Fate/Re-start-フェイト リスタート-【完結】   作:おるか人

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交錯の第十五話

【聖杯戦争 四日目(夜)】

 

 

 

 ――魂喰い。

 それは文字通り、生きた人間の魂を喰らう事で魔力を得る行為を指す。

 

 この世の肉体を持たぬサーヴァントは、聖杯の加護の下、魔力を用いて仮の肉体を保っている。サーヴァントにとって魔力とは、血であり肉であり存在そのもの。失えばこの世から消えるほかない。

 バーサーカーとの戦いで消耗したライダーが、実体化を控えてまで魔力の回復に努めていたように、『魔力の枯渇』というのは、サーヴァントにとって最も恐れるべき事態なのだ。

 魔力の回復方法は主に二種類。

 

 マスターからの魔力供給を受けるか。

 魂喰いを行うか。

 

 つまり。もし仮に、この世における依代となるマスターを失くしたサーヴァントがいたとしたら。そしてそのサーヴァントが、消滅寸前まで追い詰められたとしたら……とるべき手段は一つだけだろう。

 

 

* * * * *

 

 

 ――冬木市、新都。

 セイバーの言う通り『人通りが少なくなった』場所だが、人っ子一人見当たらないわけではない。

 仕事で仕方なくだったり、家庭の問題で行く場所がなかったり、怖いもの見たさだったり……人影はいまも新都にちらちらと見られ、それが彼女の『餌』となる。

 

「はぁ…は、ふぅ――く」

 

 路地裏から、通りすがりの男を食い千切る。待ち人来たらずの女を貪る。

 

 ――そうして、暁美ほむらは生き永らえる。

 教会跡地から新都まで……ボロボロの身体を引きずり、道行く人間を喰い散らかし、ほむらは生き永らえてきた。

 

「足りない、足りない、足りない……!」

 

 幾人の肉を喰らっても、抑えようのない飢え。

 幾人の血を啜っても、どうしようもない渇き。

 

 ――当然と言えば、当然。

 

 今のほむらは満身創痍だ。ただでさえ魔力不足にあった状態で、宝具を最大限に発動させ、あまつさえ自爆作戦を敢行した。マスターを失って半日以上――今この瞬間も生き続けている事自体が、聖杯に頼らぬ一種の奇跡と呼べるほどだ。

 だが、それは奇跡ではあっても偶然ではない。

 もしもあの時、彼女以外のサーヴァントが同じ状況に陥れば……間違いなく生き残れなかっただろう。

 生き残ったのは暁美ほむらだからこそ。

 暁美ほむらの『賭け』の要は、彼女が持つ第二の宝具にあった。

 

魂の宝石(ソウルジェム)

 

 ほむらの手の甲で輝く、紫色の宝石がそれである。

 セイバーの聖剣やライダーの戦車のように、強大な破壊力を持つ宝具ではない。かといって“因果を紡ぐ盾(デッド・エンド)”のように、世界の法則を揺るがす程の能力も秘めていない。

 

 これは、暁美ほむらの霊核を物質化したもの。

 

 霊核とは、サーヴァントの根幹を成すもの。人間で言うところの心臓・首・脳と言った『破壊されると取り返しのつかない急所』である。

 本来ならば、人間の重要器官と同じように体内に存在するはずの霊核が体外に、それも物質として存在する。それが今代のキャスター、暁美ほむらが持つ最大の特異性であった。

 

 霊核を破壊されると、サーヴァントは死ぬ。

 逆を言えば、霊核を破壊されない限りサーヴァントは死なない。

 魔力で肉体を編まれたサーヴァントたちは、存在の根幹たる霊核が無事なら、魔力次第でいくらでも肉体を再生できるからだ。

 

 暁美ほむらの場合はさらに特殊なケースだ。霊核が体外に存在する以上、ほむらは通常のサーヴァント以上に、肉体をどれだけ傷つけられようと、致命傷には成り得ない。

 これが、自爆を行ってなお、ほむらが生存している理由である。爆発の際、霊核の存在する左手が手首から千切れ、爆風に乗って遠くまで吹き飛ばされただけだったため、そこから肉体の再生に成功した。

 

 ほむらはあの時、『自爆によって“魂の宝石(ソウルジェム)”が壊れない可能性』に全てを賭け――見事に勝利したというわけだ。

 

