幻剣のフブキ   作:ナスの森

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八葉一刀流 対 四剣

 

 己の剣の最後の相手になってほしいと、カシウスさんは土下座して私に頼み込んできた。

 

「何を、言っているんだ?」

 

 動悸を抑えながら、私はカシウスさんへ問う。

 彼が、ロレントでの事件をきっかけに軍と決別し、剣を捨てる道を選ぶだろうことは、確かに知っている。

 相手を傷つけるのでは無く、遠ざけ守る事に向いた棒術に転向し、S級遊撃士としてその手腕を振るうことになる。

 

 ……でも、彼が軍を離れる切っ掛けとなったレナさんの死は私が防いだはずだ。

 なのになぜ、それでも“最後”と彼は口にする?

 

「軍という立場に縛られたが故に、オレはレナと、エステルの危機に駆けつけることができなかった。君がいなければ、レナも、エステルもこの世にはいなかっただろう」

 

 それは違う、と口にして言い留まる。

 私が介入せずとも、少なくともエステルはレナさんが庇うことによりどの道助かっていたと言った所で、そんな物知っているからこそ言える言葉でしかなかったからだ。

 ……それに、それでもレナさんが亡くなっていることを考えれば、信じて貰えたとしても慰めにはなるまい。

 

「故に、今回の戦争終結を以て軍と決別することを決めた。剣を置くのは、その決意の表明だ」

「……」

 

 ……結局、運命を変えた所でこうなるのか。

 レナさんを救おうが、救うまいが、結局この人は剣を捨て、人を守る棒術を選ぶのだろう。

 

「……剣は」

 

 言って、私は椅子に立てかけたあった4本の刀の内の1本を手に取る。

 ゆっくりと鞘から引き抜けば、紅い切っ先が特徴的な黒い刀身が顕わになる。

 抜いた「御狐様からの刀」を前に、カシウスさんは暫し目を奪われたようだった。……やはり、パチモノであってもそれなりの業物ではあるようだ。

 

「剣は相手を葬る凶器だ。……どんな美辞麗句を並べようとソレは変わらない」

 

 江風(かのじょ)の言葉を借りてそう言う。

 

「だが、活人剣という言葉も然り。人を傷つける剣でも、誰かを活かす事はできる筈だ。いや、事実アナタはこの戦争で多くの人々を活かした筈だ。それでは……駄目なのか?」

 

 私の問いに、カシウスさんは当然のように頭を振った。

 

「それはオレの力ではない。この国を守りたいと願う軍の皆が協力してくれたからこそできた事だ。……にも関わらず、オレは自身の力を、レナやエステルのために振るうことができなかった。……ロレント襲撃の報を聞いたとき、何のための剣聖だと、幾度となく己を呪ったよ……」

 

 もし君がいなければ、と思うと。

 そう何度も繰り返し続けてきた言葉を、もう一度付け加えるカシウスさん。

 説得は無理そうだと諦める。

 ……別に、そもそもこの人が剣を捨てる事そのものに関しては何ら問題にしていないのだ。

 ……問題は、なぜそれが、私が彼と戦う事に繋がるのかだ。

 できれば丁重にお断りしたい。

 断固拒否すると大声で叫びたいものだった。

 

「これを機に、我が剣への未練を断ちたい」

 

 きっぱりと宣言するカシウスさん。

 逆に言えば、剣を捨てる決意はあっても、自身の剣への未練はまだ捨て切れていないとも取れる発言だ。

 

「そこに君が現れた。本来私が守るべき2人を、代わりに守ってくれた君が。オレの剣を終わらせてくれる、最後の花道に相応しい相手は君しかいないと思ったんだ」

「……分からない」

 

 そう言われたって、コッチは何の納得もできないよカシウスさん。

 剣を捨てたいなら、勝手に捨てればいいじゃないか。

 螺旋を極めたアナタなら、他の武器に今まで極めて八葉の技を転用させることだってわけない。その結果があの棒術だったり、親父フェニックスになったりしたんだろうが。

 なんで……。

 

「どうして、私なんだ?」

「……」

「最後の花道だとしても、他に適任は沢山いるだろう? 貴方の師、ユン・カーファイ……はさすがに居場所を知れないにしても、貴方が育てた選りすぐりの弟子たちだって軍にたくさんいるだろうに……八葉の教えも、ましてや名もない私に、どうして……」

「見くびってもらっちゃ困る」

 

 情けなく逃れようとする私を逃がさんと言わんばかりに、カシウスさんの言葉が重ねられる。

 

