あれから、一体何合と打ち合ったことだろうか。
気を極限まで解放し全力の形態となった自分だが、そうなってさえ未だに勝負は着いていない。
それどころか、勝負は更に熾烈を極めている。
未だかつて、これほどまでに体中に熱が張り巡る勝負をできたことはあろうか。
刹那の間に、絶え間ない無数の剣戟が一度に鳴り響く。
鼓膜を連続で打つ絶え間ない振動に耳がどうにかなってしまいそうだが、高揚で舞い上がって己の体はそれすら凌駕して剣を振るう。
振るうのは、老師から教えを受けた、八葉一刀流の技。
奥伝を授かるに至り、今まで一心に高めてきた螺旋の極地。
その全てを以てしても、目の前の相手を打倒できるかは分からなかった。
螺旋を極めんとする己の太刀に対抗するは、四肢でそれぞれ刀を持ち、絶え間ない剣戟を繰り出してくる銀髪の少女。
はっきり言って、これ程だとは思わなかった。
最初に見た時、武人として彼女に抱いた印象はほんの興味に過ぎなかった。
自分と同じ“刀”を携えている所を見て、彼女もまた東方の剣術を修めているのだと推測し、自分と同門の者以外でその得物を使う相手に立ち会った経験のないカシウスは武人としてそんな彼女に興味を抱いた。
次に、レナからそんな彼女こそがレナとエステルを助けてくれた恩人なのだと知り、家に帰る前に立ち寄ったロレントの崩れ落ちた時計塔の瓦礫の切断面が彼女の仕業だったのだと思い至り、願わくば彼女と手合わせしたいと思ってしまったのだ。
ロレント襲撃の報を受け、急ぎ軍を抜けて戻ったというのに、ソレを見た時、カシウスはその事すら忘れ暫く見とれてしまっていたのだ。
これほどの技を持つ者と戦えるのならば、それはどんなに光栄な事だろうと。
そして、いざ軍と決別し剣を置こうと決意した時、一層その思いは強くなっていった。
剣を捨てると決めたとはいえ、せめて最後に、存分な花道を以て終わらせたいと思う自分は、果たして可笑しいのか。
その最後の相手として、相応しい人物を見つけてしまった時、果たして我慢できるだろうか。
その相手は、誠に不思議な人物だった。
年はまだ15か16くらいの少女だろうか。銀の長髪を靡かせ、深海のような暗い青い瞳をした、武人然とした少女。黒と白を基調とした衣装を身に纏い、鮮やかな銀髪と共に靡く白い衣はまるで白鳥のよう。
髪型は狐の獣耳を思わせるような形状で、その若干の愛らしさが彼女の武人然としたドライな雰囲気を多少は緩和させている。
恩人である彼女に多大な感謝を抱くと同時、カシウスは彼女に対し多少の不信感も抱いていた。
まずは、妻レナに対し「カルバードからの旅行者」と名乗っていたこと。終戦間近とはいえ、今このリベール王国は北側のエレボニア帝国と戦争中である。それを知らない訳ではないだろうに、そんな争いの渦中にある国に旅行する酔狂な人間などいるだろうか。……というより、リベール側がそんな旅行者の出入りを許可する訳がない。
エレボニア帝国から宣戦布告された当時、リベール側は未だ滞在するその手の旅行者たちに対しては即刻、帰国するように呼びかけている。旅行者達側も今のリベールの危険な状況を理解してソレを受け入れているのは周知の事実だ。運悪く争いに巻き込まれた旅行者もできるだけ保護して安全な要塞へ、全員避難させている状況だ。
……噓であるのは明白なのだが、苦し紛れにしてももう少しマシな噓があるだろうにと、カシウスは毒気を抜かれたように呆れた。
とはいえ、恩人であることは事実。彼女が裏にどのような腹を抱えていても、己が一生感謝し敬意を払うべき人物に変わりない。
それにレナも何処か彼女を放っておけず、エステルも懐いているようだしで、自分も一旦は様子を見ることにした。
