透き通る世界の転生狐   作:ありがとうはなまる

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今回は過去最長の長さです。楽しんでいただけると幸いです。


トリニティ編・後編

 

 

 トリニティ総合学園。

 

 その日の空は、雲一つない快晴だった。

 

 中庭では生徒たちが談笑し、校舎からは午後の授業を終えた生徒たちの声が聞こえてくる。

 

 いつもと変わらない、平和な日常。

 

 聖園ミカにとっても、それは同じだった。

 

 ……少なくとも、夕方までは。

 

 

     * * *

 

 

「エース君、今日のお仕事はもう終わり?」

 

「はい。残っているのは、明日の予定の確認と、ナギサ様からお預かりした書類の整理だけです」

 

「じゃあさ、今日はもう帰ろうよ!」

 

「……ミカ様。先ほど、ナギサ様から本日の予定について追加のご連絡があったのですが」

 

「えっ?」

 

「夕方までに、こちらの書類を確認していただきたいとのことです」

 

「…………」

 

「ミカ様?」

 

「……ナギちゃんの鬼! 悪魔! 紅茶狂い!」

 

「ご本人の前では、もう少し表現をお考えになったほうがよろしいかと」

 

「エース君までナギちゃんの味方なの!?」

 

「私は、予定をお伝えしているだけです」

 

「むぅぅぅ……!」

 

 頬を膨らませるミカ。

 

 そんな彼女を見て、エースは小さく笑った。

 

「ですが、書類の確認が終われば、本日の予定はすべて終了です。そうすれば、お好きな場所へお出かけになれますよ」

 

「……本当?」

 

「はい」

 

「じゃあ、甘いもの食べに行こう! この前見つけたお店、まだ行けてないんだよね!」

 

「かしこまりました」

 

「やったー!」

 

 ミカは両手を上げて喜んだ。

 

 そこへ、ちょうど書類を抱えたナギサがやってくる。

 

「……ミカ。廊下で大声を出すのはお控えください」

 

「あっ、ナギちゃん!」

 

「エースさん。書類は届いていますか?」

 

「はい。こちらに」

 

 エースが差し出した書類を受け取り、ナギサは内容を確認する。

 

 そして、ミカへ視線を向けた。

 

「それで、ミカ。今、何か約束をしていたようですが?」

 

「えっ!? い、いやぁ? 別にぃ?」

 

「甘いものを食べに行く、と聞こえましたが」

 

「……聞こえてたの!?」

 

「ええ。廊下の反対側にいた私にも、はっきりと」

 

「うわぁぁぁ!」

 

 ミカは頭を抱えた。

 

 ナギサはため息をつきつつも、その表情はどこか柔らかかった。

 

「本日の予定が終わったのであれば、問題ありません。ただし、帰宅時間は守ってくださいね」

 

「はーい!」

 

「エースさん。ミカのことをよろしくお願いします」

 

「承知いたしました」

 

「……って、あたしは子供じゃないんですけど!?」

 

「その点については、私も同意しかねます」

 

「エース君!?」

 

 ナギサが口元を押さえる。

 

 どうやら笑いをこらえているらしい。

 

 ミカは二人を交互に見て、ぷくっと頬を膨らませた。

 

 けれど、すぐに笑顔に戻る。

 

 こうして三人で過ごす時間が、ミカは好きだった。

 

 ナギサは昔からの幼馴染。

 

 そしてエースは、出会ってからまだそれほど時間が経っていないのに、いつの間にか自分の日常に欠かせない存在になっていた。

 

 エースがいると、何気ない一日が少しだけ楽しくなる。

 

 話を聞いてくれる。

 

 困ったときには助けてくれる。

 

 落ち込んでいると、無理に笑わせようとするのではなく、ただ隣にいてくれる。

 

 そんな彼と過ごす時間を、ミカは何よりも大切に思っていた。

 

「……ねえ、エース君」

 

「はい、ミカ様」

 

「今日も、帰りは一緒だよね?」

 

「もちろんです」

 

「……そっか!」

 

 ミカは嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔を、エースも穏やかな表情で見つめていた。

 

 ――この時間が、いつまでも続けばいい。

 

 その願いは、二人とも同じだったのかもしれない。

 

 

 * * *

 

 

 その日の放課後、とある一室で、数人の女子生徒が机を囲んでいた。

 

 全員がトリニティの生徒であり、身なりも言葉遣いも上品なものだった。しかし、その表情には、およそ聖職者の名を冠する学園にふさわしくない陰湿な感情が浮かんでいた。

 

「……それで、ゲヘナの方々は協力してくださるのかしら?」

 

「ええ。あちらにも、トリニティの生徒に一泡吹かせたいという方々がいらっしゃるそうですわ」

 

 中心に座る女子生徒が、机の上に置かれた端末を操作する。

 

 画面には、聖園ミカと神城エースが並んで歩いている写真が表示されていた。

 

「ミカ様は、あの男を随分とお気に召しているご様子。あの男に何かあれば、きっとご自分から動かれるでしょう」

 

「ですが、ミカ様はお強い方ですわ。正面から仕掛けても、返り討ちに遭うだけではありませんこと?」

 

「だからこそ、ゲヘナの生徒を使うのですわ」

 

 女子生徒は薄く笑った。

 

「私たちは何もいたしません。ミカ様と神城エースが襲われる。その犯人はゲヘナの生徒。私たちは事件のことなど何も知らない――それで十分ですもの」

 

「もし、私たちが疑われたら?」

 

「証拠は残しませんわ。連絡には使い捨ての端末を使い、直接顔を合わせることも避けております。万が一、ゲヘナ側が捕まっても、こちらへ繋がるものはありません」

 

「……なるほど」

 

 別の女子生徒が、写真に映るエースを見つめた。

 

「そもそも、あの男がミカ様のそばにいること自体、気に入りませんわ。ヘイローも持たない身で、どうしてあの方にあれほど信頼されているのかしら」

 

「同感ですわね」

 

「でしたら、今度こそ思い知らせて差し上げましょう。自分がどこにいるべき人間なのかを」

 

 彼女たちの間に、小さな笑い声が広がった。

 

 その計画に、聖園ミカの安全を気遣う者はいなかった。

 

 そして、彼女たちはまだ知らない。

 

 自分たちが連絡を取ったゲヘナの生徒たちが、単なる嫌がらせのためだけに動いているわけではないことを。

 

 彼らは、雷帝の指示を受けた者たちだった。

 

 雷帝は、トリニティに現れた仮面の戦士――神城エースを捕らえるため、すでに動き始めていたのである。

 

 

* * *

 

 

 数日後。

 

 ミカは、いつものように執務室で書類と格闘していた。

 

「うーん……もう飽きたー!」

 

「ミカ、まだ半分も終わっていませんよ」

 

「ナギちゃん、書類ってどうしてこんなに多いのかなぁ?」

 

「あなたが予定を変更したり、勝手に仕事を増やしたりするからではありませんこと?」

 

「うっ……そ、それは……」

 

「それに、先ほども署名する場所を間違えていましたね」

 

「うわぁー! それは言わないでよぉ!」

 

 ミカが机に突っ伏す。

 

 その様子を見て、ナギサは小さくため息をついた。

 

 とはいえ、彼女の表情には呆れだけでなく、どこか安心したような色もあった。

 

 以前よりも、ミカは落ち着いている。

 

 もちろん、相変わらず思いつきで行動することは多い。それでも、仕事に取り組む姿勢には少しずつ変化が見えていた。

 

 その理由を、ナギサはよく知っている。

 

「エースさん、紅茶のおかわりをいただけますか?」

 

「かしこまりました、ナギサ様」

 

 部屋の隅で待機していたエースが、静かにティーポットを手に取った。

 

 彼は、ミカが疲れているときには甘めの飲み物を用意し、ナギサが考え事をしているときには、頼まれる前に温かい紅茶を差し出す。

 

 何気ない気遣い。

 

 しかし、それは誰にでもできることではなかった。

 

「エース君、あたしのもお願い!」

 

「承知いたしました。先ほどのお菓子もご用意しておりますが、召し上がりますか?」

 

「食べるー!」

 

「……ミカ、少しは自重なさい」

 

「だって、おいしいんだもん!」

 

 ミカが笑う。

 

 エースも、穏やかに微笑んだ。

 

 そんな二人を見て、ナギサは紅茶のカップに視線を落とした。

 

(……ミカが、あれほど自然に笑うようになったのは、いつ以来でしょうか)

 

 彼女は幼い頃からミカを知っている。

 

 明るく、自由奔放で、周囲を振り回す少女。

 

 けれど、その笑顔の奥に、誰にも見せない不安を抱えていることも知っていた。

 

 だからこそ、ナギサはエースの存在をありがたく思っていた。

 

 同時に、心配でもあった。

 

 ミカが大切に思う人間は、それだけで彼女の弱点になり得る。

 

「……エースさん」

 

「はい、ナギサ様」

 

「ミカのことを、よろしくお願いいたしますね」

 

 突然の言葉に、エースは少しだけ目を丸くした。

 

 それから、静かに頭を下げた。

 

「私にできる限りのことは、させていただきます」

 

「……そうですか」

 

 ナギサは、それ以上何も言わなかった。

 

 ただ、その言葉を聞いて、ほんの少しだけ安心した。

 

 ――そのときは、まだ。

 

 この穏やかな日々が、間もなく壊されることなど、誰も想像していなかった。

 

 

* * *

 

 

 夕方。

 

 ミカはエースと一緒に、学園近くの喫茶店を訪れていた。

 

「ん~! これ、おいしい!」

 

「お気に召したようで何よりです」

 

「エース君も食べてみてよ!」

 

「私は、先ほど注文したものがありますので」

 

「いいからいいから!」

 

 ミカはフォークで小さく切り分けたケーキを、エースの口元へ差し出した。

 

「はい、あーん!」

 

「……ミカ様」

 

「なーに?」

 

「周囲をご覧ください」

 

「……へ?」

 

 ミカが周囲を見回す。

 

 近くの席にいた生徒たちが、こちらを見ていた。

 

 ミカは一瞬で顔を赤くした。

 

「ち、違うの! これは、その……味見! 味見だから!」

 

「はい。承知しております」

 

「本当に分かってる!?」

 

「もちろんです」

 

 エースは穏やかに微笑んだ。

 

 そして、差し出されたフォークからケーキを一口食べる。

 

「……確かに、おいしいですね」

 

「でしょ!?」

 

 ミカの顔が、ぱっと明るくなった。

 

 そんな彼女を見て、エースは思う。

 

 この少女は、周囲からどう見られているかを気にしていないようでいて、意外なところで繊細だ。

 

 強気に振る舞っていても、誰かに認めてもらえれば嬉しい。

 

 誰かが自分を避ければ、少しだけ寂しそうな顔をする。

 

 それでも、最後には笑おうとする。

 

 だからこそ、エースは彼女の笑顔を守りたいと思っていた。

 

 理由は、まだ自分でもはっきりとは分からない。

 

 ただ、彼女が悲しむ姿を想像すると、胸の奥がざわつくのだ。

 

「……エース君?」

 

「はい?」

 

「なんか、難しい顔してるよ?」

 

「いえ。ミカ様が楽しそうで、何よりだと思っておりました」

 

「……えへへ」

 

 ミカは照れくさそうに笑った。

 

 そのとき、彼女の端末が震えた。

 

 ナギサからの連絡だった。

 

『ミカ、そろそろ戻ってきてください。明日の会議について確認したいことがあります』

 

「……うわぁ。ナギちゃんからだ」

 

「お戻りになりますか?」

 

「うん。仕方ないかぁ」

 

 ミカは名残惜しそうに、残ったケーキを見つめた。

 

 エースは伝票を手に取る。

 

「また来ればよろしいのでは?」

 

「……!」

 

 ミカは顔を上げた。

 

「また、一緒に?」

 

「はい」

 

「……約束だよ?」

 

「承知しております」

 

 ミカは満面の笑みを浮かべた。

 

 このときの彼女は、疑っていなかった。

 

 次も、その次も、同じようにエースと出かけられると。

 

 約束をすれば、エースはきっと守ってくれる。

 

 そう信じていた。

 

 

     * * *

 

 

 喫茶店からの帰り道。

 

 ミカとエースは、学園へ続く街路を歩いていた。

 

 日は傾き、街灯が一つ、また一つと明かりを灯し始めている。

 

「そういえば、エース君」

 

「はい」

 

「明日って、何か予定ある?」

 

「午前中はミカ様のお仕事をお手伝いし、午後はナギサ様から頼まれた備品の確認をする予定です」

 

「そっかぁ……」

 

「何かご用事でしょうか?」

 

「ううん! ちょっと、一緒にお散歩でもできたらいいなって思っただけ!」

 

「でしたら、午後の用事が終わり次第、時間を作りましょう」

 

「本当!?」

 

「はい」

 

「やったぁ!」

 

 ミカは嬉しそうに跳ねた。

 

 その瞬間だった。

 

 ――パァンッ!

