1.新しい人生
ミレニアムサイエンススクール。
キヴォトスでも屈指の科学技術を誇る学園であり、日々さまざまな研究や実験が行われている場所である。
その学園の校舎へ続く道を、二人の少女が歩いていた。
「それで、今日から編入してくる子の話なんだけど」
片手にタブレットを持ち、画面を確認しながら話す少女。
早瀬ユウカ。
ミレニアムサイエンススクール一年生にして、生徒会セミナーの会計を務める少女だ。
「天童エースさん、でしたね」
隣を歩く少女が、穏やかな声で答える。
生塩ノア。
同じく一年生で、セミナーの書記を務めている。
「そう。今日から私たちと同じクラスになるらしいわ」
「転入の手続きは問題なく済んでいるようですね。学生証も発行済みですし、寮ではなく学園指定の住居に入居しているそうです」
「ええ。書類上は問題なし。学力試験の結果も悪くなかったみたい」
ユウカはタブレットを操作しながら、資料を確認する。
「ただ、少し珍しい経歴なのよね。以前の在籍校からの情報が少なくて、こちらに来るまでの詳しい経緯も分からない部分があるの」
「事情があるのかもしれませんね」
「まあ、本人が話したくないなら無理に聞くつもりはないけど」
「ふふ。ユウカさんらしいですね」
「何よ、それ」
「いえ。困っている方を放っておけないところが、です」
「別に、そんなことないわよ」
ユウカは少しだけ顔を逸らした。
そんな彼女を見て、ノアは小さく微笑む。
「ところで、どんな方なのでしょうね」
「さあ? 資料に写真はあったけど……」
ユウカはタブレットの画面をノアに向けた。
そこに映っていたのは、幼い顔立ちをした小柄な少女だった。
黒色の髪に、黒い瞳。
年齢に比べてもかなり小さな体格で、制服姿でなければ、ミレニアムの生徒だとは思えないかもしれない。
「……可愛らしい方ですね」
「そうね。身長は百四十センチらしいわ」
「百四十センチですか。ユウカさんよりも小さいですね」
「ちょっと! 私の身長は関係ないでしょう!」
「ふふ。失礼しました」
「もう……」
二人がそんな話をしていると、校門の前に一人の少女が立っているのが見えた。
黒色の髪。
黒い瞳。
そして、写真で見たものと同じ顔立ち。
「あっ」
ユウカが足を止める。
少女も二人に気づいたようで、こちらへ顔を向けた。
そして、ぱっと表情を明るくする。
「もしかして、あなたたちが学園を案内してくれるっていう、早瀬ユウカさんと生塩ノアさん?」
「ええ。そうだけど……」
「よかった! 探してたんだ!」
少女は小走りで近づいてきた。
「初めまして! 天童エースです! 今日からよろしくお願いします!」
元気いっぱいの挨拶。
その姿に、ユウカは思わず目を瞬かせた。
写真で見たとおり、小柄な少女だった。
身長は百四十センチ。
けれど、本人はそのことを特に気にしている様子もなく、むしろ初対面の相手にも物怖じしない明るさを見せている。
「初めまして。私は早瀬ユウカ。セミナーで会計を担当しています」
「生塩ノアです。同じくセミナーに所属しています。よろしくお願いしますね、エースちゃん」
「うん! よろしく!」
エースは二人に向かって、にこにこと笑った。
その表情は年相応に幼く、見ている側までつられて笑顔になりそうなものだった。
まさか転生直後にこんな美少女と出会えるなんて、しかも同級生として一緒に学園に通えるとは。神様ありがとう。
天童エース。彼女、いや彼は、数分前にこのミレニアム学園に学生として転生した男であり、美少女であるユウカとノアに気分が上がっていた。
身体が幼くなったことで、身体に引っ張られ、感情が表に出やすくなり、気分が上がっていることで自然と笑みがこぼれていた。
「ふふ。可愛らしいですね」
「え?」
ノアが俺の顔を覗き込んでくる。
「いえ、こちらの話です」
「……?」
ノアの行動に、首をかしげるエースを他所に、ユウカが手を叩いた。
「それじゃあ、学園内を案内するわね。まずは主要施設から説明していくから」
「はい! よろしくお願いします!」
「では、行きましょうか」
こうして、俺のミレニアム案内が始まった。
学園内を歩いていると、様々なものが目に入る。
巨大な研究施設。
自動で動く清掃ロボット。
空中を移動する小型ドローン。
廊下の壁に設置された大型モニター。
どれもこれも、俺が以前いた世界では簡単に見られなかったものばかりだ。
「すごい……!」
「ふふ。気に入ってもらえたようですね」
「はい! こんなに色々な機械があるなんて!」
「ミレニアムは科学技術の研究が盛んな学園だからね。設備も充実しているのよ」
ユウカが少し得意げに説明する。
「ちなみに、あそこにあるのは工学系の研究棟。あちらは情報系の研究施設で――」
「ユウカちゃん、説明が少し早いですよ」
「え? あっ、ごめん!」
ノアが苦笑する。
俺は二人のやり取りを見て、思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
「な、何よ?」
「いえ、仲がいいんだなって」
「べ、別に普通よ!」
「そうでしょうか?」
「ノア!」
どうやら、ユウカはノアにからかわれやすいらしい。
「それにしても、エースちゃんは機械が好きなんですか?」
「はい! 詳しいわけじゃないですけど、見るのは好きです!」
「それなら、エンジニア部の施設も見てみるといいかもしれませんね」
「エンジニア部?」
「ええ。ミレニアムの中でも、特に個性的な発明品を作っている部活です」
「へえ……!」
それはぜひ見てみたい。
「ただし、あそこは少し危険な発明品もありますから、気をつけてくださいね」
「危険な発明品?」
「はい。爆発したり、暴走したり、予想外の動きをしたり……」
「……それ、大丈夫なんですか?」
「まあ、ミレニアムでは珍しいことではないわね」
ユウカが遠い目をした。
……なんだか、とんでもない学園に来てしまった気がする。
* * *
2.小さな仲裁役
学園内の案内を続けていると、少し騒がしい声が聞こえてきた。
「だから! その予算はこっちが使うって言ってるでしょ!」
「何を言っているんですか! こちらの研究の方が優先度が高いに決まっています!」
廊下の先で、二人の生徒が言い争っている。
片方は資料を抱えた少女。
もう片方は工具箱を持った少女だった。
どちらも銃を携帯している。
……いや、そこは普通なのか。
「またやってる……」