「見ているだけで分かるさ。君の闘気はオレが今まで見た誰よりも冷たく研ぎ澄まされ、洗練されている。あの瓦礫の切断面を見ても、君の太刀筋が雑念のない清廉なモノだというのはすぐに分かるさ。

 こう見えても“眼”には自信があるつもりでね……オレから見て、君以上に相応しい相手はいないさ」

 

 違う、それは私の剣じゃない。

 それは私自身の力じゃないんだよカシウスさん。

 ……心の中でそう言い返しても、彼は退きそうになかった。

 

「……だから頼む。どうか君の剣で……オレの剣を終わらせてくれないだろうか……!!」

 

 言葉が、出てこない。

 カシウスさんは、私の剣が彼の剣を打ち負かしてくれることを望むような言い草で語ってはいるが、最後の花道とする以上、彼が私に手加減することはまずないだろう。

 ……本気で彼は私との勝負で、お互い全力を出し合った上での敗北を望んでいるのだ。

 

 もし私がその花道に相応しい相手でなければ、彼の自身の剣を捨てられぬまま進んでしまうかもしれない。

 ……原作でもどの道剣を捨てて棒術に転向しているのが分かっていても、その不安は捨てきれない。

 ならば言葉通り、私が実力で彼の剣を終わらせるしかなくなる。

 

 ……剣のみでの勝負となれば、どの道リングも匣も使えない。

 

「剣聖の剣を終わらせるか、か。随分と、荷が重い役を押しつけてくる」

「……そんな、大層なモノではない。所詮は2人の危機に駆けつけられなかった剣だ……」

「……そう思ってないから、未練だの、花道だのなんて言い出したんだろう。

 (ずる)い人だな、貴方は」

「……ッ、あぁ、確かに狡い、な。本当の所はな、誰にも見せることなく、ひっそりと剣を置くつもりだったんだ。

 そこに、まるで天啓のように君が現れてくれた。故に、せめて最後に全力で剣を振るいたいと……そんな欲が出てしまった」

 

 最後に、苦笑しながらそう白状してくるカシウスさん。

 ……実際の所、原作で彼が剣を捨てることにどれほどの思いと葛藤があったかを詳細に描かれたシーンはない。

 当然、老師から手解きを受けた八葉の剣に未練があったであろうことは想像できるが、同時にレナさんを守れなかった無念を思えばあっさりと捨てる姿もイメージできてしまう。

 実際の所は前者だったという訳だ。

 ……まあ、剣を極めるためとかいって聖獣に戦いを挑む程の人だ。剣への思いなど並大抵ではないだろうに。

 

 

 

 ……そうか、これも、私がいたせいからか。

 

 

 

 レナさんを助けたことに後悔はない。

 ある筈はないが、これはきっと、変えてしまったツケが回ってきただけなのだろう。

 そのツケが、剣聖の最後の相手というのは、さすがに運命の性悪さを疑わざるを得ない。

 本来の彼は、レナさんの死を切っ掛けに剣を置いた。

 その決定的な切っ掛けを私が無くしてしまった以上、無理矢理にでも私が終わらせろという、運命の啓示なのだろうか。

 ならば、受け入れるしかないのか。

 

「……私は、こういった場合の手合わせの作法など知らない」

「構わないさ。只でさえ恩人である君に我が儘を売りつけているのだ。求めるのは君との手合わせだけだ」

「剣を置く貴方に気の利いた言葉で送り出せないが、それでもか?」

「……あぁ。そうしてでも、オレは君と剣を交えることを望む」

「……そうか」

 

 

 

 カシウスさんはもう、退く様子がない。

 本当に、これでいいのかは分からない。

 でも、ここまでされて、断るという選択肢も取れなかった。

 

 

 

「その大任……引き受けよう」

 

 

 

 私は、彼の剣を終わらせられるのだろうか?

 

 

     ◇

 

 

「貴方……本気なの!?」

 

 椅子から立ち上がってカシウスを見下ろすレナに対し、カシウスは迷うことなく答える。

 

「あぁ……今夜、オレはフブキ君に剣の勝負を挑む。この勝負を最後に、オレは剣を置くことにするよ、レナ」

 

 そう答えるカシウスの目に迷いはない。

 

「軍を辞め遊撃士になろうと思う」

 

 動揺と困惑に瞳を揺らすレナは、何故ですか?と口を震わせた。

 レナとて、口伝えだが夫であるカシウスの活躍や武勇は耳に入っていた。

 リベール各地に散らばった各帝国軍部隊からの降伏宣言を引き出した英雄。

 その人物こそが、今自分の目の前で茶を啜っている自分の夫なのだ。

 

 それほどの功績を立てた夫が、軍をいきなりやめると言い出してはさすがに困惑せざるを得ない。

 

