〇月〇日 晴れ
今日から日記をつけることにした。
理由は特にない。
強いて言えば、最近あまりにも色々なことが起こりすぎているからだろうか。
セミナーの仕事に追われ、研究施設の予算管理に追われ、各部活から提出される申請書類に目を通していると、一日があっという間に終わってしまう。
そんな日々の中で、最近の私には一つだけ楽しみができた。
天童エース。
私と同じ一年生で、ミレニアムに転入してきた小さな女の子。
私よりも小さく、見た目も年齢より幼い。
最初に会ったときは、こんなに小さな子が一人で大丈夫なのかと心配になったものだけれど、今ではその心配も少しずつ薄れてきている。
……いや、むしろ別の意味で心配になってきた。
今日も、朝から私たちの教室にやってきたエースは、いつもどおり元気いっぱいだった。
「ユウカ! おはようございます!」
「おはよう、エース。今日も元気ね」
「はい! よく眠れました!」
「それはよかったわ。昨日は遅くまでヴェリタスにいたんじゃなかった?」
「えっと……少しだけです!」
「少しだけって、何時まで?」
「…………」
「エース?」
「……日付が変わる前には帰りました」
「遅いわよ!」
思わず声を上げてしまった。
隣にいたノアが、くすくすと笑っている。
「ふふ。エースちゃん、ユウカちゃんに怒られてしまいましたね」
「うぅ……」
「当然でしょ! あなた、最近あちこちの部活に顔を出してるんだから、少しは自分の時間も作りなさい!」
「はーい……」
エースは頬を膨らませながら返事をした。
……まったく。
本当に、放っておけない子だ。
もっとも、私がこうして注意しているのも、本人が誰かのために無理をしてしまうからなのだけれど。
「ところで、エースちゃん」
ノアがエースの顔を覗き込む。
「今日は放課後、何か予定があるんですか?」
「今日はスミレとトレーニングをする約束です!」
「そうですか。では、夕食は?」
「帰ってから作ります!」
「……また自炊?」
「はい!」
「なら、今日は私たちと一緒に食堂で食べましょう」
「え?」
「そうね。たまには私たちがご馳走してあげるわ」
「ええっ!? そんな、悪いですよ!」
「いいのよ。いつも頑張ってるんだから」
「ふふ。遠慮しなくても大丈夫ですよ」
エースは少し迷った後、嬉しそうに頷いた。
「……ありがとうございます!」
その笑顔を見ると、なんだかこちらまで嬉しくなる。
不思議な子だ。
本人は自分が周囲からどれだけ好かれているのか、あまり理解していないらしい。
でも、そんなところも含めて、私はエースのことが好きだ。
……友達として、ね。
* * *
〇月〇日 曇り
今日は少し疲れた。
セミナーの仕事が立て込んでいて、昼食を取る時間もなかった。
ようやく一段落した頃には、すっかり夕方になっていた。
「ユウカちゃん、お疲れ様です」
「ノア……。ありがとう。そっちは?」
「こちらも終わりました。あとは提出するだけですね」
「そう。よかった……」
椅子に深く腰掛ける。
すると、部屋の扉が開いた。
「ユウカ! ノア!」
聞き慣れた声。
エースだった。
「どうしたの?」
「お二人がまだ仕事をしているって聞いたので、お菓子を持ってきました!」
そう言って、エースは小さな袋を机に置いた。
中には、手作りらしい焼き菓子が入っている。
「これ、エースが作ったの?」
「はい! 簡単なものですけど」
「まあ。ありがとうございます」
ノアが一つ手に取る。
「ふふ。美味しそうですね」
「えへへ。よかったら食べてください!」
私も一つ手に取って口に運んだ。
……美味しい。
甘さもちょうどよく、疲れた身体に染み渡る。
「美味しいわね」
「本当ですか!?」
「ええ。ありがとう、エース」
「どういたしまして!」
その後、エースは私たちの仕事が終わるまで、セミナー室で待っていた。
ノアと話したり、タブレットでゲームをしたり。
そのうち、私の隣に座っていたエースが、こてんと頭を傾けてきた。
「……?」
「エース?」
「……ん?」
「眠いの?」
「ちょっとだけ……」
そう言いながら、エースは私の腕に寄りかかってきた。
……何これ。
可愛い。
いや、落ち着きなさい、私。
「エースちゃん、眠いのでしたら、先に帰っても大丈夫ですよ?」
「ううん……。ユウカたちと帰りたいです」
「そう?」
「はい……」
エースの頭が、私の腕にすっかり預けられている。
小さくて、軽くて、温かい。
……少しだけなら。
私はエースの頭をそっと撫でた。
「よしよし。もう少しで終わるからね」
「えへへ……」
エースは嬉しそうに目を細めた。
その様子を見ていたノアが、口元を緩める。
「ふふ。ユウカちゃん、すっかりお姉さんですね」
「な、何よ。普通でしょ?」
「そうでしょうか?」
「そうよ!」
ノアは何も言わず、ただ微笑んでいた。
……何だか、からかわれている気がする。
でも、エースが安心して甘えてくれるのは、悪い気分ではなかった。
* * *
〇月〇日 晴れ
今日もエースは忙しそうだった。
朝、教室に入ると、彼女の席の周りに何人かの生徒が集まっていた。
どうやら、昨日エースが手伝った研究のことでお礼を言いに来たらしい。
「エースちゃん! 昨日は本当にありがとう!」
「いえいえ! 無事に終わってよかったです!」
「お礼にこれ、受け取って!」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん!」
差し出されたのは、小さな菓子袋だった。
エースは嬉しそうに受け取ると、相手に向かって何度もお礼を言っていた。
……本当に、あの子は誰とでもすぐに仲良くなる。
最初に会ったときからそうだったけれど、最近はその傾向がさらに強くなっている気がする。
「ユウカ!」
「ん? どうしたの?」
「これ、半分こしませんか?」
そう言って、エースは受け取ったお菓子をこちらへ差し出してきた。
「え? あなたがもらったものなんだから、自分で食べなさいよ」
「でも、せっかくなら一緒に食べたいです!」
「……もう」
結局、少しだけ分けてもらった。
隣にいたノアも一つ受け取っている。
「ふふ。エースちゃんは優しいですね」
「そうですか?」
「ええ。自分がもらったものを、すぐに誰かと分けようとするのですから」
「だって、おいしいものは一緒に食べた方がおいしいですから!」
……こういうところだと思う。
エースは、自分が誰かに何かをしてあげたという意識があまりない。
ただ、目の前の相手が喜んでくれることを嬉しいと思っている。
だから、相手からお礼を言われても、いつも少し困ったような顔をする。
「ところで、エースちゃん」
「はい?」
「今日は放課後、予定はありますか?」
ノアが尋ねる。
「今日はハレたちとゲームをする約束があります!」
「そうですか。では、その後は?」
「えっと……特にありませんけど」
「それなら、帰りに私たちと一緒に買い物へ行きませんか?」
「いいんですか!?」
「もちろんです」
「行きたいです!」
エースが嬉しそうに手を挙げた。
その様子を見て、私は思った。
……本当に、妹がいたらこんな感じなのかしら。
いや、妹というより、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまいそうな小動物に近いかもしれない。
少なくとも、私たちがちゃんと見ていないといけない。
そう思った。
* * *
〇月〇日 曇り
今日は放課後、ヴェリタスの部室へ行った。
理由は、エースがそこにいると聞いたからだ。
別に心配していたわけではない。
ただ、セミナーの書類を届けるついでに様子を見に行っただけだ。
本当よ?
