負けを認めたカシウスさんを前にして、ようやく長い夜が終わったと実感する。
……私が刀を下ろすと、カシウスさんはゆっくりと此方に振り向く。
とても、晴れやかな笑顔だった。
憑きものが落ちたかのような、満足げな表情。
同時に、新たな決意を固めた覚悟の表情でもあった。
「四刀流を封じたと思った矢先、まさか一刀による奥義が飛んでくるとはな。……まんまとしてやられたよ。「迅羽」を弾かれては、敗北を認めるしかあるまい」
口調とは裏腹に、カシウスさんの表情に悔しさは見えない。
むしろ清々しいと言わんばかりに穏やかだ。
少々、してやったり感が強くて罪悪感が湧くが、「欺いてこそ霧」と彼の剣士も言っていた事だしまあいいだろう。
……私の波動は大空の「霧」ではなく、七耀の「幻」だが。
「……弾かれた得物の数では、私の方が多いがな」
苦笑しながら、背後を見やる。
そこには、カシウスさんの奥義によって弾かれた3本の「御狐様からの刀」と、そこに混じるようにカシウスさんの「迅羽」が地面に突き刺さっている。
本来、私1人では打てない奥義を放ってでの勝利。
私自身の現時点での天井である「奥義・四剣」は敗れられている時点で、本来なら私の負けだ。
……ならば、私の勝利の願いを叶えてくれた、“あの声”は一体なんだったのだろうか……?
「フフッ、八葉“一刀流“の使い手が、一刀同士の勝負に負けては話にならんだろう。だから完敗なのさ」
「そう、か。貴方がそう言うのであれば、そうなのだろう」
少々腑に落ちないものの、カシウスさんが満足しているのであれば、それでいいのだろう。
「……ありがとう。最高の花道だった」
佇まいを正したカシウスさんから、再度礼の言葉が紡がれる。
そんな彼の真摯な思いを、私は真っ直ぐ受け止めた。
「ようやく、オレは自分の剣と別れる決心が付いた。生まれ変わったような、清々しい気分だよ。
君と思う存分に剣を振るえたおかげかな。……剣に対する未練も、綺麗さっぱりなくなったよ。名残惜しいという気持ちがないわけではないが……オレの剣は、君が覚えていてくれる」
おい、頼むからこれ以上重みが嵩むような言葉を言うな。
ただでさえ貴方の剣を終わらすという役目だけで吐きそうだったのに、これ以上重くなることを言ってくるんじゃない。
貴方と打ち合ったトラウマを何時までも覚えるなんて冗談ではないぞ。
……そんな私の懇願など露知らず、カシウスさんは清々しく笑うばかりだ。
「ふぅ~……痛いな、さすがに……血を流しすぎたか……」
崩れ落ちるカシウスさん。
私もそれに釣られてか、視界がグラついて尻餅を着いた。
「……私も動きすぎた。慣れないことはするモノじゃないな」
そもそも剣を人に向けること自体慣れていないのだ。
それなのに只でさえ集中力を要する「奥義・四剣」なんて長時間使い続ければ、いくら神経をすり減らしても足りたものではない。先ほどまで刀を掴んでいた両足の指なんて、ご覧の通りガタガタに震えたままだ。
……いや、よくあの剣士はこんな剣術をいとも容易く扱えるな。
そしてよくそんな剣士と体技で互角にやりあっていたな十年後の彼は。
それも四方を棘に囲まれ、互いに酸欠状態を強いられるフィールドの中で。つくづく人間技じゃないなあの2人。
そう考えて、ため息が出る。
「……やはり、君は……」
そんな私を神妙に見ていたカシウスさんが、何かを口にしようとして。
「アナタッ!! フブキさんッ!!」
互いに崩れ落ちて息を上げている私達に、レナさんの叫び声が聞こえてくる。
振り向けば、顔面蒼白にして駆け寄ってくるレナさんの姿があった。
……一瞬、なぜかとも思ったが無理もない。
なぜなら私とカシウスさんは、先ほどまで殺し合いと見られても可笑しくない程の激しい攻防を繰り広げていた。
周囲の大地には無数の切り傷による傷跡が残されており、改めて客観的に先の攻防の激しさを我ながら実感させてくれる。
手合わせの領域を軽く飛び越えていたのは、誰が見ても明白だった。