ユウカが頭を抱えた。
「二人とも、何度も言ってるけど、予算には限りがあるの!」
「しかし、こちらの研究は学園の将来に関わる重要なものです!」
「私たちの研究だって重要です!」
「そちらは趣味の延長でしょう!」
「なんですって!?」
言い争いが激しくなる。
そのうち、二人の手がそれぞれの銃に伸びた。
「ちょっ! 待ちなさい!」
ユウカが慌てて止めようとする。
だが、その前に俺が二人の間へ入った。
「はいはい、そこまで!」
「え?」
「な、何ですか?」
突然割って入ってきた小さな少女に、二人が目を丸くする。
俺は二人の手元を見た。
「銃はダメですよ。話し合いましょう?」
「いや、でも……」
「でも、じゃありません!」
思わず声が大きくなる。
身体に引っ張られているせいか、こういうときの感情が以前よりも表に出やすい。
それでも、言いたいことは変わらない。
「二人とも、自分の研究が大切なんですよね?」
「当然です!」
「なら、相手の研究が大切なのも分かるはずです」
「それは……」
「自分が大切にしているものを、相手にも大切にしてほしいなら、まずは相手の大切なものを認めてあげないと」
二人が黙り込む。
「それに、予算が足りないなら、どうして足りないのかを考えればいいんです。使い道を見直したり、必要な理由を説明したり、方法はいくらでもありますよ」
「……」
「せっかく同じ学園にいるんですから、仲良くしましょう?」
最後に笑顔を向ける。
二人はしばらく顔を見合わせていたが、やがて銃から手を離した。
「……分かりました」
「私も、少し言い過ぎました」
「うん! それならよかった!」
俺は満足げに頷いた。
その後、二人はユウカに連れられて予算の相談をしに行った。
残された俺は、二人の背中を見送る。
「……すごいですね」
ノアが感心したように言った。
「え?」
「初対面の二人を、あっという間に仲直りさせてしまいました」
「いやいや、そんな大したことじゃないですよ」
「そんなことないわよ!」
ユウカが振り返る。
「さっきの二人、普段からあんな感じなのよ。私が何度注意しても聞かないことがあるのに……」
「そうなんですか?」
「ええ。なのに、あなたが間に入ったらすぐに引き下がったじゃない」
「うーん……」
俺は少し考えた。
「二人とも、悪い人じゃなさそうでしたから」
「……」
「自分の好きなことを一生懸命やってるだけだと思います。だから、ちょっとだけお互いの話を聞いてあげれば、分かり合えるんじゃないかなって」
ノアが目を細める。
「なるほど。エースちゃんは、人の良いところを見つけるのが得意なんですね」
「そうかな?」
「ええ。少なくとも、私はそう思いました」
ユウカも頷く。
「……なんだか、放っておけない子ね」
「えへへ」
その日から、ユウカとノアの間で、俺は少しだけ有名になった。
* * *
3.C&Cの先輩たち
数日後。
俺は学園内の購買で買い物をしていた。
日用品と食材をいくつか購入し、袋を持って帰ろうとしたところで、聞き覚えのない声がした。
「あれ? あそこにいるのって……」
振り返ると、金髪の少女がこちらを見ていた。
その隣には、黒髪の少女と、眼鏡をかけた少女がいる。
「おーい!」
金髪の少女が手を振りながら近づいてくる。
「こんにちは! 君、見ない子だけど最近ミレニアムに来たの?」
「えっと……」
「あ! 自己紹介がまだだったね、私は一之瀬アスナ! こっちはカリンちゃんとアカネちゃん!」
「角楯カリンだ」
「室笠アカネです。よろしくお願いします」
「天童エースです! よろしくお願いします!」
「エースちゃんかぁ。可愛い名前だね!」
アスナが俺の頭を撫でる。
「わっ」
「うんうん、可愛い!」
「アスナ先輩、初対面の相手にいきなり触るな」
「えー? いいじゃん!」
カリンが呆れたように言う。
アカネは俺の持っている袋を見た。
「それ、結構な量ですね。お買い物ですか?」
「はい。自炊するので」
「えっ、自炊?」
アスナが目を丸くする。
「この年齢で?」
「1個ぐらいしか年齢変わらないと思いますけど……」
「すごーい!」
アスナが感心したように声を上げる。
「ねえねえ、エースちゃん。料理得意なの?」
「普通ですよ?」
「じゃあ、今度何か作ってよ!」
「えっ?」
「アスナ先輩、勝手に約束を取り付けるな」
カリンが再び呆れる。
しかし、カリンは少し考えるように首を傾げた。
「でも、私も少し興味があるな。エースが作った料理」
「えっと……」
俺は三人を見比べる。
「よかったら、今度作りますよ?」
「やったー!」
アスナが喜ぶ。
こうして、俺はC&Cの三人と知り合った。
数日後。
C&Cの部室。
「いただきまーす!」
テーブルの上には、俺が作った料理が並んでいた。
煮物、焼き魚、味噌汁、卵焼き。
特別なものではないが、普段の食生活が偏りがちな生徒たちには十分な食事だろう。
「おいしい!」
アスナが目を輝かせる。
「本当に美味しいですね……」
アカネも感心したように料理を口に運んでいた。
「うん。これはいいな」
カリンも満足そうに頷く。
「えへへ。よかったです」
俺は少し照れくさくなりながら笑った。
「リーダーもついてないなー。こんなにおいしいご飯、食べ損ねちゃうなんて」
「こればかりはタイミングがな。銃の整備日が今日じゃなければ、リーダーも食べられたかもしれんな」
「ねえ、エースちゃん」
「はい?」
「今度から、私たちのところに遊びに来てよ!」
「え?」
「もちろん、料理を作ってくれると嬉しいけど、それだけじゃなくて!」
アスナは俺の隣に座り、肩に腕を回す。
「一緒にお話ししたり、遊んだりしようよ!」
「いいんですか?」
「もちろん! リーダーも紹介したいし!」
カリンも頷く。
「歓迎する」
「私も、エースさんと仲良くなりたいです」
アカネが微笑んだ。
「ありがとうございます!」
俺は嬉しくなって、自然と笑顔になる。
その笑顔を見たアスナが、さらに頬を緩ませた。
「……やっぱり可愛いなぁ」
「アスナ先輩、顔が近い」
「いいじゃん!」
「よくない」
「ふふっ」
アカネが笑う。
その光景を見て、俺もつられて笑った。
こうして、C&Cにも居場所ができた。
* * *
4.ヴェリタスの保護者
さらに数日後。
俺は学園内の情報系研究施設を訪れていた。
ユウカから、ヴェリタスという部活について教えてもらったからだ。
どうやら、ハッキングを専門とする集団らしい。
