幻剣のフブキ   作:ナスの森

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ゼムリア大陸……私を呼んでいるのか……

 

 気が付けば、見知らぬ草むらの上に座り込んでいた。

 ……何を言っているのか分からないとは思うが、本当にそうとしか説明できない状況だった。

 

「……ここは」

 

 周囲を見渡す。

 ……少なくとも、自分がさっきまでいた所やその周辺地域にここまで緑が生い茂っている場所なんてなかった。

 つまる所、少なくとも自分は近所に遊びに行った……では済まされない位には自宅から遠い場所に来てしまっているという事になる。

 

「……いや、おかしいだろう」

 

 ……そもそも外出した記憶すらないというのに、遠い所に来てしまったというのはおかしな話では無いか。

 よく耳を澄ましてみれば……遠くでの川のせせらぎが聞こえた。

 あぁ、久々に釣りでもしてみたいなぁ、なんてどうでも思考が過ぎったが、そんな事を考えている場合ではないと立ち上がろうとして。

 

「ッ、重ッ……!?」

 

 途端に、体に感じた余りの重力に、再び草むらの地面に崩れ落ちてしまう。

 ……正確には、腰の左右両側に感じた重力。

 まるで大きな鉄の重しでもぶら下げられたかのような体の重さ。

 崩れ落ちた体勢を整え、思わず腰の左右に感じられた重しの正体へ目を下ろした。

 

「……これは、日本刀?」

 

 これには唖然とする他ない。鉄の重しでもぶら下げられたかのような、というのは比喩表現でもなんでもなく、正に言葉通りだったのだから。

 時代錯誤の剣も、ましてや拳銃の所持すら認められない現代日本で過ごしてきた身としては、この事実だけでも十分に混乱に値するが、更なる問題が目の前に積み重なる。

 

「なぜ、4本もあるんだ?」

 

 腰に下げた日本刀は1本どころではない。腰の左右に2本ずつ。1本は切っ先を上向きに、もう1本を下向きにした状態で差しており、それらが腰の左右にある。

 道理で重いわけである。

 普通なら立つ事すらままならない重量の筈だ。

 

「……本物なのか、これ」

 

 恐る恐る、鞘から1本だけ引き抜いてみせる。

 感じる鉄の重みからして本物である可能性が高いのだが、それでも、せめて模造刀の類いであってくれと願いながら引き抜く。

 もしこれが本物ならば、往来に出てしまえば自分は確実に社会的に死ぬ。

 鉄による環境汚染を考えれば安易な不法投棄もできない。

 引き抜いたその刀を、まじまじと見やる。試しに草むらから毟った葉っぱにその切っ先を通して見せたら、ものの見事に葉っぱは真っ二つになった。

 

「………最悪だ」

 

 嗚呼、神よ、と天を仰ぐ。

 悲観していてもしょうが無いと、引き抜いた刀に再び目線を下ろす。

 ……形状こそ日本刀と分かるものではあるが、よく見なくともそのデザインは普通の日本刀では考えられないモノだった。

 それに。

 

 

「……何か、既視感があるぞ」

 

 

 この日本刀の特徴をざっと列挙してみせる。

 刀身は真っ黒で、切っ先は黒字の上に塗られた血のように紅い。

 刀身の峰側の方は、根元近くに鋸のようなギザギザと、切っ先手前の部分にも何かを引っかけられるような不自然な丸い欠け目がある。

 その黒い長方形状の鍔は、刀身を境目に、峰側にかけて中央に切れ目(スリット)が走っている。

 そして最後に、白い革巻で拵えられた柄。

 

 どう見ても、某艦船擬人化ゲームに登場するとあるキャラの専用装備の見た目そのものではないか。

 

 

「まさかッ」

 

 

 嫌な予感が迸り、今度こそ刀の重みなど知ったことかと言わんばかりに体が思い切り立ち上がる。

 遠くから聞こえる川のせせらぎ音を頼り、その方向へと草木をかき分けながら走る。

 ……やがて、川に辿り着くと即座にしゃがみ込んで、水面に映った自分の顔を覗き込んだ。

 

 そこには、想像通りの、今現在の自分の容姿が映し出されていた。

 長い銀髪に、狐を思わせる獣耳。(あくまでそのように見える髪型というだけであって、普通の人間としての耳はちゃんとあった)

 白を基調とし、水色のスカーフを巻いたセーラー巫女服は、容姿も相まってクールで落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 凜々しい、鋭い、空のような青い瞳。

