透き通る世界の転生狐   作:ありがとうはなまる

5 / 6
中編です。対戦よろしくお願いします。


ゲヘナ編・中編

 

 

 

〇月〇日 晴れ

 

陸岡エースが風紀委員会に来てから、数日が経った。

 

最初は、変わった生徒だと思った。

 

ヘイローやキヴォトスなどの常識を知らない世間知らず。おまけに、あの奇妙なベルトを使って「仮面ライダーギーツ」とかいう姿に変身する。

 

「仮面ライダーギーツ」は、銃撃を受けても平然と立ち上がる。頑丈さは恐らく普通の生徒以上だろう。

 

本人に聞いてみたところ、あれは神様から与えられた力らしい。

 

……正直、よく分からない。

 

適当にはぐらかされたか、はたまた本当なのか。

 

ただ、本人が嘘をついているようには見えなかった。

 

それに、あの子は妙に人の懐に入るのが上手い。

 

私が仕事をしていると、いつの間にか隣に座っている。

 

「ヒナ、これってどこに置けばいい?」

 

「そこに置いて」

 

「了解。……ところで、ヒナっていつもそんなに書類とにらめっこしてるの?」

 

「仕事だから」

 

「そっか。じゃあ、終わったら休憩しようよ」

 

「終わったら考える」

 

「それ、終わらないやつじゃない?」

 

……余計なお世話だ。

 

けれど、あの子が来てから、書類を運んだり、備品を整理したりする手間は減った。

 

戦闘以外でも役に立つらしい。

 

少なくとも、今のところは。

 

 

* * *

 

 

【合同巡回・午前】

 

「ヒナ、前方の路地。何か揉めてるみたい」

 

「分かった。確認する」

 

私たちが巡回していたのは、ゲヘナの商業区画から少し離れた路地だった。

 

普段から小競り合いの多い場所ではあるが、今日は少し様子がおかしい。

 

路地の奥では、数人の生徒が別の生徒を取り囲んでいた。

 

「だから、さっさと出せって言ってんだろ!」

 

「そ、そんなお金、持ってないってば!」

 

「だったら、その荷物を置いていけよ!」

 

どうやら、金品を巻き上げようとしているらしい。

 

私は銃を構えた。

 

「そこまで。風紀委員会よ。武器を捨てて、両手を上げなさい」

 

「げっ、風紀委員……!」

 

相手が振り向く。

 

そのうちの一人が、懐から拳銃を取り出した。

 

「やってられるか! 撃て!」

 

銃声が路地に響く。

 

私は相手の射線を避けながら、銃口を向けている生徒たちの武器を狙った。

 

乾いた銃声が続く。

 

一人の拳銃が弾き飛ばされ、もう一人は驚いて物陰に飛び込んだ。

 

その隙に、エースが前へ出る。

 

「じゃあ、こっちは任せて!」

 

彼女は腰のベルトに手をかけた。

 

「変身!」

 

ゾンビバックルを操作すると、紫色の光が彼女を包み込む。

 

装甲が全身を覆い、異形のような姿をした戦士が現れた。

 

仮面ライダーギーツ ゾンビフォーム。

 

初めて見たときは、何度見ても慣れそうにないと思った。

 

今も、格好いいというより不気味だと感じる。

 

だが、その性能は本物だった。

 

敵の銃撃が装甲に当たる。

 

それでもギーツは止まらない。

 

「うおっ、相変わらずすごい音、いつ聞いてもビックリするな……!」

 

軽口を叩きながら、彼女は敵との距離を詰めた。

 

銃を振り上げた相手の腕をつかみ、そのまま体勢を崩し投げ飛ばす。

 

もう一人が横から飛びかかるが、ギーツは身をひねって攻撃をかわし、相手の足を払った。

 

倒れた生徒の手から銃が離れる。

 

最後の一人が逃げようとしたところへ、私が回り込んだ。

 

「逃がすと思う?」

 

「ひ、ひぃっ!」

 

銃口を向けると、相手はその場で両手を上げた。

 

数分後、騒ぎは収まった。

 

被害を受けていた生徒たちを保護し、事情を聞いてから、私たちは路地を離れた。

 