……既に、彼女の人柄についてはもう疑ってはいない。
『……ありがとう』
今まで一度も笑ってなかった彼女の、心からの笑顔を思い出す。
『貴方たちを助けることができて、本当によかった』
心の底から救われたようなその笑顔を見せられては、もう疑うことはできない。
助けた側である筈の彼女が、救われた人間の姿を見て安堵し笑顔を見せてきたのだ。
その根っこにある献身的な人柄を、カシウスは既に疑ってはいなかった。
ならば残る疑問は、彼女は一体何者なのか。
彼女の若さで、これ程の使い手ならば、既に剣の世界に名が知れ渡っても可笑しくはない。
表舞台には姿を現さず、裏の世界で暗躍してきたというのならばまだ話は別だが……武人然とした空気とは裏腹に、彼女から感じる血の匂いは少なかった。
……その感じる少ない“匂い”すら真新しいモノばかりである事に、嫌な予感すら迸る。
……そして何より、彼女の中から見て取れる“迷い”。
エステルから泣きながら引き留められた時の、戸惑いの表情。
この家を去りたいと語ったのは、本心ではあるまい。
この家を去ると宣言した時の彼女からは、此方を案じているような雰囲気さえ感じる。
……まるで、自分と一緒にいるのは危険だと言っているかのような。
……なるほど、レナが放っておけないわけだとカシウスは納得する。
かくいう自分の中にも、既にこの少女を放っておくなどという選択肢は既に持っていなかった。
おそらく、彼女には帰る家がない。
旅行者と噓を付いたのも、暗に帰る家がある、と己に言い聞かせているようにも感じる。
武人然として雰囲気に反しての、血の匂いの少なさ。
チグハグな噓。
だが、その身に秘めた優しさだけは、疑うまでもなく本物。
彼女のことを知りたい。
如何して、あんな辛そうな目で自分達から遠ざかろうとするのか。
本来、助けた恩人ならばもっと堂々としていてもいいだろうに。少なくともそれくらいの恩を自分は感じている。
その恩を返せぬまま、恩人は自分の元から去ろうとしている。
ならば、どうにか彼女の力にだってなってあげたい。
その為ならば、まずは同じ剣士として、剣を通じて彼女のことを知ろうと。見極めようと思っていたのだが……。
「ハァッ!!」
「────ッ!!」
今の自分は、それすら忘却してしまうくらいに、目の前の少女との真剣勝負に酔いしれていた。
何のために戦っていたのかすら忘れ去り、ただひたすらこの甘美な時間に溺れていく。
(ああ、本当にこれ程とは!!)
胸の内を支配するのはひたすらの歓喜。
四肢を駆使した四刀流を振るう目の前の少女のソレは、最早剣技というよりは、体技と表した方が適切だろう。
両手に2本、両足に2本の黒刀を持ち、絶え間ない斬撃を繰り出してくる少女。
手数を増やしたいのならば、足も得物を持てば良いではないか、という誰もが一笑に伏すような発想を、見事に体現してみせる少女。
実際に、ソレを実行するのは最早剣を極めるだけでは足りないのは明白だ。
まずは姿勢のバランス維持。
両足にも刀を持つということは即ち、足に掴んだ刀の刀身を足代わりに地面に立たなければならない。
立った次には、その刀身を足にして相手に接近、移動しなければならない。
そして、その状態で満足に威力のある剣戟を繰り出すためには、その不便な足での強力な踏み込みが必要となる。
そして最後に、その四刀流による手数を最大限に活かすには、手足ともに地に着いていない状態での、空中技を極めなければならない。
地に足を付けると、最低でも1本の分の手数は減ってしまう。
そのためには、できるだけ長く滞空し、なるべく4本の得物を自由にできる状態を維持しながら戦わなければならない。