 困惑している内心とは裏腹に、武人然とした空気をこれでもかと放つこの美少女を、最早見違える筈などなかった。

 

 

「…………………(かわ)(かぜ)だな、どう見ても」

 

 

 どう見ても「アズールレーン」の江風そのものである。ちなみに尻尾までは生えてなかった。

 というより、さっきから冷静に聞いてみれば自分の声も普段聞こえる己自身の声とは全然違うモノであることになんで気付かなかったのだろうか。

 

 

(かわ)だけに、か? ハハハハ……」

 

 

 川の前で力なく笑いながら、その場にへたり込む。

 白露型9番艦、江風。大日本帝国海軍の保有していたこの駆逐艦をモチーフに擬人化した存在。それこそが今自分がなってしまった少女であるこの江風なのである。

 確かに推しキャラではあったし、ゲームをやっていた時はケッコンまでする程のお気に入りであったが、何も彼女そのものになりたいなんて思ったことは一度もない。

 せめて自分が紛い物としてなるのではなく、重桜の江風として自分の前に現れてくれるのならば、とちょっぴり思ったが、すぐさま脱線した思考を元に戻す。

 

 

「……どうすればいいんだ、これから」

 

 

 目覚めれば何処かも分からぬ見知らぬ場所。

 見渡せど確認できるのは川、草、森ばかり。

 手持ちは碌に振り方も知らぬ日本刀4本。

 ……一体、これでどうしろというのだろうか。

 

 

「……えぇい、女々しい」

 

 

 パチン、と両頬を手で叩いて弱気になった気持ちを無理矢理鼓舞させる。

 まだ、把握できるている現状は少ない。

 これから生き残るためにも、何とか突破口を見つけていかなければならない。

 

 

「まずは持ち物だな。武器以外に何かしらあればよいのだが……」

 

 

 心なしか声ばかりか口調も彼女に近付いているのを実感しながらも、自身の懐を漁ってみる。……今は自分自身の体とはいえ、推しキャラである少女の懐を(まさぐ)るという事に背徳感を感じないでもなかったが、そんな事は二の次だった。

 

 その結果、刀以上に訳の分からないモノが出てきた。

 

 結論を言うと、出てきたのは掌サイズの正立法体の物体だった。

 

 

 もう一度言おう、掌サイズの正立方体の物体だった。

 

 

 一体、それがどうしたのだと言いたくなるだろう。

 その正立方体状のアイテムのデザインはまあ、悪くはないモノだった。

 黒い外枠に囲まれた、白を基調とした箱状のアイテム。その白地には水色の羽根の蝶が描かれており、まさしく江風のイメージカラーにピッタリのデザインの箱だ。

 

 問題は、その箱の一面にあったある部分。

 その面の中央にある、箱の中身と通じていそうな小さな穴と、その穴の中心を通る、箱を開けるため裂け目があった。

 

 どう見ても、とある漫画に登場する兵器を収納するための、とあるアイテムそのものである。

 

 

「……ガチャガチャなんて回した覚えはないぞ、私は」

 

 

 困惑して呟く。

 只でさえアズールレーンの江風擬きになってしまっただけでも意味が分からないのに、ここに来て更に別作品の要素まで持ってくるのは本当にやめて欲しい。

 そもそも本物かどうかも分からない上に、仮に本物だとして、自分は死ぬ気の炎なんて灯せるわけもない。

 

 

「……死ぬ気の炎といえば……」

 

 

 呟いて、自分の右手中指を視界の前に(かざ)す。

 ……そこには、嵌めた覚えがない筈の指輪(リング)が嵌められていた。

 

 「家庭教師ヒットマンREBORN!!」という漫画作品が存在する。その作品に登場する、(ボックス)兵器と呼ばれる兵器群。普段は掌サイズの匣に収納される兵器は、その兵器に対応した属性の死ぬ気の炎を匣の中に注入することで(かい)(こう)し、使用者の戦闘行為の補助、または共に戦闘を行ってくれる兵器が匣の中から現れる。

 その種類は多岐に渡るが、その説明は今は省くとしよう。

 

 その(ボックス)を開匣するのに必要な死ぬ気の炎を灯すためのアイテムが、その炎を灯せる石をはめ込んだリングなのだが……。

 

 

「……石が嵌められてないな……」

 

 

