでしょ?

 どういう形で渡すのがいいかわからなかったから、少し無理を言ってつがいで譲ってもらってきたんだけど」

 

「えっ、本当に持ってきちゃったの……まあ、スペースは余ってるし預かるよ……」

 

 

 鶏は檻ごとロボットにどこかへ持っていかれた。その他の荷を解き、また別のロボットに持たせると、見た目より力持ちなようで、器用に安定して支えている。

 

 

「じゃあ、行こうか。まずは主人を紹介するよ」

 

 

 

 

 屋敷の内部は、装飾などのないむき出しの石材のままで、生活感がなくひどく殺風景だ。

 魔石ランプの物とも違う、眩しさを感じない白い明かりが天井に規則的に灯されている。

 

 アーテルの先導に従って、それほど歩かされることもなく突き当りにある扉の前まで来た。

 

 

 扉はひとりでに開いた。中に入ると、そこは窓のない四角い部屋だった。床も壁も金属とも石ともつかない素材の、灰色一色のタイルで作られている。

 

 そして部屋の中央に、大きなタマゴを横に寝かせて上の方を切りとったような形のベッドらしき物が置かれていて、人間が1人寝かされていた。

 

 

「僕のご主人、エリスだ」

 

 

 赤い髪が特徴的な女性だ。目を閉じたままアリーチェ達への反応は無く、眠っているらしい。真っ白の貫頭衣のような簡素な衣服のみを身にまとっていて、上掛けはかけられていない。

 

 よく見ると、ベッドの上半分は恐ろしく透明なガラスで覆われていた。

 

 

「この人は、病気でも患っているの?」

 

「いいや、そんな事はないよ。これが正常な状態だ」

 

 

 アーテルは淡々と続けた。

 

 

「エリスは睡眠状態のまま、その処理能力をこのテルミナリアの施設の維持と、周辺地域の観測に当てている。あのロボット達が自律して動いているのも、エリスの力を借りての事だ。

 そして夢見の中で情報を収集し続けていて、何か事があると、眠ったままで僕みたいな部下に指示を出して、解決にあたらせるのさ」

 

 

 アリーチェは少し時間をおいて、説明を咀嚼する。

 

 

「寝ているけど、私が今ここに居るのもわかってるっていう事?」

 

「さあ?どうだろう。多分そこまで見てはいないんじゃないかな。

 僕も詳細までは知らないけど、彼女は数百年はこうして観測を続けているはずだ。長い時間の中、余計な事にいちいち関わらず、精神の摩耗を抑える為に、この体制を取っているという訳だからね」

 

「数百年……そう……」

 

 

 アーテルは事もなげにスケールの大きい数字を言うが、ここまで見せられたものを思えば嘘と断じる事もできない。

 

 

「あなた達は、古代文明期の生き残りだというのね」

 

「まあ、その分類は正しいかな。今より社会的に隔絶した時代の出身で、当時の技術によって活動を成り立たせている」

 

 

 アリーチェは改めてエリスを観察した。

 

 燃えるような赤毛は珍しいが、ティニアでも居ないことはない。20才くらいの年代に見え、顔立ちは整っていて、美人と言える。肌は陶器のように滑らかで、透けるように白いが、肉付きは健全だ。

 

 俗人の容姿では無かったが、自分とそう変わらない人間だと思えた。

 

 

「あなた達の目的は何?」

 

「うん、それについては話せる事と話せない事があるんだけど、ひとまず今の目標を達成する為に、今回君を呼んだんだ。仕事の話をするための部屋は別にあるんだけど、そろそろ行くかい?」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 

 自分の今までの見識に当てはまらない彼らが自分に何を求めているというのか、是非とも聞いてみたい所だ。

 

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