 とはいえ、いかに霊核が無事でも、大本の資本である魔力が不足している今――ほむらは肉体を満足に編み直すことができない。これが、最大の窮地を脱したはずのほむらが今も苦しみ続ける理由である。

 何とか魂喰いで魔力を補給し、現界を保っているものの……魔力回路を持たない一般人が相手では、得られる魔力も微々たるもの。とてもではないが英霊であるほむらの消費魔力を賄えるほどではない。宝具の使用など叶わず、せいぜいが死に至るまでの時間を、僅かに引き延ばす程度……。

 

「は……はっ、……はぁ」

 

 そんな事は、ほむらにも分かっている。

 だが、座して諦めることなどできない。

 

 聖杯を手に入れる。

 それが無理なら、せめて十日後まで生き延びる。

 

 ほむらの心にあるのは、その二つきりの思いだけ。

 

 ……何故、十日後なのか?

 暁美ほむらは、自身の召喚より二週間が経過すると――『時間遡行』の能力が使用可能になるからだ。

 

 それは――“因果を紡ぐ盾(デッド・エンド)”が持つ第三の能力。

 というより、第二の能力である『時間停止』の正体とでも言うべきか。

 

因果を紡ぐ盾(デッド・エンド)”には、世界の時間と同調する砂時計が備わっている事は先述の通り。

 その砂時計に内蔵されている砂の量が、ちょうど二週間分なのだ。これを過ぎると、ほむらは砂時計の動きをせき止められなくなる。よって、必然的に『時間停止』が使用不可能となるのだ。

 しかし、それと同時に――砂が落ち切った……『時間を刻み終えた』砂時計を反転させることで、その『二週間分の時間』を『反転』させる事ができるようになる。

 

 一言で言えば、二週間分の時間を巻き戻すことができるのだ。

 

 暁美ほむらはこの能力を用いて、第四次聖杯戦争における、あらゆる情報を収集してきた。

 

 何故、殺人芸術家・雨生龍之介を唸らせるようなアイデアを出せたのか?

 何故、二日目のセイバー・ランサー・ライダーに対して、完璧な待ち伏せができたのか?

 何故、間桐雁夜が抱く遠坂時臣への、間桐臓硯への、魔術師への憎悪を利用し、思考を誘導するなどという事が出来たのか?

 

 全ては、()()()()()で知っていたからだ。

 暁美ほむらはこれまで幾度となく時間を巻き戻し、第四次聖杯戦争を()()()()てきたのだ。

 

 だから、有効な作戦を建てる事ができた。優位に立ち回る事ができた。

 時間を巻き戻せば、今回の経験もまた――()()()()における武器となるだろう。

 

「魔力……魔力さえ、あれば……」

 

 魔力さえあればやり直せる。また万全の準備で聖杯戦争に臨むことが出来る。

 いくら時間がかかっても構わない。一年でも、十年でも、百年でも、千年でも……願いが叶うその時まで、飽きず懲りずに繰り返してみせる。

 

 鹿目まどか。

 暁美ほむらの、たった一人の親友を救うためなら――――。

 

「魔力、……」

 

 ピタッ、と。電池の切れた玩具のように、ほむらの身体が硬直する。

 願い叶わず、魔力が尽きてしまったのか。

 

 ――否。

 むしろ、逆だ。

 ほむらはたった今、自分が焦がれるほど欲していたものを見つけた。

 

「だ・か・ら! おウチに帰りなさいって言ってるでしょー!?」

「だ・か・ら! 帰るわけにはいかないって言ってるでしょ!?」

 

 視線の先、ギャアギャアと姦しく騒ぎ立てる少女が二人。

 一人は、女子高生だろうか……学生服を着た、茶髪の活発そうな少女。

 もう一人は、まだ小学生ほどだろうか……幼いながらも目鼻立ちの整った、黒髪の美少女。

 

 ほむらの興味を引いたのは、後者の美少女であった。

 といっても、見た目の良し悪しが問題ではない。黒髪の美少女からは――明らかな『魔力』の気配を感じたのだ。それも、そこいらの魔術師とは比べ物にならないほどに濃密な気配を……!