 今、右手の中指に嵌められているそのリングには、石を嵌めるための窪みのようなモノはあっても、肝心の炎を灯すための石はなかったのだった。

 だがその窪みの部分を覗いてみると、何やら基板の細かい回路らしきモノの光が走っているのが見えた。つまり、このリングは装飾品ではなく、何らかの用途を想定した機器である事は明白なのだが。

 その用途が今ここで分る筈もない。

 

 

「……ハァ……」

 

 

 落胆のため息と共に、他にも何か使えそうな物がないかと懐を漁ってみたが、匣と、石の嵌められてないリング以外には何も無かった。

 もしかしたら死ぬ気の炎を灯せるのではないか、という中二病男子ならば一度は夢見たロマンすら実現できないというのも、この状況ではクるものある。

 

 

「……これくらい、気にするまでもない……」

 

 

 気丈にそう呟いてみせるが、その声に力はない。

 事実、死ぬ気の炎が灯せない、などといった下らない理由で意気消沈してなどいられる状況ではなないのだが、それはそれ。これはこれである。

 

 

「まずは食糧、だな」

 

 

 顔を上げ、今後の展望を見据える。

 

「こんな深い森に、この川だ。魚は勿論、それを目的に獣たちもここに来るだろう。さすがに熊は狩れないが……魚や小動物くらいならば……」

 

 腰の刀を見やりながら、そう呟く。

 刀である必要はなくとも、よく切れる刃物が1本あるだけでも、サバイバルには多く役立つ。何しろ、物の加工に、切る、叩く、削る、という行為はどうしても欠かせない。そういう意味では刀があるのは有り難い。

 

「いや、私は江風(かのじょ)じゃない。コレを狩りに使うべきではないな……」

 

 そもそも、自分には剣術の心得なんて持っちゃいない。将来的には使えるように素振りくらいはするべきだとは思うが、即席で採用する武器としては心許ない。せめて銃でもあればよかったのだが……。

 

「……となれば、やはり釣りしかないか。ならば今やるべき事は1つ」

 

 どうにかして、釣り竿を調達しなくては。

 そう思い、立ち上がる。

 現在、釣り竿を手に入れる方法は二通り。

 その辺の木や、どうにか釣り糸代わりになりそうな材料を調達した簡単な釣り竿を自作すること。

 もう1つは、どこからか既存の釣り竿を持ってくること。

 

「……さすがに、後者は現実的ではないがな」

 

 どこかの誰かが落としていったものを偶然拾った、という奇跡でもない起きない限りはこの方法は取れない。

 ましてや、こんな明らか人の手によって舗装された後もない森林の中では、そのような物を見つけられる筈がないと。

 

 ……そう思っていたのだが。

 

「………随分と、都合がいいな」

 

 上流側を見上げた先の土手に落ちてるソレを目にして、呆れたように呟く。

 喜ぶべき所ではあるが、このような幸運が舞い降りてしまうと、その分だけ後々不幸が降りかかっては来ないだろうかと、邪推してしまう。

 

「……状況からして、ここに放棄されたのではなく、誰かの落とし物が上流側から流れてきたのか。という事は……」

 

 そう遠くない所に、人の手の入った釣り専用のスポットがあるという事実に他ならなかった。

 

「近いとも限らんが、いい事は知れた」

 

 だが、それを知れた所で容易にこの場からは動けない。

 せめて最低限の食糧と身なりを確保してから赴くべきだろう。

 もし近くに村か、町があったとしても、よそ者には冷たい排他的な住民だったら目も当てられない。

 

「……幸先はいいな。なら、今度は餌作りだ」

 

 その辺の草をかき分け、虫を捕まえて簡単な魚の餌をいくらか作っておく。

 それを釣り竿の縄に引っかけ、竿の縄を川へ思い切り投下した。

 

「……」

 

 座りながら、獲物が掛かるのををじっくりと待つ。

 待てど待てども、獲物がかかる気配はないが、本来釣りとはそういう物だ。

 特に焦ることもなく、のんびりと獲物がかかるのを待った。

 

「……やはり、釣りはいいな」

 

 ボーっと空を見上げながら呟く。

 こうして川を眺めているだけで心が落ち着く。先行きの不安を、一時だが忘れることができる。

 食糧確保の目的以外にも、こうして精神安定剤代わりと今後も続けていこうと決心した……その時だった。

 

「……む?」

 

 背後から気配のような物を感じ、そちらへ振り向く。

 

「何者だ?」

 