「……2人とも、傷だらけで……あぁ……!! なんでッ、こんなになるまでッ……!!?」
私とカシウスさんを交互に見ながら、レナさんは冷や汗をこれでも流しながら口をパクパクと震わせていた。
そんなレナさんを見て、私とカシウスさんは困ったように目を見合わせる。カシウスさんは私とレナさんの方を交互に見ながらバツが悪そうにしていた。
「……すまない、レナ。心配をかけてしまったな」
「……あぁ、もう……本当に、貴方って人は……!!」
泣いているのか、それとも怒っているのか、唇を震わせながら言葉が出ない様子のレナさん。……まぁ、そうだよな。
私にとっても地獄のような数時間だったが、その数時間の私とカシウスさんの斬り合いを遠くから眺めさせられたレナさんにとってこそ、地獄のような時間だっただろう。
私は、ある意味では夢中だったから、レナさんに比べればそうでもないのかもしれない。
不意に、カシウスさんの体を抱き起こしていたレナさんの顔が、此方へ振り向かれる。
泣いているとも、怒っているとも取れぬような、複雑な顔。だが、決していい感情を向けられていないのは明白だ。
……目を閉じて、苦笑する。
確かに、カシウスさんをここまで追い詰め、傷つけたのは他ならぬ私だ。
互いに同意の上での勝負だったとはいえ、いい感情なんて抱けぬ筈がない。
「私のことはいいレナさん。それよりも、カシウスさんの傷の方が酷いからそっちを────」
「……ッ」
そこまで、言いかけた時。
不意に、私の体が暖かい感触に包まれた。
背中に回された、か弱い2本の細腕。
しかしその細腕は私の体を離すまいと力強く締め付け。
……私はというと、そんなレナさんの胸に顔を
「レナ、さん?」
呆気に取られて、カノジョの名を呼ぶ。
耳を澄ますと、レナさんの堪えるような泣き声が聞こえてくる。
震える彼女の体を通して、此方を案ずる気持ちが嫌でも伝わってきた。
「……なさい……」
囁かれる呟きが耳に入る。
震えるような、声が。
「ごめんなさい……貴女に、手を汚させてしまって……こんな事にまで、付き合わせて…………まだ、こんなに、若いのに……貴女のような、女の子が、どうして……」
「────」
紡がれる、途切れ途切れの呟きに、視界が真っ白になった。
レナさんと共鳴するかのように、自身の胸の鼓動も早まっていくのを感じた。
……まさか、気付いていたとでも言うのだろうか。
あのロレントでの出来事が、私の初めての殺人であったことに。
恐る恐る、視界を外へ向けると、此方を憐れむように見つめるカシウスさんの姿があった。
……あぁ、そういう事か。
カシウスさん経由でという話なら、別段おかしくはない。
元々この勝負だってカシウスさんの最後の花道以外にも、剣を通じて私をどうにか知ろうという目的もあったようだし。
そんな事情を理解しても、私はレナさんの抱擁を振りほどくことができなかった。
私も、カシウスさんも、レナさんを止めることができない。
……あぁ、思い出した。
どこか、懐かしい感触だと思っていたけど、これは。
この温かみは、昔交通事故に遭いそうになった時、間一髪助かった私を泣きながら抱きしめてくれたお母さんの抱擁と、同じ感触だったのだ。
「────」
それを、思い出してしまったせいだろうか。
ツー、と。目玉から一筋の涙が零れるのを、私は必死に2人に見せまいとした。
◇
「……その、ごめんなさい、ね……」
ブライト家に戻り、再びテーブルの食卓で2人と向かい合う私。
そんな私に対して、レナさんは気まずそうに目を逸らしながら、私に謝ってきた。
あの後、私とカシウスさんはレナさんから治療を受け、体中にガーゼを貼ったままこうして向かい合っていた。
「いえ、謝らないで下さい。……私も、少し、暴れすぎました」
「……2人とも、すまん。元よりオレがこんな事を言い出さなければ」
目を瞑って私とレナさんに頭を下げるカシウスさん。
「カシウスさんも、頭を上げて下さい。あの立ち会いは、私にとっても必要だった。そう思ったから、カシウスさんは私に勝負を挑んだのでしょう」