 

 遠くから、乾いた銃声が響いた。

 

「……え?」

 

 ミカの表情が変わる。

 

 続けて、複数の銃声。

 

 さらに、爆発音が夜の街に響き渡った。

 

 街路の向こうで、黒煙が立ち上っている。

 

「今の音……」

 

「ミカ様、こちらへ」

 

 エースはすぐにミカを背後へかばった。

 

 通りの向こうから、逃げてくる生徒たちが見える。

 

「ゲヘナの連中よ!」

 

「急に撃ってきたの!」

 

「正義実行委員はまだ来ないの!?」

 

 叫び声が飛び交う。

 

 ミカは眉をひそめた。

 

「……ゲヘナ?」

 

 トリニティとゲヘナ。

 

 両校の関係は、決して良好とは言えない。

 

 些細な衝突が大きな騒動に発展することもある。

 

 しかし、今回の騒ぎは明らかに異常だった。

 

 逃げてきた生徒の一人が、息を切らしながら説明する。

 

「武装したゲヘナの生徒が、学園外の倉庫を占拠しているの! 正義実行委員が向かったけど、応戦されて……!」

 

「なんですって……!」

 

 ミカの表情が険しくなる。

 

 そのとき、エースは通りの先に視線を向けた。

 

 道路の向こう側。

 

 建物の陰から、銃を構えた生徒たちがこちらをうかがっている。

 

 そのうちの一人が、端末を確認した。

 

 そして、ミカの姿を見つけると、仲間へ合図を送った。

 

 ――標的を確認。

 

 その動きを、エースは見逃さなかった。

 

「……ミカ様」

 

「なに?」

 

「申し訳ありませんが、少しだけこちらでお待ちいただけますか」

 

「え? エース君?」

 

「すぐに戻ります」

 

 エースはミカの返事を待たず、近くの路地へと歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと! どこに行くの!?」

 

「すぐ戻ります!」

 

 そう言い残し、彼の姿は建物の陰へ消えた。

 

 ミカは不安そうに、その背中を見送った。

 

「……もう。こんなときに、どこへ行っちゃうのよ……」

 

 けれど、次の銃声が彼女の意識を現実へ引き戻した。

 

 ミカは唇を引き結ぶ。

 

 ――何かが、おかしい。

 

 そう感じながらも、彼女はまだ、その正体に気づいていなかった。

 

 

     * * *

 

 

 人気のない路地裏。

 

 エースは周囲を確認すると、上着の内側から黒いベルトを取り出した。

 

 デザイアドライバー。

 

 それを腰に装着し、金色のバックルを手に取る。

 

「……まったく。せっかくの約束だったんだけどな」

 

 小さく息を吐く。

 

 だが、その目に迷いはなかった。

 

 自分が変身できることを、トリニティの生徒たちは知らない。

 

 ミカにも、ナギサにも。

 

 できることなら、この力を見せずに済ませたかった。

 

 しかし、目の前で誰かが傷つくのを見過ごすわけにはいかない。

 

「……行くか」

 

 エースはファンタジーバックルをドライバーへ装填した。

 

 バックルが回転し、幻想を思わせる光が周囲に広がる。

 

 次の瞬間。

 

 金色と濃紺を基調とした装甲が、彼の全身を包み込んだ。

 

 頭部には、狐の意匠を備えた仮面。

 

 胸部には、魔法陣を思わせる紋様。

 

 肩の拡張装備が展開し、周囲に淡い光が揺らめく。

 

 仮面ライダーギーツ、ファンタジーフォーム。

 

 その姿は、現実の戦士というよりも、物語から現れた幻想の騎士に近かった。

 

 エースは拳を握る。

 

「さて……。悪いけど、ここから先は通行止めだ」

 

 彼は路地を飛び出した。

 

 

     * * *

 

 

 倉庫前の道路では、正義実行委員会の生徒たちが武装集団と交戦していた。

 

「右側の遮蔽物を確保して! 負傷者を後方へ!」

 

「駄目です! 相手の火力が強すぎます!」

 

 正義実行委員の生徒たちは、アサルトライフルや軽機関銃を構え、敵の銃撃を受け止めながら反撃していた。

 

 彼女たちも簡単には倒れない。

 

 しかし、遮蔽物の少ない道路で、相手の火力を正面から受け続けるのは危険だった。

 

 敵の一人が、ロケットランチャーを構える。

 

「まとめて吹き飛ばしてやる!」

 

 照準の先には、正義実行委員の生徒たち。

 

 発射される直前。

 

 ――キィンッ!

 

 空中に、金色の魔法陣が展開した。

 

 その中心から光の壁が広がり、ロケット弾の進路を遮る。

 

 爆発。

 

 轟音と煙が周囲を包んだ。

 

「なっ……!?」

 

 しかし、光の壁は崩れなかった。

 

 爆風を受け止めた防壁が、ゆっくりと光の粒子へ変わっていく。

 

 その向こう側に、一人の装甲者が立っていた。

 

 金色と濃紺の装甲。

 

 頭部を覆う仮面。

 

 肩の装備から広がる、不思議な光の輪。

 

「……誰だ、あいつ!」

 

「知らないわよ! トリニティの新兵器か!?」

 

 装甲者――エースは、正義実行委員たちへ顔を向けた。

 

「皆さん、負傷者を連れて下がってください。ここは私が引き受けます」

 

「あなたは……?」

 

「通りすがりの、少しばかりお節介な者です」

 

 エースは敵へ向き直る。

 

「それじゃあ、始めようか」

 

「ふざけるな! 全員、撃て!」

 

 一斉射撃。

 

 ライフル弾が雨のように降り注ぐ。

 

 エースは右腕を振るった。

 

 その動きに合わせ、複数の光の円が空中に出現する。

 

 魔法陣から現れた光の刃が、弾丸の進路へ滑り込んだ。

 

 金属音が連続する。

 

 刃は弾丸を正面から受け止めるのではなく、軌道を逸らし、敵の銃口へと回り込んでいった。

 

 次の瞬間。

 

 ――ガキンッ!

 

 ライフルの銃身が跳ね上がった。

 

 さらに別の刃が銃の側面を叩き、マガジンを弾き飛ばす。

 

「なっ、銃が!?」

 

「撃ち続けろ! 数で押せ!」

 

 敵の一人がショットガンを構え、至近距離から散弾を放つ。

 

 エースは左腕を前へ突き出した。

 

 ファンタジーエフェクトが集まり、盾と爪を組み合わせた複合武器へ変化する。

 

 盾が散弾を受け止める。

 

 そのまま一歩踏み込み、エースは武器の爪を相手のショットガンへ引っかけた。

 

「悪いね」

 

 腕をひねる。

 

 ショットガンが手から離れ、地面へ落ちた。

 

 敵が拳を振り上げる。

 

 エースは身を半歩ずらして拳をかわし、相手の腹部へ短い一撃を叩き込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 相手が前かがみになったところへ、足を払う。

 

 地面へ倒れた敵の両手首を、光の拘束具が包み込んだ。

 

 さらに別の敵が、背後から突撃してくる。

 

 エースは振り返らない。

 

 肩の拡張装備から魔法陣が展開し、光の槍が三本出現する。

 

 槍は空中で軌道を変え、突撃してきた相手の左右と足元へ突き立った。

 

「うわっ!?」

 

 光の輪が広がり、相手の動きを封じる。

 

 槍そのものが身体を貫くことはない。

 

 しかし、逃げ道を塞がれた生徒は、身動き一つ取れなかった。

 

「な、なんなんだよ、こいつ……!」

 

「化け物か!?」

 

「失礼だな。どこからどう見ても正義のヒーローでしょう」

 

 エースは軽く肩をすくめた。

 

 その直後、建物の二階から銃声が響く。

 

 狙撃銃を構えた生徒が、エースの頭部へ照準を合わせていた。

 

「後ろだ!」

 

 正義実行委員の叫び。

 

 エースはすぐさま反応した。

 

 頭部を狙った弾丸を、横から滑り込ませた光の刃が弾き飛ばす。

 

 その刃は反転し、狙撃手の銃へ向かった。

 

 銃身を弾き、照準を逸らす。

 

 エースはその隙に、別の魔法陣を展開した。

 

 狙撃手の足元に光の円が現れる。

 

 次の瞬間、光の帯が両足を拘束した。

 

「うわっ!?」

 

 狙撃手はバランスを崩し、床へ座り込んだ。

 

「はい、一人追加」

 

 エースは周囲を見渡した。

 

 敵の大半は武器を失い、光の拘束具に捕らえられている。

 

 残った数人が、互いに顔を見合わせた。

 

「……撤退だ!」

 

「逃がすな!」

 

 正義実行委員が動こうとする。

 

 だが、エースは手を上げて制止した。

 

「待ってください。こちらで止めます」

 

 彼は両腕を広げた。

 

 空中に、大小さまざまな魔法陣が展開する。

 

 その数は十を超え、敵の逃走経路を囲むように配置されていた。

 

「な、なんだ……?」

 

「逃げ道を塞がれた!?」

 

 魔法陣から、光の刃と槍が次々と現れる。

 

 それらは敵の身体を狙わず、手元の武器や足元、逃走経路へ正確に向かっていった。

 

 ライフルが弾き飛ばされる。

 

 拳銃が地面へ転がる。

 

 逃げようとした生徒の足元に光の壁が現れ、進路を遮る。

 

 最後の一人が拳を振り上げて突進してきたが、エースは盾で受け流し、反対側の腕で相手の肩を押さえた。

 

 そのまま足を払う。

 

 倒れた相手の背中を押さえ、光の拘束具を展開した。

 

「……これで終わりだ」

 

 戦闘が終わった。

 

 正義実行委員の生徒たちは、呆然とした表情でその光景を見つめていた。

 

 圧倒的だった。

 

 銃撃を防ぎ、重火器を無力化し、敵を一人ずつ確実に拘束する。

 

 その戦い方は、単純な力押しとはまるで違っていた。

 

「……あなたはいったい、何者なんですか?」

 

 正義実行委員の一人が尋ねる。

 

 エースは、わずかに首を傾けた。

 

「さあね。名前を名乗るほどの者じゃないよ」

 

 そう言って、彼は倉庫の奥へ視線を向けた。

 

 そこには、まだ拘束されていない生徒が一人残っていた。

 

 彼女は端末を握りしめ、何かを操作しようとしている。

 

 エースが近づくと、彼女は慌てて銃を構えた。

 

「来るな!」

 

「それを置いてくれないかな」

 

「うるさい!」

 