「お疲れ、ヒナ」

 

「そっちこそ。……怪我は?」

 

「ないよ。変身してたし」

 

「変身していれば、何を受けてもいいわけじゃない」

 

「分かってるよ。無茶はしないようにしてる」

 

そう言いながら、彼女は軽く肩を回した。

 

私は、その言葉を完全には信じていなかった。

 

戦闘中のエースは、敵の攻撃を恐れない。

 

それは勇敢だからなのか、それとも自分の身を軽く考えているからなのか。

 

今の私には、まだ判断できなかった。

 

 

〇月〇日 晴れ

 

今日もエースと巡回に出た。

 

戦闘では、私が後方から敵の銃器を封じ、エースが前線を維持する。

 

役割分担が明確なので、思っていたより動きやすい。

 

エースは、私が射撃するタイミングに合わせて動く。

 

私も、エースが敵の注意を引いている間に、相手の武器や足元を狙える。

 

何度か一緒に任務をこなしただけなのに、妙に息が合う。

 

本人にそう言ったら、

 

「でしょ?俺⋯じゃなかった、私たち、けっこういいコンビなんじゃない?」

 

と笑っていた。

 

調子に乗らないでほしい。

 

……ただ、否定する理由もなかった。

 

 

* * *

 

 

【昼休み・風紀委員会】

 

「ヒナ、昼ご飯は?」

 

「まだ」

 

「そっか。じゃあ、一緒に食べようよ」

 

エースが机の横から顔を出した。

 

「仕事が残ってる」

 

「お昼を食べてからでもいいでしょ?」

 

「……」

 

「それに、食べないと午後に動けないよ」

 

「分かってる」

 

「じゃあ決まり」

 

そう言って、エースは私の返事を待たずに自分の弁当を取り出した。

 

強引なところがある。

 

しかし、不思議と腹は立たなかった。

 

結局、私は書類を片付けて、彼女と一緒に昼食を取った。

 

エースの弁当は、ごく普通のものだった。

 

特別に豪華でもなければ、見栄えにこだわっているわけでもない。

 

「自分で作ったの?」

 

「うん。こっちに来てから、何かと必要になると思って」

 

「料理ができるんだ」

 

「簡単なものだけね。凝った料理は無理」

 

「意外」

 

「それ、褒めてる?」

 

「別に」

 

エースは苦笑した。

 

その後、私が弁当を食べていると、彼女がこちらを見ていた。

 

「何?」

 

「いや、ヒナってちゃんと食べるんだなって」

 

「……どういう意味?」

 

「いや、もっと仕事優先で、食事も忘れる仕事人なのかなって思ってた」

 

「そんなわけないでしょ」

 

「ならよかった」

 

エースはそれ以上、何も言わなかった。

 

からかっているのかと思ったが、そうではなかったらしい。

 

私が食事を取っていることを確認して、安心したように見えた。

 

人のことばかり気にする子だ。

 

 

〇月〇日 曇り

 

エースは、人の変化によく気づく。

 

私が疲れていると、休憩を勧めてくる。

 

仕事が立て込んでいると、何も言わずに手伝う。

 

私が不機嫌なときは、無理に話しかけてこない。

 

そのくせ、少し落ち着くと何事もなかったように話しかけてくる。

 

距離感が妙に上手い。

 

……本人に自覚があるのかは知らない。

 

今日、任務から戻ったエースに、少し休むように言った。

 

「ヒナも休んだら?」

 

「私は大丈夫」

 

「それ、私がいつも言ってることと同じだよ」

 

「……」

 

「ほら、座って。お茶でも飲もう。働き詰めだと返って作業効率が落ちるよ」

 

気づいたら、私の机にお茶が置かれていた。

 

納得はいかない。

 

でも、断る理由もなかった。

 

 

* * *

 

 

【休日・商業区画】

 

その日は、久しぶりにまとまった休みが取れた。

 

私は必要な備品を買いに、商業区画へ向かっていた。

 

一人で済ませるつもりだったのだが、出発前にエースと鉢合わせた。

 

「ヒナ、どこか行くの?」

 

「買い物」

 

「私も行っていい?」

 

「……好きにすれば」

 

「ありがとう」

 