 

「は、――は」

 

 なんたる僥倖。なんたる運命。

 あの魔力量なら、餌として上質。――いや、マスターにさえ相応しいかもしれない。

 

「見つけた……!」

 

 歓喜の叫びと共に、暁美ほむらは少女たちの許へと駆け出した。

 

 

* * * * *

 

 

 ――遠坂凜がその日、新都を訪れていたのは……行方不明の友達を探すためであった。

 凜は遠坂の娘として、貴族の娘として、人の上に立つべく生きてきた。周囲の誰かが凜に助けを求めれば、完璧に応えてみせる。そうすれば『凄いね』と褒められる。周囲から尊敬される。それが凜の、ささやかな誇り。

 

 友達――コトネは、中でも特に凜を頼りにしている女の子である。

 何かあるとすぐに『凜ちゃん』と、キラキラした目で凜を見る。あの目で見られると、凜は弱い。

 そんなコトネが、三日前……急に学校に来なくなった。

 

 最初は風邪かと思ったが、調べてみると、コトネはそもそも家に帰っていないという。

 瞬間、凜の心に一条の閃きが奔った。冬木市を騒がす連続殺人犯の存在、連日起きる爆弾テロ……そして、凜だけが知っている『聖杯戦争』という事情。

 

 ――きっとコトネは、()()()()()()に巻き込まれたのだ。

 

 その考えに思い至ってからの、凜の行動は早かった。

 きっとコトネは今もどこかで『凜ちゃん』と助けを求めているに違いない。コトネを助けるのは私の役目なんだから――と、己の誇りに導かれるまま禅城(ぜんじょう)の家を飛び出し、凜は新都へと赴いた。いなくなる前、コトネが最後に『遊びに行く』と言っていた目的地が、新都だったからだ。

 

「待っててね、コトネ。すぐに私が助け出してあげるから!」

 

 意気揚々と夜道を駆け抜け、新都行きの電車に乗って……そして、駅を出て直ぐに。

 

「ちょ、ちょーっとちょっとちょっと! そこの女の子!」

「はい?」

「うっわ、何この子ちょー美人! え、ひょっとして子役? モデル? さ、サイン貰って良いっスか? えへへー……じゃなくって! 駄目よっ、こんな夜遅くに女の子が一人で出歩いちゃー!」

「………………………………、」

 

 ――なんか、変な女に絡まれた。

 

 があー! と気炎を上げる茶髪の少女は、凜の肩をガシッと掴むと、こんこんと説教を始めた。

 

「いい? おじょーちゃんは知らないかもしれないけど、いま、夜の街はものすっっっっごい危険なの! ただでさえ、あなたみたいなちっちゃくて可愛い子が一人で夜道を歩けば、もー渡る世間は鬼ばかり! 善良な一般市民も暴徒と化すの。モラルがハザードなのよ!?」

 

 何だその日本語は、とツッコみたくなった凜は悪くないと思う。

 できれば存在ごとまるっと無視して素通りしたい気持ちでいっぱいだが、常に余裕を持って優雅たれ――心に刻まれた遠坂の家訓が、凜にそれを許さなかった。

 

「お気遣い感謝いたします。ですが……お友達を迎えに来ただけですから。それが終われば、すぐに帰りますわ」

 

 よそ行きの仮面を被り、笑顔で応対する凜。

 完璧だった。大多数の人間なら間違いなく気圧され、思わず道を譲ってしまうだろう。それは貴族の風格。遠坂凜が生まれ持った『人の上に立つ者』としての資質の発露と言えた。

 ――が。

 

「だーめ! 一人歩きは危険だって言ってるでしょー!?」

 

 凜にとっては不幸な事に、相手はそんな常識が通用しない存在であった。

 信じがたい事実ではあるが、実はこの日本語の怪しい少女もまた、凜に負けず劣らずのお嬢様である。いかに高い資質を持つとはいえ、たかが六歳児の発する風格など、少女にとってはどこ吹く風。暖簾に腕押し。糠に釘。気圧されるどころか、更に勢いを増して食ってかかってくる始末。

 

「他人事じゃないのよ? お姉ちゃんの友達だって、一人行方不明になってるの! ホントに危ないのっ! 親御さんも今頃きっと、あなたを心配してるわよ?」

「それはっ、……」

 