「こんにちはー!」
部室に入ると、エースの明るい声が聞こえた。
「ユウカ?」
ハレがこちらを振り返る。
「こんにちは。エースはいる?」
「いるよ。今、料理してる」
「料理?」
「うん。今日は野菜炒めとスープだって」
そう言われて部屋の奥を見ると、エースが小さなエプロンを着けて調理台に立っていた。
その隣では、コタマが飲み物を用意し、チヒロが食器を並べている。
……以前とは大違いだ。
床にはゴミが落ちていないし、机の上も整理されている。少なくとも、初めて見たときのような惨状ではない。
「ユウカ! こんにちは!」
「こんにちは。随分と手際がよくなったわね」
「えへへ。皆さんが手伝ってくれるようになったんです!」
「そっか。よかったわね」
「うん。まあ、エースが来る前よりはマシになったかな」
ハレが少し気まずそうに言った。
「ハレも、最近はちゃんと片付けてくれるんですよ!」
「……それは、エースがうるさいから」
「えー? 私、そんなにうるさくないですよ?」
「うるさいよ」
「むぅ……」
エースが頬を膨らませる。
その様子を見て、コタマが小さく笑った。
「でも、ハレが自分から片付けるようになったのは本当だよ。エースが来る前じゃ考えられなかったね」
「そうですね。食事も、以前よりはまともになりました」
チヒロも頷く。
「それはよかったわ」
私がそう言うと、ハレは少しだけ視線を逸らした。
「……別に、エースのためじゃないから」
「はいはい」
「本当だからね」
「分かってるわよ」
どうやら、ハレは素直ではないらしい。
もっとも、エースはそんなことを気にしていないようだった。
「ユウカも食べていきますか?」
「いいの?」
「もちろんです!」
「じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
「やった!」
その日の夕食は、思っていた以上に美味しかった。
食事の後、エースはハレたちとゲームを始めた。
私も少しだけ見ていたけれど、エースの操作が上手くて驚いた。
「えっ、また勝ったの?」
「たまたまですよ!」
「いや、絶対たまたまじゃないでしょ……」
ハレが画面を見つめている。
「エース、もう一回」
「いいですよ!」
……あの子、何でもできるのね。
家事もできるし、人付き合いも上手い。ゲームまで得意だなんて。
少しくらい苦手なことがあってもいいと思う。
そうでないと、周りが甘えてしまう。
……私も含めて。
* * *
〇月〇日 曇り
今日は少し変わったことがあった。
セミナーの仕事を終えて帰ろうとしたとき、エースがタブレットを見つめていた。
「何を見ているの?」
「あっ、ユウカ!」
画面には、ゲームのレビューサイトが表示されていた。
「ゲームですか?」
「はい。ちょっと気になるゲームがあって」
「どんなゲームなの?」
「テイルズ・サガ・クロニクルっていうゲームです」
聞いたことがないタイトルだ。
エースは画面を操作しながら説明してくれた。
「個人制作のゲームみたいなんです。まだプロトタイプらしいんですけど」
「へえ」
「ちょっと遊んでみたら、すごく面白くて!」
「そうなの?」
「はい! 今までにない感じで、すごく斬新なんですよ!」
エースは嬉しそうに話す。
けれど、画面に並んでいる評価は、あまり良いものではなかった。
低評価の数が異様に多い。
コメント欄にも、厳しい言葉が並んでいた。
「……随分と酷評されているわね」
「そうなんです」
エースは少しだけ表情を曇らせた。
「でも、私は好きですよ。確かに不便なところはありますけど、工夫しているところもたくさんありますし、何より作った人のこだわりが感じられるんです」
「そう」
「だから、ちゃんと感想を書こうと思って」
エースはしばらく考えながら文章を打ち込んでいた。
「……よし!」
「書けたの?」
「はい!」
画面には、長めの感想が表示されていた。
ゲームの良かったところ。
独創的なシステム。
改善すればもっと面白くなりそうな部分。
そして、開発者への応援の言葉。
「これなら、作った人も嬉しいんじゃない?」
「そうだといいなぁ」
エースは投稿ボタンを押した。
「よし。これで少しでも元気になってくれたらいいな」
その言葉を聞いて、私は少しだけ考えた。
画面の向こうにいる開発者は、エースのことを知らないだろう。
エースも、その人のことを知らない。
それでも、誰かのために言葉を届けようとしている。
「エース」
「はい?」
「あなたって、本当にお人好しね」
「えへへ。そうですか?」
「褒めてるのよ」
「ありがとうございます!」
……本当に。
この子は、どこまでも変わらない。
* * *
〇月〇日 晴れ
今日はC&Cの部室に顔を出した。
エースがアスナ先輩たちと一緒にいると聞いたからだ。
部室に入ると、そこには予想外の光景が広がっていた。
「えへへ……」
「うんうん、やっぱり似合うね!」
「アスナ先輩、そろそろ着替えさせてあげてください」
「えー? もうちょっとだけ!」
エースが、見慣れない服を着せられていた。
……何をしているの?