 銃声。

 

 エースは盾を構え、銃撃を受け止める。

 

 そして、盾の縁から伸びた爪で銃を弾き飛ばした。

 

 端末を操作しようとした手首へ光の帯が巻きつく。

 

「……誰に頼まれた?」

 

「っ……!」

 

「答えたくないなら、無理に聞くつもりはない。ただ、これ以上誰かを巻き込むのはやめておいたほうがいい」

 

 エースは彼女を拘束し、正義実行委員へ引き渡した。

 

 これで、事件は解決した。

 

 少なくとも、表向きには。

 

 エースは誰にも見られていないことを確認すると、倉庫の裏手へ回った。

 

 そこで変身を解除する。

 

 装甲が光となって消え、元の執事服姿へ戻った。

 

「……さて」

 

 彼は服の乱れを整え、端末を確認する。

 

 ミカからの連絡が入っていた。

 

『エース君、どこにいるの? 無事?』

 

 続けて、もう一通。

 

『返事してよー!』

 

「……これは、怒られるな」

 

 エースは小さく苦笑した。

 

 そして、すぐに返信する。

 

『申し訳ありません。少々、確認に時間がかかっております。すぐに戻ります』

 

 送信。

 

 彼は端末をしまい、足早にその場を離れた。

 

 その背後では、正義実行委員たちが謎の装甲者について話し合っていた。

 

「……いったい、何者だったんだろう」

 

「分からない。でも、助けてもらったのは確かよ」

 

「また現れてくれるといいのだけれど……」

 

 彼女たちは知らない。

 

 その謎の装甲者が、ほんの少し前まで、ミカの隣を歩いていた執事だったことを。

 

 

     * * *

 

 

「エース君!」

 

 学園へ戻ったエースを、ミカが駆け寄って迎えた。

 

「……ただいま戻りました、ミカ様」

 

「遅いよ! どこに行ってたの!?」

 

「申し訳ありません。少々、用事が長引いてしまいまして」

 

「用事って……」

 

 ミカはエースの顔をじっと見つめた。

 

 服に目立った汚れはない。

 

 怪我をしている様子もない。

 

 それでも、彼が戻ってくるまでの時間が、ひどく長く感じられた。

 

「……無事でよかった」

 

 ぽつりと、ミカがつぶやいた。

 

「ミカ様?」

 

「……なんでもない!」

 

 ミカは慌てて顔を背けた。

 

「と、とにかく! 次からは、どこに行くのかちゃんと言ってよね!」

 

「はい。気をつけます」

 

「絶対だからね!」

 

「承知しました」

 

 エースはいつものように、丁寧に頭を下げた。

 

 その姿を見て、ミカはようやく安心した。

 

 彼が何をしていたのかは分からない。

 

 けれど、戻ってきてくれた。

 

 今は、それだけでよかった。

 

 その後、二人は学園へ戻り、ナギサと合流した。

 

「ミカ、エースさん。先ほどの騒ぎについては聞きましたか?」

 

「うん。ゲヘナの生徒が暴れてたんだって?」

 

「ええ。正義実行委員が対応したそうですが、現場には謎の装甲者が現れたとのことです」

 

「謎の装甲者?」

 

 ミカが首を傾げる。

 

「金色の装甲をまとった人物だそうです。複数の魔法陣のようなものを展開し、銃撃を防いだり、武器を弾き飛ばしたりしていたとか」

 

「へえー! なんだか、かっこいいね!」

 

 ミカは目を輝かせた。

 

「その方のおかげで、正義実行委員の被害も抑えられたそうです。ただ、正体は分かっていません」

 

「うーん……。どこから来たんだろう?」

 

「それが分かれば苦労しませんわ」

 

 ナギサはため息をついた。

 

 そして、エースへ視線を向ける。

 

「エースさんは、何かご存じありませんか?」

 

「いえ。私も、先ほど話を聞いたばかりです」

 

 エースは落ち着いた声で答えた。

 

 嘘をつくことに、罪悪感がないわけではない。

 

 しかし、彼はまだ、ミカに自分の正体を明かすつもりはなかった。

 

 彼女を余計な危険に巻き込みたくない。

 

 それが、今のエースの考えだった。

 

「そうですか……」

 

 ナギサはエースの表情をしばらく見つめた。

 

 彼女は鋭い。

 

 エースが何かを隠している可能性には、すでに気づき始めていた。

 

 だが、それを問い詰めることはしなかった。

 

 彼には、彼なりの事情があるのだろう。

 

 そして、今のところ彼は、ミカを傷つけていない。

 

 それなら、信じてみてもいい。

 

 ナギサはそう考えた。

 

「……何にせよ、ミカ。あまり無茶はしないでくださいね」

 

「えー? なんであたしなの?」

 

「あなたが無茶をしない日など、ほとんどありませんから」

 

「ひどい!」

 

 エースが小さく笑う。

 

 ミカはその笑顔を見て、つられるように笑った。

 

 ――この人がいてくれる。

 

 それだけで、何だか大丈夫な気がした。

 

 

* * *

 

 

 しかし、事件はそれで終わらなかった。

 

 夜。

 

 ミカの部屋に、一通の連絡が届いた。

 

 差出人は、正義実行委員会。

 

 先ほどの事件で拘束したゲヘナの生徒たちの中に、ミカの名前を知っている者がいたという。

 

 しかも、その生徒は、ミカが帰宅する時間帯について何かを尋ねていたらしい。

 

「……どういうこと?」

 

 ミカは眉をひそめた。

 

 隣にいたナギサも、表情を引き締める。

 

「偶然とは考えにくいですね」

 

「でも、あたしを狙ってるってこと?」

 

「可能性はあります。念のため、しばらくは移動の際に護衛を増やしましょう」

 

「うーん……」

 

 ミカは考え込んだ。

 

 自分が狙われること自体は、決して珍しい話ではない。

 

 トリニティの重要人物である以上、政治的な思惑に巻き込まれることもある。

 

 けれど、今回の騒ぎには、何か違和感があった。

 

 なぜ、わざわざ学園の外れで騒ぎを起こしたのか。

 

 なぜ、正義実行委員が来ることを知りながら、あれほど強引な手段に出たのか。

 

 そして、なぜ自分の名前が出てきたのか。

 

「……ミカ」

 

 ナギサが声をかける。

 

「何か心当たりはありませんか?」

 

「……ううん。今のところは」

 

 ミカは首を横に振った。

 

 彼女には、思い当たることがなかった。

 

 いや、正確には、考えたくなかったのかもしれない。

 

 最近、自分が大切にしている人が増えた。

 

 エース。

 

 彼が自分のそばにいることが、当たり前になりつつある。

 

 もし、その彼が危険にさらされるとしたら。

 

 そう考えただけで、胸の奥が冷たくなった。

 

「……エース君は?」

 

「エースさんなら、今は備品の確認に向かっています。先ほど、私が頼んだ仕事です」

 

「……そっか」

 

「ミカ?」

 

「……ううん。なんでもないよ」

 

 ミカは笑おうとした。

 

 けれど、うまく笑えなかった。

 

 ナギサはそんな彼女を見て、静かに手を伸ばす。

 

「大丈夫です。私もいますから」

 

「……ナギちゃん」

 

「何かあれば、私たちで対処しましょう。あなた一人で抱え込む必要はありません」

 

 ミカは、幼馴染の手を握り返した。

 

「……うん」

 

 そのとき、部屋の扉が開いた。

 

「失礼いたします。備品の確認が終わりました」

 

 エースだった。

 

 彼は二人の様子を見て、わずかに首を傾げる。

 

「何かありましたか?」

 

「……ちょっとね」

 

 ミカは答えた。

 

 そして、エースの顔を見つめる。

 

「ねえ、エース君」

 

「はい」

 

「今日は、もうどこにも行かないよね?」

 

 突然の質問に、エースは少しだけ驚いた。

 

 しかし、すぐに頷く。

 

「はい。本日の仕事はすべて終了しております」

 

「……そっか」

 

 ミカは、ほっと息を吐いた。

 

「じゃあ、今日は一緒にいてね」

 

「……承知いたしました」

 

 エースは静かに微笑んだ。

 

 その笑顔を見て、ミカはようやく少しだけ安心できた。

 

 だが、エースの胸中には別の考えが浮かんでいた。

 

 先ほどの事件。

 

 敵の行動。

 

 ミカの名前を知っていた生徒。

 

 そして、彼女が標的にされている可能性。

 

 偶然にしては、出来すぎている。

 

 ――誰かが、ミカを狙っている。

 

 その確信が、エースの中で少しずつ形になり始めていた。

 

 そして、彼自身もまた、狙われている立場にいることを、彼自身もまた知る由もなかった。

 

 

* * *

 

 

 深夜。

 

 トリニティの外れにある宿泊施設。

 

 雷帝は、部下から差し出された報告書を読んでいた。

 

「……間違いないな」

 

「はい。現場の証言にあった装甲者は、陸岡エースが使用していた戦闘形態と一致する点が多く見られます」

 

「仮面ライダー……」

 

 雷帝は、その名を口にした。

 

 彼女は、かつて陸岡エースを追い詰めようとした。

 

 その力を手に入れれば、ゲヘナを永遠に支配するだけでなく、キヴォトスの勢力図そのものを変えられると考えていた。

 

 だが、陸岡エースの死後、ベルトとバックルは消え失せた。

 

 あのとき、彼女は失敗した。

 

 他人に回収を任せ、肝心の力を手に入れる機会を逃した。

 

 今度は違う。

 

「……仮面ライダー。今度こそ、逃がさん」

 

「雷帝様。現地の生徒たちには、どのような指示を?」

 

「余計なことはするな。お前たちは、私の存在を知られることなく情報を集めろ」

 

「承知しました」

 

「それと、トリニティの生徒たちが神城エースを狙っているという情報がある。利用できるなら利用するが、こちらの計画を邪魔するようなら排除して構わん」

 

 雷帝は、窓の外を見た。

 

 遠くに、トリニティの学園施設が見える。

 

「今回は私自身が動く。あの男の力を見極め、確実に手に入れる」

 

 その目には、執着と野心が宿っていた。

 

 雷帝は、トリニティの誰にも知られることなく、神城エースへ近づく機会をうかがい始めた。

 

 

* * *

 

 

 数日後。

 

 ミカは、エースと一緒に学園外の街へ出かけていた。

 

 もちろん、ナギサにも予定は伝えてある。

 

 ただし、今回はナギサは同行していなかった。

 

「今日は二人きりだね、エース君!」

 

「そうですね。ナギサ様からは、寄り道をしすぎないよう念を押されておりますが」

 

「もう! ナギちゃんってば、心配性なんだから!」

 

「あの事件の後では、妥当なご心配かと。やはり、護衛を増やしたほうがよろしかったのでは?」

 

「エース君までそれ言うの? 大丈夫、護衛なんて付けなくたって、私強いし。それに、私はエース君とこうして2人で行きたいの」

 

 ミカの言葉に目を見開くエースだが、すぐにいつものように穏やかに微笑む。

 

 そんな彼の横顔を見て、ミカも自然と笑顔になった。

 

 今日は、特別なことをするつもりはなかった。

 

 お店を見て回って、甘いものを食べて、気に入ったものがあれば買う。

 

 ただそれだけ。

 

 でも、ミカにとっては、それで十分だった。

 

 エースと一緒にいられる。

 

 エースが笑っている。

 

 そのことが、何よりも嬉しかった。

 

「ねえ、エース君」

 

「はい?」

 

「また、こうしてお出かけしようね」

 

「もちろんです。ミカ様が望まれるのであれば」

 

「……えへへ」

 

 ミカは、少しだけ頬を赤くした。

 

 その時だった。

 

 通りの向こうから、複数の生徒が現れた。

 

