私はお風呂に入った後、すぐに寝てしまった。
正直、かなり疲れていたし夜ご飯を食べる気にすらならなかった。あとやることと言ったら寝るぐらいだろう。
そういうわけで、私は爆睡をかました。最近の楽しいことと言ったらこれしかないだろう。
社畜は寝る時が一番の癒しなのだ。
と言っても、ものすごく長く寝ているというわけではない。
休日だからって昼まで寝るというわけではなく、きちんと朝には起きている。
本音を言えば遅くまで寝ていたいが、家に溜めていた仕事をしなければならないのでそういうわけにもいかないのだ。
いつもの休日だったら、1日丸ごと使うほどとはいかないもののかなりの量の仕事を強いられる羽目になることが多かった。
だが、今回は違う!
小町が手伝ってくれたことも相まって今日やらなくちゃいけない仕事は少なめだ。
本気を出せば昼過ぎぐらいには終わるだろう。
「ふふふっ、こんな日が来るなんていつぶりでしょうか」
少なくともここ数ヶ月……もっとかもしれないが、そのレベルでこんな良い休日は取れていない。
神様に感謝しなければ……!
まあ、一応私も神様の分類なんだけどね。閻魔だし。
おっと、話が脱線してきている。
さてさて、もうそろそろ仕事を始めようかな。
「よし、頑張りましょう」
私は自分に向けて激励の言葉を一言投げかけて集中力を引き出した。
「……よし、これで最後ですね」
私は背伸びをして後ろに倒れこむ。
是非曲直庁ではこんなみっともない所作なんてできないが、ここ私の家では何をやっても自由なのだ。やりたい放題できるのが素晴らしい。
とりあえず、溜まっていたすべての仕事は終わらせることができた。
今週は家に持ち帰った仕事の量が少なかったので助かった。
「……さて、これからどうしましょう」
現在の時刻としては午後三時ぐらいである。ほとんど想定通りの時間だ。
いつもはもっと遅くに仕事が終わるから、やることとしては夜ご飯を食べてお風呂に入って早めに寝るぐらいしかしていないことがほとんどだった。
だが、さすがに今日そのような生活を送るのは味気ないにも程がある。
それに、これだけ早く仕事を終わらせることができたのだからちょっとぐらい休みの日を楽しみたいという気持ちもある。
いつもだったらなかなか浮かばない欲望だけれども、私にだって休日を楽しむ権利ぐらいはあると思うのだ。
それに加えて、昨日の小町との会話が私にそう言う気持ちをもたらしたというのもある。
『休日に何をしてるか……ですか』
『そうですよー。四季様が普段休みの日にどんなことしてるのかあたい全然知らないんですよね~』
『んー……期待しているようで悪いですけど地味なものですよ。仕事がほとんどですし……』
『えぇ!? 休みの日ぐらい仕事のことなんて忘れましょうよ!』
『と言われても……何をするべきなのか……』
『そんなのテキトーで大丈夫ですよ~! 四季様だったら……美味しいもの食べたり、まったり本を読んだり……とかですかね』
『んんー?』
小町の性格からすると自明で、そしてこの後の会話からも分かったことなのだが、やはり小町は休日の過ごし方がかなり充実している。
それはもう見習いたいほどだった。
そんな満たされた休日の過ごし方を聞いてしまったので、ちょっとぐらい私の休日にも彩りが欲しいと思ってしまう。
そんな休日のプロの小町から提案されたのは美味しいものを食べたり本を読んだりすることだったけど……。
「……結構、有りですね」
そこまでがっつり食べたいというわけではないから、食べるとしたらちょっとした甘味とかそこらへんだろう。
そして、そういう嗜好品が出回っているのは基本的には人里だ。
人里は幻想郷の中でも人間が安心して暮らせるエリアとして有名だ。
だけれども、別に人間以外が絶対に立ち寄ってはならないというわけではない。
そもそも寺子屋の教師には獣人もいるし、たまに永遠亭から人間のふりをして薬を売りにくる子だっている。そこらへんまあまあ緩い。
そういうわけで人間でない私が人里へ行ってはならないというわけではないのだ。
考えれば考えるほど行きたい理由が思い浮かんできた。
「そうと決まれば早速支度をしましょうか!」
今から人里に行けば混んでもいないちょうど良い時間になっていることだろう。
さーて、さっさと着替えて出発しよう。
「……うー、緊張してきた……」
とうとう人里に着いてしまった。
いや、別に来たくなかったわけではないんだけど、単純にここに来ることがなさ過ぎてちょっと緊張しているのだ。
人里にはほとんど知り合いがいない。
そもそも私が是非曲直庁外に出向くこと自体が稀なのだ。
あの寺子屋の教師にも会ったことないし、原作主人公の博麗の巫女や白黒魔法使いにだって今まで見たこともないのだ。
そういうわけで今の私は孤独なのだ。
「……どこで食べましょうか」
一人だと独り言も増える。当たり前だけど。
人里の中はまだ日が出ているので大量に人間が歩き回っている。
人々の顔を見てみると気力に満ちて笑顔が絶えていないといった印象を受け、昨日までの私を思い出すといろいろと胸が痛い。
私は一通り人里のお店を見て回っていると一つ目を引く店を見つけた。
「……餡蜜ですか」
どうやら最近オープンしたばかりの店らしく、遠くからちょっと見ただけでもかなり繁盛してるのが分かった。
元居た世界でも私は餡蜜が好きだった。だけれどもこの世界に来てからは一度たりとも食べることができなかった。
ここに寄ってみるのはかなりアリかもしれない。
ということで私はその店の列に並んだ。
こんなに列があるのだから結構時間がかかるかもしれないと思っていたが、どうやらこの店は持ち帰りにも対応しているようで、思っていたよりもだいぶ早くお店の中に入ることができた。
私は念願の餡蜜を手に入れると、外にあった長椅子に座って堪能する。
「んん~! これ美味しいですね」
思っていた以上の美味しさに思わず声が出てしまった。
長蛇の列ができるわけだ。本当に美味。
いつだって甘味は女性の心を癒してくれる。
だから気が緩んでいたんだろう。この人里では唯一私のことを知っている人物が近づいていても全く気が付かなかった。
「……あれ? もしかして……閻魔様!?」
「え」
あまりにも突然すぎたので全身がびくっとなって、声が上手いこと出せなかった。
私が急いで声のする方向に顔を向けると、そこには黄色い羽織と赤いスカートを着ている少女がこちらを見ていた。
その表情は驚きが隠せないといった感じで口をあんぐりと開けていた。
えーと、誰だっけ?