「ユウカ!」
エースが私に気づく。
「助けてください!」
「えっと……何をしているの?」
「エースちゃんの着せ替え!」
アスナ先輩が元気よく答えた。
「見て見て! 可愛くない?」
「可愛いとは思うけど……」
「でしょー!」
アスナ先輩が嬉しそうにエースの肩を抱く。
カリンは呆れたように息を吐き、アカネは苦笑していた。
「アスナ先輩、エースが困っていますよ」
「えー? でも、嫌がってないよ?」
「嫌がってます!」
エースが抗議する。
「ふふっ。そうですね。では、次は別の服にしましょうか」
「アカネまで!?」
……この子たち、エースを何だと思っているのだろう。
その後、アスナ先輩はエースを解放してくれた。
もっとも、今度はアカネがエースの隣に座っている。
「エースちゃん、今度一緒に買い物に行きませんか?」
「いいですね!」
「よかった。実は、少し見てみたいお店があるんです」
「どんなお店ですか?」
「それは当日のお楽しみです」
アカネが柔らかく笑った。
以前のアカネは、同年代の生徒と話すとき、どこか遠慮がちだった。
それが今では、エースに自分から誘いをかけている。
……エースの影響は大きい。
「そういえば、ユウカちゃんも一緒にどう?」
アスナ先輩がこちらを向いた。
「私?」
「うん! みんなで行こうよ!」
「そうね。予定が合えば」
「やった!」
エースが嬉しそうに手を叩く。
その顔を見て、アスナ先輩もカリンもアカネも笑っていた。
……本当に、あの子は不思議な子だ。
誰かと誰かの間に、自然と輪を作ってしまう。
* * *
〇月〇日 晴れ
今日は、少し驚くことがあった。
放課後、C&Cの訓練場へ行くと、ネル先輩とエースが向かい合っていた。
「よし。準備はいいか?」
「はい!」
「遠慮はいらねえぞ」
「分かりました!」
二人の間には、模擬戦用の距離が取られている。
私は嫌な予感がした。
「……何をしているんですか?」
「ああ、ユウカか」
ネル先輩がこちらを向く。
「今からエースと手合わせするんだよ」
「手合わせ?」
「そう。こいつ、前からやってみたいって言ってたんだ」
「えっ?」
私はエースを見る。
エースは少し照れくさそうに笑った。
「ネル先輩と一度、ちゃんと手合わせしてみたかったんです」
「……危なくないんですか?」
「大丈夫だって。模擬戦だからな」
ネル先輩は軽く肩を回す。
「それに、エースもやる気だしな」
「でも……」
「ユウカちゃん」
ノアが隣から声をかけた。
「見守ってあげましょう。ネル先輩も、無理はさせないと思いますよ」
「……そうね」
私は渋々頷いた。
エースは訓練場の端へ向かい、小さな鞄を置いた。
そして、その中から何かを取り出す。
見慣れない機械だった。
腰に装着するベルトのようなもの。
「……何、それ?」
私が尋ねるより早く、エースはそれを腰に装着した。
続いて、二つの装置を手に取る。
「エース?」
「少しだけ、本気を出しますね」
その声に、ネル先輩が口角を上げた。
「へえ。面白そうじゃねえか」
エースは装置をベルトへ取り付ける。
機械音声が響いた。
『SET』
そして、エースが操作する。
「変身!」
『DUAL ON!』
光が走った。
次の瞬間、そこに立っていたのは、黄色と青を基調とした装甲を身に纏う戦士だった。
「……え?」
私は言葉を失った。
ノアも目を見開いている。
アスナ先輩は口を開けたまま固まっていた。
カリンは目を見開き驚き、アカネは驚きながらもエースの立っていた場所を見つめていた。
「な、何だよ……それ」
ネル先輩が呟く。
装甲の戦士は、ネル先輩へ向き直った。
「仮面ライダーギーツです」
「仮面ライダー……?」
聞いたことのない名前だった。
少なくとも、ミレニアムでそんな技術や装備が開発されているという話は聞いていない。
「説明は後だな」
ネル先輩が笑った。
「来いよ!」
「はい!」
ネル先輩が地面を蹴る。
その動きは速い。
普段の訓練でも見慣れているはずなのに、今日はいつも以上に鋭く感じられた。
エースはネル先輩の接近に合わせて銃を構える。
ネル先輩の銃撃が装甲に当たった。
鈍い音が響く。
エースは一歩だけ後退した。
「おっ、思ったより硬いな!」
ネル先輩はすぐに距離を詰め、今度は足払いを仕掛ける。
エースは跳んでかわした。
着地と同時に、ネル先輩の肩へ拳を放つ。
ネル先輩は腕で受け止める。
「ぐっ……!」
その衝撃に、ネル先輩の足が床を滑った。
「へえ!」
ネル先輩の表情が変わる。
楽しそうだった。
エースは続けて攻撃を仕掛ける。
拳、蹴り、体当たり。
しかし、ネル先輩はそれらを見切り、隙を見つけて反撃する。
一撃ごとの威力はエースの方が上に見える。
けれど、ネル先輩の動きには無駄がない。
攻撃を受け流し、体勢を崩し、相手が動き出す前に次の攻撃を繰り出す。
経験の差がはっきりと出ていた。
「エース!」
ネル先輩の銃撃が、エースの胴体へ入る。
エースの身体が後ろへ押し戻された。
「大丈夫か!?」
「はい! まだいけます!」
「そうこなくっちゃな!」
二人は再び向かい合う。
そのとき、ネル先輩が踏み込んだ。
エースは一瞬だけ動きを止める。
そして、デザイアドライバーを操作した。
装甲が回転する。
『REVOLVE ON』
上下の装甲が入れ替わり、エースの姿勢が変化した。
「おっ!」
ネル先輩が反応する。
エースはそのまま距離を詰め、モンスターグローブを纏った拳を振るった。
ネル先輩は両腕で受け止める。
だが、勢いを完全には殺しきれない。
「くっ……!」
ネル先輩の身体が後ろへ押される。
エースは追撃を仕掛けようとした。
しかし、その瞬間。
「そこまで!」
私の声が訓練場に響いた。
二人の動きが止まる。
「……ユウカ?」
「もう十分です!」
私は二人の間へ歩み寄った。
「模擬戦とはいえ、やり過ぎです!」
「いや、まだ――」
「ネル先輩!」
「……チッ、分かったよ」
ネル先輩は少し不満そうだったが、拳を下ろした。
エースも変身を解除する。
光が収まり、いつもの小さな少女が姿を現した。
「ユウカ……」
「エース!」
私はエースの肩を掴む。
「怪我はない?」
「はい。大丈夫です!」
「本当に?」
「本当です!」
私はエースの身体を確認する。
目立った傷はない。
それでも、心配だった。
「……もう。こんなことをするなら、先に言っておきなさい!」
