Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】 作:おるか人
それは、少しだけ未来の出来事である。
とある一人の少女が、聖杯戦争という儀式について興味を持った。
いかなる願いをも叶える万能の願望器――“聖杯”を巡る、古今東西の英雄たちの殺し合い。
過去四度、日本の冬木市で行われたという『それ』の足跡を辿りはじめてすぐに……少女は、奇妙な事に気が付いた。
歴代の聖杯戦争の中でも、最も激しい戦いになったという第四次聖杯戦争のデータが、余りにも少ないのである。
少なくとも開戦から三日目の途中までは、しっかりとした記録が残っているが……それ以降は唐突に不明瞭となる。
これはおかしい。
まともなルールさえ締結されていなかった第一次、戦時下の開催であった第三次でさえ、それなりの情報が残っていたというのに……終結よりまだ十年も経っていないはずの第四次のデータだけが、何故?
少女はどうしても当時の事情を知りたくて、あらゆる人物、あらゆる書物、あらゆる機関をあたった。
が、数年にも及ぶ探求に確たる収穫はなく、せいぜい分かったのは『自分と同じく、真実を知りたがっている人が多い』という事であった。
志を同じくする多くの同志たちの協力を得て、必死に情報をかき集めて――それでもなお、真実には届かない。
立ちはだかる深い闇を前に、少女は恐々と呟く。
「……一体、三日目の夜に何があったっていうの……?」
* * * * *
冬木教会の礼拝堂で、キャスターと璃正は向かい合う。
片や英霊、片や人間。
通常ならば、場を支配する力を持っているのはキャスターの方だ。しかし、この場この時に限っては――璃正がキャスターの上をゆく。
令呪。
サーヴァントを御する絶対的な力。
本来ならば、キャスターのマスターである雨生龍之介が所有しているはずの刻印が……何故か、言峰璃正の右手に刻まれていた。
『主の許へ馳せよ』――と命じられて、キャスターは璃正のいる教会に召喚された。
『動くな』――と璃正に命じられた事で、キャスターは身動きがとれなくなった。
それらが指し示す事実は一つ。
いま、キャスターのマスター権を握っているのは……
「そんな、馬鹿なこと……!!」
事態を認識しつつも、キャスターはその過程について理解が及ばない。
いくら監督役だからといって、名前も居場所も分からないマスターから遠隔で令呪を取り上げる……などという事は出来ない。
そんなことができるなら、わざわざあんな『警告』をする必要性はない。
だが、実際に璃正は龍之介の令呪を持っている。……キャスターのマスター権さえ手に入れている。
(一体、どうやっ…て……?)
動かない身体。キャスターは全力の抵抗で視線だけを泳がせて……礼拝堂の隅に、見逃せないものが転がっているのを見つけた。
人間だ。見覚えのある人間が、拘束されて蹲っている……。
(雨生……龍之介……!)
それは、彼女のかつてのマスターであった。
何故、龍之介がここにいるのか――それを考えた時、ほむらは今度こそ、完全に現状を理解した。
監督役は、先日の湾港区画爆破事件をきっかけに、犯人の捜索を始めていた。どういう経緯かは知らないが、龍之介は監督役の追手に捕まってしまったのだろう。
そして、拷問か、あるいは協会が派遣した魔術師の暗示か――手段はともかく、龍之介は監督役に、自分が知る全ての情報を話してしまった。自分が連続殺人事件の犯人であること、冬木市にて『姉御』という名の女性に協力を受けている事。その手管が人間とは思えない事など。
ほむらは、龍之介に聖杯戦争に関しての説明をしていなかった。どうせマスターとしての働きは期待していないし、令呪で妙な事を命じられても困るからだ。
だが、マスターの証たる令呪を宿している時点で、龍之介が聖杯戦争の参加者である事は一目瞭然。そして龍之介はマスターの透視力でもって、尊敬する『姉御』が人間でない事は理解できてしまっている。
監督役は、あの場にいたセイバー・ランサー・ライダー、そして密かに内通していたアーチャー・アサシン……この五騎を除くサーヴァントが犯人であるとあたりをつけていた。
今回の聖杯戦争において、セイバー以外に『女性』のサーヴァントは確認されていない。
これらの情報から、監督役は龍之介のサーヴァントが事件の容疑者であるキャスターかバーサーカーのどちらかだと判断し、龍之介から奪った令呪で、サーヴァントを教会へ呼びつけたというわけだ。
果たせるかな。この場に現れたサーヴァントはキャスターであり――…。
「第三の令呪を以って命じる。キャスターよ――『我が問いに偽りなく答えよ』」
「――――――――ッッ!!」
三度、キャスターを襲う魔力の暴風。
この状況で
聞かれる内容など決まっている。
聞かれたらまずい。答えたらまずい。だが抵抗できない!
まずい、まずい、まずい、まずい、まずい、まずい――!
