透き通る世界の転生狐   作:ありがとうはなまる

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や、一年ぶり(約)久しぶりに思い出したんで書いた。

ちょっと長いけど楽しんでいってね。


アビドス編・後編

 

 

「ふんふふ〜ん♪」

 

アビドス高等学校。その廊下を、白い箱を大事そうに抱えながら、鼻歌交じりに歩く男がいた。

 

俺の名は旗織エース。神によって、このキヴォトスへとやってきた転生者である。

 

現在、俺はアビドス高等学校の周辺で栽培した野菜をブラックマーケットに住む不良生徒たちに分け与え、その対価として金品や日用品を受け取り、少しずつではあるが資金を稼いでいた。

 

そして今日は、いつも世話になっている友人であり、恩人でもあるホシノとユメ先輩に、日頃の感謝を込めてケーキを買ってきたのだ。

 

わざわざ隣町のケーキ屋まで足を運んだのだから、喜んでもらえると嬉しいな。

 

そんなことを考えながら、俺は二人がいるはずの部屋へと向かった。

 

そして――。

 

「ただいま~! ホシノ、ユメ先輩! ケーキ買ってきた……ぞ……?」

 

笑顔で扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、仲睦まじく談笑する二人の姿ではなかった。

 

部屋の中にいたのは、黙々と書類を整理するホシノただ一人。

 

その足元には、破り捨てられたと思しき紙の切れ端が無造作に散らばっていた。

 

「……ホシノ、何かあったのか?」

 

俺がアビドス高等学校に来てから、もうすぐ四か月が経とうとしている。

 

その間、ホシノとは何度も顔を合わせてきた。口喧嘩もしたし、模擬戦でボコボコにされたこともある。逆に、こちらが勝ってからかってやったこともあった。

 

だからこそ分かる。

 

一見すると、いつも通りの不機嫌そうな顔。しかし、今日は明らかに様子がおかしい。

 

それに、普段ならそばにいるはずのユメ先輩がいない。

 

この状況を見れば、二人の間に何かあったのだと察するのは難しくなかった。

 

「別に……あなたには関係ありませんよ」

 

「いや、関係あるかないかで言えば、普通にあるだろ。留守にしてたから、どんな喧嘩をしたのかは知らないけどさ。部屋の空気がこんなになるほどの大喧嘩があったってことくらいは分かるよ。伊達に四か月も一緒に暮らしてないからな」

 

「…………」

 

返事はない。

ホシノは再び書類へと目を落とした。

 

……こりゃ重症だな。

 

俺は小さくため息をつくと、足元に落ちている紙切れを拾い上げた。

何かの書類らしいが、破られているため、何が書かれていたのかは分からない。

 

「はぁ……しゃーない。ホシノ、お前、この紙切れを直しておけよ。どうせ、これも喧嘩の原因なんだろ?」

 

「……何を勝手に」

 

「俺はユメ先輩を探しに行く。仲直りする気がないってんなら、それでも構わねぇよ。ただし、これを直さないと、せっかく買ってきたケーキはお預けだからな?」

 

そう言いながら、俺はケーキの箱を冷蔵庫に入れた。

ホシノは何か言いたげな顔をしていたが、結局、何も言わなかった。

 

「じゃあ、行ってくるよ。ユメ先輩が帰ってくる前に、謝罪の言葉でも考えておけよ。どっちが悪かったとしても、だ」

 

「…………」

 

返事はない。

 

まあ、今のホシノに何を言っても無駄か。

 

俺は肩をすくめ、部屋を後にした。

 

「じゃ、行ってくるよ」

 

扉を閉め、ユメ先輩を探すために歩き出す。

 

その背中を見送ったホシノは、しばらく扉を見つめていた。

 

そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

 

「……バカ」

 

その声に返事をする者は、誰もいなかった。

 

 

* * *

 

 

ドッ! ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!

 

「きゃあああっ!」

 

アビドス高等学校から遠く離れた、人気のない砂漠。

 

そこに、複数の爆発音と一人の少女の悲鳴が響き渡った。

 

「うっ……うぅ……」

 

砂煙が舞い上がる中、一人の緑髪の少女が倒れていた。

 

梔子ユメ。

 

頭から血を流し、服のあちこちが破れ、全身に傷を負っている。呼吸こそ続いているものの、立ち上がるどころか、指先を動かすことすら難しい状態だった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

そんなユメを見下ろすものが一体。

 

蛇とも竜ともつかない姿をした、鋼鉄の機体。

 

デカグラマトンの預言者の一体にして、第三セフィラ――ビナー。

 

『違いを痛感する静観の理解者』の異名を持つその機械は、傷ついた少女を見下ろしながらゆっくりと距離を詰めていた。

 

ユメは霞む視界の中、迫りくる巨体を見つめる。

 

(ごめんね……ホシノちゃん、エース君……)

 

脳裏に浮かぶのは、大切な後輩たちの顔だった。

 

ホシノと喧嘩をしてしまった。

 

自分がもっとしっかりしていれば、あの子にあんな思いをさせずに済んだのではないか。

 

学校の借金だって、どうにかしなければならない。自分にできることは、まだ残っているはずなのに。

 

そんなことを考えながら宛もなく歩いていた時、突如現れた砂嵐に巻き込まれてしまった。

一寸先も見えない視界の中、なんとか廃墟を見つけ砂嵐が去るのを廃墟の中で待ったが、視界の悪いなかで歩き回ってしまったせいで、学校がある方向を見失ってしまっていた。

 

地図も、コンパスもない。

 

何より、砂漠を歩くうえで欠かせない飲み物すら持っていなかった。

 

それでも、なんとか帰ろうと歩き続けた結果、ユメはビナーの縄張りへと足を踏み入れてしまったのだ。

 

そして、圧倒的な力の差を前に、何もできないまま倒れた。

 

ビナーの口元が開く。

 

内部に熱を帯びた光が集まり、周囲の空気が震え始めた。

 

「……まだ……死にたく、ないな……」

 

ユメは残された力を振り絞り、身体を動かそうとする。

 

しかし、身体は意思に反して動かなかった。

 

どれだけ生きたいと願っても、どれだけ帰りたいと思っても、今の彼女には立ち上がる力すら残されていない。

 

ビナーはそんなユメを見下ろしたまま、口内に蓄えたエネルギーの照準を合わせる。

 

逃げられない。

 

助けも来ない。

 

このまま、自分は――。

 

助けて。

 

誰か。

 

誰か、助けて……!