 ゲヘナの制服。

 

 手にはライフルやサブマシンガン。

 

 彼女たちは、周囲の人通りを確認すると、銃口を二人へ向けた。

 

「――見つけたぞ、神城エース」

 

 エースの表情が変わった。

 

「……ゲヘナの生徒ですか」

 

「そうだ。大人しく来てもらおうか」

 

「理由をお聞きしても?」

 

「お前の持つ力を、こちらに渡してもらう」

 

 ミカが眉をひそめる。

 

「ちょっと! いきなり何なのさ! エース君に何の用!?」

 

「聖園ミカ。お前には関係ない」

 

「関係ないわけないでしょ! あたしの執事に銃を向けておいて!」

 

 ミカは腰の銃を抜いた。

 

 その動きに合わせ、エースも彼女の前へ出る。

 

「ミカ様、下がってください」

 

「でも!」

 

「お願いします」

 

 いつになく真剣な声だった。

 

 ミカは一瞬だけ息を呑み、それでも銃を構えたまま、彼の隣へ立った。

 

「……分かった。でも、あたしも戦うからね!」

 

 ゲヘナの生徒たちが、一斉に銃撃を開始した。

 

 ミカとエースは素早く遮蔽物へ身を隠し、ミカはライフルを構え返す。

 

 銃弾が壁を削り、路面に火花が散った。

 

 彼女は射線を見極め、短い連射で一人一人確実に相手を倒していく。

 

「ミカ様、右側から二人!」

 

「分かってる!」

 

 ミカが銃口を向ける。

 

 相手が遮蔽物から顔を出した瞬間、彼女の銃撃が相手の額を弾き飛ばし気絶させる。

 

 だが、敵はまだ多い。

 

 別の生徒がグレネードランチャーを構えた。

 

「伏せて!」

 

 エースがミカの肩を引き、二人は建物の陰へ飛び込む。

 

 直後、爆発音。

 

 破片が壁に叩きつけられた。

 

「……っ、エース君!」

 

「お怪我はありませんか?」

 

「それはこっちの台詞だよ!」

 

「私は大丈夫です」

 

 エースは、ミカの無事を確認してから立ち上がった。

 

 そして、ゲヘナの生徒たちへ向き直る。

 

「これ以上、周囲を巻き込むつもりはありません。今すぐ武器を下ろしてください」

 

「追い詰められてる状況で何言ってやがる! 寝言は寝て言え!」

 

「なら、仕方ありませんね」

 

 エースはミカから少し離れ、路地の奥へ走った。

 

「エース君!?」

 

「ミカ様は、ここでお待ちください!」

 

 彼の姿が建物の陰へ消える。

 

 ゲヘナの生徒たちは、その後を追おうとした。

 

 だが、次の瞬間。

 

 路地の奥から、まばゆい光が溢れ出した。

 

 風が吹き抜ける。

 

 金色の装甲が、建物の間から姿を現した。

 

 赤く輝く複眼。

 

 肩から広がる幻想の装備。

 

 空中に浮かぶ、無数の光の武器。

 

 それは、ミカが噂で聞いた姿と同じだった。

 

「……え?」

 

 ミカは、目を見開いた。

 

 金色の戦士が、ゲヘナの生徒たちへ向かって歩いていく。

 

「仮面ライダー……!」

 

 敵の一人が叫んだ。

 

「間違いない! 雷帝様が探していた仮面ライダーだ!」

 

 ミカの呼吸が止まった。

 

 仮面ライダー。

 

 謎の装甲者。

 

 そして、その直前まで自分の隣にいた少年。

 

 エースは、どこへ行った?

 

 ミカの頭の中で、いくつもの疑問が渦巻いた。

 

 その時、金色の戦士が振り返った。

 

 複眼の奥から、彼女を見つめる。

 

「ミカ様。そこから動かないでください」

 

 その声。

 

 間違えるはずがなかった。

 

「……エース、君?」

 

 戦士は答えない。

 

 ただ、再び敵へ向き直った。

 

 その姿を見た瞬間、ミカの中で、散らばっていた疑問が一つにつながった。

 

 謎の装甲者が現れた時、エースがいなくなっていたこと。

 

 事件が解決すると、何事もなかったように戻ってきたこと。

 

 決して話そうとしなかった、彼の「用事」。

 

 そして、今。

 

 自分の目の前で、エースの声をした戦士が戦っている。

 

「……そっか」

 

 ミカの手が、小さく震えた。

 

「エース君が……装甲者だったんだ」

 

 驚きはあった。

 

 戸惑いもあった。

 

 どうして話してくれなかったのか、聞きたいことも山ほどある。

 

 けれど、それ以上に。

 

 彼が今、何をしようとしているのか。

 

 それだけは、はっきり分かった。

 

 自分を守ろうとしている。

 

 自分のために、危険な場所へ立っている。

 

 ミカは銃を握り直した。

 

「……だったら、あたしも守られてばっかりじゃいられないじゃんね」

 

 彼女は遮蔽物から飛び出した。

 

「エース君! 右側はあたしが抑える!」

 

「ミカ様!?」

 

「今さら止めたって聞かないからね!」

 

 ミカはライフルを構え、敵の射線を切るように連射した。

 

 弾丸は正確に相手の身体を叩き、敵を地面に倒す。

 

 敵が銃口をミカへ向け直すより早く、エースの光の盾が間に割り込んだ。

 

「ありがとうございます、ミカ様」

 

「お礼は後! 今はこいつらを止めるよ!」

 

「承知しました!」

 

 二人の連携が始まった。

 

 

* * *

 

 

 ゲヘナの生徒たちは、数に任せて攻め立てた。

 

 ライフルの連射。

 

 ショットガンによる近距離射撃。

 

 グレネードランチャーから放たれた榴弾が、路地の奥で爆発する。

 

 だが、エースは一歩も退かなかった。

 

 ファンタジーフォームの肩部装備が輝く。

 

 複数のサークルフィールドが空中に展開され、盾のように重なった。

 

 銃弾がその表面を叩く。

 

 爆風が押し寄せる。

 

 それでも、バリアは二人を守り抜いた。

 

「なんなんだよ、あいつ……!」

 

「攻撃が通らねえ!」

 

「通らないのなら、狙いを変えるべきでしょうね」

 

 エースが手をかざす。

 

 空中に浮かぶ光の剣が、敵の周囲を取り囲んだ

 

「なっ!?」

 

「武器を捨ててください。そうすれば、これ以上痛い思いをせずに済みます」

 

「誰がするか!」

 

 敵の一人が、ライフルを構えて突進してきた。

 

 エースは盾を前へ突き出し、銃撃を受け止める。

 

 そのまま相手の銃身を爪で引っかけ、横へ弾いた。

 

 続けて、肩口を押さえて体勢を崩す。

 

 相手の腹部へ拳を一発。

 

 倒れかけたところへ足払いを入れ、地面へ転がした。

 

 相手が立ち上がろうとする前に、光の輪が手足を拘束する。

 

 別の敵が、横からマシンガンを撃ち込んだ。

 

 エースは身体をひねって射線を外し、盾で弾丸を受け流す。

 

 その間に、遠隔操作された光の剣が敵の武器を弾き飛ばした。

 

「ぐあっ!」

 

「一人ずつ、確実に制圧します」

 

 エースは踏み込む。

 

 拳を受け止めようとした相手の腕を押し流し、足を払う。

 

 倒れた相手の武器を蹴り飛ばし、次の敵へと向き直った。

 

 顔は狙わない。

 

 相手が女子生徒であることを意識しているのもあるが、そもそも必要以上に傷つける理由はない。

 

 武器を奪い、動きを止め、拘束する。

 

 それだけで十分だった。

 

 一方、ミカも負けてはいなかった。

 

「そっち、動かないでね!」

 

 彼女は銃撃を続けながら、敵を狙う。

 

 相手が身を隠した瞬間、エースが展開した光の剣が遮蔽物の外側へ回り込んだ。

 

 遮蔽物に隠れる敵を、正確に狙い打つ。

 

「今だよ、エース君!」

 

「はい!」

 

 エースが走る。

 

 盾を構えて敵の銃撃を受け止め、そのまま間合いを詰めた。

 

 相手の肩を押し、体勢を崩す。

 

 続けて足を払うと、敵は地面へ倒れた。

 

 光の拘束が、手足を固定する。

 

 それを見た残りの生徒たちの顔に、焦りが浮かんだ。

 

「くそっ! こんなはずじゃ……!」

 

「退くぞ! このままじゃ全員やられる!」

 

 彼女たちは後退しようとした。

 

 しかし、逃走経路には、いつの間にか複数の光の剣が並んでいた。

 

 剣と剣が連結するように輝き、光の壁を形成する。

 

 突破しようとした生徒が銃撃を浴びせたが、バリアはびくともしない。

 

「逃げ道を塞いだのか!?」

 

「ええ。ですが、降伏するのであれば、通れる道を用意しますよ」

 

「……ふざけるな!」

 

 最後の抵抗。

 

 グレネードランチャーを構えた生徒が、エースへ向けて発射した。

 

 エースは、前方に大きなサークルフィールドを展開する。

 

 榴弾がバリアに触れた瞬間、光の檻がそれを包み込んだ。

 

 爆発の衝撃は外へ広がらず、内部で押し留められる。

 

 その間に、エースは一気に距離を詰めた。

 

 ランチャーを持つ腕を押さえ、武器を地面へ落とさせる。

 

 相手が拳を振り上げたが、エースはその腕を受け流し、脇腹へ短い一撃を入れた。

 

「うっ……!」

 

 生徒が膝をつく。

 

 エースは倒れ込む身体を支え、ゆっくり地面へ下ろした。

 

 最後の一人が拘束された。

 

 周囲には、武器を失ったゲヘナ生徒たちが倒れている。

 

 そのほとんどは気絶しているか、光の拘束によって動けなくなっていた。

 

 戦闘は、終わった。

 

 そして――

ミカとナギサを守るエースは障壁を解くと、ミカの元へ戻ろうとした。

 

 その瞬間だった。

 

「――見事だな」

 

 低い声が、路地に響いた。

 

 エースは、即座に振り返った。

 

 そこに立っていたのは、一人の女だった。

 

 質素な服装。

 

 目立たない髪型。

 

 しかし、その立ち姿には、隠しきれない威圧感があった。

 

 拘束されたゲヘナの生徒たちが、一斉に顔を上げる。

 

「ら、雷帝様……!」

 

 エースの表情が険しくなった。

 

「……あなたが、この集団のボスですか」

 

「そうだ。お前が神城エースだな」

 

 雷帝は、ゆっくりと歩み寄った。

 

「陸岡エースと同じ力を持つ者が、トリニティにいる。その情報が届いたときは半信半疑だったが、先の戦いで理解した。確かに、奴と同じ力を扱えるようだ」

 

「……あなたの目的は何だ?」

 

「決まっている」

 

 雷帝は、エースの腰にあるデザイアドライバーを見た。

 

「そのベルトとバックルを渡せ」

 

「断る」

 

 即答だった。

 

 雷帝は、目を細め、わずかに口元を歪めた。

 

「ならば、力ずくで奪うまでだ」

 

 次の瞬間。

 

 雷帝が動いた。

 

 速い。

 

 エースが障壁を展開するよりも早く、雷帝は間合いを詰めていた。

 

 放たれた蹴りが、エースの胸部装甲を打つ。

 

 重い衝撃。

 

 エースの身体が後方へ滑った。

 

「……っ!」

 

 今までのゲヘナの生徒とは、明らかに違う。

 

 雷帝は、ただ強いだけではない。

 

 攻撃の精度も、踏み込みの速さも、桁違いだった。

 

「エース君!?」

 

 ミカが叫ぶ。

 

