コツコツと私がいる執務室に向かってくる足音が聞こえてくる。その足音は普段往来されているときのものよりもちょっと遅く、一歩一歩の音が鳴る間隔が微妙に違っていて不均一なリズムを奏でている。
私の仕事がさらに増えるときの合図だ。
「……はぁ、まだ増えるんですか」
私はさっきまで動かしていた手をいったん止めて、ぼーっと壁の装飾を見ながら積み重なっていた疲れを吐き出そうと無意識に声を出していた。
この執務室には私しかいないので、誰にも聞こえないのが幸いだ。
……そうだ。自己紹介をしないとね。
私は四季映姫・ヤマザナドゥと申します。ちなみに四季映姫が名前、ヤマザナドゥは役職名ですね。
ここ彼岸──
……まあ、とりあえずこんなものね。
もしかしたらこの名前を聞いたことがある人がいるかもしれない。それもそのはず、四季映姫という人物は『東方project』という弾幕ゲームに存在するキャラクターの中の一人なのだ。
しかし、なぜそのゲームの世界の住民である私が『東方project』というゲームの存在を認識しているのかというと、少しだけ複雑な話になってくる。
さっきの自己紹介はあくまでゲームでの『四季映姫』の……平たく言えば設定を話したに過ぎません。
もう一度自己紹介をしましょう。
正確には、私は『四季映姫』の肉体を使っている者。言わば四季映姫に憑依している、または成り代わっている転生者ということになる。
だからこそ、私は前世の記憶を持っているし、この世界が『東方project』の中であることに気づいた。
閻魔という存在、幻想郷という場所。普通に過ごしているだけでここが元居た場所では考えられない妖と神々がいる前代未聞の不思議な世界であることにはすぐに分かった。
そして、原作の四季映姫の性格を知っている人ならわかると思うが、彼女は幻想郷の中でも最もといっても過言ではないほどに真面目で仕事に対して精力的な人なのだ。
また、その厳かな性格が相まって幻想郷の住人に対してよく説教をして回っていたなどのエピソードも有名である。
しかし、原作ではそのような性格である彼女だが、私が成り代わってしまったことが良くなかった。
残念なことに私はそこまで仕事に対して熱心になれない。もちろん、四季映姫に成り代わった身として与えられた仕事をするという責務は果たそうとしてはいる。
だが、その量があまりにもとんでもなさすぎるのだ。
今だって私の机の上には大量の資料と書類が佇んでいるが、まだこの半分も終わっていないのにどんどんとこの山は増えていく一方なのだ。
私は前世ではそこまで仕事がものすごいできるわけでもなかったし、今だって何とか頑張って仕事をこなしてはいるが、原作ほど閻魔としての仕事を全うできているかと言われれば首を横に振るしかなくなる。
そう、私は閻魔としての仕事に向いていないのだ。
だからこそ、私は仕事に対してどうしても前向きな気持ちを沸かせることができない。
本当に、つくづく本来の四季映姫に対して申し訳なく感じてしまう。
そんなことを考えていると、この執務室へ近づいてくる足音が扉の前で止まって、コンコンと扉をノックの音がこの執務室の中に響き渡った。
「四季様ー、入りますよー」
扉が開かれて表れた人物の手には大量の書類が抱えられており、片手でそれを支えていることからぐらぐらと今にも崩れそうである。
そして、私がいる机の元に来て大量の書類をドンッと置いた。
「はー、重かった。追加の書類です、四季様」
「ありがとうございます、小町。もう良い時間ですしあなたは休憩してもらってもいいですよ」
壁にかかっている時計を見てみると昼休みの時間を既に過ぎていた。
さっきまで夢中で目の前の書類とにらめっこしてたばかりだったので、完全に今の時間を確認することを忘れていた。
「あなたはって……四季様は休憩なさらないんですか?」
「私はまだ仕事がありますからね。……後でさせてもらいましょう」
悲しいことにこの大量にある書類をすべて終わらすためには全くと言っていいほど時間が足りない。
小町の前では休憩は後ですると言ってしまったものの、さすがに休憩をとるのは無理があるだろう。
少しばかり小町に小さなうそを吐いてしまったことに申し訳なく感じるが、心配をかけるわけにはいかないので仕方ないと割り切る。
……そういえば、小町の紹介をしないとね。
目の前にいる長身の女性は小野塚小町。彼女も『東方project』のキャラクターの一人で種族は死神だ。
小町は原作での四季映姫の真面目な性格とは対照的であり、仕事に対して不真面目でサボり癖もあり幻想郷で休んでいる姿をよく見ると言われている。
そんな小町は今は私の仕事の補佐をしてくれている。
この時期は閻魔としての仕事の量が特に多く、小町には本来の仕事である三途の河の渡し船の船頭としてだけではなくデスクワーク的な仕事にも手伝ってもらっている。
サボり癖のある小町に仕事を増やすのは幾分か申し訳なくも感じるが、まあいつものサボった分の仕事が回ってきたと思っておくと気が楽だ。
「四季様も一緒に休憩しましょうよー。最近、四季様働きすぎですって」
「いや、そういうわけには……」
「それに、後で休憩を取るって四季様言いましたけど本当に取っているとこ見たことないですよ?」
「うっ……」
痛いところを突かれてしまった。
小町の言う通り今までも同じような言い訳をしていたものの後から休憩をしたことなんて一度もなかった気がする。
やっぱり小町にはバレてたのか……。
「図星じゃないですか! やっぱり今日のところはもう休憩しましょうよ。ストレス解消も仕事のうちですって」
「……ですが」
まだまだ仕事が残っている今、私は本当に休憩してもいいのだろうか?
