Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】   作:おるか人

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第四次聖杯戦争 ~ 四日目 ~                     
予兆の第十四話


【聖杯戦争 四日目(昼)】

 

 

 

 冬木教会、大破――――――。

 

 キャスター・暁美ほむらの自爆によって、監督役の中心人物である言峰璃正が死亡。また、セイバーの聖剣や、バーサーカーの凶行を報告しに来ていた監視役を含め、中立陣営における人員が数多く亡くなった。

 この事態を受け、魔術協会・聖堂教会の両陣営は本国に救援を要請。

 救援を要請するほどの状況――それはつまり、実質的に監督役が機能停止状態に陥ったという事である。

 

 監督役というストッパーを失くした第四次聖杯戦争。

 魔術協会・聖堂教会等の裏世界だけでなく、表の世界でも、後々の世まで“冬木市事件”という名で長く尾を引く事になる戦いは、ここから更なる激化を見せる――――。

 

 

* * * * *

 

 

 意気消沈した新都の街並みを、スーツ姿の少女が歩いている。――セイバーだ。

 

「随分と人通りが少なくなりましたね……」

 

 セイバーが思い返しているのは、二日前……切嗣の指示で敵を挑発して回っていた頃の事。

 あの頃は、この辺りには活気があった。笑いながら歩く少年少女、酔っぱらって騒ぐサラリーマン、家路を急ぐOL……彼女の生きた時代とは比べ物にならない人の海を、微笑ましく思ったものだ。

 平和な世界。戦いとは程遠い呑気な喧騒。正直のところ、少しばかり『抜けている』雰囲気に呆れ返るくらいだった。

 

 だが、今の冬木市にはもう、そんな楽観的な空気は流れていない。

 

 夜な夜な出没するという連続殺人犯の存在すら『他人事』として受け取っていた住民たちは、湾港区画、住宅街、そして教会で立て続けに起きたテロ事件に恐怖し、平常心を失っている。自分の身にも起こり得る悲劇なのだと怯えてしまっている。

 

 ――――ほう、と白い息を吐き出す。

 

 住民たちから幸せを奪った『謎の事件』……その内の一つが、紛れもない己の手で引き起こしてしまった事であると思い知らされる。自分の罪を突きつけられる思いだ。

 令呪の所為だ、と言い訳する気にはならない。そんな事情は、きっと被害者からすればどうでもいいことだろう。何の因果もなく、ただ突然に命を奪われた。それ以上でもそれ以下でもない。

 それに、聖杯戦争に参加した時点で、令呪と言う存在を許容したも同然だ。場合によってはあのような事が起こりうることも、予想してしかるべきだった。だからこれは、紛れもないセイバーの罪。

 

 そう、認めよう。セイバーは罪人だ。なのに――――…

 

「何故、私は今も生きている……?」

 

 昨日の夜明け。あの土蔵にて、セイバーは死を覚悟した。『自害しろ』と命じられるものだと思っていた。それでいいとさえ受け入れていた。

 

 だが、切嗣は令呪を使わなかった。

 お別れだと言っておきながら、切嗣は何もせず……ただ、セイバーの前から姿を消した。………何故か?

 

 そんなことは分かり切っている。

 聖杯は霊体だ。故に、同じく霊体であるサーヴァントにしか手にすることはできない。切嗣は聖杯が欲しいから、セイバーを殺さなかった。それだけの話。

 

 切嗣が世界平和を願っているなど、もはやセイバーは信じていない。切嗣には、妻すら知らぬ本当の願いがある。それこそ、罪なき者の命を踏みにじってでも叶えたい願いが。

 あんな外道が願うことなど、きっとロクなものではない。切嗣にだけは、絶対に聖杯を渡してはならない。

 そう思っているのに………何故、セイバーは自刃してでも、切嗣の思惑を挫こうとしないのか?