機械やコンピューターに興味がある俺としては、一度見てみたい場所だった。
「ここがヴェリタスの部室かぁ……」
扉を開ける。
すると――。
「…………」
「…………」
「…………」
そこには、散らかった部屋があった。
床には空き缶。
机には食べ終わったカップ麺。
椅子には脱ぎっぱなしの服。
そして、複数のモニターの前に座る少女たち。
「…………」
俺は一度、扉を閉めた。
そして、もう一度開けた。
……変わらない。
「えっと……」
「ん?」
最初にこちらを見たのは、銀髪の少女だった。
「誰?」
「天童エースです。見学に来ました」
「ああ、新入生か」
少女は短く答える。
「私は小鈎ハレ。ヴェリタスの部員だよ」
「よろしくお願いします!」
「うん。よろしく」
ハレはそう言うと、再びモニターへ視線を戻した。
……それにしても。
「ハレさん」
「何?」
「最後に掃除したの、いつですか?」
「…………」
「食事は?」
「…………」
「ちゃんと寝てます?」
「…………」
返事がない。
俺は部屋を見回した。
そして、確信した。
この人たちは、生活能力が壊滅的だ。
「……ちょっと待っててくださいね」
「え?」
俺は鞄を置き、袖をまくった。
まずはゴミを集める。
空き缶を分別し、食べ終わった容器を片付ける。
机の上を整理し、床を掃除する。
散らばっていた衣類もまとめ、洗濯できるものは洗濯籠へ。
「え、ちょっと……」
ハレがこちらを見ている。
「何してるの?」
「掃除です!」
「いや、別にいいよ。いつものことだし」
「いつものことにしちゃダメです!」
「…………」
ハレが黙り込む。
その間にも、俺は掃除を続けた。
やがて、部屋は見違えるほど綺麗になった。
「ふぅ……」
「…………」
「よし!」
俺は満足げに頷く。
すると、別の少女が声をかけてきた。
「えっと、あなたが天童さん?」
「はい!」
「私は音瀬コタマ。よろしくね」
「よろしくお願いします!」
「私は各務チヒロ。……それにしても、すごいね」
チヒロが部屋を見回す。
「ここまで綺麗になったの、いつ以来だろう」
「少なくとも、私は覚えていませんね」
別の少女がそう言った。
どうやら、ここにいる生徒たちは掃除をする習慣がないらしい。
「それで、皆さん。食事は?」
「え?」
「今日、ちゃんと食べました?」
「…………」
また沈黙。
俺は鞄から弁当箱を取り出した。
「よかったら、食べませんか?」
「えっ、いいの?」
ハレが少し身を乗り出す。
「はい。少し多めに作ってきたので」
「……ありがとう」
その日のヴェリタスの部室には、久しぶりにまともな食事の匂いが漂った。
食事が終わった後。
ハレは椅子に座り、俺の方を見ていた。
「……エース」
「はい?」
「どうしてそこまでするの?」
「どうしてって?」
「掃除とか、ご飯とか。別に頼んでないのに」
ハレの言葉に、俺は少し考えた。
「うーん……」
そして、笑顔で答えた。
「放っておけないから、ですかね」
「…………」
「皆さん、頑張ってるんでしょう? 研究とか、部活とか。だから、せめて生活くらいはちゃんとできるようにした方がいいと思って」
「……余計なお世話だよ」
「そうですか?」
「そう」
ハレはそう言って、目を逸らした。
しかし、俺が片付けを始めると、ハレは何も言わなかった。
むしろ、少しだけ俺の方へ椅子を寄せてきた。
それからというもの、俺は時々ヴェリタスに顔を出すようになった。
掃除をして、食事を作って、ハレたちとゲームをする。
ハレは相変わらず「余計なお世話」と言うが、俺が来ると部屋の片付けを少しだけ手伝うようになった。
……もっとも、俺が帰るとすぐに元に戻るのだが。
* * *
5.天才と問題児
ある日。
俺はヴェリタスの部室で、コタマたちとゲームをしていた。
「うわっ! また負けた!」
「エース、強いね」
「いやいや、たまたまですよ!」
「それにしては、勝率が高いような……」
チヒロが画面を見ながら呟く。
そんなとき、部室の扉が開いた。
「あら? 賑やかですわね」
入ってきたのは、車椅子に乗った少女だった。
白い髪に、上品な雰囲気。
その姿を見たハレが、少しだけ姿勢を正す。
「ヒマリ部長」
「ごきげんよう、皆さん」
明星ヒマリ。
ヴェリタスの部長であり、ミレニアムでも有数の天才である。
「……あら?」
ヒマリの視線が俺に向く。
「そちらの可愛らしい方は?」
「天童エースです! こんにちは!」
「まあ! あなたが噂のエースさんですのね!」
「噂?」
「ええ。ヴェリタスの皆さんから、生活面で大変お世話になっていると聞いておりますわ」
「そんな、大したことじゃないですよ」
「ふふ。謙遜なさらなくてもよろしいのですよ」
ヒマリは俺の頭を優しく撫でた。
「よく頑張りましたね」
「えへへ……」
「……可愛らしいですわね」
ヒマリの顔が緩む。
そして、懐から小さな袋を取り出した。
「これを差し上げましょう」
「え?」
「お小遣いですわ」
「ええっ!? そんな、悪いですよ!」
「構いません。いつも皆さんのお世話をしてくださっているお駄賃だと思ってください」
「でも……」
「遠慮は無用ですわ」
結局、俺はお小遣いを受け取ることになった。
……なんだか、おばあちゃんにお小遣いをもらった気分だ。
そんなことを考えていると、ヒマリがふと部室の入口へ視線を向けた。
そこには、もう一人の少女が立っていた。
「……ヒマリ」
「……おや。これはこれは。ミレニアムの合理性を履き違えた、歩く計算機のご登場ですか」
「相変わらず、口だけは達者ね。あなたのように非生産的な言葉を並べる暇があるなら、少しは組織に貢献したらどうかしら」
「おやおや。これは失礼。あなたの辞書には、人情という言葉が存在しないのでしたね」
「あなたの辞書には、効率という言葉が存在しないようだけれど」
空気が変わった。
ヒマリと少女の間に、明らかな緊張が走る。
「こちらは調月リオ。セミナーの副会長だよ」
チヒロが小声で教えてくれた。
「へえ……」
「そして、こちらは明星ヒマリ。ヴェリタスの部長」
「知ってます!」
俺は二人を見比べる。
……なんだろう。
この二人、仲が悪いのだろうか。
「それで、何の用ですの?」
「研究施設の使用申請について確認したいことがある」
「またですか。あなたも随分と暇ですのね」
「必要な確認をしているだけよ」
「その必要性を、あなたが判断するのですか?」