特にこの時期はいつにも増して仕事の量はどんどんと多くなっていくし、一日中仕事をしてもなお終わらないことなんてざらなのだ。
原作の四季映姫はこんなときどうしただろうか?
素直に休憩を取るべきか……それとも仕事を終わらせようとするか……
それに一番最悪なのは私が仕事に対して前向きでないとばれてしまうことだ。ばれてしまったら最後、本当に原作の四季映姫に顔向けなんてできなくなってくる。
私がそのように考えていると突然私の腕が引っ張られる感覚がした。
「ほら、行きますよー! 四季様は何食べます?」
「ちょっと小町! 私はまだ行くとは言ってませんよ!?」
「いーや、今日ばっかりはあたいに付き合ってもらいますよ!」
小町はそう言って私を無理やり執務室から外に出して機嫌がよさそうに私の腕を引きながら休憩しようと連れて行ってしまった。
ああ……今日は残業確定だ……。
私が休憩を取っているときにも増え続けるであろう書類の山を想像しながら、私は小町の連行に抵抗することを諦めて渋々小町とともに昼食を取ろうと歩いて行った。
ほんのちょっとだけ無理やり休憩に連れ出してくれたのが嬉しかったのは小町には内緒だ。
私が抵抗するのを諦めたのが小町にも分かったのか「ようやく諦めてくれましたね!」と言ってスキップをしそうな勢いで上機嫌になっていた。
そんなに喜んでくれるとさっきまで文句を言おうとしていたけれど言いづらくなる。
私は溜息を吐いて小町について行った。
▽
小野塚小町には尊敬している人物がいる。小町の上司である四季映姫だ。
小町はそもそも仕事というものを前向きに考えることができない人物だ。真面目とは対極に位置するといっても過言ではないと小町自身も自負している。
そんな小町が映姫を慕っている理由はその真面目さだけでなく、映姫が人一倍頑張り屋であるというところも大きい。
あんな大量の仕事を嫌な顔一つせず頑張る姿は小町からすれば尊敬の一言に尽きる。
また、ここ是非曲直庁の者たちの多くは映姫が仕事に対して非常に精力的で、なんなら仕事を好んでいるという印象を抱いているが、小町から見ると映姫はそこまで仕事に対して前向きであるという感じがしないのだ。
どちらかというとその真面目さが相まって仕事を頑張っているという印象を受ける。
もちろん映姫は小町がそのように思っているとはかけらも知らない。
映姫は原作との齟齬がないように頑張ってはいるが、映姫と頻繁に関わっている者からすると映姫の本質は既にぼんやりと見破られているのだ。
「……ほんと、四季様は頑張ってるなー」
しかし、それで小町の尊敬の念が消えることは一切無かった。
むしろ小町と同じく仕事に対して良い印象を持たないのにも拘らず、自分の責務を全うしようと頑張る姿は小町にとって非常に好印象だった。
だからこそ、より一層映姫に対して小町は懐くことになっていった。
「何か言いましたか? 小町」
「いえいえ、なーんにも言ってませんよ」
小町は映姫の手を引っ張りながら昼食が取れそうな所へと向かっていく。
さっきまで休憩を取るのをだいぶ渋ってはいたものの、なんだかんだ嬉しそうな表情を浮かべているのが小町にはわかっていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
無事、受験が終わって大学生活も始まったので小説投稿のリハビリもかねてのんびり投稿していこうかと思います。
少しでもこの小説が良いと感じた方は高評価と感想をお願いします!