幻剣のフブキ   作:ナスの森

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『幻』の炎

 

 ゆったりとした、川のせせらぎが心地よく耳に浸透する。

 完全にサバイバル状態だった一週間前とは異なり、ある程度舗装された釣り場での釣りというのは、あの時とは比べものにならないくらいの安らぎがある。

 今の自分はさぞかし、それこそ寮舎でのSD江風のような困り眉の気の抜けた表情をしている事だろう。

 

「10ぴきめふぃーっしゅッ!! フブキ姉は?」

「24匹目だ」

「……ムムム、ショーブはまだまだこれからなんだから!!」

「別に勝負でもないだろう」

 

 隣で釣り竿を持ちながら、頬を膨らませて此方に対抗意識を燃やしてくるエステル・ブライト暫定5歳に、思わず苦笑してしまう。

 ……というより、5歳でよく釣り竿を持てるものだな。

 この頃からこんな明るさとアグレッシブさを持っていたのかと思うと、彼女の軌跡を見届けた身としては感慨深いものがある。特に日陰を生きる人間からしてみれば眩しい事この上ないだろう。

 ……だからこそ、あの琥珀の瞳の少年はこの娘に惹かれたのだろうと、容易に想像することができた。

 

 故郷を襲われた直後であるにも拘らず、この明るさを保っているのは肝が据わっているというか何というか。

 ……それとも、原作とは異なり母親を失っていないからこうなっているだけかもしれないな。

 

「えへへへ」

「……どうした、そんなに笑って?」

 

 隣で嬉しそうにはにかむエステルに、思わず聞いてみる。

 

「まさかフブキ姉も釣りが好きだなんておもわなかったなー」

 

 あんなにつよいフブキ姉が、とキラキラとした目で嬉しそうに付け足すエステル。

 曇りのない瞳に、思わず目を逸らす。

 ……その強さは、決して己自身のモノではないからだ。その、己自身とも言えぬ代物で、自分は無責任に人を殺めてしまった。

 

「……あぁ、釣りは好きだ。頭を空っぽにして、何も考えなくていいからな」

 

 思わず、江風(かのじょ)と同じような台詞を口ずさんでしまったが、これに関して自分自身本当にそうだと思っている。

 ……元より、現代日本で安穏と暮らしていた自分に、人を殺す覚悟などなかった。にも拘らず、自分は思いきった衝動のみで、帝国兵たちを1人残らず殺した。

 覚悟がなくともいざその時が来れば、この体は容易に人を斬ることができてしまうのだろうと。そういった強い確信がある。

 ……いや、そう考える事で逃げようとしている自分と、この先多くの人々に光を見せていくだろう目の前の主人公を比べると、己の心の弱さがさらけ出されそうで嫌になる。

 

 そんな後ろ向きの考えすら、こうしている間は忘れることができるからな。

 現代日本社会の闇に揉まれて心がすり切れた時も、釣りは自分を救ってくれた。

 釣りは癒やしだ。これだけは譲れない。

 

「……う~ん、おてんばになれるって事?」

 

 言葉の意味が分からず頭に?マークを浮かべながら出てきたエステルの言葉に思わずずっこけそうになる所を堪える。

 バカになれる……という意味では間違ってないだろうが、間違ってもこの将来お転婆娘には言われたくないぞ。

 おかげで後ろ向きな気持ちも吹き飛んだが……いや、だからこそのエステル・ブライト、か。

 

「所でエステル、1つ聞きたいことがあるんだが?」

「んー、なーに?」

 

 なんだか馬鹿らしくなって、話題を変える。

 1つ、気になっていた事があったのだ。

 

「お前の家にあった釣り竿立て。私とお前以外にもう1本分の空きがあったが、あの家には私とお前以外にも釣りに出かけている御仁がいるのか?」

「……ギクッ」

 

 その体を震わせたエステルを、思わず訝しんでしまった。

 目を逸らしたエステルの表情は伺い知れないが、よく見たら気まずそうに汗をだらだらと流している。

 ……いや、一体どうしたんだ?