「当然でしょう。私はセミナーの副会長なのだから」
「肩書きに頼るしかない方は大変ですわね」
「……何ですって?」
雲行きが怪しくなってきた。
俺は二人の間に立つ。
「はい、ストップ!」
「……?」
「……?」
「せっかく来たんですから、仲良くお話ししましょう?」
「エースさん?」
リオがこちらを見る。
「私は別に、こんな合理性の欠片もない方と話すことなどありませんが」
「奇遇ね。私も、あなたと話すことに時間を割くつもりはないわ」
ヒマリとリオは、互いに顔を見合わせた。
「二人とも、相手のことが嫌いなんですか?」
「⋯⋯別に嫌いとは言っていませんわ」
「⋯⋯私も、嫌っているわけではないわ」
「じゃあ、仲良くできますね!」
「「…………」」
沈黙。
ヒマリたちは、何とも言えない顔をしていた。
ヒマリが小さく息を吐く。
「……まったく。あなたの前だと、どうにも調子が狂いますね」
「いいでしょう。可愛い後輩の頼みです。いいですね、リオ」
「ええ、そのほうが効率的よ」
その後、二人は必要な話を済ませた。
いつもなら嫌味の応酬で終わるところだが、この日は比較的穏やかだったらしい。
俺は二人を見送りながら、満足げに頷いた。
「よかったよかった」
「……エース」
ハレが呆れたように声をかける。
「何ですか?」
「君、すごいね」
「え?」
「ヒマリ部長とリオ副会長が、あんなに普通に話してるの初めて見た」
「そうなんですか?」
「うん」
ハレは少し笑った。
「なんか、君がいると変な感じになるね」
「変な感じ?」
「悪い意味じゃないよ」
その言葉に、俺は首を傾げた。
* * *
6.ロマンを追い求める人
次に訪れたのは、エンジニア部だった。
理由は単純。
ユウカから「行くなら気をつけて」と言われたからだ。
……余計に気になるじゃないか。
扉を開ける。
「こんにちはー!」
「ん? おや、見ない顔だね」
そこには、工具を手にした少女がいた。
「私は白石ウタハ。エンジニア部の部長だよ」
「天童エースです!」
「エースか。よろしく」
ウタハは作業台の上に置かれた機械を指差した。
「ところで、機械に興味があるのかい?」
「はい! 見るのも触るのも好きです!」
「それはいい。ちょうど面白いものを作っているところなんだ」
ウタハの目が輝く。
「見ていくかい?」
「ぜひ!」
その後、俺はウタハの発明品について説明を受けた。
それは、何やら大きなロボットのようなものだった。
「これは、ロマンを詰め込んだ試作機だ」
「ロマン……!」
「そう。大きな腕、強力な脚部、そして――」
ウタハが説明を続ける。
俺は目を輝かせながら聞いていた。
「すごい! かっこいい!」
「分かってくれるか!」
ウタハが嬉しそうに笑う。
「やはり、ロマンは大切だよね」
「はい!」
「しかし、ここをどう改良するべきか悩んでいてね」
「ここですか?」
俺は機械を覗き込む。
専門的な知識があるわけではない。
ただ、以前から機械に触れる機会は多かったため、構造を見れば何となく分かることもある。
「この部分、少し負荷が集中してませんか?」
「……ほう」
「ここを補強したら、もっと安定するかもしれません」
ウタハが機械を確認する。
「なるほど……確かに」
「それと、ここも少し気になります」
「ふむ……」
しばらく二人で機械を眺めていると、ウタハが満足そうに頷いた。
「いいね。君、なかなか面白い視点を持っている」
「ありがとうございます!」
「どうだろう。今度、一緒に作業をしてみないか?」
「いいんですか?」
「もちろんだ」
こうして、俺はエンジニア部にも顔を出すようになった。
ウタハは新しい発明品を作るたびに俺を呼び、俺もそのたびに手伝うようになった。
もちろん、危険な作業には注意を払う。
ウタハも責任感のある人物なので、俺が無理をしないよう気を配ってくれていた。
それでも、ロマンを語る彼女の姿は楽しそうで、俺もついつい付き合ってしまうのだった。
* * *
7.運動仲間
ある日の放課後。
俺は校庭で軽く走り込みをしていた。
身体を動かすことは嫌いではない。
むしろ、日頃から身体を鍛えておくことは大切だと思っている。
ただし、今の身体は小さい。
以前のような感覚で運動すると、少し勝手が違う。
「ふぅ……」
休憩していると、背後から声がかかった。
「おや? そこで休んでいるのは……」
振り返る。
そこには、運動着姿の少女がいた。
「こんにちは!」
「こんにちは。私は乙花スミレ。運動をしていたのかな?」
「はい。走り込みを少し」
「そうか! なら、ちょうどいい!」
スミレが笑顔を見せる。
「よかったら、私と一緒にトレーニングをしないかい?」
「いいんですか?」
「もちろん!」
それから俺は、スミレと一緒にトレーニングをするようになった。
もちろん、彼女のトレーニングはかなり本格的だった。
腕立て伏せ、腹筋、スクワット、走り込み。
俺もできる範囲でついていく。
「おお! 最後までついてきたね!」
「はぁ……はぁ……。なんとか……!」
「素晴らしい!」
スミレが嬉しそうに頷く。
「小柄なのに、よく頑張るね」
「身体が小さいからって、何もできないわけじゃありませんから!」
「その通りだ!」
スミレが笑う。
「君とは、いいトレーニング仲間になれそうだ!」
「えへへ。よろしくお願いします!」
こうして、スミレとも友人になった。
* * *
8.同級生の友達
そして、俺の生活に欠かせない存在となったのが、早瀬ユウカと生塩ノアだった。
ユウカは相変わらず真面目で、何かと俺のことを気にかけてくれる。
ノアは相変わらず、時々こちらをからかってくる。
「エースちゃん。今日は何をしていたんですか?」
「今日はヴェリタスで掃除をして、ご飯を作って、その後にウタハさんのところで機械を見てました!」
「相変わらず忙しそうですね」
「そうかな?」
「ええ。もう少し自分のことも大切にした方がいいですよ」
「うっ……」
「そうよ!」
ユウカが横から口を挟む。
「エースは人のことばかり気にしすぎなの! 自分のこともちゃんと考えなさい!」
「はーい……」
「本当に分かってる?」
「分かってますよぉ」
少し頬を膨らませる。
すると、ノアが楽しそうに笑った。
「ふふ。エースちゃんは、怒られているときの反応も可愛らしいですね」
「ノアちゃん!」
「はい?」
「からかわないでください!」
「あらあら」