その全ての障壁を、この少女は見事にクリアしていた。
一本足の刀のみで地面に立ち。
その不便な足で尚、通常時と遜色ない移動と接近速度を見せ。
両足が刀で塞がれている状況でも尚、その踏み込みが衰えることを知らず。
常に相手の上を位置取る、滞空時間の長い独特の跳躍術と、更にカシウスの得物と打ち合う反動により滞空時間を延ばし続けることで四刀流の脅威を常に余すことなく発揮する体技を披露してみせた。
インファイトでは、確実に押し負ける。
故に、カシウスは距離を取りながらの防戦を強いられた。
「どうした、当たらないぞ!」
「……フンッ!」
挑発を投げるが、実際には距離を取りながら戦うしかないことを見抜かれている故か、鼻で一笑される。
現在、己が持つ唯一の優位性は、リーチの長さだ。
カシウスが扱うのは太刀。対して少女が扱う4本の黒刀は所謂、打刀に分類される、太刀より細く、少し短い刀身を持つ刀だ。
そして大人の男と、未だ未成熟な少女の体格の差。
これによる差がカシウスにリーチ差による更なる恩恵をもたらす。
故に、何とか距離を取りながらの防戦を可能にした。
だが、それだけでは凌げない。
持ち前のスピードを以て少女は瞬く間にその間合いを縮めてくる。
だから、カシウスは最早なりふり構わない。
少女の生命線たる足を狙って積極的に斬りかかる。
両足にも刀を持ったことによって少女の足下の位置、カシウスにとっては常に狙いやすい位置にありそして、四肢を駆使した四刀流を操る少女にとって足は重要な生命線であり弱点だ。
足を積極的に狙う、またはそこへ目線を向けることによるブラフを利用して少女の守りの意識をそこへ集中させ、その隙に少女の両手の剣を打ち合う。
獲物のリーチによる優位性、そして経験により培われた思考誘導術、老師から授かった八葉の教え。これら3つを以てして、カシウスはようやく少女の四刀流体術と互角に打ち合うことを可能にした。
己の得意の体技の思わぬ弱点を突かれていることを、少女も理解しているのだろう。
打ち合いの優位に立っているのは少女の方だが、足を狙われる時は少し表情を顰めているのが見て取れた。
「シッ……!」
更に間合いに踏み込んだ少女が、上げた右足を振るって横薙ぎに斬りかかる。
それをカシウスは距離を取って躱し、笑いながら宣言する。
「そろそろ行くぞ……!」
「……させない」
カシウスは思いきり飛び上がり、上空から少女に斬りかかる。
既に両足の剣が届く高さではなく、少女は両手の方の刀を交差させて、その一撃を受け止める。
段々と己の四刀流への対処を覚えていくカシウスに対し、尚も少女は冷静な表情でカシウスを見据える。
「むっ!?」
……途端に、交差した少女の両手の刀に青い闘気が込められているのを見たカシウスは冷や汗を流しながら、咄嗟に得物を弾いて距離を取る。
少女は尚も上空に距離を取ったカシウスを見据え、その4本の刀に込めた気を一気に解放した。
────
交差して振り下ろす両手の2本。
そして、振り下ろした勢いで身を前転させ、更に両足の2本を交差して振り下ろす。
2つの斬撃が交差してX状に合わさり、さらにもう2つの斬撃が同じような形状で重なり合う。
計4つの交差して重なり合った青色の斬撃波が空中にいるカシウスに高速で迫る。当たれば文字通りの八つ裂きになる、そんな強力な斬撃波。
「ッ、ハァッ!!」
────麒麟・螺旋波斬
後に彼が棒術に転向した際に、捻糸棍と名を変え娘にも引き継がれることになる技。
横に構えた太刀を、螺旋の一回転により振り、斬撃状の気を放つ。
麒麟功形態の状態で放つ事により、さらに強化された渾身の斬撃波が、少女の放った四重の斬撃波と衝突する。
衝突し、弾ける閃光。