「ごめんなさい……」
エースがしゅんとする。
その姿を見て、私は少しだけ冷静になった。
「……それで」
私はエースの腰に目を向けた。
「その装備は何なの?」
「えっと……」
エースは少し迷ったように視線を泳がせる。
「仮面ライダーに変身するためのものです」
「仮面ライダー?」
「はい。私は、これを使って仮面ライダーに変身できます」
「どうして今まで黙っていたんですか?」
ノアが尋ねる。
エースは少しだけ困ったように笑った。
「必要がなかったから、ですかね」
「必要がなかった?」
「はい。普段の生活で使うものじゃありませんし、あまり知られたくなかったので」
「……なるほど」
ノアはエースの言葉を聞いて、少し考えるように目を伏せた。
一方、ネル先輩は楽しそうに笑っていた。
「ははっ! 面白いもん持ってんじゃねえか!」
「ネル先輩……」
「なあ、エース。もう一回やろうぜ!」
「えっ?」
「今度はもっと本気で!」
「ネル先輩!」
「リーダー!」
私とカリンの声が重なった。
「……何だよ」
「もう十分だと言ったでしょう!」
「そうですよ。エースさんの負担も考えてください」
アカネも珍しく強い口調だった。
アスナ先輩はエースの後ろに回り、両肩に手を置く。
「エースちゃん、疲れたでしょ? 休憩しよ!」
「え、でも……」
「休憩!」
「は、はい!」
……どうやら、エースの秘密を知ったのは私たちだけではないらしい。
少なくとも、ここにいるC&Cの面々とノアは知ってしまった。
仮面ライダー。
あの装甲と力は、ミレニアムの技術で作られたものなのだろうか。
それとも、別の何かなのだろうか。
私はエースに尋ねようと思った。
けれど、エースが少しだけ不安そうにこちらを見ているのに気づいた。
「……エース」
「はい?」
「話したくないことまで、無理に聞くつもりはないわ」
「ユウカ……」
「ただ、危険なことをするなら、せめて私たちに相談して。あなたが怪我をしたら困るんだから」
「……はい!」
エースは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、私は少しだけ安心した。
ただし、ネル先輩には後でしっかり注意しておこうと思う。
* * *
〇月〇日 曇り
仮面ライダーのことを知ってから、エースとの接し方が少し変わった。
といっても、普段の生活が変わったわけではない。
エースは相変わらず、ヴェリタスの部室を掃除し、C&Cに顔を出し、私たちと食事をしている。
ただ、ネル先輩がエースを訓練に誘う回数が増えた。
「エース! 今日、時間あるか?」
「はい! あります!」
「よし、行くぞ!」
「また手合わせですか?」
「あったりめえだろ!」
「ネル先輩! 今日は私たちとの約束が先です!」
私がそう言うと、ネル先輩は不満そうに顔をしかめた。
「ちぇっ」
「舌打ちしないでください!」
「分かったよ」
その後、エースは私たちと一緒に食堂へ向かった。
ノアも一緒だ。
「最近、ネル先輩はエースちゃんを気に入っているようですね」
「そうね……」
「戦闘能力だけでなく、素直に懐いてくれるところも気に入っているのでしょう」
「それは分かるけど、少し心配よ」
「ふふ。ユウカちゃんは過保護ですね」
「ノア!」
ノアは楽しそうに笑う。
エースはそんな私たちを見て、首を傾げていた。
「二人とも、何の話をしているんですか?」
「何でもないわ」
「そうですか?」
「ええ」
ノアが微笑む。
「それより、エースちゃん。今日は何を食べますか?」
「うーん……。今日はカレーにしようかな!」
「いいですね」
「私もそれにするわ」
三人で食事を済ませた後、C&Cの部室へ向かった。
そこには、アスナ、カリン、アカネ、ネルの四人が揃っていた。
「おっ、来たな!」
ネル先輩が手を振る。
「お疲れさまです!」
「エースちゃん!」
アスナが近づいてくる。
「今日は何して遊ぶ?」
「えっと、皆さんとゲームがしたいです!」
「いいねー!」
「その前に、エースさん。少しお茶にしましょうか」
アカネが飲み物を用意してくれる。
カリンは机の上にゲーム機を置いた。
「今日は協力型のゲームにしよう。人数もちょうどいい」
「おっ、いいじゃねえか!」
ネル先輩が椅子に座る。
その後、私とノアも加わり、七人でゲームをすることになった。
……七人で遊ぶのは、少し珍しい。
けれど、思った以上に楽しかった。
アスナ先輩は操作を間違えて騒ぎ、ネル先輩は力任せに進めようとする。
カリンは冷静に状況を判断し、アカネは皆の動きを見ながらサポートする。
ノアは意外とゲームが上手く、私も負けじと頑張った。
そして、エースはというと。
「そっち危ないです!」
「おっ、助かった!」
「ネル先輩、右です!」
「おう!」
「アスナ先輩、そっちは敵がいます!」
「えー!? どこどこ!?」
「後ろです!」
「きゃー!」
大忙しだった。
けれど、エースはずっと楽しそうに笑っていた。
ゲームが終わった頃には、皆が少し疲れていた。
「いやー、面白かった!」
アスナ先輩が椅子にもたれかかる。
「またやろうぜ!」
ネル先輩も満足そうだ。
「はい! ぜひ!」
エースが頷く。
その姿を見て、私は思った。
この子は、どこにいても自然と人を集めてしまう。
それは、誰かに命令されたからでも、特別な能力があるからでもない。
ただ、エース自身が人と一緒にいることを楽しんでいるからなのだろう。
* * *
〇月〇日 雨
今日はエンジニア部へ行った。
エースがウタハ先輩の手伝いをしていると聞いたからだ。
部室に入ると、大きな機械が置かれていた。
「おや、ユウカ。どうしたんだい?」
ウタハ先輩が振り返る。
「エースがいると聞いたので」
「ああ、エースならあそこだよ」
指差された先では、エースが工具を手にしていた。
「ここを固定すればいいですか?」
「そうだ。だが、締めすぎないようにね」
「分かりました!」
二人は真剣な表情で作業を続けている。
エースは機械に詳しいわけではないと聞いていたけれど、最近はかなり慣れてきたようだ。
「エースちゃん、楽しそうですね」
ノアが言う。
「そうね」
私は二人の作業を眺めた。
ウタハ先輩は、エースの意見をよく聞いている。
エースも、ウタハ先輩の話を楽しそうに聞いている。
「この機械は、どういうものなんですか?」
「簡単に言えば、運搬用の補助機だ。重い資材を運ぶ際に、作業者の負担を減らすことができる」