 

『アツィルトの光』

 

ビナーの攻撃が放たれようとした瞬間─

 

「うぉおおりゃああああ!!」

 

《RADAR BOOST VICTORY》

 

爆音とともに飛び込んできた赤い影が、ビナーの横顔に激突する。

 

凄まじい衝撃に巨体が揺れ、ユメへ向けられていた照準が大きく逸れた。

 

直後、ビナーの口から放たれた光線が、誰もいない砂漠の彼方を貫いていく。

 

そして、赤い炎の中から現れたのは――。

 

 

* * *

 

 

エース side

 

「ユメ先輩っ!!」

 

間に合った……!

 

レーダーでユメ先輩の位置を確認しながら急いで向かってたら、遠くから爆発音や地響きが聞こえてきて、嫌な予感がしたもんでブーストを使って全速力で駆けつけたのだが……。

 

まさか、こんな化け物に襲われているとは。

 

俺はユメ先輩のそばに駆け寄り、怪我の具合を確認する。

 

頭部からの出血。全身に広がる傷。意識もほとんどない。

 

まずい。

 

このまま放置すれば、本当に命に関わる。

 

「ブーストライカー!」

 

俺の呼びかけに応じ、狐型の車両が姿を現した。

 

俺は慎重にユメ先輩を抱き上げ、ブーストライカーの上に乗せる。

 

ブーストライカーには自動操縦機能があるが、俺が視認できる範囲を大きく超えて移動させるのは危険だ。

 

今から戦う相手を考えれば、なおさらユメ先輩を近くに置いておくわけにはいかない。

 

「頼む。あの廃墟まで運んでくれ。絶対に落とすなよ!」

 

ブーストライカーは俺の指示に応じ、ユメ先輩を乗せたまま走り出した。

 

よし。

 

これで、少なくとも巻き込まれる危険は減った。

 

俺は懐からマグナムバックルを取り出し、デザイアドライバーに装着する。

 

《GET READY FOR MAGNUM & BOOST》

 

「さて……やるか、巨大化け物ヘビ!」

 

言い終えた瞬間、ビナーの背部から大量のミサイルが射出された。

 

「うおっ!?」

 

俺はすぐさま横へ走り出す。

 

ブーストの加速力を活かしてミサイルの雨をかいくぐりながら、マグナムシューターを構え、ビナーの胴体へとエネルギー弾を連射する。

 

しかし――。

 

ガガガガガッ!

 

命中した弾丸は、鋼鉄の表面で火花を散らすだけだった。

 

傷一つついていない。

 

「硬すぎるだろっ!」

 

以前、カタカタヘルメット団が所有していた戦車を相手にしたときも、マグナムシューターの攻撃はほとんど通用しなかった。

 

だが、目の前の化け物は、その戦車とは比較にならないほど頑丈らしい。

 

俺の攻撃を意に介さないビナーは、さらにミサイルを射出した。

 

「おいおいおい! 増やすな増やすな!」

 

俺は飛来するミサイルを撃ち落とし、地面を蹴って回避する。

 

攻撃の手が止まらない。

 

避けるだけなら、ブーストの力でなんとかなる。だが、このままでは反撃の隙が見つからない。

 

まるで、終盤の強敵に初期フォームで挑んでいるような気分だ。

 

こちらの攻撃は通じず、向こうの攻撃は一発でもまともに食らえば致命傷になりかねない。

 

しかも、ミサイルの数がおかしい。

 

いったい、どれだけ積んでいるんだ?

 

「くそっ……!」

 

ミサイルを避けながら周囲を見回した、そのときだった。

 

「……視界が悪くなってきてる?」

 

最初は、爆発によって砂が巻き上がったせいだと思った。

 

だが、違う。

 

視界を遮っているのは、局所的な砂煙ではない。

 

俺の周囲一帯に、異常なほど濃い砂塵が発生していた。

 

「まさか……!」

 

俺はビナーの姿を探す。

 

しかし、先ほどまで目の前にいたはずの巨体が、砂塵の向こうへと消えていた。

 

ミサイルをばらまき、爆発によって砂を巻き上げる。その隙に砂塵を発生させ、こちらの視界を奪う。

 

最初から、この状況を作り出すことが目的だったのか。

 

「やってくれるじゃねぇか……!」

 

砂塵の中では、マグナムフォームの性能だけで相手の動きを正確に捉えることは難しい。

 

俺はマグナムシューターを構え、周囲を警戒する。

 

どこから来る?

 

正面か、背後か、それとも頭上か。

 

「くっ……風まで強くなってきやがった。ユメ先輩を避難させておいて正解だったな……ぐっ、おおっ!?」

 

突然、風の勢いが増した。

 

砂漠の砂粒が強風に乗って襲いかかり、俺の装甲に次々と衝突する。

 

バチバチバチッ!

 

全身から火花が散った。

 

「うおおおおっ!」

 

まるで、無数の弾丸を浴びているようだ。

 

俺は姿勢を低くして耐えようとするが、風は容赦なく勢いを増していく。

 

そして――。

 

「ぐっ……!」

 

ついに、身体が浮いた。

 

足が地面から離れた瞬間、視界が大きく揺れる。

 

その直後。

 

ドゴォッ!!

 

砂塵の向こうから現れたビナーの尾が、俺の身体を正面から叩き飛ばした。

 

「がっ……!」

 

空中を吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

一度、二度、三度。

 

身体が砂の上を跳ね、最後には廃墟の残骸と思しき岩壁へと激突した。

 

「ぐ……っ、は……!」

 

息ができない。

 

身体が動かない。

 

頭の中が真っ白になり、視界が明滅する。

 

生きているのか、これ……?

 

装甲のあちこちから火花が散り、身体を起こそうとしても力が入らない。

 

それでも、俺は必死に息を吸おうとした。

 

吸え。

 

息を吸え。

 

まだ終わってないだろうが……!