「昨日の夜、冬木市湾港区画でサーヴァント同士の戦闘が行われたのだが……そこで無数の戦術兵器を使用し、倉庫街を再起不能にした者がいる。その事件の犯人に心当たりはないかね?」
「私…が、やった……」
「……ほう」
璃正の雰囲気が変わった。
最後の確証を与えてしまった。
断頭台が見える。絞首台が見える。
なのに、この口は令呪という支配から逃れられない。
「あれは、聖杯戦争という儀式の露呈……ひいては神秘の露見に繋がる可能性が高い、危険な行為だった。それについてどう思うね?」
「どう、でも…いい……」
口が開く。
言ってはならない事を――本心を隠せない。
「……では、これからも機会があれば、あのような行動に出ると?」
「当、然……よ」
だって――『偽りなく答えよ』と命じられたのだから。
「神秘なんか…どうでもいい。ルール違反も…どうでもいい。世界がどうなったって構わない……。この戦いに…勝ちたい。聖杯が、欲しい。奇跡が、欲しい。そのためならなんだってやる。なんだってする……!!」
これがキャスターの、暁美ほむらの偽りない本心。
彼女の『願い』は、きっと大多数の人間に共感を得られるだろう。
言峰璃正とて、ほむらの全てを知れば、同情の一つでもするかもしれない。
だが、この場で重要視されるのは――情ではなく、理だ。
いかにほむらが同情に値する事情を抱えていようと、璃正は聖杯戦争の監督役である。その役目は、聖杯戦争を滞りなく進行させる事。
ほむらが己が願いのために、それを阻むというのなら――。
「そうか」
璃正は、その――たった一言で、ほむらに『終わり』を宣告した。
もはや質問に意味はない。
キャスターのサーヴァントは、第四次聖杯戦争における害悪でしかない。代替マスターを用意しても、令呪で行動を縛ろうと、性根がこれでは後々の面倒になるだけ。
ならば――――。
「第四の令呪を以って、キャスターに命じる」
龍之介から奪った三つの令呪を超え、璃正は監督役として、予備令呪の一画を発動させる。
命じる内容が何かは――決まっている。決まりきっている。
ほむらは、一秒後の未来を確信した。
死ぬ。
自分はここで死ぬ。
何もできないまま。
何も果たせないまま。
何も救えないまま……。
―――― ほむらちゃん ――――
(そんな、――こと)
そんなことを。
(許さない――――――――!!)
暁美ほむらは許さない――!!
ほむらは失敗した。
龍之介がこの段階で捕まるはずがないと盲信していた。
だから、現状のような苦境に立たされた。
だが――同時に、璃正も失敗していた。
それは、ほむらに『動くな』と命じた事。
令呪は単一で明確な命令ほど、強い効力を発揮する。『一切の抵抗をするな』では、逃げられる可能性があると思った。だから『動くな』と命じたのだ。
必要な質問を終え、裏が取れたら早々に自害させるつもりだったから――油断した。
念には念をと思うなら、令呪を余分に消費してでも『一切の抵抗をするな』・『逃げるな』と命令を重ねるべきだった。
一秒で殺せるから、と――『一秒を無限に引き延ばす術がある』など予想できなかった。
璃正は『令呪さえあれば』と、心のどこかで英霊を侮ったのだ。
「『自――――――」
自害せよ、と命じようとした璃正の声が……止まる。
いや、璃正だけではない。世界全てがその動きを止めていた。
ほむらの仕業である。
左手の盾に備え付けられた砂時計。
サラサラと常に流れ落ちていたはずの砂が、止まっている。
盾だけでなく、この砂時計もまた宝具。ほむらが魔力を注ぐことで、砂時計は動きを止める。
そして、この砂の動きは世界の時間と同期しているのだ。
『自身と、自身に触れているもの以外の全ての時間を停止させる』……それが、暁美ほむらの宝具――“
物質収納と同じく、二日目の襲撃における要となった能力。魔術師殺しの目を盗み、間桐雁夜を誘拐せしめた能力。今日まで監督役に把握されることなく、龍之介のアートの材料である児童を調達していた能力である。
もちろん、時間を止めたところで令呪の呪縛は解けない。
ほむらは未だ、微動だにできない。
だからほむらは“
盾の内側に収納されていた物質が、一つ、また一つと――ひとりでに盾から零れ落ちて、教会の床をコロコロと転がっていく。
僅か数瞬の間に、礼拝堂に、まるで果物の配送箱でもひっくり返したような惨状が生まれ……やがてピタリとその光景が静止する。
物質の群れは『ほむらの身体から離れた』と判断し、その時間を止めたのだ。
(……これは、賭け)
璃正の命令が早いか、ほむらが零した
そう。ほむらが床に散乱させたのは、全てが爆発物だ。