「へえ……!」
「まだ試作段階だがね」
「すごいです!」
エースは目を輝かせた。
その後、ウタハ先輩は少しだけ真面目な顔になった。
「ところで、エース。最近、君が使っている装備について聞いてもいいかな?」
「え?」
「仮面ライダーの装備だよ」
私は少し驚いた。
ウタハ先輩も知っていたのか。
「……ああ、あれですか」
「興味深い構造をしている。特に、バックルと呼んでいた装置だ」
ウタハ先輩の目が輝いている。
「もし可能なら、いつか詳しく見せてもらえないだろうか?」
「えっと……」
エースは少し考えた。
「壊さないようにしてくれるなら、いいですよ」
「もちろんだ!」
ウタハ先輩は嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。無理にとは言わない。君が許可してくれる範囲で構わないよ」
「はい!」
私は少しだけ不安になった。
ウタハ先輩は責任感のある人だ。
危険なものを無闇に扱うことはないだろう。
けれど、興味を持ったときの集中力は凄まじい。
エースの装備に夢中になりすぎないよう、少し注意しておこう。
* * *
〇月〇日 雨
今日はセミナーの仕事で、リオ副会長の部屋に資料を届けに行った。
部屋に入ると、リオ副会長が机に向かっていた。
「失礼します。資料をお持ちしました」
「ありがとう、ユウカ」
「それと、こちらは追加の確認事項です」
「分かった。後で目を通しておくわ」
そのとき、部屋の奥から声がした。
「おや? これはこれは。小さな会計さんではありませんか」
「ヒマリ先輩?」
車椅子に乗ったヒマリ先輩が、部屋の隅にいた。
「こんにちは、ユウカさん」
「こんにちは。どうしてこちらに?」
「少々、リオと話すことがありまして」
「……必要な確認をしていただけよ」
リオ副会長が淡々と答える。
「ええ。必要な確認という名目で、私の貴重な時間を奪いに来たのでしょう?」
「あなたの貴重な時間というのは、皮肉を考えるために使われているのかしら」
「おやおや。ずいぶんと辛辣ですね。合理性の化身ともあろう方が、感情的になってはいけませんよ?」
「あなたにだけは言われたくないわ」
……始まった。
私は思わずため息をついた。
そのとき、扉が開いた。
「こんにちはー!」
エースだった。
「おや、エースさん」
ヒマリ先輩の表情が一気に明るくなる。
「エースさん、こちらへいらっしゃい」
「はい!」
エースはヒマリ先輩のそばへ駆け寄った。
「ヒマリ先輩、こんにちは!」
「ええ。今日も元気そうで何よりですわ」
ヒマリ先輩がエースの頭を撫でる。
「ところで、リオ先輩もいらっしゃったんですね」
「ええ。仕事の確認をしていたところよ」
「そうなんですか。お二人ともお疲れさまです!」
「……ありがとう」
リオ先輩が少しだけ目を伏せた。
「エースさん。よろしければ、こちらに座っていきませんか?」
「いいんですか?」
「もちろんです」
「では、お言葉に甘えて!」
エースが椅子に座る。
すると、ヒマリ先輩が小さな袋を取り出した。
「はい。こちらをどうぞ」
「えっ、またですか!?」
「いつも頑張っているご褒美ですわ」
「でも、前にもいただきましたよ!」
「何度あってもよいものです」
「うーん……ありがとうございます!」
……またお小遣いを渡している。
ヒマリ先輩は、エースに対して本当に甘い。
「リオ先輩は、何か食べましたか?」
エースが尋ねる。
「まだよ。仕事が残っているから」
「そうなんですか?」
「ええ」
「じゃあ、何か作りましょうか?」
「いえ、そこまでしてもらう必要はないわ」
「でも、お腹が空いたままだと集中できませんよ?」
「……そうね」
リオ副会長が少し考え込む。
「では、お願いしてもいいかしら」
「はい!」
エースは嬉しそうに立ち上がった。
その様子を見て、ヒマリ先輩が小さく笑う。
「本当に、あなたは変わった方ですね」
「何がですか?」
「いえ。こちらの話です」
ヒマリ先輩はそう言って、リオ先輩を見た。
「……まあ、今日くらいは平和に過ごしてもよろしいでしょう」
「そうね。私も、無駄な争いをするつもりはないわ」
二人は視線を交わす。
いつものような嫌味はなかった。
……エースがいると、こうも変わるものなのね。
少し不思議だ。
* * *
〇月〇日 晴れ
今日はリオ副会長の部屋に行った。
理由は、エースから「リオ先輩の部屋を掃除するのを手伝ってほしい」と頼まれたからだ。
……どうして私まで?
そう思ったけれど、断る理由もなかった。
部屋に入ると、そこには資料や機材が散乱していた。
「…………」
「…………」
「……リオ先輩」
「何かしら」
「最後に掃除をしたのはいつですか?」
「必要なときにしているわ」
「つまり、いつですか?」
「…………」
エースが私の方を見る。
私は静かに頷いた。
これは手伝うしかない。
「まずは床から片付けましょう」
「分かりました!」
「ちょっと待って。資料の中には重要なものもあるわ。勝手に動かさないで」
「もちろんです。確認しながら片付けますね」
エースは丁寧に資料を分類していく。
私は書類を整理し、リオ副会長は必要なものと不要なものを指示する。
作業は思ったより早く進んだ。
「これで終わりですね!」
「ありがとう。助かったわ」
リオ副会長が小さく息を吐いた。
「いえいえ!」
「エースさん、あなたは本当に家事が得意なのね」
「普通ですよ?」
「普通ではないと思うけれど」
私が口を挟むと、エースは困ったように笑った。
「そうかな?」
「そうよ」
その後、エースが用意してきた軽食を三人で食べた。
リオ副会長は最初こそ遠慮していたけれど、食べ始めると意外にもよく食べていた。
「美味しいわね」
「ありがとうございます!」
「この料理はどうやって作ったの?」
「それはですね――」
エースが作り方を説明する。
リオ副会長は真剣な表情で聞いていた。
……料理の話なのに、まるで研究の説明を受けているようだ。
「なるほど。手順を合理化できる余地があるわね」
「えっと……料理は、あんまり効率ばかり考えなくてもいいと思いますよ?」
「そうなの?」
「はい。作る時間も楽しみの一つですから」
「……そう」
リオ副会長は少し考え込んだ。
その後、話題はリオ副会長が作ったという新型ロボットへ移った。