 

だが、ビナーは俺が立ち上がるのを待ってはくれなかった。

 

背部の発射口が開き、無数のミサイルがこちらへ向かってくる。

 

「くそっ……!」

 

俺は痛む身体を無理やり動かし、デザイアドライバーを半回転させた。

 

《REVOLVE ON》

 

上下の装甲が入れ替わる。

 

その一瞬の無敵時間を利用して、飛来するミサイルをやり過ごした。

 

爆発音が連続し、砂漠が激しく揺れる。

 

「はぁ……はぁ……あーっ!くそ!痛え!しんどい!帰ってケーキ食いたい!」

 

こんなの、まともに相手していられるか!

 

でも、ここでこいつを倒さねぇとユメ先輩を連れて逃げられない。せっかく助けに来たのに、ここで負けるわけにはいかない。

 

「……はぁ。すぅー……」

 

深く息を吸い、吐く。

 

「よし。覚悟しろ、ヘビ野郎!こうなりゃあとことんやってやるよ!」

 

俺はマグナムバックルを回転させ、ブーストバックルを操作する。

 

《BOOST MAGNUM VICTORY》

 

「うぉりゃああっ!」

 

腕部のブーストパンチャーにエネルギーが集まる。

 

俺はその拳を地面へと叩きつけた。

 

ドゴォンッ!!

 

爆発的な衝撃が砂漠を走り、地面の砂が一斉に上空へと吹き飛ぶ。

 

周囲を覆っていた砂塵が一瞬だけ薄くなった。

 

その隙を逃さず、俺は再びドライバーを半回転させる。

 

《REVOLVE ON》

 

ブーストを脚部へと戻し、ビナーのいる方向へと走り出した。

 

ミサイルが飛んでくる。

 

俺はマグナムシューターで迎撃し、進路を変えずに走り続ける。

 

だが、ビナーは俺の位置を正確に把握しているかのように攻撃を続けてきた。

 

「やっぱり、目だけで追ってるわけじゃねぇな……!」

 

砂塵で視界を奪われているにもかかわらず、こちらの動きに対応してくる。

 

熱源か、振動か、それとも別の感知方法か。

 

少なくとも、目くらましだけでは攻略できない相手だ。

 

そして、再び風が強まる。

 

「くっ……!」

 

身体が浮き上がり、足が地面を離れた。

 

また、あの尾が来る。

 

「くそっ! 腹ぁ括れよ、俺!」

 

俺は咄嗟にブーストライカーを呼び戻した。

 

ユメ先輩を廃墟まで運んだ狐型の車両が、砂塵の向こうから駆けつける。

 

俺はその装甲にしがみつき、迫りくるビナーの尾を間一髪でかわした。

 

そして、ブーストライカーに跨がる。

 

「よしっ……!」

 

咄嗟の判断だったが、なんとか助かった。

 

とはいえ、状況が好転したわけではない。

 

先ほど、ブーストの力を使ったライダーキックをまともに受けさせたはずなのに、ビナーには目立った損傷が見られなかった。

 

あの戦車の数倍……いや、それ以上の硬度を持っていると考えた方がいい。

 

ならば、勝つために必要なのは、ただ力任せに攻撃することではない。

 

弱点を見つけ、そこに全力を叩き込む。

 

それしかない。

 

俺はマグナムシューターをライフルモードへと切り替え、照準を覗き込んだ。

 

《CHARGE》

 

「無敵? この世にそんなものは存在しない。どこかには必ず弱点がある……!」

 

仮面ライダーの世界だってそうだ。

 

どれだけ強い敵にも、何らかの攻略法がある。

 

ムテキゲーマーですら、パラドという存在が重要な意味を持っていた。

 

ならば、こいつにだって何かあるはずだ。

 

観察しろ。

 

考えろ。

 

こいつが何を狙い、どのように攻撃してくるのか。

 

俺を乗せたブーストライカーは空中を駆け回り、飛来するミサイルやレーザーを回避し続けた。

 

俺は照準を動かしながら、ビナーの挙動を観察する。

 

すると、やがて変化が現れた。

 

執拗に攻撃を続けていたビナーの手が、一瞬だけ止まったのだ。

 

代わりに、その口へとエネルギーが集まり始める。

 

先ほどユメ先輩を狙っていた、あの光線だ。

 

「……そこか!」

 

ビナーは、強力なレーザーを放つためにエネルギーを収束させている。

 

その瞬間なら、ほかの攻撃を仕掛ける余裕が減るかもしれない。

 

しかも、口の内部にエネルギーが集まっている今なら――。

 

俺は照準を定め、引き金に指をかけた。

 

「今だ!」

 

《TACTICAL SHOOT》

 

引き金を引く。

 

放たれたエネルギー弾は、一直線にビナーの口へと飛び込んだ。

 

直後。

 

ドゴォォォンッ!!

 

口の内部で爆発が起きた。

 

収束していたエネルギーが暴発し、激しい衝撃波が砂塵を吹き飛ばす。

 

ビナーの巨体が大きく揺れた。

 

「よしっ! 効いた!」

 

今しかない。

 

この機を逃せば、次のチャンスがいつ来るか分からない。

 

俺はマグナムバックルのリボルバーを回転させ、トリガーを引く。

 

さらに、ブーストバックルを二度捻った。

 

《BOOST TIME》

 

身体の内側から力が湧き上がる。

 

ブーストライカーを足場にして跳躍し、ビナーの頭上へと飛び上がった。

 

「これで決める!!」

 

ブーストバックルを操作する。

 

脚部に炎が集まり、全身のエネルギーが一気に高まっていく。

 

今の俺が出せる、最大火力。

 

これ以上はない。

 

「はぁぁぁああああっ!!」

 

《MAGNUM BOOST GRAND VICTORY》

 

俺は全身全霊の力を込め、ビナーの頭部へとライダーキックを叩き込んだ。

 

行け!

 

行け!

 

行け!

 

行けぇぇぇっ!!

 

脚部のブーストキッカーから噴き出す炎が、さらに勢いを増した。

 

衝突の瞬間、凄まじい爆発が巻き起こる。

 

砂漠が揺れ、爆風が周囲の砂を吹き飛ばしていった。

 

これなら……!

 

これなら、さすがに――。

 

「…………」

 

爆煙が晴れる。

 

俺は息を呑んだ。

 

ビナーは、そこにいた。

 

頭部にわずかな凹みこそあるものの、それ以外に目立った損傷はない。

 

あれだけの攻撃を叩き込んだのに。

 

全力を込めたライダーキックだったのに。

 

「む、無傷……!?」

 

いや、厳密には完全な無傷ではない。

 

だが、これだけの威力を受けて、たったそれだけなのか。

 

「……は、ははっ」

 

乾いた笑いが漏れた。

 

どうすればいい?