「それは……」
言い淀むカシウスさん。
「事実その通りだ。アナタの発破がなければ、私は前に踏み出せなかっただろう。……でも、おかげでようやく決心が付きました」
「それって……」
私の言葉に、カシウスさんとレナさんが訝しむように眉を顰める。
「ここを発とうと、そう思います」
あくまで傷が癒えたらですが、と付け加える。
目線を向けてみれば、レナさんはどうして、と言わんばかりに体を震わせ。
カシウスさんは悲しそうに目を伏せていた。
「貴方達の推測している通り……私の人殺しの経験は、あのロレント襲撃の出来事が初めてです」
「ッ!? やっぱり、そう、なのね……」
一瞬、体をビクリと震わせた後、レナさんも目を伏せる。
「……存外、何も感じないのだなと。最初はそう思いましたが、やはり、何処かで堪えていたようだ」
レナさんの目が見る見る罪悪感で染まっていく。
そんなレナさんを見ていられず、私は
「────でも、後悔はしていません。そう思わせてくれたのは……貴方達、家族です」
「……え?」
顔を上げるレナさん。
カシウスさんも訝しげに此方を見ている。
「幸せそうに、笑い合っていたんだ。エステルも、貴方達夫婦も。そしてその幸せを、よそ者の私にも分けてくれた。
……だから、手を汚してでも、貴方達を助ける事ができてよかったと、心の底から思えたんです。
……だからこそ、私は貴方達と一緒にいてはならない」
はっきりとそう告げると、レナさんの瞳が何故、と問いかけるように揺れた。
カシウスさんも目を細めながら、駄目なのか、と訴えている。
やがて、カシウスさんが疑問を口にした。
「なぜ、そうまでして遠ざかろうとする?」
「……」
無言を貫く私。
答える意思がない、という訳ではない。
ない訳ではないのだが、荒唐無稽なことを言っても信じて貰えるかどうか自信が持てず、どこから説明していいかも分からないのだ。
そんな私の困却を察してくれてか、カシウスさんが次の話を切り出してきた。
「レナから、君が「カルバードからの旅行者」だと聞いたが、おそらくそれは噓だろう? 今のリベールに旅行しようと思う外国の人間はいないだろうし、リベール側がそうさせない」
「……」
別の意味で、何も言えなくなってしまう。
我ながら下手な噓にも程があると思っていたが、改めて指摘されると羞恥心がこみ上げてきた。
でも、私の事情を説明する、話の切り口としては丁度いいかもしれないと思い直す。
「……貴方の言う通りだ、カシウスさん。私はカルバードからの旅行者ではないし、ましてやカルバードの出身ですらない」
「出身者でないとするのなら、君は移民か? それならば、君の噓にもある程度納得はいくが」
「……いいえ。移民どころか、そもそも────」
────私は、このゼムリア大陸の出身ですらありません。
そう、重く告げるや否や、2人の表情は暫く時が止まったかのように停止していた。
暫くして、2人の瞳にまた光が戻り、また話を進められると判断した私は言葉を続けた。
「カルバード出身と偽ったのは、元いた世界で私のいた国の文化が、この世界で言う東方の文化と似通っていたから、偽るのに都合がいいと判断したんです。
……出身を偽っていたことは、申し訳ありません」
頭を深く下げる。
事情があり、私の方も余裕がなかったとはいえ、騙していたのは事実だ。
……え? バレバレだっただろうって? それはそれは。これはこれだ。
「い、いえ……それはいいのよ!? いいのだけれど、その……」
「すまんが、
気まずそうに目を逸らすレナさんと、難しそうに呻るカシウスさん。
……まあ、普通はそうなる。私だってそうなる。
でも、この荒唐無稽な前提を2人に呑み込んで貰わなければ、話が進まない。
「……済まないが、君が異なる世界から来たというのであれば、何か証拠のようなモノはないだろうか」
「……証拠、ですか」
言われて、困ってしまう。
証拠と言えるようなものは、あるにはある。
だが、果たして“コレ”を見せてしまってもいいものか?