「次の試作機は、これまでのものとは違う設計にするつもりよ」
「へえ! どんなロボットですか?」
「それはね――」
リオ副会長が資料を取り出し、説明を始めた。
エースは興味津々で聞いている。
「この部分、すごくかっこいいですね!」
「そうでしょう?」
リオ副会長の声が少し弾んだ。
「実は、ここには私なりのこだわりがあって――」
……あ。
リオ副会長が楽しそうに話している。
普段の彼女からは、あまり見ない表情だった。
そのことに気づいたのか、エースも嬉しそうに笑っていた。
* * *
〇月〇日 曇り
今日は、少し珍しい来訪者があった。
ミレニアムの正門付近で、見慣れない生徒が立っていたらしい。
その生徒は、見慣れない制服を着ていた。
私はセミナーの仕事で校門近くを通りかかったとき、エースとその生徒が話しているのを見つけた。
「えっと……ここがミレニアムで合ってる?」
「はい! ミレニアムサイエンススクールですよ!」
「そっかぁ。よかったぁ」
少女は少し気の抜けた声で答えた。
桃色の髪。
眠たげな目。
そして、どこか気だるそうな雰囲気の生徒だ。
「おじさん、ちょっと人を探してるんだけどねぇ」
「人探しですか?」
「うん。ちょっと前に、行方が分からなくなった子がいてさ」
ホシノは手に持っていた紙を見せた。
そこには、一人の男性の似顔絵が描かれていた。
「この子を探してるんだよ」
エースは紙を覗き込む。
「……そうなんですか」
「うん。見かけたことある?」
「うーん……」
エースは似顔絵をじっと見つめた。
「ごめんなさい。見たことないです」
「そっかぁ。まあ、そう簡単には見つからないよねぇ」
ホシノは苦笑した。
私は少しだけ足を止めた。
その似顔絵の人物について、詳しく聞くべきか迷ったからだ。
「ところで、あなたの名前はなんていうんですか? 私は天童エースって言います!」
「これは失敬。おじさんも年だから、最近物忘れが激しくてねぇ。小鳥遊ホシノ。よろしくね、天童ちゃん」
「はい! よろしくお願いします! 小鳥遊さん!」
「いい返事だね」
ホシノはエースの頭に手を置いた。
「君、小さいねぇ」
「えへへ。よく言われます!」
「何年生?」
「一年生です!」
「そっかぁ。じゃあ、おじさんの後輩だねぇ」
「小鳥遊さんは二年生なんですか?」
「うん。そうだよ」
二人は、しばらく他愛のない話をしていた。
私はその様子を見ながら、少し不思議な気持ちになった。
ホシノが探しているという生徒。
その似顔絵に写っている男性は、エースに少し似ているようにも見えた。
もちろん、別人だ。
顔立ちも違うし、何より性別が違う。
それでも、何となく気になった。
「もし何か分かったら、ここに連絡してね」
ホシノは、微笑みながらエースに一枚の紙を渡した。
「分かりました!」
「ありがとねぇ」
ホシノは手を振り、校舎の方へ歩いていった。
私はその背中を見送った。
「ユウカ!」
「え?」
エースがこちらに気づく。
「こんにちは!」
「こんにちは。今の人は?」
「アビドスの小鳥遊ホシノさんです! 人を探しているみたいでした」
「そう」
私は、ホシノが渡した紙を見た。
そこには、行方不明者の捜索に関する情報が書かれている。
……この件は、少し気になる。
「エース」
「はい?」
「その人が探している子について、何か聞いた?」
「えっと……詳しいことは聞いていません」
「そう」
私は紙を返した。
エースは不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「何でもないわ」
私はそう答えた。
けれど、胸の奥に小さな引っ掛かりが残っていた。
ホシノが探している子。
そして、エース。
二人の間に何か関係があるのだろうか。
……考えすぎかもしれない。
* * *
〇月〇日 雨
今日は、エースと二人で話をした。
きっかけは、先日の仮面ライダーのことだ。
あの日から、私はずっと気になっていた。
エースは、どうしてあんな力を持っているのだろう。
あの装甲は何なのか。
どこで手に入れたのか。
そして、なぜ誰にも話さずにいたのか。
もちろん、無理に聞くつもりはない。
ただ、友達として知っておきたいこともある。
「エース」
「はい?」
「少し聞いてもいい?」
「何ですか?」
「仮面ライダーのこと」
エースは少しだけ表情を変えた。
「……はい」
「話せる範囲でいいから、教えてくれない?」
「分かりました」
エースは椅子に座り、少し考えるように視線を落とした。
「仮面ライダーは、私が持っている装備を使って変身する姿です」
「それは分かるわ」
「この装備は、私にとって大切なものなんです」
「大切なもの?」
「はい。だから、必要なとき以外は使わないようにしています」
エースは腰に手を当てる。
そこには、普段は見えないデザイアドライバーがある。
「仮面ライダーの力は、強いです。でも、強いからって何でも解決できるわけじゃありません」
「……」
「それに、私はこの力を使うこと自体が好きなんです。だからこそ、無駄遣いしたくないんです」
私は少しだけ驚いた。
ただ強い力を持っているから使うのではない。
その力を大切に思っているからこそ、使いどころを選んでいる。
「それで、どうして私たちに隠していたの?」
「うーん……」
エースは少し困ったように笑った。
「変に騒ぎになったら困ると思ったからです」
「それは分かるわ」
「それに、普段は必要ありませんし」
「……そうね」
私は頷いた。
「でも、危険なことをするときは相談して。あなた一人で何とかしようとしないで」
「はい」
「約束よ?」
「約束します!」
エースは笑顔で答えた。
私はその頭に手を置く。
「よし」
「えへへ」
その後、ノアも合流した。
「お二人とも、何のお話ですか?」
「エースの秘密についてよ」
「あら。秘密ですか?」
ノアは少し楽しそうに目を細める。
「エースちゃん、私にも教えてくれませんか?」
「えっと……」
「ふふ。冗談です」
ノアはエースの頭を優しく撫でた。
「無理に話さなくても大丈夫ですよ」
「ノア……」
「ただ、困ったことがあったら、私たちに相談してくださいね」
「はい!」
私はその様子を見て、少しだけ安心した。
エースは、何でも一人で抱え込むような子ではない。
そう思いたい。
* * *
〇月〇日 晴れ
今日は、ネル先輩とエースがまた手合わせをした。