 

 切嗣には令呪がある。どんなにセイバーが嫌がっても、切嗣に『聖杯を渡せ』と命じられれば、彼女は切嗣に聖杯を渡してしまうだろう。

 己の罪を償おうと思うなら、切嗣の暴挙を阻もうと思うなら………セイバーは今すぐにでも、この“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”を己の胸に突き立てるべきだ。

 

 そうすれば、切嗣は聖杯を得る『手段』を失う。

 そうすれば、この胸に重くのしかかる罪悪感も、少しはマシになるだろう。

 それが例え、自己満足の行為に過ぎなくとも……本当に『無辜の民の為』と思うなら、セイバーはそうするべきだ。

 

「――――ふ、はは………」

 

 そこでふと、セイバーは足を止めた。……表情がグニャリといびつに歪む。

 口から洩れる声こそ哄笑。だが、その総身から溢れ出す感情の洪水は、あらゆる負の色を帯びていた。

 

 落ち着いて自分の心を整理した事で、セイバーは自分の本心に気が付いた。気が付いてしまった。

 

 死ぬことが償いになる?

 切嗣が聖杯を手に入れてはならない?

 無辜の民の為を思うなら?

 

 ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。

 

「そんな気など、これっぽっちもないくせに……!」

 

 本心から、正義のために切嗣を否定するというのなら……あの場で切嗣に斬りかかればよかったではないか。

 運が良ければ殺せただろう。もし令呪で阻まれたとしても、それはそれで、切嗣はセイバーとの主従関係を失う。どちらにせよ、切嗣は聖杯を得る手段を失くすのだ。

 

 セイバーはそれに気付いていた。

 そうしなかったのは何故だ?

 今もなお、自決という手段で虐殺の責任をとろうとしないのは何故だ?

 

 そんなのは決まっている。――――聖杯が欲しいからだ。

 

「は、――ははは、ぁははは!」

 

 故国の滅亡を無かった事にしたい。過去の過ちを消し去りたい。その未練が、昨夜の悲劇を『仕方がない』と許容してしまっている。

 切嗣を否定したのは、結局、騎士王の矜持がそうさせただけ。

 

「私も、結局………妄執の虜か」

 

 セイバーは認めた。私は聖杯が欲しい、と。

 聖杯が手に入るのなら、何を犠牲にしてもいい、どんな汚い手段を使ってもいい。過程にどれだけの苦悩を挟もうと、最後には許容する。それが己の、偽りなき本心なのだと。

 

「邪魔する者は、敵だ。敵は………切り捨てる。それでいい………そうすれば聖杯が手に入る。願いが叶う。ブリテンを救える………」

 

 思考が研ぎ澄まされる。意思が先鋭化していく。

 

「この身は一本の剣。触れれば悉くを斬って捨てるのみ………」

 

 その機能だけを己に残せ。あとは全て排除しろ。

 

「勝つ。必ず―――――…!」

 

 セイバーの全身に、並々ならぬ決意が宿る。

 

 必勝。

 不退転。

 

 衛宮切嗣とアルトリア・ペンドラゴン――――剣の主従は皮肉にも、袂を別った今になって、完全なる同調を果たした。

 

 

* * * * *

 

 

 緑地公園とは名ばかりの雑木林。

 ウェイバーは、かつてライダーを召喚した場所へ赴いていた。

 それは事前にほむらが予想した通り、バーサーカーとの戦いで消耗したライダーを回復させるため。そして、万が一敵に見つかって戦闘になった時、周囲に巻き添えが出ないようにという配慮からだった。

 

 ライダーの召喚に用いた魔方陣の近くに、近くのコンビニで買ってきた食べ物・飲み物・カイロなどの日用品を乱雑に放り投げ、ウェイバーは予め用意しておいた寝袋の上にゴロリと寝転がった。

 

「……ライダー」

≪なんだ、坊主?≫

 

 返る声は、念話によるもの。

 実体化を好むライダーが霊体化を保たなければならない状況。今のライダーはそこまで追い詰められている。

 

「……その」

≪うん?≫

「ゴメン、な」

≪……はあ?≫

 

 普段の跳ねっ返りからは想像もできないしおらしい謝罪に、ライダーは無い口をアングリとさせた。

 

≪どうしたのだ、急に?≫

「別に。……そうだな、ボクらしくなかった」

 

 それだけ言うと、ウェイバーはプイと顔を背けて黙ってしまった。

 ライダーの消耗は、バーサーカーとの戦いが激しかったから……というだけではない。

 