 

「……う~ん、えっと、その~」

「……なにか疚しいことでもあるのか? 誰にも言わないから、話してみたらどうだ?」

 

 部外者である自分絡み、ということはまずはあり得ない。

 おそらくこれはエステル達家族間の問題だろう。

 釣り竿のスペースが1本空いている要因の人物に心当たりはあるが、時系列的に考えればその人物はまだブライト家には帰っておらず、軍務に従事している筈だから、釣り竿を持って出かける、なんて事はあり得ない。

 ……ちなみに、私が今使っている大人用の釣り竿はエステルの母親であるレナさん用らしいが、彼女はあまり釣りをしないため有り難く私が拝借させてもらっているという形だ。

 

 暫く待つ内に、話す気になってくれたのか、エステルはポツリ、ポツリと漏らし始めた。

 

「……実は、おとうさん用のつりざお、内緒でつかいたいっておもって……でも、それで釣りをしてみたら重くてうまく持てなくて……そのぉ~」

 

 その言葉に、まるで天啓を得たかのように体中に電撃が迸る。

 ……まさか、あの釣り竿。

 

「……落としたのか、川に?」

「……うん」

「レナさんには言ったのか?」

「…………………言ってない」

「……そうか」

 

 しょんぼり項垂れるエステルと、感慨深く天を仰ぐ自分。

 エステルは罪悪感で落ち込んでいるが、そんなエステルを責めることは私はできない。

 

 ……むしろ、自分はエステルに感謝する立場にすらある。

 エステルが川に落としたであろう釣り竿は、おそらく自分が下流で拾い上げて数週間世話になった釣り竿そのものだ。川の位置からして間違いない。

 なんという事だ、エステルのやらかしによって、私は命を救われていたのだ。

 あの都合の良さ……まさにファルコム主人公が起こす奇跡だったのだ。

 

 エステルは、自分の命の恩人だったのだ。

 

 そう理解した途端、いつの間にか自分の手はエステルの頭の上に置かれていた。

 

「え、ちょ……フブキ姉……ワッ!?」

 

 わしゃわしゃ、と感謝の意を込めてエステルの頭を撫でた。

 エステルが釣り竿を落としてくれなければ、あのサバイバル生活で自分は食糧を得ることも、精神の安定を図ることもできないでいたことだろう。

 この娘にはもう足を向けて寝れそうにない。

 

 ……とりあえず、お返しの意味も含めて釣り竿は取って来てあげよう。出来ればレナさんが気付く前に。

 誰かに取られでもしない限りは、釣り竿はまだ自分が目覚めた近くの川にある筈だ。

 そうすればエステルも怒られないで済むだろう。

 

「~~~~~~ッ、もう、フブキ姉ったらッ」

 

 だが、それが我慢ならなかったのか、エステルは頬を紅潮させながら自分の手を振り払ってしまった。

 ……しまったな、怒らせてしまった。

 我ながら、感謝の意を表明するにも色々やり方があっただろうに。

 子供相手に何をやってるんだか。

 

なぐさめてくれてるのはわかるけど……フブキ姉ったら、もう知らないッ!!」

 

 そう言って、エステルは思い切り立ち上がり自分の釣り竿を地面に叩きつける。

 ……おい、また川に落ちても知らんぞ。

 そのままエステルはプンスカと森の方へと向かっていく。

 

「……おい、どこに行く?」

「虫獲りっ!!」

 

 エステルはいつの間にか引っさげていた虫獲り用を掲げながら、そう宣言する。

 ……さすがに、虫取りまでは付き合えないが。魚の餌用に捕まえるのなら話は別だが。

 

「……そうか、勝負とやらはどうする?」

 

 このままじゃ私の勝ちだが?と自分の魚箱を叩いて言外に挑発してみる。

 子供相手に大人げない言い方だが、出来ればこれでまた引き返して来てくれると嬉しい。

 

「知らないっ! フブキ姉はそこでよーくはんせいしてっ!」

「……分かった分かった……ここで待ってるよ」

 

 フンだっとエステルはそっぽを向いたまま虫獲りに行ってしまった。

 拗ねた子供をあのまま追いかけるのは、むしろ得策ではないと自分の経験が教える。

 ここら辺は魔獣が少ないし、いたとしても大人しいのばかりだ。

 エステルの逃げ足なら……まあなんとかなるだろう。

 

「……私も少し休むか」

 

 釣り竿を横に置いて、ハァっと空を見上げる。

 見上げた所で、空の女神はこの状況をなんとかしてくれる筈も無く、それが苛立って今度は川の水面へと目線を下げた。

 ……そこにはやはりというべきか、自分の推しの気の抜けたような表情が映っていた。

 今となっては自画自賛になってしまうが、やはり江風は可愛かった。

 推しの顔をずっと見ていたくて、暫くその水面とにらめっこを続けてしまった。

 

「って、そう考えている場合じゃないだろう」

 

 どうしたら元の世界に帰れるか、という問題もあるが目下の悩みはそこではない。

 ……おもむろに、また右手を空へと翳す。

 そこには、あの帝国兵の兵士の死体から拾い上げた“幻”属性の結晶回路(クオーツ)をはめ込んだ、中指に嵌まったリングがある。

 

「匣と一緒に身に付けていたリング……いや、まさかな」

 