……本当に、二人とも懲りない。
今回は、前回よりも少し本格的な模擬戦だった。
ネル先輩はいつもの装備。
エースは仮面ライダーギーツに変身している。
ただし、今日は前に使用していたモンスターバックルに加えて、ブーストバックルも使用していた。
「おい、エース。今日はそれも使うのか?」
「はい。前よりも動けると思います!」
「へえ。そいつは楽しみだ」
私は訓練場の外から二人を見ていた。
カリン、アカネ、アスナ先輩、ノアも一緒だ。
「ネル先輩、少し張り切りすぎじゃないですか?」
アカネが心配そうに言う。
「いつものことだ」
カリンが答える。
「ただ、今日はエースも本気みたいだな」
アスナは目を輝かせている。
「頑張れー! エースちゃーん!」
「アスナ先輩、応援するのはいいが、煽るな」
「えー?」
ネル先輩が地面を蹴る。
エースも同時に動いた。
前回よりも速い。
ブーストの力を得たエースは、ネル先輩の動きに食らいついている。
ネル先輩の拳をかわし、反撃を繰り出す。
しかし、ネル先輩はそれを受け流す。
「いいぞ!」
ネル先輩が笑う。
「前より動けるようになったな!」
「ありがとうございます!」
エースは返事をしながら、再び距離を詰めた。
拳と銃が交差する。
衝撃が床に伝わり、二人の足元がわずかに揺れた。
エースの攻撃は重い。
それでも、ネル先輩は簡単には崩れない。
むしろ、エースの動きを見切り始めているようだった。
「そこだ!」
ネル先輩がエースの腕を掴む。
そのまま体勢を崩そうとする。
エースは踏ん張り、反対側の腕でネル先輩の肩を押した。
一瞬、二人の動きが止まる。
次の瞬間、ネル先輩が笑った。
「ははっ! いいじゃねえか!」
「ネル先輩!」
「まだまだ!」
ネル先輩が再び踏み込む。
エースはブーストの力で速度を上げ、横へ回り込んだ。
そして、ネル先輩の背後を取る。
「もらった!」
「甘い!」
ネル先輩は振り返りざまに肘を振るう。
エースは腕で受け止めた。
その衝撃で、エースの身体が後ろへ押される。
それでも倒れない。
「……っ!」
エースは足を踏み込み、体勢を立て直す。
ネル先輩の表情が、少しだけ真剣になった。
「お前、なかなかやるじゃねえか」
「今度こそ勝たせてもらいます!」
「は! 抜かせ!」
二人は再び構える。
私は、そろそろ止めるべきだと思った。
けれど、二人とも楽しそうだった。
それに、エースは無理をしている様子もない。
……本当に、少しだけなら。
そう思った瞬間。
「そこまで!」
カリンの声が響いた。
「もう十分だ。これ以上は危険だ」
「えー、まだいけるって!」
ネル先輩が不満そうに言う。
「ダメです。エースちゃんも疲れているでしょう」
アカネが続ける。
「エースちゃん、こっちおいでー!」
アスナが手を振る。
エースは変身を解除し、こちらへ歩いてきた。
「お疲れさまです!」
「お疲れさま。大丈夫?」
「はい! 楽しかったです!」
「それならよかったわ」
私はタオルを渡した。
エースはそれを受け取り、汗を拭く。
ネル先輩も満足そうに笑っていた。
「またやろうぜ!」
「はい!」
「ネル先輩!」
「リーダー!」
私とカリンの声が重なった。
「……分かったよ」
ネル先輩は肩をすくめた。
私はため息をつく。
この二人は、放っておくといつまでも手合わせを続けてしまいそうだ。
今後は、時間を決めておいた方がいいかもしれない。
* * *
〇月〇日 晴れ
今日は、エースがスミレと一緒に運動をしていた。
スミレは、私たちと同じ一年生だ。
普段からトレーニングを欠かさず、身体を鍛えることに強い情熱を持っている。
エースとは、運動仲間になったらしい。
「エースさん! 今日も走り込みに付き合ってくれるんですね!」
「うん! よろしくね、スミレ!」
「では、まずは校舎の外周を十周しましょう!」
「十周!?」
「はい!」
「よーし、頑張るぞ!」
……十周?
私は思わず二人を見た。
エースは小柄だし、普段からそこまで激しい運動をしているようには見えない。
大丈夫なのだろうか。
しかし、エースはスミレの隣を走り続けていた。
途中で少し息を切らしていたものの、最後まで走り切ったらしい。
「はぁ……はぁ……。やったぁ!」
「素晴らしいです、エースさん! 最後までついてこられるとは!」
「スミレも速かったよ!」
「ありがとうございます!」
二人はその後、軽い筋力トレーニングをしていた。
エースはスミレの指導を受けながら、真面目に身体を動かしていた。
スミレも、エースが自分のトレーニングに最後まで付き合ってくれることが嬉しいようだった。
運動が終わった後、二人はスポーツドリンクを飲みながら話していた。
「エースさんは、どうしてそんなに頑張れるんですか?」
「んー……。せっかく誘ってくれたんだし、最後まで一緒にやりたいなって」
「……そうですか」
「それに、スミレと一緒に運動するの楽しいよ!」
「!」
スミレは、少し照れたように笑った。
「私もです。エースさんと一緒だと、いつもより楽しくトレーニングできます」
……二人とも、良い友人になったみたい。
ただし、エース。
翌日に筋肉痛で動けなくなるような無茶はしないでね。
* * *
〇月〇日 晴れ
最近、ミレニアムの中で妙な噂が広がっている。
曰く――
『慈愛の聖母』が現れた。
……何の話かと思ったら、エースのことだった。
理由は簡単。
生活能力が壊滅的な生徒たちの世話を、片っ端から焼いているからだ。
ハレの部屋を片付け、ヴェリタスの面々に食事を作り、リオ副会長の部屋まで掃除する。
ウタハ先輩の作業場では、散らかった工具を整理し、ネル先輩たちの部室でも、気づけば片付けを手伝っている。
本人は、ただ放っておけないだけらしい。
今日も、セミナーの仕事を終えた私が廊下を歩いていると、エースが大きな荷物を抱えていた。
「エース? 何を持っているの?」
「あ、ユウカ!」
「それ、どうしたの?」
「ハレたちにご飯を持っていくところ!」
「……また?」
「うん!」
「あなた、今日は何人分作ったの?」
「えっと……ヴェリタスの分と、リオ先輩の分と、ヒマリ先輩の分!」
「多すぎるわよ!」
「でも、みんな喜んでくれるから!」
「そういう問題じゃないの!」
私は荷物を受け取った。
思ったより重い。
「私も手伝うわ。ノアも呼んでくるから、少し待ってて」
「ありがとう、ユウカ!」