ノアは悪びれる様子もない。
ユウカはそんな二人を見て、呆れたように息を吐いた。
「……まったく」
しかし、その表情はどこか楽しそうだった。
昼休み。
俺たちは三人で食堂に来ていた。
「そういえば、エースちゃん」
ノアが箸を置く。
「何ですか?」
「最近、学園内であなたの噂をよく聞くようになりましたよ」
「噂?」
「ええ。ヴェリタスの部室を掃除してくれる小さな子。C&Cの皆さんと仲良くしている子。エンジニア部でウタハさんと発明品を作っている子」
「……」
「そして、喧嘩している生徒を仲裁してしまう子」
「そんなに?」
「はい」
ユウカが頷く。
「私も聞いたわ。どうやら、あなたのことを『慈愛の聖母』って呼んでいる人もいるらしいわよ」
「ぶっ!?」
思わず飲んでいた水を吹きそうになる。
「せ、聖母!?」
「ふふっ。ずいぶん大層な呼び名ですね」
「いやいやいや! そんな大げさな!」
「でも、実際にそう呼ばれるくらい、色々な人の面倒を見ているんでしょう?」
「それは……」
俺は少し考える。
「困っている人がいたら、助けたいと思うだけですよ」
「それが簡単にできることではないんです」
ノアが優しく微笑む。
「だからこそ、皆さんに慕われているのでしょうね」
「……そうなのかな?」
「そうよ」
ユウカが即答した。
「少なくとも、私はそう思ってる」
その言葉が嬉しくて、俺は笑顔になった。
「ありがとうございます!」
「……もう」
ユウカは少しだけ顔を赤くして、視線を逸らした。
ノアはその様子を見て、また楽しそうに笑っていた。
* * *
9.小さな日常
それから、しばらくの時間が過ぎた。
俺はミレニアムでの生活にすっかり馴染んでいた。
朝は学校へ行き、授業を受ける。
昼休みはユウカやノアと食事をする。
放課後はヴェリタスで掃除や食事の世話をしたり、C&Cで遊んだり、エンジニア部で機械を触ったりする。
時にはヒマリにお小遣いをもらい、リオの相談に乗ることもあった。
リオは相変わらず人との接し方が不器用で、ヒマリとは口論になることも多い。
それでも、俺が間に入ると二人とも少しだけ態度が柔らかくなる。
「エースさん。少し相談があるのだけれど」
「はい!」
「この計画について、どう思う?」
「うーん……」
俺は資料を眺める。
専門的な内容は分からないことも多い。
それでも、リオが何を考えているのか、どういう結果を望んでいるのかは聞くことができる。
「ここは、もう少し皆さんの意見を聞いてみてもいいんじゃないですか?」
「……そう」
「それに、リオさんが一人で全部決めなくてもいいと思います」
「でも、私が責任を持たなければならない」
「責任を持つことと、一人で抱え込むことは違いますよ?」
「…………」
リオはしばらく黙っていた。
やがて、俺の頭に手を置く。
「……あなたは、不思議な子ね」
「そうですか?」
「ええ」
その表情は、いつもより少しだけ柔らかかった。
別の日。
俺はC&Cの部室にいた。
「エースちゃん、こっちおいでー!」
「はーい!」
アスナに呼ばれて近づくと、彼女は俺を抱き上げた。
「よいしょっと!」
「わっ!」
「うーん、やっぱり軽いねぇ」
「アスナさん、降ろしてください!」
「えー? もうちょっとだけ!」
「アスナ先輩、ほどほどにしておけ」
カリンが注意する。
「そうですよ。エースさんが困っています」
アカネも苦笑している。
「むぅ……」
俺は頬を膨らませる。
すると、アスナが楽しそうに笑った。
「ほらほら、可愛い顔!」
「もう!」
そんなやり取りをしていると、アカネが俺の隣に座った。
「エースさん」
「はい?」
「今度、私と一緒にお出かけしませんか?」
「お出かけ?」
「はい。買い物でも、散歩でも」
「いいですよ!」
「ありがとうございます」
アカネは嬉しそうに微笑んだ。
彼女は、同年代の生徒と親しくなることがあまり得意ではないらしい。
しかし、最近は俺だけでなく、ユウカやノアとも話すようになった。
そのことを本人は少し嬉しく思っているようだった。
「……エースさんのおかげですね」
「え?」
「いえ。何でもありません」
アカネは少し照れたように笑った。
* * *
10.それぞれの居場所
ある日の放課後。
俺はミレニアムの校庭にいた。
今日は特に予定がない。
だから、少しだけ散歩をしていた。
すると、遠くから声が聞こえた。
「エース!」
振り返ると、C&Cのリーダーであるネル先輩が手を振っていた。
「ネル先輩!」
ネルは俺のところまで歩いてくる。
「おう。何してんだ?」
「散歩です!」
「そっか。暇なら付き合えよ」
「いいんですか?」
「おう!」
ネルは俺の頭を軽く撫でる。
「最近、あちこちでお前の話を聞くぞ」
「えっ?」
「ヴェリタスの連中の世話をしてるんだって?」
「まあ、少しだけ」
「エンジニア部でも手伝ってるらしいな」
「はい!」
「それに、ヒマリやリオの間に入ってるって話も聞いた」
「えへへ……」
「……お前、本当に何者なんだよ」
ネルが呆れたように笑う。
「普通の一年生です!」
「どこがだよ」
ネルは俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ま、いいけどな」
「わっ、髪が!」
「ははは!」
ネルは楽しそうに笑う。
「お前、面白い奴だな」
「そうですか?」
「ああ。気に入った」
そう言って、ネルは俺の肩に腕を回した。
「今度、手合わせしようぜ」
「手合わせ?」
「ああ。お前、運動もしてるんだろ?」
「はい。でも、ネル先輩には勝てないと思いますよ?」
「やってみなきゃ分かんねえだろ」
「ふふっ。そうですね!」
その後、俺たちは一緒に食堂へ向かった。
ネルはよく食べる。
俺も負けじと食べた。
その帰り道、ネルがぽつりと言った。
「……お前、ここに来てよかったか?」
「え?」
「ミレニアムのことだよ。友達もできたし、色んな奴と仲良くしてるみたいだけどさ」
俺は少し考えた。
そして、笑顔で答えた。
「はい! すごく楽しいです!」
「そっか」
ネルは短く答える。
「なら、よかった」
その声は、いつもより少しだけ優しかった。
夜。
俺は自宅に戻り、ベッドに寝転がっていた。
今日も一日、色々なことがあった。
ユウカとノア。
ネルとC&Cの先輩たち。
ハレたちヴェリタスの面々。
ヒマリとリオ。
ウタハとスミレ。
みんな、個性的で、少し変わっていて、でも優しい人たちだ。