「フブキ君にも言ったが、軍では守ることができない物がある。今回の件でそれを実感したよ」

「あなた……」

 

 視線を下を向けて拳を震わせる夫の姿に、レナは何も言えずに黙ってしまう。

 今回のロレント襲撃の件で心に影を落としたのは自分やエステルだけではない。夫もまたそうなのだと分かってしまったから。

 

「もし、フブキ君が偶々ロレントを訪れていなければ、それで君やエステルに何かあればと考えただけで……オレは震えが止まらない。

 もしかしたらフブキ君があの場に居合わせてくれたのは、エイドスが私に賜ってくれた奇跡なのではないかと、そう思うくらいには」

 

 揺れる紅茶の水面は、まるで彼の心の荒波を表すかのよう。

 

「だから、私は遊撃士になるよレナ。遊撃士になれば軍にいる時よりも身が軽くなるだろう。君やエステルの身に何かあった時は……今度こそ駆けつけて見せるよ」

 

 優しく微笑んでカシウスは、レナの手の上に自分の手をそっと置く。

 カシウスの決心は揺るがない。

 それを感じたレナはそっと目を閉じて、カシウスの額に軽く口づけをする。

 

「アナタがそう言うのでしたら、私はそれを支えるだけです。……今度こそ、信じて待ちます」

「そうか……ありがとうレナ」

 

 口づけされた額を照れくさそうに触りながらカシウスは微笑む。

 ここに再び夫婦同士の新たな誓いが立てられた瞬間であった。

 

「それに、フブキ君に挑む理由はそれだけじゃない」

「……それは?」

 

 再び目を瞑って神妙になるカシウスの言葉に、レナは頭を傾げる。

 

「フブキ君……確かあの子はカルバードからの旅行者と言っていたが、あれは恐らく噓だろう」

「……え?」

「あの子は恐らく、帰る場所がないように見える」

 

 カシウスから出てきた言葉に、レナは思わず絶句した。

 あんなに強く、冷静で、武人然としていた少女に帰る場所がないなどと、信じることができなかった。

 だが、咄嗟にレナはフブキの顔を思い浮かべる。

 ……滅多に笑顔を浮かべない冷たい雰囲気。深く、冷たそうな暗い海底のような瞳は、どことなく悲しかったのを。

 それがなんとなく悲しかったのが、そもそもレナがフブキを放っておけなかった理由なのだから。

 

「オレと同じように東方の剣術を修めている様子からして、カルバード出身というのは噓ではない可能性があるがな。……だが妙なことに、纏う雰囲気や武人然として佇まいに反して、あの子からは血の匂いがあまりにも少ないのだ」

「……それって、どういう事ですか?」

 

 夫の言葉に、嫌な動悸がレナの胸に襲いかかる。

 

「あれほどの剣士ならば、とっくに剣の世界で名が通っていてもおかしくない。……にも関わらず、オレはあの子の名も聞いたこともなければ、血の匂いも感じることができなかった。……正直チグハグだよ。こんな感覚は初めてさ」

「でも……待って下さいアナタッ……フブキさんはあの時確かに……私達を守る為とはいえ………ロレントを襲った帝国兵たちを、大勢、躊躇なく、殺しているように見えました。そんな……事が……。

 ……まさか、」

 

 嫌な仮定が、レナの頭に浮かび上がる。

 あれ程多くの人間を斬り殺したあの子から、夫をして“血の匂いが感じられない”などと信じられるだろうか。

 だが、レナは夫の言葉を疑うことはしない。

 つまり────。

 

「あぁ……そんな……じゃあ……あの子はッ……」

 

 ワナワナと、レナの体が震い始める。

 ……まさかあの子は、自分達を守るためだけに、今まで汚した事のない手を汚してしまっていたという事なのか?

 ……そうなれば、あの悲しそうな目の原因は。

 

「……まだ確定したわけじゃない。だが今回のロレントの襲撃で心に傷を負ったのは……オレ達3人だけではないかもしれない」

「ッ!!」

 

 力なく崩れ落ちるレナの体を、カシウスが咄嗟に支える。

 彼女が来てから一週間、レナは心に負った傷をなるべく見せないように努めながら、彼女に接していた。

 ……だが、もし彼女も同じだったのだとしたら。

 同じく心に傷を負ったエステルの面倒を任せてしまって、己が手を汚してしまった原因である人達の傍にずっと居させてしまっていたのだとしたら。

 ……それが、彼女が自分達から遠ざかろうとする理由なのだとしたら。

 

「あぁ……あ……なさい」

「レナッ!」

 