 『親御さん』の下りで、凜はグッと言葉をつまらせた。

 確かに、母は心配しているだろう。万が一のために書置きは残してきたが、母もまた――魔術の関係者として、聖杯戦争の事情を知っているのだ。他の人間よりも正確に、この街に潜む危険性を把握しているはず。そこに自分の娘が飛び込んだなどと知れば……。

 だが、だからといってコトネを見捨てる事はできない。家で無事を祈るだけの日々は、昨日までで限界だ。きっといま、コトネは凜に助けを求めている。膝を抱えて、泣きじゃくって……『凜ちゃん』と、彼女にとっての救い主を呼んでいるに違いない。

 それを聞き逃すのは『優雅』じゃない。ここで逃げる凜に、遠坂を名乗る資格は無い――――。

 

「ほら、おねーちゃんと一緒におまわりさんのところまで……」

「お願いします、見逃してください!」

 

 遠坂凜は頭を下げた。

 プライドなど二の次……いや、プライドを守るためにこその懇願。

 

「コトネは私が一人で探さなきゃ駄目なんです。他の人の手を借りるわけにはいかない『事情』があるんです。だから、私を一人で行かせてください!」

 

 正確に言うなら、魔道に関わりのない人間を巻き込むわけにはいかないから――である。

 コトネが聖杯戦争に関係する事態に巻き込まれたとなれば、いかに日本の警察が優秀であろうと意味がない。同じく魔術師である凛にしか助け出すことはできないのだ。

 そして、『神秘は秘匿するべし』という魔術師の原則に基づき、凜は一般人の前で魔術と、それに類する道具を使う事ができない。

 コトネを見つけ出すための魔導機――父から贈られた魔力探知機――を使うためには、遠坂凜は一人きりでなければならないのだ。

 

「む、……むむむ」

 

 凜の真剣な懇願に、少女の方も少しばかり考えるそぶりを見せる。――が。

 

「やっぱり駄目! 帰りなさい!」

 

 やはり意思は変わらなかった。というのも……凜と同じように、少女の方にも譲れない理由があったからだ。

 『夕方には帰ってくる』と言っていたウチの子が帰ってこない。連絡も一切つかない。何かあの子から聞いていないか――。……いなくなった友人の母親が、電話越しにもらした声を思えばこそ、少女はここで凜に道を譲るわけにはいかないのだ。

 必死の懇願がにべもなく切り捨てられたことで、凜は思わずカッとなった。

 

「何でよ、ケチっ! 分からず屋!」

「分からず屋はそっちでしょー!?」

 

 魔術という事情を知らない少女。

 実感と言う事情を知らない凜。

 二人の意見は平行線で――妥協点が見つからない。

 

 売り言葉に買い言葉でギャアギャアと言い争いが始まった。このままではいずれ巡回の警察官に見つかって、二人まとめて連れ帰されるだろう。

 だが、幸か不幸か――世界の運命は、そんな安穏な展開を許さなかった。

 

「だ・か・ら! おウチに帰りなさいって言ってるでしょー!?」

「だ・か・ら! 帰るわけにはいかないって言ってるでしょ!?」

 

 両者のボルテージが最高潮を示した時、()()は起こった。

 

 ――バキン! と。

 何か、おかしい音が――した。

 

「……え?」

「んん?」

 

 音の出所は、ポケットの中。凜が頼りとしていた魔力探知機――魔力針からであった。

 見た目はただの方位磁石にしか見えないが、これは北を指すのではなく、より強い魔力のある方角を指し示すのである。

 これに従って、魔力の濃いところへ向かえば、聖杯戦争の場にいける。それは即ち、聖杯戦争に巻き込まれているであろうコトネを探し出せるということになる。

 

 魔力針が反応したという事は、近くに強い魔力があるということ。

 待ち望んでいた反応に、凜は歓喜しようとして……

 

 針の向き(ソレ)が、真っ直ぐ()()()()()を指し示している事に気付き――戦慄した。

 

 ドン、――と。何らかの衝撃の直後、凜の身体は宙を舞っていた。

 それが、少女の手に突き飛ばされたのだと理解した時。凜は、得体の知れない黒い『何か』が、その場に残された少女に襲い掛かるのを――見た。

 

 

* * * * *

 

 

「あ、――」

 

 眼前に迫る『何か』を前に、少女はただ茫然とした。

 人のカタチをしていて、けれど人ではないモノ。

 それは己に死を齎す死神であり……死神だからこそ、恐怖すら抱く余裕がなかった。

 こんなものを相手にすれば、死ぬことの方が当たり前で……むしろ生きている方がおかしい。

 

 ストンと胸に落ちてきた死の実感。

 

 底の見えない奈落へと突き落とされていく感覚を覚えながら――少女は、今しがた突き飛ばした女の子の事を思った。

 友達を迎えに来た。……自分と同じ目的を以って、危険を承知の上で立ち向かった女の子。

 殺人者が、テロリストが跋扈する今の冬木に、たった一人で。

 

 ……それは一体、どれほどの勇気だろう?