なぜお礼を言われるのかは分からなかった。

 

結局、二人で商業区画を回ることになった。

 

最初は必要な物を買うだけのつもりだった。

 

しかし、エースは店先に並ぶ品物を眺めたり、見慣れない食べ物に興味を示したりと、思ったよりも寄り道が多かった。

 

「これ、何だろう?」

 

「知らない」

 

「ヒナも知らないんだ」

 

「私だって全部知ってるわけじゃない」

 

「そっか。じゃあ、二人とも初めてってことだね」

 

そう言って、エースは店員に尋ねた。

 

結局、それはゲヘナでよく売られている菓子だった。

 

一つずつ買って、近くのベンチで食べる。

 

「……甘い」

 

「うん。思ってたより甘いね」

 

「嫌い?」

 

「いや、結構好きだよ。ヒナは?」

 

「普通」

 

「それ、好きってこと?」

 

「違う」

 

「ふふっ」

 

エースが笑った。

 

私は少しだけ眉をひそめたが、彼女は気にする様子もなかった。

 

その後、買い物を続けていると、エースが武器店の前で足を止めた。

 

店内には、さまざまな銃器や装備が並んでいた。

 

「何か欲しいものでもあるの?」

 

「いや、ちょっと気になっただけ」

 

「今の装備で十分じゃないの?」

 

「そうなんだけどね。私のバックルって、使うものによって戦い方が変わるから。いざというときのために、銃を携帯しといたほうがいいかなって思って」

 

エースは腰のベルトに目を落とした。

 

彼女はいつも戦闘になるとすぐに変身して、銃を使っている場面を見たことがない。

 

「なら入って銃を見繕いましょう。折角だから選んであげる」

 

「ほんと!ありがとう。じゃあ、早速行こう」

 

そうして、武器屋へと入った私たちは武器を品定めして一つの拳銃を購入した。

 

威力も装填数も普通のありきたりな拳銃。

 

もう少し良い銃にすればいいのに、あくまで護身用として持つだけだからと押し切られた。

 

「ありがとうヒナ。この銃、大事にするよ」

 

「別に、そこまで大事にするようなものでもないから」

 

「いや、大事にする。これはヒナと初めて買い物をした思い出の品になるんだから、一生大事にするよ」

 

エースはそう言うと、こちらを見ながら笑みを浮かべた。

 

おかしな子。買い物なんて、これから沢山する機会があるのに。

 

でも、悪い気はしなかった。

 

 

〇月〇日 晴れ

 

今日はエースと買い物に行った。

 

最初はすぐに終わると思っていたが、思ったより時間がかかった。

 

寄り道が多かったせいだ。

 

それでも、悪くはなかった。

 

任務の話をしなくても、会話が途切れない。

 

私が黙っていても、エースは無理に話題を探そうとはしない。

 

ただ、何か面白いものを見つけると、こちらに教えてくる。

 

……不思議な子だ。

 

一緒にいると、いつもより時間が早く過ぎる気がする。

 

また誘われたら、付き合ってもいい。

 

 

* * *

 

 

【風紀委員会・合同任務】

 

エースと組んでから、私たちの任務は少しずつ増えていった。

 

戦闘能力が高いだけではない。

 

エースは状況判断も悪くなかった。

 

レーダーバックルを使って周囲の敵の位置を探り、私に情報を伝える。

 

「ヒナ、右の建物の二階。二人いる」

 

「確認した」

 

「それと、奥の通路にも反応がある。挟み撃ちにするつもりかも」

 

「なら、先に右を制圧する。エースは通路を警戒して」

 

「了解」

 

無駄な説明はいらなかった。

 

私が動けば、エースも動く。

 

エースが危険を察知すれば、私はその情報を前提に次の手を考える。

 

戦闘が終わったあと、同行していた風紀委員の一人が感心したように言った。

 

「二人とも、ずいぶん息が合うようになりましたね」

 

「そう?」

 

エースが首をかしげる。

 

「はい。空崎さんの射撃と陸岡さんの前衛が、すごく噛み合っています」

 

「だって、ヒナの射撃は正確だからね。安心して前に出られるんだよ」

 

「……あなたが無茶をしなければ、もっと安心できる」

 