カシウスさんとの勝負の時は余計な邪魔にならないように、外していたリングと、匣を。
悩んでしまうな。
……いや、既にエステルに見られてしまっていることを考えれば、真剣に話を聞いてくれてる2人に対する誠意という意味も含めて、明かしてしまった方がいいかもしれない。
コトリ、と。
テーブルの上に、それらを置く。
「……これは、
突然目の前に出された指輪と白い掌サイズの匣を目前にして、カシウスさんが訝しげに呟く。
「これが証拠でありそして、私がアナタたちと一緒にいられぬ、理由のようなモノです」
意味が分からないでだろう2人のために、私はリングを右手の中指に通してはめ込む。
訝しんだまま見つめる2人を前に、私は再び目を瞑って瞑想し始める。
……頼む。
ここまで来たんだ、どうか灯ってくれ。
ロレントでレナさんを助けたことに後悔を抱かなくなった以上、以前よりも明瞭に灯せる筈なんだ。
それに今は、あの戦いを通して、少なくとも以前よりは強い“決心”がある筈なんだ。
だから頼む。
これで灯らなかったら、私の覚悟なんて所詮その程度だったってことに……。
中指から熱を感じ、再び目をあける。
あの時と同じ、“幻”属性の、銀色の死ぬ気の炎が目の前に灯っていた。
「ッ、これは……!?」
目を見開くカシウスさん。
レナさんもすっかり魅入ったのか、あの時のエステルと同じような瞳でその銀色の炎に釘付けになっていた。
「これは、死ぬ気の炎と呼ばれる。……ある世界、ある時代において、戦いのキーとなった代物です」
そう言って、私は立ち上がる。
これが死ぬ気の炎だと言うのであれば、武器に纏わすことだって可能な筈だ。
ゆっくりと、2人に見えるように、鞘から1本の「御狐様からの刀」を引き抜く。
それと同時に、リングをから発した銀色の死ぬ気の炎が、私の体を通じて刀に流れる。
やがて、流れた炎は霧のように刀の刀身に纏い付いていき、その刀身を覆い尽くした。
「これは……何て、エネルギーなの……?」
その脅威を間近で感じ取ったのか、戦いの素人であるレナさんですらごくりと息を呑みながら、刀身を覆い尽くした銀色の炎を見つめる。
カシウスさんも同様のようだった。
「闘気とは違う。……いや、闘気に何かしらの指向性を持たせて、より濃縮、洗練させているのか?」
さっそく、正解に近い回答を導き出すカシウスさんに舌を巻く。
なんで一目みただけでそこまで見破れるんだよ。やっぱこの人おかしいよ。
「……概ね正解だ。正確には、人体に流れている波動を、このリングというフィルターを通して濾過、濃縮して、エネルギー体として顕現させたのが、この“死ぬ気の炎”だ」
人によってはリングを介さずとも先天的に炎を灯せる輩とかも、あの世界にはいたりするのだが、そこら辺の説明はややこしくなるから省くことにする。
「貴方が“指向性”と表現したように。死ぬ気の炎には属性というモノが存在する。そしてどの属性の炎を灯せるかは、その人の体に流れる波動に左右される。私の場合は、七耀の“幻”属性の波動が流れている。」
「……成程、だから“幻”属性の結晶回路を通して灯っている訳か。その“死ぬ気の炎”とやらを灯すためには、その波動にあった結晶回路でないと駄目なのだろう。差し詰めそのリングとやらは、結晶回路にそのフィルターとしての機能を付与していると見て間違いないかな?」
カシウスさんの言葉に、こくり、と頷く。
カシウスさんは納得したように息を吐き、私に次の疑問を投げかけた。
「……しかし、結晶回路を介して灯るということは、君の世界にも導力技術か、もしくは七耀に通ずる概念が存在しているという事か?」
「……いいや」
暫し言い淀んで、私は否定する。
相変わらず鋭い所を突いてくるなこの人は。
おかげで説明がサクサク進められるのは有り難いが、時々心臓に悪い。
「……あの世界では、導力革命も起きていないし、そもそも七耀の概念すらありはしない」
「なっ、どういう事だ? 死ぬ気の炎とやらの属性が七耀の七種類だというのであれば……君の世界にもその概念があるという事では……」
「そもそも、私の知る死ぬ気の炎の属性に、七輝の属性は存在しない」
今度こそ、絶句するカシウスさん。
レナさんも驚きのあまりか、口を開けて呆然としている。
……2人にも、そろそろ分かってきた頃合いだろう。