 顔を手で覆い隠すレナに、カシウスが咄嗟に呼びかける。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい……フブキさんッ……」

「レナ、それはさすがに早とちりだっ!! 少なくとも、ここ一週間エステルとフブキ君は本当の姉妹のように過ごしていたと言っていたじゃないか……」

「ですが……」

「この一週間での日々は彼女の癒やしになっていたと、そう信じてもいいんじゃないか?」

 

 夫の励ましの言葉に、レナは自信なさげに頷く。

 

「……それを確かめる意味合いでも、オレはあの子に挑戦したいと思う」

「……」

「あの子がどのような人生を送ってきたのかは分からないが、あの年であれほどの腕に至るまでの道程は計り知れないだろうな。その道程を、剣を通じて感じ取ってやりたい。……そしてその剣が私の剣を終わらせてくれるのならば……御の字だろう」

 

 レナの肩にそっと手を置き、カシウスは優しく囁く。

 

「あの子は明日にはここを去るのか、その答えをまだ聞いていないが。もし、ここにいてくれるというのであれば……共に遊撃士になってみないか誘ってみるよ。

 オレ達の優しい恩人が、血の道を歩き始めてしまう前に」

「……あなた」

 

 肩に置かれた夫の手を握り、レナは泣きそうな瞳で向き合う。

 

「だからレナ、君には見届けて欲しい。オレの最後の花道と、決意を。そしてあの子の出す答えを、どうか」

 

 その言葉にレナは何も言わず、ただ静かに頷いた。

 

 

     ◇

 

 

 深夜、ブライト家から少し離れた所にある森の広場に、3人はいた。

 1人の少女は、腰の4本の刀を携えて。

 1人の男は、鞘に収めた一本の太刀を掲げて。

 1人の女性は、そんな2人の間に立つようにして。

 

「この太刀とも、今夜限りだな」

 

 男、カシウス・ブライトはゆっくりと太刀を引き抜き、その刀身を名残惜しそうに吟味する。

 

「銘を〈迅羽〉と言う。老師から〈剣聖〉の名を賜って以来の相棒さ」

「……誰かに譲るおつもりで?」

「そうだな……これから出会う若き後人に託すのも悪くはない」

 

 その太刀が誰の手に渡ることになるのかを()()()()()少女から思わず出た問いに、カシウスは晴れやかな笑みで答える。

 カシウスは〈迅羽〉を鞘に納めると、そのまま腰の左側に吊り下げる。

 

「2人とも……本当にやるのね?」

 

 そのやりとりを見ていたレナが、恐る恐る剣を携える2人に今一度確かめる。

 

「あぁ……二言はない」

「……これが“責務”ですから」

 

 カシウスはキッパリと言い切り、少女は少々歯切れが悪そうに答える。

 カシウスが申し込み、少女が受けたこの勝負。

 2人の同意の上であることを今一度確認したレナは、一歩下がって2人の勝負の行く末を見守ることにした。

 

「「……」」

 

 それを合図、暫し見つめ合っていた両者は同時に背を向けて、互いに距離を取り始める。

 距離にして約10アージュ……そこまで開けた段階で両者は立ち止まり、再び向き合う。

 

「……準備はいいな?」

「……あぁ、終わらせてやるさ。貴方の剣を。」

「……感謝する」

 

 両者、得物を抜く。

 カシウスは抜いた太刀を下段脇に構え。

 少女は腰の左側から抜いた黒刀を一刀、霞の構えで待つ。

 

「────では」

 

 重く息を吐いた後、カシウスは目を見開き、宣言した。

 

「これより、我が剣の道。その最後の挑戦を貴殿に申し込む」

「引き受けよう、その勝負」

「我が名は八葉一刀流、〈剣聖〉カシウス・ブライト。我が奥伝は《螺旋》。無を操り、《理》に至らんがするための剣なり。今宵、我が螺旋の全力を以て(なれ)に挑もう。

 ────(なれ)の名は?」

「フブキ・カワカゼ。

 生憎相応の肩書きも、飾る言葉も持ち合わせてはいない。ただ《責務》に従い、貴方の剣の道を断つのみ」

「────その意気や良し。ならば……」

 

 

「「いざ尋常に、勝負……!」」

 

 

 両者、宣言と共に、その場からかき消える。

 広場の中心から、木霊する剣戟と、衝撃が鳴り響く。

 衝撃に思わず身を庇うレナ。

 レナが目を開けてみると、既に剣を振りかぶった後の姿勢の2人の位置が入れ替わっていた。

 

「……やるな。やはり君を選んだのは間違いではなかった」

「……言ってくれる」

 