 

何をすれば、こいつを倒せる?

 

考えろ。

 

まだ何かあるはずだ。

 

そう思った直後、ビナーが動き出し、頭を振り上げ俺を上空へと押し上げた。

そして、ビナーの口元に光が集まり、こちらへと照準が向けられる。

 

「……マジかよ」

 

次の瞬間、放たれたレーザーは俺めがけ一直線に向かってくる。がブーストライカーを直撃した。

 

死……!!…!

 

迫るレーザーに死を覚悟した瞬間、何かに押された衝撃で俺の体はレーザーの軌道から抜け、俺は目を見開く。

 

「ブーストライカーー!!」

 

俺を突き飛ばした正体はブーストライカーだった。

 

凄まじい閃光。

 

ブーストライカーの姿が光に呑まれ、跡形もなく掻き消えていく。

 

同時に、デザイアドライバーからブーストバックルが飛び出していった。

 

ブーストバックルは、周囲を飛び回るとどこかへと飛び去ってしまった。

 

俺の身体から、急速に力が抜けていった。

 

ブーストが消えた。

 

残されたのは、マグナムフォームだけ。

 

「…………」

 

砂漠に立ち尽くし、俺はビナーを見上げた。

 

勝てない。

 

今のままでは、どうやっても勝てない。

 

ユメ先輩を助けるためにここまで来たのに。

 

ホシノとの喧嘩を仲直りさせるために、ユメ先輩を探しに来ただけだったのに。

 

こんな理不尽な化け物がいるなんて。

 

こんなところで、終わるわけにはいかない。

 

だが、身体は限界だった。

 

全身が痛む。呼吸するだけでも苦しい。

 

それでも、俺は拳を握り締めた。

 

まだだ。

 

まだ、終わっていない。

 

「……ここで、終わるわけにはいかねぇだろ!!」

 

俺は、最後に残された切り札へと意識を向けた。

 

これを使えばどうなるか、分かっている。

 

一度も使ったことはない、知識としてだけは知っているだけ。だけど、分かる。

本能と言うべきか、勘というべきか、これを使えば俺は⋯⋯多分死ぬ

 

それでも――。

 

「……ホシノ。ユメ先輩」

 

二人の顔が脳裏をよぎる。

 

楽しかった日々。

 

くだらない口喧嘩。

 

一緒に食べた食事。

 

何気なく撮った写真。

 

この4カ月で過ごしたアビドスでの記憶が、ユメ先輩とホシノとの思い出がフラッシュバックする。

 

はは、俺ってこんなに女々しい奴だったんだな。

 

――ユメ先輩。

ふと、頭の中に、あの人の顔が浮かんだ。

いつも笑顔で、困っている人を放っておけなくて。

自分がどれほど苦しくても、誰かのために頑張ろうとする人。

そんな人が、こんなところで死んでいいはずがない。

 

ホシノだってそうだ。

あいつは口が悪くて、すぐに俺をからかってきて、模擬戦では何度も勝負を挑んでくる。

それでも、根っこは優しいやつだ。

最初は俺のことを疑っていたくせに、今では一緒に飯を食べて、出かけて、くだらないことで笑っている。

 

俺は、そんな日常が気に入っていた。

 

生ききたい、生きてまたホシノとユメ先輩がいるアビドスで暮らしたい。

 

それでも。

 

「……俺は、仮面ライダーだからな」

 

転生特典っていうズルで貰ったら仮初の力だとしても、大切な誰かを守るために力を得たのなら。

 

「お前みたいなやつをユメ先輩たちのいるアビドスでいさせるわけにはいかない!!」

 

その力を使うべき時に、ためらうわけにはいかない。

 

俺はデザイアドライバーに手を伸ばし、最後の力を呼び起こした。

 

* * *

 

「……変身」

 

その声に応じるように、エースの身体から光が溢れ出した。

 

赤い炎とは違う。

 

白く、眩しく、それでいてどこか不気味な光。

 

まるで、世界そのものが彼の存在を拒絶しているかのようだった。

 

《BOOST MARK Ⅲ》

 

光が弾ける。

 

その中心に立っていたのは、先ほどまでのマグナムフォームとは異なる姿の仮面ライダーギーツだった。

 

ブーストMark Ⅲ。

 

破壊の力を宿す、異形の形態。

 

仮面ライダーギーツの変身者、浮世英寿の創生の力が暴走した際に生まれた、彼自身にしか扱えないはずの力。

 

その断片を、エースは宿していた。

 

「……ああ。やっぱり、すげぇ力だな」

 

身体の内側から、今まで感じたことのない力が湧き上がる。

 

ビナーの巨体が、先ほどまでとは違って見えた。

 

あれほど頑丈だった装甲も。

 

無尽蔵に思えたミサイルも。

 

砂漠を覆い尽くすほどの砂塵も。

 

今の自分なら、すべてを壊せる。

 

そう確信できるほどの力だった。

 

だが、同時に確信したことがある。

 

この力は"自分自身すら破壊する"。

 

俺は浮世英寿ではない。仮初の力を神から授かっただけ、創生の力を扱い切ることは俺にはできない。

 

自分という存在そのものが、破壊される。

 

それでも、エースは笑った。

 

「さあ……ここからが、ハイライトだ」

 

ビナーが反応する。

 

口を開き、エネルギーを収束させる。

 

先ほどまでなら、直撃すれば致命傷になりかねなかった攻撃。

 

しかし、今のエースは避けようとすらしなかった。

 

放たれたレーザーが、エースへと迫る。

 

その瞬間。

 

エースの身体から伸びた狐型の尾が、光線を打ち砕いた。

 

「……悪いな」

 

尾がしなり、ビナーの装甲へと叩きつけられる。

 

轟音。

 

鋼鉄の巨体が、初めて大きく揺れた。

 

「今まで散々やってくれたお礼だ。たっぷり受け取ってくれよ!」

 

エースは地面を蹴った。

 

その速度は、ブーストフォームの比ではない。

 

瞬く間にビナーとの距離を詰め、拳を叩き込む。

 

衝撃が装甲を貫き、鋼鉄の表面に亀裂が走った。

 