その後、私たちはヴェリタスへ向かった。
部屋に入ると、ハレがパソコンの前で作業をしていた。
「ハレ、ご飯持ってきたよ!」
「……また?」
「うん!」
「別に、毎回来なくてもいいのに」
「でも、ちゃんと食べなきゃだめだよ」
「……分かった」
ハレは、少し不満そうにしながらも食事を受け取った。
その隣では、コタマさんとチヒロさんも嬉しそうにしていた。
「いやあ、エースちゃんの料理は本当にありがたいですね!」
「そうだね。私も最近、ここに来るのが楽しみになってきたよ」
「えへへ。たくさん食べてね!」
そして、食事が終わった後。
エースはハレの隣に座り、ゲームを始めた。
「ハレ、次は私が操作するね!」
「うん。そこ、気をつけて」
「えっ、うわっ!」
「だから言ったのに」
「もう一回!」
「はいはい」
ハレは、エースの隣で小さく笑っていた。
普段のハレからは、なかなか見られない表情だ。
その後、私たちはリオ副会長の部屋にも向かった。
こちらも、なかなかの有様だった。
「……リオ先輩。これは?」
「資料よ」
「床に積み上がっているものも?」
「資料よ」
「机の上にある空の容器は?」
「……」
「リオ先輩?」
「……食事の容器ね」
「もう!」
結局、エースと私で部屋を片付けることになった。
リオ副会長は、最初こそ「自分でできる」と言っていたけれど、途中からエースに頼りきりになっていた。
片付けが終わると、エースはリオ副会長の頭を撫でていた。
「よく頑張ったね、リオ先輩!」
「……私は、子供ではないのだけれど」
「でも、頑張ったのは本当だよ!」
「……そうね」
リオ副会長は、少しだけ頬を緩めた。
その様子を見て、私は思った。
この子は、本当に不思議だ。
相手が誰であろうと、分け隔てなく接する。
相手が偉い人でも、苦手な人でも、誰かから嫌われている人でも。
ただ、その人をその人として見ている。
だから、周りの人たちはエースに懐いていくのだろう。
そして、エースに世話を焼かれた人たちは、口を揃えて言う。
――慈愛の聖母、と。
本人に話したら全力で否定されちゃったけど、彼女がミレニアムの生徒たちに愛されていることは、間違いないと思う。
* * *
り〇月〇日 晴れ
今日も、ミレニアムは平和だった。
……いや、正確にはいつも通り騒がしかった。
研究施設ではオートマタが暴走し、C&Cが出動。
ヴェリタスではハレが徹夜をしようとして、エースに止められていた。
エンジニア部ではウタハ先輩が新しい発明品を作り、スミレはいつも通りトレーニング。
ヒマリ先輩とリオ副会長は、相変わらず口論をしていた。
けれど、そこにエースがいると、少しだけ空気が変わる。
「ヒマリ先輩、リオさん! お菓子食べる?」
「おや、これはありがたいですね」
「……いただくわ」
「二人とも、仲良く食べてね!」
「ええ、もちろんです」
「……そうね」
その後、二人は何事もなかったかのようにお菓子を食べていた。
少し前なら、こんな光景は想像できなかったと思う。
ネル先輩も、エースを見かけると声をかける。
「おーい、エース! 飯行くぞ!」
「行く!」
「今日は何食う?」
「えっとね、ハンバーグ!」
「よし、決まりだ!」
アスナ先輩は、相変わらずエースを着せ替えようとしている。
カリンはそれを手伝い、アカネは少し離れたところから微笑んでいる。
ハレは、エースが来ると作業の手を止める。
ウタハ先輩は、新しい発明品を見せる相手としてエースを呼ぶ。
スミレは、次のトレーニングの約束をする。
そして、リオ副会長は、エースにアバンギャルド君の話をする。
ヒマリ先輩は、そんな二人を見て嫌味を言いながらも、エースにお菓子を渡している。
……本当に、みんなエースが好きなのね。
もちろん、私も。
ノアも、きっとそうだと思う。
今日、帰り道でノアが言っていた。
「エースちゃんが来てから、ミレニアムの空気が少し変わりましたね」
「そうね。以前よりも賑やかになった気がするわ」
「ええ。皆さん、以前よりも誰かと過ごす時間が増えたように思います」
「エースのおかげかしら」
「そうかもしれませんね」
ノアは、少しだけ目を細めた。
「……不思議な方です。誰かの心に入り込もうとするわけでもなく、ただ隣にいる。それだけなのに、いつの間にか、その人にとって大切な存在になっている」
「そうね」
「ユウカちゃんも、そう思いませんか?」
「……うん」
私は、少しだけ考えてから答えた。
「エースがいると、なんだか安心するのよね」
「ふふ。分かります」
そのとき、後ろから声がした。
「ユウカ! ノア!」
振り返ると、エースが小走りでこちらに向かってきていた。
「一緒に帰ろう!」
「もう、走ると危ないわよ!」
「大丈夫だよ!」
「そう言って転んだらどうするの!」
「転ばないもん!」
エースは頬を膨らませた。
ノアが、くすりと笑う。
「ふふ。では、三人で帰りましょうか」
「うん!」
エースは、私とノアの間に並んだ。
小さな歩幅に合わせて、私たちも少しだけ歩く速度を落とす。
何気ない帰り道。
特別なことは何もない。
ただ、友人と一緒に帰るだけ。
でも、私はこういう時間が好きだ。
明日も、きっと同じような一日になる。
セミナーで仕事をして、エースと話して、ノアと一緒に帰る。
時々、エースが誰かの世話を焼いて、誰かがエースを可愛がって。
そんな日々が続いていくのだろう。
……そう思っていた。
少なくとも、この日記を書いている今の私は、そう信じている。
明日も、明後日も。
エースが笑って、私たちの隣にいてくれる。
それが、当たり前のことだと思っていた。
【ミレニアム編・中編 了】
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『A』─情報
エースはアウトドア派でもあるが、ゲーマーでもあった。
・小鳥遊ホシノ
2年生となり、新しい後輩2人(ノノミ、シロコ)が入ってきたことで、少し遠出してミレニアム学園へとやってきたホシノ。
彼女は、機織エースの捜索願をミレニアムにも貼りに来た。
(捜索届は、機織エースが写った写真などが無いため、お世辞にも上手いとは言えない出来の似顔絵が描かれている。)
目の前にいる人物が探している本人だとも知らずに、天童エースと仲良くお喋りするアンジャッシュを果たす。
一部ミレニアム先「すぅぅ⋯⋯⋯こんなん惚れてまうやろー!!!」