 互いに無傷。

 少女の黒刀とカシウスの太刀は互いに切り結んだ後、互いに受け流したまま鏡合わせのごとく通り過ぎた。

 手加減などしていない。

 互いに全力で()りに行ったが末の、無傷。

 

「ならば、我が《型》をお見せしよう……!!」

「受けて立つ」

 

 一足で、カシウスは少女との距離を瞬く間に零にする。

 霞に構えたカシウスの太刀に、炎を思わせる闘気が纏われる。

 少女はもまたそれに臆することなく、構えた。

 

 ────一の型・《螺旋撃》

 

 体ごと回転する、螺旋の動きを利用した剣戟。

 その2撃を、少女はまるで呼吸を合わせるかのように身を逸らすのみで回避する。

 そして最後の螺旋による一太刀が迫ったとき、少女はソレを回避できないと悟ったのか、黒刀で迎撃せんと振るう。

 

 太刀と黒刀が衝突せんとしたその時────なぜかカシウスの太刀は黒刀と衝突する事無く空降った。

 

(……む!?)

 

 相手の黒刀による迎撃を承知で振るっていたカシウスは、思わず調子を狂わされた。

 ……いつの間にか、黒刀を振るっていた少女の右手に彼女の愛刀の姿はなかった。

 即座にカシウスは視線を下に向ける。

 そこには、迎撃する寸前に手放され、左手に持ち替えられた黒刀が切り上げられて己の眼前に迫っていたのを目撃する。

 

 攻撃を受け流され、タイミングを狂わせてでの反撃。

 基本技とはいえ、自身が授かった奥伝の技をこうも簡単に返されることにカシウスは思わず舌を巻くと同時に防御の姿勢に入る。

 

 間一髪、間に合った防御。

 カシウスは間一髪で黒刀を防御しつつ、少女から距離を取る。

 が、少女は逃がさんと言わんばかりに疾風となり、カシウスの視界からかき消えた。

 

「────いくぞ」

 

 カシウスとは対象的に、冷たい冷気のような青い闘気を黒刀に纏わせた少女が、上からカシウスに躍りかかった。

 再び太刀を脇に構えて反撃するカシウスだが、またしてもその太刀は止められることとなる。

 

「……!」

 

 ……あろうことか、カシウスの一太刀は思わぬ部分で受け止められた。

 何と、少女は逆手に持った黒刀の、更に峰側にある柄の切れ目(スリット)の部分で、挟み込むようにして受け止めていた。

 何と、命知らずな行為。

 効果的ではあるが、下手したら柄を持った指を切断される可能性すらあるというのに。剣士としての命が一瞬で失われるというのに、少女は恐れることなく、その行為を取りに行った。

 

(絡め取る気か……!?)

 

 カシウスの予感は的中。

 少女は挟み込んだカシウスの太刀を絡め取らんと空中で身を捻る。

 当然、それを許すカシウスではない。

 少女の動きに太刀の軸を合わせながら、切れ目の挟まった太刀の刀身を引き抜いて即座に距離を取る。

 

 だが、それは致命的な隙。

 身を捻った勢いで着地した少女は、闘気を纏った剣をそのまま流れるように後ろに構え、蜘蛛のような低姿勢でカシウスに向けて突進した。

 ……その進撃は、まるで水面を走るアメンボの様。

 

 カシウスの腰より下の姿勢を維持したまま放たれるは、まるで篠突くような一閃。

 

(息を着く間もないとは正にこの事だな。よもやこれ程とは……!!)

 

 思わず、カシウスの口角は喜色に歪む。

 

「ハアアアアァッ!!」

 

 かけ声と共に、カシウスは空中で太刀を上段に構える。

 そして、そのまま下に身を捻るように螺旋を発生させ、渾身の一撃で迎え討つ。

 

 ────螺旋・業炎撃

 

 黒刀に纏われた冷たい青い闘気とは対の、炎のように躍動する赤い闘気を纏った太刀が振り下ろされる。

 ぶつかり合う一閃、込められた闘気同士が違いの中心で爆発となって衝撃を巻き起こし、両者は顔を歪めて距離を開けられた。

 

「フッ、これ程とはな……!!」

「……ッ」

 

 カシウスは上機嫌に笑いながら少女を見据え、少女はそんなカシウスを冷たく睨み付ける。

 ごくり、と2人の激しい応酬に思わず息を呑むレナ。

 夫のあそこまで嬉しそうに剣を振るう姿を見るのは、いつ以来だったろうか。

 

「だが、まだこれからだ!!」

 