ビナーは尾を振るい、ミサイルを撃ち込み、レーザーを放つ。

 

しかし、そのすべてがエースには届かなかった。

 

尾は攻撃を打ち砕き、ミサイルは接触する前に破壊され、レーザーは身体に触れることすらできずに霧散していく。

 

先ほどまで、エースを圧倒していたビナー。

 

その力が、今はまるで通じない。

 

「どうした?さっきまでの威勢はどこへ行ったんだ?」

 

エースはビナーの頭部を掴み、その巨体を地面へと叩きつけた。

 

大地が震える。

 

砂漠に巨大な亀裂が走り、衝撃波が周囲へと広がっていった。

 

それでも、エースは手を緩めない。

 

尾がうねり、ビナーの装甲を次々と破壊する。

 

硬いはずの外殻が砕け、内部の機構が露わになっていく。

 

「これで……終わりだ!!」

 

エースは高く跳躍した。

 

身体を捻り、ブーストマークIIIバックルを操作する。

 

脚部に破壊の力を集中させる。

 

全身から溢れ出す光が、砂漠を白く染め上げた。

 

《BOOST MARK Ⅲ GRAND VICTORY》

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

渾身のライダーキックが、ビナーの頭部へと叩き込まれた。

 

その瞬間――世界が揺れた。

 

轟音が鳴り響き、爆発的な衝撃波が砂漠の果てまで広がっていく。

 

ビナーの巨体に亀裂が走る。

 

頭部から胴体へ。

 

胴体から尾へ。

 

全身へと広がった亀裂は、やがて眩い光を放ち始めた。

 

そして。

 

ビナーは、完全に破壊された。

 

鋼鉄の巨体は無数の破片となって砕け散り、その破片すら光の中へと消えていく。

 

圧倒的な存在だった第三セフィラは、エースの一撃によって跡形もなく消滅した。

 

――そして。

 

「……ああ、そっか」

 

エースは、自分の身体を見下ろした。

 

装甲の端から、光の粒子がこぼれ落ちている。

 

指先が、少しずつ透け始めていた。

 

分かっていたことだ。

 

この力を使えば、自分もまた破壊される。

 

逃れることはできない。

 

「……結局、こうなるんだな」

 

苦笑する。

 

怖くないと、後悔が無いと言えば、嘘になる。

 

まだやりたいことは沢山あった。

 

ユメ先輩たちとまた宝探ししたかった。

 

もっとホシノたちとバカやりたかった。

 

三人で、また水族館へ行きたかった。

 

買ってきたケーキを三人で食べたかった。

 

そして、いつかホシノが自分のことを完全に信じてくれる日を見てみたかった。

 

「……ごめんな、二人とも。中途半端に終わっちまって…」

 

エースの身体が、光の粒子となって崩れ始める。

 

「ああ、そう言えば、今日、畑に水やりし忘れたな…」

 

そう言い残し、エースの姿は完全に消え去った。

 

そこには、彼が戦っていた痕跡すら残っていなかった。

 

まるで、最初から誰も存在していなかったかのように。

 

 

* * *

 

 

エースとビナーの決着から少し前。

 

アビドス高等学校を飛び出したホシノは、砂漠の中を歩き回っていた。

 

「……ユメ先輩、どこに行っちゃったんだろう」

 

いつまで経っても戻ってこないユメ。

そして、ユメを探しに行ったっきり帰ってこないエース。

 

さすがに、何かあったのではないか。そう考えたホシノは、二人を探すために砂漠へと出ていた。

 

「……もう、あのバカ。ユメ先輩を探してる最中に自分も迷子になってないでしょうね」

 

口ではそう言いながらも、ホシノの足取りは速かった。

 

胸の奥に、嫌な予感があった。

ユメが一人で砂漠へ出ていったことも気になる。

エースが、そんなユメを探しに行ったことも気になる。

もし、二人に何かあったら。

そのときだった。

 

ドォォォォンッ!!

 

遠くから、地面を揺るがすような轟音が響いた。

 

「っ!?」

 

ホシノは思わず足を止めた。

続いて、砂漠の彼方から衝撃波が押し寄せる。

強風に煽られ、ホシノの髪が大きく揺れた。

 

「な、何……!?」

 

ただの爆発ではない。

そう直感したホシノは、衝撃波が発生した方角へと目を向けた。

そして、走り出した。

 

砂漠を進み、崩れた廃墟を越え、周囲を見回しながらユメの姿を探す。

 

そして、しばらく進んだ先で――。

 

「……っ! ユメ先輩!!」

 

廃墟で倒れている緑髪の少女を発見した。

 

頭から血を流し、全身に傷を負ったユメ。

 

ホシノは慌てて駆け寄り、膝をつく。

 

「ユメ先輩! しっかりしてください! ユメ先輩!!」

 

肩を揺すり、呼びかける。

 

しかし、ユメは意識を失ったままだった。

 

「……そんな……」

 

ホシノの顔から血の気が引いていく。

 

どうして。

 

どうして、こんなところに。

 

何があったのかは分からない。

 

だが、今は考えている場合ではなかった。

 

ホシノはユメの身体を支え、急いで帰路についた。

 

病院へ。

 

とにかく、一刻も早く病院へ連れて行かなければ。

 

すみませんユメ先輩、私が怒りに任せて行動したせいで。

 

怪我を追っているユメに罪悪感と後悔が募る。

 

しかし、ホシノは首を振り意識を切り替え、ユメを抱き起こし、慎重にその体を支えた。

今は、目の前の大切な人を助けることだけを考えよう。

 

そうして彼女は、病院へと急いだ。

 

 

* * *

 

 

ユメが病院へ運び込まれてから、しばらく経った。

 

医師たちが治療にあたっている間、ホシノは病院の廊下で待ち続けていた。

 

「…………」

 

祈るような気持ちで、扉を見つめる。

 

どうか、無事でいてほしい。

 

どうか、いつもみたいに笑ってほしい。

 

やがて医師から、命に別状はないと告げられた。

 

その言葉を聞いた瞬間、ホシノは大きく息を吐いた。

 

「……よかった」

 

心の底から安堵する。

 

ユメが助かった。

 

それだけで、今は十分だった。

 

ただ、意識が戻るまでには時間がかかるらしい。

 