 そも、ライダーはバーサーカーから目立った攻撃を受けてはいないのだ。戦車と軍勢には大きなダメージを受けたが……ライダー自身にダメージがないのなら、その消耗はウェイバーの魔力供給で賄えるはず。

 

 ……はず、なのだ。

 ウェイバーが一人前の魔術師でさえあれば。

 そう、ライダーの現状は……ひとえにウェイバーの力量不足の表れだ。

 

 戦車の修理に充てられる魔力、固有結界で消費した魔力――それらの大部分をライダー自身の貯蔵魔力で賄っているからこそ、今の消耗っぷりがある。

 

 何故、ウェイバーから供給される魔力を使わないのか?

 答えは単純。……そんな事をすれば、ウェイバーの肉体が耐えられないからだ。

 

 サーヴァントとしてのイスカンダルは、生粋の魂喰らい(ソウルイーター)である。マスターに要求される魔力は膨大で、とてもではないが、半人前の魔術師であるウェイバーに背負える量ではない。だからライダーは、本来ウェイバーが負担する分の魔力まで、自身の魔力で食いつないできたのだ。

 

 本来のウェイバーならここで『従者(サーヴァント)に気を遣われるなんて』と、自分の情けなさに憤慨したかもしれない。

 だが、()()ウェイバーには、己の面子など気にする余裕はなかった。

 

 目を閉じれば、一面の砂漠が見える。

 耳を澄ませば、男達の雄々しい鬨の声が聞こえてくる。

 

(……これじゃ眠れないな)

 

 苦笑し、身体を起こすと――ウェイバーは、そばにあるコンビニ袋からスタミナ弁当と栄養ドリンクを取り出し、さっさと胃の中へと流し込んだ。

 

「んむ……ぐ。ライダー、魔力はどれくらいで回復できる?」

≪ん? そうさな……坊主の言う通り、ここは魔力の巡りが良い。夜までゆっくり休めば、戦車は元通りにできるだろうさ≫

「……“王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)”は?」

≪そりゃあ、一日じゃ無理だなあ。バーサーカーの奴めにやられすぎた≫

「まあ、そうだよな」

 

 軍勢に結界を支えてもらうという都合上、軍勢自体へのダメージは、見た目より消費が激しいのだろう。

 

「ボクは、コンディションが万全になるまで戦闘は避けるべきだと思う。――ライダーはどうだ?」

≪何だ、坊主……随分と消極的だな?≫

「消極的にもなるさ。もし、バーサーカーみたいなバケモノがあと一騎でもいたら……今度は負ける」

≪………………≫

 

 その意見には、ライダーも同意なのだろう。沈黙から肯定が伝わってきた。

 

「心配しなくっても、ずっとここで寝てるってわけじゃない。夜になったら戦車で街を回るつもりだ。他の陣営が動くかもしれないからな」

≪………………≫

「冬木教会の件もあるし、少し様子を見てから――…。……何だよ、黙りこくって?」

≪坊主、……貴様、変わったな?≫

「はぁ?」

 

 今度はウェイバーが口をアングリと開ける番だった。

 しかし、ライダーよりは納得してその意見を受け入れる。

 

「……そうだな。ボクは変わったよ。自分でもそう思う」

 

 ウェイバーは当初、魔術師としての沽券を示すため、聖杯を掴んだ者という栄誉を手にするため、自分を認めようとしない時計塔の連中を見返すために、聖杯戦争に参加した。

 

 だが、今となってはそんな事はどうでもいい。

 今のウェイバーにとって大切なのは……この、胸の内に宿った気持ち。

 一人の男として、一匹の雄として――ライダーに抱いた『憧れ』である。

 

 固有結界の発動を契機に、ライダーとバーサーカーの激しい戦いを見て生まれた気持ち。それは、昨夜の段階では名もない種に過ぎなかったが、一夜を明かしたことでハッキリと芽吹いた。

 

 ――『夢』を見たのだ。

 征服王イスカンダル。……最果ての海(オケアノス)を生涯夢見て駆け抜けた、偉大なる男の夢を。

 マスターとサーヴァントの、契約を介した共感現象。それを通してウェイバーは、己のサーヴァントが、昨日のような戦いを幾度も繰り返してきたことを、断片的ながら知った。

 