地面に音を立てて着地をする少女。
上空にいたカシウスもまた僅かに送れて着地する。
「クッ……」
途端、カシウスの胸の辺りの軍服の布が2カ所破れ、その奥に浅い切り傷が2つ平行するように走っていた。
渾身の斬撃を以てしても、少女の四重の斬撃を殺しきれず、螺旋の勢いのまま身を捻って回避していたカシウスであったが、それでも避けきれずについた傷だった。
血が滴る胸の傷を抑えるカシウス。
「ハァッ、ハァッ……貰ってしまった、か……」
「……フゥー、ハァー……」
互いに本気で何時間も斬り合ったからだろうか、2人の息は既に絶え絶えだった。
カシウスは胸を押さえながらしゃがみ込みながらも、少女の方を見て笑い。
少女は1本足の刀を地面に突き刺しながら立ち、残り3本の刀を構えてカシウスを見据える。
「よくも、まあ、笑っていられる……」
息を上げながら、少女は呆れたように言う。
「フフッ、君の、方こそ……そんな疲労で、よく、4本、持ったままで、いられる」
互いに傷だらけ。
防戦一方だったカシウスの方や言うまでもないが、少女の方もカシウスから貰った攻撃は少なくない。所々、その白い衣服が破れ、薄い切り傷が少女の体を蝕んでいた。
状況は少女の方が有利であったが、ここまで来れば最早最後まで立っていた方の勝ちだ。
「フフフッ、しかし、最早、手合わせとは言えないな、これは……」
「碌にルールも決めないまま始めるからだ。……それでも貴方が焚き付けなければ、こうはならなかったモノを……」
此方を責めるような、少女の細められた視線にカシウスは少しバツが悪くなりながらも立ち上がる。
「……すまないな。あまりにも君の強さが予想外だったのでな……花道だとか、そういういった事すら忘れてはしゃぎすぎてしまった……」
ハァ、とひと息置いて、カシウスは再び少女を真っ直ぐ見据える。
「……本当はな、この勝負は君の事を見定めるためという目的もあった」
「……」
カシウスの告白に、少女は何も言わない。
薄々、気付いていたのだろう。
「勿論、オレの剣の最後の相手に君こそが相応しいと思ったのも本当だ。だが……」
ニィ、とカシウスは無邪気に笑う。
「今はそれ以上に、嬉しいんだ。最後の最後に、君のような強者と巡り会えたことが。全力を出しても尚届きそうにない相手が目の前に、いることに……!」
今なら思う。
見定めるためだとか、そんな事は関係なく。
最後の相手が、彼女でよかったと。
最後の最後に、こんな使い手と巡り会えるなんて。
老師といい、自分はなんて出会いに恵まれているのだろうか。
「……ありがとう、最後の相手が君で本当によかった。例えこの勝負がどのような結果に終わろうとも、これだけは変わらず言える」
「そう、か……」
納得したのか、はたまた別の感情があるのか。
少女は顔を俯かせてそう答えた。
「……だから、その最後の返礼を、返そうと思う」
カシウスの身に纏う雰囲気が、変わった。
その空気の変化を明確に感じ取った少女は再び顔を上げて身構える。
「……最早、花道だのどうこうだのは後回しだ。今はひたすら……君に勝ちたい」
最初から加減などはしていなかったが。
今はただひたすら、目の前の強敵を打ち破りたいという欲がカシウスを支配していた。
最早、ここからさきは長くは保たない。
それは少女もそうだろう。
……故に。
「この一撃で、終わらせるぞ……!!」
己に残された闘気全てを、全身に巡らせる。
太刀を構えると同時、張り巡らされた闘気がメラメラと燃えだし、周囲の暗転した世界を震撼させる。
まるで、神話の怪物の降臨を待ちわびるかのような、儀式めいた空気さえ感じさせた。
そして、カシウスは少女へと一直線に飛ぶ。