 (ボックス)と一緒に身に付けていた、石をはめ込んだリングなど、思い付く用途は1つしかないだが、それはないと頭を振る。

 ……はめこんだ石は、ただの結晶回路(クオーツ)だ。確かにこの軌跡シリーズの世界においては、導力機械の稼働や、導力魔法(オーバルアーツ)の起動においては重要な役割を果たすが、これ単体ではただエネルギーを貯蔵するだけの光る石でしかないのだ。

 間違っても、あの世界におけるトゥリニセッテ(世界の維持)の役割を果たす代物でもなければ、ましてや特別な鉱石から精製した、死ぬ気の炎を灯せる石でもない。

 

 そもそも、あの世界とは、象徴となる“属性”すら異なるというのに、なぜ死ぬ気の炎を灯せるという発想に至ったのか。

 

「……つくづく、救いようが無いな私は」

 

 自嘲が零れる。

 死ぬ気の炎など灯せる筈がない。

 それが分かっているにも関わらず、自分の根底の部分ではその可能性を捨てきれずにいる。

 だが、それも仕方ないだろう。

 死ぬ気の炎を灯せるというのは、それだけで戦力増強に繋がる。(ボックス)も開匣できるようなれば、それだけで戦術の幅は広がる。

 この世界で、生き残っていくための手段が、増えるのだ。

 

 

 ……いや、そんな事など、建前に過ぎない。

 だって、死ぬ気の炎だ。死ぬ気の炎だぞ?

 ご丁寧に(ボックス)らしき物まで用意されて、それでかつファンタジーな世界に放り込まれて、リングまで用意されたら……そんな物、燻っていた少年心が期待しないわけないじゃないか。

 

 

「……確か、死ぬ気の炎を(とも)すに必要なのは、覚悟だったか」

 

 

 そんな、少年心を捨て切れない自分は、結局その心に従ってしまうのだった。

 点せる筈などないのに、これで点せなかったら恥ずかしいにも程があるが、物は試し、駄目元という奴だ。

 

 

「……覚悟、か」

 

 

 言ってみて、やっぱり駄目だという諦めが芽生える。

 ……自分に、あの世界の人間のような、炎を灯せるほどの覚悟などある筈もないと今更ながら思い出す。

 どこまで言っても自分の心は中途半端だ。己の弱さとも向き合えず、他者と比較して惨めな己に打ち震える日々。他人のモノでようやく立てる弱者に灯せる筈などないのだ。

 

 ……だが、それでも強いて言うのであれば。

 一週間前、燃えるのロレントの街を前にして、衝動的にエステルの母親を救う決意を固めたこと。

 ……いや、あれは決意というには烏滸がましい、謂わば衝動的な行動だ。結果として人を斬ってしまった後悔の割合の方が大きい今となっては、覚悟と呼べる代物ではない。

 

 

 ────それでも私は、あの時の衝動を思い浮かべながら、半ば瞑想に耽った。

 

 

「────え?」

 

 

 そして、ナニカが駆動するような音が聞こえ、思わず目を開く。

 その駆動音の音源は、リング。

 やがて、その駆動音が止むと同時に。

 

 

「なっ!?」

 

 

 指輪にはめ込まれた幻属性の結晶回路(クオーツ)から────。

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()が、灯っていたのだ。

 

 

 

 

 

「──────」

 

 

 

 

 

 波打つ動悸は、最早納まることを知らない。

 灯せる筈がないという諦観と、灯せるかもしれないという僅かな期待感。

 相反する2つの感情を抱いた先に待っていた、夢のような、信じられない光景。

 

「………ハッ……!!」

 

 どうにか動悸を落ち着かせ、リングに灯ったその銀色の炎をまじまじと観察する。

 この色に、この形状。

 漫画やアニメで見た、大空の七属性や大地の七属性とも似つかない炎。ましてや復讐者達が使う夜の炎ですらない。

 おそらくあの世界のどの属性にも該当しない属性の炎。

 この炎の属性を、強いて言うのだとすれば。

 

 

「七耀の……“幻”属性の、死ぬ気の炎?」

 

 

 幻属性のクオーツから灯っているのだから、そうとしか言い様がない。

 

 

「……・なんて、ことだ……」

 

 

 声の震えが止まらない。

 死ぬ気の炎を灯せたという興奮よりも、それよりも先んじて、このリングに対する戦慄の方が遙かに勝ってしまう。

 

 とうとう、判明してしまった謎のリングの機能。

 ────このリングは、はめ込んだクオーツの石に、死ぬ気の炎を灯す機能を付与する代物で間違いない。

 それもあの世界の属性の炎ではなく。

 

 ────おそらく、この世界を象徴する、七曜由来の属性を宿した死ぬ気の炎を点すための。

 

 巫山戯るな。

 

 この江風擬きの身体よりも。

 懐にある(ボックス)よりも。

 