 呼びかけるが、返答が返ってくる様子はない。

 釣り竿を持ちつつ、木々の向こうから漂う気配を注視する。

 ……やがて、現れたのは、この世に存在する生物とは形容しがたい、ナニカだった。

 

 そのナニカは、見つけた獲物を前に涎を垂らしながら、自分の方へ殺気を跳ばしていた。

 それを見た時、思わず竿を手放さなかった自分を褒めたい。

 

「……熊、どころではないな、これは」

 

 静かに絞り出せたこの場の感想。

 ちなみに、口調とは裏腹に内心では混乱で一杯であった。

 

 ……にも拘らず、この体は、まるでこの先やるべき事が分かっているかのように、いつの間にか立ち上がっていた。

 不思議な感覚に呑まれつつ、その手はいつの間にか腰の刀へ添えられている。

 

「やるしかないという事か、江風?」

 

 この体にそう問いかけるが、返答が返ってくることはない。

 まあ、今は自分自身なのだから、当たり前だ。

 猛獣が動く。だが、それよりも早く動いていたこの体は。

 

 

「────()る」

 

 

 それよりも早く、猛獣の目すら捕らえられるスピードで猛獣の傍を通り過ぎたこの体は、ゆっくりと、その手に持った「御狐様からの艦装刀」(擬き)を鞘に収めていた。

 

 猛獣は、悲鳴を上げる暇もなく、跡形もなく消えて無くなった。

 消えると同時に、宝石の欠片のような物をまき散らしながら。

 

「……」

 

 その様子を、ハイライトの少ない目で振り返りながら見つめた後、何事もなかったかのようにまた川の前に立ち、再び釣り竿の縄を水流の中に投下した。

 

 

「……あぁ、うん、きっとこれは夢だ。釣りをしよう、とにかく釣りだ。釣りをして睡眠を取れば明日には夢から覚める」

 

 

 そんな現実逃避をしながら、初日にしては上々といった量の魚を釣りつつ、木の上で睡眠を取った。

 

 

 

 

 

 ……勿論、都合よく、夢から覚めるなどいうことはなかった。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 数週間後、この間の猛獣と同じような生物が鉱石の欠片を残して消えていくのを確認し、刀を納める。

 暫しの残心。

 ひと息ついて暫く後、ついに感情の決壊が崩壊した。

 

 

「……一体、ここは何なんだっ!!?」

 

 

 堪らず、八つ当たりに艦装刀が抜かれ、勢いで隣の木を根元から切断してしまう。

 その芸当は刀の切れ味のみならず、ここ数週間の戦いで剣の振り方をモノにしてきたが故の技だった。

 

 

「あのような死に際に鉱石の欠片をまき散らすような、珍妙で獰猛な生物ばかり……それだけならまだそういう場所だと気にしなかったが……普通の動物も見掛けるのは一体なんなんだっ!!? そもそも死に際に鉱石の欠片をまき散らすって一体どういう生物だ!!? そんな設定を持った生物……1つしか、思い浮かばないぞ……」

 

 段々と語尾を萎ませながら、そう呟く。

 あの珍妙な生物たちのデザインが妙に見覚えがあったのも、何ならその生物が落とす鉱石の欠片がどういうモノかも、覚えがあった。

 

 ……あぁ、本当に勘弁して欲しい。

 

「艦船少女に、匣兵器に……極めつけには七耀石(セプチウム)……一体、どんな混沌とした状況だ……頼むから、誰か説明してくれ……」

 

 なんと言うことだ、別作品(アズールレーン)に、別作品(カテキョー)に、別作品(英雄伝説)の要素が混ざり込んだ混沌とした状況である。

 この江風擬きボディーを以てしても理解不能な状況である。

 

「魔獣に、七耀石……軌跡シリーズか。英雄伝説はガガーブトリロジーからやりこんでいたが……ゼムリア大陸だとして、場所は何処だ?」

 

 リベールか、エレボニア帝国か、それともカルバード共和国か、はたまたまったく別の場所か。

 

 ……ここ数週間、釣りで食糧を確保しては、行く先々で遭遇する魔獣たちを刀で切り捨ててはの繰り返しの毎日だった。

 おかげでこの体の使い方は大体分かったし、あれだけ重かった腰の4本の艦装刀擬きも大分軽く感じるようになった。

 未だ死ぬ気の炎は灯せないし、匣の中身は不明だが、それについては期待していない。

 