「どうした? 先ほどの勢いはどこへ行った?」

 

 雷帝が、拳銃を抜いた。

 

 銃口がエースへ向けられる。

 

 銃声。

 

 弾丸が装甲へ命中し、火花が散った。

 

 エースはわずかに体勢を崩した。

 

 他の生徒たちの銃撃とは明らかに違う。

 

 雷帝の放つ弾丸には、明らかに強烈な威力があった。

 

 銃弾そのものの威力に加え、彼女自身の神秘が攻撃へと乗っている。

 

 ただの銃撃であっても、ライダーの装甲へ十分な衝撃を与えていた。

 

「……なるほど。あなたがゲヘナを支配できている理由が、少し分かった」

 

「そう思うなら、さっさとその力を寄越せ。そうすれば、すぐに楽にしてやる」

 

 雷帝が再び踏み込む。

 

 エースは盾を展開して雷帝の銃撃を受け止めた。

 

 しかし、衝撃を完全には殺しきれない。

 

 続く蹴りが盾の側面を打ち、エースの身体を横へ弾き飛ばした。

 

「エース君!」

 

 ミカが叫ぶ。

 

「来ないでください!」

 

 エースは、すぐに立ち上がった。

 

「この人は、先ほどまでの相手とは違います!」

 

「でも……!」

 

「大丈夫です。俺を信じてください!」

 

 エースの制止の声に、その場に立ち止まるミカ

 

 彼女も銃を構え、雷帝から目を離していない。

 

 けれど、簡単に援護へ入れる相手ではなかった。

 

 下手に近づけば、ミカまで巻き込まれる。

 

 エースは懐からブーストバックルを取り出し、デザイアドライバーに装填した。

 

 『SET』

 

「……これ以上、好き勝手はさせない」

 

 ファンタジーバックルとブーストバックルが同時に起動する。

 

 『DUAL ON PHANTASIE & BOOST』

 

 ファンタジーの幻想を増幅する力に、ブーストの爆発的な加速力が重なる。

 

 金色の装甲に、赤いブーストの装甲が脚部に加わる。

 

 仮面ライダーギーツ ファンタジーブーストフォーム。

 

「さあ⋯⋯ここからがハイライトだ」

 

 エースが地面を蹴った。

 

 先ほどまでとは比較にならない速度で、雷帝へ迫る。

 

 雷帝が銃を連射した。

 

 エースは正面に障壁を展開しながら、弾丸の軌道を見極めて前進する。

 

 銃弾が障壁へ衝突する。

 

 その間に、エースは横へ跳び、空中へ複数の魔法陣を展開した。

 

 光の刃が、四方から雷帝へ迫る。

 

 雷帝は身体を捻って一本目をかわし、二本目を銃で弾いた。

 

 だが、三本目と四本目が足元へ回り込む。

 

 雷帝は跳躍して避けようとした。

 

 その瞬間、エースが踏み込んだ。

 

 跳躍した雷帝を追って、エースも跳躍し、ブーストの加速力を乗せた蹴りを胴体へ叩き込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 雷帝の身体が後退する。

 

 エースは追撃する。

 

 拳、蹴り、盾による打撃。

 

 ブーストの加速力を活かし、攻撃の間に次の一撃を差し込んでいく。

 

 雷帝は銃を手放さず、至近距離から銃撃を繰り出した。

 

 弾丸が装甲へ当たり、エースの動きが一瞬鈍る。

 

 その隙に雷帝の拳が飛ぶ。

 

 エースは盾で受け止めた。

 

 衝撃が腕を伝う。

 

 両者が、真正面から押し合う。

 

「……流石の力だ、仮面ライダー」

 

「あなたも、十分に強い」

 

「だが、私を倒すにはまだ足りん!」

 

 雷帝が強引に盾を押し返し、至近距離から蹴りを放つ。

 

 エースは後方へ飛び退いた。

 

 その隙に、雷帝は銃口をミカへ向けた。

 

「……っ!」

 

 エースの視線が揺れる。

 

 雷帝は、その一瞬を見逃さなかった。

 

「お前の弱点は、そこか」

 

 銃声。

 

 エースは咄嗟に魔法陣を展開し、ミカの前に障壁を作る。

 

 雷帝の銃撃が障壁を揺らした。

 

「ミカ様!」

 

「私は大丈夫! エース君はそっちに集中して」

 

 ミカはすぐさま遮蔽物へ飛び込み、銃を構え、反撃する。

 

 弾丸が雷帝の周囲をかすめた。

 

 だが、雷帝は身をひねって射線を外し、反撃の銃弾を放つ。

 

 ミカは壁の陰へ戻った。

 

 壁へ隠れたミカを狙う雷帝に、エースは腕を振るい、魔法陣により雷帝の行く手を阻み、幻想の爪で攻撃する。

 

「っ!」

 

 迫る攻撃に雷帝は身をひねり、幻想の爪を躱しエースに銃撃をしかける。

 

 エースは魔法陣を盾にして弾丸の衝突を防ぎ、盾で射線を押し流しながら、反対側の腕を振るった。

 

 幻想の爪が、雷帝の銃を横から弾き飛ばす。

 

「っ!」

 

 雷帝はすぐさま後退し、腰の銃を抜いた。

 

 エースは追撃する。

 

 光の剣が空中から襲いかかり、雷帝の退路を塞いだ。

 

 雷帝は身をひねり、銃撃で剣を弾きながら突破する。

 

 そこへ、ミカの銃撃が飛んだ。

 

「エース君、今!」

 

「ありがとうございます!」

 

 エースが踏み込む。

 

 雷帝は横へ跳び、攻撃を回避した。

 

 しかし、その先には別のサークルフィールドが展開されていた。

 

 光の輪が足元を捉え、動きを一瞬だけ鈍らせる。

 

 その隙に、エースの爪が迫る。

 

 雷帝は両腕を交差させて受け止めた。

 

 衝撃が走る。

 

 彼女の足元の地面に、亀裂が入った。

 

「……なるほど。これがブーストの力か」

 

 雷帝は、口元を歪めた。

 

「素晴らしい力だ! ますます欲しくなった!」

 

 次の瞬間、彼女は強引に身体をひねり、エースの爪を押し返した。

 

 同時に、銃口をミカへ向ける。

 

 発砲。

 

「きゃっ!」

 

 ミカは身をかがめた。

 

 弾丸が肩をかすめ、壁に激突する。

 

 ミカはすぐに体勢を立て直し、銃を構え直した。

 

「……っ、よくも!」

 

「ミカ様!」

 

「大丈夫! まだ動ける!」

 

 ミカは、肩から伝わる痛みをこらえながら撃ち返した。

 

 雷帝は攻撃をかわし、今度はエースへ銃口を向ける。

 

 エースは盾を構え、弾丸を受け止めた。

 

 その間に、光の剣が雷帝の背後へ回り込む。

 

 彼女は振り返りざまに銃を撃ち、剣を弾き落とした。

 

 だが、そこへミカの銃撃が重なる。

 

 銃撃を腕で受け止めた雷帝の動きが止まる。

 

 エースは、その隙を見逃さなかった。

 

 エースは、デザイアドライバーを回転させ、上下の装甲を反転させる。

 

《REVOLVE ON》

 

 そして、デザイアドライバーのブーストバックルを捻り、力を解放した。

 

 ブーストのエネルギーが拳へと集まり、赤いエネルギーを纏う。

 

《FANTASY BOOST VICTORY》

 

 雷帝に強烈な拳を叩き込む。

 

 雷帝はエースの攻撃を腕を交差させて受け止め、足を踏ん張った。

 

 互いの力が拮抗する。

 

「……っ!」

 

「……!」

 

 エースが力を込める。

 

 雷帝もまた、全身の力で押し返した。

 

 その均衡を崩したのは、ミカだった。

 

「そーれっ!」

 

 彼女の銃撃が、雷帝の足を正確に叩く。

 

 雷帝が一瞬、体勢を崩した。

 

 エースはその隙に、腕を振り抜く。

 

 雷帝の身体が後方へ飛ばされ、地面を転がった。

 

 彼女はすぐに起き上がったが、表情から余裕が消えていた。

 

「くっ! ……二人がかりとはいえ、ここまで押されるとは」

 

 エースは、ミカの前へ立った。

 

「もう終わりにしましょう。あなたの目的は分かりませんが、これ以上の戦闘は無意味です」

 

「無意味?」

 

 雷帝は笑った。

 

「お前は、自分が何を持っているのか分かっていないようだな」

 

 彼女は銃を構え直す。

 

「その力があれば、どれだけのことができると思う? お前が持つ装備は、ただの武器ではない。可能性そのものだ。私はその力が欲しい!」

 

「だから、渡すわけにはいきません」

 

「ならば――奪うまでだ!」

 

 雷帝が突進した。

 

 銃撃と近接攻撃が入り混じる。

 

 エースは盾で受け止め、足から伸ばした爪で攻撃を仕掛ける。

 

 ミカは銃撃で援護し、雷帝の動きを制限した。

 

 二人の連携は、少しずつ雷帝を追い詰めていく。

 

 しかし、雷帝は攻撃の矛先を変えた。

 

 雷帝な、エースの実力を脅威と判断し、エースを無理に突破しようとせず、ミカばかりを狙い始めたのだ。

 

「っ!?」

 

 ミカが遮蔽物へ飛び込む。

 

 雷帝の銃弾が、壁を削る。

 

 エースが盾を展開しようとする。

 

 その瞬間、雷帝は別の方向へ回り込んだ。

 

「ミカ様、左です!」

 

「分かってる!」

 

 ミカが銃を向ける。

 

 だが、雷帝の方が一瞬早かった。

 

 銃声。

 

 ミカの身体が大きく揺れた。

 

「――っ!」

 

「ミカ様!」

 

 彼女は、片膝をついた。

 

 撃たれた箇所に手を当て、苦痛に顔を歪める。

 

 キヴォトスの生徒は頑丈だ。

 

 しかし、雷帝の銃撃は、その頑丈さを超える威力を持っていた。

 

 神秘を無意識に操り、銃弾の威力を高める。

 

 その技量が、彼女を強敵たらしめていた。

 

「……ミカ様!」

 

 エースの意識が、完全にミカへ向いた。

 

 彼女のもとへ駆け寄ろうとする。

 

 その瞬間だった。

 

 雷帝の姿が、目の前へ迫った。

 

「――隙だらけだ」

 

 雷帝が踏み込んだ。

 

 エースが振り返る。

 

 しかし、間に合わない。

 

 雷帝は全身の力を込め、エースの胸部へ強烈な一撃を叩き込んだ。

 

 銃撃の衝撃とは違う。

 

 神秘を乗せた、至近距離からの一撃。

 

 装甲が大きく揺れた。

 

「……ぐっ!」

 

 エースの身体が後方へ吹き飛ばされる。

 

「……っ、まだ……!」

 

 地面へ叩きつけられ、彼はすぐに起き上がろうとした。

 

 しかし、雷帝はすでに目の前にいた。

 

「終わりだ、神城エース」

 

 雷帝の拳が、エースの胸部へ叩き込まれる。

 

 装甲が大きく揺れた。

 

 さらに、銃撃。

 

 エースは腕を上げて防御しようとしたが、動きが遅れた。

 

 銃弾が装甲へ命中する。

 

 衝撃が重なり、彼の身体が大きく傾いた。

 

「……く、そ……!」

 

 最後の力を振り絞り、エースは盾を構えた。

 

 しかし、雷帝の一撃が盾を弾き飛ばした。

 

 続けて、胸部への蹴り。

 

 エースの身体が地面へ倒れる。

 

 その瞬間。

 

 装甲が光となって弾けた。

 

 金色と濃紺の装甲が消失し、赤い装甲もまた、粒子となって散っていく。

 