「そこは善処します」

 

「必ず守って」

 

「はいはい」

 

「返事は一回」

 

「はーい」

 

エースは苦笑した。

 

周囲から小さな笑い声が上がる。

 

以前の私なら、任務中にこんなやり取りをする余裕はなかったと思う。

 

けれど、今は少し違った。

 

エースが前にいる。

 

私の射撃が届く場所に、彼女がいる。

 

それだけで、判断に迷う時間が減っていた。

 

 

〇月〇日 曇り

 

最近、風紀委員会の中で私とエースが組むことが増えている。

 

周囲からは、私たちのことを「ゲヘナの最強コンビ」と呼ぶ声まで出てきた。

 

大げさだと思う。

 

私たちは、まだ経験を積んでいる途中だ。

 

それに、エースの力には未知の部分が多い。

 

彼女自身も、完全に把握しているわけではないらしい。

 

それでも、戦闘中に背中を預けられる相手がいるというのは、悪くない。

 

……いや。

 

悪くないどころか、かなり助かっている。

 

エースがいなければ、私が一人で対応しなければならない場面も多い。

 

彼女が前線を支えてくれるからこそ、私は射撃と指揮に集中できる。

 

あの子は、私の仕事を理解しようとしてくれる。

 

私も、彼女の戦い方を理解していきたいと思う。

 

 

* * *

 

 

【夕方・風紀委員会の休憩室】

 

「ヒナ、これ見て」

 

任務から戻ったエースが、机の上に一枚の紙を置いた。

 

そこには、最近ゲヘナで起きている小規模な襲撃事件の一覧がまとめられていた。

 

「これは?」

 

「この前の巡回で聞いた話と、報告書を見比べてみたんだ。変なところがあって」

 

私は紙を手に取った。

 

襲撃が起きた場所は、商業区画、倉庫街、郊外の道路。

 

一見すると、関連性はない。

 

だが、被害に遭った生徒たちの証言には共通点があった。

 

「襲撃の前に、見慣れない連中が周辺をうろついていた……?」

 

「うん。しかも、奪われているのはお金や武器だけじゃないみたい」

 

「どういうこと?」

 

「何件か、特定の装備や部品だけが持ち去られている。普通の強盗なら、もっと手当たり次第に奪うと思うんだよね」

 

私は報告書を読み返した。

 

確かに、妙だった。

 

「……誰かが、何かを集めている?」

 

「可能性はあると思う」

 

エースの表情から、いつもの柔らかさが少し消えていた。

 

彼女はふざけているときと、真剣なときの切り替えが早い。

 

「ただ、今の段階では断定できない。ヒナにも確認してほしかったんだ」

 

「分かった。私からも調べてみる」

 

「ありがとう」

 

「あなたが見つけた情報でしょ。報告するのは当然」

 

「それでも、ヒナが一緒に考えてくれると心強いよ」

 

私は返事をしなかった。

 

その言葉が、少しだけ嬉しかったからだ。

 

 

〇月〇日 雨

 

エースは、ただ戦うだけの生徒ではない。

 

周囲をよく見ている。

 

小さな違和感を見逃さず、情報を集め、何が起きているのかを考えようとする。

 

今日、最近の襲撃事件について相談された。

 

まだ確かな証拠はない。

 

けれど、何かが動いている可能性は高いと思う。

 

調査を進める必要がある。

 

……それにしても。

 

エースは、どうしてあんなに他人のことを気にかけるのだろう。

 

危険な任務だと分かっていても、困っている生徒を見れば助けようとする。

 

自分が傷つく可能性があっても、誰かを置いていくことを嫌がる。

 

それが長所なのは間違いない。

 

けれど、いつかその性格が、彼女自身を追い詰めるのではないか。

 

そんな気がしている。

 

 

* * *

 

 

【ある日の巡回】

 

その日の任務は、郊外の倉庫街で行われた。

 

不審な集団が倉庫を占拠しているという通報が入り、私たちは現場へ向かった。

 

到着すると、倉庫の周囲には見張りが立っていた。

 

「数は?」

 

「外に四人。中にも反応があるよ」

 

エースがレーダーバックルを確認しながら答える。

 