ホシノはユメのそばにいたいと思ったが、飛び出してきた学校のことも気がかりだったため、必要なものを取りに、一度だけ学校へ戻ることにした。

 

 

* * *

 

 

「……ただいま」

 

誰もいない校舎。

 

いつもなら、ここにはユメ先輩がいて、明るい笑顔と声で迎えてくれる。

 

しかし、今は静まり返っていた。

 

「⋯さっさととユメ先輩の着替えとかを取って戻ろう」

 

ホシノは部屋へ入り、ユメの私物をいくつか鞄に詰めていく。

 

次に自分の物も運ぼうと自室へと入る。そこで、自分の机の上に見慣れない物が置いてあることに気づく。

 

マグナムバックル。

 

そして、その傍らに置かれたピンク色のIDコア。

 

「……何これ?」

 

こんなもの置いてたっけ。

 

置いた覚えのない物に、ホシノは不思議に思いながらIDコアを拾い上げた。

 

その瞬間だった。

 

「――っ!?」

 

頭の中に、映像が流れ込んできた。

 

エースとの出会い。

戦車を破壊した、あの日の戦い。

畑を作るエースの姿。

一緒に食べたスパゲッティ。

失敗したハンバーグを、エースに教えてもらいながら作り直したこと。

水族館で見た魚たち。

買ってもらったキーホルダー。

三人で撮った写真。

 

そして――。

 

こちらを見て笑う、黒髪の少年。

 

「…………あ」

 

ホシノの瞳が見開かれた。

 

思い出した。

 

思い出してしまった。

 

どうして、忘れていたのだろう。

 

どうして、今まで気づかなかったのだろう。

 

「……エース?」

 

声が震えた。

 

目の前に置かれたバックル。

 

それは、確かに彼のものだった。

 

旗織エース。

 

四か月前、砂漠で倒れていたところをユメ先輩が助けた少年。

 

最初は怪しいと思っていた。

 

学校から追い出そうと考えたことだってあった。

 

それなのに、いつの間にか一緒に過ごすことが当たり前になっていた。

 

彼が作った畑。

 

一緒に食べた料理。

 

水族館で買ったキーホルダー。

 

三人で撮った写真。

 

そして――。

 

最後に見た、彼の背中。

 

「……なんで?」

 

ホシノは震える手でIDコアを握り締めた。

 

「なんで……エースのこと、忘れてたの……?」

 

どうして、今まで思い出せなかったのか。

 

彼はどこへ行ったのか。

 

どうして、彼の持ち物だけがここに残っているのか。

 

疑問が次々と浮かんでくる。

 

けれど、答えはどこにもなかった。

 

ホシノは机の上に置かれたマグナムバックルを見つめる。

 

「……エース……エースは、どこ……?」

 

返事はない。

当然だ。

この学校には、ホシノしかいないのだから。

 

 「……っ、エース!!」

 

ホシノは、校舎の中を走り回った。

部屋を探し、廊下を探し、教室を探した。

それでも、どこにもいない。

それどころかエースがいた痕跡自体が見つからなかった。

まるで、最初から存在しなかったかのように。

 

「……嘘、でしょ……?」

 

 

* * *

 

 

ホシノは一度、病院へ戻った。

 

ユメが目を覚ましていれば、何か分かるかもしれない。

 

彼女もエースと一緒に過ごしていたのだから。

 

そう思いながら病室の扉を開けると、ベッドの上でユメが目を覚ましていた。

 

「……ユメ先輩!」

 

「……あれ? ホシノちゃん……?」

 

ユメは少し驚いたように目を瞬かせた。

 

「よかった……! 目が覚めたんですね……!」

 

ホシノは駆け寄り、ユメの手を握った。

 

ユメは困ったように笑う。

 

「心配かけちゃったね……。ごめんね、ホシノちゃん」

 

「そんなこと……!」

 

言いかけて、ホシノは言葉を止めた。

 

今は、聞かなければならないことがある。

 

「……ユメ先輩。エースは?」

 

「……え?」

 

「エースですよ。旗織エース。私たちと一緒にいた……あいつのことです。どこにいるか、知りませんか?学校もなんだか変で、あいつの私物をいくら探しても見つからなくて」

 

ユメはきょとんとした顔でホシノを見つめた。

 

そして、不思議そうに首を傾げた。

 

「ホシノちゃん……エースって、誰?」

 

「…………え?」

 

ホシノの顔から、血の気が引いた。

 

冗談。

 

最初は、そう思った。

 

ユメ先輩は、たまに冗談を言う。

 

きっと、今回もそうなのだ、そうに違いない。

 

「いやいや、何言ってるんですか。ほら、あいつですよ。四か月くらい前に砂漠で倒れてたところを、ユメ先輩が助けた……」

 

「……うーん?」

 

「そのあと、アビドスに住むことになって、一緒に生活して、勝手に畑を作られたり、水族館に行ったり、3人で写真を撮ったり⋯⋯!毎日、毎日学校で顔を合わせてた……」

 

「……ホシノちゃん?」

 

ユメの表情が変わった。

 

困惑。

 

そして、心配。

 

「大丈夫? もしかして、頭を打ったりしたの?」

 

「……え?」

 

「エースっていう人は知らないけど……ホシノちゃん、なんだか顔色が悪いよ?」

 

「……そんな」

 

「それに、畑なら私とホシノちゃんで作ったでしょ?水族館だって、二人で一緒に行ったよね?」

 

「……は?」

 

「ホシノちゃんがクジラのキーホルダーを買って、私がフグのキーホルダーを買って……。あれ、今も大切に持ってるんだよ」

 

ユメはそう言いながら、枕元に置いてあった小物入れを指さした。ホシノが学校から取ってきたものだ。

 

そこには、フグのキーホルダーがあった。

 

ホシノの脳裏に、記憶が蘇る。

 

あの日、エースが選んでくれたキーホルダー。

 

自分が選んだ魚のキーホルダーを、彼が嬉しそうに受け取ってくれたこと。

 

「……写真は?」

 

ホシノは、すがるように尋ねた。

 

「三人で撮った写真は……?」

 

「写真?」

 

ユメは少し考えた後、穏やかに微笑んだ。

 

「ほら、これかな?」

 

彼女が小物入れから取り出した写真には、ホシノとユメの二人だけが写っていた。

 

ホシノは無表情でカメラを見つめ、ユメは笑顔で彼女の頭に手を置いている。

 