「ぐっ……!」

 

 変身解除。

 

 そこに倒れていたのは、いつもの執事服を着た男子生徒だった。

 

「……エース君……?」

 

 ミカは、信じられないものを見るように彼を見つめた。

 

 先ほどまで自分を守っていた金色の戦士が、今は生身の姿で倒れている。

 

 雷帝は、ゆっくりと銃を構えた。

 

「これで終わりだ」

 

 彼女の目が、ミカへ向く。

 

「お前さえいなければ、もっと簡単に回収できたのだがな」

 

「……何を、言って……」

 

「私がここにいた証拠を残すわけにはいかない。お前には、ここで消えてもらう」

 

 銃口が、ミカへ向けられた。

 

 ミカは、立ち上がろうとした。

 

 しかし、身体が思うように動かない。

 

 痛みで、力が入らなかった。

 

 雷帝の指が、引き金にかかる。

 

「さようなら、聖園ミカ」

 

 銃声が響いた。

 

 

* * *

 

 

 ミカは、目を閉じた。

 

 ――その瞬間。

 

 誰かが、自分の前へ飛び込んできた。

 

「……え?」

 

 鈍い音がした。

 

 銃弾が、少年の身体へ叩き込まれる。

 

 エースだった。

 

 彼は、ミカを守るように両腕を広げ、その身を盾にしていた。

 

「……エース、君……?」

 

 エースは答えなかった。

 

 ただ、苦しそうに息を吐いた。

 

 口から血を吐き出し、銃創からは血が流れ落ちる。

 

 それでも、彼はミカの前から動かなかった。

 

 まるで、最後まで彼女を守ろうとするかのように。

 

「……どうして」

 

 ミカの声が震える。

 

「どうして、あたしなんかを……!」

 

 エースは、ゆっくりと振り返った。

 

 その顔には、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「……ミカ様が、ご無事で……よかった」

 

 その言葉を最後に、エースの身体から力が抜けた。

 

「……え?」

 

 彼が、倒れる。

 

 ミカは、咄嗟にその身体を受け止めた。

 

「エース君?」

 

 返事はない。

 

「……ねえ、エース君?」

 

 彼の身体が、ミカの腕の中でぐったりとしていた。

 

 温もりは、まだ残っている。

 

 けれど、その目は閉じられたままだった。

 

「……嘘」

 

 ミカの声が、かすれる。

 

「……嘘、だよね?」

 

 彼女は、エースの肩を揺すった。

 

「ねえ、起きてよ。エース君」

 

 返事はない。

 

「……ねえってば」

 

 それでも、彼は動かなかった。

 

 雷帝は、銃を構え直した。

 

 今度こそ、ミカを始末するつもりだった。

 

 だが、その時。

 

「――そこまでです!」

 

 遠くから、複数の足音が響いた。

 

 正義実行委員会の生徒たちが、現場へ駆けつけてきたのだ。

 

 先頭には、銃を構えた羽川ハスミ。

 

 その隣には、剣先ツルギがいた。

 

 トリニティに入学して間もない一年生でありながら、その高い実力で、既に正義実行委員会で右に出るものがいないと比喩される期待の新人として知られるハスミとツルギ。

 

 そんな彼女たちの巡回ルートと、エースたちが戦っていた場所がたまたま近く、戦闘音を聞きつけ、急行してくれたのだ。

 

「現場を確認! 負傷者がいます!」

 

「そこを動くなあああああっ!!」

 

 ツルギが銃を構え、雷帝へ叫ぶ。

 

 ハスミも周囲を警戒しながら、援護できる位置へ移動した。

 

「……ちっ」

 

 雷帝は舌打ちした。

 

 このままでは、自分の姿を見られ、正体がばれてしまう。

 

 ゲヘナの頂点に立つ自分が、トリニティの生徒たちに捕まるわけにはいかない。

 

 彼女は一瞬で判断した。

 

 狙いは、もう果たした。

 

 エースは倒れ、変身も解除されている。

 

 ならば、残る目的を優先するだけだ。

 

 雷帝は、放心するミカを他所に、エースの腰元へ手を伸ばした。

 

 ベルト。

 

 そして、そこに装着されていたバックル。

 

 ファンタジーバックル、ブーストバックル。

 

 さらに、彼が所持していた他のバックルも、彼女は手早く回収した。

 

「……ようやく、手に入れた」

 

 雷帝は、それらを抱え、路地の奥へと身を翻した。

 

「待てっ!」

 

 ツルギが追おうとする。

 

 だが、雷帝は煙幕を投げ、姿を隠した。

 

 ハスミが銃を構えた時には、もう彼女の姿はなかった。

 

「……逃げられましたか」

 

「くそっ! あいつ、誰なんだよ!」

 

 ツルギが悔しそうに叫ぶ。

 

 しかし、今は追跡よりも優先すべきことがあった。

 

「すぐに救護騎士団と他の正義実行委員の人たちへ連絡をいたします! ツルギは周囲を見張っていてください」

 

「分かった!」

 

 ハスミが通信機を取り出し、救護騎士団へ連絡を入れる。

 

 彼女たちを慌ただしく動く中、ミカは、倒れたエースを抱きしめていた。

 

「……エース君?」

 

 ミカの声は、ひどく小さかった。

 

「……ねえ、起きてよ」

 

 ツルギは、思わず息を呑んだ。

 

 普段のミカからは想像できないほど、弱々しい声だった。

 

 ハスミはすぐに駆け寄った。

 

「ミカ様! エースさんの容態は!?」

 

「……分からない」

 

 ミカは、首を振った。

 

「……分からないよ、ハスミちゃん」

 

 彼女の手が、震えていた。

 

「……さっきまで、話してたのに」

 

 エースは、いつも通りだった。

 

 今日も、優しく笑っていた。

 

 一緒に出かけようとしていた。

 

 それなのに。

 

「……どうして」

 

 ミカは、エースを抱きしめた。

 

「……どうして、あたしを守ったの……?」

 

 答えは、返ってこなかった。

 

 

* * *

 

 

 ほどなくして、救護車両が現場へ到着した。

 

 先頭には、蒼森ミネがいた。

 

 まだ一年生でありながら、救護騎士団の一員として活動している彼女は、負傷者の姿を確認すると、すぐさま表情を引き締めた。

 

「患者はどちらですか!?」

 

「こちらです!」

 

 ミネは、エースのもとへ駆け寄った。

 

 その状態を確認した瞬間、彼女の顔が険しくなる。

 

「……重傷です。すぐに搬送します!」

 

 救護騎士団の生徒たちが、担架を用意する。

 

 ミカは、エースの手を握ったまま離そうとしなかった。

 

「ミカ様、申し訳ありません。治療のため、患者をお預かりします」

 

「……いや」

 

「ミカ様……」

 

「……いやだよ」

 

 ミカは、首を振った。

 

「……エース君を、連れていかないで」

 

 ミネは、彼女の目を見た。

 

 そこには、普段の明るい笑顔はなかった。

 

 ただ、目の前の少年を失うことを恐れる少女の姿があった。

 

「……必ず、最善を尽くします」

 

 ミネは、静かに告げた。

 

「ですから、今は私たちに任せてください」

 

 ミカは、唇を噛みしめた。

 

 それから、ゆっくりとエースの手を離した。

 

 救護騎士団の生徒たちは、エースを担架へ移し、救護車両へ運び込んだ。

 

 ミカも、ふらつく足で立ち上がる。

 

「……あたしも行く」

 

「現場の対応と確認は、私たちが行います。ミカ様は、彼のそばにいてあげてください」

 

 ハスミの言葉に、ミカは小さく頷いた。

 

 救護車両の扉が閉まる。

 

 その向こうに、エースの姿が見えた。

 

 ミカは、窓越しに彼を見つめ続けた。

 

 ――お願い。

 

 ――お願いだから。

 

 ――目を覚まして。

 

 彼女は、何度も心の中で繰り返した。

 

 

 * * *

 

 

 救護騎士団の医療施設。

 

 エースは、すぐに治療室へ運び込まれた。

 

 医療施設で、治療の準備をしていた救護騎士団団長は、ミネと救護騎士団の生徒たちへ指示を出す。

 

「止血を急いで! 生命維持を最優先に!」

 

「はい!」

 

「こちらの処置をお願いします!」

 

 室内は慌ただしく動いていた。

 

 ミカは、治療室の外で立ち尽くしていた。

 

 何もできない。

 

 いつもなら、思いついたことをすぐに実行する。

 

 誰かに止められても、自分の意思で前へ進む。

 

 それがミカだった。

 

 しかし、今は何もできなかった。

 

 エースが傷ついている。

 

 エースが苦しんでいる。

 

 その事実を前に、彼女はただ待つことしかできない。

 

「……ミカ」

 

 聞き慣れた声がした。

 

 振り返ると、ナギサが立っていた。

 

 彼女は知らせを受け、急いで駆けつけたのだろう。

 

 いつも整っている髪も、少し乱れていた。

 

「ナギちゃん……」

 

 ミカは、彼女の名前を呼んだ。

 

 それだけで、目の奥が熱くなった。

 

「……エース君が」

 

「ええ。聞きました」

 

 ナギサは、ミカの肩に手を置いた。

 

「大丈夫です。救護騎士団が全力で治療に当たっています」

 

「……でも」

 

「今は、信じましょう」

 

 ナギサは、そう言ってミカを抱きしめた。

 

 ミカは、彼女の胸元へ顔を埋めた。

 

「……あたし、何もできなかった」

 

「そんなことはありません」

 

「……エース君が、あたしを守ってくれたのに」

 

「……」

 

「……あたし、何も返せなかった」

 

 ナギサは、すぐには答えなかった。

 

 ただ、ミカの背中を優しく撫でた。

 

「……ミカ。あなたが悪いわけではありません」

 

「……でも」

 

「あなたがエースさんを大切に思っていることは、私も知っています」

 

 ナギサは、静かに続けた。

 

「だからこそ、今は自分を責めないでください。あなたまで倒れてしまったら、エースさんが目を覚ました時、きっと心配しますよ」

 

 ミカは、顔を上げた。

 

「……本当に?」

 

「ええ。彼は、そういう人でしょう?」

 

 ミカは、ゆっくりと頷いた。

 

 そうだ。

 

 エースは、きっと心配する。

 

 自分が傷ついたことよりも、ミカが無事かどうかを気にする。

 

 いつもそうだった。

 

 いつだって、彼は自分よりも他人を優先していた。

 

「……だから、あたしは」

 

 ミカは、拳を握った。

 

「……エース君が目を覚ましたら、いっぱい怒るんだから」

 

 ナギサは、少しだけ微笑んだ。

 

「ええ。それがいいと思います」

 

 けれど、彼女の表情にも、不安は消えていなかった。

 

 

* * *

 

 

 治療室の扉が開いた。

 

 救護騎士団団長とミネが、ゆっくりと外へ出てくる。

 

 その顔を見た瞬間、ナギサは息を呑んだ。

 

「……エースさんは」

 

 団長は、ミカとナギサを見た。

 

 言葉を探すように、少しだけ目を伏せる。

 

「……最善を尽くしました」

 

 ミカの身体が、固まった。

 

「……え?」

 

「しかし……」

 

 団長の声が、わずかに震える。

 

「……間に合いませんでした」

 

 世界から、音が消えた。

 

 ミカは、何も言わなかった。

 

 何も聞こえなかった。

 

 ただ、団長の口が動いているのを、ぼんやりと見つめていた。

 

「……神城エースさんは」

 

 団長は、深く頭を下げた。

 

「……お亡くなりになりました」

 

 その瞬間。

 

 ミカの中で、何かが壊れた。

 

「……うそ」

 

 声が、かすれた。

 

「……うそだよね?」

 

 誰も答えなかった。

 