 この先生きていくだけならば、このままでも暫く問題ない。

 問題ないのだが。

 

 1つ、1つだけ重要な問題があった。

 

「……とてつもなく、寂しい」

 

 元々、人付き合いは得意な方ではないし、1人でいる方が好きなタイプではあるが、だからといって進んで孤独になりたい人間という訳では、自分はなかった。

 人の喧噪に混ざるのは苦手だが、人の喧噪を遠くから眺めるのは嫌いじゃないし、数週間誰にも会えずに化け物達との生存競争や食糧サバイバルばかりをやっていては、さすがに人肌が恋しくなってくる。

 別に話したいとか、触れ合いたいとか、そこまで高望みをしているわけじゃない。

 釣りを精神安定剤代わりにするにも限界がある。

 

 本当に時々。時々で良いのだ。

 誰も良いから、自分と同じ人間を一目、この目で見たい。

 それだけでも精神状態は格段に違ってくるのだ。

 

 

「……(まち)を捜すか」

 

 

 ひと息吐きながら、再び刀を鞘に収める。

 ここがゼムリア大陸のどの辺なのかは分からないが、本当に軌跡シリーズの世界なのだとしたら、ちゃんと発展した文明と、そこに住まう人々の営みが点在している筈である。

 それに、画面越しでしか見れなかった登場人物たちを直接リアルでお目にかかれるかもしれないという下心も、ない訳ではない。

 

 

 

「……いざ、人の栄地へ」

 

 

 

 一茶の不安と、僅かばかりの期待感を胸に、この場から立ち去っていった。

 

 

 

 ────そして。

 

 

 

「……あれは、」

 

 

 

 あれから何時間歩いただろうか、何とか人の住む街らしきモノが遠くに見えたのだが、様子がおかしかった。

 遠目からでも分かる、そびえ立つ時計塔が特徴的な街なのだが……。

 

 

 

「……火の手が上がっている。あの量は祭り事どころじゃない」

 

 

 

 段々と表情を真剣なモノに変化し、火の手が挙がった街へ向けて、耳を澄ませてみる。

 ……聞こえてくるのは、砲弾や銃声、建物の倒壊する音。

 ……そして、人の悲鳴。

 

 厭な汗が、額から流れ落ちる。

 

 

「時計塔、虐殺……だとしたらまさかッ……!」

 

 

 ─────今の時系列と場所は、空の軌跡本編開始前の、10年前のロレント!!

 だとしたら、あの“悲劇”だって起こる筈だ。

 

 

 

「……間に合え」

 

 

 

 いても立ってもいられず、腰の艦装刀に手を掛けながら疾走する。

 例えそれが本来の運命を覆す行為なのだとしても……失われると分かっている命を見捨てる程、非情にはなれなかった。

 

 

     ◇

 

 

 ここはリベール王国ロレント地方に位置する地方都市ロレント。農業や工業を始めとしたリベール王国の第一次産業を担う産業都市でもあり、今現在、インフラを始めとした技術の主流となっている導力器に欠かせない七曜石を産出する鉱山を保有しているなど、リベールにとっては多くの意味で重要な意味を持つ都市。

 

 後に百日戦役と呼ばれるこの戦争において、リベールは現在、北のエレボニア帝国と戦争をしていた。

 小国でしかないリベール王国と、その北に位置する大国エレボニア帝国。

 戦う前から戦力差は歴然。周辺諸国の誰もが、この戦いはエレボニア帝国の圧勝で終わるだろうと目されていた。

 

 だが周辺諸国の予想に対し、この戦争は今や、リベール側の勝利で終わろうとしていた。

 開戦から既に三ヶ月が経過。

 開戦から二ヶ月の時点でエレボニア帝国の圧倒的な兵力を前に、リベール王国軍内で厭戦感情が高まっていたが。

 

 1人の英雄の存在によって、ソレは覆ろうとしていた。

 その英雄の名はカシウス・ブライト。彼が率いる独立機動部隊による各地方の関所の奪還、それに加えレイストン要塞から船を用いて各地に展開した王国軍主力部隊によって、リベール王国各地に分散していた帝国軍が確固撃破され、戦いリベールの勝利という形で迎えようとしていた。

 

 あくまで、迎えようとしていただけで、戦争そのものは、まだ終結していない。

 今回の戦争の勝利は、リベール側で終わるだろうと、開戦前の世論とは覆り、帝国側の一派たちすらその事実を認識していた。

 

 