 カシウスに疲労は見られない。

 それどころか、さらに闘気が練り上げられ、比喩でもなく大地が揺れた。

 だが、それに対抗するように、少女の方からも冷たい突風がカシウスへ襲いかかる。

 

「……っ!?」

 

 喉元に、刃を突きつけられたかのような、悪寒。

 少女の方を見てみれば、彼女の長い、流麗な銀髪を激しく揺らす程の冷たい闘気が、針のような鋭い圧となってカシウスに向けられていた。

 小手調べだったのは、向こうも同じだという事だ。

 

「……(すく)んだか?」

 

 冷たい眼差しを向けたまま問う少女。

 

「……まさか。益々(たぎ)ってきたさっ!!」

 

 負けじと返したカシウスは再び太刀を構えて飛び上がる。

 ……もう、遠慮はいらないのだと、そんな高揚で胸を滾らせながらカシウスは跳んだ。

 遙か上へと。

 

 ────雷光撃!

 

 落下と共に、少女の眼前まで距離を縮めたカシウスは、そのまま少女に太刀による連撃をお見舞いする。

 その太刀の連撃を少女はこともなげに受け流す。

 

「まだまだぁ! そらそらそらそらァッ!!」

 

 ────百列斬!

 

「……ッ」

 

 目に止まらぬ太刀の連撃が少女に襲いかかる。

 剣聖として磨き上げた達人としての技。まるで太刀が何本にも分身したかと見間違う程の連撃。

 目に見えて少女の眉が顰められる。

 この連撃は少女にとってもキツいものであることを見抜いたカシウスは、やがて後退した少女の隙を着いて止めの追撃を見舞う。

 

「オリャアッ!!」

 

 空気を震撼させる一撃が迫る。

 

「くッ……」

 

 その一撃と共に、少女の手にあった黒刀がカシウスの遙か後方に弾き飛ばされた。

 

()った!」

 

 得物を弾き飛ばされ、動揺のあまり目を見開らく少女の首目がけて、カシウスの太刀が迫る。

 ……無論、これで終わる筈がないという事を。カシウスは当然のごとく感じていた。

 

「ッ!!」

 

 止めの一撃は、当然のように防がれる。

 ……そこまではよかった。

 だが、防いだ瞬間に、もう1つの一閃が目前に迫り、カシウスは防いだ剣を弾くと共に防御しながら距離を取る。

 いや、衝撃のあまり距離を取らされたというのが正しいのか。

 

 防御の構えを解き、前方へ視線を向けたカシウスは少女のその姿を刮目した。

 

「二刀流か……!!」

 

 刀一本を弾かれた程度、少女にとっては何の事もなかった。

 たかだか、一本を失った程度に過ぎない。

 残り三本の刀の内、両手で抜いた二刀を構えながら、少女はカシウスを見据える。

 その姿は、まるで翼を交差させ飛び立つ準備する白鳥のようで、思わず美しいとカシウスは感じてしまった。

 ────武人然とした空気さえ抜けば、引く手数多だろうに……。

 柄にも無くそう思いながら、カシウスは再び太刀を構える。

 

「────」

 

 再び、カシウスの視界から少女の姿が消える。

 脅威のスピード。

 一瞬の後、後ろから殺気を感じたカシウスは即座に振り向いて、迫り来る黒刀を受け止めるが……。

 

(これは……先ほどオレが弾き飛ばした刀……!!)

 

 そう、少女はカシウスの背後に回り込み、弾き飛ばされた黒刀を闘気を纏わせて蹴り飛ばしたのだ。

 ……故に、カシウスの視界に肝心の少女の姿はない。

 青い闘気を纏った黒刀は受け止められても尚その勢いは止まることなく、太刀ごとカシウスを後退させていく。

 

(本体は……ッ)

 

 刹那、背後から感じる殺気。

 カシウスは即座に受け止めた黒刀を押し抜け、螺旋の勢いのまま振り向いて太刀を振るう。

 上空の背後から跳びかかった少女の二刀による振り下ろしを間一髪で防ぐ。

 防いだ太刀で、二本の黒刀をはじき返す。

 はじき返され、再び宙に浮き上がる少女の体。

 

 その隙だらけの体に、カシウスは太刀を再び鞘に戻し、居合いの構えに入る。

 

 ────螺旋・紅葉切り

 

 すれ違い様に抜刀して敵を切る抜刀技、四の型・《紅葉切り》に、抜刀の際に体を横に一回転させる螺旋の動きを加える事で威力を増したアレンジ技。

 螺旋は全ての武に通ずる概念故、その螺旋を極めたカシウスは基本の〈型〉全てに螺旋を加え威力、速度を上げたアレンジ技を編み出している。

 この技もその1つ。

 

 だが、少女は表情1つ変えず。

 交差した二刀で、防ぎ、受け流す。

 

「これも超えてくるのか……!!」

 

 少女は弾き飛ばされた黒刀を回収しつつ、カシウスの方へ振り向く。

 両者、再び互いに距離を詰める。

 太刀と、黒刀二本による剣戟が繰り広げられる。

 絶え間なく鳴り響く金属同士の衝突音。

 まるでそれ自体が斬撃となって周辺の空気を切り裂いていく様。

 

(何という剣速……!!)