「ッ!?」
立ちながら3本の刀を構える少女。
接近する最中、カシウスの体は激しい闘気を纏いながら、構えた太刀と共に体を回転させながら少女へと迫ってきた。
回転する刃は移動する炎の暴風となって少女に襲いかかる。
「ぐぅッ!!」
刀で防ぐ少女だが、回転する暴風は止まらず、そのまま少女の身ごと上空へ進路を変えていく。
尚も止まらぬ螺旋の暴風。
空中に身を投げ出された少女はそれでも回転する剣戟を4本の刀で防ぎ続けるが、その表情は正に苦悶の一言。
闘気と摩擦による熱の暴力で、全身が焼けそうになる感覚を少女は感じていた。
「そらそらそらそらァッ!!!!」
螺旋は尚も止まらない。
ギギギ、と金属同士の衝突による金切り音が連鎖し、重なり、弾ける。
そして、少女の身が暴風の軌道からずれ始め、暴風がようやく少女の身を通り過ぎたと同時。
少女の持っていた3本の刀は、彼方へと弾け飛んでいった。
「────あ」
間の抜けた声が、聞こえる。
力の抜けた少女に残されたのは、右手に持つ1本の刀のみ。
得意の4刀流を封じられ、絶望の淵へ立たされると同時。
「────奥義」
通り過ぎた螺旋の暴風が、また迂回して背後から襲いかかる。
その螺旋は、更に姿を変えていく。
燃え出す炎のように広がった闘気はやがて、巨大な翼となり。
その翼を広げたソレは、最初にして最後の、誕生の雄叫びを上げた。
炎を纏いし巨大な不死鳥。
それは正に、カシウスのこれまでの剣生における集大成。
磨き上げた螺旋の極地。
(─────これで、
上空に身を投げ出され、身動きが取れない少女に突進しながら、カシウスは笑みを浮かべる。
少女の得意の4刀流は封印され、彼女の頼みの綱は残り1本の刀のみ。
無論、彼女にも一刀の心得があることはカシウスも思い知っていたが、今のカシウスの前ではあまりにも無力。
勝利を確信したカシウスであったが。
……直後、目を見開く。
未だ、空中に身を投げ出されまま、己に背を向ける少女。
その背を向けたままの状態で、少女はその一刀を霞の構えで構えていることに。
そしてそのまま────その視線だけを、カシウスに向けた。
(これは……)
直後、カシウスは確かに見た。
少女を中心に、自分の眼下に広がる大海と……その奥に潜む、白い巨大な狐を。
そんな、果てしない光景を、カシウスは幻視した。
◇
当たり前の事だが、私が“彼”と遜色ない剣術を扱えるといっても、扱う得物が違う以上、まったく同じという訳にはいかない。
“彼”が使う得物は西洋の片手剣。レイピアほど細くもない、所謂ブロードソードと呼ばれる類の細剣。
それに対して私の得物は、所謂“打刀”と呼ばれるモノだ。太刀よりも更に細く、反りも小さいためより取り回しが容易で、室内戦や乱戦で効力を発揮する刀。
大別して、彼は西洋の片手剣。私は東洋の刀を武器とする。
重量を利用して叩き斬る“剣”と、反りを利用して引いて斬る“刀”では運用方が大きく異なる。
無論、打刀も“打”という名前がある通り、叩いて斬る、という西洋の剣のような運用も向いてない訳ではないが、それでも多少扱いやすくなった太刀と表現するのがこの刀の総評だろう。
そして、太刀と同様、打刀も基本は両手で握って使うのが基本だ。
これが、私のスタイルが彼と同じモノであると理解するのに時間がかかった理由である。
現に、一刀のみ抜いた場合の戦闘スタイルは彼のモノとは似ても似つかぬものだったし、二刀流に切り替えても得物の振り方は微妙に異なるままだった。
そもそも原作における
着せ替え衣装である「間奏モノクローム」に着替えた際に1本しか持っていなかったことや、「此方の方が動きやすい」という台詞からして、普段はスペア用に4本持ち歩いているだけで、彼女自身は一刀使いなのだということが分かる。