 湾港区画で感じた『死』……バーサーカーの存在に感じた『死』……心胆から打ちのめされたウェイバーにとって、イスカンダルの雄姿は眩しすぎた。

 自分が怯えて縮こまるしかない敵に、堂々と立ち向かっていく姿。……ウェイバーの中にある『男』が震えたのだ。

 

「……ん……ふぁ」

 

 欠伸を一つ。食事をとったからか、じわじわと眠気がやってきたようだ。

 

「……ライダー、ボクは寝るよ。お前も夜まで休んでていいぞ」

≪おお、ならばそうさせてもらおうか≫

 

 うっすらと重くなっていく瞼。遠のく意識。 

 

「イギリスに帰ったら……身体、鍛えてみようかな。そうすれば……少しくらいは、強く……」

 

 何となく不吉なセリフを呟きながら、ウェイバーは夢の世界へと落ちていった。

 

 

* * * * *

 

 

 ――少女はゴシップ好きであった。

 将来はジャーナリストになる! と公言してやまない彼女は、信念に基づき、ここ最近、冬木市各地で起きている謎の事件を追っていた。

 冬木市連続殺人事件、新都、湾港区画・深山町、住宅街で行われた爆破テロ。

 早々に敷かれた交通規制をあの手この手で潜り抜け、少女は現場を検証していく。

 

「これは……どう見てもおかしいわね!」

 

 湾港区画の惨状は、流星群でも落ちてきたのかと思わせるほど。深山町は、SFアニメに出てきそうなレーザービームでも受けたかのように、直線状に薙ぎ払われている。どんな『爆弾』を使えば、こんなおかしな破壊ができるというのか。

 間違いない。警察は事実を隠ぺいしているのだ。本当は昨日、国家を揺るがす程の大事件が起きていたに違いない!

 

「フフン、これはジャーナリストの血が騒ぐわ!」

 

 報道の道を志す者として、真実を追求しなければ。――そんな使命感に突き動かされるまま、少女は最後の現場へと足を向ける。

 

 向かった先は、冬木教会。――改め、冬木教会跡地。

 昨夜未明、三度の爆破テロの被害を受けたという場所にて、少女は愛用のカメラを構える。

 

「うわー……すっごい。跡形もないじゃない……」

 

 少女の言葉通り、冬木教会は原型を留めない――どころか、そもそもそんな建物があったのかどうかも不確かなほどに破壊されていた。もうほとんど更地同然だ。

 

「んー、警察の人もいないみたいだし……チャンスね。今の内にパパッと現場写真を抑えちゃいましょ!」

 

 少女は駆け足で教会の跡地へ近づいていく。

 

 

 

 

 

 ――少女はゴシップ好きであった。

 将来はジャーナリストになる! と公言してやまない彼女は、信念に基づき、ここ最近、冬木市各地で起きている謎の事件を追っていた。

 

 だが、実際のところ――彼女は、本当にただのゴシップ好きの少女に過ぎない。

 大層な信念などないし、使命感など欠片も持ち合わせていない。ジャーナリスト云々は、進路を考えろと煩い親や教師への言い訳に使う程度で、本気で報道の道に進もうと思っているわけではない。

 

 結局のところ、これはただのお遊びに過ぎないのだ。

 だからと言って、少女の行為は悪ではない。

 少女はまだ若い。これから多くの経験を積むことで、本当の意味で将来を見定めていくのだろう。

 言い訳も、遊びも、悪戯も――全てが許される年齢だった。

 

 

 

 

 

 ――だから、気付かなかった。

 

 

 

 

 

「うひゃー……ひっどいね、コリャ。ココが床で、ココが壁で、ここが――…」

 

 ガクン、と。

 少女は突然、バランスを崩してつんのめった。

 

「え、わ!? ――ぎゃっ!?」

 

 瓦礫や粉塵が散らばる教会跡地に倒れ込む。

 

「いたた……う、ごほ! ごほっ、ごほ! うぇ、口の中にゴミ入っちゃった……」

 

 何故、少女は急にバランスを崩したのか。

 瓦礫に足を引っかけた? 砂利に靴底を滑らせた? はたまた唐突な立ちくらみでも起こしたか?