「……楽しいなぁ」
自然と笑みがこぼれる。
以前の人生については覚えている。
だが、今の俺には今の生活がある。
この学園で出会った人たちがいる。
それだけで十分だった。
俺は枕元に置いてある小さなケースを見た。
中には、デザイアドライバーとバックルが収められている。
「……まあ、今は必要ないかな」
仮面ライダーの力は、必要なときに使えばいい。
普段の生活でわざわざ使う必要はない。
それに、俺はこの力を大切にしたいと思っている。
だからこそ、無闇に見せびらかすつもりもない。
俺はケースの蓋を閉じ、布団を被った。
「おやすみなさい」
明日も、きっと楽しい一日になる。
そう思いながら、俺は目を閉じた。
* * *
11.小さな異変
それは、いつもと変わらない放課後のことだった。
「エースちゃん、今日もヴェリタスに行くんですか?」
「はい! 今日はハレさんたちとゲームをする約束なんです」
「そう。あまり遅くならないようにね」
「分かってます!」
ユウカに見送られ、エースはヴェリタスの部室へ向かおうとした。
そのとき、学園内に設置されたスピーカーから放送が流れた。
『学園施設管理部より連絡です。第三研究区画付近で、整備中の作業用オートマタに異常が確認されました。付近を通行する生徒は、係員の指示に従ってください』
「また何かあったのかしら……」
ユウカが呆れたように呟く。
「ミレニアムでは珍しいことではありませんからね」
ノアも苦笑した。
「でも、作業用オートマタなら大丈夫じゃないですか? 整備中なんでしょう?」
「そうね。とはいえ、念のため近づかないようにしてね」
「はい!」
エースは元気よく返事をした。
しかし、その数十分後。
第三研究区画では、放送で告知された異常が予想外の事態へと発展していた。
* * *
第三研究区画。
本来ならば研究員や整備担当の生徒が行き来する場所だが、現在は安全確保のため一部の通路が封鎖されていた。
その一角で、数体の作業用オートマタが異常な動きを見せている。
「おい、こいつらどうなってんだ!?」
「整備用の制御信号を受け付けません!」
「停止命令は!?」
「反応なしです!」
作業用オートマタは、普段なら決められた作業を黙々とこなすだけの機械だ。
しかし、今は違う。
手に持った工具を振り回し、周囲の設備を破壊しながら進んでいる。
さらに、その奥には数人の不良生徒がいた。
「へへっ。思ったより上手くいったな」
「これなら研究区画の連中も、しばらく手を出せないだろ」
「お前ら、余計なところまで壊すなよ。俺たちの目的はここの設備を押さえることだ」
不良生徒たちは、暴走したオートマタを利用して研究区画を占拠しようとしていた。
そのとき、通路の向こうから数人の生徒が走ってくる。
「きゃっ!」
逃げ遅れた生徒の一人が、足をもつれさせて転んだ。
その背後には、オートマタが迫っている。
「危ない!」
誰かが叫んだ。
次の瞬間。
「そっちは危ないですよ!」
小さな影が、生徒とオートマタの間に割って入った。
エースだった。
「えっ!? 天童さん!?」
「立てますか!?」
「は、はい!」
「よかった! こっちへ!」
エースは転んだ生徒を助け起こし、近くの壁際へ誘導する。
しかし、オートマタは止まらない。
エースに向かい、大きな腕が振り下ろされる。
エースは横へ飛び退いた。
床に工具が叩きつけられ、鈍い音が響く。
「うわっ……!」
身体が小さい分、攻撃の大きさが余計に際立って見えた。
生身のエースでは、オートマタを正面から止めることはできない。
ヘイローがあるとは言え、キヴォトスの生徒と違い、エースの耐久力は普通の人間と大きな差はない。
まともに攻撃を受ければ、無事では済まないだろう。
「みんな、こっちです! 早く!」
エースは生徒たちを誘導しながら、オートマタとの距離を取る。
そこへ、不良生徒の一人が銃を向けた。
「おい、そこのガキ! 余計なことしてんじゃねえ!」
銃声。
エースはとっさに身を屈め、近くの設備の陰へ飛び込んだ。
弾丸が壁に当たり、火花が散る。
「……っ!」
キヴォトスの生徒なら、銃撃を受けても痛みで済むことが多い。
だが、エースは違う。
生身で銃撃を受けるわけにはいかなかった。
「ちっ、小さいくせにすばしっこいな!」
「お前ら、そいつは後回しだ! 先に逃げた奴らを追え!」
不良生徒たちはオートマタを伴って、逃げた生徒たちの方へ進もうとする。
エースは歯を食いしばった。
このままでは、逃げた生徒たちが危ない。
しかし、ここで変身すれば、誰かに見られる可能性がある。
ミレニアムの生徒たちは、仮面ライダーの存在を知らない。
できれば、この力を知られたくはなかった。
「……仕方ないか」
エースは周囲を見回す。
近くに、資材置き場へ続く通路がある。
そこなら、研究区画の通路からは死角になる。
「みんなはそのまま避難してください! ここは私が何とかします!」
「天童さん!?」
「大丈夫です! 先に行って!」
エースは生徒たちを送り出すと、資材置き場の陰へ走った。
そして、誰もいないことを確認する。
鞄の中から、小さなケースを取り出した。
蓋を開ける。
そこに収められているのは、デザイアドライバー。
そして、複数のバックル。
「……ぶっつけ本番だけど、やるしかない!」
エースはドライバーを腰に装着する。
取り出したのは、パワードビルダーバックルとモンスターバックル。
「よし」
二つのバックルを手に持ち、ドライバーへセットする。
『SET』
エースは一度、深く息を吸った。
「変身!」
バックルを操作する。
『DUAL ON!』
機械音声が響き、周囲に光が走る。
『POWERED BUILDER & MONSTER!』
黄色を基調とした重厚な装甲が組み上がり、上半身を覆っていく。
そして、星の意匠が加わった青を基調とした脚部が備えられる。
仮面ライダーギーツ パワードビルダーモンスターフォーム。
パワードビルダーとモンスターの力を纏った姿が、資材置き場の中に立っていた。
「……よし。行こう」
エースは一度だけ装甲の状態を確かめると、通路へと戻った。
* * *
研究区画では、オートマタが逃げ遅れた生徒たちへ近づいていた。
「くそっ! こっちに来るな!」
生徒たちは壁際に追い詰められている。
不良生徒たちも、その様子を見て笑っていた。
「いいぞ。そのまま追い込め!」
そのとき。
ズンッ!