だから、彼女の容姿と同じ形状の武器を与えられたからと言って、その戦闘スタイルがあの四刀流の剣士であるとすぐに結びつけられる訳がない。
だから、その結論に到達するまで一週間も要してしまった。
唯一のヒントは、あの意味不明なリングに灯してしまった“幻”属性の炎と、未だに開匣したことない1つの匣のみ。
そのヒントを更に紐解き、“幻”の属性の名が付く匣兵器の存在に心当たりがあったことと、その匣兵器を使用するキャラもまた剣を4本も持っていたことから、ようやく紐付けるに至ったのである。
……実際の所、匣の中身の匣兵器が本当に“アレ”なのかはまだ確信がないので、憶測もいい所だったのだが。
そうして紐付いて迎えた、カシウスさんとの剣の勝負。
……正直言おう。
全盛期のカシウスさん、メッチャクチャ強い。
剣を置いた事で直接的な戦闘力は下がった彼ではあるが、それでもその反則的な頭脳、戦略眼故に総合力では他の剣聖クラスを上回るとされている。
だが、剣を置いていない状態の彼はその総合力すら上回っている。
今、私が相手をしているのは、そんな全盛期の頃の彼。
最終的に勝負を受けたのは私自身の決断とはいえ、なんでそんな彼の相手をしなきゃいかんのだ。もっとこう、他に相手がいるだろう。
いっそのこと“光の剣匠”でも呼んで相手してもらったらどうなんだ……って叫ぼうとしたが、そういえばまだ帝国と戦争中なのに帝国一の剣士と簡単に会えるわけもなかったな。
彼の師である八葉の開祖ことユン・カーファイも大陸中を放浪してて何処にいるか分かったものではないし……結局1番近くにいて目についた私にお鉢が回ってくるわけですね。……
なんとか一刀で凌いでいると、カシウスさんの激しい闘気が更に膨れ上がって。
思わずこの江風の綺麗な銀髪さえ靡かせる程に、全身を震え上がらせてしまった。
「……
あまりの恐怖で震えてしまった自分に対して、そんな感想しかでない。
その一言をカシウスさんに聞かれてしまったせいか、カシウスさんは余計に口角を上げながら私に向かってきた。
いや違うんだ待ってくれ。今のはカシウスさんに向けたんじゃ無くて自分に対する呆れで言ったんだ。
だから頼む太刀を構えて突っ込んでこないでくれ!?
そんな私の願いも空しく、カシウスさんの激しい攻防の末に、私は2刀を抜かされてしまった。
その後も続く剣戟の数々。
そしたらとうとう……カシウスさんやりやがった。
よりにもよって麒麟功を使うのか。
ゲームにおいて自身の攻撃力と速度を上げる、カシウスさんのチート技の1つ。
あまりにあふれ出す闘気の大きさに、私は怯えるしかなかった。
「……まだ、続けるのか?」
震え出す全身を押さえて、何とか言葉を引きずりだす。
正直、もう勘弁してほしかった。
もうこれで十分だろう。
これ以上はもう手合わせの領域ではなくなる。カシウスさんだってそれを理解しているだろう。
なのにカシウスさんは。
『当然だッ!! このままでは、私も!! 君も!! 一歩も前に進めやしない!!』
そんな事を、言ってきやがった。
途端に、全身が凍り付くような感覚を覚えた。
胸に冷たい刃が突き刺さり、鼓動した心臓がソレに抗うように躍動を早める。
息苦しい感覚に、どうにかなりそうになる。
……あぁ、当然だ。
そもそも、カシウスさんが見抜けない筈がないんだ。
私程度が持つ、悩みなど。
カシウスさんにはお見通しだったわけだ。
何が花道だ。
この勝負、最初から私を試す目的で仕掛けたモノだったわけじゃないか。
……やはり、貴方は狡い人だよ。カシウスさん。