 

 

 このリング本体の方が、余程やばい代物ではないか。

 

 

 

 例えクオーツと併用しなければ無意味な代物なのだとしても、その肝心のクオーツは導力技術の普及により、この世界に腐る程流通しているだろう。裏のマフィア界にしか流通していないであろうあの世界とは、明らかに訳と規模が違う。

 もし……このリングが誰かの手に渡って解析でもされようものならば……。

 

 

 

 その先を想像するだけで、戦慄が止まらない。

 

 

 

 決めた、このリングはあまり人前では見せないようにしよう。

 と、一決心した後、再びリングに点った幻属性の炎を注視する。

 

 そして、懐にある白い(ボックス)に目を見やり、取り出す。

 

「……もしこの炎で、開匣できる(ボックス)兵器が、あるとするなら……」

 

 他の七曜属性では、おそらく不可能だろう。

 だが、幻属性の炎を点せるという事は、この江風擬きの身体には幻属性の波動が流れているという事。……そして、その体が身に付けていた白い(ボックス)

 この“幻”属性の炎と、あの世界において頭に“幻”と名の付くあの匣兵器ならばあるいは……。

 

「……」

 

 ごくりと、息を呑む。

 ゆっくりと、リングに点った炎を、匣へと近づける。

 炎と匣の開匣面が接触するまであと数ミリと来た所で……。

 

「いや、ここでは駄目だな」

 

 あと一歩の所で思いとどまる。

 ……もし、この匣の中身の匣兵器が自分の想像通りのモノだとすれば、開匣すればどうなるか分かったものじゃない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、アレの正体はソレを構築する無数の超小型誘導弾の群れだ。

 もし開匣して、そのまま制御できなかったらどのような被害をもたらすか分かったものじゃない。作中では使い手の制御を離れても尚、誘導弾としての機能を残している描写があったのを思い出し、リングを匣から離す。

 近くにはエステルもいる。

 この匣は回りに人が誰もいない状態でって……

 

「そういえば、エステルは……ッ!?」

 

 いつまで経ってもあのお転婆娘が戻ってこないのが気になり、周囲を見渡してみたら。

 

 

 

 

 

「─────あ」

 

 

 

 

 

 思わず、間の抜けた声を出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか戻っていたのか。

 そこには密着一歩手前の距離感で、右側から瞳を覗かせているエステルの姿があった。

 そのエステルの瞳の先は私ではなく、翳した私の右腕に嵌められていたリングに向けられていた。

 

 

 

 

 

 より正確には、そのリングに点っていた、死ぬ気の炎へと。

 

 

 

 

 

 

「─────きれいな、ほのお」

 

 

 

 

 

 

 

 まるで、我でも忘れたかのようにエステルは、銀色に輝く幻属性の炎を見ながら、その好奇心の光を瞳の中に輝かせていた。

 

 

 

 

 

 ……さて、どうしようか。

 

 

 

 

 

 さっそくの己のやらかしに、再び天を仰いだ。

 




《軽く人物紹介》
・フブキ・カワカゼ
いつの間にかアズールレーンの江風擬きの容姿で軌跡世界に来てしまった中身一般人。
どう見ても見た目江風な一方でこれからどんどん戦い方が幻ちゃんに近付いていく予定。
現在は救われた恩返しとカシウスが戻ってくるまでの護衛も兼ねてブライト家に滞在。
エステルとは釣りの趣味で意気投合した。

・エステル・ブライト(5歳)
本編開始約10年前頃の主人公。
実は意外な形で江風擬き主人公の命の恩人となっていた。
彼女にとってフブキ姉は命の恩人にして、頼れる姉にして、今や同じ釣り仲間である。

《主人公の現状》
・クオーツをはめ込めるリング。
実は、大空や大地の七属性や夜属性でもなく、軌跡世界の七耀由来の属性の炎をともせるとんでもない代物であることが判明。
こんな代物が広がった日にはどうなってしまうか、主人公は戦々恐々している。

・白い匣
もうほとんどの読者がその中身の匣兵器の正体に気付いているであろう白い匣。
というかこれがなければ幻覚と剣術を組み合わせた幻騎士スタイルは成り立たない。
匣の詳細がそれでも分からないという読者は、漫画を買うか、配信サイトで見るか、ニコ動に上がっている「十年後雲雀 対 幻騎士」の動画を見ればどういう匣兵器か大体分かる。

……なお、軌跡シリーズの人物に死ぬ気の炎や匣兵器を使わせる予定は今の所ない。レーヴェが盟主からケルンバイターという外の理由来の剣を与えられたように、主人公に与えられたリングと匣も謂わばそのポジション。

というか単純に他の七耀属性の炎の特性考えるの面倒くさすぎる(本音)
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