「……だって」

 

 ミカは、震える手で自分の胸元を押さえた。

 

「……だって、今日も……一緒に……」

 

 言葉が続かない。

 

 今日も、彼は笑っていた。

 

 また出かけようと約束した。

 

 これからも一緒にいようと、言ってくれた。

 

 それなのに。

 

「……エース君」

 

 ミカは、治療室へ駆け込もうとした。

 

 ナギサが、彼女の腕を支える。

 

「ミカ……!」

 

「……離して!」

 

「ミカ、お願いです!」

 

「……エース君が、待ってるの!」

 

 ミカは、必死に腕を振りほどこうとした。

 

「……まだ、話してないことがあるの!」

 

 正体を知ったこと。

 

 どうして秘密にしていたのか。

 

 いつから自分を守ってくれていたのか。

 

 そして――

 

 自分が、どれほど彼を大切に思っているのか。

 

「……まだ、何も伝えてないのに!」

 

 声が、施設内に響いた。

 

 ミカは、その場に崩れ落ちた。

 

 ナギサも、言葉を失っていた。

 

 いつもなら、どんな時でも冷静でいようとする彼女も、今は何を言えばいいのか分からなかった。

 

 ただ、幼馴染の肩を抱きしめる。

 

 ミカは、ナギサの胸に顔を埋めた。

 

 そして、声を上げて泣いた。

 

 子供のように。

 

 いつもの明るい笑顔も、冗談も、強がりも、何も残っていなかった。

 

 そこにいたのは、大切な人を失った一人の少女だった。

 

「⋯⋯もっと、もっと、エース君とやりたいこと、したいことが、沢山あったのに⋯⋯!」

 

「もっと、もっと一緒にいたかったのに⋯⋯!」

 

 もう、彼の笑顔を見ることはできない。

 

 もう、彼の声を聞くことはできない。

 

 もう、一緒にお茶を飲むことも。

 

 一緒に出かけることも。

 

 お菓子を作って、失敗して、笑い合うことも。

 

 できない。

 

 その事実が、ミカの心を容赦なく引き裂いていった。

 

 

* * *

 

 

 エースの遺体が安置された部屋。

 

 ミカは、ベッドのそばに座っていた。

 

 眠っているように見える。

 

 今にも目を開けて、「ミカ様、どうかなさいましたか?」と聞いてくれそうだった。

 

 けれど、彼はもう目を覚まさない。

 

「……ねえ、エース君」

 

 ミカは、静かに語りかけた。

 

「……あたし、ちゃんと分かってるよ」

 

 彼女は、膝の上に置いた手を握りしめた。

 

「エース君が、あたしを守ってくれたこと」

 

「……あたしのために、戦ってくれたこと」

 

「……あたしが、何も知らないまま笑っていられるように、ずっと頑張ってくれてたこと」

 

 ミカは、顔を上げた。

 

 目の前にいる少年の顔を、じっと見つめる。

 

「……でもさ」

 

 声が震えた。

 

「……あたし、そんなこと望んでなかったよ」

 

 涙が頬を伝う。

 

「……あたしは、エース君に生きていてほしかった」

 

「……あたしのそばで、笑っていてほしかった」

 

「……また、一緒にお出かけしたかった」

 

 彼女は、エースの手を握った。

 

 もう、握り返してはくれない。

 

「……ねえ」

 

 ミカは、俯いた。

 

「……あたしのナイト様」

 

 その言葉は、あまりにも小さかった。

 

 誰にも聞こえないほど、かすかな声だった。

 

「……どうして、いなくなっちゃったの……?」

 

 答えはない。

 

 ただ、静寂だけが広がっていた。

 

 

 * * *

 

 

 事件の後。

 

 トリニティ総合学園では、ミカとエースが襲撃された事件について、緊急の調査が行われた。

 

 正義実行委員会のツルギとハスミは、現場に残された証拠を調べ、ゲヘナの生徒たちを拘束した。

 

「……許せねえ」

 

 ツルギは、歯を食いしばった。

 

「ミカ様たちを襲うなんて……!」

 

「ツルギ、落ち着いてください」

 

 ハスミは、冷静さを保とうとしていた。

 

 しかし、その声にも怒りが滲んでいた。

 

「まずは、彼女たちから事情を聞きましょう。何が目的だったのか、誰の指示で動いたのか……すべて明らかにする必要があります」

 

「……分かってる」

 

 ツルギは、銃を握る手に力を込めた。

 

「でも、こんなの……」

 

 彼女は、言葉を続けられなかった。

 

 あのとき、もっと早く到着していれば。

 

 もっと早く異変に気づいていれば。

 

 エースを助けられたかもしれない。

 

 その後悔は、ハスミも同じだった。

 

 だが、現実は変わらない。

 

 神城エースは、死亡した。

 

 そして、彼を守ることはできなかった。

 

 

* * *

 

 

 数日後。

 

 ミカは、自室に閉じこもっていた。

 

 食事もほとんど取らず、誰が訪ねてきても、まともに返事をしない。

 

 ナギサは何度も部屋を訪れた。

 

 話しかけ、食事を置き、そばに座った。

 

 それでも、ミカはほとんど言葉を発しなかった。

 

 ある日の夕方。

 

 ナギサが部屋へ入ると、ミカは机の前に座っていた。

 

 机の上には、一冊の日記帳が置かれている。

 

 その隣には、淡い青色の石がついた小さなブローチ。

 

 エースと出かけた日に買ったものだった。

 

「……ミカ」

 

 ナギサが声をかける。

 

 ミカは、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……ナギちゃん」

 

「少し、食事を取りませんか?」

 

「……いらない」

 

「ミカ……」

 

「……ごめんね。今は、何も食べたくないの」

 

 ナギサは、無理に勧めなかった。

 

 代わりに、ミカの隣へ座る。

 

 しばらく、二人とも何も話さなかった。

 

 やがて、ミカが小さな声で呟いた。 

 

「……ねえ、ナギちゃん」

 

「はい」

 

「……エース君、最後まであたしを守ってくれたんだよ」

 

「……ええ」

 

「……あたし、知らなかった」

 

 ミカは、日記帳を見つめた。

 

「……エース君が、あんなに強かったなんて」

 

 ナギサは、静かに頷いた。

 

「……ええ」

 

「……でも、強いのに……」

 

 ミカの声が震えた。

 

「……どうして、死んじゃうの……?」

 

 ナギサは、答えられなかった。

 

 どんな言葉をかけても、彼女の悲しみを消すことはできない。

 

 それでも、そばにいることだけはできる。

 

 ナギサは、ミカの手を握った。

 

「……ミカ。あなたは、一人ではありませんわ」

 

「……うん」

 

「……私がいます。これからも、ずっと」

 

 

* * *

 

 

 事件からしばらくして。

 

 ミカは、エースが使っていた部屋を訪れた。

 

 机の上は整頓され、衣服もきれいに畳まれている。

 

 彼がいつ戻ってきてもいいように、部屋はそのまま残されていた。

 

 ミカは、部屋の中をゆっくりと見渡した。

 

 いつも彼が立っていた場所。

 

 お茶を淹れてくれた場所。

 

 自分の話を聞いてくれた場所。

 

 そこには、もう誰もいない。

 

「……エース君」

 

 ミカは、机の上に置かれていた小さな包みを見つけた。

 

 中には、一枚の紙と、小さなファンタジーバックルが入っていた。

 

 紙には、短い言葉が書かれていた。

 

 ――ミカ様が、いつも笑顔でいられますように。

 

 それだけだった。

 

 ミカは、紙を握りしめた。

 

「……ばか……」

 

 涙が、頬を伝う。

 

「……最後まで、優しいんだから……」

 

 彼は、最後まで自分のことよりも、ミカのことを考えていた。

 

 ミカは、ファンタジーバックルを両手で包み込んだ。

 

 それは、エースが変身するときに使っていたもの。

 

 彼が戦い、彼女を守った証。

 

 もう、彼が戻ってくることはない。

 

 それでも、このバックルだけは、ここに残っている。

 

 ミカは、胸元へそれを抱き寄せた。

 

「……あたし、忘れないから」

 

 声は震えていた。

 

「……絶対に、忘れない」

 

 彼の名前も。

 

 彼の笑顔も。

 

 彼の優しさも。

 

 そして、自分を守ってくれた最後の瞬間も。

 

「……エース君は……」

 

 ミカは、目を閉じた。

 

「……あたしの、ナイト様だったんだね……」

 

 その言葉は、もう届かない。

 

 それでも、彼女は何度も繰り返した。

 

「……あたしの、ナイト様……」

 

「……う、うぅ……」

 

 ミカは、声を押し殺して泣いた。

 

 その手には、ファンタジーバックルが握られていた。

 

 彼の形見。

 

 彼が最後まで手放さなかった、大切なもの。

 

 ミカは、それを決して離さなかった。

 

 まるで、手放してしまえば、エースとのつながりまで消えてしまうような気がしたから。

 

 

* * *

 

 

そのころ、ゲヘナでは。

 

 雷帝が、手に入れたデザイアドライバーとバックルを前に、満足げな笑みを浮かべていた。

 

「……ようやく、手に入れた」

 

 ベルト。

 

 ファンタジーバックル。

 

 ブーストバックル。

 

 シールド、ウォーター、レーダー、アロー。

 

 六つのバックルが、机の上に並んでいた。

 

「これで、私のものだ」

 

 雷帝は、ファンタジーバックルを手に取った。

 

 しかし、その瞬間。

 

 バックルが、淡い光を放った。

 

「……何?」

 

 次々と、バックルが光を帯びる。

 

 ベルトもまた、光の粒子を放ち始めた。

 

「待て……!」

 

 雷帝が手を伸ばす。

 

 だが、止められなかった。

 

 バックルが、ベルトが、目の前で消えていく。

 

 まるで、最初から存在していなかったかのように。

 

「……な、に……?」

 

 雷帝は、呆然と立ち尽くした。

 

 再び、失った。

 

 手に入れたはずの力が。

 

 目の前にあったはずの成果が。

 

 何一つ残らず、消え去った。

 

「……ふざけるな……!」

 

 雷帝の怒声が、部屋に響いた。

 

「またか……! また、私の手から消えるというのか……!」

 

 彼女は机を叩いた。

 

 怒りが、全身を駆け巡り、身体を震わせる。

 

 ようやく手に入れた。

 

 今度こそ、成功したと思った。

 

 それなのに。

 

「……なぜ、私の手から逃げる……!」

 

 雷帝は、拳を握りしめた。

 

 だが、どれだけ怒りを露わにしても、装備が戻ることはなかった。

 

 

 * * *

 

 

 その後、ゲヘナでは大きな動きが起きた。

 

 雷帝の独裁的な支配に反発する生徒たちが、次々と立ち上がったのだ。

 

 空崎ヒナをはじめとする実力者たちが結託し、反雷帝派の連合軍を形成。

 

 雷帝の支配体制は、少しずつ崩れていった。

 

 彼女は抵抗した。

 

 だが、以前のようにすべてを思い通りに動かすことはできなかった。

 

 やがて、雷帝は失脚した。

 

 その後、彼女は卒業を迎え、ゲヘナを去ることになる。

 

 しかし、彼女が仮面ライダーの力を手に入れようとしたことも、トリニティで何が起きたのかも、すべてが明らかになったわけではなかった。

 

 そして、雷帝が消えた後も。

 

 ミカの心に残った傷は、消えることがなかった。

 

 

* * *

 

 

 それから、ミカは変わった。

 

 以前のように笑うことは、少なくなった。

 

 もちろん、完全に笑わなくなったわけではない。

 

 ナギサと話すときには、無理にでも笑顔を作ることがあった。

 

 周囲の生徒たちの前では、いつも通りに振る舞おうとすることもあった。

 