 ――答えは、

 

「もう、何よ急…に……?」

 

 ――()()に、

 

   ()()()()()()()、から

 

 

 

 

 

 ―――― ツかまエた ――――

 

 

 

 

 

「ひ、ィあ……?」

 

 そこにいたのは、黒い――『何か』。

 

 髪の毛のようなものがあった。

 目のようなものがあった。

 鼻のようなものがあった。

 唇のようなものがあった。

 顔と呼べるようなものがあって、頭と呼ばれるような部分があって、胴体のようなものがあって、腕のようなものがあって、脚のようなものがあって、手があって、足があって、指があって、皮があって、肉があって、骨があって。

 

 どこをどう見ても人間なのに――()()()()()()()()()()()がいた。

 

 壊れてる。

 間違ってる。

 眼球の色も、腕の関節も、首の角度も、脚の数も……何もかも()()()()()

 

「な、何よアンタ? 何なの!?」

 

 質問には答えず、黒い『何か』は少女の身体を登ってくる。

 足首からふくらはぎ、ふくらはぎから太腿、太腿から腹、腹から胸、胸から肩、肩から顔。と――『何か』はヒタヒタと少女の身体を這い上がってくる。

 

 そして、少女と『何か』は視線を合わせた。

 深淵のような目が、少女を。少女を、見て、見て、見て見見見見見見見見みみミミミ

 

「ひ、――ち、違うの。遊びなの。分かるでしょ? ホラ、アタシ最近ヒマでさ。友達がさ、彼氏できたとか言って付き合い悪くなってさ、ねえ、分かるでしょ? 親もうっさいしテレビもつまんないし分かるでしょ? ねえだから何よ何見てるのイヤイヤイヤ見ないで見んなこっち見んなよ何なのアンタねえってばあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

 

 ―――― イただきマす ――――

 

 

 

 

 

 ……少女は気付くべきだった。

 何故、最新の事件現場である此処に、警官の一人もいなかったのか。

 本当に『国家を揺るがす大事件』が起きていたとしたら、その真実を知ってしまった者がどうなるか。

 少女にとって、ジャーナリストはお遊びで、言い訳で……だから、気付かなかった。

 この世には決して、踏み入ってはならない領域がある事に。

 

 結果論だが、少女は一つの真実を掴んだ。

 

 後に“冬木市事件”の一端――“教会跡地の神隠し”と呼ばれることになる事件の真相を。『人食いの怪物』の存在証明を。

 

 その、尊い命と引き換えに――――。

 

 

* * * * *

 

 

「がゥ、じゅッ。ぐぁフ。ぎぎ、じゅる、じゅずずズ」

 

 ――皮を剥ぐ。肉を裂く。血を啜る。骨を砕く。

 その魂までもを残さず蹂躙すると、黒い『何か』はようやく、少しは人らしい姿を取り戻した。

 

「が、ァ……は、ァア…う」

 

 しゃがれた声は、まるで弦楽器を鋸引きにでもしているかのよう。

 息が乱れる。眩暈がする。気持ちが悪い。胃の内容物を全て吐き戻してしまいそう。

 

「足り――イ……マだ、足りナ…――い……」 

 

 この程度では足りない。消えたくない。死にたくない。まだ死ぬわけにはいかない。生きなければ。生きなければ。生きなければ。

 

「……――…ォ、―――…――か」

 

 ボロボロの身体。ズタズタの服。――その中で、唯一……傷一つなく輝く紫色の宝石。

 ()()があれば、まだ大丈夫。まだ生きられる。まだ、まだ、まだ、まだ……。

 

「――ド、か――…ま――…ど――」

 

 黒い『何か』は、誰かの名前を呼ぶ。

 何度も、何度も。

 その姿はまるで、親とはぐれて泣きじゃくる幼子のようで――…

 

 

 

 

 

「―――…まど、――か…ァ―――…」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 そしてまた、夜が来る。

 

 悲劇も涙も置き去りにして。

 戦いの夜が。無慈悲な夜が。

 

 聖杯戦争の、夜が来る――――。

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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