しかも非情に強力な。ただの一つでも爆発すれば、この教会は倒壊するだろう。全てが誘爆すればどうなるかなど、想像もつかない。
これらの爆発物には全て、ほむらのスキルである『魔力付与』によって、低ランクながら神秘が宿っている。直撃すればほむらとて無事ではいられないだろう。
つまり、ほむらは令呪で命じられても、その前に爆弾が爆発しても、どの道死ぬ。
ならばほむらは、一体何に『賭け』ているのだろう――。
宝具“
再び、世界が時を刻み始める。
「――害せ、」
璃正の最後の一言は、爆炎に呑まれてかき消えた。
ほむらの爆弾は、璃正の命令に先んじて爆発し、爆発が爆発を呼び――璃正を、ほむらを、龍之介を、そして教会を吹き飛ばしたのだ。
深夜の猟奇的殺人事件、原因不明の児童失踪、湾港区画で起きた謎の爆弾テロ、聖剣の暴発とバーサーカーの暴走による住宅街への壊滅的被害……連日の悲劇に怯えきった冬木市民の脳裏に、また、新たな事件の爪痕が刻まれる――――。
* * * * *
雨生龍之介は、迫り来る絶対的な『死』を目の前にして――相貌を崩した。
(ああ、これだ……)
自分が知りたかったもの。
他人のはらわたを裂いて回って、脳漿をくり抜いて、無数の人生を終わらせてまで追い求めたもの。
ホラーやスプラッタじゃ満足できなくて、現実でもやはり完全には満たされなかった探求心。
それがいま、完全に満たされている。
そうだ……自分は『これ』が知りたかった。『これ』が見たくて、『これ』を確かめたくて、今日まで。
(姉御ぉ……アンタ、やっぱスゲーや……)
まるで、自分の好みを
湯水のように湧き出る彼女のアイデアは素晴らしくて、感動を覚えて――けれど、何故か斬新ではなかった。
アイデアを聞いた時、作品を作り始めた時は楽しいが、何故かすぐに飽きてしまう。
まるで、最初からその作品の作り方を知っているかのように手先が動き……あっという間に完成させてしまう。
たくさんあった材料だって、あっという間に使い果たしてしまう。その材料にも、何故かどれもこれも見覚えがある気がして楽しくない。
正体不明のマンネリズム、理解不能のスランプ。
龍之介はモヤモヤを抑えきれなくなって、新たな材料を求めて街へ出た。
街には自分好みの子供たちがいた。女たちがいた。
それを見たら、スランプなんて無かったかのように創作意欲が湧いてきて……けど、その意欲が満たされる事はなかった。
拠点の廃工場に戻る前にワケの分からない連中に捕まって、よく分からないうちにベラベラ喋って……最後は縄で縛られた。
私服警官だったのか、と予想する一方――そうじゃない風にも感じて。
刑務所に入ったら、ツマラナイ日々が始まるんだろうなあ、と予想する一方――そうはならない気もしていて。
龍之介の予感は見事に的中した。
己の行き先は牢屋ではなく……地獄だった。
尊敬を抱いた少女の手によって、爆炎に焼かれ、爆風に散らされ、――雨生龍之介は死んでいく。
スランプを感じ始めたころは『姉御のアイデアが悪いのか?』と疑った事があったが……まったく、とんだ勘違いだ。
やっぱりあの少女は凄かった。自分を知り尽くしている。
だって――龍之介が一番知りたかった事を教えてくれた。龍之介が一番欲しかったものをくれたのだ。それに勝る至福があろうか。
(ねえ、姉御)
彼女に出会って間もないころ、龍之介は問うた。
姉御はどうして、見ず知らずの俺によくしてくれるのか、と。
彼女は言った。叶えたい願いがあるからよ、と。
……龍之介の願いは叶った。なら、次は。
(叶うといいね。姉御の願い――――)
そんな、素性からは信じられない、純粋な独白を最後に――稀代の連続殺人犯・雨生龍之介は、その生涯に幕を下ろした。
* * * * *
姫君の亡骸を前に、決定的な別離を果たした切嗣とセイバーは、
一人の男の名誉に苦悩するソラウとランサーは、
死闘を乗り越え、泥のように眠るウェイバーとライダーは、
一人の女性を前に、如何なる愉悦を引き出そうかと悩む綺礼とアサシンは、
夜の街を一人、死へと向かう身体を、意思の力だけで引きずる雁夜は、
その日。暁美ほむらの、信念をかけた意思の炸裂を耳にした。
それは、命の爆ぜる音。
第四次聖杯戦争三日目の終焉を告げる音だった――――。
* * * * *
【聖杯戦争三日目・・・終了】
【脱落者】
■マスター 雨生龍之介
間桐雁夜 【残り四人】
■サーヴァント バーサーカー 【残り五騎】
■その他 アイリスフィール・フォン・アインツベルン
言峰璃正
【備考】
中立地・冬木教会の爆破により、監督役を始め、報告に集っていた監視役が多数死亡。
人員の減少により、監督業務に大きな支障が発生。急遽、本部に救援を要請す――。
TO BE CONTINUED・・・