 だからこその、今回の襲撃だった。

 この戦争の立役者であり、本来自分達が勝つ筈だった戦争の結果を覆した、リベール王国の英雄、カシウス・ブライトへの復讐。

 最早開戦前の建前だった大義すら存在しない、完全な八つ当たりによる、帝国軍の一派による復讐だ。

 

 

 そしてその復讐作戦が決行され、カシウス・ブライトの故郷であるこの地方都市ロレントは今、そんな復讐に燃えた帝国兵たちによる襲撃を受け、街は火の海となっていた。

 

「殺せ! ロレントの住民は皆殺しだ!!」

「此度の戦争、我らの勝利で終わる筈だった。なのに貴様が、貴様がいたから!!」

 

 帝国兵たちの八つ当たりの弾丸がロレントの住民たちに向けられる。

 彼らの恨みの矛先である肝心の英雄は現在、このロレントにはいない。

 だが、そんな事彼らには知ったことではなかった。

 この殺し回っている住民の中に、もしかしたらカシウス・ブライトがいるかもしれない。

 否、もしかしたらとっくに殺していて、自分達の復讐はもう完遂されているのかもしれない。

 それを考えるからこそ、彼らは止まらない。

 この復讐を終えるまで、止まれない所まで来ていた。

 

 そんな火の海に囲まれたロレントの街の中を逃げる、一組の親子がいた。

 

「うぅ……こわいよ、おかあさん」

 

 母親の腕に抱かれた子供が、怯えた表情で言う。

 力なく母親の服の布地を震える手でしがみつくその姿からは、普段の天真爛漫な娘の姿は最早見る影もない。

 

「ハァ……ハァ、大丈夫よ、エステル。きっともうすぐお父さんが帰ってきて、助けてくれるから。それまで……」

 

 ────私が、貴女を守るから。

 娘と同様に怯えに体を震わせつつも、何とか安心させまいと気丈な笑顔で娘の頭を撫でながら母親は優しく言う。

 

「お母さん……うん……そうよね……きっとお父さんが」

 

 何とか笑顔を取り戻した娘は、母親ももう一度安心させるように笑う。

 

 しかし、そんな2人の僅かな希望すら、世界は打ち砕こうとしていた。

 突如として、頭上から聞こえた大きな爆発音に、母親は娘を抱きしめながら上を見上げる。

 

 

「────あ……」

 

 

 絞り出たのは、絶望の、掠れ声。

 ロレントの、エステルを産んだこの場所のシンボルである時計塔が今。

 帝国軍の砲撃を受け、崩壊していた。

 崩壊した時計塔の天辺の瓦礫が、無情な鉄槌となって、親子に襲いかかった。

 

 恐怖のあまり涙した母親はそれでも、歯を食いしばる。

 ────せめて、この娘だけでも……!!

 迫り来る命の危機から目を瞑ることなく、せめて娘のエステルだけでも瓦礫が落ちるこの場所から思い切り遠ざけようとして。

 

 

「────え?」

 

 

 そして、母親は見た。

 突如として────真っ二つとなった時計塔の瓦礫。

 2つに割れたその隙間から姿を現した、白い閃光を。

 

 その閃光の正体は、両手に1本の黒い刀を携えた銀髪の少女。

 その少女は真っ二つになった瓦礫の隙間から現れるや、すぐに母親の体を抱いて、高速でその場から離脱した。

 まるで瞬間移動でも思わせるかのようなその速度に、母親は一瞬息を潰されたかのような感覚に陥るも、次の瞬間にはその息を取り戻した。

 

 ドサリ、と優しく体を地面に下ろされる感覚を覚える。

 

「大事ないか、ご婦人?」

 

 凜々しい女性の声に、母親と娘は思わず見上げる。

 そこには、先ほど瓦礫から自分達を助けたと思しき、銀髪の白い少女が立っていた。

 リベール王国では見ない、白い出で立ち。

 よく見れば手に持つ黒い刀以外にも、腰に同じような刀を何本か差しているのが見受けられた。

 

 だが、母親が目を引かれたのは、その部分ではなかった。

 

 母親は何より、少女のそのハイライトの薄い、深い海のようなブルーの瞳に目を奪われていた。

 

 ────あぁ……。

 思わず、母親は思う。

 

 ────何て綺麗で、そして……悲しい瞳なのだろう。

 こんな年の少女が、こんな悟ったような目を、していいものなのかと、母親は周囲の惨状も忘れて思わず悲観に暮れた。

 