 

 高校生の自分ですら怖くってたまらないのに、この、自分の半分ほどしか生きていないであろう女の子が――。

 

(あなたは――きっと、コトネちゃん? を見つけてあげてね)

 

 自分はここで死ぬ。

 だから、あの女の子には生きてほしい。

 生きて、自分にはできなかったことをやり遂げてほしい。

 

(ごめんね)

 

 見つけてあげられなかった友人、逆縁の不幸をしてしまう家族への謝罪が最後。

 

 ――そうして少女は、驚くほど穏やかに『己の死』を受け入れた。

 

 

* * * * *

 

 

 突然だが、ここで一つ――小話をしようと思う。

 それは、平行世界における第五次聖杯戦争の事。

 

 ランサーのサーヴァントが“刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”という宝具を使い、セイバーのサーヴァントを攻撃した事があった。

 その宝具には『因果逆転』の呪いがかかっており、槍が命中したという『結果』を作ってから、槍を放つという『過程』を導く仕組みだ。有り体に言えば、絶対に避けられない、必ず命中するという効力を持つ宝具である。

 だが、セイバーはその呪いを打ち消し、見事に槍を躱してみせた。

 必中であるはずの槍を躱した理屈としては、セイバーが『呪いの効力を凌駕するほどの幸運を持っていたから』だと説明された。

 

 つまりこのお話は……幸運とは、腕力や魔力のように己の意思で行使する事はできないが、時と場合によっては、それらを上回るほどの力になり得る――という、ものの例えである。

 

 そして、未だ語られていなかった事が一つある。

 この日本語の怪しい、とてもお嬢様に見えない茶髪の少女は――名を(ふじ)(むら)大河(たいが)という。

 とある男が持つ『人生の至る局面で女性を引き付け、その悉くを悲劇的な死に追いやる』という呪いじみたジンクスを、ただ一人打ち破った少女。類稀なる幸運の申し子。

 

 彼女の幸運はここでも、『己の死』という絶望的な運命すら、真正面から捻じ曲げる――――。

 

 

* * * * *

 

 

 今にも少女――藤村大河をその手にかけんとしていた黒い『何か』が、突然、見えない壁にぶち当たったかのようにのけぞった。

 

「がァ、は……!」

 

 微かな呻き声を漏らす『何か』。

 さらに、見えざる手が『何か』を、更なる後方へと突き飛ばす。

 

 それは花火だった。

 鮮血という花びらが咲き誇り、少し遅れて銃声という爆音が鳴り響く――花火。

 

「ガ、ギぃ――ァあああウ!!」

 

 いくつもの花火を咲かせ、不出来なダンスを躍らされた『何か』の姿は、やがて幻のようにかき消えた。

 何が起こったのかも理解できないまま、大河はペタリと地面にへたり込む。……腰が抜けてしまった。

 

「……生き、てる……?」

 

 ドクン、ドクンと脈打つ心臓がうるさい。

 死んだと思ったのに生きてる。死んだと受け入れたのに、まだ生きてる。

 ふわふわと宙を漂うような心地の中、大河は「生きてる」とだけ何度も呟く。自分に言い聞かせるように。

 

「――逃がしたか」

 

 どれくらいの時間が経ったのか。気が付くと、大河のそばには見知らぬ男性が立っていた。

 よれよれの黒いコートに、無精髭。第一印象で言うなら『怪しい』男性が。

 けれど、大河には何故か確信があった。

 

(この人が私を助けてくれたんだ)

 

 理由も理屈もなく、死の実感と同じくらい、スンナリと腑に落ちる結論。

 

 大河の目には、目の前の男性(エミヤキリツグ)が“正義の味方(ヒーロー)”に見えた――――。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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