重い足音が響いた。
「……あ?」
不良生徒の一人が振り返る。
そこに立っていたのは、見たこともない黄色い装甲の戦士だった。
「何だ、あれ……?」
「新型のオートマタか?」
「いや、違うだろ。あんな派手なやつ見たことねえぞ」
黄色い戦士は、逃げ遅れた生徒たちの前に立つ。
そして、ゆっくりと拳を構えた。
「その子たちから離れてください」
装甲越しの声は、普段のエースとは少し違って聞こえた。
「はあ? 何だお前!」
「邪魔すんな!」
不良生徒の一人が銃を構える。
銃声が連続して響いた。
弾丸が装甲に当たり、小さな火花を散らす。
しかし、ギーツは一歩も退かない。
「……それだけですか?」
「なっ!?」
ギーツは地面を蹴った。
一気に距離を詰め、先頭の不良生徒の懐へ入り込む。
そして、胴体へ短い拳打を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
相手の身体が後ろへ吹き飛び、床に倒れる。
続いて、もう一人が銃を向ける。
ギーツは腕を上げ、射線を逸らしながら踏み込んだ。
相手の腕を押さえ、足を払う。
体勢を崩した不良生徒は、そのまま床へ倒れた。
「な、何なんだよこいつ!」
残った不良生徒たちが距離を取る。
しかし、彼らの後ろにはオートマタがいる。
「おい! あいつを潰せ!」
命令を受けたオートマタが、一斉にギーツへ向かってきた。
「今度はこっちですね」
最初の一体が、大きな工具を振り下ろす。
ギーツは横へ移動して攻撃をかわし、その腕を掴んだ。
そのまま身体を捻り、オートマタの重心を崩す。
床に倒れたオートマタを踏みつけ、機能を停止させる。
周囲に大きな音が響いた。
もう一体が背後から迫る。
ギーツは振り返りざまに拳を叩き込んだ。
装甲が大きく揺れ、オートマタの動きが止まる。
「よし……!」
しかし、まだ数体残っている。
オートマタたちは間合いを詰め、ギーツを取り囲もうとする。
一体が正面から突進してくる。
ギーツは大きく後ろへ跳び、攻撃をかわした。
そのままパワードビルダーバックルにギガントハンマーバックルを装填し、バックルを操作する。
『GIGANT HAMMER!』
大型のハンマーが現れた。
「これなら!」
ギーツはハンマーを振りかぶる。
そして、オートマタの1体に向けて振り下ろし、叩きつけた。
轟音。
衝撃で体勢を崩したオートマタたちが床に倒れる。
続けて、もう一体が突進してくる。
ギーツはハンマーを引き戻し、横から迫る相手へ振るう。
装甲同士がぶつかる重い音。
壁まで吹き飛ばされたオートマタは、そのまま機能を停止した。
立ち上がるオートマタたちを、ハンマーで一体一体倒していき、残る最後の一体の機能を停止させる。
「残りは……!」
ギーツが周囲を確認する。
その視線の先で、不良生徒の一人が何かを操作していた。
「くそっ! だったら、こいつらを全部ぶつけてやる!」
不良生徒が端末を操作する。
すると、奥に待機していた大型の作業用オートマタが動き始めた。
通常の作業用よりも一回り大きい。
両腕には重い作業用アームが取り付けられ、脚部も強化されている。
「おいおい……」
ギーツは思わず声を漏らした。
大型オートマタは、周囲の設備を押しのけながら近づいてくる。
その腕が振り上げられた。
ギーツは横へ跳ぶ。
直後、腕が床に叩きつけられた。
衝撃で床の一部が砕け、資材が跳ねる。
「これは、少し厄介ですね……!」
ギーツは装備を切り替える。
『GIGANT BLASTER!』
大型の銃が展開される。
狙いを定め、オートマタの胴体へエネルギー弾を放った。
光弾が命中する。
だが、装甲の表面を揺らしただけで、大きな損傷には至らない。
「硬い……!」
大型オートマタが再び腕を振るう。
ギーツは距離を取るが、背後には壁が迫っていた。
「なら……!」
ギーツは、デザイアドライバーを回転させ、上下の装甲を反転される。
《REVOLVE ON》
両腕にモンスターグローブが装備される。
「作った人には悪いですけど、思いっきりぶん殴ります!」
ギーツはオートマタの攻撃を避けながら、バックルを操作し力を解放した。
モンスターのエネルギーがモンスターグローブに集まり、青いエネルギーを纏う。
脚部から、パワードビルダーの装甲を思わせるアームが伸び、オートマタの動きを拘束する。
《MONSTER POWERED BUILDER VICTORY》
ギーツはオートマタに向かい拳を振り上げ、グローブごと腕部の質量を増大させ、特大のパンチを放つ。
オートマタは、上空まで殴り飛ばされ、そのまま上空で爆散した。
「……ふぅ」
爆発を見届けたギーツは腕を下ろす。
そのとき、背後から声がした。
「お、おい……何なんだよ、お前!」
不良生徒の一人が、まだ銃を構えていた。
「もう終わりです。武器を捨ててください」
「ふざけんな!」
相手が引き金を引く。
ギーツは弾道を見極めて身体をずらし、銃撃をかわした。
そして一気に距離を詰める。
銃を持つ腕を押さえ、相手の身体を崩す。
「ぐっ!」
相手が倒れたところで、ギーツは銃を遠ざけた。
残る不良生徒たちも、すでに戦意を失っていた。
「……降参します」
「最初からそうしてくれればよかったんですけどね」
ギーツは周囲を確認する。
オートマタはすべて停止。
不良生徒たちも動けない状態になっている。
逃げ遅れた生徒たちも、無事に避難できたようだ。
「よし。これで大丈夫かな」
そのとき、遠くから複数の足音が聞こえてきた。
「こちらです!」
「さっきの音、ここからだったのか!?」
「オートマタの反応が消えたぞ!」