「正面から入ると、倉庫の中の連中にも気づかれる」

 

「じゃあ、私が正面の注意を引く。ヒナは横から回り込んで」

 

「駄目」

 

即座に答えた。

 

「あなた一人で四人を相手にするつもり?」

 

「一応、そういうことになるかな」

 

「一応じゃない」

 

「……じゃあ、二人で行こう」

 

最初からそう言えばいい。

 

私たちは建物の陰を移動し、互いに目配せした。

 

私が先に動き、見張りを狙う。

 

銃声に気づいた残りの見張りがこちらを向いた瞬間、エースがベルトに手をかけた。

 

「変身!」

 

ゾンビバックルが作動する。

 

紫色の装甲をまとった仮面ライダーギーツ ゾンビフォームが、倉庫の入口へ走った。

 

敵が一斉に銃を構える。

 

エースは銃撃を受け止めながら前進し、相手の隊列を崩した。

 

私はその隙を逃さない。

 

一人ずつ確実に狙い、頭数を減らしていく。

 

やがて、倉庫の中にいた者たちも出てきた。

 

人数は予想より多い。

 

「ヒナ、右!」

 

「分かってる!」

 

横から回り込もうとした敵に銃口を向ける。

 

エースも別の相手を押さえ込んでいたが、背後から迫る一人に気づいていなかった。

 

「エース!」

 

私が叫ぶより早く、彼女は相手の足音に気づいて振り向いた。

 

攻撃を受け止め、腕をつかんで相手を転ばせる。

 

そのまま距離を取り、私のいる方向へ視線を向けた。

 

「助かった、ヒナ!」

 

「まだ終わってない!」

 

「分かってる!」

 

最後の数人を制圧するまで、それほど時間はかからなかった。

 

けれど、戦闘が終わっても、私はすぐには銃を下ろさなかった。

 

倒れた敵の手元、倉庫の奥、出入口。

 

周囲を確認してから、ようやく息を吐く。

 

「……全員、倒せたみたい」

 

エースが変身を解除した。

 

彼女は少し疲れた様子だったが、怪我はなさそうだった。

 

「お疲れ、ヒナ」

 

「あなたも。お疲れ様」

 

「うん」

 

「⋯⋯何その手は?」

 

「ほら、戦いが終わったんだし、勝利のハイタッチだよ。ほら」

 

「⋯はい」

 

「ハイターチ!」

 

私が手を出すと、エースは勢いよくハイタッチをして、笑った。

 

私は、その笑顔を見て、少しだけ肩の力が抜いた。

 

この子は、偶に自分を顧みずに突っ走ることがある。あの仮面ライダーのせいだろう。

 

誰かが困っていれば助けようとするし、仲間が危険なら自分が前に出る。

 

だからこそ、私が見ていなければならない。

 

そう思った。

 

 

〇月〇日 晴れ

 

今日もエースと任務をこなした。

 

倉庫街での戦闘は、人数こそ多かったが、連携を崩されずに制圧できた。

 

エースは頼りになる。

 

それは、もう認めざるを得ない。

 

ただし、あの子は自分の限界を軽く考える傾向がある。

 

ゾンビフォームの装甲が頑丈だからといって、何でも受け止めればいいわけではない。

 

相手の数が多ければ、死角も増える。

 

一度の判断ミスが、大きな危険につながることもある。

 

だから、私は何度でも注意するつもりだ。

 

エースが笑って聞き流そうとしても、必要なら何度でも言う。

 

……あの子に何かあったら、困る。

 

それだけは、間違いない。

 

 

* * *

 

 

【風紀委員会・夜】

 

任務報告を終えたころには、外はすっかり暗くなっていた。

 

私は机に向かって書類を整理していたが、ふと顔を上げると、エースがソファでうとうとしていた。

 

「……エース?」

 

返事がない。

 

近づいてみると、彼女は背もたれに寄りかかり、目を閉じていた。

 

疲れて眠ってしまったらしい。

 

今日は長い任務だった。

 

無理もない。

 

私は少し迷ってから、近くに置いてあった上着を手に取った。

 

そして、エースの肩にそっと掛けた。

 

そのとき、彼女が小さく身じろぎした。

 