目の前にある、この“幻”属性の炎の異様さを。
「……いくつか例外も存在するが。死ぬ気の炎の属性は全部で七つ。そして、それぞれの炎が異なる性質を有する。『分解』の嵐、『沈静』の雨、『活性』の晴、『硬化』の雷、『増殖』の雲、『構築』の霧、そして……『調和』の大空。これらは纏めて、大空の七属性と呼ばれる」
さすがに大地の七属性や、例外中の例外たる夜の炎は省いておく。これもまた説明がややこしいし、そもそもよく分かっていないからな。
「……でも、貴女の体には、本来ない筈の七輝の波動が流れている?」
レナさんの疑問に頷く。
「どうして、この世界の人間ではない私に、“幻”の波動が流れているのかは分からない」
目を伏せて頭を振り、これに関しては自分もお手上げだと暗に伝える。
「そして、死ぬ気の炎を利用した技術は多岐に渡る。このゼムリア大陸の導力技術にだって引けを取らないだろう。……それだけならまあ、別に異世界の代物だ。そういうものだって納得はできる。
……でも、“死ぬ気の炎”はこの世界にはない概念の筈なのに、何故かこの世界にしかない概念である七輝の属性に対応した死ぬ気の炎が目の前にある。……カシウスさん、貴方ほどの人なら、この危険性が理解できるだろう」
神妙に目を閉じながら押し黙るカシウスさん。
ともすれば、軍属であるカシウスさんには私以上にその脅威が分かる筈だ。
“理”に通じ、神がかった戦略眼と先見性を持つ彼ならば、この炎の危険性が理解できる筈だ。
「通常、死ぬ気の炎を灯すために必要なリングの属性の石は、みな特殊な鉱石を精製して作られている。だが、導力技術が普及したこの世界においては結晶回路を精製するのに必要な
「……一つ聞きたい」
目を開けたカシウスさんが、手を組みながら問いかける。
「その“死ぬ気の炎”とやら、君以外の人間に灯すことは可能なのか? もしそうでなければ、君の抱く危惧も杞憂に終わってくれると思うのだが? 例えば……オレやレナは、灯すことができるのか?」
「確かに……七耀の概念が存在する世界の人間なら当然と思って失念していた。試して、みようか?」
おそるおそる問いかけると、カシウスさんは頷いて承諾の意を示してくれた。
刀を鞘に収めて、リングを外す。
さらにリングに嵌めた“幻”属性の結晶回路を抜き、窪みのある状態でカシウスさんの前に置く。
「リングに炎を灯すために必要なもの。……このリングの場合は、カシウスさんの波動に対応した属性の結晶回路が必要になるが……もう一つ、それは“覚悟”だ」
「結晶回路ならば、戦術オーブメントに使うモノが幾つかあるが。しかし、覚悟か……成程、だから
言って、カシウスさんは懐からケースを取り出す。
ケースの蓋を開けば、そこには文字通り七色に輝く七輝石の数々が入っていた。
「……個々人の波動の強さによっては、精製度の低い石は砕けてしまう可能性もあるから、注意してくれ」
「分かった。では、試してみよう」
カシウスさんはテーブルに置かれたリングを嵌めると、まずは水属性の結晶回路を取り出し、瞑想してみるが、炎が灯る様子はない。
「覚悟と一言で言われても、分からんな。普段はそのような事は考えないしな」
「何か、大切なモノでも思い浮かべてみればどうだ? 例えば、誇り、夢、守りたいモノ……貴方の場合は、エステルやレナさんがそうなんじゃないか?」
例としてあげられたレナさんは思わず「私?」とキョトンとして、私とカシウスさんを見つめた。……やっぱり、親子だな。
「成程な、では……“水”は駄目なようだな」
「次にいってみよう」
次に土、風、時、幻と試してみるが、リングに炎が灯る様子はない。
やはり心配は杞憂だったのだろうか。
そうであったのならばいいなと思った、その矢先。
「おっ! 灯ったぞ!?」
興奮したような声を上げるカシウスさん。
彼の中指に嵌めたリングを見てみれば、嵌めた“火”属性の結晶回路から、今にも灼きそうな真紅の炎が灯っていた。
七輝の“火”属性の炎が、灯っていた。
……火の炎って言い方も何だかおかしいが、そこは突っ込まないでおこう。
「これは確かに……見た目は小さいが、凄まじい、エネルギーだな……」
「
「……確かに、これは強力だな。もし君がこのリングをあの勝負でも使っていたら、オレの〈迅羽〉は一太刀で焼き千切られていただろうな」