施設管理部の生徒たちが、こちらへ向かってくる。
ギーツは一瞬だけ周囲を見回した。
ここに残れば、正体を知られる可能性がある。
「……それじゃあ、失礼します!」
ギーツは資材置き場の奥へと走り、誰にも見られない場所へ姿を消した。
少し離れた場所で変身を解除する。
エースはドライバーを外し、バックルをケースへ戻した。
「……ふぅ。何とか間に合った」
少し息が上がっている。
仮面ライダーに変身していたとはいえ、初めての戦闘だった。
それでも、誰も大きな怪我をせずに済んだのなら十分だ。
エースは服装を整え、何事もなかったかのようにその場を離れた。
* * *
数分後。
現場には、施設管理部の生徒たちが到着していた。
「これは……」
停止したオートマタ。
床に散らばる機械部品。
そして、拘束された不良生徒たち。
「一体、何があったんだ?」
「分かりません。先ほどまでオートマタが暴走していたのですが……」
「誰かが止めたのか?」
「そのようです。ただ、目撃情報がほとんどありません」
「……とにかく、まずは負傷者の確認と不良生徒の確保だ。オートマタの制御記録も回収してくれ」
施設管理部の生徒たちは、慌ただしく作業を始めた。
その後、事件は学園内で小さな騒ぎとなった。
暴走したオートマタが何者かによって停止させられ、不良生徒たちも制圧された。
しかし、誰がそれを行ったのかは分からない。
現場に残された記録にも、正体を特定できる情報はなかった。
「謎の装甲戦士がいたらしい」
そんな噂が、一部の生徒たちの間で流れ始める。
だが、それはあくまで曖昧な目撃談にすぎなかった。
そして、当のエースはというと――。
「……あれ? エースちゃん、どこに行ってたの?」
「えっ?」
ヴェリタスの部室に顔を出したところで、ハレに声をかけられていた。
「さっきまで来るって言ってたのに、なかなか来ないから」
「あはは……ちょっと用事がありまして」
「ふーん?」
ハレは不思議そうに首を傾げる。
「まあいいや。ゲームしよう」
「はい!」
エースはいつもどおりの笑顔で頷いた。
彼女が先ほどまで仮面ライダーとして戦っていたことを、ここにいる誰も知らない。
そして、エース自身もそのことを話すつもりはなかった。
ミレニアムでの平穏な日々を守るために。
必要なときだけ、その力を使えばいい。
そう考えていた。
* * *
12.小さな聖母
それから、さらに時間が過ぎた。
ミレニアムでの天童エースの知名度は、少しずつ上がっていた。
もちろん、学園中の全員が知っているわけではない。
しかし、エースと関わった生徒たちの間では、すっかり有名になっていた。
特に、生活能力が壊滅的な生徒たちにとっては、なくてはならない存在になりつつあった。
「エースちゃーん!」
「はーい!」
「今日もご飯作ってくれる?」
「いいですよ!」
「エース、こっちの資料を整理してほしい」
「分かりました!」
「エースさん、少し相談があるのですが」
「はい!」
「エースちゃん、今度一緒にゲームしよ!」
「もちろんです!」
あちらこちらから声がかかる。
それに応えるエースの姿を、ユウカとノアは少し離れた場所から眺めていた。
「……本当に人気者になったわね」
「そうですね」
ノアが微笑む。
「最初は、あんなに小さくて、少し心配になる子だったのに」
「今でも小さいけどね」
「ふふっ。そうですね」
ユウカはエースを見つめる。
エースは、誰かに頼られると嬉しそうに笑う。
困っている人がいれば、自分から手を差し伸べる。
それが相手にとって余計なお世話だったとしても、相手が本当に嫌がっていない限り、放っておけない。
そんな性格が、少しずつ周囲に伝わっていったのだろう。
「……あの子、無理してないといいけど」
「心配ですか?」
「当たり前でしょ。あんなに色々な人の面倒を見ているんだから」
「では、私たちがエースちゃんの面倒を見てあげればいいのでは?」
「……そうね」
ユウカが頷く。
「私たちも、友達なんだから」
「ええ」
そのとき、エースが二人に気づいた。
「あっ! ユウカちゃん! ノアちゃん!」
手を振りながら駆け寄ってくる。
「お待たせしました!」
「別に待ってないわよ」
「ふふ。お疲れさまです」
「えへへ。今日は何をしますか?」
ユウカとノアは顔を見合わせる。
そして、ユウカが言った。
「今日は三人で一緒に帰りましょう」
「いいんですか?」
「もちろん」
ノアも頷く。
「たまには、私たちがエースちゃんを独占してもいいでしょう?」
「えへへ。もちろんです!」
エースは嬉しそうに笑った。
その姿を見た二人も、自然と笑顔になる。
こうして、今日もミレニアムに平和な一日が訪れる。
小さな少女が、学園のあちこちで笑顔を振りまく。
彼女のことを、誰かがこう呼んだ。
――慈愛の聖母。
本人は、その呼び名を聞くたびに全力で否定しているのだが。
それでも、彼女がミレニアムの生徒たちに愛されていることは、間違いなかった。
そして、この穏やかな日々が、いつまでも続くと。
誰もが、そう思っていた。
【ミレニアム編・前編 了】
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『A』─情報
エースは、ライダー主人公特有のお人好しの甘ちゃんである。
次の舞台アンケート(次は原作開始から1年前です。)
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ミレニアム編
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アリウス編