「……ん。ヒナ?」

 

「起こした?」

 

「ううん……ごめん、寝ちゃってた」

 

「疲れているなら、帰って休みなさい」

 

「そうする。ヒナも、あんまり遅くならないようにね」

 

「私はまだ仕事があるから」

 

「またそれ?」

 

エースは眠そうに笑った。

 

「……ほんと、ヒナって頑張り屋さんだよね」

 

「あなたに言われたくない」

 

「ははっ。確かに」

 

彼女は上着を整え、立ち上がった。

 

「じゃあ、お先に。お疲れさま、ヒナ」

 

「お疲れさま」

 

エースは出口へ向かい、扉の前で一度振り返った。

 

「明日もよろしくね」

 

「……ええ」

 

扉が閉まる。

 

私はしばらく、その場に立っていた。

 

明日もよろしく。

 

たったそれだけの言葉だった。

 

けれど、明日も彼女と一緒に任務をこなすことが、いつの間にか当たり前になっていた。

 

 

〇月〇日 晴れ

 

エースが風紀委員会に来てから、私の日常は少し変わった。

 

以前は、任務が終われば報告書を書き、次の仕事に取りかかる。

 

休憩を取る時間も惜しいと思っていた。

 

今も仕事が減ったわけではない。

 

それでも、エースが隣にいると、少しだけ気が楽になる。

 

仕事を手伝ってくれるから、というだけではないと思う。

 

あの子は、私が頑張っていることを当然だとは思わない。

 

疲れていれば休めと言う。

 

無理をしていれば止めようとする。

 

私が周囲に求めるものを、あの子自身も私に返してくる。

 

……だからだろうか。

 

最近、エースがいないと、少し物足りないと感じることがある。

 

こんなことを書くのは、少し恥ずかしい。

 

本人には絶対に見せられない。

 

 

* * *

 

 

【数日後・ゲヘナの街】

 

「ねえ、あの二人じゃない?」

 

「風紀委員会の空崎ヒナと、陸岡エース?」

 

「そうそう。最近、よく一緒にいるよね」

 

巡回中、通りすがりの生徒たちがこちらを見ていた。

 

エースは気づいたらしく、小声で話しかけてきた。

 

「……私たち、そんなに目立ってる?」

 

「任務の回数が多いからでしょ」

 

「それだけかな?」

 

「何が言いたいの」

 

「いや、ほら。『ゲヘナの最強コンビ』って呼ばれてるらしいよ」

 

「誰がそんなことを……」

 

「さっき聞いた」

 

私は頭が痛くなった。

 

「大げさね。まだ、そこまでの実力はないわ」

 

「私もそう思う。でも、期待されるのは悪いことじゃないんじゃない?」

 

エースは、少しだけ真面目な顔をして続けた。

 

「私たちが頑張れば、その分、助けられる人も増えるから」

 

その言葉に、私はすぐには返事をしなかった。

 

彼女は、周囲からどう見られているかよりも、誰を助けられるかを考えている。

 

そういうところが、エースらしい。

 

「……期待に応えるのは大事。でも、無理をしてまで応える必要はないわ」

 

「うん」

 

「自分が動けなくなったら、助けられる人も助けられなくなる」

 

エースは少し考えてから、頷いた。

 

「そうだね。ヒナの言うとおりだ」

 

その返事が本心なのか、ただ私を安心させるためなのかは分からない。

 

けれど、今はそれでよかった。

 

「じゃあ、今日も頑張ろうか」

 

「ええ。行くわよ」

 

私たちは並んで歩き出した。

 

 

〇月〇日 曇り

 

今日、私とエースが「ゲヘナの最強コンビ」と呼ばれていることを本人に話した。

 

エースは、少し困ったように笑っていた。

 

自分の実力を過大評価している様子はない。

 

むしろ、まだ足りない部分があると考えているようだった。

 

それでも、誰かを助けられるなら頑張りたいと言う。

 

……本当に、変わった子だ。

 

私は、エースのことを少しずつ理解できるようになってきたと思う。

 

明るくて、人懐っこくて、ときどき余計なことを言う。

 

だけど、根は真面目で、他人のために動ける。

 