 

 このままでは押し負ける、とカシウスは確信する。

 二刀流に切り替えた少女の剣戟は、最早一刀の時とは段違いだ。

 手数の増加。単純にして明快な脅威の増加。

 本来、二刀流は一刀流に比べ扱いが難しい流派であるが、少女はそれを感じさせず、その強みを最大限活かしてカシウスを防戦一方に追い込む。

 だが、カシウスも負けてはいない。

 一刀を太刀で受け止める。

 そして、同時に体と太刀を捻り、柄頭でもう一本の黒刀を受け止める。

 

 連撃は止んだが、体勢は不利なまま。

 故に、衝撃を利用してカシウスは距離を取った。

 

 暫し、息を吐いてにらみ合う両者。

 カシウスは、とうとう笑みを抑えきれなかった。

 

 

「フフフッ、ハハハッ! 本当に、これ程とはな!! 君になら……オレの本当の全力をぶつけても良さそうだ!!」

「……何をする気だ?」

 

 

 訝しむ少女を前に、カシウスは腰を低くして構え、目を閉じる。

 そして……更に大きく練り上げれた闘気が彼の体へと集中し、駆け回っていく。

 迸る大地の悲鳴。

 その悲鳴すらモノともせずに、カシウスは己が持ちうる最大限の氣を練り上げていく。

 

「……は?」

 

 その勢いに、少女は圧倒されたのか。

 目と口を見開いて、彼女は今なお闘気を練り上げていくカシウスを見ることしかできなかった。

 

 

「ハアアアアァァアアッ!!!!」

 

 

 高まる闘気は、今なお止まる事を知らない。

 

 

「ヌゥンッ!!」

 

 

 そして、極限まで高められた氣は逃げ場をなくした真紅のエネルギーとなって、カシウスの体から円上に広がっていく。

 目を開けたカシウスは再び少女の方を見据え、太刀を構える。

 

 

「────今の技は麒麟功。オレの本気モードだ」

 

 

 凄みを利かせた眼差しが、少女を貫く。

 ……思わず、少女は後ずさった。

 

 カシウスは、少女を観察する。

 必死に隠そうとはしているものの、大きく見開かれた目と、一文字に硬く閉じられた口が彼女の動揺を大きく物語っている。

 ……その様子は、先まで武人然としていた少女の姿をかけ離れており。

 

 そこには……カシウスが想像していた通りの、未だ血の匂いの薄い少女の姿があった。

 斬る事に怯える、そこらと変わらない少女の姿が、そこにあったのだ。

 

 

「どうしたぁっ!! これで終わりなのかぁっ!!」

 

 

 だが、カシウスの滾った闘志はソレに構う事を知らない。

 無理も無かった。

 本来、この勝負はカシウスの、剣士としての最後の勝負。

 彼の最後の花道なのだ。

 

 その最後の花道の相手が、ここまで来て己に竦んでいるとあっては、気が立ってしまうのも仕方ない。

 

 カタカタと、刀に伝染する少女の震えが耳に入ってくる。

 

 

「オレの剣を終わらすのではなかったのかぁッ!! これでは全然足りないッ!!」

 

 

 ────あぁ、オレは何て身勝手な人間なのだろう。

 最後の“手合わせ”としては、今でも十分過ぎるくらいなのに。

 よりにもよって、自分達家族の恩人を相手に、“その先”を望むなどという我が儘を押し通そうとしている。

 それも、己の闘気に竦んでいる少女に対し。

 

 

「……まだ、続けるのか?」

 

 

 少女の声に、力はない。

 

(……ここまで、なのか?)