貴方を送り出すための勝負だった筈なのに、いつの間にか私の方が発破をかけられているなんて。
『前に進みたければ!! 剣を構えろ!! フブキ・カワカゼェッ!!!』
進めというのか、この私に。
なんて、酷い人だ。
そして、厳しくて、暖かい人だ。
……でも、同時に、全部この人の掌の上のようで、何か段々腹が立ってくる。
「……いいだろう」
そして、私は決心した。
彼の剣技を使おうと。
「後悔、するな」
その言葉は、カシウスさんにというよりかは。
自分に向けたものだった。
あぁ、後悔しないとも。
レナさんを助けたことも、エステルと姉妹のように仲良くなってしまったことも。この先にある別れが待ち受けようとも。
その行動に、間違いだけはないのだと。
「────奥義・四剣」
そして、四肢で刀4本を持った私はその牙を全力で彼に向けた。
だが両手両足で刀を抜いて尚、彼とまったく同じという訳にはいかない。
そもそもが剣と刀という違い。
彼の「奥義・四剣」とは異なり、刀で行う私のソレは、明確に劣っている点がある一方で、優れている点も確かにあった。
まず劣っている点としては、そもそもとして刀という得物そのものが「四剣」には向いていないということ。刀身が湾曲し、切っ先が片方にしかない刀では、足で持つ方の刀の切る向きがどうしても限定されてしまう。それを補うために片足の指のみで刀の切っ先の向きを持ち替えて変えなければならない。これが両刃の剣であれば、それを考える必要もなく、前方への蹴り、踵落としの容量で剣を振るう時も、一々分けて持ち替える必要がないわけだ。
その一方で優れている点は、地面に足の剣を差して立つ時の強弱を調整できることだ。例えば刀の峰の方を下向きにして立つことで、一点に強く突き刺したまま立ちやすくなるし。切っ先の方を地面に突き立てれば、浅く食い込ませたまま身を反転させたり、次の行動に移りやすくなったりと。状況によって足場に対する強弱を調整できる。待ちや受け、様子見を挟む時は前者、絶え間ない激しい戦闘の中では後者と、これも使い分けが分かってくればかなり臨機応変に対応できる。……問題は、やはりその度に持ち替えをしなければならないのが面倒な点だが。
得物が違うだけで、私と彼の四剣の強みがこうも分かれてしまうのは予想外だったが、それが発見できただけでもカシウスさんとの勝負には自分にとって意義があったと言える。
……意義はあったのだが……そこから先何時間も斬り合わされれば、そんな事もどうでもよくなってしまう。
この人本当に負ける気あるのかよ!?
何か私の四剣の弱点見抜いて、距離取りながらリーチの優位さを活かして執拗に私の足を狙ったり、もしくは目線だけを向けて足の狙いを警戒するように思考誘導したりとかしてきたんだけど!?
苛ついて何時間も斬り合いに付き合った私も私だが、やっぱり軌跡世界の住民ってやばいよ!? 人間じゃないよ!!
そんな思いを抱きながら、斬り合っていたのだが。
「奥義・鳳凰烈刃」
……さすがに、これはもう詰み、だろう。
私の刀は残り1本。
そんな私に迫ってくるのは、彼の渾身の奥義。
巨大な炎の不死鳥を纏い迫ってくるのは、かの親父フェニックス。しかも棍棒ではなく、太刀によって放たれる弱体化前のソレ。
……あぁ、でも。
カシウスさんも、結果がどうなるにせよ、私への感謝の気持ちは変わらないって言ってくれたし。
どうせ花道だ。
私が勝つよりも、カシウスさんが勝った方が余程彼への祝福になるだろう。
だから私はこれで……。
────本当ニ、ソレデイイノカ?
返す自問が、脳裏を過ぎる。
カシウスさんが、己の渾身の奥義をぶつけてきたにも関わらず、ソレを無様に受け入れることが、本当に彼にとっての花道なのか?