「……ご婦人?」

「……っ、えぇ。その……助けてくれて、有り難うございます」

 

 少女の呼び声に意識を引き戻された母親は、慌てて目の前の白い少女に礼を言う。

 先ほど自分達がいた所を覗いてみれば、そこは既に時計塔の瓦礫に押し潰されていた。

 この少女がいなければ、自分と娘は今頃、この世にはいなかっただろう。

 

「……無事でよかった。早く避難するといい。家までは護衛しよう」

「そんな……そこまで……ッ!!?」

 

 そこまでされるのは悪い、と言おうとして、突如として聞こえてきた大勢の足音に、母親はまたしても口を噤んでしまった。

 少女もまたその異変に気付いたのか、その鋭い瞳を周囲に目配せしていた。

 

 そして、いつの間にか、彼女らを1個小隊の帝国兵達が取り囲んでいた。

 

「一体……何なのだ貴様は……」

 

 隊長らしき男の、戸惑うような質問が少女へと向けられる。

 その様子からして、おそらく目撃していたのだろう。

 崩落する時計塔の巨大な瓦礫。その瓦礫を一振りで真っ二つにして、下敷きになろうとしていた親子を助けた少女の姿を。

 

「答えろ!! 貴様は一体何者だっ!!」

 

 怯えたように声を上げて問う隊長であったが、少女は微動だにせず、ただ静かに隊長の方を見据える。

 その得体の知れなさに隊長は余計に恐怖を覚えつつも、何とか落ち着かせて部下に指示を出す。

 

「……まあいい。ロレント市民は皆殺しにしろとの命令だ。相手は女2人に、子供1人────一気に殺してしまえっ!!」

 

 隊長が手を上げて部下に指示すると共に、銃弾が一斉に少女と親子の方へ向かう。

 母親を思わず自分の背中を盾にして、娘を庇うように抱きしめるが、その背中に銃弾が1つとして当たる事は無かった。

 

「なっ……バカな……」

 

 帝国兵全員がその異様な光景に狼狽える。

 一斉に放たれた銃弾は1つとして当たることはなく……その全ては、いつの間にか抜刀されていた少女の両手に持った2本の黒刀によって弾かれていたのだ。

 その光景に、全員が唖然となる他ない。

 

 その中、少女は構えていた2本の刀をゆっくりと下ろし、その静かな瞳で帝国兵たちを射貫く。

 首に刃物を宛がわれたかのような、針のような鋭い圧に帝国兵たちは思わず後ずさる。

 

「女子供でも容赦なし、か。やはり戦いは……何も変わらないのだな」

 

 諦観を含んだような呟き。

 その呟きを聞いた母親が唖然として少女の方を見る。

 

 この場の全員が動けないでいる中で、少女は一歩踏み出す。

 静かに、だが確かな意思を持って。

 

 そして────

 

「安心せよ。一瞬で終わらせてやる」

 

 そんな静かな言葉と共に────その蹂躙(じゅうりん)は、始まった。

 今まで狩る側だった者たちが、狩られる側に回るその瞬間を、親子は後ろから見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 そこから先は、語ることすら烏滸がましい、一方的な蹂躙劇だった。

 導力銃で武装した1個小隊の帝国兵たち。

 それに相対するは、両手に抜いた2本の刀を持つ少女剣士。

 

 最早戦いにすらならないと思われるその光景は今や、真逆の結果となって現れている。

 少女の両手に持った2本の黒刀を前に、兵士達は血を吹き出しながら為す術なく倒れていく。

 無慈悲に、白い少女は2本の黒刀で兵士達の命を刈り取っていく。

 迫り来る銃弾の嵐の中を瞬く間に駆け、時には銃弾すら撃つ暇を与えられず、兵士達は一太刀の元に葬り去られていく。

 

 ものの数秒で、死体となって倒れた帝国兵たちと、その中心に立つ少女の構図が完成されていた。

 

 

 

 

 

 その光景を、母親は娘の目を手で覆い隠しながら、唖然として見ていた。

 

 

 

 

 

 佇む少女が何を考えているのか、母親には分からない。

 ……でも、あの悲しい瞳を思い出した母親は、このままではいけないと思って立ち上がり、少女の方へ駆け寄った。

 

 

     ◇

 

 