 

 荒ぶる闘気を抑え、今にも飛び出したい衝動を必死に抑えながら、カシウスの頭にそんな思考が過ぎる。

 だが、このままで終わらせたくないという思考が、カシウスの口から渇を飛び出させた。

 

 

「当然だッ!! このままでは、私も!! 君も!! 一歩も前に進めやしない!!」

 

 

 最早、カシウスさえ自分が何を言っているのか、よく分からなかった。

 ……でも、もしかしたら少女もまた何かに迷っているのでは無いか、そんな予感をカシウスは感じていた。

 

 

「前に進みたければ!! 剣を構えろ!! フブキ・カワカゼェッ!!!」

 

 

 カシウスの叫びが、悲鳴のように木霊する。

 ビリビリと、衝撃が電流のように少女の体に迸る。

 

「……」

 

 ……だらんと、二刀を持った少女の両手が力なく下がる。

 とても、これから戦わんとする人間の姿には見えない。

 項垂れた少女の顔を、カシウスは伺い知れない。

 

 ……やがて、少女の口が開く。

 

 

 

「………本当に、貴方という人は、(ひど)い人だ」

 

 

 呆れのような、自嘲のような笑みだけが見える。

 カシウスはソレに対して何も言わず、闘気を滾らせたまま待つだけだった。

 

 

「……いいだろう」

 

 

 顔を上げる少女。

 その表情は、先ほどのような怯えとは打って変わっていた。試合開始時と同様の、深海のような青い、刃物のように鋭い瞳がカシウスを射貫く。

 彼女の体に更に練り上がっていく、冷たい闘気。

 やはり、この少女にもまだ“先”はあるのだとカシウスは確信した。

 

 

「後悔、するな」

 

 

 静かにそう言い放ち、少女は腰を低くし。

 

 

 

 

 

 跳んだ。

 

 

 

 

 

 跳び上がった少女は、カシウスを見据えながら距離を縮めてくる。

 迎撃せんと太刀を構えるカシウス。

 そして、互いの距離があと少しで零になる所で。

 

 

 

 

 

「────奥義・四剣」

 

 

 

 

 

 その光景にカシウスは思わず目を見開いた。

 少女の、残り2本の黒刀が、鞘から抜かれたのだ。

 抜かれた二本の刀は、交互に振るわれながらカシウスに襲いかかる。

 

 

 

 

 空中で引き抜かれたその残り二本の刀は────

 

 

 

 

 

「足、だと……!?」

 

 

 

 

 

 その二本の刀を抜き、掴んでいるのは少女の、それぞれの足。

 両手に持った2本、両足の親指と人差し指に挟んで持った2本。

 四肢を駆使して、少女は計4本の刀を操っていたのだ。

 

 両足を振るって操られる2本の刀が絶え間なくカシウスに襲いかかり、僅かに髪の毛を掠めていく。

 慣れない太刀筋にカシウスは翻弄されながら、なんとか少女の左足の黒刀を受け止めてその勢いを止める。

 

 右足の黒刀を地面に突き刺して支えにし、左足の黒刀で鍔迫り合いながら少女はカシウスを見下ろす。

 

 

「両手の刀を受け止めれば両足の刀が、両足の刀を受け止めれば両手の刀が襲いかかる」

 

 

 足の刀を受け止め、がら空きになったカシウスに向けて、少女は更に両手の剣を振り上げた。

 

 

「絶え間なく繰り出される4本の刀────貴方に(かわ)せるか?」

「ッ……、上等ぉッ!!!」

 

 

 更に迫り来る両手の黒刀。

 防ぐ手段を、カシウスは持たない。

 故に、防いだ足の刀ごと、思い切り闘気を練り上げた太刀を振るって、両手の刀を無理矢理弾かんと振るう。

 

 

 

 

 2人を中心に、太刀と4本の黒刀、そして激しい闘気同士のぶつかり合いによる衝撃が巻き起こる。

 

 

 

 

 

「ぐぅッ……ッ」

「……ッ」

 

 

 

 

 苦悶の声を上げ、しゃがみ込んだ姿勢で地面に太刀を突き刺しながら後退する体を減速させるカシウス。

 少女もまた、両手で黒刀を逆手に構えながら、左足の刀を地面に突き刺して減速しながら距離を取った。

 

 

 

 顔を上げる両者。

 ……両者は鏡合わせのように、それぞれの頬に互いから貰った切り傷ができていた。

 

 

「貴方ッ!! フブキさんッ!!」

 

 

 レナの悲痛な叫び声が木霊するが、両者の耳には入らない。

 これまで無傷だった2人が、とうとう傷を負ってしまったのだ。レナの悲痛の叫びは無理もない。

 にも関わらず2人はただひたすら、眼前の相手に向けてにらみ合う。

 

 

「衝撃と反動を利用して逃れるとは流石だな。……だが、次は外さない」

「望む所だ、四刀使いっ!!」

 

 互いに頬の傷から血を滴らせながら、少女は睨み、カシウスは笑う

 最早、ここから先はただの手合わせでは済まされない事は、誰が見ても明白だった。

 

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