……でも私は、アレに対抗できる奥義を持ち合わせてはいない。
────彼ノ剣ヲ、終ワラスノデハナカッタノカ。
このまま放っておいたって、彼の剣は終わる。
彼は自分から剣を置く。決まっていたことだ。
……あぁ、そうだよ。
確かに約束した。
私は確かに言ったんだ、彼の剣を終わらせることを。
カシウスさんは言った。
この勝負は己の花道だけじゃない。
私を見定めるためのモノでもあったって。
この勝負は私にとっても分岐点なんだ。
迷いを断ちきるための、分岐点。
未だリングに炎を自由に灯せない私への、試しの場。
……ここ一週間の思い出が、走馬灯のように過ぎる。
短い間だったが、心身共に参っていた私に癒やしをくれたエステルとレナさん。
そして、私に深く踏み込まず、それでも発破をかけてくれようとしてくれるカシウスさん。
……異物な私を、暖かく迎え入れてくれた3人。
きっと、あの3人とこれからも一緒にいれれば、私はもっと強くなれるのだろう。
守るものがあれば、それだけで覚悟が増し、リングに灯せる炎も大きくなる。
あの時、レナさんを守る決意を思い出した時に炎を灯せたことからも、きっとそうなのだろう。
でも、やっぱり私といるべきじゃない。
一緒にいればいるほど、覚悟が強くなればなるほど、大きくなってしまう厄物を持つ私が、一緒にいてはいけないんだ。
だからこれは、決別の一撃。
(誰でもいい、この一瞬だけ)
故に、私は願う。
どれだけ繕った所で、彼の奥義に対抗できるモノを私は持っちゃいない。
この体も、技も、所詮は借り物だ。
故に限界がある。
それでも、願う。
(彼の
────……あぁ。
声が、聞こえる。
カノジョの声。
────まったくしょうがないな。
優しく包み込むような声。
閉じた瞼の裏に、薄らと、優しく微笑むカノジョの口元が見える。
白い和の衣装。
甘夢のように滴る、白いアーキテクチャ。
白い和傘を差した狐耳の少女が確かに、微笑んでいた。
瞼を開ける。
途端に目に入る、闘気が集まっていく手元の「御狐様からの艦装刀」。
……これならば。
◇
迫る螺旋の体現。炎の不死鳥。
ソレに対抗するように、少女の身もまた闘気に包まれていく。
不死鳥の殻の中で、カシウスは刮目した。
「────受けるがいい、墨染まりし鋼の一閃」
途端に、少女が刀を一振りすると同時に幻視した大海が弾け、抉れ飛ぶ。
いや、実際に抉れているのは、空間そのもの。
刀を一振りした少女は闘気を纏ったまま、カシウスの纏う不死鳥の方へ向けて正面から立ち向かった。
空間を抉りながら突き進む少女の纏う闘気は、やがてカシウスの不死鳥と同様に、その姿を形取っていく。
形取ったのは、巨大な白い狐。
不死鳥にも負けず劣らずの異様と神々しさを放つ白い狐が、炎を纏う不死鳥とぶつかる。
そして、衝突し、消滅する。
まるで、何事もなかったかのように。
残ったのは、すれ違った2人。
地に降り立つカシウスの手元に、太刀はない。
遠くで、弾き飛ばされた〈迅羽〉の転がり落ちる音が聞こえる。
そして、カシウスの首に突きつけられる、少女の黒刀。
カシウスはフッ、と満足げに笑い。
両手を挙げた。
「オレの負けだ」
こうして、男の剣はその最後を迎えた。
少女もまた、その最後を見届けた。
・スクアーロの「鮫特攻(スコントロ・ディ・スクアーロ)」然り、山本の「燕特攻(スコントロ・ディ・ローンディネ)」然り、○特攻とイタリア語読みにするだけでそのキャラの奥義っぽい名前にできるの便利だなって思った(小波感)