さすがにそのような事をするわけないだろう。
硬度の低い霧の炎ですら、一点に集中すれば鋼鉄を焼き千切るのは容易いとあの剣士も作中で言っていたのだ。
そんな不公平な事をするわけ……いや、アレは果たして公平だったのかな? ……まあ、今はどうでもいいことか。
「……君の心配は、杞憂には終わってくれなかったようだな」
残念だ、とため息を吐くカシウスさん。
レナさんも残念そうに俯いていた。
「その炎は、早く消した方がいい。死ぬ気の炎を知る私でも、七耀の炎はどんな性質を持っているのか分からない」
「分かった。これは君に返そう」
リングの炎を消し、火の結晶回路を抜いて、カシウスさんはリングを私に返す。
受け取った私は、そのままリングを自分の中指にはめ直した。
「……しかし、済まないがフブキ君」
「……?」
「君の抱く危惧は分かった。死ぬ気の炎とやらがどれだけ危険なモノかは、“理”に通じていなくたって理解できる。だが一点……未だ君が、異世界の人間であることだけは、まだ信じ切れていない」
「……それは」
「何せ、結晶回路自体はこの世界の代物であり、そうである以上、そのリングとやらも導力技術に通じた代物なのだろう。死ぬ気の炎はともかく、どちらも、決してこの世界に存在し得ないものではないからな」
「貴方っ!」
そんなカシウスさんを諫めるように立ち上がるレナさん。
……まあ、カシウスさんの疑問は尤もなことだ。
そうでなければ、この白い匣まで取り出した意味がないのだから。
「……当然の疑問です。ですから、今からお見せします。死ぬ気の炎を使った技術の、その一部を」
「フブキさん?」
幻属性の結晶回路をリングに嵌め直し、私はテーブルに置いた白い匣を左手に取る。
“覚悟”を念じれば、今度はあっさりと、再びリングに“幻”属性の銀色の炎が灯る。
「本来、この匣は、霧属性の炎でなければ開匣することはできない。でも……あの匣兵器なら……」
霧属性でありながら七輝と同じ“幻”の名を冠する、かの幻術使いの剣士が使っていた匣兵器ならば。
リングに灯した“幻”属性の炎を、ゆっくりと匣のハッチの中央にある注入口へ近づける。
密着させ、炎を匣の中へ注入していく。
ごくりと、息を呑むような音が聞こえる。
カシウスさんも、レナさんも、そして私も。
「────征け」
そして。
「────『
匣のハッチが開き、注入された銀色の炎が一斉に解放され、部屋中に広がっていく。
やがて広がった炎は別の世界を映し出していき、周囲の景色を上書きしていく。気が付くと私達の回りには、炎に包まれ帝国兵の襲撃を受けるロレントの風景が、再び映し出された。
いや2人になんて
最後に特級のやらかしをする主人公
・幻海牛(スペットロ・ヌディブランキ)
家庭教師ヒットマンREBORN!の未来編に登場する幻騎士が持つ匣兵器。
その炎を注入すると同時に、匣から一斉に飛び出した海牛たちの群れがフィールド中に広がり、霧の炎の『構築』を利用して、広域に高解像度の幻覚を生み出す。
作中の描写からして有幻覚(実体を持つ幻覚)を生み出すことも可能な模様。
また、海牛たちの一匹一匹が爆発性の誘導兵器でもあり、姿を消したまま対象に近付いて一斉に爆発させることも可能。
ちなみに見せる幻覚は、術者が頭の中でのイメージが映像化されたものである。今回ロレントの襲撃事件の幻覚が映し出されてしまったのは、ブライト一家3人だけでなく主人公にとっても衝撃的なトラウマだったことと、特に見せる幻覚風景を思い浮かべてなかったため咄嗟に思い浮かんでしまった光景が、よりもよってこんなトラウマ映像だった訳である。
なお、イタリア語名の由来は作中で説明されてないため不明だが、
「ヌディ(nudi)」はおそらイタリア語で「裸」、「ブランキ(branchi)」は「群れ」を意味していると思われる。
直訳すると「裸の群れ」という大層意味深な言葉となるが、
これはおそらくそもそも海牛が「貝殻が持たないように進化した貝の総称」であるため「貝殻を持たない」=「裸(nudi)」+「群れ(branchi)」という意味合いでこういった名前になっていると思われる。
……と、イタリア語辞書引っ張って調べてみた結果だけれど、他に何かソースがあれば是非教えて下さい(゚゚)(。。)ペコッ