 刀を振るう感覚は、この数週間の野宿生活で散々魔獣を相手にしたことで慣れきっていたが。

 人を殺す感覚だけは、この体を以てしても慣れないものだった。

 ただ一目、寂しさをまぎわらせるために同じ人間を見たいとここまで来ただけなのに、なんで自分は魔獣ではなく、人を斬っているのだろうか。

 

 それでも表向きに動揺を出さなかったのはこの少女の体のおかげだろうか。

 ネガティブに染まった思考を振り払って、近くにあった帝国兵の死体へ歩み寄る。

 この一件を以てして、自分はもういよいよ、後戻りできない所まできていたのだなと漠然と思いつつ、せめて自分が殺した者の顔を覚えてあげようと近付く。

 

「……ん?」

 

 そう思い近付いた時、兵士の死体の近くに、光る宝石のような物があったのを見掛けたので、思わず拾い上げる。

 その光る石は、ゲームをプレイした時でも散々見た代物だった。

 

「“幻”属性の結晶回路(クオーツ)……この兵士の落とし物か」

 

 銀色の見た目からして属性までは分かるモノの、どんな名前のクオーツなのかは見ただけでは分からない。

 

「……待てよ、この形状」

 

 ふと思い至って、右手中指に嵌められた、窪みのあるリングを見やる。

 手に持つ幻属性のクオーツの大きさが、何となくリングにある窪みと合いそうだと思ったので、思わず嵌めてみた。

 その結果……。

 

「……嵌まったな」

 

 見事、幻属性のクオーツが嵌まった指輪を見て呟く。

 つまりこの指輪の窪みはクオーツを嵌めるための物だったのだ。

 当然、こんなの嵌めた所で“死ぬ気の炎”なんて、灯せるわけないと思ったが。

 

 ───待てよ?

 思い直す。

 そういえば、あの作品の匣兵器って、大抵名前の頭の部分に属性の名前が入っていたが、1人だけ霧属性にも拘らずその属性の名前が入っていない匣兵器を使っていたな。

 

 ───属性の名前の変わりに、頭についていたその匣兵器の頭の文字は、“幻”。

 

「……まさか」

 

 再び、懐の匣を取り出して見つめる。

 もしやこの匣は、あの幻術使いの剣士が使っていた物と同じ……?

 

「あ、あの……!!」

 

 後ろから声がして、匣を懐にしまって声の方へ向き直る。

 その声の主は、先ほど自分が助けた女性。

 そして────本来ならば、死すべき運命にあった人物。

 

 あぁ、知っているとも。

 本編開始時で既に故人だったその人物の名を。

 

「私はレナ。レナ・ブライトと言います。この子は娘のエステル」

「よ、よろしく……お姉ちゃん」

 

 母親に釣られて、娘もまた戸惑いつつも自分に頭を下げて挨拶した。

 そして、その娘の名もまた知っている。

 なぜなら、自分もまた、画面越しに彼女の行く軌跡を見届けた人物でもあるから。

 

「あの……貴女のお名前は……」

 

 おそるおそる、といった様子で母親は聞いてくる。

 

 名前、か。

 こんな(なり)で、元の名前を守るのも馬鹿げているという話だ。

 なにか、この見た目に丁度良い名前でもないか。

 単に江風(かわかぜ)と名乗るのも不自然にも程がある。なにか丁度良いファーストネームと組み合わせられてやっとと言った所か。

 そう考えた時、思い浮かんだ名前は1つだけだった。

 

 

「……フブキ」

 

 

 

 

「フブキ・カワカゼだ。カルバードから来た。(よろ)しくは……しないでいい」

 

 

 

 

 

 そうして、私は噓を吐く。

 




・幻騎士は剣を4本差している、江風ちゃんも刀を4本差している。
・大剣装備時の幻騎士は蒼い斬撃や幻覚によるミサイルを飛ばす。江風ちゃんも特殊弾幕で斬撃や魚雷を放つ。

よって江風ちゃんは幻騎士 Q.E.D


現在の江風ちゃん(偽)の持ち物

・御狐様からの艦装刀(擬き)×4
見た目はアズールレーンの江風が持っている黒い刀そのもの。
2023年に特殊装備として実装され、特殊斬撃を放てるようなった。

・クオーツをはめ込めるリング
クオーツをはめ込むための窪みが入った指輪。
現在は幻属性のクオーツがはめ込まれている。

・白い匣
見た目はどう見ても、某復活漫画に登場する匣兵器を収納する匣そのもの。
匣の中身の匣兵器の詳細は不明。
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