そこに、エースの姿はなかった。

 

「……あ」

 

「このとき、ホシノちゃんが写真を撮るのを嫌がってね。結局、私がお願いして撮ってもらったんだよ」

 

「……違う」

 

「え?」

 

「違う……違う、違う……!」

 

ホシノは頭を抱えた。

 

確かに覚えている。

 

三人で写真を撮った。

 

自分の肩にエースが腕を回して、満面の笑みでピースサインをしていた。

 

ユメも隣で笑っていた。

 

なのに、写真には二人しかいない。

 

畑も。

 

水族館も。

 

写真も。

 

すべて、自分とユメの二人だけの思い出として書き換えられている。

 

「……なんで……?」

 

声がかすれた。

 

「なんで、私だけ……?」

 

ユメは何も答えられなかった。

 

ただ、目の前で苦しむホシノを心配そうに見つめていた。

 

「……ホシノちゃん。お願いだから、落ち着いて。何があったのか、私にも話して?」

 

その優しい声が、今はひどく遠く感じられた。

 

ホシノは、もう何も言えなかった。

 

自分が覚えていることは、すべて間違いなのだろうか。

 

エースという人物は、最初から存在しなかったのだろうか。

 

それとも――。

 

彼は本当に存在していて、何かの理由で、自分たちの記憶から消されてしまったのだろうか。

 

答えは出ない。

 

頭痛と吐き気に耐えながら、ホシノは病室を見回した。

 

ここにエースはいない。

 

ユメも知らない。

 

自分の記憶だけが、彼の存在を訴えている。

 

「……ごめんなさい、ユメ先輩。少し、外の空気を吸ってきます」

 

「ホシノちゃん……」

 

ユメが呼び止める。

 

しかし、ホシノは振り返らなかった。

 

 

* * *

 

 

病室を出たホシノは、壁に手をついた。

 

頭が痛い。

吐き気もする。

何が現実で、何が間違いなのか。

 

自分の記憶さえ、信じられなくなっていた。

 

「……日記」

 

そこでふと、日記の存在を思い出す。

 

エースのことを調べるために書き始めた、観察日記。

最初は、あいつの正体を暴いて学校から追い出すためのものだった。

 

でも、いつの間にか。

 

あいつと過ごした日々を記録する、普通の日記になっていた。

そこには、エースとの思い出が書かれているはずだ。

自分以外の誰も覚えていなくても。

日記に書かれた記録だけは、残っているはずだ。

 

「……そうだ。日記がある……!」

 

ホシノは、急いで学校へと戻った。

 

部屋に飛び込み、自分の机へと駆け寄る。

引き出しを開け、日記を取り出した。

 

震える手でページをめくる。

最初のページ。

次のページ。

その次も。

 

「……え?」

 

何も、書かれていなかった。

白紙。

どのページをめくっても、何もない。

 

エースについて調べた記録も。

一緒に過ごした日々も。

水族館で笑い合ったことも。

写真を撮ったことも。

何一つ、残っていなかった。

 

「……うそ……」

 

ホシノは、日記を持つ手に力を込めた。

 

「……なんで……?」

 

あれだけ書いたはずなのに。

何度も、何度も。

疑って、観察して、怒って、笑って。

あいつのことを知ろうとしていたはずなのに。

 

「……私の、記憶……」

 

目の前が、真っ白になった。

 

自分の記憶は、間違っているのだろうか。

エースという人間は、最初から存在しなかったのだろうか。

あの四か月間は、全部、自分の妄想だったのだろうか。

 

「……そんなわけ、ない……」

 

そう言い聞かせても、何も変わらない。

日記は白紙。

ユメも、エースを知らない。

学校にも、エースがいたという痕跡はない。

それなのに。

 

「……っ、う……」

 

胸の奥が、ひどく痛んだ。

思い出そうとするたびに、頭の中にあいつの顔が浮かんでくる。

笑っている顔。

怒っている顔。

自分をからかってくる顔。

そして、最後に見たはずの――。

 

「……エース……」

 

ホシノは、机の上に置かれたマグナムバックルを見つめた。

それだけが、残っている。

自分の記憶が間違いではないと信じられる、唯一の手がかり。

 

「……エース」

 

その名を口にした瞬間、胸の奥が締めつけられた。

 

忘れてはいけない。

 

絶対に、忘れてはいけない。

 

たとえ世界が、彼など最初から存在しなかったと告げてきても。

 

自分だけは、彼のことを覚えている。

 

そう思わなければ、今にも崩れてしまいそうだった。

 

日記を閉じ、ホシノは立ち上がった。

 

 

* * *

 

 

それから、ホシノはエースを探し始めた。

 

砂漠を歩き回った。

 

周辺の廃墟を調べた。

 

ブラックマーケットへも足を運び、エースという名前を知っている者がいないか尋ねて回った。

 

「……旗織エース? 誰だ、それ?」

 

「そんなやつ、見たことねぇぞ」

 

「野菜を持ってきてたのは、お前らアビドスの生徒じゃねぇのか?」

 

けれど、エースが物々交換をしていた不良生徒たちの誰一人としてエースの存在を覚えているものはいなかった。

 

旗織エース。

 

そんな人物は、どこにもいない。

 

彼が作った畑に立てられていた看板は、いつの間にかホシノとユメの名になっていた。

 

彼が手に入れた農具や設備も、最初から学校にあったかのように扱われていた。

 

彼が一緒に暮らしていた部屋には、彼の私物が一つも残っていない。

 

まるで、世界そのものが彼の存在を否定しているかのようだった。

 

唯一、残されていたもの。

 

それが、あの机の上に置かれていたマグナムバックルとIDコアだった。

 

ホシノは、それを肌身離さず持ち歩くようになった。

 

何度もIDコアに触れた。

 

すると、ときおり記憶が蘇る。

 

笑い声。

 

からかう声。

 

食事の味。

 

写真を撮ったときの光景。

 

ほんの些細な思い出が、断片的に浮かび上がってくる。

 

けれど、どれだけ思い出しても、エースの居場所だけは分からなかった。

 

「……どこにいるのよ、エース」

 

砂漠の真ん中で、ホシノは呟いた。

 

返事はない。

 

風が吹き、砂が舞い上がる。

 