 しかし、ふとした瞬間に、表情が消える。

 

 誰かが廊下を歩く足音。

 

 紅茶の香り。

 

 甘いお菓子。

 

 帰り道の夕暮れ。

 

 何気ない日常の中に、エースの記憶が残っていた。

 

 そして、そのたびに胸が痛んだ。

 

「……ミカ」

 

 ある日、ナギサが声をかけた。

 

「……少し、休みませんか?」

 

「……大丈夫だよ、ナギちゃん」

 

 ミカは笑った。

 

「……あたし、平気だから」

 

「……ミカ」

 

「本当に、大丈夫」

 

 そう言いながら、彼女は机の引き出しを開けた。

 

 中には、ファンタジーバックルが大切にしまわれている。

 

 それを見つめるミカの目は、以前とは違っていた。

 

「……ねえ、ナギちゃん」

 

「……何でしょう?」

 

「……ゲヘナって、どうしてあんなことをするのかな?」

 

 ナギサは、言葉を失った。

 

 ミカは続ける。

 

「……どうして、何もしてない人を襲うの?」

 

「……ミカ」

 

「……どうして、あたしの大切な人を……殺したの?」

 

 声が震えた。

 

 ナギサは、ミカの手を握ろうとした。

 

 しかし、ミカはそっと手を引いた。

 

「……ごめんね、ナギちゃん」

 

 彼女は笑おうとした。

 

 けれど、その笑顔はひどく痛々しかった。

 

「……今は、ちょっとだけ……一人にしてほしいな」

 

 ナギサは、しばらく彼女を見つめていた。

 

 そして、静かに頷いた。

 

「……分かりました」

 

 扉へ向かう。

 

 その直前、ナギサは振り返った。

 

「……ミカ。私は、あなたの味方です」

 

「……うん」

 

「何があっても、それだけは変わりません」

 

 ミカは、小さく頷いた。

 

 扉が閉まる。

 

 部屋に、静寂が戻った。

 

 ミカは、引き出しの中のバックルを見つめた。

 

「……ゲヘナ……」

 

 その声は、冷たかった。

 

 かつてのミカなら、ゲヘナの生徒と喧嘩をすることはあっても、すべての生徒を憎むことはなかった。

 

 良くも悪くも、彼女は自分の感情に正直だった。

 

 嫌いな相手には怒り、好きな相手には笑いかける。

 

 それだけだった。

 

 けれど、今は違う。

 

 自分の大切な人を奪ったのは、ゲヘナの生徒だった。

 

 あの襲撃が、誰の指示で行われたのか。

 

 誰が裏で糸を引いていたのか。

 

 ミカは、まだ知らない。

 

 トリニティの生徒たちが関わっていたことも。

 

 雷帝という存在が、現場にいたことも。

 

 彼女は、真実のすべてを知らない。

 

 だからこそ、彼女の憎しみは、一つの場所へ向かっていた。

 

 ゲヘナ。

 

「……許さない」

 

 ミカは、バックルを握りしめた。

 

「……絶対に、許さないから……」

 

 その言葉は、誰にも届かなかった。

 

 ただ、彼女の心の奥に、深く刻み込まれていった。

 

 

* * *

 

 

 数日後。

 

 トリニティの会議室では、事件についての報告が行われていた。

 

「……今回の襲撃に関与したゲヘナの生徒たちは、すでに拘束されています」

 

 正義実行委員会からの報告を受け、ナギサは静かに頷いた。

 

「分かりました。引き続き、背後関係の調査をお願いします」

 

「承知しました」

 

 報告が終わり、生徒たちが退室していく。

 

 最後に残ったナギサは、窓の外を見つめた。

 

 事件の全容は、まだ明らかになっていない。

 

 ゲヘナの生徒たちが、なぜミカを狙ったのか。

 

 誰が情報を流したのか。

 

 そして、エースを殺した生徒は何者だったのか。

 

 疑問は尽きなかった。

 

 しかし、今のナギサにとって、何よりも気がかりなのはミカだった。

 

 彼女は、日に日に口数が少なくなっている。

 

 以前なら、何かあればすぐにナギサへ相談していた。

 

 今は違う。

 

 自分の感情を、誰にも見せようとしない。

 

 まるで、心の扉を閉ざしてしまったかのようだった。

 

「……ミカ」

 

 ナギサは、そっとつぶやいた。

 

 彼女は、ミカの幼馴染だ。

 

 幼い頃から、ずっと一緒に過ごしてきた。

 

 ミカが笑うときも、怒るときも、泣くときも、そばにいた。

 

 だからこそ、分かる。

 

 今のミカは、ただ悲しんでいるだけではない。

 

 自分を責めている。

 

 エースを守れなかったこと。

 

 彼が自分をかばって命を落としたこと。

 

 そして、彼がいなくなった世界で、自分だけが生きていること。

 

 そのすべてを、彼女は自分の責任だと思っている。

 

「……どうすれば……」

 

 ナギサは、拳を握りしめた。

 

 エースは、ミカを守った。

 

 最後まで、彼女を守ろうとした。

 

 ならば、自分はどうすればいいのか。

 

 彼が守った少女を、今度は自分が支えなければならない。

 

 そう思っていた。

 

 しかし、簡単ではなかった。

 

 エースの代わりにはなれない。

 

 彼がミカに与えていた安心感も、優しさも、笑顔も。

 

 自分が同じように与えられるとは限らない。

 

 それでも。

 

「……私は、諦めません」

 

 ナギサは、静かに顔を上げた。

 

「……あなたが一人で壊れてしまうことだけは、絶対に許しませんから」

 

 窓の外では、いつも通りの学園生活が続いていた。

 

 生徒たちは笑い、話し、明日を迎える準備をしている。

 

 けれど、ミカの世界は、あの日から変わってしまった。

 

 そして、その変化は、すぐには戻らない。

 

 

* * *

 

 

 その後、トリニティでは。

 

 ミカが、以前のように明るく笑うことは少なくなっていた。

 

 ナギサは、そんな彼女を支え続けた。

 

 ときには厳しく。

 

 ときには優しく。

 

 幼馴染として、そばにい続けた。

 

 そして、ミカの部屋には、いつも一つのものが置かれていた。

 

 ファンタジーバックル。

 

 エースの形見。

 

 彼女は、それを大切に保管していた。

 

 誰にも触らせない。

 

 誰にも渡さない。

 

 それは、エースと過ごした日々の証だった。

 

 楽しかったお菓子作り。

 

 三人で過ごしたお茶の時間。

 

 一緒に歩いた帰り道。

 

 そして、最後に交わした約束。

 

 それらは、もう二度と戻ってこない。

 

 それでも、ミカは忘れなかった。

 

 忘れられなかった。

 

 彼が自分を守ってくれたこと。

 

 彼が最後まで、自分のことを考えてくれたこと。

 

 そして、彼が自分にとって、どれほど大切な存在だったのか。

 

「……エース君」

 

 ミカは、今日もバックルを見つめていた。

 

「……あたし、まだ……あなたに話したいことが、いっぱいあるよ」

 

 返事はない。

 

 それでも、彼女は続けた。

 

「……だから、もう少しだけ……ここにいてね」

 

 バックルを胸元へ抱きしめる。

 

「……あたし、忘れないから」

 

 彼女は、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……絶対に、忘れないから……」

 

 その声は、小さかった。

 

 けれど、確かな決意が込められていた。

 

 エースが生きていたこと。

 

 エースが自分を守ってくれたこと。

 

 そして、エースが命を落としたこと。

 

 そのすべてを、ミカは決して忘れない。

 

 たとえ、時間が経っても。

 

 たとえ、周囲が前へ進んでも。

 

 たとえ、もう二度と彼に会えなくても。

 

 彼は、彼女の心の中に残り続ける。

 

 ――あたしのナイト様。

 

 その言葉は、彼女の胸の奥で、静かに響き続けていた。

 

 

     * * *

 

 

 ――そして、誰も知らない場所で。

 

 新たなデザイアドライバーが、静かに目を覚まそうとしていた。

 

 デザイアドライバー。

 

 ブーストバックル。

 

 そして、まだ見ぬ新たな可能性。

 

 その力は、再び次の持ち主へと受け継がれていく。

 

 だが、ミカはまだ知らない。

 

 自分が大切にしている形見と、同じ力が、いつかまた誰かのもとへ現れることを。

 

 そして、その力が再び世界を揺るがすことになるのを。

 

 ただ一つ、確かなことがある。

 

 あの日。

 

 聖園ミカは、大切な人を失った。

 

 そして、彼女の心には、決して消えることのない傷が残った。

 

 その傷は、彼女を変えた。

 

 笑顔の裏に、深い悲しみを抱える少女へ。

 

 ゲヘナという名前を聞くだけで、胸の奥に怒りが込み上げる少女へ。

 

 そして――。

 

 かつて自分を守ってくれた騎士のことを、永遠に忘れられない少女へ。

 

 物語は、まだ終わらない。

 

 けれど、この章の終わりに。

 

 ミカの願いだけは、叶わなかった。

 

 ――また一緒に、お出かけしよう。

 

 その約束は、もう果たされることがない。

 

 彼女の隣を歩くはずだった人は、もういない。

 

 ただ、彼の形見だけが、彼女の手の中に残されていた。

 

 金色のバックルを抱きしめながら、ミカは静かに涙を流した。

 

 そして、何度も、何度も。

 

 もう届かない名前を呼び続けた。

 

 「……エース君……」

 

 

──────────────────────────────

 

 『A』─情報

エースは、仮面ライダーの力にリスペクトして、必要なとき以外は基本変身しないし、変身できることを他人に見せることもない。

 

 

・エース

執事の責務を最後まで全うしようとして、全う出来なかったバカ野郎。実はゲヘナからトリニティに転生する前に一度死んでいる。死因は、レッドウィンター連邦学園付近で遭難し、そのまま誰にも発見されずに凍死。(アビドス編も、ユメが発見しなければこうなっていた。)

 

・聖園ミカ

大切な人に庇われ、そのまま死なせてしまったことで、心閉ざしてメンタルへラッた魔女。今回の事件で、原作と違い明確にゲヘナが嫌いになった。エデン条約断固反対派。

 

・桐藤ナギサ

エースが重傷を負ったと連絡を受け、爆速で駆けつけた友人思いな紅茶ガール。曇るミカをなんとか励ますも、エースが死亡しミカ共々曇る。エースのお陰で、原作よりもミカとの距離が近い。

 

・羽川ハスミ

まだ胸部装甲の潜在能力を秘めている頃の新人ちゃん。彼女が戦闘音を聞きつけ現場に急行しなければ、エースと同じくミカも殺されていた、今回のMVP。エースの死亡を聞くも、エースとの面識が無いため、精神ダメージは最小限で済んだ。

 

・剣先ツルギ

トリニティが誇る未来の歩く戦略兵器少女。もし、雷帝が戦いを続行していても、増援が来るまで粘れてた。エースの死亡を聞くも、エースとの面識が無いため、精神ダメージは最小限で済んだ。

 

・蒼森ミネ

裏で、滅茶苦茶曇ってた子。エースとの面識は無いが、エースを救えなかったことを激しく後悔している。原作同様、救護に命を捧げる暴走車となる。

 

・雷帝

前回に引き続き、エースを殺したマジの元凶。戦闘力は大型のバックル+ブーストバックルを使用したエースでも真正面からは勝てないぐらい強い。エースのライダーシステムを狙うも2度失敗。最後は原作通りヒナたち連合軍に敗れ、そのまま卒業した。出番はもうない。

 

 




次の章はアンケートの結果見て作るため、出きるまで少し時間がかかるかも……

次の舞台アンケート(次は原作開始から1年前です。)

  • ミレニアム編
  • アリウス編
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