だからこそ、危なっかしい。

 

私は彼女の相棒として、きちんと見ていなければならない。

 

彼女が前に進むなら、私はその背中を守る。

 

そして、私が前に出るときは、彼女が支えてくれる。

 

そういう関係でありたいと思う。

 

 

* * *

 

 

【ある夜・風紀委員会の執務室】

 

エースが帰ったあと、私は机の上に残された報告書を見直していた。

 

最近の襲撃事件について、新しい情報が届いていたのだ。

 

事件の被害者は、いずれも武器や装備を持っていた生徒たち。

 

奪われた物品の一部は、通常の商店では扱われない特殊な部品だった。

 

そして、事件現場の近くでは、同じような人物が何度も目撃されている。

 

単なる強盗ではない。

 

背後に何らかの組織がいる可能性がある。

 

私は報告書を閉じた。

 

エースの言っていた違和感は、間違っていなかったらしい。

 

ただ、まだ分からないことが多すぎる。

 

今は、情報を集めるしかない。

 

そのとき、机の端に置かれたエースのメモが目に入った。

 

『明日の巡回、例の倉庫街をもう一度確認してみよう。何か分かるかもしれない』

 

その下には、小さな文字が添えられていた。

 

『無理はしないこと。ヒナにも言われたので』

 

私は思わず、小さく息を吐いた。

 

「……本当に、もう」

 

呆れたように呟いたが、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 

 

〇月〇日 夜

 

最近の襲撃事件には、何らかのつながりがある。

 

エースの推測を裏付ける情報も出てきた。

 

明日、もう一度倉庫街を調べる予定だ。

 

危険があるかもしれない。

 

だからこそ、慎重に行動しなければならない。

 

エースは、誰かを助けるためなら危険を承知で飛び込んでしまう。

 

その勇気を否定するつもりはない。

 

でも、勇気だけでは守れないものもある。

 

私は、それをあの子に分かってほしい。

 

……それと。

 

最近、エースと一緒にいる時間が増えた。

 

任務中も、休憩中も、買い物に行ったときも。

 

気づけば、自然と隣にいる。

 

以前の私は、誰かと一緒にいることを必要だと思っていなかった。

 

一人で仕事をこなせるなら、それでいいと思っていた。

 

でも今は、少し違う。

 

エースが隣にいると、安心する。

 

私が言葉にしなくても、あの子は気づいてくれる。

 

だから私も、あの子のことを見ていたい。

 

危なっかしくて、放っておけなくて、時々こちらの調子を狂わせる。

 

それでも。

 

エースは、私にとって大切な相棒だ。

 

恥ずかしくて、まだエースにはこの気持ちを伝えていない。

 

きっと、いつもの調子で笑われるから。

 

……明日の任務が終わったら、二人でどこかに遊びに行こう。きっと、喜んでくれるだろう。

 

 

 

──日記はここで途切れている。

 

 

 

* * *

 

 

 

「陸岡エース⋯ね」

 

ゲヘナ学園の生徒会室にて、1人の少女が椅子に座っていた。

 

彼女の名は『雷帝』。このゲヘナ学園のトップであり、支配者である。

 

「彼女単体は特に面白みに欠けるカスだが、その付属は面白い」

 

「「仮面ライダー」だったかな。私の知らない技術が組み込まれている兵器か⋯⋯⋯欲しいね」

 

「しかし、私自ら出向くのも面倒だ⋯⋯」

 

「そうだ。最近、私を倒そうと思い上がっている屑溜めがいたな。そいつらに回収を任せよう」

 

「わざと陸岡エースの住居の情報を流して、屑溜めどもに陸岡エースを襲わせ、奴の持つ兵器を盗むよう誘導する。そうすれば、私を倒したい屑溜めなら、喜んで私の元へ持ってきてくれるだろう」

 

「まあ、失敗したら殺して奪うだけだが」

 

 

椅子に座る少女は不敵に笑みを浮かべた。

 

 

 

【ゲヘナ編・中編 終】

 

 

 ────────────────────────────

 

『A』─情報

エースの持つベルトやバックルは、エースが死亡した時点で転生したエースの元へ行く。

 

 

 




うまく行けば明日後編投稿できます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。