「……いい加減、出てきなさいよ。こんなことして、ただで済むと思ってるの?」

 

いつものように、少し怒った声で呼びかける。

 

彼が聞いていれば、きっと笑って返事をしただろう。

 

『なんだよ、ホシノ。そんなに俺に会いたかったのか?』

 

そんなふうに、からかってきたかもしれない。

 

「……っ」

 

ホシノは唇を噛んだ。

 

泣きたくなんてない。

 

泣いたところで、エースが戻ってくるわけではないのだから。

 

それでも、目の奥が熱くなった。

 

「……バカ」

 

その言葉は、風に乗って砂漠の彼方へと消えていった。

 

* * *

 

月日は流れた。

 

ホシノは二年生になり、やがて三年生へと進級した。

 

ユメは紆余曲折あったものの無事にアビドス高等学校を卒業した。

 

新しい後輩たちも入学してきた。

 

学校の借金は、相変わらず大きく残っている。

 

それでも、アビドス高等学校は少しずつ変わり始めていた。

 

学校の周囲に広がる畑は、今や生徒たちの大切な収入源であり、食料を確保するための場所になっていた。

 

しかも、畑の周辺だけは不思議なほど作物の育ちがよかった。

 

乾いた砂漠の一角に緑が広がり、収穫できる野菜の量も増えていった。

 

誰も、その理由を知らない。

 

ただ、ホシノは畑を見つめるたびに、不思議な懐かしさを感じていた。

 

ここには、誰かがいた。

 

自分たちと一緒に、笑っていた誰かが。

 

その記憶だけが、胸の奥に残っている。

 

「……エース」

 

ホシノは、今も彼の名前を忘れていなかった。

 

学校の掲示板には、行方不明者の情報を求める張り紙が貼られていた。

 

ヴァルキューレにも、何度も捜索願を出した。

 

砂漠へ出て、彼の姿を探すこともあった。

 

けれど、どこを探しても見つからない。

 

手掛かりはない。

 

目撃情報もない。

 

最初から存在していなかったとしか思えないほど、何も残っていない。

 

それでも、ホシノは諦めなかった。

 

「……絶対に、見つけてやるから」

 

手の中にあるIDコアを、ぎゅっと握り締める。

 

「勝手にいなくなって……勝手に忘れさせて……。そんなの、許すわけないでしょ」

 

彼がどこにいるのかは分からない。

 

生きているのかどうかすら分からない。

 

それでも、彼と過ごした時間だけは、確かに自分の中に残っている。

 

ならば、探し続ける。

 

たとえ一年が過ぎても。

 

三年が過ぎても。

 

学校を卒業した後でも。

 

いつか、もう一度会えると信じて。

 

「おじさん、エースのことを探し続けるからね」

 

ホシノは空を見上げた。

 

砂漠の空は、今日もどこまでも広がっていた。

 

その下で、アビドス高等学校は今日も続いていく。

 

借金は、まだ返しきれない。

 

困難も、これから先たくさん待ち受けているだろう。

 

それでも、ホシノは後輩たちと一緒に頑張っていく。

 

いつか、帰ってくるかもしれない彼に。

 

もう一度、胸を張って会えるように。

 

そして――。

 

彼が確かにここにいたということを、決して忘れないために。

 

ホシノは、今日も前へと歩き出した。

 

 

【アビドス編・完】

 

 

* * *

 

 

「初めまして!本日から風紀委員会に配属されることになりました、陸岡エースです!よろしくお願いします!」

 

アビドスでエースが消滅してから、二日後。

 

ゲヘナ学園、風紀委員会の執務室に、一人の女子生徒が姿を現した。

 

黒髪に黒い瞳。

 

初対面の相手にも物怖じしない、明るい笑顔。

 

その姿は、かつてアビドス高等学校で暮らしていた少年と、どこか似ていた。

 

だが、彼女の名前は旗織エースではない。

 

陸岡エース。

 

彼女は、そう名乗った。

 

そして、彼女自身も知らない。

 

かつて別の人生を歩み、大切な人たちと過ごした記憶が、自分の中から失われていることを。

 

「……えーっと。あなたが新しく配属された子?」

 

書類から顔を上げた風紀委員が、彼女を見つめる。

 

「はい! これからよろしくお願いします!」

 

陸岡エースは、もう一度元気よく頭を下げた。

 

その胸元では、小さなライダーコアが静かに輝いていた。

 

【ゲヘナ編・スタート】

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

【色々設定集】

・「ブーストMark Ⅲ」の設定

 今作のブーストMark Ⅲの扱いは、仮面ライダーギーツこと浮世英寿の力を転生特典で得た主人公─エースが、無理やり創生の力を使おうとしてなった不完全形態として描きました。

 

創生の力を完全に扱うことのできる人間は、浮世英寿のみ。エースでは完全に扱うことはできません。

なので、一度エースが「ブーストMark Ⅲ」へと変身すれば、一時的に創生の力の一旦、「破壊の力」を扱うことができ、圧倒的な力を有することができる。

しかし、一度でも「ブーストMark Ⅲ」に変身すれば、変身者であるエース自身もその力で破壊され、体は勿論、自身に関わる全ての記憶、痕跡が消滅する。

(エースが作った畑がホシノが作ったことになり、ホシノ、ユメ、エースで撮った写真もホシノとユメだけとなり、エースの痕跡はすべて抹消、書き換えられる。)

 

エースの存在が消滅する時、ギーツに宿る創生の力、「創造」が働き、エースが辿った場所に奇跡が起こる。(創造の効果は様々、今回は作った畑の作物が急成長して一部砂漠をを緑化したが、他にも絶対に治せない重傷者の怪我を治したり、貧困な場所を普通の場所に変えたりなど。)

 

・エースについて

エースは死亡しても浮世英寿のように別人として転生することができる。その際、前の記憶は失われる。(ブルアカ世界に来る前の前世は覚えている。)

エースが死亡した際、バックルの数が増える。(本人自覚無し)

 

・ホシノがエースの存在を覚えていた理由

エースが「ブーストMark Ⅲ」を使用して死亡した場合、その生で一番親しかった人間の元に、エースの存在が記憶、保存されているIDコアと生前エースが愛用していたバックル一つが現れる。ホシノはそれに触れ、エースについて思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゲヘナ編はもうだいたい完成してるから文字とか修整したら出します。
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