驚きすぎて記憶がぶっ飛んでしまっているから、まともな思考回路すらできていない。
見たことは……あるはずなんだけど……。
私が目の前の少女を凝視していると、目の前の子は何かに気が付いたように両手を口に当てて慌ててまた話してきた。
「──あっ、失礼しました! この姿でお会いするのは初めてでしたね」
そこまで聞いて私の記憶回路は一気に蘇った。
そうだ。思い出した。人里にいる人間の中で唯一私と深い関係がある人物がいるではないか。
私も何度か彼女の
「私は九代目阿礼乙女の稗田阿求です。このたびはこのような姿でお世話になります」
目の前の子はそう言って軽く一礼をしてきた。
「……なるほど稗田家の」
道理でぼんやりとしか思い出せなかったわけだ。
私は幻想郷に来てから出会った人たちの顔を思い出そうとしていたわけだが、彼女に関してはこの世界で出会ったのはほとんど初めてだ。
彼女は『東方project』のキャラクターの一人である稗田阿求だ。
阿求は『幻想郷縁記』という書物を書くことに文字通り命を懸けており、何世代にもわたって転生を行うことでこの冊子を書き続けているのだ。
そして、転生を行うときには閻魔の許可が必須であり、それに加えて百年以上閻魔のもとで働かなければならないのだ。
何回か私が彼女の転生の手続きを行ったこともあって彼女自体は知っていたのだが、現在の彼女の転生を担当したのはもう一人の閻魔のほうだったから今の彼女の姿を見たのはほぼ初めてだった。
「お久しぶりです。……いや、初めましてと言うべきなのでしょうか」
「ふふっ、私からしたらお久しぶりですね」
阿求は軽く笑って手を口元の前に当てた。
さすがだ。一つ一つの所作がお嬢様っぽい。
……それに比べて──
「……それにしても、気の抜けた姿を見られてしまいましたね」
「いえいえ! そんなことはありませんよ!」
阿求は否定してくれているが、阿求に声をかけられてた時の私の表情はあまりにも情けないものだったに違いない。
餡蜜を美味しく食べて顔が緩んでいるときに慌てて顔を向けたわけだから、その時の顔はさぞ酷いものだったろう。
「……でも、閻魔様が甘いものを食べてる姿は新鮮ですね」
「……たしかに、あなたと仕事をしているときにそういったものを食べた記憶はないですね」
「というより、食べているところもあまり見てない気が……」
阿求は色々と言いたそうな雰囲気だった。
「……そういえば、あなたはどうしてここに?」
阿求だけではなく稗田家全般に言えることだが基本的に体がそこまで強くはない。
外出することぐらいはあるだろうけど、何かしら用があったりするのだろうか。
「実は私もこの餡蜜を食べに来たんです。……もうそろそろ使いの者が買ってくると思います」
まさか阿求も同じとは!
さすが私の舌を唸らせた餡蜜。人里の中でもっとも有名なお嬢様さえも虜にしているらしい。
ふと店内を見てみると阿求の従者らしき人が餡蜜を手にもってこちらに向かっているのがわかる。
その従者はこちらに近づいて私に一礼した後、阿求に餡蜜を手渡した。
「ありがとうございます。……閻魔様、隣で食べてもよろしいでしょうか?」
阿求は餡蜜を受け取った後、私のほうを向いて小首を傾げて聞いてきた。
もちろん、断る理由なんてなかった。
「もちろん良いですよ。一緒に楽しみましょう」
阿求は私の隣に座って餡蜜を食べ始めた。それに続いて私も餡蜜を口に運ぶ。
一口食べただけでもとろけそうなくらいの甘さが私の口を包む。
阿求もそれは同じだったようで、頬に手を当てて美味しさを極限にまで表現している。
その姿は何世代にもわたって転生しているのにも関わらず、どこにでもいる普通の少女のようでとても可愛らしかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
とうとう映姫様が是非曲直庁外に出て行きました。
小町だけじゃなく他のキャラともこれからは関わりを持たせるつもりです。
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